2012年1月14日 (土)

態勢は整った!②

今オフのジャイアンツ関連のニュースで1番筆者が驚かされたのは、実は脇谷亮太が育成契約に切り替えられるという記事を読んだ時だった。

齢30、開幕戦で2番セカンドでスタメン出場していた選手がイクセイって・・・?筆者が見た記事にはたまたまその事実しか記載されてされておらず、更には円谷英俊も育成契約になると知って、あっけにとられた。彼らがいずれもケガで早期の復帰が見込めないゆえの処置と知ったのは少し後で、シーズン終盤に明らかに内野が手薄にも関わらず、その補充が為されなかった理由がようやく理解できた。

事情はわかったものの、しかし事態は深刻である。内野手特にセカンド、ショートを守れる選手の層が決定的に薄くなった。シーズン途中に育成から昇格した山本和作もケガで育成に逆戻り、ドラフトの補強も内野手は高校生が1人指名されただけ。前西武の石井義人を獲ったのは理解できたが、よく調べてみるとこのところの石井はファーストしか守っておらず、むしろ左の代打として期待されての入団らしく、事態の好転には全く役に立たない。そんな中で、発表された高口のロッテからの移籍は本当に胸をなでおろすニュースだった。

心もとないのはキャッチャーも同じである。鶴岡、高橋信(登録は内野手だったが)が去り、信二を獲った時に、星孝典を西武に出してしまっていたから、途端に参ってしまった。古田敦也が健在な頃のヤクルトがそうだったが、主戦捕手の存在があまりにも大き過ぎると、2番手、後継のキャッチャーを育てるのが、極めて難しくなる。楽天をクビになった中谷仁を獲ったものの、支配下登録の捕手はこれでもわずか6人。

守りの要である主戦捕手である上にキャプテン、更に今季はついに4番の重責を担うことになりそうな阿部慎之助へのチームの依存度はいよいよ増すばかり。彼の負担を少しでも軽くする為には、バックアップのキャッチャーの存在が必要不可欠なのだが、今の陣容だと実松一成が2番手、その後が加藤健ということになろうか。市川友也がなかなかファームでもレギュラーが獲れず、むしろ3年目の21歳鬼屋敷正人に期待する声も高いが、打撃力に非凡なものがあるやには聞いているが、とりあえずファームで確固たる地位を築くことが先決だろう。

内野に話を戻すと、現状ではファースト小笠原道大、セカンド藤村大介、サードが移籍の村田修一そしてショートが坂本勇人、これで決まりだろう。原監督としては、競争原理を煽って、特に藤村あたりのケツを引っぱたきたいところだろうが、残念ながら、彼ら4人とそれに続く選手達との力量が違い過ぎる。古城茂幸、寺内崇幸が後に続く候補だろうが、確かに2人とも1軍には欠かせない戦力ではあるが、レギュラーを狙うまでの力はない。ましてそれ以降の選手は残念ながら、彼ら控えにすらかなり離されていると言わざるを得ない。

ガッツの昨年は不本意の一言、今年にかける意気込みは相当のものだろう。しかし彼クラスの選手になれば、今年は必ずキッチリ、アジャストして来るはずだ。確か今年で2年契約が切れる、ラミレスの去就を見ていた彼が心中どんな思いかは想像に難くない。原監督には、妙なプレッシャーをかけずに、ガッツにはじっくりと勝負させて欲しい。彼はとっかえひっかえで起用するレベルの選手ではない。そうすれば絶対にチームの勝利に今年はまた、充分に貢献してくれるはずだ゛。

セカンドのピノくんの課題はとにかく打撃力アップ、本人も言っていたが、2番打者があれだけ三振していては困る。原ジャイアンツ待望のレギュラー二塁手の誕生、更なる成長を期待したい。

順風満帆だった坂本の野球人生で、昨年は試練の年となった。打撃も守備も壁にぶち当たった感のある昨年は更なる飛躍のステップだったのか、それともラビリンスへの入口だったのか。6年目24歳の年男、ヤングジャイアンツの代表たる彼も、気が付けば藤村や澤村といった同年や後輩の選手が徐々にではあるが増えて来た。今年の自主トレはあえて他チームの宮本慎也の門を叩いた坂本。まずは守備から鍛え直し、そんな思いなのだろう。今年はたくましさを兼ね備えたニュー坂本を是非見てみたい。

結局レギュラーを固定できずに苦労した昨年、正三塁手を求めるジャイアンツと優勝争いできる環境を渇望していた村田はまさに相思相愛だったと言えよう。新生DeNAの残留要請を振り切って、あえて新天地に身を投じた村田、心中期するものはなみなみなるものがあるはずだ。しかし過去、乞われてジャイアンツのユニフォームに袖を通しながらも、その重圧に押しつぶされてしまった選手は決して少なくない。あえて厳しい書き方をすれば、2年連続のホームラン王も今は昔の話である。原監督は彼を「5番」に据えると表明した、求められるのはチームの勝利を決定づける打点そしてホームランである。彼が07、08年当時の輝きを取り戻せるか否か、大袈裟ではなく、今年のジャイアンツの浮沈はここに懸かっている。

ラミレス、サブローが去っても、尚多士済々の外野陣。「2年目のジンクス」を跳ね返し、首位打者を獲得した長野久義には、今年は3番定着の期待がかかる。ルーキー当時、伊原ヘッドコーチを嘆かせた安定しない守備力も、昨年は格段の成長を見せ、ゴールデングラブ賞に輝いた。本職のライトに加え、センターもどんと来いの頼もしさ。チーム事情で今年も忙しく両ポジションを掛け持ちすることになりそうである。

長野以外はまだ決定していない残りの2つの椅子。昨日入団が正式に決定した前フィリーズJ・ボウカーがその第一候補になるのだろうが、やっぱり当てにはならない。原監督は今年から正式に外野に転向する大田泰示の起用も示唆するが、「ひいきの引き倒し」にならなければいいが。

村田の入団に白旗を挙げ、スゴスゴと外野に引き返そうとして怒られた亀井義行、D1ルーキー松本竜也の入団で今年から「松本哲」と表記されることになる松本哲也。この2人の「元レギュラー」の奮起はどうしても今年の戦いの上で欠かせない。

もちろんレギュラー奪還にこれまた意欲満々の高橋由伸、なんだかんだ言ってこの人を起用しておけば、まず間違いはないはずという安心感なら断トツの谷佳知は健在。足のスペシャリスト鈴木尚広、大道なき後の「必殺仕事人」矢野謙次。そして尚広、哲也の存在を脅かす機動力、更には意外なパワーも見せた大田の同期橋本到は昨季は8月以降、1軍ベンチで頑張り通した。このハイレベルの争いに勝ちあがって、今年こそ日替わり定食のような起用に終止符を打つレギュラーの誕生を期待したい。

今更ながら、昨年のジャイアンツは打てずに負けた。補強ポイントの第一は当然、そこにあったのだが、それが果たされたのかは、実はかなり疑問である。

村田とラミレスの昨年の成績は似たようなものだが、しかし正直に書くと、打者としての潜在能力はやはりラミレスの方が上だろう。サブロー、信二は去り、ボウガーはなんと言っても未知数。その他に即戦力のルーキーや移籍組も見当たらない。

ただ、ラミレスの守備力と逆に穴だったサードが埋まったという事実。そしてその存在感を完全にカバーできないにしても、それなりに外野にはタレントがいることを総合して勘案すると、チームのバランスシートとしてはやはりプラスになっていると筆者は判断する。

更に統一球の影響で異常な貧打に泣いた昨季とは違い、プロたるもの、ガッツのところでも書いたが、今年は対応をキチンとしてくるだろう。ただ、それはジャイアンツの打者に限らず、他球団の打者連も同じだろうから、そうなると強力な2枚の投手を補強して、投手陣の充実を図ったのもまた間違っていなかったはずだ。

むろん、泣きどころが全くないわけではないのは縷々書いて来た通りだが、弱点が完全に埋まることは有り得ず、セの他球団がほとんど目立った補強をせず、逆に主力選手の流失や首脳陣の交代などで、むしろチーム力を落としていると見える球団も多い。大型補強が実らずに無駄になることが多いと揶揄されるジャイアンツだが、今オフの補強ははっきり理にかなった、チーム力を確実に向上させたものであったと評価したい。

戦力という絶対面からも、他球団との比較と言う相対面からも、今年のジャイアンツはセリーグの中で、一頭抜けた存在となったはずだ。その意味でも桃井球団社長が言う通り

「3年連続のV逸は許されるものではない。」

のである。それでも勝負に絶対はない、原監督以下首脳陣、そして選手各位、準備万端怠りなく。そして今年こそ、秋に歓喜の原監督の胴上げを、期待しております!!

