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2008年3月

2008年3月26日 (水)

遅過ぎた「初勝利」

日曜日、仕事場で倒れてしまった。それまでなんでもなかったのに急にめまいを覚え、ついに立ってられなくなってしまい、生まれて初めて担架で運ばれるという経験もした。以来、今日まで実家で休養させてもらっている。明日からはなんとか出勤するつもりだが、もう若くないのだと改めて実感せざるを得ない経験であった。

さて、話は替わるが、昨日、なんとも情けないというか、寂しい将棋対局があった。カ-ドそのものは黄金カ-ドと言っていい。昨年18世名人の資格を得た森内俊之名人と同じく昨秋に16世名人を名乗ることになった中原誠のまさに「永世名人対決」である。なにが寂しかったのかと言えば、その対局の行われた状況である。それが「竜王戦5位決定戦1回戦」だったからだ。

5位決定戦といってもその有態は「敗者復活戦」に過ぎない。ここで竜王戦のシステムを詳しく説明するのは避けるが、全棋士が6つのクラスに分かれて渡辺明竜王への挑戦権を競うのが竜王戦、中原も森内もその中の最上位クラス1組に所属しているのはさすがとは言えるものの、共に1回戦に敗れ、裏街道ともいうべき本戦出場者決定戦に回らざるを得なくなった。永世名人対決のシチュエ-ションとしては寂しいというしかない。

長らく永世十段を名乗ってきた中原が還暦を機に名誉王座、更には栄光の16世名人をも合わせて名乗るようになって半年ほど、筆者の危惧通りその戦歴は情けないの一言。ひたすら黒星が並べ続けて来た。自他とも認める苦手郷田真隆九段と立て続けに3つ当たってことごとく、粉砕された「不運」もあるにしても、なんとかするのが永世名人ではないか。他にもCクラス棋士や七段棋士あたりにもひねられて、永世名人襲名後、未だ未勝利の体たらくでは木村義雄、大山康晴という偉大な先人が泣こうというものだ。そんな状況でこの程残る「永世棋聖」「永世王位」も名乗ることになったというニュ-スも伝わって来るに及んで、もうヤケッパチになっているじゃないかと心配になってくる。

一方の森内も元気がない。郷田を破って永世名人の資格を得て約1年、しかしその戦歴はお世辞にもパッとしているとは言えない。名人戦以降の6つのタイトルの挑戦者に名乗りを上げることもなく、逆に早々に敗退するケ-スが目立った。竜王戦1回戦も失礼ながら松尾歩七段辺りに負けてるようでは・・・今期勝率.533というのも現名人としてはやはり寂しい。

そんな2人の対局は記憶に間違いなければ、5年前の竜王戦挑戦者決定戦3番勝負以来のはずである。あの時は、当時竜王位を羽生善治が持っており、ついに羽生-中原のタイトル戦実現かと大いに盛りあがったが、そんな世論の風に屈せずに森内が堂々と勝ちきり、その勢いで羽生から立て続けにタイトルを奪って行くことになった。その時とは対照的にひっそりと(?)行われた昨日の対局は16世名人が後手番ながら現名人を破ってやっと遅まきながら永世名人襲位後、初勝利を挙げた。将棋の内容はまだ伝わってきてないが、事前の大方の予想はやはり森内乗りだったはずだから、やはり意外な結末であろう。今の中原に多くを期待するのは、酷とはわかってはいるのだが、永世名人を名乗って戦っている以上、その肩書きにふさわしい戦い方をする責任はあると思う。

そして森内の元気のなさは心配だ。対局前、そろそろ中原の勝ち頃じゃないかと筆者は思っていたが、実際そうなってみるとやはり驚く。これで森内は来期竜王戦は2組降級が決定、現名人としてはやはり屈辱の事態だろう。まもなく始まる名人戦の挑戦者は言うまでもなく最強のチャレンジャ-羽生、体勢を立て直す時間は少ない。

ちなみに中原の次の相手は佐藤康光ニ冠、別の山では1回戦でなんと羽生ニ冠と谷川浩司九段の対戦も予定されており、こちらも負けた方が2組降級となる。これらの面々がみんな1組1回戦で負けたことになるのだから、最初の「情けない」という言い草は中原、森内にちと厳しすぎましたかな?(笑)

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2008年3月22日 (土)

腹を据えろ!

