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2009年11月28日 (土)

そしてまた、戦いは続く

2年前の9月14日付で「本当に情けないの一言」というタイトルの記事を書いた。その書き出しはこんな風であった。

『神宮球場に行って来た、拷問のような試合だった。』

その直前、天王山と意気込んで迎えた東京ドームでの首位阪神との3連戦に、力負けとしか思えない3連敗を喫したばかりで、かなりデスパレートな気分に陥っていたところに、目を覆うばかりの無気力な試合を見せつけられ、怒り心頭に発したまま、パソコンに向かったのを覚えている。駄文で恐縮だが、もう少し引用させてもらう。

『今日の試合を見て痛感したことは、このチームはやっはり来年も再来年もずっと優勝できないだろうということだ。(中略)このチームを立て直す為にはどうしたらいいのか、もはや筆者にはわからない。・・・』

ところがその半月後、ジャイアンツは4年ぶりのリーグ優勝を果たす。それどころか「来年も再来年も」優勝するのである。しかし2年前も昨年も、優勝確実な位置に居たタイガースの失速をとらえた劇的な逆転リーグ優勝ではあったが、一昨年はCS、昨年は日本シリーズで涙を呑み、悲願の日本一奪回は果たすことはできなかった。

そして迎えた今年、2009年は完勝であった、ジャイアンツもそして原辰徳も。これ以上、望むべくもない完璧な1年であった。画竜点睛を欠くとすれば、交流戦の優勝を逃したことで、もしこれも獲っていれば、申し分のないパーフェクトだったのだが、まぁそれは来年の楽しみにとっておきましょうか(笑)。

今は何を言ってもお許し願いたい、ジャイアンツは2009年の日本プロ野球界の王者なのだから。しかし、どんなに強い勝ち方をしても、それはその年限り。どんなにぶっちぎって勝ったとしても、来年のペナントレースでハンデがもらえるわけでもなく、12球団が横一線に並んだ、新たな戦いがスタートする、いや既にスタートしているのである。ノー天気ことを言っていて、浮かれていられるのも今のうちなのである。

来年、2010年のシーズン、ジャイアンツは久々にセ5球団だけでなく、パ6球団を含んだ全プロ野球チームの目標とされ、迎え討たねばならない立場となった。むろん、キャンプイン前日に、今年から5連覇をと、高らかに宣言した原監督にとっては望むところかもしれないが、その道が決して平たんな道であるはずがないということは、もちろん言うまでもない。

人間は誰でも平等に1年ずつ歳をとる、そして1年という時間は、人によってその意味が全く違ってくる。例えば坂本勇人や松本哲也にとってのそれは、飛躍、成長の時となり得るが、小笠原道大やアレックス・ラミレスにとってはよくて現状維持、忍び寄る衰えとの戦いの時間となる。生身の人間で構成されている集団である以上、例え全く顔ぶれであったとしても、昨年と同じ力を発揮できることはあり得ないのである。

いや、全く同じ顔ぶれということもあり得ない。7年ぶりに行われた、日本一になった年にしか許されない銀座での優勝パレード。7年前に松井秀喜がそれを花道にジャイアンツを去ったように、今年も同じようにメジャーへの挑戦を理由に、投手生え抜き最年長である高橋尚成がチームを去って行った。そのチャレンジを無謀、身の程知らずと嘲笑う向きもあるが、正当な権利を行使した尚成が非難される必要がどこにあろう。「グットラック」、彼に送る言葉は、ただこの一言である。

たぶんに帳尻合わせの感はあったが、球団創立以来、日本人の2ケタ勝利投手を絶やした事がないという伝統を辛うじて守ってくれ、防御率も2点台を記録した尚成の離脱が痛くないはずはない。売り物である救援陣に比べ、先発特に日本人のそれの貧弱さはシーズン中にも再三指摘されてきた上に、貴重な日本人先発左腕が退団したのである。久保裕也、木佐貫洋、福田聡志、野間口貴彦、金刃憲人といった本来なら、とうに先発の柱として活躍しているべきドラフト上位投手達が、いずれも未だに1軍に定着すらできず、上原浩治に代わって、名実ともにジャイアンツのエースたるべきだったはずの内海哲也の今年の体たらくはなんだったのだろう。ここ数年の登板過多がたたったか、西村健太朗も、シーズンをほぼ棒に振り、筆者が期待度ナンバーワンに推した辻内崇伸も、とうとう1度も1軍に姿を見せることはなく、わずかにただ1人年間を通して1軍のローテーションを守った東野峻と中継ぎで一時、光るものを見せ、来シーズンは背番号が一気に92から一気に15に躍進する木村正太が合格点か。

MVPが2年連続のラミレスというのはまぁ妥当だろうが(そう言えば、この人を獲る時も止めろって言ったんだよなぁ。今更ながらこの眼の節穴ぶりには、もはや嘆く言葉もない)、本当は「ゴンザレスを獲ると決めた人」なのかもしれない。後半は完全にエースとなったゴンザレスがもしいなかったら、ペナントレースの行方は相当違ったものになっていたことは間違いない。だが、それにしても、この活躍は出来過ぎとしか言い様がなく、来年の反動は怖いし、グライシンガーも終盤のケガによる離脱を差し引いても、成績は年々下降気味。オビスポの変身ぶりには、目を見張るものがあり、来年の更なる飛躍は期待できるものの、外国人枠の制限による彼らの使い分けには、また頭を痛めることになろう。

一方、今や他球団垂涎の堅固さを誇るまでに至ったリリーフ陣だが、来年はここに更に元ロッテの守護神の小林雅英が加わるという情報がある。鬼に金棒と言いたいところだが、今年全く鳴かず飛ばずに終わったM中村の例もあり、メジャーをクビになって日本に舞い戻らざるを得なかった小林の力は未知数だし、豊田清も来年は39、無理はきかない年になった。オフに手術をするクルーンも37歳、一説には来季限りでの引退もささやかれる。

原監督が未来のストッパーと期待する越智大祐も、今年は後半打たれるケースが目立った、このオフにどういう風に立て直すか。逆に抜群の安定感を誇る今年の最優秀中継ぎ投手の山口哲也を来季は先発に回す構想があるという。リリーフする山口しか見たことが当方としては、彼にその適性があるのかどうかは、全くわからないのだが、まぁ阪神の久保田のように、潰してしまっては元も子もない。原監督の大胆な構想は果たして実現するのか、鍵は今年後半、ややリリーバーとして結果を出した観のある野間口と金刃が握っているかもしれない。あと中村さん、来季は少しは意地見せてよ!

