スポーツ

2009年11月 8日 (日)

「日本一、奪回しました!」

2002年、原辰徳監督率いる読売ジャイアンツは、圧倒的強さで日本一を勝ち取った。その年のシリーズの相手は、それまでジャイアンツが数々の煮え湯を呑ませてきた西武ライオンズだったが、見事4タテで退けての栄冠だった。当時のライオンズの監督だった現ジャイアンツヘッドコーチ伊原春樹は

「若さにあふれた素晴らしく強いチームだった。」

と素直に称賛の言葉を述べている。だが敵将をここまで脱帽させたはずの強いチームが、翌年には崩壊してしまう、たった1人の選手の離脱の為に。その選手とは言うまでもなく、不動の4番、そしてチームの大黒柱であった松井秀喜その人である。以来、7年の間、決別した両者は互いの夢を実現すべく、苦闘の日々を過ごして来た。そして奇しくも今年2009年、松井はニューヨーク・ヤンキースを自身の移籍以来、初めてのワールドチャンピオンに導き、日本人初のシリーズMVPに輝く働きを見せ、それから遅れること数日、彼の古巣ジャイアンツも北の大地札幌で悲願の日本一奪回を果たして見せた。本当に長い7年間であった。

こんな言い方はかえって失礼になってしまうのかもしれないが、それにしても北海道日本ハムファイターズというチームは強かった。自分のごひいきチームの戦力を過大評価し過ぎていたのだろうが、正直連日このようなしんどい試合を強いられるとは、シリーズ前は考えてもいなかった。ダルビッシュが本調子だったら、全く逆の目もあったかもしれない。ジャイアンツの日蔭者とまで嘲られていたチームが、勇躍北海道に新たなる天地を求めてから早いもので6年が過ぎた。札幌ドームでの3戦、ジャイアンツファンはライトスタンドの一隅に追いやられ、あとは見渡すかぎりファイターズファン一色であった。かつて北海道と言えばジャイアンツの「金城湯池」だったなんて、もう誰も信じないだろう。過去の栄光と人気にあぐらをかいたジャイアンツの怠慢もあるが、様々の企業努力の末、完全に北海道の大地に根付き、なおかつ6年間で3度のリーグ優勝と日本一一度という強靭なチームを作り上げたファイターズの監督、選手そしてスタッフのみなさんに改めて敬意を表したい。

そして、そんな素晴らしいチームを打ち破っての日本一奪回だからこそ、その価値はまた大きいのである。筆者はジャイアンツに1つ謝らなければならない。前回、ジャイアンツは札幌ドームのような広い球場向きのチームではないと書いた。しかし、第5戦は4戦目の流れをそのまま引きずったようなエラーの失点からスタートしたが、以来今日の試合まで、ジャイアンツは粘り強く、辛抱強く戦い、そして接戦を競り勝って見せてくれた。ジャイアンツは確かに大味なゲームにその本領を発揮するチームではあるが、しかし競り合いでも堂々、相手をねじ伏せることのできるチームに進化していたのである。今年のジャイアンツは本当に強かった、完璧な勝利である。ファンとして胸を張って、そう言わせてもらう。

シリーズのターニングポイントはどこにあったのか、やはり月並みだが、第5戦の亀井の起死回生とも言うべき同点本塁打か。外せなんて言って、本当に申し訳ありませんでした。でも、8回の大道の執念の同点打も忘れられないし、その前の誰が見ても、見え見えの盗塁を初球からいとも簡単に決めて見せた代走鈴木尚広のプロフェッショナルぶりも見逃すわけにはいかない。

このシリーズ、ジャイアンツ自慢の強力打線は残念ながら機能したとは言い難い。小笠原とラミレスはそれなりの存在感は示したが、しかし分断されて、シーズン中のような破壊力はついに発揮できず、松本の走攻守に渡る活躍は光ったが坂本、亀井、谷は安定感に欠けた。打線の迫力なら明らかに相手の方が上で、事実今日だってポンハムはジャイアンツをしのぐ毎回の10安打を放っているである。それでもポンハムはとうとう今日の試合では1点もとれなかった。長いシーズンでもチーム防御率2点台を誇った強固な投手陣が立ちはだかった結果である。

シリーズ中盤から、ジャイアンツは稲葉、スレッジという相手のキーマンとなる左打者をほぼ沈黙に追い込むことに成功した。2番森本の不振にも助けられ、他の打者が好調でもポンハム打線は分断され、こちらのミスが続いた4戦以外、相手に大量点を与えることはなかった。そしてこの好投を引き出したのはやはり、キャプテン阿部慎之助の好リード。5戦のサヨナラ、そして今日の先制決勝打はもちろんあるが、阿部のMVPは当然の結果であろう。思えば昨年のシリーズは肩の負傷で、阿部は全く捕手として働くことができなかった。2年越しのリベンジとも言えた。そうそう、第2戦の不甲斐ない投球から一変、今日は東野緊急降板というアクシデントからチームを救った内海のナイスピッチングはやればできるじゃんというところである。

その内海を自ら、マウンドまで足を運び、6回途中でスパッと替えた原監督の采配には全く驚かされた。絶対早い、テレビの前で思わず絶叫してしまった。後を継いだ豊田が2安打されながらも、なんとか無失点で切り抜けたのはよかったが、問題は越智だよなぁという予感は的中。8回ツーアウトからクルーンを出すことに。更にベンチを見渡すと高橋尚もM中村もおらず、このリードを守り切れなかったらほぼ負けという陣容。9回は正直、心臓が止まるかと思ったが、稲葉、高橋をよく連続三振に切って取ったねぇ。なかなか3人ですんなり終わらせてくれないのが玉にキズだが、それでも今年のクルーンはよくしのいでくれたと思う。シーズン中は無敗を誇りながらも、シリーズに入って痛いサヨナラを食うなど、安定性を欠いてしまった相手のクローザーとの経験の違いを見せつけてくれたと言っていい。

そして我らが原辰徳である。敵地で10回舞った後の勝利監督インタビューで、まずは戦い終えた敵と相手ファンを称えたあとで、高らかに今日のタイトルの言葉を口にした。WBCからついにここまで、駆け抜けそして上り詰めた我が大将、もうカッコよ過ぎです!もうただ感謝感謝の一言である。

思えば、今年はリーグ優勝もCS優勝も、そして今日の日本一もすべてリアルタイムで見ることができた。こんな幸せな年があっただろうか、ジャイアンツファンで、原辰徳を信じていて本当によかった、そう実感し続けた1年であった。サイコー!!!

最後に意外なニュースが飛び込んで来た。木村拓也選手が今シーズン限りでの現役引退を発表したのである。前回、もう使うななんて書いてしまったが、あれはあくまでこの短期決戦でのこと。当然来シーズンも今まで同様、いぶし銀の活躍をしてくれると信じていただけに本当に驚いた。今年は残念ながら、打撃は不振であったが、それでも06年途中の移籍以来、随所にプロを感じさせるプレーを披露して、チームに貢献してくれた。あのアクシデントで捕手が不在となり、10年ぶりのマスクを自ら買って出て、見事に延長最終回のホームを守り抜いた試合は今年のハイライトシーンの1つであることは間違いない。どう考えても、まだやれるとしか思えないのだが、それでも広島カープで花開いた選手だが、彼のプロ野球選手としての故郷は他でもない日本ハムファイターズ。そのチームと日本シリーズを戦い、そして自身初の日本一を花道に引退するのだから、キムタク本人は悔いはないのだろう。今後はチームに残って、後進の指導に当たってくれるとのこと。まずはお疲れ様でした、そしてこれからもよろしく。

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2009年11月 4日 (水)

負けに不思議の負けなし(怒)!

4点差ツーアウト1塁ながら3番がヒットを放ち、前の打席ようやくホームランを打った4番につながり、さぁ最後の楽しみをと思った途端に、バッターランナーがノタノタと不必要な2塁を狙ってタッチアウト。今日の試合を象徴するような間抜けな結末であった。

第2戦も酷かったが、今日もそれに輪をかけたポロ試合。勝ちたくないのかとすら思える試合運びで、これで勝とうというのがおこがましい。野球の神様から罰が下されるのが当然の報いである。

なにから書いていいかわからないくらい腹立たしい試合だったが、まずは昨年同様、申し訳ないが高橋尚成への攻撃から始めさせてもらおうか。初回は3者三振の素晴らしいスタートだったらしいが、それで力を使い果たしたのか2回からはもうヨタヨタのピッチング。3回に集中打を浴びて4失点は日曜の内海と全くおんなじ。ツーアウトランナーなしから突然4点とられた内海のピッチングにも呆れたが、今日も尚成がせめて2点で踏ん張ってくれれば、試合は当然まだどうとでもなったはずだ。更に許せないのが5回に相手の4番に不用意な投球で浴びせられた一発。あれはいわゆる「東京ドームアーチ」だが、そんなのは言い訳にもならず、あれは今日の事実上のトドメとなる「痛打」であった。内海ともども精神的に弱過ぎる!

ただ、今日の尚成に多少の同情の余地があると思うのは、初回最高の立ち上がりをしながら、味方がその裏と次の回と絶好のチャンスを潰して、水を差されて乗り切れなかったのは間違いない。初回のノーアウト1、2塁のあとのクリーンアップ3人の無為な凡退の仕方、2回のワンアウト3塁からの木村拓也のむずかしいアウトコースに手を出してのセカンドゴロ、相手の投手が粘り強かったのは認めるが、あまりにも策も芸もなさすぎた。

悪いがこのシリーズ、木村はもう使わない方がいいね。初球を打って前進守備のセカンド正面のゴロに倒れた時と、3回に確実にアウトを1つ増やす場面で、判断ミスでセカンドを見てしまってオールセーフにしてしまった場面は、いずれもその直後に原監督の「なにをやってるんだ」と言わんばかりの表情が大写しになったが、5回、ヒットで出塁したのはいいが、次打者大道が懸命に粘ってフルカウントまで粘ってさぁというところで、なんと牽制で誘い出されてタッチアウト。あそこまで絵に描いたドッチラケを演じられてはもはや言葉もない。そして、これはまぁ前打者の阿部チャンがライトフライに倒れた時点でほぼジエンドにはなっていたのだが、8回の帳尻合わせの反撃でも三振チェンジでダメ押しまでしていただいた。敗戦投手が尚成なら「敗戦野手」はまぎれもなくキムタク、短期決戦でこういうドンケツ選手を使うのは、命取りになる。

相手を上回るヒット数を放ちながら、このような大敗を喫したのはもちろんペンチワークにも問題がある。とにかく、ずっとノーアウトでランナーを出しながら、ほとんど点にならないんだから、選手のせいにばかりはできないだろう。昨年のシリーズでも、相手の嫌がっているキムタクを途中からなぜか若い寺内に替えた不可解な選手起用があったが、こういうことをやっていると繰り返しになるが、短期決戦では致命傷になる。相手投手の左右なんて気にせず、ここはもうセカンドは守備もよく、打撃も堅実な古城で固定するべきだし、谷と李を相手に合わせて使い分けるなんて「優雅な」ことをしている余裕ももはやない。ポンハムと決定的に違うのはクリーンアップの迫力。敵のクリーンアップはチャンスになればなるほど、存在感を増すというのに、こちらのクリーンアップときたら、勢いに水を差す有様だから嫌になる。不振が長引く傾向のある亀井は、見切り時ではないか。

形の上ではタイになっただけだが、ジャイアンツは正直苦しくなったのではないか。とにかく負け方が悪過ぎる、明日の第5戦をとるのはもはや必須条件となってしまった。ジャイアンツは残念ながらはっきり言って、広い札幌ドーム向きのチームではない。狭い東京ドームで空中戦で相手を圧倒するのが持ち味であり、それがはまったのが昨日の試合だったわけで、ただ単に札幌でのあの圧倒的なポンハムびいきの敵のアドバンテージだけではない不利がある以上、明日を落とすことは絶対に許されなくなった。今日の試合は東野も外れていたが、明日は中4日でゴンザレスを行かざるを得なくなった。ただ、ゴンちゃんは間が空き過ぎても、詰まり過ぎても良くないタイプだけに、明日も早めの継投が必要になるのかなぁ。

まぁ今日の負けの中で、辛うじて光明を見出すとすれば、ホームランが欲しくてバッティングが滅茶苦茶になっていたラミレスに逆方向への一発が出たことで、少しは頭の血が下がってくれたのではないかということと、敵から見れば左うちわになりかねなかった試合で、とにもかくにも敵のクローザーを引っ張り出す展開にまで持ち込んだこと。明日はいよいよ泣いても笑っても、今シーズンの東京ドーム最終戦。ここは打線に奮起してもらって、勢いつけて札幌に乗り込めるよう、期待したい。

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2009年10月30日 (金)

さぁ、決戦だ!!!

昨日のドラフト会議で、ジャイアンツは年頭から公言していた通りホンダの長野久義外野手を1位指名した、長野選手にとっては、3度目のドラフトでのついに念願成就となった。このご時世に、ここまでジャイアンツ一途に待ち続けてくれた長野選手の一本気な姿勢に、一ジャイアンツファンとしては、心からの祝福と感謝の気持ちを送りたいし、ここまできて変な策をろうすることなく、長野選手の思いに応えたジャイアンツの誠意もよかった。

二岡の退団で、1年空きとなっていた背番号7をつけ、ジャイアンツに殴り込みをかけることなった長野選手だが、今のジャイアンツの外野陣は高橋由伸すら居場所を失ってしまうほどの層の厚さ。その道程は決して平たんではないと思うが、自らの意思を貫き通して、飛び込む世界。チームに新風を巻き起こしてくれることを期待したい。

今ドラフト注目NO1の菊池雄星投手は西武が指名した。アマ球界に関しては全くの無知、その上ジャイアンツが指名しないとあれば、あまり興味はなかったが、それでも一時は10球団が指名するとか、メジャーが獲得に乗り出したとも伝えられる逸材。本人は随分迷ったそうだが、これには様々な意見があろうが、日本で生まれ育った以上、日本のプロ野球界を粗末にするような真似はやはりすべきではない。こういう選手が加わるとチームは活性化するのだが、それにしてもこういう注目選手は、みんなパが持って行くね。クジだから、いかんともし難いにしても、セは頭が痛いところである。

そして、明日からはいよいよ日本シリーズ。尾花コーチの騒動は恐れ入ったが、しかしちまたはジャイアンツ優勢の御宣託。まぁ筆者も負けることはないとは思っているが、でも正直言えば、去年もそう思っていたし、今年の交流戦にいきなり叩かれたショックも忘れたわけではない。しかし、その後東京ドームでお返しして、タイで終わったのだから、必要以上に恐れを抱くことはない、もちろん油断もできないが。敵の大エースが登板できないのは有利な材料かもしれないが、こちらもグライシンガーがダメなのだから、その点は五分五分。いつも同じようなことを書くが、ポイントはポンハムの豊富なサウスポー陣を我が打線がどのように攻略するか、今まで通りの力を発揮できれば、おのずと結果は出るはずである。さぁ、いざ出陣である!

ということで、これから仕事に行ってまいります。

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2009年10月25日 (日)

「必ず、達成します!」

河原純一という投手は95年にジャイアンツにドラフト1位で入団しながら、ケガやトレードなどで波乱の野球人生を送り、一昨年にはライオンズを解雇されながら、1年浪人の末に今年ドラゴンズにテスト入団を果たしたという苦労人だが、今年防御率1点台でセットアッパー役を見事に務めた彼を、6回に中日がまだ諦めるわけにはいかんとばかりに投入して来た時、筆者はある試合を思い出した。

2002年、新生原ジャイアンツのストッパーに抜擢された河原は、開幕から無失点、防御率0.00の完璧な守護神ぶりを見せていた。だが4月末の神宮でのヤクルト戦、味方が9回にやっととった虎の子の1点を守るべく登場したものの、相手の4番にセンターバックスクリーンに逆転サヨナラツーランを叩き込まれて負けた。神通力を失った河原は、この年こそなんとかクローザーの座を守り抜いたものの、翌年からは出れば打たれの繰り返しとなってしまった。河原の快進撃にストップをかけたのは、今やジャイアンツの不動の4番打者となったアレックス・ラミレスその人であった。

恐らく、こんなことを思い出していたのは、本人達を含めても筆者1人だったと思うが、注目の因縁対決(笑)は、ラミレスが初球をボテボテのピッチャーゴロであっさりジャイアンツに8点目が入り、落合監督も苦笑いの結末となった。そしてこの8点目がダメ押しのダメ押しとなり、ジャイアンツが初戦の嫌な負けを見事にはねかえして3連勝。次の土曜からの日本シリーズに駒を進めることとなった。

森野にずっとやられ続け、ひたすら後手に回り続けたこのステージを4戦目にして、初めて先手を取り、3回のビックイニングでほぼ勝負を決定づけた今日の試合。先発東野の気合の入ったピッチングが、流れを大きく引き寄せたことは認めるが、それでもこの試合、結局勝ち投手の権利すら獲得できずに降板する羽目に陥ったのは、バックに足を引っ張られたことはあるにしても、相手の8番打者に2打席連続でクリーンヒットを打たれるような不用意なピッチングがたたったもの。中日にここ2年、全く歯が立たずに、ついにこのステージ出番なしに終わった内海ともども、考えてもらいたいものである。

それにしても、5回の大ピンチによく越智を投入したね。シーズン終盤から、完全に調子を崩し、短期決戦でこれ以上使うのは危険とすら思われただけに、いろんな意味でM中村の試し時かと思ったら、なんとベンチに入っておらず、まぁ結局越智しかいなかったのだが、ストレートに自信がないのかフォークの連投で、森野、プランコを連続三振でピンチをしのぎ、次の回も無事に抑えたのは光明であった。ただ、今日はフォークが良かったのと、大量点に助けられた感もあり、ストレートがあと1週間でどこまで、戻ってくれるかがポイントになろう。そして、越智が6回までつないでくれたおかげで、あとは豊田、山口、クルーンの盤石リレー。山口は、昨日は打たれたみたいだが、もはや風格すら感じさせるピッチング。豊田も黙々と自分のポジションを守り、クルーンは今年は見事なクローザーぶりだった。シリーズも頼みましたよ。

投手がいくら踏ん張っても、点が取れなければ勝てないのが野球というゲーム。今日ぐらい、中日に力の差を見せつけて、楽な試合をみせてくれよという筆者の願いに見事応えてくれた打線もシリーズに向けて、いいムードになって来た。繰り返しになるが、常に中日に先手を許す苦しい展開が続いたが、第2戦、チェンを一気に打ち崩したのは大きかった。チェンという投手は抜群の防御率を誇る好投手だが、大試合に弱いイメージがあり、筆者はそんなに恐れていなかったのだが、それでも相手のエースを叩いたのは大きかった。

更に、昨日の逆転劇は当たり前ながら本当に大きかったねぇ。グライシンガー不在となった今ステージ、あそこで負けると残りの先発投手が心もとなかっただけに脇谷はまさに、値千金の一打であった。あの一打でCSのMVPを獲得、全試合通じて、出たのは10分くらいなのにと、お立ち台で照れていたが、しかしそのくらいの価値は十分あった。その他にも大道、古城、主力の他にも層の厚さを見せつけて、終わってみればシーズン同様完勝であった。

そして我らが大将、原辰徳である。手駒を十二分に使いこなして、因縁浅からぬ落合中日を圧倒してのセリーグ完全制覇。その上、聞けば突然のドーピング疑惑に包まれた敵を、清武代表や伊原へッドコーチが批判、牽制する姿勢を見せたのに対して、この件に関して、当該敵投手を一切野次るなと、選手達にぴしゃりと言ったという。今日のお立ち台でもタイトルにさせていただいたセリフをバッチリ決めて、さぁポンハムどんと来いといった構えは、もはやカッコ良すぎ!とにかく、いつまでこだわってるんだと言われようと、今年は意地でも相手チームには勝たれたくなかっただけに、溜飲を下げた思いで、本当に今は晴れ晴れとした気分である。

一方、シーズンに続いて力の差を見せつけられる形で敗退した中日落合監督の口からは、今年も勝者を称える言葉が出て来ることはなかった。戦力分析や選手起用といった面では卓越した手腕の持ち主ではあるのだか、それにしてもこの人物の言動の節々から感じさせられる器の小ささは、なんともやりきれないものがある。そして、中日の終戦により、立浪和義、井上一樹という共にドラゴンズで一時代を築いた2人のプレーヤーの現役生活に、幕が下ろされた。落合とソリが合わないとされ、不遇な選手晩年生活を強いられた井上の最終打席は痛烈なファースト正面のゴロ。亀井のエラーを誘って、中日最後の反撃機を作ったのは、気迫の男井上の最後の執念だったろうか。そして引退を惜しむ声に

「打つことはともかく、走ることと守ることがもうダメになった。」

と自らのプライドを主張して去る立浪は最終回、ドラゴンズファンはおろか、ジャイアンツファンからも総立ちで迎えられ、レフトフライに倒れると、ベンチ前でグランドに大きく一礼して、退いて行った。高木守道、谷沢健一そして立浪と受け継がれた「ミスタードラゴンズ」の名称は、この後誰が受け継ぐのであろう。

そして、もう1人。デーゲームで行われたパリーグCS第2ステージ4戦で北海道日本ハムファイターズの前に屈した東北楽天ゴールデンイーグルス監督野村克也も、長い間のユニフォーム生活に別れを告げることになった。この人については、また改めて。

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2009年10月21日 (水)

いつか来た道・・・?

いやぁしょっばなからひどい試合を見せられたものだ、いくらなんでもいきなり5点とはねぇ・・・。とにかく先発がドンと大量失点、実戦を離れていた打線は焦って大振り、空回りを繰り返し、中継ぎも踏ん張れずに完敗とは実は、事前に恐れていた最悪のパターン。シーズン中、抜群の安定感を誇っていたゴンザレスだから、まさかとは思っていたのだが・・・。

先発小笠原にひねられ、そのまま、あれよあれよという間に3タテくらって、とんだ赤っ恥をかいた2年前の悪夢を思い起こすなという方が、無理なスタートとなってしまったが、あの時と違うのは、とにかくこれでタイになっただけだということだ。。もうこうなったら、今日は厄落としとさっぱり諦め、明日からまた新規蒔き直し。とにかく、レギュラーシーズンで相手に12ゲーム差をつけた自分達の力を信じて戦ってもらうしかない。しっかりして下さいよ、ホントに・・・。

一方同時スタートのパは大量リードされたポンハムが終盤の大反撃、負けるにしても、チャンピオンチームとしてこれくらいの意地はジャイアンツにも見せてもらいたかったものだぜと思っていたら、なんと逆転満塁ホームランが出て、劇的にサヨナラ勝ちしてしまった。終盤2イニングで8点とっての大逆転とは、なんともすさまじいものを見てしまったが、これは逆に楽天のオンボロリリーフ陣の方が問題で、とにかく、出てくるピッチヤーがみんな4点台だの5点台だのといった防御率。こんな陣容でよくシーズン2位になったものだと、不思議に思って見ていたら案の定の結末であった。まぁこちらの方は早々に、先が見えた気配ですな。

とにかく未熟、未経験者の集まり、試行錯誤は当たり前のことなのだから、しばらくは様子を見ようと、あえて政治についてはしばしの沈黙を決め込んでいたのだが、さすがに今日のニュースには黙っていられなくなった。日本郵政の西川善文社長を退任に追い込んだのは、まぁ公約通りとしても、後任に斎藤次郎っていうのはどういうことだい?

斎藤ってのは、あの悪名高い細川内閣での「福祉目的税」導入を小沢一郎と組んで、強行しようとして、大顰蹙を買った奴だよね?官僚の名前なんかいちいち覚えていない筆者ですら、すぐピンとくるくらい「インパクトの大きい」人物である。そんなのをどこから引っ張りだして来たのかはしらないが、また要職に就けるっていうのはどういう神経なのだろう。小沢の推薦なのかい?

天下りに反対と声高に叫んで、いざ政権に就いてみたら、中枢は元財務官僚だらけとは、よく聞く批判だが、この人事はついに極まったとしか言いようがない。だいたい、参院で与野党逆転してから、元官僚特に財務省OBの国会承認人事を徹底的に否認して来たのはどこの政党だったのだろう。あれは政権とる為のタクティックと言われれば、それまでだが、それにしたってこの手のひら返しはあまりにもひど過ぎやしないか?

売り物のはずだった「国家戦略局」の設置もいつの間にやらトーンダウン、このまま下手をすると立ち消えの気配もあり、菅直人は早くも棚上げ、封じ込められたとの風説まである。実際に政権に就けば、いろいろな思惑違いがあるのは、仕方ないが、それでも押さえるべきポイントを外すと取り返しのつかないことになる。当面の焦点である2つの参院補選は目前、圧勝に酔ってばかりだと足元をすくわれるよ。

鳩山内閣が、何もしていないとは言わない。国民の大きな期待、迫り来る参院選を前に、少しでも早く目に見える実績をと焦る気持ちもわからないではない。が、政権交代の大きな意義の1つが「チェンジ」なら、もう1つの意義は「オープン」であることを忘れてもらって困る。目前の懸案処理に忙殺されるがあまり、そのもう1つの意義が、早くもおざなりになりつつあるのが、筆者にはたまらなく不安でならない。

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2009年10月20日 (火)

さぁ、いざ出陣!!

セントラルリーグのCS第1ステージは2勝1敗で中日がヤクルトを下して、第2ステージへ進出。これでCSスタート以来、セの第2ステージは3年連続同カードということになった。ヤクルトが中日のエース、チェンをワンチャンスで打ち崩して、先勝した時には、おいおいと思ったが、続く第2戦を接戦ながら落としたのがすべてだった。まずは順当な結果であろう。

水曜からの第2ステージ、油断せず普通に戦えれば、1勝のハンデもあるのだから、ジャイアンツが勝てるだろう。少なくとも今年に関して言えば、対戦成績からみても両チームの戦力差は歴然としている。しかし、「普通に戦う」ことの難しさは一昨年に痛感している。あの苦い思い出はなかなか払拭できるものではない。ましてやプロ同士がぶつかる短気決戦、何が起こっても不思議ではないのだ。

先月23日に早々に優勝を決めたからほぼ1ヵ月、実戦勘の維持が課題であったが、雨天中止があって結局ジャイアンツが1番最後まで、公式戦を戦う形になったのはラッキーだったし、その後宮崎に短期キャンプに乗り込み、フェニックスリーグで更に実戦をこなした。正直消化試合や2軍相手の試合では不安がないわけではないが、そんなことを言っていても仕方がない。やるべきことはやったということだ。

鍵はとにかく打線、点を取れるかどうか、その一点にあると言って差し支えないだろう。特にポイントは第一戦、ここ2年初戦を落としているジャイアンツだが、中日がチェン、吉見の2本柱を使い果たしているだけに今年こそ、ここは確実に勝って優位を広げたいものである。グライシンガー不在を余儀なくされているだけに、決して楽観できる情勢でもない。

とは言っても、あまり肩肘張っても仕方がない。繰り返しになるが、普通の力を出せれば、まず勝てるはずである。変な小細工をしたりしないで、堂々中日の挑戦を受けて立てばいい。中日はまずキチンとヤクルトを退けてくれた、今度はジャイアンツがリーグ3連覇の王者たる力を見せる番である。

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2009年10月15日 (木)

今更ではございますが・・・CSってなに?