かつて政局には必ず「シナリオライター」なる者が存在し、事態はその人物が書いた筋書き通りに展開していったのだという。その筋が書ける人物こそ当代の「実力者」ということになるらしい。そう呼ばれた人物を列挙すると、田中角栄、金丸信、竹下登、野中広務・・・小沢一郎も一時期そう言われていた、なんのことはない、旧田中派のお歴々である。

だが田中、竹下、金丸はとうに亡く、野中も政界の表舞台から姿を消した。そして小沢も野党に転落して久しい今、どうやらシナリオライターはいないようだ。彼らが本当にシナリオを書いていたか、また書けたのかは定かではないが、できることなら田中や金丸にあの世からお出で願ってなんとかシナリオを書いてもらいたい、そんなことを考えてしまうくらい今の政治状況はひどい。

早いもので、昨年7月の参院選からもう8ヶ月が経とうとしているが、この間の政治状況を一言で言うなら「情けない」という言葉しか浮かんでこない。もう一言キーワードを探せば「不毛」、ただ時間を空費しているだけだ。

この間、一体なにが決まり、なにが変わったのだろう、首相は変わり、テロ特措法は廃案となり、また事実上復活した。国民の多くが唖然とした大連立騒動、そして・・・あとは本当に不毛としか言い様のない国会の機能不全の現実だ。

政府・与党というはよほど自分のやること、考えたことに自信があるらしい。自分達の考えてることが唯一正しくて、他の考え方など話にならないとハナから決めつけているようにしか見えない。自己の信念に生きるのは結構なことだが、その結果、国政が停滞している現実をどう考えているのか?

日銀総裁人事をめぐる一連の動きもひどかった。民主党があれだけ承認できないと公言している候補をなんの工夫もなく出して、あえなく否決。そして時間切れだ、福田首相はベストの人選と信念を持っていたそうだが、国会の承認を得なければどうにもならないという現実がわかっていなかったのだろうか。

そしてまた、年度末が刻々と近づき、「日切れ法案」の失効が現実のものとなりつつある。これに対してももはや打つ手なし、野党が民主党が出している対案を可決したら、それを自分達の法案の否決とみなして、ただちに衆院で2/3を使って再議決しようなどとほとんど正気とは思えないことを口走っている。そんなことをすれば、野党は今度こそ錆びかけている宝刀、問責決議案をぶつけて来る、そこで福田内閣はジ・エンドである。

今の政府・与党にあるのは意地とプライドだけ、今でもわからないのが衆院での予算の強行採決、あれで今後の拠り所のはずの議長斡旋が吹っ飛んでしまった。少なくとも民主にそう言わせるだけの材料を自ら作ってしまった、あれ以降、政局は完全にデットロックに乗り上げてしまった。あの強行は誰が、なんの成算があって指示、実行したことなのか、全く理解できない。自民党は思考停止に陥っているのだろうか?

福田や自民党としてみれば民主党のサボタージュが国政を停滞させている、あいつらこそ悪いんだと言いたい、いや現に言っているが、国政の最終責任は与党である自民党と福田内閣が負っているのであって、停滞を払拭する義務は一に彼らにあるのである。つまり彼らが本気で国政に責任を持とうとするのであれば、民主党への大幅な譲歩をせざるを得ないのは火を見るより明らかなことである。だが、全くそんなそぶりはない。ただあいつが悪いと吠えているだけである。だいたい、暫定税率廃止を言う民主党を無責任、非現実と偉そうに批判しているが、今まで自分達の思い通りにやってきた結果、今の財政状況があるという反省がかけらも見えない。

いつまでこんな状態を続けていくつもりなのだろう。どちらにしても早晩、福田はいけないから、その時はまた首相を替えて、やり直し、とにかく時間を稼ぐというのが自民党の戦略なのだろうが、国民はバカにするのもいい加減にして欲しい。今の状況を打破する方策はただ1つ、衆院を解散し、国民の信を問う、それ以外にないことはたぶん自民党のお歴々もわかっているはずなのである。