尚成の穴を埋めるのはその山口なのか、それとも今年プロ入り以来初めて、シーズンを無事に過ごした辻内か。2軍でローテーションを守り、それなりの成績を残した辻内を、しかし原監督は1度も1軍に上げようとはしなかった。力不足という判断もあったのかもしれないが、今年1年は「温存」し、来季の飛躍にかける原の決断と見るのは、筆者の辻内びいきが過ぎるか。現時点で、目立ったのは未定の小林以外は中日をクビになった中里を獲ったくらいで、即戦力となりそうな補強はあまり行われていない。現戦力の整備、育成が来季のポイントになるのは間違いなく、尾花が去った後の斎藤、香田、小谷、木村の1、2軍投手4コーチの手腕もまた、試されることになる。

ということで、続きはまた後日。

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2009年11月21日 (土)

名将よさらば、そしてお疲れ様でした

1度は見てみたいと思っているが、恐らくまず無理だろうと思っていることがある。それは「プロ野球12球団の監督全員が留任して、翌年もまた指揮を執る」ということである。今まで1人だけ交代というのは、何回かあったと思うのだが、そこは数字ではっきりとした結果が表れるプロスポーツの世界、現実にはまずあり得ないことだろう。

今オフも約半数にあたる5人の監督が退任した。両リーグの下位2球団の指揮官はいずれも交替、勝負の厳しさを体現することになった。年来、不思議な球団経営、チーム編成を繰り返し、結果、当たり前のように下位に低迷し続ける横浜ベイスターズはシーズン中に解任した大矢明彦監督の後を受けた田代富雄監督代行を来季から2軍監督に戻し、ジャイアンツの尾花高夫前投手総合コーチを招聘したことは、既に記述した通りだが、それにしても同一リーグでの監督の移籍というのは何例かあるのだが、他球団コーチからの「昇格」というのは、かなり異例のことかもしれない。細かく調べたわけではないが、少なくともここ30年ほどでは、79年に広島コーチから阪神監督に就任したドン・ブレイザーくらいしかいないのではないか。それだけに尾花が意欲満々で、張り切っているであろうことは、想像に難くはないのだが、ただ正直に言えば、この転身は尾花のキャリアに決してプラスにはならないのではないかと、余計なお世話ながら考えていた。が、尾花の就任を祝うかのよう、ベイにしてはここ数年では考えられないくらい、アグレッシヴな補強に動いており、ひょっとするとひょっとするかもと、最近は思わされている。

セの支離滅裂チームがベイなら、パのそれはオリックス・バッファローズ。昨年、このチームへの積年の思いを吐き出すかのように滅多切りにした途端、大石大二郎監督の下で、失礼ながら狂ったような快進撃を始め、結果なんと2位に入るという「番狂わせ」が実現。とんだ赤っ恥をかかされてしまったのだが、今年は憑き物が落ちたように、すっかり元の姿に戻って定位置最下位へ。大石はあっさりクビ、これで2001年の仰木彬監督退任後からほぼ毎年繰り返される監督交替セレモニーは継続されることとなり、後任はOBでもある岡田彰布前阪神監督が就任することとなった。

どうでもいいが、岡田の解説は面白かったねぇ。今年1年限りなのが惜しいくらいだ。早くネット裏に帰ってきてほしいと言ったら、岡田が怒るだろうが、世話になったオリックスからの要請でなければ、まだユニホームを着るつもりはなかったとはっきり言う岡田の男気に水を差すような真似だけは、くれぐれもしないでいただきたいと、オリックス球団の首脳陣に強く申し上げておきたい。

広島東洋カープは元々、新球場元年を野村謙二郎監督で迎える為のつなぎとされたマーティ・ブラウン監督が、なぜか1年余計にやって退団、いよいよ本命が登場することとなった。いろいろな意味でチームの顔であり続けたボビー・バレンタイン監督が去った千葉ロッテマリーンズはボビーの下でヘッドコーチだった西村徳文が昇格。長年ボビーの番頭だった人物が、いきなりボビーを全否定して、チーム作りを始めることにはかなりの違和感を感じるのだが、まぁまずはお手並み拝見というところである。

以上4球団の監督交代は、それぞれそのチーム成績を反映した結果であると言って間違いないのだが、残る東北楽天ゴールデンイーグルスのそれは、これら4球団とは明らかに異質なものであった。球団創立5年目で初のAクラス、それも2位に躍進した上、CSでも堂々チームを第2ステージまで進出させた野村克也監督が、1年限りだった昨年末の契約通りに退任させられたからである。この決定に野村本人はもちろん、ファンやマスコミも反発を示し、大騒動になったのは、当然と言えば当然だっただろう。

2005年、仙台を本拠地にスタートしたこのチームは形としては前年末で消滅した大阪近鉄バッファローズに代わってパリーグに加盟したのだが、旧近鉄を丸ごと継承したわけではなく、各球団のお古とカスのような選手を掻き集めて、チームの体裁だけをなんとか整えてスタートしたというのが、実情であった。当然、負けに負けた、田尾安志監督は1年でクビ、これも多くの同情を買ったが、代わって輿望を担って登場したのがノムさんだった。

ノムさんの監督としての手腕は、疑問の余地はないにしても、あのチームではいかな「野村マジック」も揮いようがあるまいというのが、大方の見方だった中で、野村楽天の4年の歩みは文句のつけようはない。金にあかして選手を掻き集めたわけでもない、ルールにのっとって選手を獲得し、そして埋もれていた素材を抜擢し、更に磨きあげたのである。野村の手腕であり、それをサボートしたスタッフ、フロントそして見事に野村の期待や叱咤に応えた選手たちが一丸となった成果であった。

野村という人は、様々な経緯があり、1度はプロ野球界を追われた人物である。その野村を再び担ぎ出した楽天首脳部の勇気と決断、そしてその期待に見事に応えた野村の手腕はそれぞれ、プロとして敬服に値する。だがそんな両者は決別の時を迎えた。野村には不本意だっただろう、結果がすべてのプロの世界で、優勝にこそ及ばなかったものの、決して後ろ指を指されることもない成果を残しながら

「日本一になっても続投はない。」

とまで言われて、ユニフォームを脱がなければならなかったことを、納得しろという方が無理だろう。あの時の野村の言動をもし「大人げない」「みっともない」と評したとしたら、それはあまりに、野村に気の毒だと筆者は思う。

だが、もし筆者がノムさんに言葉を掛けられるとしたら

「さぞご無念だとは思います。しかし、これが時の流れというものです、人間、残念ながら年齢に逆らうことはできません。この辺が引き際じゃないでしょうか。」

という一言に尽きる。

西本幸雄は自らが還暦を迎えたのを機に、キッパリとユニフォームに別れを告げた。が、その後還暦はおろか、60半ばになっても指揮を執り続けるノムさんや長嶋茂雄を見て

「あんな手があったとはなぁ、俺の発想には60過ぎてユニフォームを着るなんて、全くなかったからなぁ。」

と後悔とも皮肉ともとれる言葉を吐いたという。そしてノムさんはとうとう74歳まで現役監督を続けた。その衰えることのない頭脳、そして壮健な心身には敬意を表する他はない。74歳までプロ野球の監督を務めるなどもちろん空前、そして間違いなく絶後であろう。そして本人も周囲もまだやれると思いながら退くのである。もって瞑すべきとは、このことではないか。