今シーズンの両リーグの公式戦全日程が終了し、パリーグは翌16日、セリーグも17日からリーグ戦2.3位チームによるクライマックスシリーズ第一ステージに突入。21日には第一ステージを勝ち上がって来たチームを両リーグの優勝チームがそれぞれの本拠地で迎え撃っての第二ステージへ、日本のプロ野球はまだまだ熱い。

大変遅くなってしまったが、北海道日本ハムファイターズのパリーグ制覇を心から祝福申し上げます。ジャイアンツの3連覇も偉業だと思うが、ファイターズのここ4年の内で3度のリーグ制覇、それも毎年のように主力が抜けながらのそれは、これまた称賛すべき快挙である。このチームの北海道移転以来の歩みには、学ぶべきものは本当に多いと思う。

そしてそのポンハムと優勝を争ったとは残念ながら言い難いものの、誕生5年目にしてついにAクラス・2位に浮上した東北楽天ゴールデンイーグルスの躍進にも、心から拍手を送らないわけにはいかない。ゼロどころかマイナスからスタートしたと言っても過言ではないチームをここまで引き上げたチーム首脳部の熱意と野村克也監督の手腕には、敬意を表するしかないが、それだけにここに来てのドタバタは傍から見ていると不可解なことが多く、残念である。せっかく地元仙台での開催にこぎつけたのだから、悔いのない戦いをしてもらいたいものである。逆にシーズン前からのゴタゴタからついに、力を発揮できないままボビー・バレンタイン監督の退任で幕を閉じた千葉ロッテマリーンズ、昨年うらやましいばかりの多くの若い力で日本一を勝ち取りながら、一転CS進出すら逃してしまった埼玉西武ライオンズ、スポーツの世界というのは、明白に数字の結果が表れる厳しい世界なのである。

2005年、今のCS制度をパリーグが導入して2年目のことである。当時「プレーオフ」と称して、この勝者を「リーグ優勝チーム」と認定していた時代、前年のライオンズ、そしてこの年のマリーンズとシーズン2位だったチームがいずれも第一ステージを勝ち上がった勢いで、そのまま日本シリーズ優勝まで駆け上がっていくのだが、いずれの年も2位に4.5ゲーム差をつけてシーズンを「1位通過」した福岡ソフトバンクホークスの立場はどうなるのだという声は大きくなるばかりであったし、更にこの年のプレーオフはある意味、日本プロ野球の根幹を揺るがしかねない重大な危険をはらんでいたのである。

それはオリックスバッファローズとの接戦を制してプレーオフに進出して来た前年の覇者ライオンズのシーズン勝率が5割を切っていたことであった。この年、筆者はごひいきのバレンタイン率いるロッテを応援していたものの、実はライオンズが勝ち上がらねぇかなと底意地の悪い期待もしていた。ライオンズがロッテ、ソフトバンクを連破すれば前代未聞の「シーズン勝率5割を切ったチームのリーグ優勝」という恐るべき怪挙が堂々とパリークのオフィシャルレコードに残ることになる。それだけではない、そのまま西武がその年のセリーグの覇者阪神タイガースをも破って日本シリーズを制すれば、「シーズン勝率5割を切ったチームが日本一」となり、この年にスタートしたアジアシリーズに日本代表として出場することになったのである。これがどんなにバカげたことかは、野球ファンならおわかりいただけるだろう。結果はロッテが西武を一蹴、日本プロ野球界はその歴史に大きな汚点を残すことだけは、無事免れたのである。

2年後にセも同制度を導入、名前も「クライマックスシリーズ」と改められ、その際、リーグ優勝チームはシーズン1位チームと明記され、CSと略称されたこのシステムは日本シリーズ出場権を賭けて争う場とされた。暴挙の1つはこれで回避された、そう勝率5割以下のチームの「リーグ優勝」という暴挙である。しかし、もう1つの暴挙の可能性は依然残されたままである。そして、今年その「残された暴挙」が実現する危険性に、野球界はさらされることになった。阪神との激しい争いを制してセ3位に滑り込んだ東京ヤクルトスワローズがわずか1つながらシーズン負け越しを喫し、勝率5割を切ったからである。

セがCSを導入した時、当時4年続けて優勝を逃していたジャイアンツの救済処置と揶揄する向きもあった。しかし皮肉なことに、それからジャイアンツはリーグ3連覇、逆に「敗者復活戦」と、声高に批判していた落合監督率いる中日ドラゴンズの方が、こちらに賭ける形となり、現に導入初年度からいきなりおいしい思いをした。

今更CS制度導入の是非を問うても、もう仕方あるまい。3年連続リーグ制覇チームのファンとして、「めんどくせぇな」という気持ちを抱いていないとは言わないが、それでもCS制度がなければ、昨年の大逆転優勝はなかったと思っているし、優勝が決まっても、尚勝敗の行方への興味を失わせず、いわゆる消化試合の激減につながり、野球界の盛り上がりに大いに寄与している事実は今更否定のしようもない。

だが、なのである。「プロ野球」である以上、見せること、魅せることを無視することはできないが、しかしスポーツである以上、最終的に称えられるべきは「勝者」のはずなのである。その一線を踏みにじってしまった時、それはもうスポーツとしての根本を踏み外したことになる。CS制度を導入してしまったのだから、そんな理屈はもう意味がないと言われるかもしれない、しかし守るべき最後の一線はある。

正直腹に据えかねる言動を繰り返す監督とチームであるが、それでも中日ドラゴンズには、断固第一ステージでスワローズを粉砕してもらいたい。万一、それが成し遂げられなかった時の我が読売ジャイアンツの責務は重い。「シーズン5割を切ったチームの日本シリーズ進出」、ましてや「優勝」など、断固あってはならないのである。

今年は今更どうしようもない、しかし是非「シーズン勝率5割を割ったチームはCSへの参加資格を失う」という規定を制定してもらいたい。スワローズというチーム自体になんら遺恨があるわけではない。しかし、彼らの躍進は「シーズンのプレーオフ化」というゆゆしき事態の招来の促進に他ならない。それは大袈裟ではなく、野球界そのものの崩壊につながりかねないのではないか。野球界首脳の英断を是非期待したい。

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2009年9月27日 (日)

土井正三さんの死を悼む

1974年10月14日、この日は「ミスタープロ野球」と呼ばれ、ジャイアンツ入団以来、球界の太陽であり続けた長嶋茂雄の現役最後の日であった。そしてそれは同時に「名選手、名監督に非ず」の格言を覆し、前人未到のV9を達成した川上哲治監督が、長年着慣れたジャイアンツのユニフォームと決別する日でもあった。

ダブルヘッダーで行われたこの日の試合、正真正銘ミスターの最終試合そして自らの監督生活最後となる第2試合で、川上は以下のスターティングメンバーを組んだ。

①(中)柴田勲②(左)高田繁③(一)王貞治④(三)長嶋茂雄⑤(右)末次利光⑥(遊)黒江透修⑦(二)土井正三⑧(捕)森昌彦⑨(投)高橋善正 (一部のちに改名している人もいるが、名前はいずれも当時のもの)

エース堀内恒夫が第一試合で先発してしまったのは画竜点睛を欠いてしまい、また9年の間には、当然選手の入れ替わりもあったが、しかしこれが紛れもない「V9戦士」達。川上は長嶋送別の花道を、そして自らの最終試合を飾るべく、苦楽を共にした彼らをスタメンに並べたのである。

それから35年、誇り高きV9戦士の1人、土井正三さんが逝ってしまった。享年67はあまりに早過ぎる最期だった。

追悼コメントに共通するのは「とにかく野球を、ジャイアンツを愛していた人」。川上勇退と共に退いた長嶋、森、黒江の現役時代は知らないが、他の5人のブレーは見たことがある。試合前の事故で視力が低下した末次が引退を余儀なくされたのが77年、そして翌年に土井さんも現役から引退した。その年の土井さんは規定打席にこそ足りなかったが、自身のキャリアの中で3番目となる打率を残し、ダイヤモンドグラブ賞まで獲得した。当然引退の「い」の字も頭になかった土井さんを強引に口説いたのが立大の先輩でもある長嶋監督。曰く

「後進に道を譲り、育てて欲しい。」

土井さんと二遊間コンビを組み、その後内野守備コーチをしていた黒江が、球団との折り合いが悪く、解任される事態が起こっていた。その後任にと長嶋が白羽の矢を立てたのが土井さんだったのだ。全く釈然としなかった土井さんが結局、しぶしぶながらもそれを受け入れたのは、超自己中男長嶋に逆らっても無駄だと諦めたのと、やはりジャイアンツを思えばこそであった。

2年コーチを務めて、長嶋辞任と共に退団した土井さんは、その後王監督の下でもコーチに就任、そして91~93年にかけて上田利治の後をうけて、オリックス・ブルーウェーヴの監督を務める。

3年連続3位とAクラスを死守しながらも、土井さんのキャリアの「汚点」とされるこの3年間。厳しい指導、采配で選手からほぼ総スカンを食っただけでなく、あの天下の大打者イチローを見出せなかったという「眼力のなさ」が、世間の嘲笑を買うことになってしまったのだ。これについては諸説あり、訃報にあたって、またいろいろな話が流れているが、土井さん本人は最後まで、自分のやり方に自信と信念を持っていたことだけは書いておきたい。

その後、長嶋に呼び戻される形で三度、ジャイアンツのユニフォームに袖を通したのが96年。3年務め、本人は尚も意欲十分だったが、長嶋に「若返り」を通告されて、退任を余儀なくされた。若返りと称して、長嶋に振り回されたユニフォーム生活との決別であった。

監督としては評判のよろしくない土井さんだったが、コーチとしての評価は高い。そして選手としても星野仙一か江夏豊のどちらかだったと思うのだが

「もし乱闘でもあって、一発ぶん殴ってやれるのなら土井やね。」

と言われたくらい、相手から嫌がられた選手だった。

そして何よりジャイアンツが大好きだった。オリックスの監督時代、二言目には「ジャイアンツでは」とやり、これも評判を落とす大きな要因になったらしい。これが土井さんの野球人としての限界だったのかもしれないが、それでも自らの野球人としてのバックポーンとなったジャイアンツそしてV9野球というものに、誰よりも誇りを持ち続けた人だった。

2年前、病魔にむしばまれていた身体を引きずるように、東京ドームに姿を現した時、土井さんは既に余命数ヶ月と宣言されていたという。しかし、それから土井さんは懸命に戦った。今月に入り、土井危うしの報に、川上以下ON、柴田、高田、吉田孝司らかつての戦友達が続々と土井さんを見舞った。そして、後輩達が自分達以来の3連覇という偉業を達成したのを見届けたのち、旅立って行った。心からご冥福をお祈りしたい、合掌。

3連覇を成し遂げたとは言え、今のジャイアンツは原監督復帰以来正二塁手不在の状態が続いている。千葉茂ー土井ー篠塚和典ー仁志敏久と続いた名手の系譜は途絶えたままだ。キムタクの頑張りには、敬意を表するが、脇谷、寺内、中井、藤村といった中堅、若手に奮起を期待し、早く冥府の土井さんを安心させて欲しいと思う。

もう1つ、今朝のスポーツ主要4紙の中で、土井さんの訃報をトップで扱わなかったのは報知だけだった。特ダネが入り、最終版で差し替えたようだが、これが功労者に対する読売グループのはなむけなのかと思うと、なんとも言えない憤りと寂しさを感じないわけにはいかなかった。

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2009年9月25日 (金)

掴み獲った栄光

気になって調べてみた。現在のジャイアンツの最古参選手、つまりもっとも長くジャイアンツに在籍している現役選手は誰なのだろう?と。答えは97年D4位入団鈴木尚広、であった。その後翌98年D1位入団の高橋由伸、99年D3位入団の加藤健、00年D1位高橋尚成、01年D1位阿部慎之助と続き、長嶋茂雄元監督下のジャイアンツに入団した選手はこの5人しかいなくなってしまっていた。

長嶋が2度目の監督に就任したのがもう16年前の話であり、退任してからも8年が過ぎた。古い話になってしまったと言えなくもないが、しかし長嶋復帰初年度のD1位はあの松井秀喜なのだから、もっと長嶋時代の生き残りがいても不思議ではないはずである。

ちなみにセの他球団を見渡すと、中日には84年D5位山本昌なんてとんでもない「長老」がいるが、他にも今年限りで引退とも言われる立浪和義が88年D1位、90年D2位の井上一樹と来て、その後少し飛んで96年D1位荒木雅博、97年D2位森野雅彦と続く。ついでに阪神は92年D4位の桧山進次郎が最古参、先頃引退試合を行った田中秀太が95年D3位で続き、後は97年入団の今岡誠と関本賢太郎、98年移籍の矢野輝弘となる。在籍10年以上の選手数は中日10阪神7ヤクルト9広島12横浜5に対してジャイアンツは4人と最小である。

原辰徳監督復帰初年度となった2006年、素晴らしいスタートダッシュを決めながらも交流戦に入るやいなや、今年のスワローズを彷彿とするような大失速を演じたことはまだ記憶に新しい。

「こんな弱いチームで野球をやったことはない。」

連日不甲斐ない戦いぶりを続けるナインを目の当たりにして、原は当時、日記にこう記したという。確かに、主力にケガ人が続出し、まともな戦いが出来ない時期もあった。しかし、原がなによりもショックだったのは、そのケガ人達がようやく揃った9月、さぁ最後の反攻と意気込んだ途端にチームはまたも失速、とうとうAクラスにすら残れなかったことであった。一方そんなジャイアンツを尻目に、着々と勝ち進んで来た中日は、ライバル阪神も突き放し、優勝へのマジックを1として、意気揚々と東京ドームに乗り込んできた。

目の前の胴上げだけはゴメン、とばかりに最後の力を振り絞って中日に立ちはだかったジャイアンツであったが、延長10回、当時ストッパーを務めていた高橋尚が、敵の4番タイロン・ウッズに決勝満塁本塁打を浴びて、力尽きた。宙に舞うかつてのチームメイト落合博満の姿を無念の思いで眺めながら、原はチームの再建を誓った。

「上手い選手はいらない、強い選手が欲しいんだ。」

以来、事ある毎に原はこの言葉を口にするようになる。長嶋茂雄監督下でかき集められ、主力となっていた選手達の多くが見かけ倒しに過ぎないことを痛感した原は大胆なチーム改革に打って出ることを決意する。

自らのチーム復帰と共に招聘した尾花高夫投手総合コーチの指導の下、ここ数年崩壊としか言い様のない惨状を示していた投手陣は、内海哲也、西村健太朗といった若手の台頭もあり、少しずつ立ち直りの兆しを見せ始めていた。がチームのお目付け役と期待した近藤昭仁ヘッドコーチが、ジェネレーションギャップもあって選手はおろか、コーチ陣からも浮き上がってしまい、結局機能せず、野手陣の整備が進まなかった反省から、伊原春樹元オリックス監督を当初は野手総合コーチとして、そして健康問題を理由に近藤が勇退する形になると、そのまま後任に昇格させ、以来原の片腕として、チームの改革に手腕を発揮している。昨日の優勝インタビューで原は、WBCで開幕前の1番大事な時期にチームをは離れなければならなかった不安を率直に述べていたが、大過なく、留守を預かった伊原、尾花両コーチ以下のスタッフの手腕は見事であった。

選手も大胆に入れ替えた、長嶋監督時代、いや自らの第1次監督時代の日本一にも貢献してくれた連中でさえ容赦しなかった。結果、今年育成契約を含めてジャイアンツに在籍した78名の選手の内、実に半分強の41名が07年以降の3年間にチームに加わった選手達となったのである。

ぬるま湯につかったひ弱な生え抜きに見切りをつけ、非難を浴びようと大胆に他球団から戦力を補強した。復帰初年度の李、豊田、木村拓らに続いて、07年は小笠原、谷、大道、らを、08年ラミレス、グライシンガー、クルーン、藤田、鶴岡そして今年もゴンザレス、M中村を獲得して、チームの根幹を為すべく配置、その多くが期待に応え、それぞれのあたえられたポジションで力を発揮した。特に小笠原、ラミレスの2人はかつてのONになぞらえる程の存在感を示し、このあと触れる若手育成に、原が大胆に踏み切れたのも、結局はチームの柱としての彼らがあればこそであると言って、全く差し支えないであろう。

安定性のなさを嘆かれるクルーンだが、彼の加入は長年頭痛の種であったストッパー不在を解消したことは間違いなく、グライシンガー、ゴンザレスはローテーションを守り続けた。移籍初年度以外はレギュラーとして扱われず、さぞ不満だったろうが、谷はやはり「実力者」というべき選手であった。木村や古城、鶴岡のようにバイプレーヤーとして、きっちり仕事をする姿は若い選手のよいお手本になったに違いない。

こういう他球団からやって来たツワモノ達を手本に、原の抜擢を受けた若手が芽を出し始めた。坂本勇人を筆頭に、越智、山口、松本、亀井、東野、木村正太・・・中井大介も終盤結果を出し始めたし、昨日ペナントを持っての球場内一周時に、トロフィーを持っていたのは大田泰示だった。この男に次代を担わせる、原のそんな思いが感じられた。

かつての主力達の多くがチームを去り、残った数少ない1人である高橋由は第一線から遠ざかり、高橋尚は原の信頼を失いつつあるように見え、シーズン後のFA移籍もささやかれる。キャプテン阿部を唯一の例外として、今までと全く違った力が、新たなジャイアンツの伝統と力を創り出そうとしている、そんな息吹と頼もしさを感じさせてくれた今年1年間の戦いぶりであった。

今年のペナントは数字から見ても、完勝であった。が原監督自らが言っていたようにまだ、戦いは全く終わっていない。

「これから本当の戦いが始まる。」

昨日の試合終了後、中日の落合監督はそううそぶいていたそうだ。いや、負け惜しみと言うべきかもしれない。3年前に強さを見せつけてやったはずの相手にお返しされ、あれほど蔑んでいたCSを「本番」と言わざるを得なくなってしまったのだ。ペナントは完敗、しかし2年前の夢よもう一度、落合としてはそこに拠り所を見出すしか、今はない。

だからこそ、そんな「邪な」考えをまず粉砕することはジャイアンツに与えられた「最低の義務」である。WBCに背を向け、自分達のことだけを考えて、おいしい思いをしようという輩がペナントを制するという暴挙はまず阻止した。そして更に、残された淡い希望も敢然と打ち砕くことが、今後の球界の為でもある。今年、WBCで厳しい戦いを演じた選手の多くがペナントに入ってから苦しんだ。その上、そんなチームが栄光のひとかけらでも掴むようでは、名誉の為に苦難の道を選んでくれる選手などいなくなってしまうだろう。

その上で、後一歩で掴むことができなかった「日本一」。これを勝ち取ることこそ、選手や球団関係者、そして我々ファンの最大の願いである。まだまだ道のりは長い、気を引き締めて、戦い続けてほしい。

ジャイアンツと中日の動向ばかり追いかけていて、ふと気付くとなんと楽天がCS争いどころか、優勝も夢じゃないところまで来ているじゃないか!いやぁ、もしポンハムをひっくり返すようなことにでもなれば、これは昨年のジャイアンツに負けず劣らずの快挙になる。こりゃ面白くなって来たゾ!!

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2009年9月24日 (木)

祝!三連覇!!

1990年から94年にかけてリーグ五連覇を果たした西武ライオンズ以来、セントラルリーグということになると、なんとあのV9ジャイアンツ以来のリーグ三連覇なのだそうだ。これは快挙と言うにふさわしいであろう、原辰徳監督以下読売ジャイアンツのコーチ、選手、スタッフ関係者のみなさんに、心から祝福申し上げると共に、一ファンとして本当にありがとうございましたと、心からお礼を申し上げる。

交流戦直後にヤクルトに1.5ゲーム差まで迫られ、8月に入ってからは今度は中日の猛追を受け、1ゲーム差まで詰められたが、まぁ今年は危なげない勝利と言って差し支えないだろう。勝っても勝っても中日を引き離せず、逆に中日も勝っても勝ってもどうしてもジャイアンツに追いつけない状況が続き、もはやどちらが踏んばり切れるかの勝負になったと思っていたが、思いもよらぬ月末の敵地ナゴヤドームでの3タテで一気に突き放し、最後は7連勝でのフィニッシュ、見事であった。

シルバーウィークとやらで、世間は5連休だったそうだが、筆者も終盤2日間は休みをいただき、昨日は子供の友達家族のお誘いを受けて、実に久しぶりに自然の中でのバーベキューなんぞを楽しませてもらい、今日は彼岸の墓参りで実家に寄ったところで、愛するジャイアンツの優勝を目の当たりにできた上に、少々遅い誕生祝いまでしてもらい、いい連休を過ごさせていただいた。今日はまずはお祝いまで、続きはまた改めて。

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2009年8月10日 (月)

いつも、あいつが憎かった

いやぁ、それにしても打てないチームを応援するというのは本当にしんどい。土曜日、対ヤクルト戦を久々にじっくり見たのだが、とにかくくたびれた。やっとこさ取った1点を守ろうと、毎回のようにノーアウトのランナーを背負いながらも、敵の拙攻にも助けられ、グライシンガーは懸命に投げ続けたが、7回に8番打者に打たれ、ついに同点に追いつかれてしまう。もっともこちらの1点も7番が叩き出したのだが。勝ちがなくなっても、グライシンガーは腐らずに投げ、後を継いだ山口もまず、危なげなく2イニングを抑え、決めてくれたのはこのところ神かがった感もある亀井。今日も亀井の一撃で勝ったようで、優勝するにはこういうラッキーボーイ的存在は確かに必要ではある。当面の敵の一つであるヤクルトを3タテしたのも、めでたいことなのだが、こう勝ち味が遅いとまだまだ先は長いだけに厳しい。戦いぶりの安定感では明らかに中日の方が上回っていることは認めざるを得ない今、打線のつながりをどう構築して、リードを保って行けるか、原監督の手腕が問われる時である。

筆者が見た頃のV9エース堀内恒夫はもう現役最晩年だった。なんともとぼけたメガネをかけた顔で、たまに敗戦処理に現れては大歓声を浴びていた。が、1983年の6月、場所は阪神ファン一色の甲子園、ローテーションの谷間で久々の先発マウンドに上った堀内は6回途中まで、タイガース打線を翻弄、結果として現役最後の勝利を上げる。そのピッチングはまさに芸術的、一世を風靡した大投手がまさに最後の力を振り絞っての置き土産と見えた。それだけではない、それから4か月後、地元後楽園で設定された引退試合で彼は回って来た打席でなんとホームランを放つ。千両役者は最後までやることが違っていた。

堀内の後にエースの座に就いた小林繁は理不尽としか言い様のない理由でジャイアンツを放出され、その後は、怨念むき出しで立ち向かってくる明確な敵になっていた。その後のエース新浦壽夫は、監督やファンの期待が自分から他の若い投手に移ったことですっかりやる気を失い、やがて日本球界を去って行った。数年後、再びその姿を現した彼は、ジャイアンツ時代とは全く別人の技巧派投手となって、ジャイアンツの前にたびたび立ちふさがることになる。そしてジャイアンツのエースは「あの男」の時代になっていた。そう、小林をチームから追い、新浦の輝きを奪ったあの男の・・・。

江川卓、高校時代から「怪物」の名を欲しいままにした彼は常に、世間の注目を浴びる存在だった。そしてそれは、あの「事件」でピークに達する。多くの悪意に満ちた視線と、どれだけやれるのかという好奇の視線の中、ジャイアンツに入団した江川はやはり本物だった。筆者が実際に見た中で、最高の投手は誰かと聞かれれば、文句なく江川卓だと答える。トルネードの野茂英雄が豪快なフォームで日米を股にかけてどんなに投げまくっても、平成の大エース斎藤雅樹が完投を重ねても、松坂大輔のうなるような快速球に何度息を呑んでも、しかしその思いは変わらない。それは決して筆者の幼い頃の記憶が美化されているからだけではないはずである。

特に1980年後半戦から82年前半戦にかけての2年間の江川はほぼ無敵だった。見ていて負けるということがほとんど考えられなかった。9回、完投直前になるとストレートがいよいようなりを上げ出して、三振の山を築く投手。5回を投げれば「試合を作った」と意気揚々と引き上げ、あとはリリーフに任せてベンチで観戦しているだけの昨今の先発投手を見慣れていると、やはり「怪物」としか言い様がない。その上、その江川の球種はストレートとカーブ、たった2つしかなかったのである。

そんな怪物に牙を剥き続けた男、それが「雑草」西本聖だった。年齢は江川の1つ下、しかし入団は江川より5年早い。ドラフト外入団といういわばおまけのような存在から、文字通り這い上がってローテーション投手の座をつかみつつあったその時、割り込むように現れた怪物に、雑草は臆することなく挑みかかった。己の存在感の証明の為に。

西本と言えば思い出す試合が2つある。1つは81年、直前に夫人が事故で重傷を負うという大アクシデントに見舞われながら、初の開幕投手を見事に完投勝利で飾った試合。もう1つはその7年後のやはり開幕戦、鳴り物入りでパリーグから移籍して来た落合博満に対して、西本はなんと全打席、全球シュートで勝負を挑んで見せた。辛うじて1安打はしたものの、すっかり調子を狂わされた落合はその年は結局、期待されたほどの成績を上げられなかった。江川以外のセの投手なんて目じゃない、そううそぶいていた落合の鼻っ柱を折った西本の気迫は忘れられない。

そう、江川がストレートなら西本はシュートである。江川は言う。

「僕が現役時代、他の投手の球ですごいと思ったのはただ1つ、西本のシュートだけだった。」

性格も、球歴も、そして投球スタイルもなにからなにまで正反対だった2人。自分に対するライバル心を隠そうともせず、むき出しに挑みかかってくる西本に対し、江川は我関せず、軽くあしらっていたのかと筆者はずっと思って来た。しかし実際はとんでもなかった。

「西本、今日は打たれてくれ。明日は俺が抑える、そうすれば俺の評価が上がる。」

江川はある時期からずっと、そう思いながら、マウンドの西本を見ていたと言う。西本の言葉はもっと激しい。

「打たれろ、負けろ。」

阪急ブレーブスの黄金時代を支えた山田久志は事あるごとにこう言う。

「今は右のエースに左のエース、リリーフエースに中継ぎエースまでいる。冗談じゃない、エースなんてそんな安売りするもんじゃない。『エース』と呼ばれる存在はチームにただ1人、それが本当のエースなんだ。」