(本稿未完)

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2008年3月13日 (木)

ショートストップ

初めて野球場へ行った時、そのテレビの画面で見る世界とのあまりのギャップに驚いた。野球場とはこんなに広いところだったのか、これじゃどこに打ってもヒットになる。子供心にそう思ったものである。しかし現実の野球はあのグラウンドに9人の人間が立つだけで恐ろしく狭き場所に早がわりしてしまうのだ、なんとよく考えられたスポーツなのであろうか。

その9人の選手の中でもショートストップ、日本語で「遊撃手」と称されるポジションの担当範囲は半端ではない。セカンドベースとサードベースの間に陣取り、その間に飛んでくる打球の処理はもちろんのこと、ベースカバー、果ては外野手のカバーやフォローまでがその役目に入ってくる。内野手の中でただ1人、担当ベースのないその存在はまさに「遊撃」の名にふさわしい。

広岡達朗、豊田泰光、吉田義男・・・過去に名ショートと謳われた選手は何人もいるが、筆者が実際にプレーを見た中で1人挙げろと言われれば文句なく今はなき阪急ブレーブス黄金期を支えた大橋譲の名を挙げたい。今のようにパリーグの試合が気楽にテレビで見られるなんてことは全く考えられなかった時代、たまたま目に入った阪急の試合を見て筆者は驚いた、なんで阪急はショートがいないのだろうと思ったのだ。そして次にカメラがターンしてその問題のショートを捉えた時、筆者はまたまた驚かされた。

「あのショート、レフトの目の前にいる。」

いささかオーパーかもしれないが、その時には本当にそう見えたのだ。あんなんで、ショートゴロ来たら全部セーフじゃねぇか、幼心の当然の疑問はすぐに解消された。次の打者が放ったショートゴロをさばいた大橋は矢のような送球でゆうゆうとファーストで打者走者を刺して見せたからだ。すごいものを見たと思った、この人がショートを守っている限り、三遊間を抜くヒットなどあり得ないと思った。そんな大橋のプレーをその後何度見られただろう、生で見ることもかなわなかった。今にして大きな心残りである。

そんな広範囲の守備力を求められるショート、大橋の後にもいいショートはいっぱい見た。山下大輔、石毛宏典、池山隆寛、野村謙二郎・・・しかし彼らに共通するのはある程度の年齢に達するとみんなショートのポジションを離れていったことだ。しぶしぶ引導を渡された者、自ら望んでコンバートされた者と事情は様々だったが、ショートのポジションを維持するというのはかくむずかしいことなのである。

筆者が野球ファンになった頃のジャイアンツのショートは河埜和正、打力はともかく守備はなかなかのものであったが、晩年はみじめだった。信じられないようなミスを連発してついにショートを追われ、その年限りで引退して行った。その後の群雄割拠の時代を経て、次にショートのポジションを手に入れたのは川相昌弘、投手出身の彼は自慢の強肩と広い守備範囲が売り物であったが、やはり打撃に難があり、二岡智宏にその座を譲り渡すことになる。二岡はジャイアンツ待望の大型ショート、クリーンアップをもこなせる打力にその守備力も歴代のショートにひけをとらかった。ジャイアンツは向こう10年、ショートには困らない、彼が入団した当時ささやかれた言葉は嘘ではなかった。

だが・・・時は流れた。若い若いと思われていた二岡も30の声を聞き、今年はついに選手会長の重責を担う「重鎮」になった。そして、その守備力の衰えは残念ながら隠せないものとなってしまった。昨年のCS惨敗の後、伊原ヘッドコーチはこう嘆いたという。

「二遊間の差で負けた。」

今やその鉄壁さは日本一との呼び声も高い荒木ー井端の中日コンビに対して、もともとサードでなかなか守備力に成長を見せないセカンド脇谷亮太と足に爆弾を抱える二岡のコンビでは勝負にならないということだった。そしてオフに二岡は右ひざを手術、今年の開幕に間に合わないとの観測も流れた。

危機感を覚えた首脳陣は「ポスト二岡育成」を掲げ、若手内野手を徹底的に秋季キャンプで鍛えた。それに対して二岡が激しい不快感を示すおまけもついたがチーム内の競争は諸手を挙げて賛成というところである。