楽天の名誉監督なんて、いっそ受けなければいいと筆者は思っていたが、まぁそれはご本人の考えである。自らを月見草になぞらえ、人気者、権力に立ち向かい、攻撃することによって自らの存在価値を高めて来たノムさん。その生き方を今更否定する権利など、もちろん誰にもないのある。しかし、気が付けば、紛れもなく自らの師でありながら、本当に心を通わせることができずに、ずっと複雑な思いを抱き続けてきた鶴岡一人はとうに亡く、川上哲治も西本も隠居となって、公の場から姿を消した。ノムさんより先輩で、今なお球界に発言力を持つ人物は、もはやほぼ皆無となったと言って差し支えない。ボヤキと他人への歯に衣着せぬ論評を売り物にして、現在の地位があるのはわかってはいるが、そろそろ他人への容赦ない批判で耳目を集めるやり方は卒業した方がいい。

もちろん、全く好々爺になりきったノムさんも魅力ないのかもしれないが、ご本人の思いはともかく、ノムさんがユニフォームを着ることはもうない。だとしたら、必要以上に他人をくさす必要ももうないはずである。後輩を盛りたて、そして言うべきことは今まで通りピシピシ発言する、そんな球界の重しとなってくれることを是非お願いしたいと思う。

最後に、そのノムさんを切った楽天。その首脳陣がマスコミを通じて発言した真意と経営哲学は、筆者には高邁過ぎてよく理解できなかった。年齢でノムさんを切ったのは仕方ないにしても、その後任がブラウン広島前監督というのは、ちゃんとしたストーリーとしてつながっているのだろうか?ブラウンのカープでの4年間というのも、人によって評価が分かれるところだとは思うが、筆者はあの戦力でよくやったのではないかとは思っている。が、今回の彼の就任は、ノムさんの後任に悩んでいたところで、手頃な人物が現れたので、苦し紛れに食い付いたようにしか見えなかったのは筆者の認識不足なのだろうか?まぁ、これもまた来年、結果が出るのを待つしかないということなんだろうね。

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2009年11月 8日 (日)

「日本一、奪回しました!」

2002年、原辰徳監督率いる読売ジャイアンツは、圧倒的強さで日本一を勝ち取った。その年のシリーズの相手は、それまでジャイアンツが何度も煮え湯を呑まされてきた西武ライオンズだったが、見事4タテで退けての栄冠だった。当時のライオンズの監督だった現ジャイアンツヘッドコーチ伊原春樹は

「若さにあふれた素晴らしく強いチームだった。」

と素直に称賛の言葉を述べている。だが敵将をここまで脱帽させたはずの強いチームが、翌年には崩壊してしまう、たった1人の選手の離脱の為に。その選手とは言うまでもなく、不動の4番、そしてチームの大黒柱であった松井秀喜その人である。以来、7年の間、決別した両者は互いの夢を実現すべく、苦闘の日々を過ごして来た。そして奇しくも今年2009年、松井はニューヨーク・ヤンキースを自身の移籍以来、初めてのワールドチャンピオンに導き、日本人初のシリーズMVPに輝く働きを見せ、それから遅れること数日、彼の古巣ジャイアンツも北の大地札幌で悲願の日本一奪回を果たして見せた。本当に長い7年間であった。

こんな言い方はかえって失礼になってしまうのかもしれないが、それにしても北海道日本ハムファイターズというチームは強かった。自分のごひいきチームの戦力を過大評価し過ぎていたのだろうが、正直連日このようなしんどい試合を強いられるとは、シリーズ前は考えてもいなかった。ダルビッシュが本調子だったら、全く逆の目もあったかもしれない。ジャイアンツの日蔭者とまで嘲られていたチームが、勇躍北海道に新たなる天地を求めてから早いもので6年が過ぎた。札幌ドームでの3戦、ジャイアンツファンはライトスタンドの一隅に追いやられ、あとは見渡すかぎりファイターズファン一色であった。かつて北海道と言えばジャイアンツの「金城湯池」だったなんて、もう誰も信じないだろう。過去の栄光と人気にあぐらをかいたジャイアンツの怠慢もあるが、様々の企業努力の末、完全に北海道の大地に根付き、なおかつ6年間で3度のリーグ優勝と日本一一度という強靭なチームを作り上げたファイターズの監督、選手そしてスタッフのみなさんに改めて敬意を表したい。

そして、そんな素晴らしいチームを打ち破っての日本一奪回だからこそ、その価値はまた大きいのである。筆者はジャイアンツに1つ謝らなければならない。前回、ジャイアンツは札幌ドームのような広い球場向きのチームではないと書いた。しかし、第5戦は4戦目の流れをそのまま引きずったようなエラーの失点からスタートしたが、以来今日の試合まで、ジャイアンツは粘り強く、辛抱強く戦い、そして接戦を競り勝って見せてくれた。ジャイアンツは確かに大味なゲームにその本領を発揮するチームではあるが、しかし競り合いでも堂々、相手をねじ伏せることのできるチームに進化していたのである。今年のジャイアンツは本当に強かった、完璧な勝利である。ファンとして胸を張って、そう言わせてもらう。

シリーズのターニングポイントはどこにあったのか、やはり月並みだが、第5戦の亀井の起死回生とも言うべき同点本塁打か。外せなんて言って、本当に申し訳ありませんでした。でも、8回の大道の執念の同点打も忘れられないし、その前の誰が見ても、見え見えの盗塁を初球からいとも簡単に決めて見せた代走鈴木尚広のプロフェッショナルぶりも見逃すわけにはいかない。

このシリーズ、ジャイアンツ自慢の強力打線は残念ながら機能したとは言い難い。小笠原とラミレスはそれなりの存在感は示したが、しかし分断されて、シーズン中のような破壊力はついに発揮できず、松本の走攻守に渡る活躍は光ったが坂本、亀井、谷は安定感に欠けた。打線の迫力なら明らかに相手の方が上で、事実今日だってポンハムはジャイアンツをしのぐ毎回の10安打を放っているである。それでもポンハムはとうとう今日の試合では1点もとれなかった。長いシーズンでもチーム防御率2点台を誇った強固な投手陣が立ちはだかった結果である。

シリーズ中盤から、ジャイアンツは稲葉、スレッジという相手のキーマンとなる左打者をほぼ沈黙に追い込むことに成功した。2番森本の不振にも助けられ、他の打者が好調でもポンハム打線は分断され、こちらのミスが続いた4戦以外、相手に大量点を与えることはなかった。そしてこの好投を引き出したのはやはり、キャプテン阿部慎之助の好リード。5戦のサヨナラ、そして今日の先制決勝打はもちろんあるが、阿部のMVPは当然の結果であろう。思えば昨年のシリーズは肩の負傷で、阿部は全く捕手として働くことができなかった。2年越しのリベンジとも言えた。そうそう、第2戦の不甲斐ない投球から一変、今日は東野緊急降板というアクシデントからチームを救った内海のナイスピッチングはやればできるじゃんというところである。

