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2009年8月 6日 (木)

おいおい、ホントにこんなんで、だいじょぶなのかい?

首相在任中に倒れ、結局そのまま還らぬ人となった小渕恵三はこんな言葉を残している。

「なんたって龍ちゃんは4日で政権を失ったからな。」

龍ちゃんとは、小渕の首相としての前任者で、やはり先年、故人となった橋本龍太郎のこと。小渕と橋本は同年生まれで衆院初当選も同期、佐藤栄作派から田中角栄派ー竹下登派とずっと同じ道を歩み続けて来た。

1996年、初めて行われた小選挙区比例代表並立制での総選挙で、野党陣営のまぬけな選挙戦略にも助けられ、堅調に勝利を収めた橋本龍太郎内閣は、いよいよ長期政権への道を歩み始めたかに見えた。直後に召集される特別国会では首班指名に先立ち、院の正副議長が選出されるのだが、ここで土井たか子の後任衆院議長に小渕が擬せられ、小渕本人もその気になったとされる。既に党幹事長、副総裁を務め、格付けこそ首相と同格だが、実態は一丁上がりの名誉職である議長の座に就くことは、もはや過去の政治家という烙印を押されるに等しい。同派閥の橋本の長期政権の後を自分が継ぐことは、かなりむずかしいと踏んだ小渕の決断に待ったをかけたのは他ならぬ橋本だった。

「恵ちゃん、あまり短気は起こさん方がいい。もし俺に何かあったら、一体誰が後を継ぐんだい。」

こうして小渕は土壇場で踏みとどまり、議長の椅子は山中貞則元通産相も辞退し、伊藤宗一郎元科技庁長官に回ることになったのだが、それから2年後、参院選で橋本自民党は敗退、橋本は退陣を余儀なくされ、後任に収まったのは結局、小渕だった。橋本の「慧眼」を称えるべきなのかはよくわからないが、選挙前は楽勝を伝えられた自民党が一転、時の首相が辞任に追い込まれる程の大敗を喫したのは、土壇場での橋本首相や閣僚の恒久減税に関する発言の迷走であった。小渕が「4日」と言ったのは、そのくらい劇的な形勢逆転だったということなのである。

そして今、あの共産党から

「この総選挙後には、民主党を中心とした政権が誕生する可能性が極めて高い。」

という御宣託が出るなど、世の流れは政権交代、鳩山民主党政権誕生に向けてとうとうと流れているやに見える。夕刊紙、週刊誌の類はもともとセンセーショナルな報道を売りにしている輩ではあるが、連日自民党の苦戦、獲得予想議席数では民主が300超なんて記事が乱舞している。かくゆう筆者も、もし解散当日の7月21日に投開票があれば、4年前の郵政選挙とは全く逆の目が出るくらいの結果になったと思っているし、あとは40日の間に、民主がいかに取りこぼしを少なくするか、逆に言えば自民がどれだけ巻き返せるかの勝負に過ぎないとは見ている。しかし、しかしなのである・・・。

解散から随分時が経ったように思うのだが、現実には選挙公示日までまだ2週間もあるのである。あまりに長過ぎる前哨戦、何度も書いたが、ここに自民党はすべてを賭けている。もはや逆転の秘策などはあろうはずはなく、後はひたすらに民主党の失策を、鳩山が10年前に橋龍が演じた迷走の二の舞を踏んでくれることを祈り続けているのである。

それにしても、民主主義を標榜しながらも、野党にここまで高いハードルを用意する国家はたぶんまれだろう。ある外国人学者の言葉を借りれば

「完全に準備の出来た野党など、存在し得ない。」

というのが当たり前のはずなのに、政権を失うまいと必死の与党はまだしも、マスコミひいては国民までもが、完璧な政権担当能力と実施する政策の開示を厳しく野党に求めるというのは、はっきり言ってナンセンスの極みである。これまで懸命に政権交代から逃げ続けて来た我が国民、そしてお上に弱いとされる我が国民性の面目躍如としか思えない。

誤解を恐れずに言えば、野党のマニュフェストなど所詮は絵に描いた餅に過ぎない。現実を知らず、また知りえないのが野党なのである。夢みたいなことを語るのは、いわば野党の「特権」であり、また間違ったことを言っても、すべての真実を把握し得ないのだから、仕方ないのである。開き直りと言われても、それが本当のところであろう。