そして今日、東京中日、デイリーというカルト2紙を除く主要スポーツ4紙が久々にジャイアンツの選手を足並み揃えて一面で取り上げた。

「坂本勇人 19歳 ポジション ショートストップ」

である。昨年、延長12回の死闘となった中日戦で決勝打を放ったあの若武者である。待望久しい、ジャイアンツのニュースター候補、その名は春先からたびたび取り上げられてはいた。しかし、オープン戦に入ると結果が出ず、2軍落ちもささやかれ始めた矢先、昨日の試合でなんと4打数4安打を記録し、一躍脚光を浴びたのである。あの松井秀喜以来となるジャイアンツの10代選手の開幕スタメン、それを再び目指す資格を坂本は自らのバットでつかんだ。

二岡の復帰は依然未知数、セカンドのポジションもせっかく目の前にあるチャンスを脇谷がつかみきれず、ゴンザレスも外人枠の関係で開幕1軍ベンチ入りが絶望の中、坂本の前途は大きく拓けている。足に不安を抱える二岡が例え、間に合ってももうセカンドにコンバート、ショートは坂本でいけるということになれば、今年のジャイアンツは楽しみだ。プレッシャーは相当あると率直に認める坂本、しかし君に対する期待はどうしても大きくならざる得ない。是非それを掴み取って欲しい、頑張れ!!

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2008年3月 6日 (木)

深夜の死闘

画面に映るその男は苦悶していた、まるでこの世の苦悩を1人で背負い込んだかのように、いや本人にしてみれば本当にそんな心境だったのかもしれない。

ポーカーフェイスこそ勝負師の鉄則とされる日本の勝負の世界で、彼は異質の存在である。彼のライバル羽生善治にもその傾向が見られるが、とにかく苦しい時は本当に苦しい表情を露にするし、驚いた時には動揺を隠そうともしない。数年前のNHK杯で中井広恵女流二冠(当時)と相対した時の彼も、とにかく落ち着きがなかった。その前年のNHK杯で当時A級棋士だった青野照市九段を破ってベスト16まで進出するという快挙を演じた中井はその年も当たり前のように1回戦を突破、彼に挑んできたのだが、落ち着いている(ように見える)中井に対して、とにかくキョロキョロあたりを見渡したり、盤面をにらむ中井をなんとも言えない不安げな表情で眺めたりとまさに「挙動不審」。前年、中井の挑戦を泰然と迎えた中原誠十六世名人とは大違い、将棋の内容も一蹴と言って差し支えない完勝だった中原に対して、彼は解説者が「中井必勝」と言うまでに追い詰められ、終盤焦った中井のミスをなんとかとがめて勝ちを拾った形になった。なんとも正直な人である。

そしてこの日も相手の木村一基八段は苦悶する彼の前で、なにかあったのといわんばかりの文字通りのポーカーフェイスで涼しい顔をしている。そのあまりの対照的な映像に当事者達には申し訳ないが、筆者は思わず笑ってしまった。

だが、この日の彼、佐藤康光二冠は確かに追い詰められていた。佐藤が当代きってのトップ棋士の1人であることに異論をはさむ人は将棋に興味ある人の中にはまずいないだろう。その佐藤がトップ棋士である証ともされる順位戦A級リーグ戦から陥落の危機を迎えているのである。人間、誰しも衰えは来る、過去幾多の名棋士が年齢に勝てずにA級を去って行った。だが、佐藤は現在タイトルをそれも2つも保持しているバリバリ、そんな棋士がそこまで追い詰められるなど恐らく前代未聞の事態だろう。

3月3日、関係者やファンが「将棋界の一番長い日」と呼ぶA級順位戦最終局5対局が一斉に行われた。この日がNHK衛星の生中継が入るほどの高いイベント性を帯びているのは、最高峰名人位への挑戦者が決まるからではない。「他人の不幸は甘い蜜」という言葉がある通りに、誰がA級棋士の座を失うのだろうという興味からに他ならない。そして今年は佐藤という超大物の危機に、対局の行われた将棋会館は近年にない異様な熱気に包まれていたという。