その内海を自ら、マウンドまで足を運び、6回途中でスパッと替えた原監督の采配には全く驚かされた。絶対早い、テレビの前で思わず絶叫してしまった。後を継いだ豊田が2安打されながらも、なんとか無失点で切り抜けたのはよかったが、問題は越智だよなぁという予感は的中。8回ツーアウトからクルーンを出すことに。更にベンチを見渡すと高橋尚もM中村もおらず、このリードを守り切れなかったらほぼ負けという陣容。9回は正直、心臓が止まるかと思ったが、稲葉、高橋をよく連続三振に切って取ったねぇ。なかなか3人ですんなり終わらせてくれないのが玉にキズだが、それでも今年のクルーンはよくしのいでくれたと思う。シーズン中は無敗を誇りながらも、シリーズに入って痛いサヨナラを食うなど、安定性を欠いてしまった相手のクローザーとの経験の違いを見せつけてくれたと言っていい。

そして我らが原辰徳である。敵地で10回舞った後の勝利監督インタビューで、まずは戦い終えた敵と相手ファンを称えたあとで、高らかに今日のタイトルの言葉を口にした。WBCからついにここまで、駆け抜けそして上り詰めた我が大将、もうカッコよ過ぎです!もうただ感謝感謝の一言である。

思えば、今年はリーグ優勝もCS優勝も、そして今日の日本一もすべてリアルタイムで見ることができた。こんな幸せな年があっただろうか、ジャイアンツファンで、原辰徳を信じていて本当によかった、そう実感し続けた1年であった。サイコー!!!

最後に意外なニュースが飛び込んで来た。木村拓也選手が今シーズン限りでの現役引退を発表したのである。前回、もう使うななんて書いてしまったが、あれはあくまでこの短期決戦でのこと。当然来シーズンも今まで同様、いぶし銀の活躍をしてくれると信じていただけに本当に驚いた。今年は残念ながら、打撃は不振であったが、それでも06年途中の移籍以来、随所にプロを感じさせるプレーを披露して、チームに貢献してくれた。あのアクシデントで捕手が不在となり、10年ぶりのマスクを自ら買って出て、見事に延長最終回のホームを守り抜いた試合は今年のハイライトシーンの1つであることは間違いない。どう考えても、まだやれるとしか思えないのだが、それでも広島カープで花開いた選手だが、彼のプロ野球選手としての故郷は他でもない日本ハムファイターズ。そのチームと日本シリーズを戦い、そして自身初の日本一を花道に引退するのだから、キムタク本人は悔いはないのだろう。今後はチームに残って、後進の指導に当たってくれるとのこと。まずはお疲れ様でした、そしてこれからもよろしく。

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2009年11月 4日 (水)

負けに不思議の負けなし(怒)!

4点差ツーアウト1塁ながら3番がヒットを放ち、前の打席ようやくホームランを打った4番につながり、さぁ最後の楽しみをと思った途端に、バッターランナーがノタノタと不必要な2塁を狙ってタッチアウト。今日の試合を象徴するような間抜けな結末であった。

第2戦も酷かったが、今日もそれに輪をかけたポロ試合。勝ちたくないのかとすら思える試合運びで、これで勝とうというのがおこがましい。野球の神様から罰が下されるのが当然の報いである。

なにから書いていいかわからないくらい腹立たしい試合だったが、まずは昨年同様、申し訳ないが高橋尚成への攻撃から始めさせてもらおうか。初回は3者三振の素晴らしいスタートだったらしいが、それで力を使い果たしたのか2回からはもうヨタヨタのピッチング。3回に集中打を浴びて4失点は日曜の内海と全くおんなじ。ツーアウトランナーなしから突然4点とられた内海のピッチングにも呆れたが、今日も尚成がせめて2点で踏ん張ってくれれば、試合は当然まだどうとでもなったはずだ。更に許せないのが5回に相手の4番に不用意な投球で浴びせられた一発。あれはいわゆる「東京ドームアーチ」だが、そんなのは言い訳にもならず、あれは今日の事実上のトドメとなる「痛打」であった。内海ともども精神的に弱過ぎる!

ただ、今日の尚成に多少の同情の余地があると思うのは、初回最高の立ち上がりをしながら、味方がその裏と次の回と絶好のチャンスを潰して、水を差されて乗り切れなかったのは間違いない。初回のノーアウト1、2塁のあとのクリーンアップ3人の無為な凡退の仕方、2回のワンアウト3塁からの木村拓也のむずかしいアウトコースに手を出してのセカンドゴロ、相手の投手が粘り強かったのは認めるが、あまりにも策も芸もなさすぎた。

悪いがこのシリーズ、木村はもう使わない方がいいね。初球を打って前進守備のセカンド正面のゴロに倒れた時と、3回に確実にアウトを1つ増やす場面で、判断ミスでセカンドを見てしまってオールセーフにしてしまった場面は、いずれもその直後に原監督の「なにをやってるんだ」と言わんばかりの表情が大写しになったが、5回、ヒットで出塁したのはいいが、次打者大道が懸命に粘ってフルカウントまで粘ってさぁというところで、なんと牽制で誘い出されてタッチアウト。あそこまで絵に描いたドッチラケを演じられてはもはや言葉もない。そして、これはまぁ前打者の阿部チャンがライトフライに倒れた時点でほぼジエンドにはなっていたのだが、8回の帳尻合わせの反撃でも三振チェンジでダメ押しまでしていただいた。敗戦投手が尚成なら「敗戦野手」はまぎれもなくキムタク、短期決戦でこういうドンケツ選手を使うのは、命取りになる。

相手を上回るヒット数を放ちながら、このような大敗を喫したのはもちろんペンチワークにも問題がある。とにかく、ずっとノーアウトでランナーを出しながら、ほとんど点にならないんだから、選手のせいにばかりはできないだろう。昨年のシリーズでも、相手の嫌がっているキムタクを途中からなぜか若い寺内に替えた不可解な選手起用があったが、こういうことをやっていると繰り返しになるが、短期決戦では致命傷になる。相手投手の左右なんて気にせず、ここはもうセカンドは守備もよく、打撃も堅実な古城で固定するべきだし、谷と李を相手に合わせて使い分けるなんて「優雅な」ことをしている余裕ももはやない。ポンハムと決定的に違うのはクリーンアップの迫力。敵のクリーンアップはチャンスになればなるほど、存在感を増すというのに、こちらのクリーンアップときたら、勢いに水を差す有様だから嫌になる。不振が長引く傾向のある亀井は、見切り時ではないか。