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2012年1月13日 (金)

態勢は整った!①

村田修一選手FA移籍に伴う人的補償選手として、藤井秀悟投手が指名され、ジャイアンツ在籍わずか2年でベイスターズに移籍することになった。別にジャイアンツのプロテクトリストを見たわけではないが、藤井が外れるのはほぼ間違いないと思っていたから、そうすれば過去の実績からも、またサウスポーであるということからも彼はまず獲られるだろうと予想していた。

一方、杉内俊哉投手を抜かれたホークスは先発投手が3人抜けたこともあり、藤井か外れていればの話だが朝井秀樹あたりを指名してくるかと思っていたが(ちなみにもし藤井の指名が重複したら、ジャイアンツと同一リーグのベイに優先権があるそうだ)、「ジャイアンツの余り物選手なんかいらん。」とばかりに金銭のみの補償を選択、2年連続リーグ優勝、そして昨年の日本一チームの矜持を見せた。

逆にサブローが出戻ったマリーンズからは、高口隆行内野手を獲得したことが発表された。全く知らない選手だったので調べてみたら、内野ならどこでもこなすユーティリティープレーヤーとのことで、まずはよかったのではないか。

かくして、まだ一部外国人選手を獲得しようとの動きはあるようだが、とりあえず2012年度のジャイアンツの陣容はほぼ固まった。

投手は杉内とD・J・ホールトンという日本一チームのローテーションピッチャー2人を同時に獲得。杉内は昨年は勝ち星にこそ恵まれなかったが、その力は疑う余地はない。それに何と言っても今のジャイアンツには得難い左の先発投手である。ホールトンは昨年が出来過ぎの感は否めないが、それでも2ケタ前後は確実に勝ってくれるのではないか。グライシンガー、ゴンザレス少し遡ってダリル・メイ、ジャイアンツの覇権に貢献してくれた移籍外国人投手は多い。彼ら同様の活躍を期待したい。

この2人に内海哲也、澤村拓一、D・ゴンザレス、東野峻、西村健太朗の5人を加えれば、念願の先発6本柱の確立どころか、7人の豪華先発陣が形成されることになる。他にも昨年先発で一時期投げた3年目の小野淳平、2年目の小山雄輝の大卒組と4年目の笠原将生、2年目の宮國椋丞、田中太一という高卒組のヤング達の成長も楽しみで、更に昨年は全く鳴かず飛ばずだった朝井も、若手に混じってこのオフはカリブのウィンターリーグに武者修行に出掛けて、巻き返しを図っている。なかなかレベルの高い競争が期待できるのではないか。

問題は現代野球では「生命線」ともいうべきリリーフ陣。昨年は、夏場以降は久保裕也がはまってくれるという「嬉しい誤算」があったものの、それまではなかなかストッパーが固定できずに苦労をした。その久保がオフに右股関節の手術をし、開幕に間に合うかは微妙と言われ、また首脳陣としては、できれば本来のセットアッパーで起用したい意向のようで、それには筆者も賛成である。ただそうすると代わって抑えの役を担うのは誰か?昨年開幕当初はストッパーに起用されたがうまくいかなかった山口鉄也は、今年の職場は8回になるようなので、となると候補は昨年一時ストッパーを務めたL・ロメロか、原監督がストッパー候補として名前を上げたことがある越智大祐、ロメロに代わって昨季はファームのストッパーを務めた7年目のリン・イーハウあたりということになるのだろうが、正直かなり心もとない。もちろん、分厚い先発陣が7回まで投げてくれれば、山口ー久保でいただきという計算も充分できるのだが・・・。

S・マシーソンという新外国人投手を一応抑え候補として獲ったが、とにかくジャイアンツが自前で獲った外国人を当てにするほど危険なことはない。数少ない過去の成功例をひも解いてみると、「メジャーでそれなりの実績を残した選手でないとまず使いものにならない」という共通項(ただし、メジャー実績がそれなりにあれば、必ず戦力になっているわけでもないのが厳しい)がはっきり浮かんで来るから、その意味でもマシーソンは?マークが付く。

と言って、昨年一瞬だがストッパーになった東野や、かつては原監督から「鉄人」と呼ばれ、中継ぎとしてフル回転していた西村を転向させる気もないようで、ここは頭の痛いところである。越智は昨年の終盤、何か掴んだようにも見えたのだが、気のせいかもしれんし、ロメロが一皮むけてくれるといいのだが、なにしろランナーが出た途端にストライクが入らなくなるんじゃ話にならない。小野あたり、もう少しコントロールが良くなると面白いと思うが、現実的には東野しかいないような気がするのだがどうだろう?

もう1つの悩みの種が左のワンポイント、中継きがいないこと。前にも書いたが、昨年のドラフトでサウスポーを獲りまくったのが、何よりも現状を表している。ただ残念ながら即戦力と期待できるほどのピッチャーは見当たらず、昨年筆者をさんざん嘆かせた高木康成、金刃憲人、あるいは星野真澄あたりの名前が結局今年も上がるというのでは情けない。同じ高木でもD4位、筆者の大学の後輩になる高木京介あたりが救世主になってくれたら、たまらなく嬉しいのだが・・・。

となると今年も性懲りもなくあの男に期待するしかないか?もはや名前を出すのも気恥かしいが、昨オフ朝井や笠原達と行った海外武者修行で力を付けた・・・と言われている。本来なら、こんな使われ方を期待されて入団した選手ではないはずなのだが、もはやそんなことを言ってられる立場でもない。昨年、彼の高校の同期である中日平田には何度も痛い目に合わされたし、後輩のポンハム中田翔は一時は4番を打つまでに成長し、そういえば結婚したというニュースも伝わって来た。藤井が去り、支配下選手で彼より重い背番号を背負っている選手はとうとういなくなった。もう後はないぜ、頼むぞ辻内!!

ということで、野手編はまた改めて。

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2012年1月 8日 (日)

「自らの責任に対する驚くべき不感症的人物」達

七草には間に合わなかったが、本年最初の更新である。まずは新年のご挨拶を。

「明けましておめでとうございます、今年もよろしかったらご贔屓にお願いします。」

筆者は既に「若者」とはとうにくくることができない実年齢になってしまったが、こと政治に対する思いは、我ながら若かったとつくづく思う。よく言えば「純粋、一途」、だがはっきり言えば「単純で未熟」であった。

子供の頃、永田町には田中角栄が「闇将軍」と称され、君臨していた。一無所属議員でありながら、最大派閥を率いて与党自民党を欲しいままに動かしている・・・と見える図は到底正常なありようには思えず、少年特有の正義感で田中を憎悪した。この男が、日本の政治の「諸悪の根源」、この人物を倒さぬ限り、日本の政治は良くならないと思い込んでいた。逆に言えば

「田中角栄さえいなくなれば、日本の政治はきっと良くなる。」

と信じていたのだ。

確かに田中が日本の政治に残した害毒は計り知れないと今でも思っている。しかし田中さえ退治すれば政治が良くなるなんてのは幻想であり、あまりに物事を表面しか見ていなかった。田中が政治の表舞台から唐突に消えたのは1985年が始まってまもなくだったが、田中その人が消えても、田中の政治的後継者達が我が物顔で永田町を闊歩し続け、日本の政治のありようが変わったようには全く見えなかった。

事情があって離れたが、田中は自由民主党という政党を愛して止まなかった。田中にとって政党とは自民党だけであり、また日本の政治の舵取りができるのは自民党しかない、長らくそう信じられて来た。その地位を脅かすライバルは皆無、いくたびスキャンダルにまみれようと、結局は与党たる地位を失うことはなかった。1度、ハプニングというかけたぐりのような奇襲を受け、一瞬野党に転落したこともあったが、相手があまりにも間抜けで、すぐに与党に返り咲くことができた。不気味な一致団結政党を味方に付け、もはやその地位は盤石と見えた。

こいつらを政権から追わない限り、日本の未来はない。いつしかそれは筆者の揺るぎない信念となった。古今東西、腐敗しなかった権力はない。少なくとも、議会制民主主義を採用する国家において、同じ政党が半世紀以上に渡って、ほぼ権力を独占し続けるなどということはあってはならないことのはずである。特に世紀が改まって以降の日本の政治には、もはや長期政権の弊害以外、ほとんど目につかない状況になっていた。

1993年の政権交代は繰り返すが、ほとんどハプニングに近かった。ゆえに長続きしなかった。その轍を踏んではならない、なんとしても正当な選挙の結果に基づく政権交代を、筆者がこのコラムでそう訴えたのは3年前の正月であった。その時点から16年前の政権交代では、ほとんど実になる成果がなかったが、たった1つだけ政治を変えてくれるかもしれない萌芽は残してくれた。「小選挙区制」の導入である。選挙制度の変更を梃子に政権交代を図るなどというのは、邪道であるという批判は当時からあったが、しかしあの中選挙区制度を維持している限り、政治の力関係の劇的な変化など望むべくもなかった。

そしてその年の夏、ついに筆者の悲願は実現した。あの難攻不落を思わせた自民・公明の連立政権は無惨な敗北を喫し、政権の座から追放された。その「快挙」を成し遂げた政党は民主党、戦後の日本、少なくとも55年体制と言われた時代以降の日本で初めて「政権交代」を旗印に掲げ、そして実現させた政党となった。いよいよ日本の政治が変わる、いや日本という国が、ようやく21世紀にふさわしい国家に生まれ変わるその一歩を踏み出すことが出来る、あの時の高揚を筆者は忘れることが出来ない。

だが筆者は知らなかった、政治とは制度をいじっただけでは変わらないのだと。政治の主人公はあくまで「人」、つまり政治家であり、どんなに顔ぶれが変わったとしても、その志や行動力、つまり「質」が変わらない限り、そこに絶対に変化も進歩も生まれないのだということを、角栄が去っても、政治が何も変わらなかったように。筆者は少しも学んでいなかった、年齢を重ねても、その識見は恥ずかしながら、なんら成長していなかったのである。