そして、それと同じ意味の言葉を江川も西本も異口同音に吐いた。

「エースは1人。」

当時のエースは江川だった、それを西本も認めざるを得なかった。だからこそ、西本は江川を必死に引きずり落としにかかり、江川もまたそんな西本を懸命に蹴落とそうとした。たった1つのものを死に物狂いで奪い合う、本当の「ライバル」とはそういうものなのだろう。そこには一片の友情もなく、ただ憎しみしか生まれないのかもしれない。

絶対的なエースは江川、しかしここ一番で頼りになるのは実は西本、当時筆者だけでなく、かなりのジャイアンツファンはそう思っていたのではないか。1982年、ジャイアンツは1勝の差で優勝を逃すのだが、ここで勝てば優勝確実という大洋(現横浜)との最終戦に先発した江川は大洋の一発攻勢に沈み、ライバル中日に息を吹き返させてしまった。その2年後、球団創立50周年の年にVを義務づけられて開幕を迎えたジャイアンツはエース江川をオープニングピッチャーに送り込んだが、大乱調。解説の青田昇が

「よりによってジャイアンツは1番調子の悪いのを開幕投手にしたんじゃないの。」

と呆れ果てていたのを思い出す。どちらのときも西本が絶好調なのにも関わらず、監督の

「エースは江川。」

というこだわりが裏目に出てしまったのである。そして、それが極まったのが83年、西武との日本シリーズだった。このシリーズのことは、前にも少し触れたことがある。思い出したくもない、本当に悪夢のようなシリーズだった。シリーズ直前にケガをしたこともあって、江川は出ると打たれの無様なピッチング、一方の西本はそんな江川の尻拭いをするかのように、キッチリ完投勝利でチームを救う。その2年前のポンハムとのシリーズ同様、頼りになるのは西本、みんなにそう思わせる内容だった。そしてあの運命の第6戦がやってくる。

日本一まで後1勝と迫っていたジャイアンツは土壇場の9回、現横浜投手コーチの杉本正から中畑清が起死回生の逆転三塁打を放ち、いよいよクライマックスを迎えた。そして9回、最後を締めるべくマウンドに上がったのは2日前に完投した西本だった。筆者は当然のことと受け止めた、たぶん多くのジャイアンツファンも同じ気持ちだっただろう、今までの投球内容から見て、江川のリリーフなど考えられなかったと言ってもいい。

あのもどかしさ、いまいましさはあれから26年も経つというのに、まざまざと思い出せる。ワンアウトを取っていけると思ったのもつかの間、以降の西武の打者の放った打球はボテボテの当たりながら、ことごとく我々ジャイアンツファンを嘲笑うかのように、三遊間を抜けて行く。そして同点に追いつかれた当たりもショート鈴木康友が追いつきながらもどこにも投げられない。あの回、西本が打たれた当たりでいわゆる「いい当たり」は1つもなかった。なのに同点、そして延長10回、代わって出て来た江川は今までの流れそのままの生彩のないピッチングでサヨナラ負け。西本で勝てなかったのなら仕方がない、そう思うしかなかった。

ところが内情は全く違っていたらしい。あの勝ち越した9回、当初行くのは江川の予定だった。確かに投球練習をしていたのはずっと江川1人だった。が、勝ち越したと同時に西本がブルペンに走る、ベンチに迷いが生じたのだ。それでも江川は行く気満々だった、エースのプライドに賭けて、ここで行くのは自分しかいない、そう信じていた。

「あの時は(肉離れを起こしていた足が)切れてもいいからリリーフ行こうと思っていた。自分しかいないと思ってた。僕は、結構この試合、野球人生選手生命を賭けていた。」

自らクールな性格と認める江川が、この時の心境をこう言い切っている。ところが・・・藤田元司監督が告げたリリーフは「西本」だった。このシリーズでの両者の調子、昨年終盤の痛い負け、藤田監督の決断はわかる気がする。だが問題は、本来なら意気に感じてマウンドに駈け上がらなければならない当の西本を含むチームのほぼ全員が、この起用を想定していなかったことだった。

西本は大決戦となるはずの第7戦の先発、みんながそう思っていた。しかし、第6戦を、あと1イニングを抑えれば、第7戦を戦うまでもなく、栄冠はこの手につかむことができる。藤田監督の方針変更を責めることはできないと思う。だが、この決断は西本を動揺させ、江川の心を折ってしまった。10回の江川は単に不調を引きずっていただけでなく、もう抜け殻になってしまっていたのだ。

続く7戦を思い出すのはもっとつらい。中1日で先発のマウンドに立った西本は、2点のリードを懸命に守り抜こうと渾身の投球を続けたが、7回テリーに決め球のシュートを左中間に運ばれ、走者一掃の逆転タイムリーを浴びる。その前、ノーアウト1塁から投手ゴロを弾いてゲッツー一転無死一、二塁になってしまったのが、すべてだったのかもしれない。守備の名手とうたわれ、実際ダイヤモンドグラブ賞を何度も受賞している彼が、おあつらえ向きのゲッツーゴロをつかみ損ねて、自らピンチを広げ、そして打たれた。疲れもあっただろう、しかしこんなことを言っては失礼かもしれないが、そこには、西本といい、中畑といい、真のヒーロー、真のナンバーワンになれない男の運命が感じられてならない。

「僕はいつもNO2、NO1になったことがない。でもあそこで勝ってれば(江川に)勝ったと思えた試合だったかもしれない。」

西本聖悔恨の述懐であり

「俺なら勝てたと思ってる、今でも。あの状況で行ったら、俺は抑えたという自信は今でも持っている。」

一方の江川卓の譲れないプライドがそこにあった。

2人のライバル関係はそれから4年後、江川の突然の引退で、唐突に終わりを迎える。「空白の1日」騒動の時、当時既に23歳だった江川に対して

「大学を卒業したいい大人が、こんなことをしてもいいのかという判断力もないのか。」

という声があった。しかし、子供心に、それは違うと思った。ジャイアンツにどうしても入りたく、その方法があるから任せておけと言われれば、お願いしますと言うだろう。入団の経緯で江川を責めるのは酷だと、筆者は今でも思っている。だが、引退の時に彼は言った。

「選手にとって、唯一認められている権利は辞める権利。」

FAなんて夢のまた夢だった時代、確かにそうだったかもしれない。まして腕の折れるまで投げるなんていうのは彼の思考の中に全くなかっただろう。しかし、ジャイアンツがまだ、君を必要としていると言っている以上、彼にはそれに応える義務があったはずだ。事の善悪はともかく、あそこまでのことをして、また犠牲を払ってまでも、ジャイアンツは江川卓を迎え入れてくれたのである。

なのに、江川はそんなチームに後ろ足で砂をかけて去って行った、それも嘘までついて。その心根の醜さがやりきれない。以来、筆者はジャイアンツファンとして、江川という人物を許していない。可能性はかなり低くなったとは思うが、尚もくすぶり続ける彼の監督就任説。あんな人物を三顧の礼で、監督に迎え入れた時、筆者は間違いなく愛するジャイアンツと決別するつもりでいる。そんな日が、絶対に来ないことを祈るしかない。

江川の去ったジャイアンツの中で、西本は急速に居場所を失い、中日更にはオリックスと渡り歩き、最後の死に場所を求めて、恩師長嶋茂雄を頼って、94年再びジャイアンツのユニフォームを着る。しかし、その力の衰えは覆い隠すべくもなく、そのオフ引退する。なんとか引退の花道をと、長嶋はタイミングを計り続けていたが、チームの優勝決定が最終戦にまでもつれ込み、その余裕がなくなってしまったのは不運であった。結局西本は、自らがプロ野球人としての生まれ故郷と語る旧ジャイアンツ多摩川グラウンドで、有志が催した引退セレモニーでひっそりと去って行った。新装なった東京ドームのオープン戦で、華々しい引退試合を挙行してもらった江川のそれとは、やはりあまりにも対照的であった。

そして今年の6月、テレビ番組の企画で江川と西本は初めて、腹を割って話をした。去る7月20日にTBS系列で放映された「ライバル伝説 光と影」という番組内のことである。こういうものはタイムリーに取り上げるべきものなのだろうが、とにかく面白い番組だった、本当に久しぶりにいい番組をみせてもらった気がした。

対談の中で、西本に問われた江川ははっきり言った。

「(西本は)僕にとって、完全な唯一のライバル。」

有り余る才能に恵まれ、他人から嫉妬されることがあっても、決して嫉妬することがなかった江川卓の野球人生の中でたった一人現れたライバル、それが西本聖だった。江川がそれを認めたのは恐らく初めてだったろう。それに対して西本は

「素直に嬉しい。」

と答えていたのも印象的だ。そして江川の存在があればこそ、自分を高めることができたのだから本当に感謝していると言う西本に江川はこう答えた。

「それはお互い様だよ。お前がいなかったら、俺もっと手抜いてたもん。」

こういうウイットに富んだ江川のセリフはさすがである。

江川が西本を意識し始めたのは沢村賞を西本に奪われてからのことだそうだ。長くなってしまったから、この経緯にはもう触れないが、あれもひどい話だった。沢村賞の選考方法が現在のように、受賞経験者を中心とした選考委員会の手に委ねられることになったキッカケになったはずである。

以来、2人は憎悪とそれとは裏腹のなんとも形容のし難い敬愛の情をお互いに抱いたまま、競い合い続けてきた。そこにはきれいごとでは決して済まないどろどろした怨念と、しかし、全力を賭けて戦い抜いた者同士のみが共有できる奇妙な友情が感じられて感動させられた。

番組の最後に映った1枚の写真、2人がじゃれあう姿を写したあの写真はいつ、どのような場面で撮られたのだろう。本当に興味をそそられる。そう言えば、それまでのインタビューでは一貫して「江川さん」と呼びながら、実際に会うと西本は江川のことを「卓ちゃん」と呼んでいた。そこにも複雑微妙な2人の関係が息づいているようにも思える。スポーツって、野球っていいなぁ、そんなことを改めて感じさせてくれたひとときであった。

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2009年8月 4日 (火)

さぁ、前を向いて行こうぜ!

体調不良の為、少しご無沙汰をしてしまった。夏風邪というのは、なかなか抜けないものである。

ジャイアンツの足取りがすっかりおぼつかなくなってしまった。確か、一時は2位に6.5ゲームくらい離したと思うが、今や1.5ゲーム差まで詰まり、V3に暗雲などという記事も見かけるようになった。7月は結局、貯金0。今月に入っても1勝1敗、なんとも冴えない試合が続いている。原因としては、昨年から、今年前半に駆けて、チームを引っ張り続け、また活性化して来た若い投打の2人、坂本勇人と越智大祐がすっかりくたびれてしまったのが、最大の要因だとは思うが、無論それだけではない。

本当は、オールスター期間中に、前半戦の総括のような記事を書こうと思っていたのだが、その時のタイトルは『得点力なきところに覇権なし』とするつもりだった。今年のジャイアンツの戦いぶりを振り返ってみると、過酷なまでの登板に耐えてきた中継ぎ、抑えの面々の活躍もあり、投手陣はそこそこ踏ん張っていると思うが、一方の打撃陣に昨年特に後半のような迫力がなく、結局は競り負けるという試合が、シーズンが深まるにつれて増えてきた印象がある。

原監督自身が、開幕前に「今年は野手陣についてはむしろパワーダウン」と語っていたように、二岡、清水がチームを去り、高橋由伸は消息不明。李はもはや燃え尽きたような哀れな打撃を繰り返し、阿部も往時の迫力がない。昨年、やっといいリードオフマンになってくれたと喜んでいたら、鈴木尚広はもうその輝きを失ってしまった。亀井は頑張っているとは思うが、5番打者の打撃力を身に付けたとはまだ思えない。昨年の破壊力には及ばないが、ガッツとラミレスはそれなりの存在感を保っているから、要はその前後を打つ打者連が奮起してくれないことには、なかなか点は入らない。坂本と松本、この2人の飛躍は見事だが、彼らに続く若手も現状、残念ながら見当たらない。

先ほど消息不明と書いた高橋由が一塁手としての復帰を目指すという記事が出た。現状の打撃陣の低迷を見れば、由伸の存在はまさに喉から手が出るほどだが、まぁ期待薄だと思った方がいい。李もアルフォンゾもこれまで、ファームからの救世主もまず、望みなしだとすれば、いる人間でやっていくしかない。谷を固定で使うことを是非提案したい。

投手陣は開幕前はクローザーとも期待されたM中村の調子が一向に上がってこないのが最大の誤算。更に調整の失敗から西村健太朗も姿を消し、クルーンもケガで2度戦線を離脱し、結局越智、山口、豊田の3人に負担が行き、豊田はとうとういなくなってしまった。無論、頼りない先発陣も責任は免れず、ゴンザレスを獲っていなかったら、どうなっていたのだろうと思うとゾッとする。

不安要素をこれでもかと書き並べてしまったが、しかしそれでもまだ首位なのである。中日の追い上げ、勝ちっぷりは強烈だが、それでもまだジャイアンツには追いつけないのである。1年、ずっとチームが好調に勝ち続けるということはない。今がジャイアンツにとって踏ん張りどころなのである。一昨年も昨年も、もはやこれまでというところから、這い上がって優勝をもぎとった。それに引き換え、今年は堂々を首位を走っているのである。スタート時の快調さを失って、焦る気持ちはあるだろうか、チャンピオンとして、ここはどっしりと足を地につけて、戦うべきである。自分達の力を信じて、まっすぐ前を向いてつき進むのみである、明日からまた、いい戦いを期待したい。

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2009年7月20日 (月)

「時間」という名の魔物

あれからちょうど1年の時が過ぎた。今年も、時間という名の巨大な怪物に、1人の名ゴルファーが敢然と戦いを挑んだ。そしてその英雄の死闘が先ほど、終わった。それにしても勝負というものはなぜ、かくも非情なものなのか。恐らく、テレビを見ていた人、もちろんコースにいた人々の圧倒的多数がトム・ワトソンの勝利を待ち望んでいたに違いない、無論筆者もである。昨年のグレッグ・ノーマンに続き、今年の「ジ・オープン」全英オープンはもうすぐ還暦を迎えようという59歳のワトソンがなんと最終日、最終ホールまで単独トップに立っていたのだ。あとたった4打で上がれば、26年ぶりの全英オープンV、そして歴代1位タイの6勝目を掴みとれたのである。

昨年も同じことを書いたが、スポーツの世界で年長者が、それも峠をとうに超えたそれが、年少者を打ち破ること、それは奇跡と言っても過言ではない。どんな偉人でも、素晴らしいアスリートでも加齢という定めから逃れることはできない。しかし、その奇跡にワトソンは本当に、後一歩まで迫ったのだ。18番の第2打、あれはナイスショットだった。しかし、久々の晴れ舞台、体内のアドレナリンはみなぎりきっていたのだろう。歴戦の雄であるはずのワトソンの計算を狂わせてしまったのだ。そして、プレーオフになった時点で、残念ながらもう、ワトソンに勝ち目はなかった。本当に、久々に死力を尽くして72hを戦い抜いた老雄に、尚もエキストラホールを戦う余力を期待するのは、あまりにも酷というものであろう。

ラウンドレポーターとしてずっとワトソンの戦いに付き、その結末を目の当たりにした青木功は

「悲しい。」

と言った。勝負事で、同情されたら終わりとはよく聞く言葉ではある。ここまでの戦いを繰り広げたこと自体が、すでに奇跡、偉業なのかもしれない。しかし、勝負とはやはり最終的には、勝者以外に称えられることはない。なんとしても勝たねばならない、それがプロという世界なのである。もちろん理屈では、厳しい勝負の世界とは全く無縁の生き方をしている筆者とて知らないわけではない。しかし、あの場面で、恐らく最後のチャンスに違いない栄光をワトソンの手から奪い取る、勝負の神様というのがいるのだとしたら、それは随分理不尽で、残酷なことをするものである。

戦いが終わって今、筆者の中に残ったのは、悲しさ、虚しさ、そして持って行き場のない憤り・・・だけである。世の中とはやっぱり感動的にはできていないものなのだ、つくづくそう実感させられたひと時であった。

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2009年6月23日 (火)

「実力のパ」の時代?

交流戦が終わった。ジャイアンツは12勝9敗3分、まぁまぁというところだろう。06年の歴史的とも言っていい大失速のイメージが強く、ジャイアンツにとって交流戦は鬼門、苦手という評をいまだに聞くが、05年の交流戦スタート以来、あの年を除いてはすべて勝ち越している。

交流戦が始まる前は、はや独走の気配もあったのに、気がつくとヤクルトが2ゲーム差までに迫ってきている。いいタイミングというか、リーグ戦再開最初のカードでいきなり、両チームが激突するということもあり、マスコミは早くもざわめいているが、ついこの間まで6ゲーム差あったのを、ヤクルトが終盤7連勝で一気に詰めて来ただけであり、確かに決して気分はよくないが、それにしても、なんと言っても先は長い。これからまだまだ、熱い戦いは続いて行くということなのである。

最終戦は内海以下の投手が乱れての大敗であったが、交流戦を通じて投手陣はよくやったのではないか。ただ、途中の4連続延長戦に象徴されるように全体的に打線が低調で、得点能力が落ちているのは気がかりだ。一時の勢いはないものの、坂本は頑張っているが、あとの小笠原、ラミレス、亀井、谷といったところはその日暮らしというか、調子が安定せず、一向に調子の上がってこない李は不調なのではなく「衰えた」のではないかも感じさせられる。

そしてなにより、気がかりなのは打者阿部慎之助からめっきり迫力が消えてしまったこと。昨年の日本シリーズ、あるいは一昨年の五輪アジア予選のように短期間に爆発することはあっても、いよいよジャイアンツの4番を張るのでは期待させた頃の輝きはすっかり影を潜めてしまった。体調不良もあるのだろうが、なにより打席での姿勢が淡白になった。大田泰示は未来の大器を予感させるデビューを飾ったものの、まだまだ海のものとも山のものともわからず、中井大介はチャンスは与えられているが、昨年の坂本のような「何か」を原監督に感じさせないのか、短期間でファームに戻されることを繰り返している。そして高橋由伸がもはや絵に描いたモチと化してしまった現在、阿部に求められているものは大きい。李と違い、「衰えた」などと言われてはまだ困るのである。

投手の方も楽な交流戦日程に救われたものの、越智、山口プラス豊田にオンブに抱っこ状態にあまり変化は見られない。クルーンが無駄な張り切りがもとのケガで長期離脱、マイケルと西村健も一向に調子が上がらず、一軍復帰のメドがたたない現状では3人、特に他に後ろで投げるまともな左腕が見当たらないチーム事情から山口にかかる負担はべらぼうに重くなってしまっている。先発投手陣の奮起を改めて促しておきたい。

「人気のセ、実力のパ」という言葉がある。その昔、「巨人、大鵬、卵焼き」と言われ、多くの野球少年達が誇らしげにYGマークの野球帽をかぶっていた時代、「巨人にあらざれば、野球選手にあらず」というわけで、他の5球団はジャイアンツの寄生虫、パに至っては全くの問題外扱いだった時代、マスコミに取り上げられることもなく、ファンにかえりみられることも、ほとんどなかったパの選手達は「お祭り」と言われたオールスターゲームで、目の色を変えてセにそしてジャイアンツに戦いを挑み、そして圧倒してきた。そんな様子を見ながら、いつしか人々が

「実はパの方が強いんじゃねぇか?」

と思い出して、囁かれた言葉であった。しかし、実際には「夏の祭典」ではともかく、真剣勝負の日本シリーズともなると、古くは西鉄ライオンズ、少し下がって阪急ブレーブスや西武ライオンズが一時代を画した時期はあったにしても、ジャイアンツを始めとしたセ覇者の壁は厚かったというのが、現実であった。

ところが、近年明らかにその傾向に待ったがかかっている。日本シリーズは2002年にジャインツがライオンズを圧倒して以降は、2007年以外はパリーグのチームが制している。それもはっきり言ってほぼワンサイド、昨年のシリーズも互角のねじりあいに見えたが、まぁ正直あまり認めたくはないのだが、結局は最後は、ジャイアンツが力でねじ伏せられた感は否めない。

そして5年目を迎えた今年の交流戦はソフトバンクの連覇で終わり、これで始まって以来パチームの5連覇である、もっとも今年は5年目にして初めて通算対戦成績ではセが勝ち越したそうだが。

リーグを独走して、意気揚々と札幌に乗り込んだジャイアンツはいきなりパトップのポンハムの洗礼を受ける。怒涛の攻撃に為すすべなく連敗した姿を目の当たりにした筆者は

「こりゃ、パは強ぇな。」

といささかショックを受けたものである。そのあとすかさず楽天を連破して五分に戻したので大事には至らなかったが(話はそれるが、楽天を結局4タテしてやったのは痛快だった。野村克也という人物は大監督であることは間違いないが、それにしても球界長老の立場にある人間としては、あまりに発言に、自覚も節度もなさすぎる)選手の粒もなんとなくパの方がそろってるかなぁと思わされることが多々あった。

FA導入以来、他リーグやメジャーに活躍の場を求めるのは圧倒的にパの選手であった。主力を続々と抜かれ、失いながらも、めげずに選手を抜擢、育成した球団とその期待に応えてのし上がった選手、どちらにも雑草のような強さがあるのかもしれない、フッとそんなことを考えさせられた、今回の交流戦であった。

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2009年6月 4日 (木)

「なんだよ、2人してだましてたのかよ!」・・・(笑)

ダービーが終わった、競馬サークルの人々にとって1年の区切りは有馬記念ではなく日本ダービーなのだそうだ。ダービーが終わると

「今年も終わったなぁ、またこれから1年頑張ろう。」

と思うらしい。

それにしてもひたすら雨が降り続き、グチャグチャのコンディションだった今年のダービー。武豊騎手はブログで

「GⅠの馬場としてはタイキシャトルが勝った安田記念、いやそれよりひどかったのでは。」

と書いていたが、あの時はたまたまデートで八景島シーパラダイスに行っていて、何にも出来ずに帰って来た思い出があり、確かにひどい雨だった(そんな時、機転もきかず予定通りノコノコ行くから振られちゃうんだよね・・・)。あとはその前の年だったかキョウエイマーチが逃げ切った桜花賞あたりがパッと思い出されたが、どの道もう10年以上前の話である。

筆者が初めて馬券を買ったのは92年のJC、よりにもよってデビューにそんなレースを選ぶなんて、モノを知らないというのは怖いものである。そして翌93年から本格的に参戦と相成ったわけなのだが、その年のダービーは「記念すべき」筆者にとっての初的中レースとなった。3強と言われたウィニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンによる文字通りの激闘、そして鞍上は当時のビック3と言える柴田政人、岡部幸雄、武豊、すごいレースであった。結果的にではあるが、ラストチャンスをモノにして悲願のダービージョッキーの座に就いた柴田の執念と、そこに騎乗馬の持てる力をすべて発揮して立ちはだかろうとした岡部と武の好騎乗、ビギナー時代に見せられたプロの凄みはあまりにも衝撃的であった。以来もう16年、しかし筆者にとって、このレースを越えるレースは未だに現れていない。

初めて見たダービーがあまりにも劇的過ぎたこともあり、以来ダービーを予想する時だけは「ドラマ性」あるいは「騎手や陣営のダービーに対する思い入れの強さ」というファクターを考慮するようになった。なにせ、このレース体系がきっちり整備されている時代において、賞金が足りたからと、それまで全く別路線を歩んでいた馬が、突如として矛先を向けてくるなんてことが起こるGⅠは今や、間違いなくこのダービーだけだろう。勝ち負けになるならないは関係ない、まして自分の馬が割り込むことで迷惑を被る陣営があるなんていうことは全く考慮の外、とにかく出られる以上、参加しなければ始まらない、プロフェッショナルのはずの競馬人達に、そう思わせる魔力がある、それが日本ダービーなのだから。

前置きが長くなってしまった、そして今年のダービーである。「戦国」なのか、それとも「1強」なのか、焦点はそこにあった。皐月賞におけるアンライバルドの強さは圧倒的だった、あの力をまともに発揮されたら、他馬は顔色がないかもしれない。しかし、あの雨、そして大外枠、波乱要素は充分にあった。それにいろいろ惑星的馬はいるにはいた、しかし筆者の見るところ、結局は皐月賞で3強と言われた馬プラス青葉賞馬、この4頭以外はいらないように思えた。とすると勝つのはどの馬か?