形の上ではタイになっただけだが、ジャイアンツは正直苦しくなったのではないか。とにかく負け方が悪過ぎる、明日の第5戦をとるのはもはや必須条件となってしまった。ジャイアンツは残念ながらはっきり言って、広い札幌ドーム向きのチームではない。狭い東京ドームで空中戦で相手を圧倒するのが持ち味であり、それがはまったのが昨日の試合だったわけで、ただ単に札幌でのあの圧倒的なポンハムびいきの敵のアドバンテージだけではない不利がある以上、明日を落とすことは絶対に許されなくなった。今日の試合は東野も外れていたが、明日は中4日でゴンザレスを行かざるを得なくなった。ただ、ゴンちゃんは間が空き過ぎても、詰まり過ぎても良くないタイプだけに、明日も早めの継投が必要になるのかなぁ。

まぁ今日の負けの中で、辛うじて光明を見出すとすれば、ホームランが欲しくてバッティングが滅茶苦茶になっていたラミレスに逆方向への一発が出たことで、少しは頭の血が下がってくれたのではないかということと、敵から見れば左うちわになりかねなかった試合で、とにもかくにも敵のクローザーを引っ張り出す展開にまで持ち込んだこと。明日はいよいよ泣いても笑っても、今シーズンの東京ドーム最終戦。ここは打線に奮起してもらって、勢いつけて札幌に乗り込めるよう、期待したい。

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2009年10月30日 (金)

さぁ、決戦だ!!!

昨日のドラフト会議で、ジャイアンツは年頭から公言していた通りホンダの長野久義外野手を1位指名した、長野選手にとっては、3度目のドラフトでのついに念願成就となった。このご時世に、ここまでジャイアンツ一途に待ち続けてくれた長野選手の一本気な姿勢に、一ジャイアンツファンとしては、心からの祝福と感謝の気持ちを送りたいし、ここまできて変な策をろうすることなく、長野選手の思いに応えたジャイアンツの誠意もよかった。

二岡の退団で、1年空きとなっていた背番号7をつけ、ジャイアンツに殴り込みをかけることなった長野選手だが、今のジャイアンツの外野陣は高橋由伸すら居場所を失ってしまうほどの層の厚さ。その道程は決して平たんではないと思うが、自らの意思を貫き通して、飛び込む世界。チームに新風を巻き起こしてくれることを期待したい。

今ドラフト注目NO1の菊池雄星投手は西武が指名した。アマ球界に関しては全くの無知、その上ジャイアンツが指名しないとあれば、あまり興味はなかったが、それでも一時は10球団が指名するとか、メジャーが獲得に乗り出したとも伝えられる逸材。本人は随分迷ったそうだが、これには様々な意見があろうが、日本で生まれ育った以上、日本のプロ野球界を粗末にするような真似はやはりすべきではない。こういう選手が加わるとチームは活性化するのだが、それにしてもこういう注目選手は、みんなパが持って行くね。クジだから、いかんともし難いにしても、セは頭が痛いところである。

そして、明日からはいよいよ日本シリーズ。尾花コーチの騒動は恐れ入ったが、しかしちまたはジャイアンツ優勢の御宣託。まぁ筆者も負けることはないとは思っているが、でも正直言えば、去年もそう思っていたし、今年の交流戦にいきなり叩かれたショックも忘れたわけではない。しかし、その後東京ドームでお返しして、タイで終わったのだから、必要以上に恐れを抱くことはない、もちろん油断もできないが。敵の大エースが登板できないのは有利な材料かもしれないが、こちらもグライシンガーがダメなのだから、その点は五分五分。いつも同じようなことを書くが、ポイントはポンハムの豊富なサウスポー陣を我が打線がどのように攻略するか、今まで通りの力を発揮できれば、おのずと結果は出るはずである。さぁ、いざ出陣である!

ということで、これから仕事に行ってまいります。

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2009年10月25日 (日)

「必ず、達成します!」

河原純一という投手は95年にジャイアンツにドラフト1位で入団しながら、ケガやトレードなどで波乱の野球人生を送り、一昨年にはライオンズを解雇されながら、1年浪人の末に今年ドラゴンズにテスト入団を果たしたという苦労人だが、今年防御率1点台でセットアッパー役を見事に務めた彼を、6回に中日がまだ諦めるわけにはいかんとばかりに投入して来た時、筆者はある試合を思い出した。

2002年、新生原ジャイアンツのストッパーに抜擢された河原は、開幕から無失点、防御率0.00の完璧な守護神ぶりを見せていた。だが4月末の神宮でのヤクルト戦、味方が9回にやっととった虎の子の1点を守るべく登場したものの、相手の4番にセンターバックスクリーンに逆転サヨナラツーランを叩き込まれて負けた。神通力を失った河原は、この年こそなんとかクローザーの座を守り抜いたものの、翌年からは出れば打たれの繰り返しとなってしまった。河原の快進撃にストップをかけたのは、今やジャイアンツの不動の4番打者となったアレックス・ラミレスその人であった。

恐らく、こんなことを思い出していたのは、本人達を含めても筆者1人だったと思うが、注目の因縁対決(笑)は、ラミレスが初球をボテボテのピッチャーゴロであっさりジャイアンツに8点目が入り、落合監督も苦笑いの結末となった。そしてこの8点目がダメ押しのダメ押しとなり、ジャイアンツが初戦の嫌な負けを見事にはねかえして3連勝。次の土曜からの日本シリーズに駒を進めることとなった。

森野にずっとやられ続け、ひたすら後手に回り続けたこのステージを4戦目にして、初めて先手を取り、3回のビックイニングでほぼ勝負を決定づけた今日の試合。先発東野の気合の入ったピッチングが、流れを大きく引き寄せたことは認めるが、それでもこの試合、結局勝ち投手の権利すら獲得できずに降板する羽目に陥ったのは、バックに足を引っ張られたことはあるにしても、相手の8番打者に2打席連続でクリーンヒットを打たれるような不用意なピッチングがたたったもの。中日にここ2年、全く歯が立たずに、ついにこのステージ出番なしに終わった内海ともども、考えてもらいたいものである。

それにしても、5回の大ピンチによく越智を投入したね。シーズン終盤から、完全に調子を崩し、短期決戦でこれ以上使うのは危険とすら思われただけに、いろんな意味でM中村の試し時かと思ったら、なんとベンチに入っておらず、まぁ結局越智しかいなかったのだが、ストレートに自信がないのかフォークの連投で、森野、プランコを連続三振でピンチをしのぎ、次の回も無事に抑えたのは光明であった。ただ、今日はフォークが良かったのと、大量点に助けられた感もあり、ストレートがあと1週間でどこまで、戻ってくれるかがポイントになろう。そして、越智が6回までつないでくれたおかげで、あとは豊田、山口、クルーンの盤石リレー。山口は、昨日は打たれたみたいだが、もはや風格すら感じさせるピッチング。豊田も黙々と自分のポジションを守り、クルーンは今年は見事なクローザーぶりだった。シリーズも頼みましたよ。