問題は、にも関わらずそういう風潮に圧され、民主党があたふたと浮足立っていることだ。もともとカッコよく政権交代をしたいという見栄の強すぎる政党ではあったが、そんな「ええかっこしい」精神の発揮ならまだしも、ボロを出すまいと、あちらで批判の声が上がれば、慌てふためき、こちらで火の手が上がれば、すわとばかりに消しに飛んでいく姿はあまりに情けない。だいたい、大仰に記者会見で発表しておきながら、舌の根も乾かぬうちに代表自らが

「あれは正式なマニュフェストではない。」

などとのたまうというのは、どういう神経をしているのだろう。麻生のことを随分ぶれた、ぶれたとバカにしていたが、これではとても人のことを言えた義理ではないだろう。

鳩山由紀夫という人は、もともと口が軽く、失言も多い政治家である。前回、彼が代表だった時の2000年の総選挙の時も随分やらかしてくれたが、その時はたまたま相手が、その道なら絶対に負けられないという自負をお持ちだった(?)森喜朗だったことでまだ救われた面があった。今回の相手も、その点やはり「期待」できる人ではあるが、もし付き合ってくれないとすると、困ったことになりかねない。

民主党は根本的に勘違いをしている。民主党はあくまで野党、つまりは「チャレンジャー」なのである。今のまま、なんとか逃げ切って政権にありつこうなんていう姿勢はおこがましすぎる。すべてに大風呂敷を広げ、八方美人と化すことは、最終的に自分達の首を絞めるだけである。だいたい、なんだか知らないが偉そうにいろいろと各党のマニュフェストを論評している地方首長の連中なんていうのは何様のつもりなのだろう。要はあいつらの言ってることはもっと金をよこせと言っているだけのこと、都市部の金をいただく立場なのに、あんなに威張っているのは何故なのか、全く理解に苦しむ。そんな連中の言に右往左往している有様はあまりに見苦しい。だまっとれ、ガタガタ抜かすなら俺達が政権獲っても一銭もやらんぞと一喝してやればいい。もっともそんなことをホントに言ったら大問題になるだろうけどね(笑)。

まぁそれはともかく、野党のマニフェスト、それは本来

「これだけは絶対やります。」

ということを訴えるべきはずなのである。今回で言えば、政治を官僚主導から政治主導に切り替えるというこの一点で本来なら十分かもしれない。だが、それ以上に今回は

「ストップザ自民党、自公政権。」

こそが訴えるべき最大の公約である。長妻昭は言った。

「我々が政権を獲ったら、各省庁の金庫をすべてひっくり返して、すべて精査したい。是非それをやらせて欲しい。」

ここがすべての出発点である。この国を財政的、ひいては道徳的に立て直す為の第一歩、それは今現実に、国民の税金がどのように使われているか、そしてその結果、我が国の財政は本当にどういう状況になっているかを白日の下にさらすことである。それは現政権が続く限り、永遠に不可能なことである。もちろん、政権交代しても不可能なのかもしれないが、しかし可能性は今より確実に出てくる。そして、使い方を改めるべきところは改め、そしてそれでも足りない時には、やむを得ず増税する。その道筋をつけるのは、今の手あかのつき切った自民党政権ではこれまた絶対に不可能であろう。

そしてもう1つ、それは

「失政をした内閣・政党は政権を失う。」

という当たり前のシステムをなんとしても日本の政治に根付かせる、今回はその最大のチャンスなのである。

民主党の責任は重大なのである。大袈裟でなく、日本のこれからの命運がかかっているのが今回の選挙なのである。にも関わらず、もし今回、この期に及んで、政権交代を逸する、もしくは「政界再編」などという破廉恥な陰謀を企む輩の跋扈を許すような結末を許した時には、民主党の責任は万死に値する。増税も、政界再編もいずれは必要だろう、しかし今は絶対に順番が違う、まず為すべきは54年もの長きに渡った自民党政権の総括であり、それなしに我が国は次のステップに進むことは絶対に出来ない。それをうやむやにして「先に進む」とすれば、すべてがうやむやとなり、誰も責任をとらず、また問われない「無責任体制」の維持であり、その先に待っているのはもはや・・・。

来る8月30日は日本という国の命運を決する日、筆者はそう公言して憚らない。

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