申し訳ないが、岩田康誠がまだ勝つとは思えなかった。彼の出番はもう少し先、それに今年の彼はここ数年の中では決して乗れている方ではないのではないか。それでも勝つとしたらそれはアンライバルドが相当強く、このまま3冠を獲るくらいの器ということになる。3月にダービーのことを書いた時、実はアンライバルドの「ア」の字も書かなかった。つまりその時点で全く買っていなかったわけで、その不明を恥じるしかないのだが、しかしそれにしても3冠ロードを突っ走るだけの馬とはどうしても思えなかった。

その3月の時は正直、今年は横山典弘のものだろうと思っていた。ロジユニバースの力は他馬より、1枚上に見えたし、横山は年明けから絶好調、神がかった騎乗を見せていた。それよりもいい加減、横山に順番が回ってきてもいい頃だった。だが、皐月賞は全くの惨敗、原因がつかめず陣営が呆然としている有様では、こちらとしてもどうしていいかわからなくなる。

今回のダービーで多くの人が頭を悩ませたのは、このロジユニバースの取捨だったろう。2番人気でこれまた惨敗したリーチザクラウンはまだわかる、ワンパターンのレースしかできずに、それにはまらず自滅したということが。しかしロジに関しては、なんであんなに負けたのか、今でもキチンと説明できる人はいないはずだ。それだけに、結局この馬が2番人気に支持されたということは、見てる人はちゃんとみてるんだなぁと感心させられた。

リーチが人気を落とし、結果5番人気というのは仕方ないだろう。武は3年前のダービーでアドマイヤメインでなくアドマイヤムーンを選ぶという選択ミスで、つかめたかもしれない5勝目のダービーをみすみす逃した(と筆者は思っている)ことにより、当分、いやひょっとしたらもうダービーは勝てないと思っているのだが、管理する橋口弘次郎調教師のダービーに対する思いは、たぶん横山に負けないものがあるはずで、この馬の大駆けはありそうだった。アプレザンレーヴは強いと思った、セイウンワンダーの後塵を拝しての4番人気は納得できなかった。鞍上内田博幸はJRA2年目で、これも少しダービーを勝つには早いとも思うが、内田の時の勢いがあればいけるかもしれなかった。

今回のタイトルに借用した言葉は、ダービーの結果を聞いた同僚が思わず口にした言葉、偶然横に居た筆者は思わず吹き出した。(笑)というのは、筆者の行動である。馬券を買わず、岡目八目で適当なことを考えているだけの筆者に対して、実際に勝負をし、なにを買ったかは知らないが、見事に玉砕した同僚の悲痛な叫び。笑ってしまったが、同情もしてしまった。1、2番人気を背負いながら、揃ってふたケタ着順に惨敗したと思ったら、一転、今度はワンツーフィニッシュでは、それは文句を言いたくなる向きもあるだろう。

横山が

「勝てると思ってなかった。」

とインタビューで語ったそうだから、一転今回は本当に自信がなかったのだろう。それがあの圧勝、今更ながら競馬とは本当にわからないものである。逆にアンライバルドを始め、あの雨への恨み節は多いだろうが、それも競馬

「ダービーはその時に1番運のいい馬が勝つ。」

という古くからの至言を改めて実感させられる結果となった。

もちろん、ロジユニバースはやっぱり強かったのだと言うことが、改めて証明された結果でもあったし、リーチザクラウンが「3強」と言われるだけの力の持ち主だったこともアピールできた。アンライバルドともども順調に夏をすごして、是非にまた秋に力いっぱいぶつかり合って欲しい、期待したいものである。

ついにダービージョッキーの座を射止めた横山典弘、その喜びはいかばかりのものかと思うが、しかし少なくともインタビュー等では必要以上にはしゃぐでなく、涙を流すでなく、いつもクールな彼らしかったのは、さすがであった。岡部幸雄を追い落として関東リーディングを初めて獲ったのは確か95年だったのではないか。いよいよ武追走かと思われながら、その後、岡部にリーディングを奪還されるなど精彩を欠いたままの日々が続いて来たが、子息の競馬学校入学、そして内田というあまりにも大きな刺激剤の登場に、ついに覚醒した感がある。これからまた、凄みのある騎乗を見せてくれるのではないか。

ダンスインザダーク、エアシャカールに次ぐ3度目のダービー2着は横山と並ぶ歴代2位タイ。不調、冴えないといわれながらも昨年は3着、そして今年は2着。大舞台でそれなりの見せ場を作るのはやはりさすがと言うべきか、武豊。ダンスがフサイチコンコルドの末脚に屈して悔し涙を見せて以来、4度の栄冠を勝ち取った彼だが、ダンスの敗北に呆然と座り込んでいたとされる橋口師はこれまた3度目の2着。現役調教師最多のダービー出走馬を送り出しながらも、未だに遠い栄光。橋口の調教師生活も残り少なくなってきた、武は果たして橋口にダービートレーナーの座をプレゼントできるのだろうか。

今回のダービーで残念だったのは前人未到の3連覇がかかっていた四位洋文騎手がついに出走かなわず、戦わずして偉業への道を絶たれてしまったことである。プロの世界は弱肉強食、厳しいものであるが、そう言えば、先週6勝を積み上げて、武を引き離し、横山を抜き去った内田博幸がついに、全国リーティングに躍り出た。南関東で長らく続いた石崎隆之、的場文男の時代を終焉させた男がJRAでも武豊の一人天下に終止符を打つのか。なんとなく武の足取りがおぼつかない今、リーディングは、岩田、藤田、池添、松岡らを含めていよいよ群雄割拠の時代に突入したようである。

4戦連続延長戦、そのうち3試合が12回引き分けとは恐れ入った。今日の試合も全部見ていたわけではないが、打てないのも確かだが、ベンチワークも選手の動きもなんとなく冴えないねぇ。唯一の失点のきっかけとなった鶴岡の落球はお粗末の一言だし、延長11回、相手の投手がアップアップしているのに、ボール球をバントしてフライを上げるキムタクのとてもベテランとは思えないプレー。逆に、その前の回の無死二塁で売り出し中の坂本の打席とは言え、バントの気配全くなしというのはいかがなものか。そしてこれは今更、言っても、もう仕方ないのだが、あのクルーンの1人相撲はなんとかならんのか。12回、二死から8番バッターに四球、そして9番にヒットを打たれ、あわやサヨナラの危機、なんとか最後のバッターを抑えたものの、得意の天井ポーズしてる場合かよ、と言いたくもなる。

一時当たり始めたかに見えた阿部も李も、あっという間に失速。ラミレスもここ2年が出来すぎ、まぁこんなもんなんじゃないのという感じで、小笠原が孤軍奮闘しても追いつかず。なんか、高橋由伸が恋しくなってきちゃったなぁ・・・。

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2009年5月18日 (月)

「僕が苦しい時、いつもウオッカが助けてくれる。」

この土日の民主党代表選とそれに続く党役員人事はなんとも言い難い顛末であった。相手の党の面々がこぞって

「歓迎する。」

とのたまうような人物を一所懸命(?)に党首に押し上げようとしている姿は理解に苦しむばかりだったし、鳩山由紀夫なる政治家の力量を全く買わず、まして

「どの面下げて、代表選に出られるんだ。」

と思っている当方としては、岡田克也の健闘を祈るしかなかったのであったが、百票にも満たない得票では、どうにもなるまい。内輪の論理ばかりがまかり通るのは、決して自民党の専売特許ではなかったのである。

だが、驚いたのは、この結果を受けて一部マスコミで実施された緊急世論調査で、なんと鳩山が「次期首相にふさわしいのはどちら調査」で、麻生首相を10ポイント以上引き離したのである。まぁ回答トップは「どちらもふさわしくない」というオチがつくのだが、それにしても政党支持率でも、次期総選挙で比例区での投票先調査でも民主が自民を逆転あるいは引き離したのだから、やっぱり人間なんでも諦めずにやってみるものである(笑)。

要するに、このところの自民党の復調ムード、麻生の反転ムードはひとえに国民の小沢一郎に対する嫌悪感の裏返しでしかなかったということになる。一連の献金疑惑、更には代表選で報じられた彼の恫喝、強権的な票集めや日程決定などの様子を見ると、まさに往年の田中角栄そのまんま。これでは、国民から嫌われても仕方あるまい。

それでも、民主党内での「小沢信仰」は依然止まない。まぁその1番の信仰者が、後任代表になったのだから、当たり前なのかもしれないが、岡田新幹事長を差し置いて「選挙担当代表代行」とやらに推され、先任代表代行2人の「推挙」で3人の代表代行の中の「筆頭」ということで、鳩山新執行部に堂々居座ることになったのには、もはや開いた口がふさがらない。「筆頭代表代行」ということは、鳩山になにかあった時には、代わって代表職を務めるのは小沢ということであり、つまり事実上のNO2ということになる。降格と言えば、まぁ確かに降格ではあるが、それにしても・・・である。「代表」ならまずく、「代表代行」なら許されるという理屈が、どう考えても成り立つとは思えず、自民党やマスコミからは当然、ここを突かれ続けることになる。

前記、世論調査は当然この不可解というか、理屈に合わない人事の発表前に行われたはずであり、これを見た国民の反応はまた、変わってくることは充分予想される。衆院議員の任期満了まであと4ヵ月を切った、どうやら次期総選挙は、その時、たまたま運の良かった政党がきっと勝つのだろう。

ここ2週間は正念場だと思って見ていた。NHKマイルカップのブレイクランアウトとビクトリアマイルのウオッカ、恐らく圧倒的一番人気に推され、なおかつそれだけの力を持っていると思われる両馬で、ぶざまな競馬をするようなことになれば、これはいよいよ大変なことになる、たぶん本人もそう思っていたのでないか。

ところが、ブレイクランアウトは惨敗。確かに休み明けに実績がなく、枠にも恵まれなかったが、無理に抑えて惨敗という毎度のパターンを繰り返されては、文句の1つも言いたくなる。内枠に先行馬が揃い、ただでさえ差し馬には厳しいレースになるのは誰の目にも明らかだっただけに、イチかバチかなにか策はなかったのか。行って足をなくせば、それはそれで非難を浴びる、人気背負って無茶はできないという言い分もあろうが、結局負けるなら、せめてなにかしてよ、という気持ちにもなる。

そして今週、他に適鞍がないのだから、仕方ないのだが、本来ならもう牝馬限定戦に出てくるなんていうのは「反則」とも思える程の実績を持つ馬に乗る今週こそ、本当に負けは許されない。だが、昨年の同レースもそう思われながら2着に甘んじ、前走も全く不可解な敗戦だったと聞く。牝馬は急激にガタッと来ることがよくあり、この馬もひょっとしたら・・・。

結果は既にご存知の通り、やはり反則としか思えない強さだった。

「これで勝てなかったら、僕自身が競馬に対して不信感を抱きます。」

とまでブログに書いていた鞍上は、GⅠ勝利の後の得意のガッツポーズも出なかったくらいだった。

今日のタイトルの言葉は、レース後武豊騎手が語った言葉。勝って当たり前、また勝てると思いながらも、しかし心のどこかに湧き上がる不安を抑え切れなかったここ何日間かの彼の思いが伝わってくる。「不甲斐ない」、最近の武の騎乗ぶりを、何週間か前にとうとう筆者はこう書いてしまったが、多分1番そう思っていたのは武本人だったのだろう。昨年の秋天以来のGⅠ勝ち、その時のパートナーもウオッカ、重賞が勝てず、半年ぶりに挙げた勝利だった。そして今回も、外野がうるさく騒ぎ出した中で、やっぱりウオッカが勝利の女神となってくれた。こうして、武豊は辛うじて、そのメンツを保つことができた。

今週5勝を挙げた豊は、海外遠征で不在の岩田康誠を突き放し、内田博幸を捉え、ついにトップの横山典弘に2勝差と迫るリーディング2位まで浮上した。さぁいよいよ一気に定位置に・・・となかなか行かないのが今の豊。しかし

「これで僕も吹っ切れました。」

という本人の言葉がウソでないことを祈りたい。

週末のオークスは1頭強すぎる馬がいる上に、まぁ「武豊」の名前でなんとか騎乗馬が見つかったものの、まぁオリンピック参加に等しい。やはり、注目は次の日本ダービーである。

前人未踏の3連覇を目指す四位洋文騎手が、なんとお手馬の故障で参戦すら危ぶまれている中、どうやら豊はリーチザクラウンで皐月賞の雪辱を目指すことになったようだ。皐月賞の結果から、これもひょっとしたら一強?との声もあるが、別路線組で面白そうな馬が出てきてるし、ロジユニバースもこのまま黙って引き下がるとは思えない。そして、騎手も陣営も「吹っ切れて」、絶対逃げると宣言しているリーチザクラウン、豊のきっぷのいい逃げに期待したい。面白いレースにきっとなるに違いない、楽しみである。

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2009年5月 7日 (木)

「原辰徳」は非情か

今日でGWも最後だが、あいにくの雨。妻が体調不良でダウンしてしまったこともあり、予定していた外出もできず、結局1日家の中で、上の子の「ヤッターマンごっこ」に付き合う羽目になってしまった。

ジャイアンツは開幕直後に元気を戴いたおかげで今日の地位があると言える横浜との3連戦中。しかし打てないね、本当に打てない。当たっているのはラミレスと坂本くらい、その坂本も「8番」以外の打順じゃ冴えないんだよなぁ、なんて思っていたら9回にドカン!恐れ入りました。原監督は当分1番から外さないと明言していたようだが、2番松本とのニューコンビが定着できるか?ご贔屓の鈴木尚広は1番復帰直後のあの大当たりがウソのように、すっかり音なしとなってしまったし、李や阿部を差し置いて亀井が5番を打っている現実も厳しい。今日だって、本当なら一方的に勝っていても不思議ない展開だったのに、この辛勝。勝ちはしたものの、当分苦しい試合が続くんだろうなぁと思わされる一戦であった。

ところで坂本がサヨナラホームランを浴びせた真田裕貴というピッチャーは去年の今頃はまだ、ジャイアンツのユニホームを着ていた。昨日は46歳の「ハマのおじさん」、工藤公康が中継ぎでナイスピッチングをしたようだし、仁志敏久もファームで懸命に復帰に向けての調整をしているらしい。

テレビ中継もなく、肝心な場面を子供を風呂に入れていて聞き損ねてしまったこともあり、報道ステーションのスポーツコーナーにチャンネルを合わせると、上原浩治がKOされていた。ルールである以上仕方ないのだが、彼のメジャー行きはやはり3年は遅かった。ネットを開けば、西武に移籍した清水隆行が打撃不振でファーム落ちしたとの記事が飛び込んで来たし、そういえばこちらが獲ったM中村も期待外れのピッチングを繰り返しているが、交換で本ハムに行った二岡、林の消息もあまり聞かないような気がする。

原辰徳が堀内恒夫の後を受けて、ジャイアンツの監督に復帰してから早いもので、もう4シーズン目を迎えた。今触れた面々の他にも桑田真澄、小久保裕紀といった大物がチームを去って行ったし、門倉健、野口茂樹のように三顧の礼で迎えられながらも、全く期待に応えられないまま、早々にチームを離れていった連中もいる。パウエル、姜建銘なんて名前は、もはや多くのジャイアンツファンにとって記憶の彼方かもしれないが、彼らが上原と並んで「先発三本柱」と期待されていたのは、07年の開幕前、そんな古い話ではない。

改めて、今日の横浜戦のスタメン9人の内、原が監督に復帰した時点でジャイアンツのユニフォームを着ていたのは、高橋尚成ー阿部慎之助のバッテリーと亀井の3人だけ、李だってキャンプ直前に急遽ロッテを飛び出して来たのだし、脇谷も06年入団のルーキー、松本と坂本はまだ学生、小笠原もラミレスもその時点では、いずれ自分がジャイアンツのユニフォームを着ることになるなんて、きっと夢にも思っていなかったろう。そういえば、高橋由伸なんていい選手もいたが、今はどうしているのだろう、このチームは4年前には考えられないような別のチームになったのだ。

2002年、原の監督一年目のこの年、ジャイアンツは圧倒的な強さでセリーグを制し、パの覇者西武ライオンズに4タテを食らわせて、一蹴して見せた。その時、前出の真田は高校出の1年生として、ローテーションの一角を占め、8勝を挙げた。それから6年、シーズン途中でその真田を放出する事になった時、原は

「彼は私の監督1年生の時のドラ1、正直思い入れは大きい。」

とコメントした。しかし、その真田との交換で獲得した鶴岡一成という捕手のその後の存在感の大きさは、ここで書くまでもないだろう。

仁志が子供の頃からの熱烈なジャイアンツファン、そして原ファンだったことはよく知られている。仁志は原と入れ替わるようにジャイアンツに入り、そして背番号8を継承した。原の中で仁志は決して可愛くない存在ではなかったはずだ。だが、監督就任後、原は仁志をそれまでの不動のトップバッターから2番に配置転換する。そして仁志がそれに適応できないと見るや、すぐに8番に降格させ、2年目にはレギュラーからも外す。代わって抜擢されたのは鈴木尚広という足こそ抜群に速いが、ケガが多く、全く日の目を見ることなく、ファームでくすぶっていた中堅選手だった。2年のブランクを経て復帰した原は、仁志を信用せずに、ロッテから小坂誠を獲得、彼をレギュラーに据え、更にルーキーだった脇谷をサードからセカンドにコンバートして育てる姿勢を見せた。原に見限られた形となった仁志が希望して横浜に去って行ったのはその年、06年のオフだった。

仁志の2番は彼にその適性を見出したわけではなく、むしろ長嶋茂雄監督時代に不適な2番を打たされ、右投手専門バッター的扱いを受けていた清水をトップに据えることが主目的であった。清水は見事にその期待に応え、不動のトップバッターとして定着、当時イチローしか達成していなかった年間200本安打に迫ろうかという好成績を残した。だが、翌年にはケガでその輝きを失い、原復帰後もレギュラーとして扱われることもなく、ほぼ仁志と似た経緯でチームを去ったのは記憶に新しい。

その爽やかなイメージとは裏腹に、原の選手に対するコメントは結構手厳しい。特に期待の大きいに選手に対するそれほど、厳しくなっている。ジャイアンツのリーダー、クリーンアップとしてコーチ時代から期待していた二岡智宏など、随分言われていたが、しかし坂本勇人が急成長し、私生活でも不始末を仕出かしたこともあり、選手会長就任1年で異例のトレードとなった。桑田も工藤もそして江藤智も、決して望んでジャイアンツを去ったわけではない。小久保も強くは引き止められなかったし、上原以外、恐らく全員が原にわだかまりを持ったまま、ジャイアンツを離れていったのではないか。

だが、彼らに代わってジャイアンツのユニフォームを着た面々の見事さよ。ガッツ、ラミレスは言うに及ばず、クルーン、グライシンガー、豊田清、谷佳知。更に彼に引き上げられて、今ジャイアンツを担う若き戦士達、坂本、越智、山口、福田、東野、松本・・・。その一方で木佐貫、久保、金刃のようにまるで忘れ去られたかのように、置き去りにされる面々。野間口はそのボーダーラインにいるし、大エースとなるべき存在ながら、足踏みが続く内海哲也には「ニセ侍」なる名コピー?を浴びせかけた。

松井秀喜のチーム離脱に端を発したジャイアンツの低迷。これは相当、長引くと思っていた。が、今年は始まったばかりだが、ここまで安定した戦いを続け、とにもかくにも過去2年のリーグ制覇も達成している現状には、正直筆者は目を見張る思いがしている。情にとらわれず、切るべき人間は切り、金にあかせてと非難されようとも、必要な人材は獲り、そして有為な人材はためらうことなく抜擢する。組織を立て直すためにはかくあるべしという見本と言っては褒めすぎか?無論それは原辰徳1人の功に帰すものではないのだろうが、しかしもっと評価されてもいいのではないか。

申し訳ないが、原に切られ、ふつふつたる怨念を胸にチームを去った連中で、その後目を見張るような活躍を示した選手は、まぁ今のところ、皆無ではないか。原のジャイアンツを強くしようとするその方向性は、決して間違っていないのだと、改めて強くエールを送りたい。

今日のブログのタイトルは清武英利ジャイアンツ球団代表の著書「巨人軍は非情か」からパクらせていただいたものだ。雑誌に連載していたコラムを集めたというこの本は、なかなか読み応えがあった。さすが新聞記者という文章の巧さはもちろんのこと、時には熱く、時には辛く、そして時にはシビアにジャイアンツをそして球界全体の問題を語る清武代表の緩急自在の語り口に、すっかり引き込まれた筆者はあっという間に読み終えてしまった。著者がジャイアンツフロントということで、他球団のファンはもちろん、ジャイアンツファンでも敬遠する向きがあるかもしれないが、そういう色眼鏡は是非、捨てていただき、手にとってみては、と僭越ながら思っている。

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2009年4月28日 (火)

先発は気楽な稼業と来たもんだ?

牛、鳥と来てついに豚である。長年、自分達を食い荒らし続けた人類に対する鳥獣類の復讐・・・などと言うつもりはないが、「衛生」「除菌」そして「殺菌」へとエスカレートしていく一方の現代社会への痛烈なしっぺ返しの様相が濃い。怖い話である。

はて、今は何月だったっけな、と思わずカレンダーを見直してしまうような光景である。セリーグの貯金を独り占めする現在のジャイアンツではあるが、異常なまでに酷使されているリリーフ陣の頑張りの賜物であることは、言うまでもない。開幕してから、まだ1月も経っていないのに、繰り広げられている光景は、はやシーズン終盤、胸突き八丁の正念場といった風情である。当然の成り行きとして、早くもリリーフ陣は息切れ、崩壊の兆しが出て来ている、当たり前である。もっともこれは当方だけではなく、中日の岩瀬などは、土曜日に亀井にサヨナラホームランを打たれた時が7連投目だったそうな、とにかく異常である。

いつの頃からか、当たり前のように定着したプロ野球投手の「分業制」。野村克也に

「プロ野球の革命。」

とまで言わしめた「JFK」の登場で、それはいよいよ極まった感がある。

とにかく、6回までにリードを奪えば、あとは鉄壁の3投手がガッチリ締めて、相手に反撃の隙を与えない。9回を戦う間に、敵より1点でも多く、得点を挙げれば勝つことができるのが、野球というゲームのはずだったのに、それより3イニングも短い間に勝負をかけなくてはならなくなった相手チームは、いわばハンディキャップマッチを強いられているようなものである。後ろを充実させない限り、現代野球で勝利はない、他球団垂涎の的だった「JFK」は結果、各チームをリリーフ陣の充実に狂奔させることとなった。

ジャイアンツは06年西武の守護神豊田清を、更に08年には横浜のクローザーM・クルーンを迎え入れた。そして高橋尚成、上原浩治という先発投手を一時的に配置転換するという荒業もし、山口哲也、越智大祐という自前のセットアッパーも育て上げた。それだけではない、原監督が「鉄人」と呼ぶロングリリーフOKの西村健太朗が居て、ロッテ時代はJFKの向こうを張って、「YFK」トリオの一角を担ったベテラン藤田宗一を獲り、それでも飽き足らずに今シーズンは日本ハムからストッパーM中村を獲得した。豊田、クルーンそして中村と100セーブ以上を記録した投手が同時に在籍するという前代未聞の事態が現出し、かくして今やジャイアンツは、ほんの少し前まで、リリーフ陣の貧弱さに泣いていたのが嘘のような、分厚い布陣となった。

それが、今の快進撃の原動力になっているのは、もう繰り返すまでもないのだが、はて・・・なのである。現実には西村、中村は不調で機能せず、藤田も往年の力はなく、今やワンポイントが精一杯なのであるが、それでも山口、越智、豊田そしてクルーンの4人がフル回転して、チームを支えてきた。だが、その中で1番頑丈そうだったクローザーのクルーンが戦線離脱、他の3人も明らかに疲労困憊、おいおいまだ4月、シーズンは始まったばかりなのである。

ところで、現在のプロ野球は6連戦システムであり、従って先発投手は6枚いるというのが定説になっている。筆者もそれを当然のことと受け入れていたのだが、現在のジャイアンツの先発投手はS・グライシンガー、内海哲也、高橋尚成、東野峻、福田聡志と5人しかいない。当然足りないわけで、一昨日はグライシンガー、そして先々週は高橋が中4日でいって撃沈した。なんでこんな時期から先発を「酷使」しなくてならんのだと、昨年までなら原を批判したところなのだが、今年から趣旨替えした。きっかけは前監督堀内恒夫の著「バカでエースがつとまるか」を読んだことである。

内容は前のコラムでも引用した。その趣旨は

「今の先発投手はあまりにも優遇されていないか、いやだらしなさすぎないか。」

ということにつきる。かつてのエース達のように、完投するのが当たり前、場合によっては中1日で今度はリリーフなんていう時代に戻れと言っているのではない。メジャーの先発投手は中4日100球で回っている、ところがこちらでは中6日、それも100球あたりでフーフー言っている。5回を投げればまぁ試合は作ったとの評価で、あとはリリーフさんよろしくで風呂場へ直行なんて、あまりに甘すぎないだろうか。後の4回をなんとかすべく、リリーバー達は連日のように登板を余儀なくされ、たまに失敗すれば、それこそ罪人のように責めたてられるのである。これではリリーバー達もたまったものではないだろう。

火曜日に完投して、リリーフ陣を休ませたグライシンガーはともかく、内海、福田、東野の3人は若さの割りに降板が早すぎる。先発した以上、7回を投げるのは最低の義務と思って欲しい。いや、投げる意思はあるが、投げさせてもらえないという言い訳はむろん通用しない。自分のピッチングがだらしないという証明にしかならないのだから。

もっとも首脳陣にも我慢が足りないのも事実。先発が頼りないからリリーバーの負担が増えるのか、リリーバーに頼るから先発が育たないのかは、鶏が先か、卵が先かみたいな議論になってしまうのだが、JFKを擁した阪神もエース井川慶がいなくなったという事情もあるが、ロクな先発投手がいなかった。不安定な先発を見るに忍びず、自慢のリリーフ陣に手を伸ばしたくなるのは、わからないでもないが、ペナントレースが4月ひと月の短期決戦でもあるまいし、半年の長丁場をとても乗り切れない。昨年の阪神の驚くべき失速ぶりをまさか、見忘れたわけではあるまい。「明日はわが身」では困るのである。

ただでさえ手薄な先発陣から高橋が離脱。代わって野間口貴彦を上げるつもりだったようだが、思わぬアクシデントでいったん延期。何事もなければ、週の後半には戦列に加わってくることにはなろうが、更にゴンザレスあたりの補充も考えなくてはならないにしても、とにかく先発陣は踏ん張るしかない、中4日がたまに回ってきたくらいで悲鳴を上げているようでは困るぜ!と熱くゲキをとばしておこう。

にわかにふって湧いた形の千葉ロッテマリーンズの本拠地移転騒動は傍目から見ていて、よくわからない。ボビー・バレンタイン監督の今期限りの退任が、早々に決定しながらのシーズン突入という異例の事態がやはり、ごたつきの原因なのだろうか。チームもなにか歯車のかみ合わない戦いを繰り返している。ボビーファンとしては、事態が変な方向に進むことなく、彼に日本での最後のシーズンを飾って欲しいと願うばかりである。

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2009年4月21日 (火)

土俵際

あまりにも浮かれすぎて、昨日触れるのを忘れてしまったのだが、イチローの日本人最多安打記録更新は改めて偉業である。これまでの記録保持者である張本勲の目の前で颯爽と決めるあたりはさすが、役者である。思わぬアクシデントで出遅れてしまったが、9年連続200本安打という大記録に向けて好発進、これからの活躍に期待したい。

昨日の皐月賞後、武豊騎手の「コメント」が波紋を呼んだ。

「みなさんも見て、もうおわかりでしょうけど、この馬には(距離が)長すぎますよ。」

???・・・橋口弘次郎調教師をして

「この馬でダービーを勝てなかったら、もうどうやってダービーを勝ったらいいかわからない。」

とまで言わしめたリーチザクラウンにとって、皐月賞の2000mは長いと言うのである。ということは当然、2400mのダービーなんてお呼びでないということになる。気性の難しい馬とは聞いていたが、今まで距離適性うんぬんなどという言葉は、武騎手本人からも、周囲からも、そして報道からも聞こえてきたことがない。それがいかに惨敗の後とは言え、唐突に鞍上の口から出てくるとはどういうことなのか。自身のブログでは例によって

「順調、絶好調。」

とアピールしながら、手の平を返したような発言は、当然戸惑いや反発、そして一部には共感の声を巻き起こすこととなった。正直、筆者も突然何を言い出したんだと、目を疑ったが、その一方で、本当にこんなことを言ったのかという思いも、浮かんでいた。このコメントはラジオNIKKEIのホームページに載っていたのだが、不思議なことに他のメディアでは、そういう発言になっていないからだ。

そして今日、ギャロップ、サンスポ、スポニチあたりを確認してみたが

「みなさんも見てもうおわかりだと思いますが、この馬は逃げなきゃダメですよ。」

というコメントでほぼ一致していた。更に帰宅後、ネットを開いてみると、なんとNIKKEIのHPから距離適性に関するコメントが、バッサリ削除されているではないか。昨日の皐月賞で実況アナがゴール直前に

「また、安藤勝己だ!(実際に勝ったのは、言うまでなく岩田康誠)」

と絶叫するという大失態を演じていたが、それに続く誤報、ということなのだろうか。まぁ距離騒動は誤報としても、「逃げなきゃダメだということがわかったでしょう。」という少々投げやりとも聞こえるこのコメントも気になる。