投手がいくら踏ん張っても、点が取れなければ勝てないのが野球というゲーム。今日ぐらい、中日に力の差を見せつけて、楽な試合をみせてくれよという筆者の願いに見事応えてくれた打線もシリーズに向けて、いいムードになって来た。繰り返しになるが、常に中日に先手を許す苦しい展開が続いたが、第2戦、チェンを一気に打ち崩したのは大きかった。チェンという投手は抜群の防御率を誇る好投手だが、大試合に弱いイメージがあり、筆者はそんなに恐れていなかったのだが、それでも相手のエースを叩いたのは大きかった。

更に、昨日の逆転劇は当たり前ながら本当に大きかったねぇ。グライシンガー不在となった今ステージ、あそこで負けると残りの先発投手が心もとなかっただけに脇谷はまさに、値千金の一打であった。あの一打でCSのMVPを獲得、全試合通じて、出たのは10分くらいなのにと、お立ち台で照れていたが、しかしそのくらいの価値は十分あった。その他にも大道、古城、主力の他にも層の厚さを見せつけて、終わってみればシーズン同様完勝であった。

そして我らが大将、原辰徳である。手駒を十二分に使いこなして、因縁浅からぬ落合中日を圧倒してのセリーグ完全制覇。その上、聞けば突然のドーピング疑惑に包まれた敵を、清武代表や伊原へッドコーチが批判、牽制する姿勢を見せたのに対して、この件に関して、当該敵投手を一切野次るなと、選手達にぴしゃりと言ったという。今日のお立ち台でもタイトルにさせていただいたセリフをバッチリ決めて、さぁポンハムどんと来いといった構えは、もはやカッコ良すぎ!とにかく、いつまでこだわってるんだと言われようと、今年は意地でも相手チームには勝たれたくなかっただけに、溜飲を下げた思いで、本当に今は晴れ晴れとした気分である。

一方、シーズンに続いて力の差を見せつけられる形で敗退した中日落合監督の口からは、今年も勝者を称える言葉が出て来ることはなかった。戦力分析や選手起用といった面では卓越した手腕の持ち主ではあるのだか、それにしてもこの人物の言動の節々から感じさせられる器の小ささは、なんともやりきれないものがある。そして、中日の終戦により、立浪和義、井上一樹という共にドラゴンズで一時代を築いた2人のプレーヤーの現役生活に、幕が下ろされた。落合とソリが合わないとされ、不遇な選手晩年生活を強いられた井上の最終打席は痛烈なファースト正面のゴロ。亀井のエラーを誘って、中日最後の反撃機を作ったのは、気迫の男井上の最後の執念だったろうか。そして引退を惜しむ声に

「打つことはともかく、走ることと守ることがもうダメになった。」

と自らのプライドを主張して去る立浪は最終回、ドラゴンズファンはおろか、ジャイアンツファンからも総立ちで迎えられ、レフトフライに倒れると、ベンチ前でグランドに大きく一礼して、退いて行った。高木守道、谷沢健一そして立浪と受け継がれた「ミスタードラゴンズ」の名称は、この後誰が受け継ぐのであろう。

そして、もう1人。デーゲームで行われたパリーグCS第2ステージ4戦で北海道日本ハムファイターズの前に屈した東北楽天ゴールデンイーグルス監督野村克也も、長い間のユニフォーム生活に別れを告げることになった。この人については、また改めて。

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2009年10月21日 (水)

いつか来た道・・・?

いやぁしょっばなからひどい試合を見せられたものだ、いくらなんでもいきなり5点とはねぇ・・・。とにかく先発がドンと大量失点、実戦を離れていた打線は焦って大振り、空回りを繰り返し、中継ぎも踏ん張れずに完敗とは実は、事前に恐れていた最悪のパターン。シーズン中、抜群の安定感を誇っていたゴンザレスだから、まさかとは思っていたのだが・・・。

先発小笠原にひねられ、そのまま、あれよあれよという間に3タテくらって、とんだ赤っ恥をかいた2年前の悪夢を思い起こすなという方が、無理なスタートとなってしまったが、あの時と違うのは、とにかくこれでタイになっただけだということだ。。もうこうなったら、今日は厄落としとさっぱり諦め、明日からまた新規蒔き直し。とにかく、レギュラーシーズンで相手に12ゲーム差をつけた自分達の力を信じて戦ってもらうしかない。しっかりして下さいよ、ホントに・・・。

一方同時スタートのパは大量リードされたポンハムが終盤の大反撃、負けるにしても、チャンピオンチームとしてこれくらいの意地はジャイアンツにも見せてもらいたかったものだぜと思っていたら、なんと逆転満塁ホームランが出て、劇的にサヨナラ勝ちしてしまった。終盤2イニングで8点とっての大逆転とは、なんともすさまじいものを見てしまったが、これは逆に楽天のオンボロリリーフ陣の方が問題で、とにかく、出てくるピッチヤーがみんな4点台だの5点台だのといった防御率。こんな陣容でよくシーズン2位になったものだと、不思議に思って見ていたら案の定の結末であった。まぁこちらの方は早々に、先が見えた気配ですな。

とにかく未熟、未経験者の集まり、試行錯誤は当たり前のことなのだから、しばらくは様子を見ようと、あえて政治についてはしばしの沈黙を決め込んでいたのだが、さすがに今日のニュースには黙っていられなくなった。日本郵政の西川善文社長を退任に追い込んだのは、まぁ公約通りとしても、後任に斎藤次郎っていうのはどういうことだい?

斎藤ってのは、あの悪名高い細川内閣での「福祉目的税」導入を小沢一郎と組んで、強行しようとして、大顰蹙を買った奴だよね?官僚の名前なんかいちいち覚えていない筆者ですら、すぐピンとくるくらい「インパクトの大きい」人物である。そんなのをどこから引っ張りだして来たのかはしらないが、また要職に就けるっていうのはどういう神経なのだろう。小沢の推薦なのかい?

天下りに反対と声高に叫んで、いざ政権に就いてみたら、中枢は元財務官僚だらけとは、よく聞く批判だが、この人事はついに極まったとしか言いようがない。だいたい、参院で与野党逆転してから、元官僚特に財務省OBの国会承認人事を徹底的に否認して来たのはどこの政党だったのだろう。あれは政権とる為のタクティックと言われれば、それまでだが、それにしたってこの手のひら返しはあまりにもひど過ぎやしないか?

売り物のはずだった「国家戦略局」の設置もいつの間にやらトーンダウン、このまま下手をすると立ち消えの気配もあり、菅直人は早くも棚上げ、封じ込められたとの風説まである。実際に政権に就けば、いろいろな思惑違いがあるのは、仕方ないが、それでも押さえるべきポイントを外すと取り返しのつかないことになる。当面の焦点である2つの参院補選は目前、圧勝に酔ってばかりだと足元をすくわれるよ。

鳩山内閣が、何もしていないとは言わない。国民の大きな期待、迫り来る参院選を前に、少しでも早く目に見える実績をと焦る気持ちもわからないではない。が、政権交代の大きな意義の1つが「チェンジ」なら、もう1つの意義は「オープン」であることを忘れてもらって困る。目前の懸案処理に忙殺されるがあまり、そのもう1つの意義が、早くもおざなりになりつつあるのが、筆者にはたまらなく不安でならない。

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2009年10月20日 (火)

さぁ、いざ出陣!!