「現代徒然草」とサブタイトルに入れながら、実際には書き手の視野の狭さと不勉強で、ほとんど「政治と野球(ジャイアンツ)」だけの内容となってしまった当コラム。確かに始めたきっかけの1つに、少しでも人様の目に触れる可能性のあるところで、政権交代を訴えたいというのがあったから、それはそれでいいのだが、しかし、このところその2本柱の一角すら姿を消し、今やジャイアンツコラムと化してしまっていることは自覚している。理由ははっきりしている、政治について書きたくないのだ。民主党政権にはもう何の期待もしていないが、野田政権発足後は、もはや「批判すらしたくない」心境だったからだ。しかし、この年末の一連の動きを見ていて、とうとう黙っていられなくなった。

今回のタイトルに使わせてもらった言葉は、井上成美という帝国海軍最後の大将がかつての同僚、上司達の行動とその後の身の処し方を批判して書いたものである。井上は戦後、戦争責任を感じ、ほとんど公の場に姿を現すことはなかったのだが、はっきり避戦論者だった彼とは違い、日米戦争を積極的に推進し、またはそれを阻止しようとしなかった連中が、いっかなその責任を感じる風も見せずにいることを憤っての言葉だった。

民主党は鳩山由紀夫代表の下、数々のマニフェストと称する公約を掲げ、国民の支持を得て、政権の座に就いた。しかしその鳩山はとうに政権を放り出し、ついに民主党も先の年末にマニフェストの実施をほぼ完全に放棄した。

この2年半ほどの民主党政権の歩みは何だったのか、何もせず、何もできず、せいぜい縦の物を横にしてみて「改革だ」と騒いでいたに過ぎない。いや、一昨年夏の参院選敗退以降はそのパフォーマンスすらできなくなった。昨年3月の大震災勃発という不測の事態もあったが、その対処もまともにできず、鳩山後継の菅直人もただウドの大木のように倒れた。

そして3人目の野田佳彦だ。鳩山、菅はこの10年、ひたすら政権交代を旗印に掲げ、野党第1党を率いて来たリーダーだった。そして彼らの訴えが実現した時、この国のリーダーたる責務を負うことは当然の帰結として、覚悟と準備をしているものと思って来た。しかしそれはとんだ買い被りで、彼らはただ政権欲しさに騒いでいただけであり、いざ首相の座に就いても、何ら為すこともできなかった。リーダーにしてこの体たらくでは、それ以下の連中など推して知るべきである。

その推して知るべしの人物は、とうとう国民との約束たるマニフェストを完全に葬ろうという所業に出た。消費税率のアップは前任者が既にやたら執念を燃やしていたが、その人物の下で財務相を務めていた野田とすれば、当然の帰結なのだろう。しかし、彼が所属し、現在代表として率いている民主党はマニフェストで何と言っていたか?

税金を上げるという話が、国民から歓迎されることは永遠にない。そのくらいのことは、筆者にもわかっているが、しかし筆者の思いはずっと変わらない。

「税金を上げるにしても、使い方や使う人が変わらないまま上げられるのは御免こうむる。」

政権交代とはまさに、その使い方や使う人を替える為の手段だった。しかし、彼らは手もなくひねられ、変わらない人にあっという間に同化してしまった。消費税率アップを国民に訴えることを政治家各位はさも「勇気ある行動」と思い込んでいるようだ。確かにこれを掲げて、過去痛い目を見た首相、政治家は何人もいるが、財政の破綻のツケを国民に回すという手法は太古の昔から延々と続いており、いわば「もっとも安直な方策」なのである。

バラマキとの批判を浴びた、各種の手当ては結局ほとんど実現せず、沖縄の米軍基地の県外移設など所詮は夢物語。まぁそれらはまだ「情勢の変化」ということもあるかもしれないが、筆者がもっとも頭にきたのは八ッ場ダムの建設再開と言うニュースである。

八ッ場に関しては、あのマニフェストを掲げた当時と現在と何らの情勢の変化はない。にも関わらず、野田政権はイケシャーシャーと

「歴代の国土交通大臣が慎重に検討した結果、再開。」

とのたまったのである。さすがに鳩山政権で国土交通大臣を務め、現地で苦い思いもした前原誠司が一応反対の姿勢をとったが、所詮はパフォーマンスの域は出ない。

かくしてついに新聞に「マニフェスト総崩れ」と書かれる事態になっても、誰ひとり詫びもせず、誰ひとり責任を取る者もいない。この驚くべき厚顔無恥ぶりにはもはや、糾弾する言葉もない。とにかくマニフェスト実現にさしたる努力の跡も見せず、むしろ平然とそれを捨て去ろうとするその姿勢はこの党を国家的詐欺集団と断じても異論はなかろう。この姿勢に抗議して、年末に離党し、新党を立ち上げた議員が何人かいたが、まぁ普通の感覚だろう、それが。もっともこの人達の真意もミエミエで、全く応援する気はないが。

今年は選挙の年になりそうである。野田は消費税増税を自らの勲章にすべく、解散をちらつかせて強行突破を図る構えのようだが、野党がむしろウェルカムと舌舐めずりして、解散を待ちうけている現状に気が付いていないのであろうか。

いやどの道、解散になるしかないと思い定めているのかもしれない。参院で少数派に転落し、もはや野党からの協力も望みがない今、野田政権は事実上、政権遂行能力を失っている。本当なら先の自民党政権のように解散からひたすら逃げ回って、時を稼ぎたいのだが、当時は衆院で2/3を持っていたから、なんとか政策遂行はできた。しかし離脱者続出で、2/3の確保など夢のまた夢となり、予算関連法案はまず通らない。昨年は菅が最終的にクビを差し出して、なんとか通ったが、今年はその手は通用しまい。どの道、イチかバチか、勝負するしかなくなるだろう。

まぁ結果は、見えてますな。前回の自民党が119、前々回の民主党が113、そして今回、民主党50取れますかね?小沢一郎や岡田克也あたりは当選するかもしれんが、後は鳩山、菅以下枕を並べて討ち死に。野田だって千葉の都市部が選挙区、決して安泰ではない。もっとも、その前に小沢一派が離党して、事実上解体しているかもしれない。どの道、こんな破廉恥な政党の存続を許すべきではない。

ただ選挙には敗者がいる以上、勝者がいる。いろいろな不確定要素があるが、現状では民主党が敗退、消滅するということは、あの党とあの党が勝って、政権に帰って来るということになる・・・んだよね・・・。

かくして、とうとう筆者の一票は行き場所を失った。筆者はこれまで、棄権する輩を心から軽蔑していた、許せない連中だと思って来た。しかし、筆者は今初めて棄権する人々の気持がわかった。どこにも入れたい政党がない・・・つらい現実である。

筆者はやっと政治に対して「大人になれた」のかもしれない。しかし、こんな大人になら、やっぱりなりたくはなかった。棄権も1つの意思表示、という意見がある。だがそれはやはり間違っている。今度の選挙、筆者のように政治に絶望した人が、投票所へ足を運ばず、相当投票率がドロップする可能性は高い。例えば有効投票数があって、それを割り込んだら選挙が無効にでもなるのなら、それなりの意義もあるのかもしれないが、現実には投票率が例え10%になったとしても、その中で勝者は決まり、その政権は「国民の負託を受けて」発足するのである。それがどんなに危険で愚かなことであるかは、言うまでもあるまい。

「自らの責任に対する驚くべき不感症的人物達」に鉄槌は下すべきだし、下さなければなるまい。しかしその後の政治はどこに行くのか、国を託すに足るのはやはり自公なのか。もし、そうでないとしたら・・・。筆者の堂々巡りもまた、先が見えない。

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2011年12月30日 (金)

年を越す前に

2日間の休みが明けて、昨日出勤しようと大宮駅に行ってみると、光景が一変していた。いつもの背広姿のオヤジ達は姿を消し、大きな荷物を抱えた人々が新幹線の改札口にたむろしていた。ああいよいよ今年も終わりだなぁ・・・そう思わされる光景だった。

いろいろなことがあった、ありすぎた2011年も余すところ48時間を切った。思いついたこと、書きもらしていたことをいくつか書き連ねさせてもらって、本年最後の更新としたい。

 

東海大菅野智之投手は結局、ポンハムからの指名を拒否、浪人の道を選択し、来年のジャイアンツからの指名を待つことになった。ジャイアンツファンとしては、その勇気と決断にただ頭を垂れるしかないのだが、しかし正直に言えば、この選択は野球選手菅野智之にとっては最悪の選択だったと言わざるを得ない。

一時囁かれたメジャー挑戦や社会人チーム入りではなく、「浪人」を選択した理由は、時間が惜しいという理由に他ならないのだろうが、その代償は菅野投手の今後の野球人生に重くのしかかることは目に見えている。それを承知の上の今回の菅野投手の決断に拍手を贈るか、我が儘とののしるかは、人によって違うだろうが、筆者はあえて菅野投手を強行指名した北海道日本ハムファイターズに言わせてもらいたいことがある。

今回の件での菅野投手の選択、行動について意見や批判がある人はいても、ポンハムの今回の菅野投手指名を批判する声はまずないだろう。以前も書いたが、ポンハムはルール通りに菅野投手の交渉権獲得を希望し、そしてそれを見事に獲得したのである。そこに一点の瑕疵もなく(指名するにあたって、戦術上の理由とは言え、菅野投手側に事前の挨拶を全くしていなかったという道義的な問題はあるかもしれないが)、非難される筋合いはどこにもない。指名するのは確かに自由、ポンハムが菅野投手を必要としていたことも事実だろう。だが、一連の事態の推移を見て、筆者がどうしても釈然としないのは、実際交渉権を獲得した後、菅野投手をどのように口説き落とそうとしていたのか、その戦略が全く見えて来なかったことだ。

