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2007年11月

2007年11月22日 (木)

ガッツ、おめでとう!

今年のセントラルリーグのMVPに小笠原道大選手が選ばれた。昨年、日本ハム在籍時にも選ばれているから、リーグをまたがった異例の2年連続受賞となった。

小笠原の野球に対する真摯な姿勢はファンを感動させ、ジャイアンツに新しい風を吹き込んでくれた。キャプテンとして阿部も懸命に努めてはくれたが、チームの中心は見る限り、やはり小笠原だった。

北海道からの移籍は随分勇気がいっただろう、FA選手をワンサと獲りながら、なかなか使いこなせないジャイアンツだけに、不安も大きかったのではないか。だが、人呼んで「北のサムライ」はかつての本拠地東京ドームに戻って、また花を咲かせた。

己を捨てて、リリーフに徹してくれた上原、背水の陣で鬼気迫るプレーを見せてくれた高橋由の存在も忘れることはできないが、今年1年ということになると、やはりガッツのMVPは妥当なところだろう。今は身体を休め、来年もぜひファンを喜ばせるプレーを見せてください。

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2007年11月18日 (日)

将棋順位戦異聞

最初に前稿「人情、紙のごとし」に対して、KIDさんという方から抗議のコメントをいただいた。ダルビッシュ有投手は今までメジャーに対する意欲を1度も見せたことはなく、某雑誌でのインタビューにおいても、明確に否定しているので、彼に関する文章は取り消して欲しいとのことであった。

KIDさんはダルビッシュ投手個人または北海道日本ハムファイターズの熱烈なファンとお見受けする。当然、ジャイキチ一本槍の当方より、遥かに彼に対する情報はお持ちだろう。しかし、そんな方に逆らうようで申し訳ないのだが、ダルビッシュが1度もメジャー志望を口にしたことがないという点に関しては同意いたしかねる。しかし、筆者はその雑誌を見ておらず、彼がそこではっきりそう発言されたのであれば、それが現在のダルビッシュ投手の心境であることは疑う余地もない。その点、筆者の認識が間違っていたのであり、訂正してお詫び申し上げたい。

さて、現在将棋界にある7つのタイトルのうち、最高峰とされているのは現在渡辺明に佐藤康光が挑戦している「竜王戦」である。しかし、現実には長い歴史と伝統に裏打ちされた「名人戦」の存在は重く、将棋界はその予選である「順位戦」を中心に回っているといって、全く過言ではない。

「順位戦」とは文字通り、名人を頂点としたプロ棋士全員が順位によって序列づけされており、まさに現役棋士のランキングである。なんらかの事情でその序列から外れたしまった「フリークラス」の棋士もいるが、彼らの現役続行には厳しい規定があり、ある一定の規定を満たして、順位戦に復帰できないと、最終的には現役を追われることになる。逆に、5クラス編成になっている順位戦の中のトップ「Aクラス」に所属する10人とその彼らの上に位置する名人の計11名はその年の自他とも認める将棋界のトップということになる。

Aクラスとその下のB1クラスは1年間に渡って、所属棋士による総当たり戦が実施される。A級トップは名人への挑戦権を得、成績下位2名は降級となるのだが、ここ数年、上位の壁は厚く、せっかく下から上がっても、厚い壁に跳ね返され、1年で降格という光景が繰り返されてきた。今年、A級には木村一喜、行方尚史両八段が初の昇格を果たした。2人には申し訳ないが、この2人が1年後、すごすごとB1に逆戻りさせられるのは間違いないと筆者は考えていた。

ところがどっこい、様相が全く違うのである。行方は1勝4敗と苦戦を強いられているが、木村はなんと現在まで4連勝。次の相手が同じく連勝中の郷田正隆九段であり、その結果次第では単独トップにも踊り出そうかの勢いである。逆に現在2冠、挑戦争いでも対抗に押されていた佐藤が勝ち星なしの5連敗。昨年初めて、順位戦での負け越しを記録してしまったとおもったら、もう今年は早々に負け越し決定である。

更に永世名人の資格も持つ谷川浩司九段も昨日やっと久保利明八段に勝って、今期順位戦初白星。久保、行方という自分達より順位の低い不振者がいるので、まだ焦ってはいないだろうが、特に、未勝利の佐藤はやはり気持ちは悪いだろう。タイトルホルダーや永世名人資格保持者のA級陥落などがもし起こったら、これはまさに事件である。今後の2人の巻き返しに注目したい。