セントラルリーグのCS第1ステージは2勝1敗で中日がヤクルトを下して、第2ステージへ進出。これでCSスタート以来、セの第2ステージは3年連続同カードということになった。ヤクルトが中日のエース、チェンをワンチャンスで打ち崩して、先勝した時には、おいおいと思ったが、続く第2戦を接戦ながら落としたのがすべてだった。まずは順当な結果であろう。

水曜からの第2ステージ、油断せず普通に戦えれば、1勝のハンデもあるのだから、ジャイアンツが勝てるだろう。少なくとも今年に関して言えば、対戦成績からみても両チームの戦力差は歴然としている。しかし、「普通に戦う」ことの難しさは一昨年に痛感している。あの苦い思い出はなかなか払拭できるものではない。ましてやプロ同士がぶつかる短気決戦、何が起こっても不思議ではないのだ。

先月23日に早々に優勝を決めたからほぼ1ヵ月、実戦勘の維持が課題であったが、雨天中止があって結局ジャイアンツが1番最後まで、公式戦を戦う形になったのはラッキーだったし、その後宮崎に短期キャンプに乗り込み、フェニックスリーグで更に実戦をこなした。正直消化試合や2軍相手の試合では不安がないわけではないが、そんなことを言っていても仕方がない。やるべきことはやったということだ。

鍵はとにかく打線、点を取れるかどうか、その一点にあると言って差し支えないだろう。特にポイントは第一戦、ここ2年初戦を落としているジャイアンツだが、中日がチェン、吉見の2本柱を使い果たしているだけに今年こそ、ここは確実に勝って優位を広げたいものである。グライシンガー不在を余儀なくされているだけに、決して楽観できる情勢でもない。

とは言っても、あまり肩肘張っても仕方がない。繰り返しになるが、普通の力を出せれば、まず勝てるはずである。変な小細工をしたりしないで、堂々中日の挑戦を受けて立てばいい。中日はまずキチンとヤクルトを退けてくれた、今度はジャイアンツがリーグ3連覇の王者たる力を見せる番である。

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2009年10月15日 (木)

今更ではございますが・・・CSってなに?

今シーズンの両リーグの公式戦全日程が終了し、パリーグは翌16日、セリーグも17日からリーグ戦2.3位チームによるクライマックスシリーズ第一ステージに突入。21日には第一ステージを勝ち上がって来たチームを両リーグの優勝チームがそれぞれの本拠地で迎え撃っての第二ステージへ、日本のプロ野球はまだまだ熱い。

大変遅くなってしまったが、北海道日本ハムファイターズのパリーグ制覇を心から祝福申し上げます。ジャイアンツの3連覇も偉業だと思うが、ファイターズのここ4年の内で3度のリーグ制覇、それも毎年のように主力が抜けながらのそれは、これまた称賛すべき快挙である。このチームの北海道移転以来の歩みには、学ぶべきものは本当に多いと思う。

そしてそのポンハムと優勝を争ったとは残念ながら言い難いものの、誕生5年目にしてついにAクラス・2位に浮上した東北楽天ゴールデンイーグルスの躍進にも、心から拍手を送らないわけにはいかない。ゼロどころかマイナスからスタートしたと言っても過言ではないチームをここまで引き上げたチーム首脳部の熱意と野村克也監督の手腕には、敬意を表するしかないが、それだけにここに来てのドタバタは傍から見ていると不可解なことが多く、残念である。せっかく地元仙台での開催にこぎつけたのだから、悔いのない戦いをしてもらいたいものである。逆にシーズン前からのゴタゴタからついに、力を発揮できないままボビー・バレンタイン監督の退任で幕を閉じた千葉ロッテマリーンズ、昨年うらやましいばかりの多くの若い力で日本一を勝ち取りながら、一転CS進出すら逃してしまった埼玉西武ライオンズ、スポーツの世界というのは、明白に数字の結果が表れる厳しい世界なのである。

2005年、今のCS制度をパリーグが導入して2年目のことである。当時「プレーオフ」と称して、この勝者を「リーグ優勝チーム」と認定していた時代、前年のライオンズ、そしてこの年のマリーンズとシーズン2位だったチームがいずれも第一ステージを勝ち上がった勢いで、そのまま日本シリーズ優勝まで駆け上がっていくのだが、いずれの年も2位に4.5ゲーム差をつけてシーズンを「1位通過」した福岡ソフトバンクホークスの立場はどうなるのだという声は大きくなるばかりであったし、更にこの年のプレーオフはある意味、日本プロ野球の根幹を揺るがしかねない重大な危険をはらんでいたのである。

それはオリックスバッファローズとの接戦を制してプレーオフに進出して来た前年の覇者ライオンズのシーズン勝率が5割を切っていたことであった。この年、筆者はごひいきのバレンタイン率いるロッテを応援していたものの、実はライオンズが勝ち上がらねぇかなと底意地の悪い期待もしていた。ライオンズがロッテ、ソフトバンクを連破すれば前代未聞の「シーズン勝率5割を切ったチームのリーグ優勝」という恐るべき怪挙が堂々とパリークのオフィシャルレコードに残ることになる。それだけではない、そのまま西武がその年のセリーグの覇者阪神タイガースをも破って日本シリーズを制すれば、「シーズン勝率5割を切ったチームが日本一」となり、この年にスタートしたアジアシリーズに日本代表として出場することになったのである。これがどんなにバカげたことかは、野球ファンならおわかりいただけるだろう。結果はロッテが西武を一蹴、日本プロ野球界はその歴史に大きな汚点を残すことだけは、無事免れたのである。

2年後にセも同制度を導入、名前も「クライマックスシリーズ」と改められ、その際、リーグ優勝チームはシーズン1位チームと明記され、CSと略称されたこのシステムは日本シリーズ出場権を賭けて争う場とされた。暴挙の1つはこれで回避された、そう勝率5割以下のチームの「リーグ優勝」という暴挙である。しかし、もう1つの暴挙の可能性は依然残されたままである。そして、今年その「残された暴挙」が実現する危険性に、野球界はさらされることになった。阪神との激しい争いを制してセ3位に滑り込んだ東京ヤクルトスワローズがわずか1つながらシーズン負け越しを喫し、勝率5割を切ったからである。

セがCSを導入した時、当時4年続けて優勝を逃していたジャイアンツの救済処置と揶揄する向きもあった。しかし皮肉なことに、それからジャイアンツはリーグ3連覇、逆に「敗者復活戦」と、声高に批判していた落合監督率いる中日ドラゴンズの方が、こちらに賭ける形となり、現に導入初年度からいきなりおいしい思いをした。