過去、希望球団を公言しながら、その意に沿わないチームの指名を受けた選手は枚挙にいとまがないくらいにいる。しかし今回菅野投手が、過去のそう言った例と少し異なると思うのは、彼が実の伯父という血縁者に憧れ、その人物と一緒に野球をやりたいと念願していたという事実である。だからどうしたと言われればそれまでだが、しかしただ単に誰々に憧れてたからというのとはやはり違う。そんな肉親を敵に回して、野球をやりたくない、それを甘えと一刀両断にするのはいささか酷ではないかと思うのは、筆者が所詮ジャイアンツファンだからだろうか。

そんな菅野投手の一途な思いをまさかポンハム側も知らなかったわけではあるまい。それでもポンハムには勝算があったから、口説き落とせるという自信があったからこそ、指名に踏み切ったのではないのか?菅野投手が欲しいと思った球団は他にもあったはずだ、しかしポンハム以外の球団は降りたのである、むろんそれは「血は水より濃し」だけが理由ではなかったろうが。

ところが実際の入団交渉の経緯を見れば、菅野投手本人とはたった一回会っただけ、2度目の交渉の機会は訪れず、菅野投手は入団拒否、浪人を発表、それでおしまいである。それに対して、ポンハム側はそう簡単に諦めるわけにはいかないとのコメントを出していたが、実際にその後何かアクションを起こしているようにも見えない。

菅野投手は希望球団に入れず、無為な1年を過ごすことを強いられることになった。自分の我が儘を通したんだからそれは仕方がないだろうという意見は伺っておこう。だが一方のポンハムもドラフト1位指名選手の入団拒否というチーム編成において、とてつもない大ダメージを負うという大きな代償を払うことになったのだ、言ってみりゃ痛み分けじゃないかという説には断固反論したい。

かつて他球団を志望している選手を強行指名したが、獲得に失敗したチームのスカウト部長が飛び降り自殺してしまうという痛ましい事件があった。もちろんそんな悲劇が繰り返されては困るのだが、獲得できる可能性が結果としてなかった選手をドラフト1位で指名してしまった今回の件は、ポンハムとしては大失態というべき結末であり、誰かが責任を問われ、またとるべき事態のはずである。しかし、そのような話はとんと伝わっては来ない(実は水面下で交渉がまだ続いていて、その結果待ちという可能性は0ではないが、まぁまず考えられない)。

「やっぱりダメでしたなぁ。」

「ま、仕方ないな、ハハハ・・。」

結局そんな程度の話だったんじゃないの?だから、あえてはっきり言わせてもらおう。

「なんだよ、結局単なる嫌がらせだったんじゃねぇか。」

今年8年ぶりの日本一に輝いた福岡ソフトバンクホークス。その充実した戦力は他の追随を許さないほど盤石なものと見え、黄金時代到来をも予感させるものだったはずだが、それがこのオフ、一転して激震に見舞われている。

とにかくその年のローテーション投手が一気に3人抜けてしまうなんて話は、まぁその内の2人を他ならぬジャイアンツが獲ってしまったのだから、なんともバツが悪いものを感じないわけにはいかないが、それにしても前代未聞だろう。今年の勝ち星で言えば43勝が消えてなくなってしまったのである。

それだけではない。不動のリードオフマンもメジャー移籍濃厚とされ、更に先ほど見た報道によると規定打席には足りなかったものの、今年も3割を打ったかつての三冠王松中信彦が、西武からFAで獲得した帆足和幸投手の人的補償のプロテクトから外れたらしく(こういうことが外部に漏れるのは問題だと思うが)、松中の西武移籍も充分有り得る事態となった。

秋山幸二監督の心中、いかばかりかと思ってしまうが、しかしその一方でどこかの球団と違い、ホークスは正真正銘の巨大戦力。大丈夫だよという声も聞こえてくる。いくらなんでもそれは楽観的過ぎと筆者は思うのだが、果たしてどうなるのか?来季は注目である。

世の中はやはり感動的には出来ていなかった。24年連続GⅠ勝利に挑んだラストチャンス、レッドデイヴィスに騎乗した武豊騎手は9着に終わり、有馬記念は三冠馬オルフェーヴルの強さだけが際立つ結果となった。正直勝てるとは思っていなかったので、その結果自体には驚きも感慨もないが、しかし1年間フルに騎乗しながら、昨年より成績を落としてしまったという現実はつらい。

昨日の大井で行われた東京大賞典は連覇し、辛うじて有終の美を飾ることはでき、来年はもっと成績を上げると、本人のコメントは尚も前向きではあったが、しかし言うは易く行うは難し、来年の苦闘が今から目に見えるようで、またまたつらくなる。

思えば今年はイチローの連続200本安打の記録も止まり、サッカーのことはよくわからないが、「キング・カズ」こと三浦知良選手の連続得点記録も止まったそうだ。更にスポーツではないが、羽生善治の王座戦連覇も止まった。今年はそういう年だったのかもしれない。筆者の悲観的な見方を覆すことができるのか、かつての王者の戦いぶりはいかに。

ゴルフの杉原輝雄プロが亡くなった、享年74。若い頃は「マムシの杉原」と呼ばれ、どんな逆境に立っても決して諦めずに、食い下がって相手を恐れさせ、その圧倒的な戦績と迫力で関西ゴルフ界、ひいては日本のゴルフ界に君臨。50年に及ぼうかというその現役生活の偉大な実績についには「日本ゴルフ界のドン」とまで呼ばれるに至った。日本ゴルフ界において、栄華を欲しいままにし、一時代を築いたAO、青木功と尾崎将司ですら彼には一目置かざるを得ず、頭が上がらなかった。

前立腺ガンをわずらいながらも、現役生活を続ける為に手術は拒否、ついに生涯現役を貫いて逝った杉原プロ。数々の記録はもちろん、その生きざまの壮絶さは人々の記憶にいつまでも残るはずである。心からご冥福をお祈りしたい、合掌・・・。

2011年、それは日本国が続く限り、永遠に語り継がれる年になってしまった。あのあまりにも凄まじい現実を前に、どんな言葉も軽くならざるを得ない。しかし、生きている以上、人間は前を向いて行くしかない。ありきたりの決まり文句ではあるが、今年は一層の重みを感じながら、この言葉を書き記して、今年のこのコラムを締めくくることにしたい。

「みなさん、良いお年をお迎え下さい。」

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2011年12月22日 (木)

ラストチャンス

突然だが、筆者は原辰徳が大好きである。ジャイアンツ戦の中継にかじりつきだった青春時代、ファンとしての喜びも悲しみも常に原辰徳と共にあった。時が経ち、いつしか筆者も社会に巣立ち、永遠の若大将と言われた原も現役を退いた。そして2002年、満を持して原が監督に就任すると、学生時代のようにジャイアンツべったりの生活を送れないばかりか、前任者の滅茶苦茶な采配とチーム編成にうんざりして心が離れつつあった筆者はまた、熱いジャイアンツファンに立ち戻ったのである。

それから、2年のブランクをはさみ、今年で原辰徳がジャイアンツの指揮を執って8年の月日が流れた。リーグ優勝4回(内日本一2回)、後は3位が3回と4位が1回(考えてみると、この監督は2位になったことがないんだね。まぁどうでもいいことですが)。この実績をさすがと見るか、あの戦力でこれじゃぁなと思うかは、人によって違って来るだろう。

2年前、リーグ3連覇と7年ぶりの日本一奪還をはたした時点なら、文句なしに「さすが」と言えただろう。しかしその後、チームは2年連続3位に沈み、別のチームが連覇を果たした。「リーグ3連覇」はもはや古証文の響きさえ感じざるを得ない。

今年の戦いぶりで言えば、こと優勝に関してはジャイアンツは全くのノーチャンスだった。結果的には、首位と3.5ゲーム差にまでなったが、「優勝を争っている」という状況はついに作り出せなかった。あの悪夢のような大型連敗を繰り返し、いまのところ原監督下では唯一のBクラスに沈んだ06年ですら、開幕当初、首位を快走した時期があったから、全く優勝争いに加われなかったのは、原監督にとっては1度退任に追い込まれた03年以来の屈辱であった。

今季の戦いぶりについては当コラムでも嫌と言うほど取りあげたが、打てず粘れず守り切れず、力不足、精神力の弱さを痛感させられた1年だった。ナベツネ球団会長は今年は選手とフロントが悪いと総括していたが、監督原辰徳が全くの無罪放免であるはずがない。今オフ、ジャイアンツには激震が走った。例の「清武ショック」のことを言っているのではない。清武騒動の陰で、ジャイアンツというチームが崩壊に向かっているのではないか筆者はハラハラしていた。

ジャイアンツから今年FAで2人の選手がチームを去って行った、鶴岡一成とサブローの2人である。更に高橋信二も自ら自由契約を求めて出て行った。ラミレスはチームの方針でこちらからお引き取りを願ったのだが、この3選手はいずれもチームの慰留を振り切っての移籍選択であった。これはガセだったようだが、一時谷佳知まで自由契約を求めて、契約交渉を保留しているという情報が流れた時には目の前が真っ暗になった。これまで選手を掻き集めることは得意としていても、これだけ多くの選手に三行半を突き付けられた歴史はジャイアンツにはない。