その下のB1は不運が重なり、なかなかA級に定着できないものの、ここでは一枚抜けている深浦康市八段(現王位)といよいよここまで上がってきた若き竜王渡辺の昇級でガチガチかと思っていたら、これもさにあらず。深浦は鈴木大介八段、高橋道雄九段の後塵を拝し、現在3番手。渡辺に至っては、「鬼の棲家」とあだ名されるほどの実力者揃いのこのクラスの痛い洗礼を受け、現在2勝5敗は昇級どころか、順位が一番下なだけに、まだ降級の危機すら脱していない。中原、谷川、羽生、一時代を築いた大棋士達はこんな所で足踏みはしていない、まして降級などということは渡辺クラスの棋士には絶対に許されることではない。奮起を期待したいものである。

最後にやや、話題は逸れるが、還暦を迎えて、先日名誉王座をその肩書きに加えたばかりの中原誠がいよいよ「16世永世名人」も名乗ることになった。一応永世十段も加え、3つの肩書きを名乗るそうだが、現実には「中原16世名人」と称されることになるはずだ。現役引退後に名乗るのが、ルールのはずの永世名人位をなぜ今、急に襲名することになったのか、首をひねらざるを得ない。河口俊彦七段曰く、将棋界のルールは人によって変わるのだそうで、15世名人の大山康晴も名人位を失って早々に、名乗っていた事実はある。

しかし、厳しい言い方になるが生涯現役A級を貫き、一線に踏みとどまったまま亡くなった大山はまだしも、今の中原に現役のままそう名乗る資格があるのだろうか?史上初の永世名人資格保持者としてのA級陥落の屈辱を味わい、順位戦での戦いも放棄した中原に残された現役の時間は長くてもあと5年。奮起して永世名人にふさわしい戦いができるのか、疑問は大きいといわざるを得ない。更にまたぞろ例の女性問題を蒸し返され、いらぬ非難も浴びる心配もある。

誰がどういう理由で中原にそれを勧め、中原もどういう心境でそれを受けたのか、筆者には全く窺うことすらできないが、現在も一部に囁かれている名人位の権威失墜に拍車をかけることになりはしないか、ウ~ン・・・。

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2007年11月16日 (金)

人情紙のごとし

長い人類の歴史の中でも、神や仏と並び称されたのは、恐らくこの人だけだろう。人呼んで「鉄腕」、来る日も来る日もチームの為に投げ続け、そして勝利するこの人を、いつしかファンはこうあがめたのだそうだ。

「神様、仏様、稲尾様。」

稲尾和久さん、享年70は奇しくもかつての西鉄ライオンズの同僚で先に亡くなった仰木彬さんと同じ、先月のCSでは元気に解説を務め、自身の記念館のオープニングセレモニーでも、あのトレードマークの柔和な笑顔を振りまいていたというのに・・・。

「ちょっと検査で入院するから。」

親しい人達にそう告げて病院に入ってわずか半月で鉄腕は帰らぬ人になってしまったという。

「僕の中で、西鉄ライオンズは今日で消滅しました。」

稲尾さんの突然の訃報に豊田泰光はこうコメントした。何者にも媚びず、強烈な自己への自信と信念に生きている硬骨漢豊田にここまで言わしめた稲尾さんの存在感の大きさ。稲尾さんの現役時代とは全く共生できず、西鉄ライオンズなどにはなんの感慨を持たない筆者も、あの見るからに心暖かな容姿と解説にもう触れることもできないのかと思うと、とてつもなく寂しくなる。心からご冥福をお祈りしたい。

現役通算276勝、タイトルも栄誉もある意味欲しいままにした稲尾さんだったが、その現役晩年は若い時の三原脩監督による酷使がたたり、悲惨だった。それでも稲尾さんは恨み言1つ言わずに、三原を恩人として徳とし続けた。無名だった自分を見出してくれた三原の眼力がなければ゛、今日の自分はないと言うのである。その恩人から頼むよと言われれば、どんなに疲れていても、稲尾は嬉々としてマウンドに上がり、そして見事にその期待に応えた。情とか恩義、義理というものが、まだ色濃く存在した時代だったのだろう。