降級者は2人、既に行方尚史八段の降級は決定。あとは佐藤か久保利明八段か、久保も敗れてしまったものの、今年2つのタイトル戦の挑戦者になったほどの実力者である。その2人が降級を争う、今のA級のレベルの高さを証明している現実である。久保より順位の高い佐藤はとにかく勝てば、自力で残留が決められる。絶対に勝つ、佐藤は決死の覚悟で会館に乗り込んで来たはずである。

タイトル戦はもちろんのこと、棋士はここ一番という時には和服を着用して対局に臨む。この日、久保もそうだった。しかし佐藤は背広、なぜか既に残留が決まり、名人挑戦の可能性もない相手の木村の方が和服だった。対局は終始佐藤ペース、一時は佐藤必勝のムードだったという。ところが仕事を終えて帰宅した筆者が日付も変わった12時過ぎにテレビのスイッチを入れた時の状況は、最初に記したような様子になってしまっていた。木村の「感動的な粘り」ゆえであった。

対局中の棋士にとって唯一の武器は己の頭脳であり、唯一の味方はその頭脳を稼動させる為の「時間」しかない。だが、佐藤には既にその味方が失われていた、いわゆる「1分将棋」の状況に追い込まれていたのである。一般人とは比較にならない緻密な頭脳と思考回路を持つ棋士にとっても1分という時間はあまりに短い。ここで間違え、ひっくり返った将棋は枚挙にいとまがない。勝勢の将棋をここまで押し戻され、まして追い詰められた状況にある佐藤は本当に生きた心地がしなかったのではないか。そして事実、この後佐藤は解説者達が首をひねるような手を連発していく。そしてある瞬間、ついに形勢は逆転し、佐藤の王は完全に詰み筋に入ったのだという、しかし佐藤はもちろん、多少時間を余し、優位に立ったはずの木村の方もそれに気づいてはいなかった。将棋という「ゲーム」の恐ろしさがここにある。

そして、佐藤は勝った。見ていて筆者はポーカーフェイス、どんな時にも勝負師は心中を相手に察せられないようにしなければならないなんて嘘っぱちだし不可能だと確信した。その数手前、それまで喘ぐ様だった佐藤の苦悶の表情がふっと緩んだ。とほぼ同時にそれまでクールなポーズを崩さなかったはずの木村からも身体の力がスーと抜けていくのが画面からもはっきり看てとれた。人間なんてそんなものなのだ。

木村投了、その瞬間にカメラマンがどっと部屋に雪崩れ込んできた。その中に混じって姿を現した先崎学八段が例の詰み筋を2人に指摘、感想を求めた。だが佐藤も木村も半ば放心状態、すぐには反応できずに呆然と先崎の言葉を聞いているだけであった。まさに死闘、誰が言ったか「将棋は格闘技」という言葉は嘘ではなかった。

その時、時刻は1時半を回っていた、だが尚も死闘を繰り広げている男達がいた。久保と三浦弘行八段である。この対局はこの日最大の注目カードであった、三浦にまだ名人挑戦の可能性もあったからだ。だが、トップを行く羽生二冠が早々に谷川浩司九段を破って森内俊之名人への挑戦を既に決めていたし、佐藤が勝ったことで久保はもうA級陥落を逃れることはできなくなっていた。しかし久保も三浦もそのことを知らない、当事者同士が同場所で一斉に対局する為に、この日は対局者が他の対局の状況や結果を対局中に知ることがないように配慮されているからである。あくまで可能性を信じ、彼らはなんと千日手後の指し直し局を戦っていたのである。その姿は感動的、としか言い様がなかった。

羽生が十九世名人の座を賭けて、十八世名人の資格を得た小学生以来の好敵手森内に挑む名人戦は楽しみである。だが、その先に待つ来期のA級順位戦もまたとてつもなく楽しみではないか。久保と行方の去った後には深浦康市王位と鈴木大介八段のA級経験者がカムバックしてくる。渡辺明竜王の姿が見えないのは残念だが、ほぼ現在の将棋界のベストメンバーが顔を揃えたといって過言ではないこのリーグ戦で誰が勝者となり、誰が降級の憂き目を見るのが、今のところ、筆者にはとても想像もできない。

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