第一人者の焦燥
「腰抜けと一緒に戦争するのも、大変だ。」
と言い放ったのは亀井静香国民新党代表代行だそうだ。「腰抜け」とは無論、野党第一党たる民主党のことである。あたら好機を逃し続け、間の抜けた戦略を立ててはスカを食らい続けている体たらくをハタで見ていて、歯がゆくて仕方ないのだろう。
「衆院議員の任期は9月、この国会は政権を追い込む最後の国会なんだ。国民の為に何もしない政権を力づくで倒しても、誰も文句を言わない。行儀の悪いことをしたら、国民から支持されないなんて思ってたら永久に政権なんかとれない。」
まことにもってごもっとも、我が意を得たりとはまさにこのことである。民主党はこのまま口を開けて待ってさえいれば、「政権」というご馳走が天から降ってくると信じているのだろう。冗談ではない、政権死守への自民党の執念をまさか知らないわけではないだろう。今、自民党は定額給付金さえ配ってしまえは、絶対に流れが変わると信じている、いや信じ込もうとしている。その感覚自体、既に笑うしかないのだが、それはともかく、その為に二次補正関連法案が成立する前に、給付金を配ろうという話が浮上している。相手は、思ってもいないような知恵を出して、懸命になっている。
一方の民主党は山岡賢次国対委員長の違法献金問題、岩国哲人衆院議員の不可解な次期総選挙出馬断念となにやら嫌な雰囲気が出始めて来て、麻生の引き延ばし戦術もまんざらではないような気配もある。民主党はいい加減、本当に腹を据えないと、取り返しのつかないことになると、ここで最後の警告をしておきたい。
本題に入りたい。昨年暮れからの武豊騎手の行動は首をひねることだらけだった。右手首の骨折からわずかひと月で復帰した時は、その驚異の回復力を賞賛する声がある一方で、本当に大丈夫なのかという疑問の声もまた、強かった。重賞を狙い撃ちしての、1日一鞍限定でのいわば「強行復帰」はしかし、1勝もできず不発に終わった。
それはまだいいにしても、まずかったのは、年明け早々手首の痛みを訴えて、再びリタイアしてしまったことだ。翌週からすぐまた、乗り始めたものの、豊は本当に治っているのかという不信感を競馬サークル内外に植え付けてしまった。
結果論ではなく、あの年末の復帰は明らかに時期尚早だったということだ。上記の再リタイヤの原因はただ痛みがぶり返したわけではなく、返し馬で落馬したからなのだが、それも結局は右手の抑えがきかなかったからという見方は成り立つ。
復帰を強行した大きな理由は、「乗りたい馬がいるから」ということらしいが、万全の体調で復帰しなければ、あとで禍根を残すくらいのことを、あのクレバーな武騎手がわからないはずかないだろうと思うのになぜ・・・という疑問を禁じえない。結局は武騎手の「焦り」がすべての根底にある、そう言わざるを得ない。
武騎手が少なくてもここ十数年感じたことがなかったはずの「(騎乗)馬を奪られる恐怖」、今彼はそれをヒシヒシと感じているのではないか。だから居ても立ってもいられずに、無理を承知でターフへ飛び出しているのだ。
2005年、ディープインパクトと共に颯爽と三冠ロード駆け抜けたあの年をピークに、武の成績が下降線をたどり出したことは、既に多くの人が指摘しているところである。原因は様々考えられるが、要は武に伍するだけの騎手が、JRAに次々と現れたからだということにつきるだろう。今までなら、彼が長くベッドに臥せっていても、お手馬はみんな「健気に」武の帰りを待っていた。だが今は、彼の不在の間に、そのお手馬は他の騎手達が嬉々として、奪い取って行くだろう。いや、不在でなくても、彼が選択を誤れば、もうその馬が彼のもとに帰って来ることはない。昨年、彼から乗り替わった馬が続々と他騎手の手綱でGⅠを制した事実が証明している。
いや、もっと深刻なのは選択の機会すら、徐々に奪われつつあることである。カネヒキリとヴァーミリアンのケースがいい例、カネヒキリ陣営は武の意向を確認するまでもなく、ルメールを鞍上に据えた。カジノドライヴだって、ドバイ挑戦をぶち上げて、ケント・デザーモを呼ぶという。武がウオッカで同時期にドバイ遠征していることを無論知らないわけではないだろうに。