稲尾さんの訃報とほぼ、時を同じくして今年、FA権を行使する9選手が確定した。黒田、和田、小林雅、石井一、新井、下柳、薮田・・・史上最高の面子と言っていい豪華なメンバーだが、筆者が驚いたのは福留孝介、福盛和男のFA宣言だった。

むろん、両選手とも取得した権利を正当に行使したに過ぎず、その意味で非難される筋合いは全くない。しかし筆者が首をかしげるのは、彼らが今年、シーズン半ばで戦列を離れ、いずれもアメリカで手術を受け、そのままシーズンを棒に振ってしまったからである。ケガはスポーツ選手に付き物である。しかし、その手術代、リハビリ費用は誰が負担しているかだ。本人ならいい、しかしこれは通常なら所属球団だ。当たり前と言われるかもしれないが、そして球団を離れる前提でのFA宣言、そこに心の痛みは少しもないのか。

福盛は楽天の守護神として3シーズン、フル回転した。しかし、横浜を出され、層の薄い楽天ならではのストッパー抜擢であった。期待に応えた本人が素晴らしいのは確かにしても、見出してもらったという恩義は感じないのか。

日本シリーズに勝ち、アジアチャンピオンにも輝いた中日だが、おもはゆい思いはぬぐえないのではないか。それはレギュラーシーズンではジャイアンツに敗れたという事実は消せないからだ。CSで優勝した時、落合監督は胴上げを拒否した。あの人一流の皮肉と嫌味を感じたが、それでも素直に舞えないという気持ちはあったのだろう。それでも、福留が後半戦健在だったら、どうだったろう。勝負事にたらればは不要とはよく聞くが、それにしても戦っていて、3番が井上一樹や中村紀洋だったことに胸をなでおろしたのは1度や2度ではなかったように思う。肝心な時に迷惑をかけたという後ろめたさはなかったのだろうか。ひいきチームが福留獲得に走り、筆者もファンとしてそれを望んでいるのに、福留の姿勢を批判するのはおかしいとは思うが、なにか違和感がぬぐえないのだ。

ここ数年のプロ野球選手の増長というか、傲慢ぶりには腹にすえかねるものを感じている。2004年に突如として起こった近鉄消滅から端を発した1リーグ構想は世間の総スカンを食い、それを声高に批判し、史上初のストライキまで打って戦った選手会の当時のトップ、古田敦也は一躍ヒーローとなった。

しかし、当時から筆者はおかしいと思ってきた。渡邊恒雄という人物のプロ野球界やジャイアンツに残した害毒は、それだけで万死に値すると思っている。彼が当時、非難の矢面に立たされたことになんの同情もする気はないが、選手会をヒーロー視するのはどう考えてもおかしい。ナベツネのゴリ押しでおいしい思いをしたのは、ジャイアンツを含む球団側ではなく、間違いなく選手である。FA成り金のような高額年俸の選手が続出し、それでプロ野球の人気が上がったかと言われれば、そんなこともない。収支バランスのあまりの崩れに球団、いや親会社が悲鳴を上げるのも仕方なかろう。

どんな企業でも、収支バランスがとれなくなれば、潰れるしかない。パリーグ発足以来の唯一の生え抜きであり、それを誇りにもしていたはずの近鉄があんなことを言い出したという事実はもっと重視していいはずだった。それなのに、選手はもちろん、世間も球団を放り出そうという企業側のみを叩いた。1度、球団を持った企業はどんなことがあっても、選手を守って奉仕し続けなければならないのか。買い手のない球団、その責任は選手にもあるのではないのか?

自分達にも反省する点はある、そんな殊勝な台詞を古田以下、当時の選手から聞いたこともなかった。自分達の年俸が不当に高過ぎるという意識は本当になかったのか?古田なんて奴はあの最後の2年間の現役選手としての醜態はなんだ、まさに月給泥棒の典型じゃないか、あんな奴が闘士としてもてはやされていた事実が腹だたしい。

ポスティングという制度はジャイアンツの反対を押し切って導入された、ある意味めずらしい制度だが、それがまたどうにもならない悪制度だから救いがない。FAでただで選手を持ってかれるくらいなら、その前に銭で叩き売っちまえという球団側のさもしい根性の賜物なのだが、これを使ってメジャーに行かせろと毎年ごねる奴が出るのもムカつく。