彼らの言い分はただ1つ、同じである。

「試合に出たい。」

全くもって野球選手としては、ごもっともな言い分だ。鶴岡はまだ仕方がない、阿部という不動の主戦捕手が居ては、彼はあくまで2番手。その地位すら今年は危うくなっていた。14年間かかってようやく手に入れた権利を行使して、勝負してみたいという気持ちは理解できるし、また止められるものでもないだろう。問題は他の2人である。

いずれも今年途中、緊急補強でジャイアンツにやって来た。ほんの少し前まで4番としてチームの柱であったはずが、いつの間にか居場所を失い、くすぶっているところに乞われてジャイアンツにやって来たという点も共通している。記録的貧打にあえぐチームの救世主としての役割を期待されての移籍であった。

結果として、彼らがその期待に応えられたか、答えはノーである。彼らに既に力がなかったのか、それともジャイアンツの水が合わなかったのか、それは微妙な話となる。

信二に関しては、移籍当初は全然で、すぐに2軍に落されたが夏場に1軍に復帰してからは、代打で快打を飛ばしたりして、本領を発揮し始めた。明るい性格で、大道典嘉、木村拓也なきあとのムードメーカーとして期待する向きもあったし、いざという時の2番手キャッチャーとしての出番もありそうだった。鶴岡が1軍ベンチを今年外れることが多くなった1つの原因にはこの信二の存在があった。しかしなぜか出番は徐々に減り、9月18日に鶴岡と入れ替わりで1軍登録を抹消されるとついに、2度と1軍に姿を見せることはなかった。

サブローはもっと不可解だ。移籍後の初試合、負け試合だったが、いきなり代打ホームランを放ち、オールスター前の最終戦では息詰まる投手戦の中、代打で先制タイムリーを放つなど、随所に勝負強さを見せつけた。あのしぶといバッティング、柔らかなバッティングはジャイアンツには得難い選手と見えたが、しかしなかなかスタメンでのチャンスは与えられず、打率は上がらず、9月21日にはなんとこれまたファーム落ちしてしまう。確かにその前の日に久々にスタメンに起用されながら、不甲斐ないバッティングで2打席で替えられてしまったが、しかし2軍に落とされるとは思わなかった。彼が1軍に戻って来るのはそれから約1ヵ月後、もうシーズンはほとんど残っていない時期だった。

この後、谷も2軍落ちし、1軍の打撃陣は惨憺たるメンバーになるのだが、問題は彼らが2軍に落とされた後、あるいはその前に彼らを差し置いて出場していた選手に到底、その資格がないとしか思えない選手がいたことである。この事実に彼らが腐らないはずがない。こんな理不尽な扱いをされて、彼らが尚諾々とジャイアンツのユニフォームにしがみつくはずがない。ジャイアンツブランドの過信であり、時代錯誤もはなはだしいというものだ。彼らに「ファイターズ愛」や「マリーンズ愛」はあったにしても、ジャイアンツ愛など求める方が間違っている、あるとすればそれは「自分愛」、彼らはまた、当然の選択をしたまでなのである。

去年から今年にかけて、原監督の選手起用には首をひねることが多かった。特に今年の秋口のそれは「常軌を逸している」という表現をしても差し支えないないくらい酷いと思っている。誰を起用すれば後悔しないかを常に考えていると日頃公言している原としては、言行不一致の采配としか言いようがなかった。

サブローは本当に惜しいことをした。ラミレスを事実上解雇した時、原はようやくサブローを使う気になってくれたかと喜んだ。繰り返すがあのサブローの力が抜けたというか、柔らかな打撃は、今のジャイアンツには全く代わりがいない程の貴重なものだった。確かにジャイアンツの外野は多士済々、しかし由伸や谷に今更1年レギュラーで出てくれというのは酷だし、亀井、松本がせめて09年のレベルに戻ってくれれば言うことはないが、それも望み薄のようだし、橋本、大田の若手もまだまだ未知数。何やらまた外国人選手を連れて来ようとしているようだが、ジャイアンツの連れて来る助っ人サンに期待できるはずもない。現時点で長野以外、外野のポジションを1年間任せられる選手がどこにいる?原サンがあんないい加減な使い方をしなければ、絶対にサブローはマリーンズなんかに戻ろうとは思わなかったはず、悔やんでも悔やみきれない。

今年で3年契約が切れた原辰徳は新たに監督として、2年契約を結んだ。が、当時オーナーを一時的に兼任していた桃井恒和球団社長から

「もし来年も優勝を逃すようなら責任をとらなきゃいけないよ。」

と言われたことが公表され、物議を醸した。結局桃井氏が発言を訂正する形で収拾したが、筆者は当然のこととして受け止めた。ジャイアンツがCSの1stステージで敗退した時、来季は原と清武GMの手腕が問われるとここで書いたが、その後、清武氏は思わぬ事態を勃発させ、来季を迎えることなくジャイアンツを去った。そしていよいよ真価を問われるのは「FM」原辰徳その人である。

1stステージ敗退後、原は「少ない戦力でうんぬん」というコメントを発している。その発言を聞いたとき、正直筆者は耳を疑った。原は本気でそう言ったのだろうか、だとしたらあまりに情けないと言うか、恥知らずの言葉としか言えない。今年のジャイアンツは確かに選手が期待通り働かなかったのは事実だ。しかしその一方で、原サン、あなたが間違った選手を起用して来たのも事実なんです!!

筆者が目の敵のように批判して来た外国人選手がなぜ起用され続けて来たか?それはあまりに酷い選手ばかりを連れて来る清武前GMへの当てつけだったという説がある。まさかそんなことはないと思うが、しかしその選手はシーズン終了を待たずに2軍に落とされ、案の定解雇された。あなたの目が節穴だなんて、バカなことを言うつもりはない。しかし、こんな馬鹿げた起用を来年も繰り返すことだけはもう絶対に勘弁してほしい。こんな形の後悔をファンに、そして他の選手達に与えて欲しくないのだ。こんな負け方はもうたくさんなのだ。

繰り返す、私は原辰徳が本当に大好きなのだ。彼がいつまでもジャイアンツの監督であり続けることは出来ないことくらいわかっているが、しかし石持て追われるような姿だけは絶対に見たくない。甥っ子の菅野投手を確実に取る為だけに残してもらってるなんて悪口を見るのは忍びない。

結果的にそれでも解雇されたが、2年前、ジャイアンツの3連覇の前に同じような状況に追い込まれた落合博満は、与えられた2年の契約で見事連覇を成し遂げて見せた。そして原に与えられたのも同じ2年、もちろん勝って欲しいし、勝つだけの戦力は整いつつあると思う。しかしそれ以上に、悔いなき采配を、誰となら心中できるか、あなたの原点に返った采配を見せて欲しい。来年が今日のタイトルの通り、「ラストチャンス」とならないように、心から祈ってやまない。

「ラストチャンス」と言えば、この人にも全く予期せぬ形でラストチャンスが巡って来た。武豊、横山典弘騎手の騎乗停止という思わぬ事態のおかげで、1度は諦めた24年連続GⅠ勝利に向けて、有馬記念に急遽3歳セン馬レッドデイヴィスで参戦することが決まったのだ。衰えた、もうダメだと言われても、やっぱり武豊。彼の参戦で一気にムードは盛り上がってきたが、しかし「世の中、それほど感動的にはできていない」というのが正直なところだろう。

レッドデイヴィスは気性難からセン馬となり、またケガもあって、クラシックには無縁の存在だったが、年頭のシンザン記念で後の三冠馬オルフェーヴルを破るなど、一時は世代NO1とまで言われた馬であり、7ヵ月の休み明けだった前走鳴尾記念も快勝するなど決して弱い馬とは思わないが、なんと言っても中1週、それに今回の上位人気馬の牙城は揺るぎそうもない。枠順も出る前に何だが、◎オルフェ○ブエナビスタ▲ヴィクトワールピサでこの三頭以外はいらないと筆者は思っている。それに正直なところ、今の武豊サンは流行りの言葉で言えば残念ながら「持ってない」としか言い様のない状況で、とても感動的な奇跡を呼び起こせるとも思えない。

予定通り、裏開催で勝ち星を拾っていた方が、来年に向けてはよかったのではないかと思ってしまうのだが(私本当の彼のファンなんですかね?)、それでも巡って来たチャンスはチャンス。是非悔いなき、「さすがユタカ」と思わせる騎乗をして欲しい、頑張れ!

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2011年12月20日 (火)

あっけない死

北朝鮮の金正日総書記が急死した。健康状態に関しては、かねて不安説が流れていたが、どうしてどうして、なかなかそう簡単にはと、何の根拠もなかったが、筆者は思っていたので正直、驚いた。独裁者のあっけない最期だった。

お国柄、暗殺、クーデターかもという思いも一瞬よぎったが、報道を見る限り、「通常の」病死のようで、そういう意味での騒乱は避けられそうだが、後継者指名を受けた総書記の三男はまだ二十代半ばの若さ。この国の政情不安は決して他人事ではすまされないだけに、今後の動向には細心に注意を払う必要がありそうだ。それにしても年の瀬に、なんとも落ち着かないニュースが飛び込んで来たものである。

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2011年12月12日 (月)

その前途に希望はあるか?