リーチが大外18番枠と聞いて、とっさに97年の2冠馬サニーブライアンを思い出したのは筆者だけではないだろう。これは躊躇なく行くだろうな、と筆者は思った。そして実際、ちょうど休憩時間でワンセグで見ていた限り、リーチはイレ込みが激しく、とても抑えていける状況には見えなかった。これは遮二無二でも行くしかない、と思われたのだが・・・。実際の顛末は既にご存知の通りだ。他の行く馬がいたからか、控えることを選択し、折り合いを欠いた結果、全く見せ場もないままの惨敗である。

武のコメントは明らかに橋口師に向けられている。橋口師は、前走のきさらぎ賞前にも、控えた競馬をさせたい旨のコメントをしている。能力を過信して、気持ちよく逃げさせたら、ロジユニバースにぶっちぎりられた暮れのラジオNIKKEI賞の結果がよほどこたえたらしい。

対する武は、終始この馬の良さを殺してしまうだけという気持ちだったと思われる。結局、このギャップを埋めきることなく、レースに臨んだ結末がこれ、ということなのだろう。レース後、橋口は早々にダービーでの逃げを宣言したようだが、1度もつれた糸が、そう簡単にほぐれるかどうか・・・。

それに、はっきり言って馬や陣営のせいばかりにはしているわけにはいかないのだ。武豊の昨今の冴えない騎乗ぶりは一体どうしたのだろう。勝利数、勝率、連対率そして獲得賞金、どの数字1つとっても、そこに「武豊」が感じられるものはない。年明けから、神がかったような騎乗ぶりを見せていた横山典弘の勢いが、ここに来てピタッと止まり、差を詰めるチャンスにも関わらず、岩田、安藤、内田博幸といった面々が目立つばかり。気がつけば、すぐ後ろに福永祐一、松岡正海といった中堅どころがヒタヒタと迫ってきている。

とにかく不可解な敗北が多すぎる。昨年からずっと不利、不運そして「わからない」、しかしそれもここまで続くと、これは鞍上、つまり武豊自身になにかしらの問題があるのでは、と言わざるを得まい。安易に自分のミスを認めることは、プロとして決して正しいことではないとは思うが、しかしそれに対する対応策を本当に講じているのか、講じようとしてもできないのか、それとも本当になにもわからないままなのか。

競馬サークル内での武に対する信頼の低下が、最近目に見えてわかる。数は武豊の名前でそれなりにまだ集まっているが、騎乗馬の質が本当に落ちた。いわゆる「お手馬」といえる馬が本当に減ってしまった。そしてなにより騎乗馬が1番人気になることがめっきり減った、ファンももう「武豊」という名前に踊らなくなって来たのだ。そしてその数少ない人気馬でも勝てない・・・。

武豊の時代は終わった、ここ数年囁かれて来たこの言葉。しかし、なんと言っても武豊、そう簡単に王座を明け渡すことはないと思っていたのだが、さしも豊びいきの筆者もこの精彩のなさを見せつけられては、いよいよ今年が「Xイヤー」かと観念するしかなくなってくる。一時のように、後方待機から届かずというレースを繰り返すことはなくなったが、それでもレース展開の読みも仕掛けどころも、ペース配分にも往年の冴えが全く見られなくなってしまったのは、どういうことなのか。デビューからひたすらトップを走り続けて来た「勤続疲労」なのか、それとも達成感から「燃え尽きた」のか、それとも身体の具合でも悪いのか・・・。

思うように馬が集まらず、思うようにレースが運べず、そして思うように勝てない、その現実に1番苛立っているのは、間違いなく武豊本人だろう。が、今のまま、同じことを繰り返していても、事態が好転することはあるまい。このまま、沈没の道を歩むのか、それともどこかで反転攻勢に出るきっかけをつかめるのか、結局は本人の力次第でしかないのは言うまでもないのだが、

「重賞の武豊は迷わず切り。」

などとあちこちのブログに書かれたままじゃ、「武豊」の名がすたるんじゃないのかと思うんですがねぇ・・・。

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2009年4月20日 (月)

痛快、痛快

いやいや、とにかく痛快ですな。中日相手に見事3タテ、それも敵地ナゴヤドームでとくれば、余計である。いつまでこだわっているのだと、言われるかもしれないが、なんと言われようと今年は絶対中日だけは優勝させたくない。もっと言えば、CSにも出させたくない。とにかく、これからも中日には勝って勝って勝ちまくれ!

それにしても先週は5勝1分、今週は4勝1敗、開幕で広島にさんざんいじめられたのが、ウソみたいな絶好調ぶりである。1試合2本塁打で、復調気配かと思われた李承燁を次の試合、あっさりとスタメンから外したり、土曜日は伏兵寺内が決勝本塁打を放ったりと層の厚さも見せ付けて、早くも独走か、なんてついニマニマしてしまう。

が、浮かれてばかりもいられない。既にいろいろなところで指摘されているが、この快進撃の影で、中継ぎ、抑えの投手が相当酷使されている。移籍のM中村の調子が上がらないこともあり、越智、山口、豊田、クルーンの4人がフル回転を余儀なくされている。他球団垂涎の的であった阪神のJFKは既に解散、代わって我がチームの4人衆の時代到来と言いたいところだが、このペースで登板し続けけば、遠からずみんな潰れてしまうのは目に見えている。

リリーフ陣の充実度と先発陣の弱体度は表裏一体、宿命である。阪神もそうだったが、いい中継ぎ、抑えを持っていると、結局そちらへの依存度が高くなり、先発陣の力が付かないということになる。今のジャイアンツはただでさえ、先発が1枚足りない上に、みな安定性に欠ける連中ばかり。今日の試合もいきなり4点をもらいながら、3回しか持たなかった高橋尚成、前回アクシデントで降板した影響があったのかどうかはわからないが、中6日空けての登板で、この体たらくでは困ってしまう。

江川卓は、4人への負担を少しでも減らすには、彼らを勝ち試合限定で投げさせるしかないと言っていたが、言うは易けれどで、負け試合のロングリリーフ要員だった栂野はファーム落ち、代わって西村健太朗が上がってきたが、まだ本調子ではなさそう。中村は言うに及ばず、そうすると後はワンポイント要員の藤田だけということになる。結局は先発陣の奮起に期待するしかない。

「今の若い投手には投げたいという欲求がないのかな?先発なんて中5日も6日も空けてもらって、物足りなくないのかね?」

とはかつてのV9エース堀内恒夫前監督の言葉。そして更に

「肩は消耗品と言われれば、そうかもしれないし、メジャーの先発投手は確かに100球で降板するが、その代わり中4日で投げている。日本の投手はメジャーの優しい数字だけを取り込んで、それに甘えているんじゃないのかな?」

昔のようにガムシャラに投げ続けて、あたら投手寿命を縮めるのがいいと言っているわけではないが、という前置きの上での、この言葉、特に内海や東野にはよく聞いて欲しいと思うのだが。

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2009年4月 7日 (火)

「野球の神様」なんてやっぱりいない

「イチロー、神経性胃潰瘍で戦線離脱、故障者リスト入り。」

というニュースには驚かされた。WBCでの戦いが、どんなに選手とって過酷であったのかを、改めて思い知らされる形になった。国民注視の中で戦いで、思うようなパフォーマンスを残せないという重圧は、イチローほどのタフでプレッシャーに強い(と見える)男の神経をも蝕んでいたのである。改めて、侍ジャパンの面々に敬意を表するとともに、イチロー選手の1日も早い復帰を祈るばかりである。

そんなWBCの激闘が終了してから2週間、先週末に日本のプロ野球のペナントレースがいよいよスタートした。広島東洋カープを迎えて、3年ぶりに、本拠地東京ドームで開幕を迎えた我がジャイアンツの戦いぶりは、しかし残念ながら、お世辞にも褒められたものではなかった。試合の主導権を握りながら、それを守りきれずに逆転され、追いつかれの2敗1分。開幕3連戦で1つの勝星も挙げられなかったのは他は中日にいいようにあしらわれた横浜と、エースダルビッシュで開幕戦を落としたショックを引きずったまま、楽天に3タテされてしまった日本ハムの3チームだけであった。

いずれの試合も、じっくり観戦したわけでなく、あくまでニュースで見た限りなのだが、要は初戦はグライシンガー、2戦目はM・中村、そして3戦目はクルーンを悪者にすればいいということになる。グライシンガーの替え時が遅いと、ナベツネや滝鼻オーナーは吼えていたそうだが、この2人はよほど原辰徳が嫌いらしい。原のやること為すことにいちいちケチをつけて、うっとうしい限りなのだが、開幕投手の重みがわからないのなら、観戦になど来ない方がいいだろう。上記3人がいずれも外国籍選手であることから、ジャイアンツには「日本力」が足りない、あるいは活かしていないとか、中村、クルーンの乱調から早くも「抑え崩壊」などという論調まである。負けている以上、なにを言われても仕方ないのであるが、まぁかしましいものである。

別に昨年、開幕から5連敗し、なおかつ一時は首位チームから13ゲームも離されていたのを逆転したから、余裕をぶっこいているつもりはないが、それにしてもまだ始まったばかり、慌てる必要なんてない。中村は打たれたが、明らかに緊張していたね。まぁ仕方がない、ああいう場面で使う為に、獲った投手なんだから、また今度ということだ。クルーンはまぁ、あんなものなのかぁ。横浜時代から、決して安定性のあるクローザーではなかったが、昨年終盤からのドタバタぶりは、ちょっとひどいね。もうちょっと様子を見たいが、逆にオープン戦メロメロだった越智が、見違えるようなピッチング。豊田、山口を含めたリリーフ陣の再編は、視野に入れておいた方がいいのかもしれない。

投手ばかりが言われているが、この3連戦ははっきり言って打者の責任だよね、まぁ打てないね、いやヒットは出るけどつながらない。ただでさえ、重戦車みたいな人たちの集まりなのに、走塁ミスが加わっちゃ、どうしようもない。だからこそ、お前達がしっかりせねばどうにもなるまいということで、昨日原監督から1、2番コンビが槍玉に挙げられたんだろうが、この1番亀井、2番鈴木という並びはどうなのかな?というより昨年の大逆転劇の原動力だった「1番鈴木」をなんで替える必要があるのだろう。

アルフォンゾという選手を、結構喜んで獲っていたような気がするが、動きが悪い、守備範囲が狭いということで、開幕2戦目から早くもベンチに下げられた。一体、わざわざテストで呼んで、なにを見ていたのだろう。

投手に戻ると、西村健太朗の先発転向もうなづけない。甲子園で鳴らした投手だが、成績を見る限り、明らかに先発より後ろの方に適性があるとしか思えない。結局、調子が上がらず、開幕2軍スタートと、なんかやってることがちぐはぐのような気がしてならない。これはやはり大事な時期に監督がチームを離れたことが、影響しているのだろうか。

WBCで横浜の村田が怪我をした時、とっさに頭に浮かんだのは、実は

「横浜の開幕の相手ってどこだったっけ?」

だったのである。そして、それが中日だと気づいた時に愕然となった。

ナベツネは

「11球団が結束したおかげで、WBCで優勝できた。」

と痛烈な皮肉を浴びせていたが、いろいろなご意見はあろうが、中日のあの態度は筆者にはどうしても許せない。あんなチームがのうのうと、今年優勝するなど、俺が許しても「野球の神様」が許さない、そう思い込んでいたのだが、ところがである。

激闘の代償に4番打者を失った昨年のダントツ最下位チームは、予想通り完敗。世間の冷たい視線にも我関せず、黙々とチームを鍛え上げてきた落合中日の敵ではなかった。あいつの薄ら笑いが目に浮かんできて腹が立つ。もし、中日が優勝でもしてしまったら

「WBCにも踊らず、じっとチームを鍛え抜いた落合監督の名手腕」

などと賞賛する記事が出てくるのだろう。

そうだ、「野球の神様」なんて所詮はいないのだ。この世界は実力あるのみ、自力で落合に吠え面をかかせるしかないのだ。WBCで疲れました、チームを把握できませんでしたなんてのは、言い訳にもならない。ただ、戦うのみである。

ジャイアンツは明日から、なんと横浜戦。とにかく全力を尽くして叩きのめすのみ、ここでつまづいているようじゃ、お話にならないよ。

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2009年3月26日 (木)

歓喜の余韻、そして決別

一夜明けた今日のテレビも、侍JAPAN一色だったと言っていい。

様々な映像、コメントが流され、筆者もそれを見まくったが、1番印象に残ったものを上げるとしたら、イチローの決勝打が出た直後に大写しになった韓国監督のなんとも言えない複雑というか、無念というか、後悔というか、とにかく表現し難い表情だった。

彼の口はなにやら動いていた、もちろんそれは韓国語でつぶやかれていたはずなのだが、筆者には

「しまった、やっぱりやられたか。」

と言っているように見えた(笑)。

試合後のコメントで彼はイチローとの勝負を避けるよう指示したことを明らかにし、しかしその指示が徹底しなかったことを認め、そしてそれが敗因だったと語った。

この時、韓国は主戦捕手が既に退き、若い第2捕手がマスクをかぶっていた。そしてその彼に監督の指示はサインで伝えられていた・・・らしい。が、問題はその指示内容

「くさいところを突いて、カウントが悪くなったら歩かせろ。」

つまり、明確な敬遠指示ではなかったことだ。こういうあやふやな指示が生んだ悲劇は、野球史上、本当に枚挙にいとまがないだろう。更に、この指示そのものが、若い捕手にどうやら理解されなかったらしく、韓国バッテリーは真っ向勝負、岩村の不可解な盗塁で一塁が空いたにも関わらずだ、そして打たれた。

「理解できない。」

とまで監督は述べていた。伝え聞くところによると、韓国でもこのWBCでの監督人事は迷走を極め、脳梗塞をわずらっているにも関わらず、見るに見かねて現監督が引き受けたという経緯があったのだそうだ。病を押して、激闘を続けてきた彼に、自らマウンドに向かい、いやせめてコーチを走らせ、指示を徹底するという配慮というか気力がなかった・・・というのは言い過ぎかもしれないが、一瞬ポッカリ欠落してしまったのだろう。魔が差したというのは、まさにこういうこと。この場面を含めて、前にも書いたが、「野球というのはミスした方が負け」ということを改めて何度も思い知らされた大会だった。

それにしても、最初に見た時が、ワンセグの小さな画面だったので、完全には伝わって来なかったのだが、改めて見ると、あの内川のファインプレーはほとんど奇跡的としか言い様がない。イチローは最後に自分に神が降りてきたと言っていたが、あのプレーこそ神がかっていた。急増外野手だった内川、こういうのが裏目に出ることは多々あるのだが、あの時は内野手が本職だった彼でなかったら、あのプレーは絶対に生まれていなかっただろう。そして村田が健在だったら、あの試合、内川がレフトを守っていることもなかったかもしれない。村田の離脱を誰よりも惜しみ、悲しんだ内川。しかし、その離脱が、彼の一段の飛躍を生んだのは、皮肉な現実である。同点に追いつかれ、裏攻撃の韓国絶対有利になりかけた状況で、いきなり突破口を開いてくれたのも彼。プレーだけでなく、数々のコメントでも我々を楽しませてくれた内川。今夜、各局をハシゴして出まくっていたのは、この内川と青木の2人だった。ある意味、この大会は内川の為の大会だったと言ってもいいのかもしれない。

あのまま、サヨナラ負けしたら、日本に帰ってこられないようなことになりかねない状況で、ダルビッシュはよく抑えたね。自らまいた種と言われればそれまでだが、しかしあそこで、次の打者を何事もなかったかのように三振に切ってとったあたりは、やはり只者ではない・・・って当たり前か(笑)。更に帰国前の共同記者会見で、田中のマー君が

「次は背番号18を背負えるよう頑張りたい。」

と堂々と松坂に挑戦状を叩き付けた(笑)。前回の大会後は3年後のこの大会に呼ばれるような選手であり続けたいと明言したイチローが、今回は次回大会へ参加を問われて

「4年後なんて生きているっていう保証もないじゃないですか。」

とはぐらかした。紛れもなく、この2大会のJAPANの顔であったイチロー、そして現代の侍としてJAPANの重しであり続けたガッツ小笠原、この2人も4年後には39歳、生きているかは冗談にしても、現役選手であるという保証はない年齢でなる。やはり同期の松中は、既に今回の戦いの輪にも加わることが出来なかった。日本プロ野球にも、確実に世代交代の波は押し寄せている。

そして、原辰徳である。王貞治は前回、シャンパンファイトの前に

「諸君は素晴らしい。」

となんとも彼らしい古風な言葉で選手を称えた。そして今回、原は

「お前さん達は、」

と来た。時代劇か落語に出てくるおかみさんかい、と突っ込みたくなったが

「強い侍になった、おめでとう!」

と続けた言葉には感銘を覚えた。

そして、帰国後の記者会見での第一声

「我々は世界一になって帰って来ました。」

という台詞を放った原辰徳はたまらなくカッコよく、そして凛々しかった。一足先に帰国せざるを得なかった村田に金メダルをかけ、そしてがっちり握手をかわしたシーンにも感動した。だが、その一方で原はこうも言った。

「今日、この記者会見を最後に私は侍JAPANを卒業させていただきます。」

歓喜の時から一夜明け、帰国の途に付いた侍JAPANの中にイチロー、松坂、岩村、福留のメジャー勢の姿は当然なかった。司令塔城島健司に至っては、シャンパンファイトの後、早々に自軍のキャンプ地に旅立ち、帰国前の共同記者会見にすらもう、姿を見せなかった。そして成田に降り立ち、記者会見が終われば、この1ヶ月余り、共に熱く戦い抜いた男達は、山田久志、高代延博、伊東勤、与田剛の4コーチを除いて、みな、自らのチームに帰って行く。来週末には、日本のペナントレースはセもパも開幕するのである。まさに「今日の友は明日の敵」、前大会の時にも思ったが、プロの世界というものはなんと厳しく、そしてすさまじく、しかし清々しいものなのか。

王の言葉を借りれば

「野球って本当に素晴らしい。」

それを実感させてもらった1ヶ月余りだった。この思いを消さないようなペナントレースでの熱闘を期待したい。

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2009年3月25日 (水)

VIVA! SAMURAI!!

日本は押しに押していた、普通なら楽勝していてもおかしくないゲーム展開。しかし、どうしても決定的なダメージが相手に与えられない、そしてついに9回に追いつかれてしまう。だが、結局はこういうことなのか、そう思うしかない結末が、その直後に待っていた。それまで不振を極めていた男が勝利を引き寄せる決勝タイムリーを放つ。

「僕はやっぱり何かを持ってますね。」

破顔一笑、そうだ、やはりイチローは「イチロー」だったのだ。

もう1人の男は、やや、自嘲気味にこんなコメントを出したと言う。

「もう少しね、うまい監督なら、もうちょっと点がとれたでしょうけどね。」

原辰徳監督は選手に救われた。この決勝戦、原監督の打つ手はことごとく裏目に出かけた。苦手左腕攻略の為の「4番城島」は全く機能せず、村田負傷の穴埋めに急遽呼び寄せた栗原のスタメン抜擢もチャンスにゲッツーで実らず、本来の守護神藤川を使わずに、代わってマウンドに上げたダルビッシュが同点にされた。あのまま、負けていれば原への風当たりはいかばかりのものになっただろう。だが誤解してもらっては困る。あくまで、この決勝戦に限った一現象の話である。この連覇という偉業を掴み取ったのは、原辰徳監督のゆるぎなき信念と、ただひたすらに前を見続ける一途なまでのひたむきさの賜物なのだ。

決勝ラウンド進出をかけた韓国との今大会3度目の戦いは完敗だった。特にイチローの不振は目を覆うばかりだった。ただひたすらに凡ゴロを転がし続ける打撃からは、輝きも誇りも失せてしまっていた。次のキューパとの2度目の対戦は侍ジャパンが始めて直面する、あとのない戦いになる。負ければ、その時点でリーグ敗退、連覇は夢と消える、短期決戦、一発勝負の怖さである。

なにか手を打つ必要があった。点をとらなければ、野球というゲームに勝利はない。そして、今その障害になっているのがイチローであることは、誰の目にも明らかなことであった。

筆者はイチローを外すべきだと思った。既に原の当初の構想であった3番から1番に彼の打順は変更されていた。アメリカに行けば、イチローは変わる、その確信に満ちた期待とは裏腹に、イチローの調子は一向に上昇の気配を見せないでいる。イチローほどの選手に「打順降格」はない、彼ほどの選手に求められるものは最前線での戦いか、それに臨めない場合はベンチである。とにかく、カンフルを打って、キューバ戦を乗り越える。1試合外すことによってリフレッシュしたイチローをまた、次の試合から使えばいい。

しかし、原はやらないと思っていた。どんなに不振でもイチローはイチロー、ジャパンの看板である。その彼が、例えどんな状態であろうと、外すとなるとそのリアクションはどんなに大きいか、使った方が、よほど「リスク」が少ないのである、指揮をとる立場としては。

そして実際、原はイチローを使い続けた。安直な選択をした、と言っては酷かもしれない。結果として、もしあの時イチローを外していたら、決勝戦での彼の決勝打はなかっただろう、外れた時点でイチローは終わっていただろう、チームも終わっていたかもしれない。チームリーダーとはどんな存在なのか、その選手をどう扱えばいいのか、原辰徳はやはりよく知っていたのだ。

その一方で、他の選手のセレクトには容赦なかった。前回大会の4番打者松中が、コンディション不良と見ると、あっさり最終選考から外した。長打力不足を指摘され(事実、アメリカに渡った後の6試合でホームランはとうとう内川が放った1本しかなかった)、本当なら松中の長打力はのどから手が出るほど欲しかったはずなのだ。攻撃的2番と侍ジャパンの売り物の1つだった中島が発熱すると、スパッとスタメンから外し、守護神藤川の調子が上がらないと見るや、ダルビッシュを後ろに回した。松坂、岩隈が抜群の安定感を誇る一方で、若いダルビッシュの投球内容にバラつきが目立ったところからの、思い切った配置転換だった。そう言えば、あれだけこだわっていたメジャーリーガーの起用も、最終戦では福留を外してしまった。こだわりから、なにもかもが後手に、裏目に出た星野ジャパンを反面教師にしたかのような、采配ぶりだった。

そういえば、今回のジャパンチームはついに「原ジャパン」とは呼ばれなかった。筆者はそれも勝因の一つだと本気で思っていたのだが、実はそれは原のこだわりだったということを、先ほどのテレビで初めて知った。

「私は前任者達の域に達するような存在ではない。」

というのが原のコメントではあったが、北京五輪で「○○JAPAN」と監督名を冠して呼ばれたチームが、ことごとく惨敗を喫したというのは動かしがたい事実である。これからのジャパンチームの名前としてずっと使っていけるであろう、このネーミングを編み出したのが、誰かは知らないが、その発想の原点に原がいたという事実は決して忘れてはならないだろう。

今回の原を取り巻く空気は、お世辞にも暖かいとは言えなかった。もともとたらいまわしになった挙句に回ってきたお鉢、決然と引き受けたら、「身の程知らず」的な雰囲気に包まれてしまった。自分のチームのことは棚に上げて、ひたすら原の采配ぶりや、ジャパンの戦いぶりをあげつらうことで、マスコミの寵児になってるような輩までいた。しかし、原は見事に、その信念を貫き通して、結果を残した。心から喝采を送りたい。

3年前、日本は見事に初代WBC王者に輝いた。だが、筆者にはずっとわだかまっているものがあった。韓国に負け越して、ガタガタ言われているのも、癪だったが、それ以上にひっかかっていたこと、それは「アメリカととうとう決着がつけられなかったこと」である。

ボブ・ディビットソン(こいつの名前は一生忘れねぇなぁ)による世紀の「大誤審」と言われるあの判定、なんとみんな人がいいのだろう。あれは断じて「誤審」などではない、あれは明らかにアメリカを勝たせようとしたいわば「謀審」である。審判ともあろうものが、あそこまで明白な不正を白昼堂々とやってのけた。あいつはそれも2度やった、そしてそれでもアメリカはルールに泣いて、2次リーグで敗退していった。そして、こちらは優勝、野球の神様は見ていてくれたのだろう。しかし、それで収まるものではなかった。確かに、あれで日本は勝ち越しただけで、最終的にあの試合に勝てたという保証はないし、小笠原、岩村、青木ら前回も出場していた選手達は、今回の対アメリカ戦前に、もう済んだこと、関係ないとコメントしていた。が、当方はそんなサバサバしたスポーツマンシップなど、持ち合わせてはいない。そして決勝リーグ初戦、ヨタヨタしながらもあいつらは勝ち上がってきた。3年越しの、少なくとも筆者にとってはようやく訪れた「リベンジ」の機会である。

アメリカの監督はデーブ・ジョンソン、打撃コーチはレジー・スミスとジャイアンツファンとしては懐かしい顔が並んでいるが、今日ばかりはそんなことは関係ない。とにかく勝ちたい、勝って3年前の屈辱を晴らし、堂々と決勝で韓国と5度目の決戦をしたい。

先発の松坂は、いきなり先頭打者にホームランされたものの(そう言えば、3年前のキューバとの決勝戦でも、先頭打者に一発食らっていたよな)、あとはつけ入らせない。だが、やっぱりきわどい球はことごとくボールにされる。なんで球審がアメリカ人なんだ、いい加減にしろ!しかし、先に崩れたのは向こうの先発だった。以降の経過を詳しく書くことは避けるが、まぁ完勝と言っていい内容だった。「歴史的勝利」とも人は言うが、それはともかく、こちとらの溜飲が下がったのは確かだった。

松坂のMVPは本人は謙遜していたが、誰も異存はないだろう。3度の登板はまず、全く危なげなく完璧、エースとはかくあるべきというお手本のようなピッチングだった。投球内容では、更にその上を行っていたのが岩隈。勝ち運に恵まれず、MVPは松坂にさらわれたが、投球制限のあるWBCで今日の決勝戦で8回途中まで投げたのは驚異的と言っていい。それに比べて、ダルビッシュは若さを出したが、この経験がいよいよ彼を無敵の大投手に高めて行くだろう。第2先発という難役を見事にこなして見せた杉内、田中のマー君の小気味よいピッチングは、出番は少なかったが印象に残った。山口も与えられた仕事をきっちりこなしていた、数字が示す通り侍ジャパンの投手陣は鉄壁、その力は他国から群を抜いていた。

イチローは苦悩し続けた1ヶ月だったろうが、それでも最後にああいう仕事をするところが天性のスター、ヒーローなのだろう。ガッツ、稲葉のベテラン2人も存在感があった。村田の北京とは全く変わった姿は、新しい日本の4番誕生を思わせた。途中リタイヤはただただ残念だったが、早く治して、今度はハマスタで、ドームであいまみえましょう。青木は天才、イチローの後継者は彼しかいない。内川は階段をまた1歩上がった、横浜の顔になる日も近い。中島、片岡の西武勢は慣れない打順、慣れないポジションにもめげず、結果を出した。前回のレギュラーから今回サブに回った川崎は、しかし腐ることなく、少ない出番で確実に結果を残した。3年前はアメリカ移籍初年で泣く泣く辞退したが、今回は見事な司令塔ぶりを見せた城島、下位打線で地道につなぎに徹してくれた岩村・・・みなさん本当にお疲れ様でした、そしてありがとう。

韓国との一連の戦いは文字通りの「死闘」だった。正直言って、選手個々の力はこちらの方が、かなり上ではないか思う。しかし、それでもいざこういう戦いになると互角以上の戦いになってしまうのか、それは日本ではとうの昔に時代遅れ、ダサいものとして捨て去られ、忘れ去られてしまった「精神力」「根性」「執念」といったものを、韓国はチームとしても個々の選手としても旺盛に持ち合わせているからなのではないかと、今回しみじみと考えさせられた。今回は、それを日本の選手の能力が辛うじて抑え込むことができた。しかし、次回もそうできるのか、その保証はどこにもない。ただ、この両国の激しいつばぜり合いはきっと、世界の野球関係者やファンの心に強く、焼きついたに違いない。

第2回WBCは日本としては最高の形で幕を閉じた。再び世界一となった「侍JAPAN」、しかし、その戦いを振り返った時、1つの疑問は湧く。韓国5試合、キューバ2、アメリカ、中国各1、これが侍JAPANが今回戦った相手のすべてである。これで果たして「ベースボール世界一」を本当に名乗れるのか?日韓戦は確かにいい試合ばかりだったが、それでもさすがに最後は見る方も、そして戦っている当事者達もやや食傷気味であったことは否めない。そして、他ならぬ主催国アメリカで今ひとつ盛り上がらない現実、第3回に向けて、運営上の課題はまだ多い、いやこのままでは先細りになりかねないという懸念すらある。アメリカをいろいろな面で、どうやってもう少し「本気」にするか、知恵を絞っていく必要がある。

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2009年3月17日 (火)

侍、好発進!