今更CS制度導入の是非を問うても、もう仕方あるまい。3年連続リーグ制覇チームのファンとして、「めんどくせぇな」という気持ちを抱いていないとは言わないが、それでもCS制度がなければ、昨年の大逆転優勝はなかったと思っているし、優勝が決まっても、尚勝敗の行方への興味を失わせず、いわゆる消化試合の激減につながり、野球界の盛り上がりに大いに寄与している事実は今更否定のしようもない。

だが、なのである。「プロ野球」である以上、見せること、魅せることを無視することはできないが、しかしスポーツである以上、最終的に称えられるべきは「勝者」のはずなのである。その一線を踏みにじってしまった時、それはもうスポーツとしての根本を踏み外したことになる。CS制度を導入してしまったのだから、そんな理屈はもう意味がないと言われるかもしれない、しかし守るべき最後の一線はある。

正直腹に据えかねる言動を繰り返す監督とチームであるが、それでも中日ドラゴンズには、断固第一ステージでスワローズを粉砕してもらいたい。万一、それが成し遂げられなかった時の我が読売ジャイアンツの責務は重い。「シーズン5割を切ったチームの日本シリーズ進出」、ましてや「優勝」など、断固あってはならないのである。

今年は今更どうしようもない、しかし是非「シーズン勝率5割を割ったチームはCSへの参加資格を失う」という規定を制定してもらいたい。スワローズというチーム自体になんら遺恨があるわけではない。しかし、彼らの躍進は「シーズンのプレーオフ化」というゆゆしき事態の招来の促進に他ならない。それは大袈裟ではなく、野球界そのものの崩壊につながりかねないのではないか。野球界首脳の英断を是非期待したい。

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2009年9月27日 (日)

土井正三さんの死を悼む

1974年10月14日、この日は「ミスタープロ野球」と呼ばれ、ジャイアンツ入団以来、球界の太陽であり続けた長嶋茂雄の現役最後の日であった。そしてそれは同時に「名選手、名監督に非ず」の格言を覆し、前人未到のV9を達成した川上哲治監督が、長年着慣れたジャイアンツのユニフォームと決別する日でもあった。

ダブルヘッダーで行われたこの日の試合、正真正銘ミスターの最終試合そして自らの監督生活最後となる第2試合で、川上は以下のスターティングメンバーを組んだ。

①(中)柴田勲②(左)高田繁③(一)王貞治④(三)長嶋茂雄⑤(右)末次利光⑥(遊)黒江透修⑦(二)土井正三⑧(捕)森昌彦⑨(投)高橋善正 (一部のちに改名している人もいるが、名前はいずれも当時のもの)

エース堀内恒夫が第一試合で先発してしまったのは画竜点睛を欠いてしまい、また9年の間には、当然選手の入れ替わりもあったが、しかしこれが紛れもない「V9戦士」達。川上は長嶋送別の花道を、そして自らの最終試合を飾るべく、苦楽を共にした彼らをスタメンに並べたのである。

それから35年、誇り高きV9戦士の1人、土井正三さんが逝ってしまった。享年67はあまりに早過ぎる最期だった。

追悼コメントに共通するのは「とにかく野球を、ジャイアンツを愛していた人」。川上勇退と共に退いた長嶋、森、黒江の現役時代は知らないが、他の5人のブレーは見たことがある。試合前の事故で視力が低下した末次が引退を余儀なくされたのが77年、そして翌年に土井さんも現役から引退した。その年の土井さんは規定打席にこそ足りなかったが、自身のキャリアの中で3番目となる打率を残し、ダイヤモンドグラブ賞まで獲得した。当然引退の「い」の字も頭になかった土井さんを強引に口説いたのが立大の先輩でもある長嶋監督。曰く

「後進に道を譲り、育てて欲しい。」

土井さんと二遊間コンビを組み、その後内野守備コーチをしていた黒江が、球団との折り合いが悪く、解任される事態が起こっていた。その後任にと長嶋が白羽の矢を立てたのが土井さんだったのだ。全く釈然としなかった土井さんが結局、しぶしぶながらもそれを受け入れたのは、超自己中男長嶋に逆らっても無駄だと諦めたのと、やはりジャイアンツを思えばこそであった。

2年コーチを務めて、長嶋辞任と共に退団した土井さんは、その後王監督の下でもコーチに就任、そして91~93年にかけて上田利治の後をうけて、オリックス・ブルーウェーヴの監督を務める。

3年連続3位とAクラスを死守しながらも、土井さんのキャリアの「汚点」とされるこの3年間。厳しい指導、采配で選手からほぼ総スカンを食っただけでなく、あの天下の大打者イチローを見出せなかったという「眼力のなさ」が、世間の嘲笑を買うことになってしまったのだ。これについては諸説あり、訃報にあたって、またいろいろな話が流れているが、土井さん本人は最後まで、自分のやり方に自信と信念を持っていたことだけは書いておきたい。

その後、長嶋に呼び戻される形で三度、ジャイアンツのユニフォームに袖を通したのが96年。3年務め、本人は尚も意欲十分だったが、長嶋に「若返り」を通告されて、退任を余儀なくされた。若返りと称して、長嶋に振り回されたユニフォーム生活との決別であった。

監督としては評判のよろしくない土井さんだったが、コーチとしての評価は高い。そして選手としても星野仙一か江夏豊のどちらかだったと思うのだが

「もし乱闘でもあって、一発ぶん殴ってやれるのなら土井やね。」

と言われたくらい、相手から嫌がられた選手だった。

そして何よりジャイアンツが大好きだった。オリックスの監督時代、二言目には「ジャイアンツでは」とやり、これも評判を落とす大きな要因になったらしい。これが土井さんの野球人としての限界だったのかもしれないが、それでも自らの野球人としてのバックポーンとなったジャイアンツそしてV9野球というものに、誰よりも誇りを持ち続けた人だった。

2年前、病魔にむしばまれていた身体を引きずるように、東京ドームに姿を現した時、土井さんは既に余命数ヶ月と宣言されていたという。しかし、それから土井さんは懸命に戦った。今月に入り、土井危うしの報に、川上以下ON、柴田、高田、吉田孝司らかつての戦友達が続々と土井さんを見舞った。そして、後輩達が自分達以来の3連覇という偉業を達成したのを見届けたのち、旅立って行った。心からご冥福をお祈りしたい、合掌。

3連覇を成し遂げたとは言え、今のジャイアンツは原監督復帰以来正二塁手不在の状態が続いている。千葉茂ー土井ー篠塚和典ー仁志敏久と続いた名手の系譜は途絶えたままだ。キムタクの頑張りには、敬意を表するが、脇谷、寺内、中井、藤村といった中堅、若手に奮起を期待し、早く冥府の土井さんを安心させて欲しいと思う。

もう1つ、今朝のスポーツ主要4紙の中で、土井さんの訃報をトップで扱わなかったのは報知だけだった。特ダネが入り、最終版で差し替えたようだが、これが功労者に対する読売グループのはなむけなのかと思うと、なんとも言えない憤りと寂しさを感じないわけにはいかなかった。

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