成功したかどうかはともかく、V9戦士と言われた選手の中からは就任順に、長嶋茂雄、王貞治、高田繁、森祇晶、土井正三、堀内恒夫と6人が監督になった。だが、そのあとの世代で監督を務めているのはこれまで原辰徳ただ1人。ジャイアンツブランドの凋落と野球人としてのレベルの低下を物語っている形だったが、ついにこの度、2人目の監督が誕生することとなった。

中畑清57歳、1月生まれなので年が変わればすぐに58歳。遅咲きの監督就任である。現役時代は「絶好調男」「ヤッターマン」の異名をとり、その底抜けに明るいキャラクターでファンに愛された。スケールは違うが、「記録より記憶に残る選手」、つまり彼が敬愛してやまない長嶋型のプレーヤーだった。89年、チームが8年ぶりに日本一に返り咲いたのを置き土産に引退。93年、長嶋の監督復帰に伴い、打撃コーチに就任したが、チームの打撃不振に半ばノイローゼになり翌年オフに退団、だがチームは奇しくも89年以来の日本一に輝いている。

以来、実に18年ぶりの現場復帰である。プロ野球選手会の初代委員長を務めた経歴もあり、そのリーダーシップを買われて、引退直後にはジャイアンツの監督候補に数えられたが、その機会は訪れず、この間、長嶋が指揮を執る予定だった2004年のアテネ五輪でヘッドコーチに就任。長嶋の病気という事態を受けて、代わって指揮を執ったが、銅メダルに終わったことからその采配に疑問と批判が上がることになった。事実上の監督代行ながら、その肩書がつくことはなく、なんとも中途半端な状態のまま放置された形になったのは気の毒であった。

その年のオフにジャイアンツの助監督にという話が持ち上がったが、当時の監督であった堀内が中畑を心底嫌い、またバカにしており、結局中畑の方が就任を固辞するという形で実現することはなかった。

監督への意欲を隠すことなく、近年は後輩である原の長期政権が続く古巣ジャイアンツでの就任を諦め、チャンスがあればどこででもアピールしていたが、とうとう最初の候補者との交渉が破談になった直後に急浮上する形で、新生横浜DeNAベイスターズ監督に就任することが決まった。

待ちに待ったチャンス、記者会見での中畑は意欲満々、また気持ちいいくらいの笑顔だった。4年連続最下位、もはや出口の見えない泥沼に陥った形のチームを立て直すにはもってこいのキャラクターかもしれない。中畑を招聘したのは、一足先にDeNAのGMに就任していた高田繁。中畑がレギュラーになった時、代わってその座を追われたのは他ならぬ高田であり、浅からぬ因縁で結ばれている2人だが、その2人が手を組んでベイスターズ再建に取り組む。2人がジャイアンツOBであるからか、今までのチームにそんな色はほとんどなかったのに

「ジャイアンツ色の一掃。」

などと騒いでいるが、そのくせラミレスを獲り、FAした鶴岡を獲り、更にはポンハムをクビになった元ジャイアンツの林も獲った。どこがやねんとつっこみたくもなるが、まぁそれはいいだろう。震災の影響でただでさえ、スケジュールが押せ押せとなった今年のプロ野球。親会社の交代、監督人事の停滞、不動の4番だった村田の退団と更なる出遅れ、厳しい門出となったDeNAだがいよいよ軌道に乗って来た。

注目のコーチ人事はヘッドコーチが中畑とはアテネで苦楽を共にした横浜OBでもある高木豊、内野守備コーチに駒大で新監督の後輩になる白井一幸現二軍監督と骨格は固まったようだが、焦点はやはり投手コーチが誰になるかだろう。格好の人材がついこの間まで在籍していたのだが、まさかその人には頼めない。やっぱり駒大の後輩で名コーチの誉れ高い人がフリーになり、かつてベイに在籍し、育成には定評がありながら、年齢でジャイアンツをクビになった人もいる。さてどうなることか・・・。

そのレースが終わった時、筆者か感じたのはなんとも言えない切なさ、寂しさだった。勝負の世界の情け容赦ない非情な現実、「盛者必衰」という平家物語の一節がまざまざと脳裏に甦った。

昨日は朝から憂鬱だった。この日行われる「第63回阪神ジュベナイルフィリーズ」、1番人気サウンドオブハート号に騎乗する武豊騎手には24年連続GⅠ勝利という空前絶後の大記録が掛かっていた。なのになぜ憂鬱だったかというと、豊の勝利を心から祈ってはいたものの、現実には勝てそうな気が全くしなかったからだ。本当にファンとしては情けないのだが、今や武豊がどんな馬に乗っても勝てるがしない。 ここまで卑屈になってしまった自分の気持ちが悲しい。

そして・・・結果は3着だった。レース自体に不満はない、人馬とも力を出し切った結果と筆者には見えた。正直、勝った馬が強すぎた、次元が違っていたと言っても言い過ぎではないだろう。なのに、何がそんなに切なかったのか、それは今更と言われてしまうかもしれないが、武豊の凋落ぶりをまざまざと目の当たりにさせられた気がしたからだ。

繰り返すが、勝った馬は本当に強かった。その馬に武豊は全力でぶつかり、敗れた。そのこと自体に何の問題もない。問題は勝ち目のない馬に豊が乗っている現実なのだ。数年前なら勝ち馬に豊が乗っていてもなんら不思議はなかった。いやむしろ乗っているのが当たり前だったと言ってもいいかもしれない。しかし、今や彼がその馬に騎乗する可能性は限りなく0に近い、あり得ないと断言しても全く差し支えないだろう。

「騎手の勝負はレース前に9割方ついている。」

言葉は正確ではないかもしれないが、こんな意味のことを藤田伸二騎手が言っていた記憶がある。いい馬に乗れるか、乗れないか、そこで既に騎手としての勝負は決まっていると藤田は言いたかったのだろう。その「レース」にかつては無類の強さを誇ったのが豊、しかし今や彼はそのレースに参加すら出来ない立場になってしまった。

今年のGⅠレースにおいて豊の最高着順は皐月賞のダノンバラードと昨日のレースの3着、勝つどころの騒ぎではない、連対すらできなかったのだ。数年前まで、いや2年前まで、豊が1年間で1度もGⅠを勝てないなんて考えてみたこともなかった。土曜日に小倉で行われたGⅢ中日新聞杯にダノンバラードが出走したが、同馬のデビュー以来手綱を執っていた豊の姿はその背にはなかった。次週阪神カップに出走予定のクレバートウショウの鞍上も今年2つのGⅠを共に戦った豊ではない。

今年のGⅠレースはまだ終わったわけではない、次週の朝日杯フューチュリティーステークスと年末の風物詩有馬記念。しかし朝日杯はここ二戦手綱を取ったマコトリヴァーサルの手綱は他騎手に渡り、有馬記念にはハナから騎乗候補馬もいなかった。昨日の敗戦で事実上、大記録は途絶えた。

今や豊を支えてくれているのは「橋口、太、メイショウ」と春先に書いた。しかしその一角であった橋口弘次郎調教師も戦列を離脱した。40鞍を超える圧倒的な数の依頼をしてくれている小島太調教師と主戦騎手として遇してくれているメイショウの松本好雄オーナーがいなかったら、今の豊の騎乗予定は惨憺たるものになっているのではないか。

ファンとして、なんともやりきれないのは、確かに騎乗馬の質はかつてとは比較にならないほど落ちているが、それでもここまで成績を落とすほど低下してはいないと思われることだ。1、2番人気で勝てず、下位人気でもむろん勝てない。結果今、11月19日を最後に豊はなんと51連敗中、11月以降2勝しかできないでいる。勝ち星は61で足踏みしたまま、とうとう豊はケガもなく1年乗っても、70勝にも届かない騎手になってしまったのである。豊はまだ衰えていない、勝ち運に、馬に恵まれないだけだ、ファンとしてはそう信じたいが、乗り馬が続々と離れて行く現実の前には一言もない。やはり去年のケガは相当な痛手だったと言わざるを得ない、あれがなければ、いくらなんでもここまで急激に衰えることはなかっただろう。

今年も後2週間、そして来年。この状況はたぶん変わらない、いや悪くなることはあれ、良くなることはもはや考えられない。武豊は何を目指し、何を求めて騎乗を続けていくのか、それとも・・・。武豊42歳、今岐路に立たされている。

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2011年12月 9日 (金)

「ウェルカム」そして「グットラック」

FA宣言をしていた村田修一選手が、愛着ある横浜を離れ、ジャイアンツに移籍することを正式に表明した。それを待っていたかのように横浜はジャイアンツから自由契約になったアレックス・ラミレス選手の獲得を発表、結果として両チームの間で4番打者同士をトレードする形となった。村田に関してはまずは「ウェルカム」、いずれ歓迎の言葉を述べさせてもらいたいが、今日は去りゆくラミレスについて書きたい。

ラミレスがヤクルトを離れ、ジャイアンツに入団することになった時、筆者はここで反対を表明した。確かに、残していた成績は大したものだったが、ムラがあり、肝心な時に打ってない印象があったし、何より守備に不安があったからだ。しかしそんな筆者の危惧を嘲笑うかのように、ラミレスは強烈なまでの存在感を、この4年間示してくれた。小笠原道大との「オガラミ」コンビは文字通りチームの柱石として、リーグ3連覇に貢献してくれた。選手としての実績のみならず、野球に取り組む姿勢、チームを思う心・・・すべてが若い選手の模範であり、そして我々ファンを魅了するものであった。