書きたいことはいろいろあれど、世間の動きに筆者の更新速度と能力が全く追いつかない(苦笑)。とりあえず、今日はこの話題を外すわけにはいくまい。

日本時間16日早朝5時から侍ジャパンの第2ステージ初戦があると知ったのは、実はほんの2、3日前のことだった。その日は遅番だから、試合をゆっくり見ても充分出勤時間には間に合いそうだったし、苦手の早起きも、こういう為ならなんとかなりそうだ。それでも、なんとなく観戦に迷いがあったのは、前回WBCでまともに見られた唯一の試合が、やはり同じ第2ステージ初戦の対アメリカ戦だったという「嫌な思い出」があったからだ。

この試合のことは多くの方が苦い記憶として留めているだろう。例のインチキ審判に勝ちをもぎとられた試合である。俺は見ない方がいいんじゃないか、あんたがかついでもしょうがないだろうと言われてしまいそうだが、筆者はこういうゲンをどうしても気にしてしまうのだ。

結局、無理して起きずに、目が覚めた時点から見ることにして、目覚ましもかけずに床に入った。どのくらいたったか、フッと目を覚まして、時計に目をやると、なんとまだ3時半。冗談じゃないと、懸命に眠りに就こうとしたのだが、こうなると眠れない。仕方なく、5時から張りきってお付き合いすることにした。そして、結果はと言えば、まぁすでにご承知の通り、早起きは三文の得、であった。まずは完勝、あくまで今日の試合を見る限りだが、キューバも大したことねぇなというところであった。

3年前のアメリカ戦はイチローの先頭打者ホームランなどでいきなり3点を先制したものの、後はアメリカの圧力を肌で感じながらのヒヤヒヤ観戦。ブレッシャーにヘロヘロになりながらも、なんとか先発の上原が守り抜いたリードを清水直行以下の後続陣が守りきれず、謀略審判のあざとさに激怒させられた挙句、藤川が打たれてジ・エンド。日本を応援していた立場からすれば、なんの救いもないゲームだった。

翻って今日の試合はといえば、全く危なげなく、安心して見ていられた。評判の164kを投げるとかいう相手の先発投手も、とんだ評判倒れだったし、全体的にキューバは投打共に精彩を欠いていた。

もっともこちらも明らかにコントロールに苦しんでいる相手をイチローがフルカウントからボール球に手を出して助けてしまったり、小笠原、内川の連続走塁ミス、更にはイチロー、城島の連続落球と結構間抜けなプレーをしていたのだが、相手もお付き合いというか、それ以上のミスを連発してくれて助かったという面はある。2回、相手のバッテリーエラーで点が入らなかったら、あのあとのスムーズな攻撃があったかどうか。こちらの落球はいずれもファールゾーンだったが、向こうは太陽で飛球を見失ったら二塁打になってしまった。今日はツキもこちらにあった、まぁ野球は大きなミスをした方が負けという、当たり前のことが再認識された一戦だった。

もちろん、ツキや相手のミスだけで勝ったわけではない。先発と4番の差が大きく明暗を分けたのも間違いない。当方はメジャーリーグに興味がない為、松坂という投手を久々にじっくり見たのだが、西武時代とは完全に別人のようになっていたね。投球フォームからも、投球自体からも力感というか、無駄な力がすっかり抜けて、しかしいざとなると相変わらず凄い球が行っていた。侍ジャパン首脳陣のチョンボと現所属チームの横槍で、実戦登板から遠ざかり、不安も伝えられたが、どうしてどうして、さすがとしか言い様がない。

そしてその、ただでさえ手ごわい敵の大エースを助けていたのがキューバの4番。1次リーグの対オーストラリア戦での起死回生ともいうべき代打逆転本塁打を買われての4番起用だったようだが、これは完全に裏目に出た。一昔前まで、助っ人として日本にもよく来ていた、パワーはあるが穴も大きい荒っぽいタイプのバッターで、この手の打者を料理するのは、日本バッテリーはお手のものを言ってもいい。

対する当方の4番は2回にしっかり追加点となる犠牲フライを上げ、ダメ押しタイムリーも放っていた。2年連続セの本塁打王でありながら、いまいち信頼感に欠け、当初は原構想では5番だったが、力で4番をモノにした。今回のジャパンのメンバーの中では唯一に近い長距離砲だけに、収まるところに収まった感じだ。1981年のオールスターで当時の西本幸雄監督にパの4番に抜擢され、それを機に日本を代表する打者に成長して行った落合博満の故事を思い出した。

更に言えば選手の意識というかベンチワークというか、そこにも差を感じた。敵の荒れ球投手を揺さぶり、粘り、球数を投げさせ、イラつかせて自滅に追い込んだ日本に対し、松坂相手に、策を弄することなく、真っ向から向かってきたキューバ打線。まぁそちらの方が「サムライ」らしいと言えなくもないが、工夫がないとも言える。球数制限を利用してやろうなどという気はハナからなかったようにしか見えず、おかげでこちらは松坂を6回まで引っ張れた。これは本当にありがたかった。そして2番手には先発三本柱の一角であるはずの岩隈を1イニングながら投入する手堅さ、あとは馬原-藤川の必勝リレー。まぁ、もちろんこれでキューバ組し易しとは言うつもりない。現に東京では初戦にあれだけ大勝した韓国にキッチリお返しされているのだから。しかし、必要以上にキューバを恐れることはなくなった。

次の相手は前大会で大変お世話になったメキシコがもう少し、頑張るかと思ったが、韓国があっさり勝ち上がり、早くも3度目の日韓戦である。勝てば、準決勝進出決定、是が非でもここで決めたいものである。

対韓国戦の鍵ははっきりしている。3年前の大会、そして北京五輪の予選、本戦そして今大会の2戦、日本の投手陣はほとんど打たれていない。打線が爆発すれば勝ち、そうでなければ競り負けるという傾向が明らかだ。要は打線が点をとれるかどうか、それにかかっていると言っていい。となると韓国に大勝したあの試合を除いて、ほぼ沈黙しているイチローとずっと沈黙している福留孝介という2人のメジャーリーガーの不振はどうしても気にかかる。アメリカに来ても、一向調子が上がる様子のないイチロー。福留は前回大会も不振で後半はベンチに下げられた。と言ってチーム結成当初は絶好調だった稲葉も調子落ちで、うまくいかないものがある。ガッツ、岩村に当たりが出て来て、中島が風邪でもすかさず片岡がフォローに入れるなど他はうまく回っているだけに、とにかくこの2人。後は今日はガッツがDHだったが、司令塔城島の存在感はもはや外せず、捕手としての出番はほぼなさそうな阿部慎之助をなんとかラインナップに加えて、打線を強化したい。さて、原監督の構想はいかに。

次の試合は日本時間18日のお昼から。ラッキー、今度は休みじゃないかと喜んだが、考えてみたらお彼岸で墓参りに行かなくてはならない。よし、それならご先祖様にも力を貸していただいて、侍ジャパンの勝利をみんなで祈ろう!

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2009年3月12日 (木)

関東の意地、横山の悲願

四位洋文、四位洋文、石橋守、武豊、安藤勝己、M・デム-ロ、武豊、角田晃一、河内洋、武豊、武豊。この騎手名の羅列が何を意味するかは、競馬が好きな方ならおわかりだろう。日本ダ-ビ-を勝った騎手、いわゆる「ダ-ビ-ジョッキ-」を新しい順から遡ったものだ。昨年は四位騎手が史上2人目の連覇を達成、今年は前人未到のダ-ビ-3連覇に挑む。また史上初の連覇達成者の武騎手の名が4度出てくるのも、やはり目を引く。

そしてこれらのジョッキ-に共通するのは、外国人騎手のデム-ロを含めてすべて関西を主戦場にしている「関西所属騎手」だということだ。この次にようやくサニ-ブライアンでダ-ビ-を逃げ切った関東所属の大西直宏の名前が出て来る。1997年のことだから、もう12年前、干支が一回りしてしまった。この後は、藤田伸二、小島貞博、南井克巳とまた関西所属騎手の羅列が始まり、1993年のダ-ビ-ジョッキ-に柴田政人の名が刻まれている。

「ダ-ビ-を勝てたら、騎手を辞めてもいい。」

2着に入ったことすらなく、あまりにも遠いダ-ビ-ジョッキ-の座に、こんな悲痛な叫びすら上げたと伝えられる柴田。それだけに19回目の挑戦でついに彼がその座を射止めた時、競馬ファンは万来の拍手を送った。そして結果として、これが名騎手柴田政人にとって本当に最後のダ-ビ-になってしまったのである。この顛末はなんとも切ない。

この柴田の同期生で、56歳まで現役として活躍した岡部幸雄。彼が残した3年連続を含む計6回のダ-ビ-2着というのは、恐らく不倒の珍記録として競馬史に残るであろう。そして、長く競馬界に君臨した岡部ですら、ダ-ビ-はあの皇帝と呼ばれたシンボリルドルフでの1勝しか上げられなかったという事実は、ダ-ビ-ジョッキ-への座が、特に関東所属騎手にとってどんなに、遠く厳しいかを物語っている。そして2005年3月、岡部が惜しまれつつタ-フを去り、翌年末に大西がステッキを置くと、とうとう関東からダ-ビ-ジョッキ-は姿を消すことになってしまったのだ。

少し前に行われた今年初のGⅠレ-ス「フェブラリ-ステ-クス」、東京競馬場で行われたこのレ-スに結果としては回避されたものの、あわや関東所属馬が1頭も出られなくなるかもしれないという事態が発生した。西高東低といわれて久しい日本中央競馬だが、いよいよそれも極まった感がある。ダ-ビ-も大西の乗っていた馬は関東所属馬だったが、柴田の騎乗馬ウイニングチケットは関西馬。関東馬のダ-ビ-制覇は90年のアイネスフウジンまで遡らなければならず、ここらへんの時代になると筆者にとってはもう「歴史上の出来事」でしかない。

騎手の世界は長らく武豊の1人天下が続いているが、調教師の世界では関東所属の藤澤和雄調教師がトップに君臨して来た。ところが昨年、藤澤師は重賞未勝利に終わり、長らく維持して来たリ-ディングの座も、関西の新鋭池江泰寿師に奪われてしまった。関東最後の砦すら、ついに陥落してしまったのである。

ところが、である。今年の雲行きはちと違う。騎手リ-ディングは年々勝ち星を減らし、いよいよ王座転落の危機を囁かれる武騎手が、ケガもあって年明けから出遅れ。2月に入って重賞を3週連続で勝ったり、1日に特別レ-スを3連勝したりと、ようやく例年のような独走態勢に入ったかと思われたが、クイ-ンCで大本命ミクロコスモスをぶっ飛ばしたあたりから様子がおかしくなって来た。なかなか勝ち星が上がらず、関西リ-ディングでも先行勢を捉えられない。勝率2割を切っている現状は彼としては不合格、騎乗数はともかく、騎乗馬の質が明らかに低下しており、今後の見通しも厳しいものがある。

その武を引き摺り下ろすのは関東の内田博幸か関西の岩田康誠という地方出身勢というのが衆目の一致するところであったが、現実に今、リ-ディングトップを快走しているのは横山典弘、とにかく、今の横山は手がつけられない。独走横山の後は混戦だが、2位は内田とこれも関東勢。関西勢に待ったをかける勢いだ。

岡部のダ-ビ-2着6回を不倒の珍記録と書いたが、この記録にひょっとしたら挑戦?できそうなのが横山。この人、GⅠでやたら2着が多いので有名だが、ご多分にもれずダ-ビ-でも現役最多の2着3回を記録している。そしてこの横山の頭を長年抑え続けているのが、誰あろう武豊その人なのである。

誰かが「横典の天敵」と書いていたが、横山にとっては実感かもしれない。武は目の上のたんこぶ以外の何者でもなかった。横山の2着の多さは彼のレ-ス戦略の凄さの証明と言われているが、その彼の腕を持ってしても、武の牙城は崩せなかった。しかし、ついに今年、時は来た・・・かもしれない。既に重賞5勝、勝ち星でも豊に10勝以上の差をつけている横山が手に入れた「リ-サルウエポン」、それが先日の弥生賞圧勝で堂々、今年の牡馬クラシックの主役に踊り出たロジユニバ-スである。

皮肉にもロジのデビュ-戦の手綱をとったのは武だった。そして札幌2歳Sを横山の手綱で勝つ。この報を聞いた豊は

「これであの馬はもう、自分のところには戻らないな。」

と惜しそうにつぶやいたと言う。ロジの将来性に、武ほどの騎手が気づかぬはずがない。そしてその武の懸念が現実となったのが、暮れのラジオ日経賞だった。クラシックの登龍門とも言われるこのレ-スに武は大本命リ-チザクラウンで臨んだのだが、結果はロジに4馬身差の完敗を喫した。それまで、リ-チを中心に回っていくと思われていた09牡馬クラシック戦線の様相は一変した。

悠々と冬場休養に充てたロジに対して、名誉挽回とばかりに厳冬のきさらぎ賞に駒を進めざるを得なくなったリ-チはここで圧勝するのだが、ロ-テ-ションの順調さは比較にならない。そして、今のところ逃げでしか結果の出ていないリ-チを挑発するかのように、横山はロジで弥生賞を逃げ切って見せた。自他とも認める「弥生賞男」ながら、今年は騎乗馬がなく、阪神でこの様子を見ていた武はなにを思ったのだろうか。

皐月賞からダ-ビ-はこの2頭の一騎打ちとの呼び声は高まっている。すくなくとも皐月賞はその様相が濃い。だが、ダ-ビ-はどうだろう?武には共同通信杯-NHKマイルの異例のロ-テ-ションでダ-ビ-を狙うブレイクランアウトというもう1頭のお手馬もいるし、フォゲッタブルという隠し玉もある(笑)。また、牝馬戦線で敵無しと見られるブエナビスタもダ-ビ-参戦の噂があるし、まだまだ大物感漂う馬が何頭かが、虎視眈々とダ-ビ-戦線に名乗りを上げようと狙っている。

96年、ダンスインザダ-クという大本命馬を擁しながらもダ-ビ-を勝てなかった橋口調教師は

「この馬でダ-ビ-を獲れなかったら、もうどうしていいかわからない。」

とまで惚れ込むリ-チを皐月賞へ直接ぶつける。はっきり言って

「皐月賞はダ-ビ-の叩き台。」

と言ってるに等しい。一方のロジは正攻法のロ-テ-ションで、ダ-ビ-どころか3冠を狙う立場に立たされた。管理する萩原師もオ-ナーもテンションが上がっている。そして誰より

「僕の馬が1番強い。」

と言い続け、1番人気で臨みながら敗れ去った90年のメジロライアンとのダ-ビ-から19年の月日が経った。直接対決でも、前哨戦でもあれだけ完勝した以上、横山は相当の自信を持っているだろう。ついに武に一泡ふかせられる、横山は意気込んでいるはずだ。今や勢いは明らかに横山の方にある。

浮き足立つ両陣営、その中でただ1人冷静な男がいる、他でもない武豊。日本で1番ダ-ビ-の勝ち方を知っている男、そしてわずか1戦とは言え、彼がロジユニバ-スに跨っているという事実はこの戦いにおいて決して軽視できないのではないか。更に横山は「秘策」ともいうべき逃げを事前に披露してしまった。これが果たして武の緻密な騎乗戦略にどうインプットされたか。なにやら高度なレベルの一騎打ちが見られそうで今からワクワクして来るが、内田、安藤、岩田、四位といった連中もただ指を加えて見ているとは思えない。豊がリ-チでダ-ビ-に臨むとしたらブレイクには必ずこの4人の誰かが乗ってくるはずだ。これはますます目が離せない展開になりそうである。

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2009年2月 3日 (火)

球春到来

ついこの間まで、やれ年末だ正月だとバタバタしていたような気がしていたのだが、1月という月はなにか瞬く間に過ぎていってしまい、あっという間に2月。プロ野球12球団は1日に一斉にキャンプイン、いよいよまた、野球の季節が始まった。

昨日のスポーツ主要4紙のうち、日刊を除く3紙がジャイアンツの大型ルーキー大田泰示を一面に取り上げた。ジャイアンツに久々に現れた華のあるスター候補かもしれない。だが、考えてみれば、大田は甲子園出場もなく、昨年のドラフト直前になってにわかに脚光を浴び始めた感が強い。それがここまで騒がれながらのキャンプインとなったのは実は「松井効果」もしれない。

松井秀喜が去って、早いものでもう7年。その間、彼の代名詞ともなった「背番号55」は一時期を除いて欠番扱いになっていた。その封印を解かせた大田という選手はどれほどの選手なのか、ファンはそんな形で大田に興味を持っているような気がする。だが、それでもいい。プロは注目されてなんぼ、彼がマスコミやファンを宮崎に引き寄せてくれることは、本人にもチームにも決してマイナスにはならないはずだ。

もう1人の注目は原辰徳監督その人だ。ジャイアンツとWBCの監督という過酷すぎる二足のわらじを履くことになった彼の一挙手一投足はしばらく注目を集め続けることになる。WBC代表候補のキャンプインまで、もう2週間を切った。各地のキャンプ地で代表候補達がキャンプ初日とは思えないような動きを見せているという。みんな気合が入っている、その意気、よしである。原にとってもいくら時間があっても足りない日々の始まりである。

10年間、エースとしてチームの大黒柱であり続けた上原浩治の姿はもう宮崎にはない。昨年、選手会長に就任し、チームを牽引して行くはずだった二岡智宏も、生え抜き野手最年長だった清水隆行も新天地へと去って行った。キャンプ開始前日の1月31日、原は集まった選手を前に

「昨年までの2連覇は忘れよう、このメンバーを礎に、今年から5連覇を目指す。」

と訴えた、その意気また、よしである。生まれ変わろうとしている今年のジャイアンツの中で、注目選手を1人挙げろと言われたら筆者はためらうことなくこの男の名を挙げる。

「辻内崇伸、21歳、4年目、ポジション投手」

である。辻内も鳴り物入りで入団して来た選手である。だが、ケガに泣き、ここまで泣かず飛ばずのプロ野球人生を送って来た。ヒジの手術から2年、そろそろ眠れる大器が目を覚ましてもいい時期だし、また目を覚ましてもらわなければ困る。

内海哲也とグライシンガー以外は横一線の競争と言われる今年の先発陣、まずは二軍からなどとは考えずに、辻内には一気にここへ殴りこみをかけるぐらいの意気込みを見せて欲しい、チャンスは充分あると思う。今年から背番号が15から39に「降格」になったが、永久欠番の間に挟まれたこの番号は、ジャイアンツでは決していい番号とは言えない。筆者は辻内の為には、むしろよかったと思っている。

とにかく筆者は辻内のあの見るからに負けん気の強そうな面構えが大好きなのだ。是非、今年を背番号39が東京ドームのマウンドで躍動する「辻内元年」にしてもらいたい、期待してまっせ!

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2009年1月30日 (金)

第一人者の焦燥

「腰抜けと一緒に戦争するのも、大変だ。」

と言い放ったのは亀井静香国民新党代表代行だそうだ。「腰抜け」とは無論、野党第一党たる民主党のことである。あたら好機を逃し続け、間の抜けた戦略を立ててはスカを食らい続けている体たらくをハタで見ていて、歯がゆくて仕方ないのだろう。

「衆院議員の任期は9月、この国会は政権を追い込む最後の国会なんだ。国民の為に何もしない政権を力づくで倒しても、誰も文句を言わない。行儀の悪いことをしたら、国民から支持されないなんて思ってたら永久に政権なんかとれない。」

まことにもってごもっとも、我が意を得たりとはまさにこのことである。民主党はこのまま口を開けて待ってさえいれば、「政権」というご馳走が天から降ってくると信じているのだろう。冗談ではない、政権死守への自民党の執念をまさか知らないわけではないだろう。今、自民党は定額給付金さえ配ってしまえは、絶対に流れが変わると信じている、いや信じ込もうとしている。その感覚自体、既に笑うしかないのだが、それはともかく、その為に二次補正関連法案が成立する前に、給付金を配ろうという話が浮上している。相手は、思ってもいないような知恵を出して、懸命になっている。

一方の民主党は山岡賢次国対委員長の違法献金問題、岩国哲人衆院議員の不可解な次期総選挙出馬断念となにやら嫌な雰囲気が出始めて来て、麻生の引き延ばし戦術もまんざらではないような気配もある。民主党はいい加減、本当に腹を据えないと、取り返しのつかないことになると、ここで最後の警告をしておきたい。

本題に入りたい。昨年暮れからの武豊騎手の行動は首をひねることだらけだった。右手首の骨折からわずかひと月で復帰した時は、その驚異の回復力を賞賛する声がある一方で、本当に大丈夫なのかという疑問の声もまた、強かった。重賞を狙い撃ちしての、1日一鞍限定でのいわば「強行復帰」はしかし、1勝もできず不発に終わった。

それはまだいいにしても、まずかったのは、年明け早々手首の痛みを訴えて、再びリタイアしてしまったことだ。翌週からすぐまた、乗り始めたものの、豊は本当に治っているのかという不信感を競馬サークル内外に植え付けてしまった。

結果論ではなく、あの年末の復帰は明らかに時期尚早だったということだ。上記の再リタイヤの原因はただ痛みがぶり返したわけではなく、返し馬で落馬したからなのだが、それも結局は右手の抑えがきかなかったからという見方は成り立つ。

復帰を強行した大きな理由は、「乗りたい馬がいるから」ということらしいが、万全の体調で復帰しなければ、あとで禍根を残すくらいのことを、あのクレバーな武騎手がわからないはずかないだろうと思うのになぜ・・・という疑問を禁じえない。結局は武騎手の「焦り」がすべての根底にある、そう言わざるを得ない。

武騎手が少なくてもここ十数年感じたことがなかったはずの「(騎乗)馬を奪られる恐怖」、今彼はそれをヒシヒシと感じているのではないか。だから居ても立ってもいられずに、無理を承知でターフへ飛び出しているのだ。

2005年、ディープインパクトと共に颯爽と三冠ロード駆け抜けたあの年をピークに、武の成績が下降線をたどり出したことは、既に多くの人が指摘しているところである。原因は様々考えられるが、要は武に伍するだけの騎手が、JRAに次々と現れたからだということにつきるだろう。今までなら、彼が長くベッドに臥せっていても、お手馬はみんな「健気に」武の帰りを待っていた。だが今は、彼の不在の間に、そのお手馬は他の騎手達が嬉々として、奪い取って行くだろう。いや、不在でなくても、彼が選択を誤れば、もうその馬が彼のもとに帰って来ることはない。昨年、彼から乗り替わった馬が続々と他騎手の手綱でGⅠを制した事実が証明している。

いや、もっと深刻なのは選択の機会すら、徐々に奪われつつあることである。カネヒキリとヴァーミリアンのケースがいい例、カネヒキリ陣営は武の意向を確認するまでもなく、ルメールを鞍上に据えた。カジノドライヴだって、ドバイ挑戦をぶち上げて、ケント・デザーモを呼ぶという。武がウオッカで同時期にドバイ遠征していることを無論知らないわけではないだろうに。

2年前、ある雑誌に武のインタビューが載った。その年、スタートから武は絶不調、岩田康誠にリーディングで大きく水を開けられ、一時は逆転は絶望視された。しかし驚異的な追い込みで秋には逆転、ちょうどそんな時期のインタビューだったと記憶する。年明けからの不調の原因を問われて、武はこんな風に答えている。

「この年になると、技術的にはいい意味でも悪い意味でもそんなに大きく変われるものではありません。エージェントうんぬんという話もありましたが、もし騎乗数や騎乗馬の質が落ちているとすれば、これは僕の騎乗パフォーマンスの問題ということになりますね。」

この言葉は今見ると考えさせられる、今の武の環境をものの見事に言い表しているではないか。

今週からいよいよ「全快宣言」をして、騎乗を絞っていたのを止め、バリバリ乗ると武は宣言した。

「でも依頼があまりないんですけどね。」

こうジョークを飛ばしたとある記事では書いてあったが、これは恐らく武の本心の嘆きだっただろう。かつてなら、彼が乗ると言えば、騎乗馬は向こうから寄って来たはずだ。だが、土曜日の東京は3鞍、同じ日にやはり東上する岩田の乗鞍数と比較すれば、その少なさがわかる。ケガ明けで信用されていないことも大きいだろうが、今の岩田と武の評価の現われと見るのは少々言いすぎだろうか。

武豊は明らかに悪循環に陥っている。復帰を焦らず、じっくりケガを治せばよかったのに、休んで少々馬をとられたって、天下の武ではないか。また依頼はいくらでもあるはずだ。なのに、信用を失うようなことをしてしまった。ただでさえ、「脱豊」がサークル内で少しずつかもしれないが、進んで来ているというのに・・・。

前記の「いい意味でも悪い意味でも技術的にはそんなに変われない」というのもウソだ。豊も今年の3月でついに40、肉体的な衰えがないはずがない。このところ相次ぐ落馬はその1つの証明なのかもしれない。

誇り高い彼は認めたくないのだろう、自らの地歩が揺らいでいることを、自分より若くそして上手いかもしれない騎手がいることを。そしてNO1は今も、これからも俺なのだと声高らかに言いたいのだろう。