FAが選手の権利なら、ポスティングは球団側の権利である。そんな根本的なことも理解できない幼稚さ、こんな選手のわがままに、なぜか世間は寛大だから、球団もなかなか毅然とはねつけらけない。ヤクルト青木や日ハムのダルビッシュなんて確かに、残している成績は大したものだが、それでもプロ入りして2年や3年でもうメジャーに行かせろなんて、いくらなんでもなめすぎてないか!義理人情がすべていいものだとは思わない、しかし昨今のプロ野球選手の言動の嗜み、慎みのなさはあまりにひどい。

伝え聞くと福盛は治療代を弁済してから、チームを出る意向らしい。せめて、そのくらいのけじめはあってもいいだろう。意気に感じて、結果として選手生命を縮めてしまった稲尾さんの悲劇も切ないが、あまりにもドライな生き方もどうなのだろうか、プロ野球選手にだけ、そんなものを求めても可哀想、時代が違うんだよ、と言われてしまうと、言葉に詰まるが・・・。

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2007年11月11日 (日)

目指すものは?

後味の悪いシーズンだった。せっかく4年ぶりのリーグ優勝を果たしたというのに、CSの無惨な3連敗ですべて帳消しになってしまった感は否めない。

それにしてもおかしな話ではある。確かにあのCSでの無様な戦いぶりには言い訳のしようもないが、あれでレギュラーシーズンの優勝も対戦成績が11勝11敗の全くの五分であったことも、すべて無視され、あのたった3試合でやはりジャイアンツはドラゴンズに劣っている、原監督は落合監督に劣っていることにされてしまっている。当のジャイアンツにもそんな受け止め方があるやにも見えるのが情けない。

もう1度だけ、言わせてもらいたい。2007年度セントラルリーグの覇者は間違いなく、読売ジャイアンツなのである。来期、ジャイアンツの行く所には、必ずそのチャンピオンフラッグがひるがえっている、CSに敗れた事実を無視するわけにはいかないが、必要以上に卑屈になる必要もない。CSから日本シリーズまで圧倒的な強さで勝ち抜いた中日の素晴らしさは心から讃えるが、短期決戦とは勢いに乗るとこういうことにもなる。長丁場のペナントレースとは土俵が違うのだ、あえていえば「日本一」の中日より、ペナント覇者のジャイアンツとファイターズの方が上だと筆者は思っている。日本シリーズの覇者=日本一という図式はもうCS導入で崩れたのだ。ジャイアンツがこうなったから言っているのではなく、どちらが価値があるかといえば、絶対にペナントということはずっと訴え続けたつもりでいる。

そして来季である、すっきりするにはペナントもCSも堂々と勝ち抜く以外にない。しかし激戦の後というにふさわしく、ジャイアンツの現状は野戦病院の観を呈してしまっている。李、谷、二岡、高橋由、そして小笠原とバタバタ倒れ、病院に駆け込む現状はたまらなく来季への不安を感じざるを得ない。これも何度か指摘した野手レギュラー陣の高齢化の表れであり、それを脅かしカバーする若手もいない現状には強い危機感を抱く。

高橋、谷の1、2番、上原のストッパー起用。今年、原監督はなりふり構わずに、奥の手を出し、辛うじてペナントを制した。しかし、その戦いぶりは決して来年以降につながるものではなく、その場しのぎであることは否めない。ここ数年、既に晩年に入ってしまったのではないかとすら思わせた由伸の意地の復活には素直に敬服するが、彼の足がもうリードオフマンを続けられるとは到底思えない、自分を殺して繋ぎ役に徹してくれた谷のフラストレーションも想像に難くない。そして今年のジャイアンツの切り札だったストッパー上原、来年は念願のFA権を手にし、恐らくジャイアンツでの最後の1年になるのだろう、なんとかもう1年、頑張ってくれないかとは思うが、本人の気持ちは揺れている・・・らしい。