93年にFAが導入されて以降、ジャイアンツにはFA移籍やトレードで幾他の名選手が、他球団からやって来たが、こと打者に関して言えば、ただの1人もジャイアンツで現役生活を全うした人がいない。様々な事情があるにしても、ジャイアンツが「非情」あるいは「使い捨て球団」と悪評されるゆえんであるが、オガラミだけは絶対そんなことにならないようにと願ってはいたのだが、ことラミレスに関しては難しいかなぁとは思っていた。

ファーストもできるガッツに対して、ラミちゃんは外野。ただでさえ上手くなかった守備に昨年あたりから、ますます陰りが見え、そのせいだけではないが、昨年は2冠王になりながら、ベストナインに選ばれないという屈辱も味わった。そして今年は自慢の打棒も年齢からか、統一球導入の影響からか、ラミちゃんとしては振るわず、ついにバランスシートが崩れた。ジャイアンツはラミレスとの「別離」を決断した。

当初はDHのあるパへの移籍が有力視されたが、結局は新生横浜がチームの新たな柱として招聘することになった。これまでセ一筋でやってきたラミレスとすれば、歓迎すべきオファーだったろうし、またジャイアンツを見返したい気持ちも当然あるだろう。かくして、「不動の4番」は来シーズンから再び敵となる。心機一転の来季は、かなり手ごわい相手となるのではないか。ジャイアンツとしては手痛い「恩返し」を食らわないように、準備万端整えなくてはなるまい。

それはそれとして、チームを愛し、またファンから愛されたラミレスがジャイアンツを離れることは正直寂しい。勝負の世界、それもジャイアンツの方から下した決断なのだから、仕方のないことなのだし、筆者も理解はしているつもりだが、それでも、この別れはやっぱり切ない。今は彼の4年に渡る献身的な活躍に心から感謝し、この言葉を贈りたい。

「グットラック、シーユーアゲイン・・・ありがとう、さようなら。」

そう言えば、現SAの伊原春樹前ヘッドコーチも退団が決まったそうだ。今のようなよくわからない環境に留めておくような人材とは思えないし、彼の為にも良かったとは思うが、リーグ3連覇に貢献してくれた男達が、続々とチームを離れていく現実には胸をつかれる思いを禁じえない。過去の栄光にすがっていても何も生まれない、戦う者は前を向いてただ進むのみ。ラミレス、伊原の去就はそのことを教えてくれているのだが、所詮「傍観者」に過ぎない筆者は今日のところはしばし、おセンチな感傷に浸ることにしたい。

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2011年12月 3日 (土)

あまりにも無様!!

少し前の話になるが、11月23日の水曜日、筆者は長男の所属する少年野球チームの運動会とやらに駆り出された。みんな来るんだからと、しぶしぶ行ってみると、なんのことはない、父親なんてほとんど居やしない。騙されたと思う間もなく、おかげで父親の出る競技はほぼフル参加を余儀なくされ、特に2時間弱の間に、100mリレーを2度走らされた時は、大袈裟でなく生命の危機を感じた。どう記憶を呼び戻しても、リレーなんて小学生の時以来走ったことがないのに、それを2度なんて・・・たまらないよ、ホントに。

結局、もうこれ以上は付き合いきれんと、後は妻に任せて午前中でずらからせてもらったが、確かこの日は「勤労感謝の日」でせっかく休みに当たったのも関わらず、感謝どころかとんでもない目に遭わされた。お陰でしばらく筋肉痛にも苦しめられた。自らの不摂生、運動不足の報いであることは認めるが、それにしても参った。毎年勤労感謝の日に開催されているそうだから、しばらく自分の休みにぶつかることはないと思うが、もう絶対に御免こうむりたい。

息も絶え絶えに、やっと帰宅してテレビを点けると、CS放送でジャイアンツのファン感謝デーが生中継されていた。今は「ジャイアンツフェスタ」などとシャレた名前になっているようだが、来年からジャイアンツのユニフォームを着る13人の選手達の紹介が行われていた。中でも身長193cm、居並ぶルーキーの中でも一頭図抜けていたドラ1松本竜也投手の雄姿は目を惹いた。前途有為な若者達の初々しい姿を目にし、抱負を耳にして、このところの不愉快な気分がようやく少し晴れたような気がした。明日のジャイアンツを担う存在となるよう、飛躍と精進を心より期待します。

とにかくなんとも不快で鬱々とした時間が続いている。筆者は例の「江川騒動」の時には、既に物心ついていたし、それ以降もジャイアンツの行儀の悪い行いは何度となく見せられて来たが、正直今回の騒動ほど情けなく、恥ずかしくそして腹立たしい思いにさせられたことはない。

「巨人軍は紳士たれ。」

とは初代オーナー正力松太郎の有名な遺訓だが、それは何も選手だけに向けられたものではないだろう。いやしくも「球界の盟主」を自任する老舗球団にしてはあまりにもお粗末な今回の顛末。球界最大のイベントである日本シリーズ直前のこの体たらくは、言い訳のしようもない。お陰でシリーズ初戦当日は全紙、翌日は東京中日を除くスポーツ5紙がシリーズそっちのけで、トップでこの騒動を報じる始末(もっともいよいよ雌雄を決する第7戦当日の見出しもほとんど競馬のマイルCSに占められてたけど)。大事なシリーズに大きく水を差すことになってしまった今回の事態、筆者はジャイアンツの球団関係者でもなんでもない一介のファンでしかないが、それでもせめてもの気持ちとして、本当に心からお詫びしたい。

それにしてもあの清武英利氏の一連の行動は何だったのだろう。何でよりによってあの日、つまりシリーズ前日の11月11日にあの会見を開かなければならなかったのだろう。全く理解に苦しむ。彼のあの行動は、球界関係者としては、弁解の余地のない暴挙、その罪万死に値するとまずは断罪しておく。その上で、改めて今回の騒動を考えてみたい。

清武氏はなぜあの会見を開いたのか、そしてなぜあの日でなければならなかったのか?清武氏本人はナベツネ氏、つまり渡邊恒雄読売グループ本社代表取締役会長(読売ジャイアンツ取締役会長)の横暴ぶりにもはや我慢がならず、また差し当たっては1度了解したはずのコーチ人事を覆す動きを見せているが為に、それを阻止し、コーチを不当な人事から守る為としている。

もっと具体的に言うと留任が1度は決まったはずの岡崎郁ヘッドコーチが「鶴の一声」(清武氏曰く)で降格され、後任にOBの江川卓氏が招聘されるという人事が「強行」されそうになったので、それを阻止するには、あの日に会見を開いて、すべてを外にぶちまけるしか方法がなかったというのである。要するに岡崎某という1コーチの身分保全の為の行動だったということだ。

アホも休み休み言えとはこのことだ。岡崎がジャイアンツにとって、いや清武氏にとってどんなに重要な人物かは知らないが、その去就が日本シリーズより重大事とはとても思えない。まして、以前岡崎の解任を主張したことのある立場としては、何を目くじら立ててるのかと言いたくなる。1人コーチが入ると職を失う人が出るとも言ってたそうだが、これは球団側が反論していた通り、「解任・解雇」ではなく「降格」なのだから、岡崎の名誉はともかく、少なくとも職は失わない。

ナベツネ氏には世の中みんな、うんざりしている。あの天下の嫌われ者、小沢一郎にすら、ファンというか支持者が存在するが、ナベツネ氏が好きだという人にはついぞ、お目にかかったことがない。筆者の中でナベツネ氏は支持率0の男である。この「究極の嫌われ者」相手に一戦交えても、決して不利にはならない。そう計算しての清武英利、一世一代の大勝負だったのかもしれない。

確かに当初はそんな空気がなくはなかったが、あっという間にしぼんでしまった。どんな大義があろうと、シリーズに水を差すという言動は許されるものではないし、何より彼が会見を開いた「真意」がすぐに透けて見えてしまったからだ。

2004年にジャイアンツの球団代表に就任以降、「球界の改革派」として、清武氏は精力的に活動して来た。育成選手制度の導入は彼の功績だし、ジャイアンツの代表として「育成の巨人」を掲げて、原辰徳監督と二人三脚でチームの再建、強化に邁進して来たのも事実である。しかしそれが結実したかに見えた2009年を境に2人の関係は、離れて行ったという。そして、清武氏がGM兼任となり、チームの編成について一層コミュニケーションを密にしなければならなくなったにも関わらず、もはや第3者を交えなければ、意見交換もできないような状態になっていたのだそうだ。

原監督は今年ペナント中にコーチ陣に対し

「のほほんとしている。」

と異例と言える発言をしている。そして数だけ多く、全く戦力にならない外国人選手達に苛立ち、そして嘆きの言葉を残している。両方とも清武氏主導の人事、補強で原監督にはほとんど相談もなかったという。原の清武氏への苛立ちはピークに達した。

ペナントは3位に終わり、CSもあっさり1stステージで敗退。シーズンを終えた原はナベツネ球団会長に報告に赴く。ここで原は清武氏への批判をぶちまけたのではないだろうか。これ以降、ナベツネ氏の矛先はフロント、特に清武氏に向いて行く。