彼は本当に「プロ」だと思う。飽くなき向上心、貪欲なまでの勝利へのこだわり、そしてなによりも「馬乗り」が大好きなのだろう。請われれば、どんな競馬場にでも足を運ぶ、そしてそうして自分が足を運べば、その競馬場の売り上げが上がることを誰よりも知っている。競馬の繁栄の為なら、進んで客寄せパンダになるのである。その姿勢には頭が下がる。将棋の羽生善治同様、彼はまごうなき「第一人者」である。だが悲しいかな、人間はどんな偉人でも年をとる、加齢による肉体の衰えは人によって差はあれど、どうすることもできない。

今、武豊に必要なのは「現実を見つめる勇気」なのではないか。二十代や三十代前半とは違う自分がいる現実、更に幾多のライバルの出現で、もういい馬を独り占めできる環境にはないという現実、その中でどうやってトップの座を守っていくか。一人舞台から「追われる身」となった今こそ、第一人者たる武豊の真価が問われるのではないか。

それができない限り、彼は早晩トップの座から陥落することになろう。その兆候はすでにあちこちに出て来ている、だからこそ焦っているのだろうが、その意味でもあのケガのあとはじっくり療養してほしかった。身体を治すのはもちろん、冷静に自分を見つめ直せる恰好の時間となったと思うのだが・・・。

しかし、今更それを言っても仕方がない。こうなった以上、彼が為すべきことは、いみじくも彼が言っていた通り「いい騎乗パフォーマンスを見せる」ことしかない。その為に為すべき事はなにか、今の自分にあった新たな騎乗スタイルを見つけることなのか、新しいエージェントを探すことなのか、それとも、なりふり構わず自ら営業して、新たな人脈を作ることなのか・・・それは筆者にはわからない。

「騎手には驢馬は走らせられない。」

と言ったのは、他ならぬ武騎手自身だが、このままでは「武はいい馬に乗ってるから勝ってるだけ」という長年の中傷を肯定することになりかねない。申し訳ないが、武騎手の前途はこのままでは、かなり厳しいと思う。そんな筆者の下司な思いを吹っ飛ばすような騎乗を是非期待したい。

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2008年12月 3日 (水)

そして、また新たなる戦いへ

12月になった、師走である。今年も残すところ、ひと月をきった、そして日本のプロ野球も短いシーズンオフに突入した。2009年の新たな戦いはまた、すぐにやって来る。

日本シリーズの間、ずっと嫌な気持ちがしていた。勝敗の推移が、あの筆者にとって悪夢としかいいようのない1983年の巨人-西武のそれと全く同じだったからである。

今から四半世紀も前の話になるが、あのシリーズは激闘に次ぐ激闘、サヨナラ試合の応酬となり、球史に残るシリーズと称されたが、いくらいい試合をしても、負けてしまえばこちとらとして、嫌な思い出にしかならない。

そして、あの時とおんなじ星勘定で、今年のシリーズも第5戦でジャイアンツが王手をかけた。25年前は、そこから西武球場での2戦に連敗して、逆転負けを喫したのだが、今回はこちらのホームに戻っての2戦、まさかと思ってはいたのだが・・・。

第6戦は完敗、そして迎えた最終戦。ジャイアンツは「幸先よく」2点を先制した。あの日、筆者は仕事だったが、どこからか情報を仕入れてくる同僚が逐一、経過を報告してくれる。余計なことを、全く仕事に集中できん!その上、2-0とは・・・。あの時もジャイアンツは7回表まで2-0で勝っていた、がその裏、不調のエース江川に代わって、獅子奮迅の熱投を見せていた西本聖がつかまり、ついにテリーに走者一掃の逆転タイムリーを浴びてジャイアンツは敗れた。そして今年、悪夢は繰り返された・・・。

正直に書けば、日本シリーズに勝てないなんて、全く考えていなかった。あの苦しいペナントを、CSを勝ち抜いたジャイアンツが「西武ごとき」に負けるわけがない、そう信じきっていた。奇跡としか言い様のない大逆転V、そしてシリーズ直前のドラフトでは、相思相愛の東海大相模の大田を見事に引き当てていた。どう見ても今年はジャイアンツの、原辰徳の年だとしか思えなかった。にも関わらずあの結末とは・・・。

監督就任1年目にして、頂点を極めた原辰徳。しかし、その後の道は苦難の連続である。2年目はチームがバランスを崩して敗れ、球団とケンカ別れのような形で退団。2年の浪人を経て、復帰したものの、最初の年はとにかくスタートダッシュと意気込み、それを達成したもの、その反動からか、チームは急速に失速、最後はAクラスにすら残れなかった。翌年はなんとかリーグ制覇を果たしたものの、導入初年となったCSに惨敗して、赤っ恥をかき、そして今年はあと1歩が届かず、日本一奪還は夢と消えた。1つずつ、階段を上がっていく、その姿は、それにしても少々律儀すぎる。

だが、あまりの派手な逆転劇に、筆者はすっかり忘れていた。昨年、筆者はこう書いていた、来年以降のジャイアンツは苦しい、これからしばらく苦難の道が続くだろうと。そうだ、このチームはまだ、再建途上のチームだったのである。

日本シリーズの相手となった西武ライオンズというチームを見て、驚いたのは、投も打も、出てくる選手のほとんどが生え抜きの若手だったことである。その力の結集に、ジャイアンツは最後に押し切られた。

翻って当方はどうだったか、若い力は確かに存在した。そしてそれなりの結果は残してくれた。が、西武の主力達には、残念ながら及ばなかったし、そんな敵の「若造達」の前に立ちはだかって欲しかったこちらの主力勢のあまりの不甲斐なさは、泣きたい気持ちになった。

と言って今更、ラミレスや小笠原を責める気にはならない。シーズンほどの輝きは確かになかったが、彼らは精一杯戦ってくれた。問題は、他のジャイアンツ生え抜きと言われる連中の存在感のなさである。

あの日本シリーズは負けてはならなかったし、また負けるはずがなかった。最終戦だって、8回が始まる時点で、1点差で勝っていたのだ。あとはベンチにいる投手を総動員してでも、その1点を守りきればよかったのである、投手は有り余るほどいたのだから。それをしなかった原の采配が非難されるのは仕方なかろう。だか、それはそれとして、その「有り余る投手」の中に上原浩治の名も高橋尚成の名もなかったことが、今年のジャイアンツを象徴していた。

原の采配ミスを指摘する声は多い、李を戦犯視する向きもある。それはそれで、当然かもしれないが、あえてはっきり個人攻撃させてもらうが、あのシリーズの流れが完全におかしくなったのは、第6戦、満を持して先発させたはずの高橋尚の背信としか言い様のない無様なピッチングに他ならない。王手をかけて、ホームで投げるのに、あんであんなピッチングになるのか、筆者には全く理解できない。高橋はシーズン最終盤でも同じような醜態をさらした。その時も書いたかもしれないが、負けるにしても負け方というものがある。無論、試合には勝ったとは言え、第5戦でわずか3イニングしかマウンドを守れなかった上原も、もはや「エース」の称号にふさわしい投手ではなくなった現実を露呈していた。

彼らだけではない。高橋由伸はなんとシリーズ開始前にリタイヤしてしまったし、二岡智宏も清水隆行も、その姿を見せることはなかった。阿部慎之助もとうとう代打、DHの出場しかできなかった。今年1年、彼らの影はあまりにも薄かった。

原監督がことある毎に言う「強い選手」に、彼らが全くふさわしくないことが、図らずも露呈した1年だった。大型補強ばかりをする、生え抜きを大事にしないと、ジャイアンツは批判され続けてきたが、はっきり言えば彼らがもっとしっかりしていれば、大型補強なんかしなくていいのである。ジャイアンツが、真の強いチームに生まれ変わるには、もはや暗黒の時代を背負った彼らを切り捨ててでも、血を入れ替えていくしかない。これが、筆者がシリーズを見て思った実感であった。

ただ、言うは易いが、それはなかなか難しい。彼らを切り捨てることは、確実に戦力ダウンにつながる。若手の抜擢は必要だが、若い力は未知の魅力がある反面、確実に成長してくれるという保証が全くない。昨年終盤、救世主としてVをチームにもたらした野間口貴彦、脇谷亮太、加藤健といった連中の中で、今年1歩いや半歩でもその進化を見せてくれた選手がいただろうか。だが、現実は遥かに先に行っている。強いジャイアンツを、若い魅力的なジャイアンツを作る、という強固な意思の下、走り出している。

可能性がなかったからとは言え、ジャイアンツはFAした上原を引き止めるそぶりすら見せなかった。そして、二岡、清水を立て続けに放出、逆に今までは必ずダボハゼのように参戦していたFA戦線には、早々に不参戦を宣言した。なんたる様変わりか。

大型補強を、それも大して成功しないそれを飽きずに繰り返して、金をドブに捨ててきたジャイアンツから育成選手上がりの新人王が出たことは、痛快だった。今年のジャイアンツには山口、越智そして坂本とチームに3人も新人王候補がいた。いずれもバッティングしていなければ、新人王をとってもなんら不思議のない成績だった。

「育成のジャイアンツと呼ばれるようになりたい。」

2年前に、清武球団代表がそう言った時には、ファンである筆者ですらせせら笑ったが、こう見事に結果を見せられては、今はただ頭を垂れる他はない。

ジャイアンツは間違いなく、新たな歴史を作る為の第1歩を歩み始めた。果たして、それを貫き通せるのかどうか、その前途に注目して行きたい。

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2008年11月26日 (水)

早すぎた年の瀬

ちぐはぐな1年だとは思ってはいたが、こんな結末が待っていたとは・・・。2週連続の落馬、競走中止。今度は右手骨折のおまけつきで、以降の騎乗はすべてキャンセル。かつて彼が見せた驚異的なケガからの回復力から、有馬記念あたりからの復帰を期待する向きもあるが、騎乗するに当たっての命ともいうべき、手首の骨折ではそれもむずかしかろう。武豊騎手の2008年は、他の騎手より1ヶ月以上も早く、終わりを告げることになってしまった。

不本意な1年だったろう。リーディングこそ、これまでの貯金でなんとか逃げ切れそうだが、獲得賞金で岩田康誠をついに捉えられず、勝率でも安藤勝己の猛追を受けている。何年にも渡って独占して来た、騎手三冠と呼ばれる3つの部門の内、2つを手放す危機である。

とにかくGⅠ2勝はともかく、それを含めて重賞勝ちわずか3勝は、およそ武豊の年間重賞勝利数とは思えない。地元であり、自身の庭とも言える京都、阪神ではとうとう今年は1度も重賞を勝てなかった。今年最後の重賞騎乗となってしまった東スポ杯2歳Sも、あっさりかわすのかと思いきや、伸びきれずに2着止まり。今年の豊の重賞を象徴するような結末であった。

とにかく、本当になにもかもが、ちぐはぐだった。手放した馬がGⅠや重賞を勝つシーンは何度も見たし、前哨戦を圧勝して、さぁ本番となったらどっかにすっとんでしまうということも多かった。騎乗停止をくらったら、目の前で、騎乗予定馬が重賞を圧勝したこともあった。ツイてない時というのはそんなものなのか。

いや、ツイていないのではない。相変わらずの童顔だが、豊も来年もう40。衰えが見えてきたのだという人もいる。天皇賞春やヴィクトリアマイルの負け方が、それを表しているという声もあった。カジノドライヴを降ろされたという事実が、彼の今の評価を物語っているではないかとの声もある。

安藤や岩田、あるいは内田博幸のような腕っこきが、中央に移籍して来たことから、武は絶対の存在ではなくなった。「馬を追える」とされる彼らの方が、いざという時に頼りになる。それに今まで、いい馬に乗り放題でおいしい思いをしてきたのだから、もういいだろうという人までいる。

客観的事実として、騎乗数も騎乗馬の質も明らかに落ちてきている。安藤達にシェアを奪われているのは確かだろうし、人間関係もあるのかもしれない。

そんな状況で、不惑を迎える武は、しかし戦い続けなければならない。騎乗技術的なことを語ることは、申し訳ないが筆者にはできない。しかし、見た目に、きれい、理想的といわれてきた彼の騎乗フォームが、最近なんとなく、背が丸まっているように見えるのは、気のせいだろうか。彼とて人の子、身体の故障が全くないことなどありえないし、今回の手首の骨折は案外、尾をひきそうな気がする。キャリアも年齢も、もう明確に「ベテラン」にくくられなければならなくなった彼は、多くの先人達が苦しんだように、身体の痛み、衰えとの戦いを否応なく強いられることになる。

有力馬が門前、群れを為して彼の騎乗を待っているという、あの状況に戻ることはもうない。それを彼がどれだけ、本当に認識しているのか、そして今の自分に合った騎乗フォームを確立することができるのか、リフレッシュして、新年に再登場して来るはずの武豊の活躍に期待したい。

それにしても、いかに相手がツワモノとは言え、地方転出組に易々と乗り越えられる武豊を除いたJRA生え抜きジョッキー連の不甲斐なさはなんなのだろう。まぁ予想はできてはいたものの、関東では内田が今やリーディングを独走中。柴田善臣なんて、はや晩年といった雰囲気だし、横山典弘、蛯名正義といった、かつてのリーディング経験者も、全く意地を見せる気配もない。田中勝春、吉田豊、後藤浩輝・・・う~ん、まさか三浦皇成にストップ・ザ・ウチダを託してるんじゃないだろうな。

関西だって、豊の弟の幸四郎なんて、もうその他大勢のジョッキーになりかけてるし、一時は豊の牙城に迫る勢いを見せた福永祐一も、すっかりおとなしくなってしまった。藤田伸二、四位洋文といった連中は、瞬間的な輝きを見せるが、長続きしない。むしろ、池添とか川田といった次の世代の方が期待できるか。

別に地方出のジョッキーが悪いわけではないが、とにかく武豊に肉薄しているのが、揃って地方出のジョッキーなんて図はいかがなものだろうか?まずは、豊不在のあと1ヶ月あまりの間の、奮起を期待したい。

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2008年11月23日 (日)

前途多難

本日、いや正確に言うと昨日のスポーツ各紙の見出しはすごかったらしい、いわく「中日造反」。原辰徳監督以下のWBC首脳陣が選抜した候補選手のうち、ドラゴンズの選手が全員辞退したことが明らかになったからである。

報道によると、中日からは4人の選手が選抜されていたそうだが、足並み揃えて辞退。その上、その補充に選抜した別の選手も辞退する徹底ぶり、ご丁寧にも辞退理由もただの一言も添えられていなかったという。「非協力」との批判に対し、オーナーや監督は今日になって反論していたようだが、どう取り繕ったところで原ジャパン入り拒否はチームの方針となっているのは、まず疑う余地はない。

中日は今年の北京五輪に4人の選手を代表に送った、しぶしぶと。主力中の主力4人を抜かれたダメージは大きく、チームは優勝争いから完全に見放され、出て行った選手達もダメージを負って帰国した。中日サイドからすれば、言いたいこともあるだろう。

それに監督があの落合博満では仕方あるまい。この男に、人との協調性とか野球界の為とかというスケールの大きい話に対する理解を求めても無駄の一言。内々の監督就任要請に対して

「他球団の選手は預かれない。」

と一言のもとに拒否、代表選手選抜に当たっての協力要請も無視。自分を追い出し、まして今の自分の球団の親会社のライバルである読売の絡んでいるイベントになんか、協力できるかという態度がミエミエ。とにかく自分の利害が絡むこと以外には、屁も出したくないという「超利己主義」は徹底しており、一本筋が通って、微動だにしないこの男の姿勢には、ある意味、感服するしかない。

それに正直なところ、落合の言い分にも一理を認めざるを得ない。

「ああいうものは出たい奴が出ればいい。嫌な奴の首に縄かけて引っ張ってって、ケガでもしたら、誰が責任とるの?」

まさにその通り、これぞ「常に白けている男」落合博満の面目躍如の発言である。辞退連中が本当に、自分の意思で全員辞退したかはともかく、出たくない奴に、WBCの意義を理解できない奴に、頼み込んで出てもらうという性格のものではない。筆者はサッカーのことはよく知らないが、それでもワールドカップの日本代表に召集されて、断る選手はいないだろう。開催時期があまりにも微妙なこともあるが、WBCという大会が所詮は、そこまでの権威も価値も認められていないということなのだ。

日本シリーズの「痛敗」の痛手も消えない中、原の心労には心からご同情申し上げる。まさに前途多難、チーム発足、そして戦い開始までの日々はまだ長い。いつまでも若々しいあの人がひょっとしたら、すっかり白髪になって帰って来るのではないかと、心配になってくる。だってジャイアンツの監督なんだから、あの人は。帰って来て、シーズンの指揮とれるのかな・・・。とにかく、世の中は、「名誉ある地位が、いつまでもゴタゴタと決まらないのはよくない」と即決で代表監督就任を受けた自分のような、純粋な人ばかりではないということを肝に銘じて、先に進むしかない。

それにしても、あの6人のコーチ陣は一体どういう経緯で就任したのだろう。まぁジャイアンツの現役コーチ2人は自分で連れて来たのは間違いないだろうが、他の山田久志、伊東勤、高代延博、与田剛の4人はどう見ても「原人脈」ではない。と言って今回の「サムライジャパン」の影の指南役、王貞治の人脈とも思えず、よくわからない。

幻の代表監督となった星野仙一の影を指摘する声は多い。また時期は違えど原以下、NHK在籍経験者が多いことから「NHK内閣」との陰口もある。1人1人は個性的で、有能な人材が多いが、山田、伊東が監督経験者ということもあり、船頭多くして・・・ということになるのでは、と冷ややかな見方もある。

星野が監督になっていたら、投手コーチは鹿取義隆と武田一浩が再任されることになっていたらしい。本などで読んでも、前回の王ジャパンでコーチを務めた連中の評判は最悪だが、それでも星野と同じ明治閥であり、前回の戦いを身をもって経験している2人の「入閣」にはうなづけるものがある。だが、原が監督になれば、鹿取と組ませることは不可能だ。

筆者が心配するのは、監督以下国際試合の経験者が首脳陣に皆無なことだ。袋叩きにあった星野ジャパンから引き続きというのは、世間が許さなかったかもしれないが、コーチ経験もない与田ではなく、大野豊の「続投」という手はなかったか?この人もNHKだし・・・というのは冗談にしても、伊東、与田の国際通を買ったという話はあるが、「国際通」と「国際経験」は違うのではないか。山田投手コーチは在野の人材の中では、まずベストのチョイスだと思う、それだけにこの山田と大野が組めば、よりベストだったのではなかろうか。

そして、なにより原その人の監督としての手腕を疑問視する声は依然、根強い。先日の日本シリーズに負けてしまったのはやはりまずかった。特に大事な第7戦での用兵ミスは、その声をますます強める結果となってしまった。

それでも満場一致の人なんていないのである。星野は世間が許さず、ノムさんはいささか歳をとりすぎた。落合も渡辺久信も「嫌だ」と言ってる以上、原の他に誰がいる?いや別に消去法で言ってるわけじゃない、代表監督ってきっとああいう前向きでひたむきな人じゃないと勤まらないんだと思う。生半可な手腕より、よっぽど大切な要素じゃないかな、きっと。いや、原に手腕がないって言ってるわけじゃないよ、念の為・・・。

とにかく、出たいと言ってくれてる人からベストの人材をチョイスし、一刻も早く「サムライジャパン」を正式に始動させることが、今の原にとっては急務。くれぐれもスモールベースボールに偏った編成にだけはしないでくれよ。

最後に、話を戻すような形になるが、一言の理由も添えず、代表を辞退した連中に言いたい。あなた方の監督のおっしゃる通り、出るのも出ないのも本人の自由、ただオールジャパンの候補になるほどの選手なのだから、なぜそれを辞退するのか、その理由くらいはキチンと公に発表して欲しかった、そのくらいの責任はあるはずだ。行きたくない、シーズン直前の時期で自分の調整がしにくい、原が嫌いだ、と、まぁすべて本音で話せないにしてもだ。

それにしても、なんでこんなケジメのない世の中になっちまったかなぁ・・・。

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2008年10月30日 (木)

天命

今回のタイトルは、いささか大袈裟な言葉かもしれないが、原辰徳WBC監督誕生の報に、筆者はこう思わざるを得なかった。

実際の経緯は筆者の心配とは全く違うものとなったがWBC監督問題は厄介なことになると思っていた。すべてはその場しのぎの対応に終始してきた日本プロ野球機構の怠慢から端を発したのが、今回の見苦しい騒動だった。最初から星野仙一にきちんとWBCまでと依頼しておけば、ここまで事態が混迷することはなかったはずだ。

それに輪をかけたのが、当の星野のとても「男仙一」とは思えない男らしくない態度。星野はこの騒動の最中、とうとう1度も記者会見を開いて、自分の心境と立場を明らかにすることはなかった。俺の気持ちはブログで読めというのだろうが、それが「公人」としての姿勢だろうか。小泉純一郎の引退騒動の時も思ったが、自らの口からきちんと説明する責任というのがあるはずである。「けじめ」という言葉はこの国では死語になりつつあるのかもしれない、そんな危惧を持たざるを得ない。

それにしても前監督であり、現時点で唯一の「WBC監督経験者」である王貞治の悲痛な言葉はとうとう踏みにじられた。王は言った、

「現役監督にこの仕事は厳しい。」

王にしか語れないこの切実な言葉をプロ野球関係者ひいてはファンはどれくらい重い気持ちで受け止めたか。

どう考えてもWBC監督が現役監督の仕事とは思えない。そんな「片手間」にやる仕事ではないからである。サッカーの代表監督を見たってそうではないか、在野に人がいない、そう決め付けられて、数多いプロ野球OB達は屈辱を感じなかったのか。

筆者は岡田彰布に頼むしかないと、本気で思っていた。現役監督ではなくなったが、限りなくそれに近く、また阪神監督としての実績も文句なし、彼しかいないと思っていた、いや今でも思っている。だが、それが検討された形跡はないし、そんなことを言った人もいないみたいだから、まぁ寝言の世界なのだろう。13ゲーム差をひっくり返されたような奴に頼めるかと言ったところなのか。

この状況に進んで手を挙げる人もいなくなった。自分のことを棚に上げてと言われるだろうが、このところの星野バッシングはひどすぎる。あれを見ては、みんな腰が引けてしまうのはわかる。まして今度のWBCで日本は「ディフェンディングチャンピオン」なのである。優勝以外許されない、みたいな雰囲気になりかねないのだ。それでもやりたそうな人はいた。筆者の知る限り3人、野村克也、ボビー・バレンタインそして星野である。だが、星野は「世論の圧力」に潰され、野村、バレンタインの前を依頼は通り過ぎた、そして結論は「原辰徳」。

7月に筆者がこの問題について書いた時、原がWBCの指揮を執ることになる可能性など、冗談めかして触れはしたが、正直言って、ただの1%も考えなかった。あの時点で現役から選ぶとしたら岡田、恐らく満場一致に近い形でそうなったろう。

ところが熱狂的ジャイアンツファンである筆者ですら夢想だにしなかった大逆転優勝、更には、もう1人の候補であった落合博満率いる中日もCSで蹴落としたことにより、原の声望は飛躍的に上がった。そこへ唯一無二の候補だった星野の転落、流れはもはや止まらなくなった。

現実として、依頼を受けてしまった以上、原に断るという選択肢はこの大会と読売の関係から見て、全くなかったろう。彼が本心どう思っているかはわからない、しかし原は彼らしく、さわやかに即答で引き受けた。さすがは我らが永遠の若大将である。「名誉なこと」、原はそう言い切った。確かにその通りである、しかし彼の前途がいばらの道であることもまた、間違いない。

まずは目前に差し迫った日本シリーズ、いやその前に今日はもうドラフトだ。ジャイアンツの監督として、為すべき事は目白押しだ。オールジャパンの監督になった原にかかるプレッシャーはより強くなった、無様な戦いは間違ってもできなくなった。

そして、来季のチーム構想に思いをはせる暇もなく、その後はオールジャパン監督としての職務に忙殺させられることになる。差し当たってはチーム編成、遠いアメリカからなにやら偉そうに監督人事に口を挟んでくるような連中を束ねていくのは容易なことではない。そして、今更ながら大切な時にチームを離れるハンデは、ナベツネはノー天気なことを言ってるが、決して小さくはないだろう。

そして何より、待ち受ける戦いそのものが容易ではない。アジア予選を突破できないようでは困るが、それでも北京をみる限り、日本は絶対的存在ではなくなりつつある。それ以降のことは言うまでもなかろう。

2002年の監督としてのデビューがあまりにも鮮やかだったこともあり、その後の彼の戦歴がなんとなく物足りないように感じられるのは事実だ。ライバルである岡田や落合に、その用兵や作戦を嘲られたのも、1度や2度ではない。今年の大逆転にしても、あの戦力で、あそこまで差をつけられることが間違っているという声もある。

なにより読売の首脳陣にあまり買われていないフシがある。滝鼻オーナーはこの騒動が原に飛び火するまで、彼の来季以降の続投を明言しなかった。まさか、シリーズに負けたら解任するつもりはなかったろうが、あまり長い期間の再契約は望んでいないのではないだろうか。

星野ジャパンは北京入りする直前の壮行試合でセリーグ選抜軍に惨敗を喫した。これが星野ジャパンの躓きの始まりと言う人もいるくらいだが、それはともかく、選抜軍にとっては明らかに乗らないこの試合で、大勝できたのは、試合前の原監督のゲキで気合が入ったからと言った選手が何人かいた。大物選手揃いのチームをここまで導いてきた原こそ、代表監督に適任という声もある。

思えば、原という人は王貞治が現役を引退した翌年にジャイアンツに入団。偉大なONの後継者としての重圧を背負うことになった。彼の実績は100%その期待に応えられたとは残念ながら言いがたいが、とにもかくにも彼はジャイアンツの4番を張り続けて戦った。監督としても長嶋茂雄の後任として、長嶋がやりちらかしてグチャグチャにしたチームをなんとか再び上昇気流に乗せるところまで持ってきた。

そして今回、上の世代の不甲斐なさもあって、王の後任としてオールジャパンを率いることになった。筆者が「天命」と書いたのは、原のこうした巡り合わせを見た筆者の実感そのものなのだ。その人格と圧倒的な実績でジャパンを率いた王の真似は到底できないが、原には原のやり方があるはずだ。それを貫いて頑張って欲しいと今はただそう思うだけである。

最後に、今回オールジャパン監督として、ネット上などで圧倒的な支持を集めたのは野村克也だったそうだ。筆者も野村は名監督だとは思っているが、今回は野村の就任には反対であった。その理由は

①やはり年齢的ハンデ

②本人も自嘲気味に言っている通り、強いチームを率いたことがあまりない。というより、野村という監督は、やり方やキャラクターは全く違うが、基本的には星野同様、弱いチームを立て直すことに長けた監督だと思われ、オールジャパンのようなチーム向きではないのではないか。

