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2008年2月

2008年2月25日 (月)

時だけが過ぎて行く・・・

今年に入ってからの時の流れの速さはなんなのだろう、もう2月が終わろうとしている。本当についこの間、新年を迎えたばかりのような気がするのに・・・。

それにしても痛ましい事故が起こってしまったものだ。どんなに最新鋭の設備を積んでいても、それを扱うのは結局人間なのだということを改めて思い知らざるを得ない。国民の安全を守る為の組織が不注意で国民を殺して(まだ行方不明だが)しまったという事実は切なく、そして重い。

防衛省、自衛隊という組織は少し不祥事が多過ぎないか?ただでさえ「軍」というのはアンタッチャブルな存在になり易いというのは古今東西の歴史が証明している。本当に大丈夫なのだろうか。

石破茂防衛相は自らの身をどう処するつもりなのだろうか。今すぐ辞められても困るが、しかるべき時期に辞任をせざるを得ないだろう。参院選の責任をとらずに居座ろうとした安倍晋三を痛烈に批判した彼のことだから、まさか自らの進退を誤ることはない、とは思う、しかし彼の辞任に反対する声は政府、与党内に根強い。

「彼以上に防衛省内部に精通している政治家はいない、だから辞任の必要は全くない。」

とは記者団の問いに答えた福田首相の台詞。だがその石破をして、例のとんでもない次官の就任を阻止できず、今、真実の情報を得るのに四苦八苦しているように見受けられる現状は厳しい。石破辞任の後の後任選定に自信がないなどという言葉も官邸筋から聞こえてくるとの報道もある。更に珍言、迷言をひたすら並べ続ける鳩山邦夫法相の存在も頭痛の種だろう。

あれやこれやで福田内閣の混迷と低迷は続いている。一部調査では内閣支持率がついに30%を割りこんだという。同じ調査の政党支持率では民主党が自民党に10%程の差をつけた、なのに民主党から「時来る」の熱気が全く感じられず、国民の期待感の高まりもまるで感じられないのは一体どうしたことだろうか?

小沢代表は総選挙は今年の9月などと言い出しているらしい。なんで勝負をどんどん先送りにしようとしているのだろう。先の党大会で3月には解散に追い込むと吠えていたがあれは一体なんだったのだろう。要はきっかけをつかめないということか、ガソリン税も年金もこのままでは不発、当面打つ手なしということか。

小沢の真意を改めて疑いたい。この人は本当に政権交代を希求しているのかどうか、どうしても疑問を持たざるを得ない。少なくても「自分は首相にはなりたくない」と思っているとしか思えない。そんな党首を戴いて政権を取ろうというのが、どだい無理な話ということだ。

安倍の退陣を惜しむ声が民主党から上がった時、なにを寝ぼけたことを思ったが、今にして思うと自分達の力量を把握しての言葉だったんだなということがよくわかる。自らに内閣、与党を追い詰める能力などまるでなく、結局は敵失、フォロ-の風を待つしかないということらしい。今の福田を倒せないのだから、政権交代など夢のまた夢ということだ。

かつて小沢一郎は

「参院で与野党逆転を果たし、議長を取る。そうすれば政府提出の法案は軒並み通らなくなり、内閣は解散に追い込まれるしかない。」

との戦略を口にした。それを聞いた時、すさまじい戦略だと感心したことを覚えているが、今それが現実のものとなっているにも関わらず、一向に事態は進まない。衆院で与党が2/3の議席を占めているのが計算違いで、ひたすら数で押すわけにはいかなくなったということなのだろうが、それにしてもあまりに無為無策のように見えてならない。

内閣全体のはともかく、石破と鳩山の問責決議案は出してみたらどうだ。せっかくの伝家の宝刀をあたら竹光にしているとしか見えない現状を打破するにはそれしかないと思うのだが。3月末の年金公約の正式破綻の際には舛添厚労相、もしくは内閣そのものへの問責を出す。とにかく今は攻撃あるのみ、どんなにカッコイイことを言っていても政権を獲らない限りなに1つ実現をできないのだから、遮二無二、泥臭く戦って行くしかないではないか。岐阜1区に代表されるように自民党の候補者調整、選挙準備は着々と整っている。ただ漫然と手をこまねいていて、民主党や小沢はどうするのつもりなのだろう?