そして11月8日、記者団に囲まれたナベツネ氏はこう発言する。

「今年は補強に失敗した。いらないのを10人は獲った。あれじゃ誰が監督をやっても負ける。」

続けて

「このままじゃ済まさない。シリーズが終わってからじっくり考えたい。」

とフロントへの責任追及を示唆した。ターゲットが清武GMその人であるのは明らかだった。ナベツネ氏ですら「シリーズが終わってから」とこの程度の嗜み、慎みは持っていたわけだが、そいつは堪らんとばかり、このままじゃ俺はクビだと震え上がってついに暴発したのが、例の11日の会見だったというわけだ。

ジャイアンツの外国人選手補強の下手さは今に始まったことではなく、清武氏1人の責に帰すのは気の毒な面もあるが、それでもあれだけことごとく役に立たない選手を掻き集めては、言い訳はたつまい。

それに育成重視の清武氏なら当然の帰結なのかもしれないが、正直ジャイアンツはコーチの数が多すぎるのではないかとかねがね思っていた。今年など1軍に投手コーチが3人もいた。2軍、育成ならまだしも1軍にそんなにコーチがいるものなのだろうか?そしてシーズン終了後、香田投手、吉村打撃の2コーチがクビになり、新たに元楽天ヘッドコーチの橋上秀樹氏と元中日捕手コーチの秦真司氏が「入閣」した。いずれも現役時代またコーチとして野村克也の下におり、「野村ID」導入の為との触れ込み。

他球団の血を導入することは大いに歓迎すべきとは思うが、橋上は耳慣れぬ「作戦コーチ」という肩書、秦はバッテリーコーチになるそうだが、まず「作戦コーチ」って何するの?作戦を誰に「コーチ」するのかよくわからない。監督に采配、作戦面で助言をするのだとすると、ヘッドコーチとの職責の境はどうなるのだろう。次にこんなことを言っては失礼なんだが、秦という人は古田敦也の前のヤクルトの正捕手だったのだが、ノムさんにキャッチャー失格を宣告されて、外野にコンバートされたような記憶があるんですが・・・。それにもう1つ、新たに「ブルペンコーチ」なる肩書で高田誠チーフスコアラーが現場に復帰する。これはその名の通り、今年は香田が担当していたブルペンに入るのだろうが、それにしてもこの秦と高田の役割分担も曖昧じゃないだろうか。

更に言わせてもらえば、秦の入団で今年バッテリーコーチを務めた村田真一が1年で打撃コーチに再転換されることになったが、なんかこの辺の人事も釈然としない。

そして何よりこの騒動で1番微妙な立場に立たされたのが、他ならぬ岡崎だ。江川のヘッドだか助監督だかしらないが、これを言い出したのはどうやら原らしく、これはとりもなおさず、岡崎のヘッドとしての力量に原が不安、不満を持っていることが白日の下に晒されてしまったことに他ならない。清武氏はコーチ人事が結果として、原案通りになったことには御満足されていたようだが、残された方としてはたまったものではない。原と岡崎がうまくやって行けるかは大変疑問だし、監督に信用されてないヘッドコーチの威令がチームに行われるものなのだろうか。今からでも遅くないから、伊原さんにもう1度、お出ましいただいた方がいいんじゃないのかなぁ。そういえば、自分をフロントに引っ張った清武氏がいなくなって、伊原はどうしてるんだろう。SAを辞めたという情報もないから、まだジャイアンツにいるんだろうけど、なんだかよくわからないポストに付けて飼い殺しみたいな扱いをするような人材とは思えないんだけどなぁ・・・。

2軍の方も、森脇は辞めちゃったし、育成には定評のある小谷正勝はクビにするし、代わりに尾花高夫でも引っ張って来るのかと思えば、なんか中途半端な人達ばっかりコーチにしてるし・・・。

かくして清武取締役兼球団代表兼GMは解任、ジャイアンツからは出入り禁止を食らった。この解任、更には一連のナベツネの言動を法令違反、不当として清武氏は法廷闘争に訴えるそうだ。先日の2度目の会見で

「事態をお家騒動、泥仕合に持ち込み、事の本質を隠蔽しようとしている。」

というようなことを清武氏は言っていたが、それはむしろ逆で単なるお家騒動、自己保身をコンプライアンスだのなんだのと小難しい言葉を振りかざして、さも重大事のように騒ぎ立ててるというのがコトの本質なのではないか。

まぁやりたければトコトンやればいいし、ナベツネがこれを機に引っ込んでくれりゃ、それはそれでめでたいことではあるのだが、ジャイアンツというチームをこれ以上ひっかきまわして、グチャグチャにされては困るのだ。ファンとしてこれ以上の見苦しい騒動は御免である。

そう言えば、新生横浜DeNAベイスターズのGMにジャイアンツOBでもある高田繁前ヤクルト監督が就任するそうだ。ポンハムGM時代の実績を買われての起用だが、現場を全く知らない新聞記者上がりの人にチーム編成の全権が与えられたことに根本的な問題があったのかな、改めて思う次第である。日本球界にGM制度がまだ根付いたとは言えないし、また適任者が誰なのかわからないという現実もある。清武氏の後任はまた新聞屋さんのようだが、どうだろう?思い切って落合博満に頼んでみたら、たぶん受けないだろうけどね(笑)。

ということで今日はここまで。次回は原監督に是非モノ申したいと思っている。

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2011年12月 1日 (木)

とうとう全部見ちゃった

筆者は連続ドラマや映画をほとんど見ない。妻とも1度も映画を見たことがないし、この前映画館に足を運んだのがいつだったのか、ちょっとすぐには思い出せない。テレビドラマの方も、恋愛モノなどにはとんと縁がなく、中村吉右衛門の「鬼平犯科帳シリーズ」と石坂浩二主演時の「水戸黄門」くらいしか、最近(?)では見た記憶がない。

一端の歴史好き、戦国好きを自認しているが、NHKの名物シリーズ「大河ドラマ」もほとんど見たことがない。子供の頃は野球中継にかじりつきだったし、社会人になってからは日曜は仕事であり、あの時間に家にいることはまずなくなったということはあるにしても、本当に見たいと思えば録画機器を駆使すればいいだけのことであり、やはり見る気がなかったということなのだ。そんな筆者が、今まで見た大河は1983年「徳川家康」と2000年「葵徳川三代」の2本だけだったが、今年ついに3本目のレパートリーが加わった。先頃、放送が終了した「江」である。

なぜ見ようと思ったのかは、実は自分でもよくわからない。キャストが発表された時、ご贔屓の兵ちゃんが千利休が演じると知って「ホゥ」と興味を持ったのは事実だが、結局たまたま仕事が早く終わって、自宅に帰りついて、テレビを付けたら、第1回のスペシャルの途中で、そのままなんとなく見てしまったというのが本当のところのような気がする。

まぁ主演の上野樹里の可愛さに魅かれたというのもあった。終盤の「御台所様」としての演技は、正直荷が重かったなぁとは思ったが、前半の娘時代の天真爛漫な姿は好感が持てたし、明るい雰囲気を持った女優さんであった。

織田信長の豊川悦司はカッコよかったし、このところ奇をてらった描かれ方がされることが多くなったが、市村正親の明智光秀は久々に「謹厳実直」「杓子定規」という従来のイメージの光秀で描かれていてよかったし、その演技には唸らされた。他には柴田勝家の大地康雄はやっぱり外さないなぁと思ったし、柴俊夫の黒田官兵衛は渋く、そしてなんと言っても豊臣秀吉役の岸谷五朗の「怪演」は従来の世の秀吉像を覆すのではないかと思うくらいの強烈なインパクトを受けた。

そしてもちろん我らが兵ちゃんの硬軟強弱自在の千利休は全く期待にたがわず、筆者にとっては「影の主演」。利休の出ない回は本当にガッカリしたものである。

その他には、羽柴秀長役の袴田吉彦、豊臣秀次役の北村有起哉の御両人については、正直今まで名前も聞いたことのない俳優さんだったが、好演が印象に残っている。

一方の女優陣は樹里ちゃんとは逆に、役柄が実年齢に近づくにつれて、存在感が出て来た宮沢りえが印象に残ったくらいで、男の立場としては残念であった。

内容についてはまぁ荒唐無稽、ファンタジーとの批判もあったくらいで、歴史モノとして見てはいけないものであった。江が家康と一緒に伊賀越えをしてたのには、さすがに失笑を禁じえなかったが、これまで家康に頭の上がらぬひ弱な二代目というのが通り相場だった秀忠が、ずっと家康に反抗的という今回の着想は面白かったしと思うし、ドラマとしては筆者は充分に楽しめた、特に前半は。

大河というのは多分にその傾向があるように思うが、前半の豪華キャストが姿を消していくに従って、つまらなくなってくる。今作も利休が去り、秀吉が亡くなると、もはや徳川家康役の北大路欣也の重厚な演技だけが頼みの綱といった様相を呈し、その演技もむしろ「浮いている」と感じられるくらい、パワーダウンしていたと思う。兵ちゃんが出なくなったら、見るのは止めようと思っていながら、とうとう最後まで惰性で付き合ってしまったが、大坂の陣の頃には主人公の江をドラマに出すのに四苦八苦している様子が、ありありと伺われる始末で、苦しい後半だったと言わざるを得ない。

それでも一年間、楽しませてもらったのは間違いない。キャスト、スタッフのみなさん、お疲れ様でした。

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