2年前、ある雑誌に武のインタビューが載った。その年、スタートから武は絶不調、岩田康誠にリーディングで大きく水を開けられ、一時は逆転は絶望視された。しかし驚異的な追い込みで秋には逆転、ちょうどそんな時期のインタビューだったと記憶する。年明けからの不調の原因を問われて、武はこんな風に答えている。
「この年になると、技術的にはいい意味でも悪い意味でもそんなに大きく変われるものではありません。エージェントうんぬんという話もありましたが、もし騎乗数や騎乗馬の質が落ちているとすれば、これは僕の騎乗パフォーマンスの問題ということになりますね。」
この言葉は今見ると考えさせられる、今の武の環境をものの見事に言い表しているではないか。
今週からいよいよ「全快宣言」をして、騎乗を絞っていたのを止め、バリバリ乗ると武は宣言した。
「でも依頼があまりないんですけどね。」
こうジョークを飛ばしたとある記事では書いてあったが、これは恐らく武の本心の嘆きだっただろう。かつてなら、彼が乗ると言えば、騎乗馬は向こうから寄って来たはずだ。だが、土曜日の東京は3鞍、同じ日にやはり東上する岩田の乗鞍数と比較すれば、その少なさがわかる。ケガ明けで信用されていないことも大きいだろうが、今の岩田と武の評価の現われと見るのは少々言いすぎだろうか。
武豊は明らかに悪循環に陥っている。復帰を焦らず、じっくりケガを治せばよかったのに、休んで少々馬をとられたって、天下の武ではないか。また依頼はいくらでもあるはずだ。なのに、信用を失うようなことをしてしまった。ただでさえ、「脱豊」がサークル内で少しずつかもしれないが、進んで来ているというのに・・・。
前記の「いい意味でも悪い意味でも技術的にはそんなに変われない」というのもウソだ。豊も今年の3月でついに40、肉体的な衰えがないはずがない。このところ相次ぐ落馬はその1つの証明なのかもしれない。
誇り高い彼は認めたくないのだろう、自らの地歩が揺らいでいることを、自分より若くそして上手いかもしれない騎手がいることを。そしてNO1は今も、これからも俺なのだと声高らかに言いたいのだろう。
彼は本当に「プロ」だと思う。飽くなき向上心、貪欲なまでの勝利へのこだわり、そしてなによりも「馬乗り」が大好きなのだろう。請われれば、どんな競馬場にでも足を運ぶ、そしてそうして自分が足を運べば、その競馬場の売り上げが上がることを誰よりも知っている。競馬の繁栄の為なら、進んで客寄せパンダになるのである。その姿勢には頭が下がる。将棋の羽生善治同様、彼はまごうなき「第一人者」である。だが悲しいかな、人間はどんな偉人でも年をとる、加齢による肉体の衰えは人によって差はあれど、どうすることもできない。
今、武豊に必要なのは「現実を見つめる勇気」なのではないか。二十代や三十代前半とは違う自分がいる現実、更に幾多のライバルの出現で、もういい馬を独り占めできる環境にはないという現実、その中でどうやってトップの座を守っていくか。一人舞台から「追われる身」となった今こそ、第一人者たる武豊の真価が問われるのではないか。
それができない限り、彼は早晩トップの座から陥落することになろう。その兆候はすでにあちこちに出て来ている、だからこそ焦っているのだろうが、その意味でもあのケガのあとはじっくり療養してほしかった。身体を治すのはもちろん、冷静に自分を見つめ直せる恰好の時間となったと思うのだが・・・。
しかし、今更それを言っても仕方がない。こうなった以上、彼が為すべきことは、いみじくも彼が言っていた通り「いい騎乗パフォーマンスを見せる」ことしかない。その為に為すべき事はなにか、今の自分にあった新たな騎乗スタイルを見つけることなのか、新しいエージェントを探すことなのか、それとも、なりふり構わず自ら営業して、新たな人脈を作ることなのか・・・それは筆者にはわからない。
「騎手には驢馬は走らせられない。」
と言ったのは、他ならぬ武騎手自身だが、このままでは「武はいい馬に乗ってるから勝ってるだけ」という長年の中傷を肯定することになりかねない。申し訳ないが、武騎手の前途はこのままでは、かなり厳しいと思う。そんな筆者の下司な思いを吹っ飛ばすような騎乗を是非期待したい。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)


最近のコメント