それともなにかというと「対案を」と迫られて、すっかりおじけづいてしまったのか、だとしたらそれ以上、なにも言うことはないのだが・・・。

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2008年2月12日 (火)

お楽しみ会

今年2度目の3連休の中日となった10日、「お楽しみ会」とやらで、上の子供が通う幼稚園に行ってきた。筆者の知っている言葉に直すと「学芸会」、子供達が保護者の前でなにやら披露するあれである。

年末の暖かさが嘘のように年明け以降、寒い日が続いている。その日も雪の影響で開催が危ぶまれていたのだが、降雪が短時間だったのが幸いし、なんとか無事開催の運びとなったのはありがたかった。それに合わせてこちらも休みをずらしてもらっているし、私の老両親も孫の晴れ姿(?)を楽しみにしていたからだ。それにしても出不精を絵に描いたような父が、寒さにもめげす、いそいそと早起きしてやって来るのだから、「孫」という存在は大したものである。

9:30スタートの会、わが息子の出番はトップバッター。2クラスある年少組の出し物はいずれも「お遊戯」、息子は忍者に扮してなにやら一所懸命に踊っていた。幼稚園に溶け込まず、他の子と交わろうともせず、ひたすら「孤高の人」を貫いて来て、筆者達を不安に陥れていた長男であったが、ここに来てやっと友達も出来、いろんなことにも参加できるようになって来たとは聞いていたが、実際にみんなと一緒にまぁ、遅れることなく踊っている姿に正直少し、感動した。1月生まれの長男はクラスで後ろから3番目の遅生まれ、今の時期に同じことができなくても仕方ないと、周囲や幼稚園の先生には言われていたが、やはりねぇ・・・。親なんて結局そんなものなんだよね。

我が子の晴れ姿を無事ビデオに収めれば、本当のところ用はないのだが、帰るわけにもいかず(帰っている人も結構いたし、逆に子供の出番に合わせてやってくる人もいたが)とりあえず、そのまま居残って観客を務めた。

年中、年長組の出し物は「劇」、まぁ自分の子供が出ていなければ、鑑賞に値する代物ではないが、それでも幼い子供達が必死に演じている姿を見ると、それはそれでやはり微笑ましいものである。それにしても、ダブルキャストというのはよく聞くが、どの劇のどの役もトリプルからフォースキャスト。一番最後の年長組が演じた「はだかの王様」の王様に至ってはなんと6名が同時に演じていたのには、さすがに笑ってしまった。筆者の時代とは違い、今は平等に役を配分しないと、あとで厳しいクレームが保護者からつくご時世とは、以前から耳にはしていたが、現実にそれを目の当たりすると、まぁなんとアホらしい世の中かと思わざるを得ない。

だが、そんな親の思惑なんかに関係なく、子供達は本当に一所懸命に頑張っていた。見ていて「うまくできない」子はいても、「やらない」子は1人もいなかった。

「ここ20年ほどで、別に子供達はほとんど変わっていない。変わったのは親の方のモラルです。」

こう嘆く小学校教諭の言葉に耳にしたことがあるが、なんかその言葉がうなづけた。純真な子供の成長の足を引っ張るような真似をしてはいけないなと改めて感じてしまった。

見ていてもう1つ感じたのは女の子が見事なほどにみんな「女の子」だったこと、まるでお人形さんのような可愛いいでたちの子ばかりだった。「男らしさ」「女らしさ」という言葉に疑問が呈せられる時代、しかし親の方は娘に昔ながらの「女の子」でいて欲しいと願っているものらしい。年頃の娘が人前で荒っぽい言葉遣いをして、平然としている時代、聞くに忍びなくて、筆者は女子高生の集団が近くにいると離れるようにしているが、それも時代の流れなのだろうか。

そして、忘れていた昔話を思い出せてももらった。「はだかの王様」はまさに、今の社会の風刺そのもの、そして不覚にも筆者が涙が止まらなくなってしまったのが、「泣いた赤鬼」だった。心優しく、人間と仲良くしたいのに、その異形ゆえに子供達から嫌われてしまう赤鬼。やけをおこす赤鬼の為に、友人の青鬼は悪者となって、村で大暴れをし、わざと赤鬼にやられる。おかげで赤鬼は子供達と友達になれたが、青鬼のことが心配である日、青鬼を訪ねる。しかし、青鬼の家はもぬけの殻、置手紙には君のためには僕がここにいない方がいい、だから黙って去る、さようならと書かれてあった。あまりにも壮絶な青鬼の自分への友情に赤鬼は声をあげて泣いた・・・。所詮、おとぎ話かもしれない。しかし、それを幼い子供達が演じているのを見て、筆者は泣けてしまった。

「嘘をつくことはよくない。」

「人の為になるように生きなくてはいけない。」

そう教わって育ったはずなのに、それをどこに置き忘れてきてしまったのだろう。いじめを止めれば、そのいじめが今度は自分に向いてくる時代である。いい話だが、自分は青鬼にはなれない、そう思って諦めた瞬間がきっと筆者にもあったのだろう。

奇麗事なんて世間には通らないと言われる、しかし少しでも奇麗事が通るようにする努力はすべきではないか。偽装や不正に満ち溢れた世の中をこのまま、あの子達に渡すのはあまりにも忍びないし、情けない。その為に自分が為すべきことはなんなのか、なにが出来るのか、う~ん、今日はいささかおセンチになりすぎてしまったかな・・・。

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