ポッカリ開いたセンターとセカンドの穴、思えばこれでよく優勝できたものだ。セカンドは脇谷のもう一段の成長に期待するしかない、ケガさえなければ本来日本に来るレベルの選手ではないとされたゴンザレスだが、ケガをする人はどこに居てもケガをするということだ。センターは中日をFAすると言われる福留を狙うというのは当然だろう。松井秀喜が去った時、筆者はもちろん4番松井の穴は大きいが、センター松井の穴も相当でかいと思ったが、果たしてその通りとなり、未だにその穴が埋まらない。鈴木、亀井に期待するのはもう諦め、矢野は来年こそなんとかレギュラーを取ってほしいが、高橋と谷に今年と同じ活躍を期待するのは、かなりしんどいと筆者は見ているので、福留が取れる可能性があるのなら、躊躇なく突っ込むべきだ。

先発のサウスポーは豊富だったが、中継ぎ、抑えの左には苦しんだ。肝心な時に林が離脱してしまうと、育成上がりの山口1人になってしまった。野口はもうあんなものなのかな?ロッテをクビになった藤田をすかさず抑えたのはクリーンヒットだろう、後は山口、深田のレベルアップと眠れる大器辻内にそろそろ目を覚ましてもらわないと。

野手は若手育成どころか、まずは素材を揃えることから始めなくてはならない現状がある。去年のガッツ、今年の福留のような効果的はピンホイント補強は躊躇してはならないが、投手は基本的には現有戦力のアップで来季を目指してほしい。上原が先発再転向なら、小林雅やクルーンなんていう他球団のお古を狙うのではなく、西村、野間口の育成に努めてほしい。

以前も書いたが、来季以降のジャイアンツは苦しいと思っている。育成しながら勝ちを狙うというのは至難の技であることは今更、言うまでもない。野手のテコ入れがどこまでうまく行くか、投手は現有戦力のレベルアップがどこまで図れるか、矛盾を抱えた戦いになるだろうね・・・。

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2007年11月 7日 (水)

三文芝居の果てに

随分ご無沙汰してしまった、いい歳をして試験勉強などというものに追われてしまう毎日がやっととりあえず終わった。また徐々に更新して行きたいと思うのでよろしくお願いします。

それにしても「壊し屋」とはよく言ったものである、なにかも全部ぶち壊し。政権交代、自民党の政権からの放逐などということは夢の彼方に消え失せた。小沢一郎なんて政治家に期待する方が所詮、愚かだったということなのだろう。2ヵ月前のあの安倍の逃亡劇となにが違うのか、あまりに幼稚な言動ではないか。

とにかく言いたいことは山ほどある。まず、「大連立はあり得ない」「密室での取引はしない、すべてオープンな場で議論する」と参院選後、小沢は事ある毎に言い続けた。それをあっさり無視したこの行動はなんなのか。政治家の言葉とはそんなに軽いものなのだろうか。密室でガチャガチャやった結果、すべて自分と民主党が傷ついただけ、自民党も福田も涼しい顔ではないか。

次にどちらが持ち出したのかはもはや藪の中だが、大連立を持ち帰ったセンスのなさ。野田佳彦は役員会の席で「なぜこんなものを持ち帰ったのか、その場で断って欲しかった。」と言ったそうだが、まさに正論。側近の山岡賢次を含めた幹部全員がその場でノーと言わざるを得ないようなものを嬉々として持ち帰った神経が理解できない。

更にそれを根に持ち、辞意表明と来た。

「私の選任した党幹部に私の考えを否定された。それはすなわち不信任を受けたということだ。」

つまり俺様に逆らうとは何事かという言い分だ。恐るべき独善、まぁこの人はもともとそういう人なのだが、それにしても駄々っ子のような言い草でもある。

そして決定的だったのは

「民主党には政権担当能力がなく、次期衆院選には勝てない。」

とのたまったことだ。古今東西、自党に対して、そんなことを言い放った党首はいないだろう。あいた口がふさがらないとはこのことだ。実は筆者も、民主党政権への道のり、3つの不安という題材で書きたいとは思っていた。ざっというと

①そもそも候補が揃うのか?②政治とカネの問題が政権をとった途端に噴出して立ち往生する恐れはないのか、小沢や渡部恒三と言った元自民党の幹部連ですらあんなスキャンダルが出てくるのに、他の連中なんてもっと金に困ってこすっからいことをしているのではないか?③小沢の健康状態が本当に首相を務めるに耐えるのか?

といったところだが、党首自らに政権担当能力のなさを含めて、あっさり肯定されてしまうと、もう二の句が告げなくなる。

そして哀れを極めたのはこんな敗北主義者を懸命に引き止めなくてはならない民主党の体たらくだ。こんな人物を押し立てて、本当に民主党は改めて政権奪取に邁進しようというのか、それを国民が支持するとでも思っているのか、仲良くしようと思ったけど、うまく行かなかったからまた戦いますなんて論理を信用できますか?

小沢という政治家は基本的になんにも変わっていない。彼には彼の理想があるらしいが、それを実現する為にはとにかく権力に潜り込むしかないという姿勢は一貫している。98年にやはり、参院で与野党が逆転した時も小沢は、結局自民党を延命させる道を選んだ。更に自分の考えの足を引っ張る(であろう)旧社会党勢はいつか切って捨てる、これも94年に羽田内閣を潰した時と同じだ。

タイトルに三文芝居と書いたのは、民主党と決別した小沢一派が自民と組んでそれでおしまいという結末が見えているからだ。次期衆院選、党首自らが勝てないと宣言したのだから、まぁ民主党に勝ち目はないのだろう、また勝とうという努力すら小沢はしないのではないか。そして総選挙の結果、衆参のねじれ現象は解消されず、「政治の停滞を解消する為に憂国の士達」が立ち上がり、めでたしめでたしという図式だ。自民党及びその支持者達にはまさにハッピーエンドだろうが、国民全体にとってそれがそうとは筆者には到底思えない。

今回の行動はアメリカの鋭い視線に耐えかねた小沢の焦りという説がある。テロ特措法が大事と言いながら、のんびりとお盆休みをとって自民党が期限切れに持ち込んだのは結局、そうなれば非難されるのは小沢であり、民主党であるというヨミだったのだという。

あえて言おう、テロ特なんて今の日本にとってそんなに重要な課題なのだろうか。筆者は別にこんなものはその場しのぎでもなんでもいいからとっとと延長しちまえばよかったと今でも思っている。はっきり言って今の日本は「こんなもの」を悠長に論議している場合じゃないのである。

日本の財政は刻一刻と逼迫している、要するに金がなく、潰れかかっているのだ。我々の子や孫の世代にお前達はなにをしていたのだとののしられるような状況に進んでいるのだ、このこと以上に重要課題が他にあるだろうか?

だから税金を上げましょうという論理もあるだろう。しかしその前にどうしてもやってもらわないと納得できないのは、この国のシステムというのは本当にどうなっているのかというを検証してもらいたいのだ。税金の無駄遣いを省くなんて理屈は聞き飽きたというムキもあるだろうが、筆者は税金の行き先を精査してもらいたいのだ、相当な額が正規に支出されたことになって裏金に回っていると見る。

それは今権力を握っている連中にやれるわけがないのだ、だから政権交代をして違う目を入れなくてはいけないという主張だ。真面目にやったらパンドラの箱を開けたようなことになって、ぐちゃぐちゃになる危険性はあるし、それに恐れをなして開けた連中がまたふたをしてしまう可能性もある。いやその前に、それを知っていて手をつけようとすらしないかもしれない、あるいは筆者の妄想が過ぎるのかも知れない。

しかし今のまま、一方の側が権力を握り続ける限り、絶対になにもわからない。すべてが解決する保証なんてないが、しかし今よりはよくなる可能性はある、だからやってみましょうよというのが筆者の一貫した主張なのだ。

7月の参院選で安倍が訴えた憲法だの美しい国だのという大上段に構えた主張に国民が関心を寄せなかったのも、同じような思いが国民の間にも高まっているのだと思ったし、政権交代を主張している政党もそう思っているのだと勝手に解釈していた。

政権交代可能な二大政党の実現、小沢はそれを旗印に自民党を離党したはずだ。なのに彼のやって来たこと、やろうとしたことはそれに相反することばかりではないか。

筆者は民主党を応援して来たが、それは別に小沢一派を権力の座に着けたかったからではない、自民党及びその幇助者である公明党をまとめて駆逐する唯一の可能性を持つ政党だったからだ、なのにその思いは見事に裏切られた。小沢はきっと近い将来、不満分子にまたこう言うのだろう。

「いやなら出て行け。」

別に筆者は党員になったわけではないが、言われるまでもなく出て行きますよ。あとはどうぞご勝手に・・・。

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