ということであった。

まぁ筆者の反対理由なんかはともかくとしても、手腕は誰しもが認め、本人にも意欲があった(と思われる)にも関わらず、野村ジャパン監督が実現しなかったのは、主にご本人の言動の賜物としか言い様がない。

あのなんとか会議の胡散臭さを世間にアピールした功績は認めるが、あそこまで露骨に星野の足を引っ張っては回ってくるものも回ってこまい。それが妥当であったかはともかく、あれは秘密会議であり、その内容をペラペラと口外するのはいかがなものだろうか。他ならぬ自分が出席しているのだから、星野には反対、自分にやらせろと会議で堂々と主張すればよかったのだ。当の星野を目の前にしてはさすがに言いにくいというのかもしれないが、あのあとあそこまでマスコミに出まくって騒げば同じことだろう。

結局、第2回会議では星野に直接噛み付かれ、「スマン」と言わざるを得なくなり、王が一応「ノムさんやったら。」と水を向けてくれても「いや、俺はいいよ。」と言うしかなく、他の方ももう誰も深追いしてはくれなかった。自業自得の一言である。

野村という人は大監督であると尊敬しているが、やっぱり人間としては好きになれないなぁ、俺は。

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2008年10月26日 (日)

しんどかった

昨年や今年のリーグ優勝の時のような、底抜けの喜びはない。勝ってよかったという安堵感となんとも言えない疲労感が、今はある。

中日は強かった、正直言って昨年と同じ五分と五分の条件でやって同じ結果が出せたか全く自信がない。それくらいきわどい、しんどい勝負の連続だった。初戦の敗北は本当に痛い負け方だったが、それでもこれでタイと思えば気楽になれたし、昨日のドローも本来ならこちらにとって相当手痛いはずだったが、ルール上は勝ちと同じ。中日にはかなりの徒労感が残ったはずだ。昨日の試合を見て、これだけできるならシーズン中からやれよと中日ファンの筆者の弟は怒っていたが、まぁ確かにドラゴンズというチームは、本来このくらいの力はあったんだろうが、シーズン成績の差が全く感じられなかった(もっとも直接対戦成績はこっちが分が悪かったが)。これが短期決戦の怖さというものだろう。

今回のルール改正は当たり前だが、明らかにこちらに有利に働いた。それに対して中日側から言いたいことは当然あるだろうが、こちらとしても144試合戦って明白に決着がついてんのに、まだこんなことやらされてんだぞと言いたい気もある。がCS制度がなければ今年の大逆転があったかは、かなり疑問であり、結局この矛盾に満ちたCSという存在は、これからもさまざまな波紋を投げかけ、また多くの悲喜劇を生んでいくことになろう。

とは言え、今回の勝利をルールだけに求めては、ジャイアンツに失礼だろう。原監督も言っていたが、ジャイアンツの選手達は本当にたくましく、そして頼もしくなった。昨年の屈辱を絶対に繰り返さない、その強い意志で中日を跳ね返した。それは素直に称えたい。

今日の試合、勝ち投手にはならなかったが、前回あまりの不甲斐なさに「打ち首獄門」とまで書いてしまった高橋尚も今日は汚名返上のナイスピッチングだったし、中日が自信を持って送り出した川上、チェンをワンチャンスをものにして、ひきずり降ろした打線の迫力も見事だった。昨日12回のピンチをしのいで事実上の勝利を確定させた東野の雄たけびはカッコよかったし、完璧とは言えなかったが、山口、越智のコンビも頑張った。そしてその彼らに後半活躍の場を奪われた形になってしまったが、西村健太朗が戻ってきてくれたのは大きい。そして、今日の試合、同点に追いつかれて嫌~な雰囲気になったあの場面で寺内はよく打ったね。小笠原がいなくてしめしめと思ったに違いない中日ベンチにガツンと食らわしたあの一撃はまさに痛打だったし、決めてくれたのはラミレス、やっぱり最後はこの人だった。そうそう、シーズン途中に鶴岡を獲ることを決めた人、または進言した人には、是非金一封を出して欲しい。

1週間後にはいよいよ6年ぶりの日本シリーズ、シーズン終盤からの激闘続きに「えっ、まだ先があるの?」という気持ちがないわけではないが、そんなことを言ってはバチが当たる。西武には今年の交流戦でコテンパンにやられた、また厳しい戦いが続くだろう。今日の胴上げには姿を見せていたが、阿部は間に合うのか。鶴岡の活躍を称えたばかりだが、彼はあくまで「代役」、阿部の存在は大きい。

今日の試合、高橋が降板した時点で多分、追いつかれると思った。あの場面で豊田を出せない苦しさ、山口、越智はいい投手だが、豊田には彼らにはない百戦錬磨の経験がある。短期決戦でこそ、そういうものが生きてくるはずなのに・・・。そしてシーズン終盤から地金が出た?クルーンの不調、今日だってラミレスの2ランだけじゃどうなっていたか・・・。

歓喜は今夜まで、明日からは西武をそして自軍を見つめ直す新たな戦いが始まる、先は長いが、野球選手冥利、そしてファン冥利につきるというものだ。さぁ、次行ってみようか!

最後に、昨年5月に開設以来、今日の記事が当ブログの記念すべき(?)100本目の記事になる。なんとも遅いペースでお恥ずかしい限りだが、こんなブログでも見に来てくださる方がいるのだから、本当に有難いの一言。これからも言いたいことをただ、並べていくだけのことですが、よろしければ、また寄ってくださいませ。

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2008年10月21日 (火)

切ないね

そうか、甲子園は使えなかったんだね。最後の地は「借り物」の大阪ドーム、なにもかもがちぐはぐだった後半の阪神を象徴するかのような終戦だった。

野村克也をして「プロ野球の革命」とまで言わしめたJFKの存在、岡田彰布はその切り札を駆使して5年間戦い続けた。だがその武器が、今年の後半、なぜか機能しなくなった。酷使のツケと言ってしまえばそれまで、しかしあのヤクルト戦で5点差をひっくり返されるような戦いぶりは、それまでの岡田阪神では考えられなかった。

そして今日、相手を8回まで1安打に抑えてきた先発投手を降ろして、岡田監督は藤川を9回同点のマウンドに送り、そして敗れた。しかしあの場面、久保田でもウィリアムスでもなく藤川を投入した岡田監督の信念を責めることはできない、最後まで自己の戦い方を貫いたのだから。あの場面はむしろ、衰えが指摘され、今年限りの解雇も噂されるタイロン・ウッズの意地の一振りを称えるべきだろう。この男はまだ死んでいない、改めてそう思わざるを得ない一撃だった。

岡田彰布の戦いは終わった、今日を岡田監督の最後の日にしたくなかったと先発の岩田がうめいた。実は筆者も同感だった、阪神に対してこんな気持ちを抱いたのはたぶん初めてだった、「絶対勝て!」と。

岡田という人物は相当の毒舌家らしい、かくゆうこちらも随分攻撃され、バカにされた。ジャイアンツに手もなくひねられるヤクルトや横浜が、対タイガースになると俄然頑張りだすのは、岡田への恨みつらみからだと、まことしやかに語られたこともある。

そんな岡田があの10.8の最終決戦のメンバー交換の時、原辰徳にこう言ったのだという。

「ついにここまで来たな、いい戦いをしていこう。」

その言葉通り、あの試合は両者死力を尽くした名勝負だった。

勝負事は同情されたら終わりという言葉がある、ジャイアンツが勝ったから、そんなことを言えるんだと言われるかもしれない。しかし、今度ばかりは阪神に勝ち上がってもらって、もう1度雌雄を決したかった。自分の美意識の中では、到底容認できなかったのかもしれないが、それだけにあの発言は早まったとしか思えない。岡田さん、せめて今日まで待てませんでしたか・・・?

岡田阪神の5年間、優勝1回、2位3回、3位1回、今年を除く4年間、常にしのぎを削ってきた落合中日には優勝回数で遅れをとり、CSでは2年続けて敗北を喫した。それどころか、この5年間、ずっと見下ろして戦ってきたはずのジャイアンツにも、結果として、優勝回数で遅れをとることになってしまった。「革命」は道半ばで終わったということになるのだろうか。

ジャイアンツにV9を許し、無様な敗北を喫したタイガースに怒り狂ったファンは暴徒となってグランドに乱入し、ジャイアンツナインに殺到、ジャイアンツは川上監督の胴上げも出来ずに、ほうほうの体で逃げ出すしかなかったそうだ。ジャイアンツが逃げ出した後のグランドでは、当時の金田正泰監督が吊るし上げを食った。

そして、今日戦い終えた大阪ドームには「岡田コール」が鳴り響き、ナインの胴上げに感極まった表情で、岡田はグランドを去って行った。罵詈雑言を浴びせかけても不思議じゃない状況だというのに(俺だったら暴れてるなぁ)、偉そうな言い方になるが、筆者はタイガースファンをちょっと見直した。

それにしても中日というのは、クールに勝つね。ジャイアンツとタイガースの死闘を横目に、どうぞご存分に、我関せずでじっとここに照準を合わせて来た。そしてジャイアンツキラー山本を温存しての堂々の勝利、落合はほくそえんでいるだろう。こういう相手と戦わなくてはならないんだよ、ジャイアンツは。明日はわが身なんて、思いたくもないが、前途は厳しいよ、でも昨年の借りはなんとしてでも返さんと、さぁ来いや!

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2008年10月18日 (土)

いよいよCS開幕

2年続けてセントラルリーグのクライマックスシリーズを戦うことになったジャイアンツ、タイガース、ドラゴンズの3チームだが、今年のペナントでの対戦成績は見事なほどの「3すくみ」の様相を呈している。

ジャイアンツ大逆転の決め手が土壇場での対阪神7連勝であったのは、今更言うまでもなく、逆に言えば、当面の敵に7タテを食らって、なおかつ阪神が優勝しようというのはおこがましかったということだ。タイガースにジャイアンツが勝ち越したのは、実に2002年以来のことになる。

一方、ドラゴンズにはいじめられた。残り8戦の時点でタイガースに並んだ時、7勝1敗でいかなければ厳しいと思った。その1敗はドラゴンズと計算していたのだが、いきなり0-1で叩かれた時には目まいがした。その後もう1つやられ、横浜にも足元をすくわれ、結局5勝3敗という結果に終わったにも関わらず、なんとか優勝を勝ち取れたのは、阪神の意外なほどのもたつきに助けられたゆえとの思いを改めて強くせざるを得ない。

それはともかく、昨年はタイで終わった対戦成績が今年は4つの負け越し。昨年のCSでの惨敗が尾を引いているとも考えられるが、今年の苦戦の原因ははっきりしている。とにかく中日投手陣を打てなかったことに尽きる。

チーム打率.266が対中日となると.242、対セチームの中では最低になる。主力で3割以上の打率を残しているのは小笠原ただ1人、ラミレスですら通算率.320が.280、これなど、まだいい方で.271の阿部が.234、他にも鈴木尚.305→.244、谷.295→.216、木村拓.293→.196など目を覆うばかりの数字が並ぶ。特に不死鳥のごとく甦ってきた大ベテラン山本昌にはいい様にあしらわれた印象が強い。昨年対戦成績が拮抗したのは、落合監督が不調にも関わらず「巨人キラー」の実績にこだわって山本をジャイアンツにぶつけ続け、結果ことごとく打ち込まれたからなのだが、今年はキッチリお返しをされた。打者だけでなく、投手の方も、対阪神4勝1敗の内海が、中日には0勝5敗の体たらく、後半はついに中日に投げさせてもらえなくなる始末。落合は対ジャイアンツには絶対の自信を持っているのではないか。

だが世の中、そううまくはいかない。その中日の対阪神戦がなんと6勝17敗1分と来た。なんとか昨年の再現をと目論む中日にとってはまさに「前門の虎」である。昨年は中日が上がってくるのが目に見えていたが、さぁ今年はどうなるか。

ジャイアンツにとって、あの劇的な優勝がとてつもなく貴重だったことが改めて認識される。もし阪神に競り負けていれば、ペナントを逸するという根本的な痛手はもちろんのこと、CSもいきなり苦手中日、それを振り切ったところで、あの甲子園で1勝ビハインドを背負って対阪神に臨まなければならなかったのである。すべてが天と地ぐらいの差と言っても全く言いすぎではない。

と言って楽観できる状況でも全くない。司令塔阿部慎之助の出場不能は、どう取り繕っても痛すぎるし、いざ出陣となったら、全く別のチームに成り果てていて、とんだ赤っ恥をかいた昨年の厳しい記憶もそう簡単に消せるものではない。CSでは勝ち上がって勢いに乗るペナント2位チームが圧倒的に有利というデータも歴然とある。

試合間隔が空くことによる実戦勘の鈍りを補うべく、今年は昨年実現できなかった宮崎でのフェニックスリーグへの参戦を強行スケジュールながら実行した。選手の疲れを不安視す声もあるし、逆に腰を据えて戦えないスケジュールの短さを指摘する向きもあるが、昨年の二の舞はできない以上、やることはやったと評価したい。

阿部の不在はどうしようもない、攻守ともに大打撃であるが、それを乗り越えて戦うしかない。鶴岡、加藤、実松3捕手の奮起を期待するのみである。

そして、今年と昨年の大きな違い、1勝ハンデ4勝勝ち抜けという新システムをいかに有効に活用するか。相手がどちらになろうと、こちらの初戦の先発はグライシンガーで動くまい。この初戦をとれば、こちらが圧倒的に有利になることは疑いない。あの12連勝時の猛打の印象が強いが、連勝がストップしたあとのジャイアンツは図ったように3点しかとれなくなった。6点とった試合と4点とった試合が1試合ずつあるだけ、皮肉にも4点とった試合の方は負けている。阿部不在というハンデの中、いかに打線をもう1度活気づかせるか、昨年のCS、今年の五輪、点を取れないチームに勝利はないということは改めてはっきりしたはずだ。

どちらが上がってくるかはもう、気にしても仕方ないだろう。筆者は阪神は死んだと思っているが、対戦成績、更には岡田辞任がむしろ吉と出ると阪神乗りの声は意外と強い。ペナントの結果から見ると阪神ウェルカムということになるのかもしれないが、どちらが出てこようと、ガッチリ受け止められるだけのチーム力は、今のジャイアンツには充分ある。とにかく自分達の力をキチンと発揮できるだけのコンディションさえ整えておけば、自ずと結果は伴うはずである。とにかく昨年の轍を踏むことだけは、絶対に許されない。いい戦いを期待したい。

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2008年10月13日 (月)

そりゃないよ、岡田さん

11日の土曜日は長男の運動会だった。朝のうちは雨が残るが、いい天気になるという予報にも関わらず、なかなか雨は上がらない。近隣の他の幼稚園は早々に翌日に順延したそうだが、息子の幼稚園はなぜが粘る。結局1時間遅れの強行スタートとなったが、少しすると雨は上がり、無事最後まで実施できたのは有難かった。と言うのは、順延されてしまうと、次の日はどうしても仕事を休めず、せっかくの行事を見逃すことになっていたからだ。筆者が来られるようにと、てるてる坊主を作って祈ってくれた長男の思いに応えられて、本当によかった。

昨年は不参だったが、今年は筆者の両親も加わり、にぎやかな観覧となった。あれやこれやで、瞬く間に時間が過ぎ、最後は疲れてバタンと寝てしまって、翌日、さぁ出勤しようと駅まで行って目に飛び込んできたのが、「岡田辞任」という一部スポーツ紙の見出しだった。

こちらは奇跡のVと大はしゃぎだが、逆転された方はたまったものではなかったろう。激戦の最中、V逸したら辞めると口走ったと伝えられてはいたが、まさか・・・それもこの時期にと思わないわけにはいかない。

岡田彰布が阪神の監督になって、今年で5年。監督留任がニュースになると言われ、飽くなきお家騒動を繰り返してきたタイガースの歴史の中で、稀有の安定政権を保ってきた。また、実績も申し分ないはずである。だがキャンプ中に今年限り、疲れたともらしたという報道もあった。今やジャイアンツをしのぐともいわれる人気球団を率いるプレッシャーは並大抵のものではないらしい。

人の進退とはつくづく難しいと思う。万人が喝采を送る引き際なんて、あり得ないのかもしれない。その後の推移を見ると、辞めてくれた方がありがたかったのかもしれないが、オリックスのコリンズ前監督の敵前逃亡はひどすぎたし、逆に人柄や実績できつい非難は出てないが、あのソフトバンクを最下位に転落させた王貞治の遅きに失した引き際は、本来なら、もっと厳しい批判を浴びてしかるべきではないか。

そして今回の岡田である。ペナントを制することが我々の目標、その後はおまけに過ぎないという彼の考え方には、筆者は大いに共感する。それだけに、今回の大逆転負けが引責辞任に値しないかと問われれば、値すると思う。

だが、現実にCSというシステムがあり、これからタイガースはまだ、それに挑まなければならないのだ。本当に矛盾したシステムだとは思うが、ペナントを逸しても「日本一」を名乗れる可能性は充分残っているのである。落合博満などは、勝者を称えるコメント1つ出さずにイケシャーシャーと「次、頑張ります」とほざいているではないか。

今回の顛末は、岡田にとって本当にショックであり、耐え難い屈辱だったのだろう。しかし、それは胸に収め込んで、まだ前を向いていて欲しかった。例え日本一になったとしても、辞めるとまで言っているそうだが、その決意は決意として、それを口に出す時期が今だったとは、どうしても思えない。

昨年、日本ハムがヒルマン監督が退任を発表した後に、見事CS優勝を勝ち取った例はある。V逸で沈滞するチームへの最後のショック療法との見方もある。しかし、この時期の辞意表明が、これからのタイガースの戦いにプラスになるとは、やっぱり思えない。思えば前監督の星野仙一も、体調不良を理由に、日本シリーズ直前に退任を発表した。なにを考えているのかと思ったが、その後のシリーズでのタイガースの精彩のない戦いぶりに、さもありなんと思った記憶がある。

一足早く始まったパリーグのCSでは、本ハムが3位チームとしては初めて、第二ステージへ駒を進めた。週末からのセリーグ第一ステージ、今日の消化試合でも快勝したように、確かに今年の阪神は圧倒的に中日に分はいい。だがチームのムードは、そしてモチベーションは・・・?大きなお世話と言われるのを承知で言えば

「岡田さん、早まったね、そりゃないよ。」

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2008年10月11日 (土)

感無量、再び

昨日はなかなか寝付けなかった、とんでもない事態になったと思った。地元最終試合となったの対横浜戦によもやの惨敗、これは事件になるかもしれない、筆者は震えた。

やれば必ず勝てるとうぬぼれていたつもりはないが、大決戦を制し、ついにマジック2を点灯させたとは言え、残り試合はわずかに3、確かに相手はこれまでお客さんとしか言い様がない横浜とヤクルトだったが、決して安易な道程とは思えなかった。特にヤクルトはここに来てなぜか絶好調、ジャイアンツが今日の状況を迎えることができたのも、対阪神4連戦になんと2勝1敗1分と堂々と勝ち越してくれたからで、地元での横浜戦を確実にモノにすることこそ、肝要と考えていた。しかし結果はあの体たらく、とても優勝を目前としたチームの戦い方とは思えなかった。高橋尚成は打ち首、獄門だ!吼えたところで状況は変わらない、本当にエライことになった・・・。

筆者の苦しみは丸1日で終わったが、思えばタイガースのファンや選手達は1ヶ月以上に渡って、こんな気持ちに苛まれていたのかもしれない。史上に残る大激戦は今日、ついに筆者にとって、最高の形でフィナーレを迎えた。感無量、昨年も同じことを書いたが、去来する思いはやはり、この一言である。

前回、筆者がジャイアンツについて書いたのは7月30日、なにを書いたかと言えば要は

「今更もうタイガースに追いつくことは不可能だから、CSに向けてチームの態勢を整えよ。」

ということだった、今更ながら不明を恥じるしかない。

最大13ゲーム差をひっくり返したのは、「メークドラマ」と称された96年の11.5ゲーム差を上回り、プロ野球史上第2位の大逆転劇だそうだ。なんで奇跡を起こせたのか、まぁ人によって見方はあろう。しかし、これは「クライマックス効果」と分析している人は多いと思う。

今までなら、あの大独走とあまりにスキのないタイガースの戦いぶりに今年はこれまで、と早々にサジを投げただろう。しかし例えペナントを逃してもCSというチャンスがある。現に昨年、ペナントは2位に甘んじた中日がCSを無敗で駆け抜け、「日本一」と称してデカイ顔をし、ペナントを制したはずのジャイアンツはV旅行にすら行けなくなってしまった。Aクラスに残れば、まだ楽しみがある。徐々に阪神を追い詰め始めたジャイアンツだけでなく、優勝争いからは、とうに脱落した中日や広島まで、全くモチベーションを下げずに戦い続けていた。ペナントの活性化という意味でもCS導入は正解だったのだ。

それでもジャイアンツが優勝するとは思わなかった。8月12、13の両日、東京ドームでジャイアンツはタイガースと2連戦を行った。口ではいろいろ言っていたが、内心はちょっと期待していた。絶対的守護神の藤川は五輪で不在、久保田も不調で2軍落ち、JFKが機能不全に陥ったタイガースなどちょろい、これはやり得と思っていた。ところが実際は初戦こそ快勝したものの、翌日はクルーンがつかまって負け。更にこの後のカープとの3連戦にも負け越した時点で完全にジ・エンドと筆者は諦めたのだ。

月末に甲子園で3連戦があった。この時点で差が詰まったとは言え、たしか7、8ゲーム差はあったはずだ。阪神からすれば1つ勝てば御の字、ジャイアンツは勝ち越しでも物足りないという状況だった。そんな大事な初戦の29日、原監督は先発になんと、今年期待されながら全く結果の出せないままの金刃を持ってきて敗れた。追い詰め、最後は藤川まで引っ張り出したが、負けは負け。しかしこの時筆者はおや?と思ったのだ。

この試合、中4日でグライシンガーがいけた。今までの原辰徳ならきっとそうしたらだろう、この手の無理が本当に好きな監督で、なおかつこの手の無理がことごとく失敗として跳ね返ってきた監督だった。「勇気が欲しい」というタイトルでこのブログでもその姿勢を批判したことがある。

それがあの状況でなんと堂々と?金刃を持ってきて、そして敗れた。どうせならもっと早くやれよと思わないではなかったが、原の中でなにかが変わったとしか思えなかった。そしてその後グライと内海で2連勝、ジワリを差を縮めたジャイアンツはついに、この後タイガースに一度も敗れることはなかったのである。大逆転のターニングポイントはあの8月29日の金刃先発だったと、筆者は思っている。

そして破竹の12連勝、一気に阪神を捉えたのはお見事だった。昨年、同じような追い込みを見せながら、反動で失速、結局3位にまで落ちた苦い経験を持つ岡田監督は、その二の舞を期待していたようだったが、藤川を10連投させるなど無茶をやった昨年のタイガースとは違い、今年のジャイアンツには充分余力があった。上原、李といった埋蔵金みたいな連中が土壇場で甦って来たのも大きかったが、なによりも急に一皮むけたような原辰徳の采配ぶりを見逃すわけにはいかない。

どんなに批判を浴びながらも飽くなき執念で続けてきたジャイアンツの「大型補強」、しかし今年ほど見事ににはまった年はなかっただろう。ラミレス、グライシンガーそしてクルーン、彼らの誰か1人いなくても、この優勝はなかった。彼らだけではない、昨年からチームに加わり今や大黒柱といってもいいガッツ小笠原、調子がよくてもフル出場できない環境にも腐らずに結果を出し続けた谷といった選手達がこのチームを変えた。逆に阿部を唯一の例外とした上原を始めとした高橋由、二岡、清水、高橋尚といった本来なら生え抜きとして、チームの根幹をなさなくてはならないこの連中のなんと影の薄かったことか。

それを寂しいという気持ちは同感だし、金で優勝を買ったという非難をする向きもあるだろう。しかし外様ともいえる彼らが、新しいジャイアンツの伝統を作ろうとしてくれている、なによりも嬉しいのはそれに続こうとする若手の台頭だ。坂本、山口、越智、東野、亀井、それに若手とは言えないが、30の声を聞きもうこれまでと思った鈴木尚広が突如として、長年筆者が期待していた通り、理想のリードオフマンになってくれたのは本当に嬉しかった。「影のMVP」という声まであるが、全く同感である。新しいジャイアンツが生まれようとしている、そんな実感を与えてくれた今年の優勝は、昨年とは全く違う趣がある。

セリーグで連覇を果たしたのは92、93年のヤクルト以来、ジャイアンツということになると、89、90年に藤田元司監督の下で達成して以来、原現監督がバリバリの現役だったのだから、いかに久しぶりかがわかる。本当によくやったと思うが、まだやり残したことがある。だが、今日はこの勝利の余韻に浸りたい、全国のジャイアンツファンと乾杯!!

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2008年9月24日 (水)

終焉

福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督が、今季限りでの退任を発表した。この場で、ちょこちょこと予言めいたことを書いては、外して赤っ恥をかくことの多い筆者だが、この結末は、ほぼ予見通りとなった。

こんなエピソードを聞いたことがある。V9時代のある日、王さんは牧野茂コーチとゴルフに出かけたそうだ。ラウンドの途中の昼食休憩で、分厚いステーキを平然とパクつく王さんを牧野コーチは内心呆れながら眺めていたが、レストランを出た直後の王さんの台詞に思わず倒れそうになったという。

「ところでマキさん、晩飯は何にしましょうか?」

牧野コーチはソバをやっとかき込んで出てきたのである。

これは王さんがそれこそ現役バリバリ、恐らくまだ20代の若さだった頃の話だろう。それから40年ほどの月日が流れ、鋼鉄のような胃袋を誇った世界のホームラン王も68歳、牧野茂が60にも満たない年齢で天に召されてしまう原因となった同じ病を2年前に得てしまった。

復帰後の王さんの姿を見るのは正直つらかった。ジャイアンツ至上主義、どんなに功績のある選手であろうと、ジャイアンツのユニホームを脱ぎ、他球団のそれに袖を通した瞬間からその人物に敵意しか抱けないような偏狭なジャイアンツファンである筆者にして、王さんだけはそういう目でみることはできなかった。偉大すぎるほど偉大な実績そしてその人格、足跡、筆者にとって「ミスタージャイアンツ」は長嶋茂雄ではなく、王貞治その人なのである。

現役を退いてからもOB戦でしばしばホームランをかっとばすような壮健な肉体を持っていたはずの王さんが、見るも無惨に病み衰えた身体を引きずるかのように指揮を執る姿は本当に見るに忍びなかった。彼の健康がもはや激しいペナントレースを戦うだけの状況にないことは、誰の目にも明らかだったはずだ。もはやこれ以上、王さんが監督を続けることに、なに1つ光明を見い出すことが出来ずに、筆者は祈るような気持ちで昨年10月に「王さん、もう引き時ですよ」という文章を書いた。

そして今年、戦力的には他を圧していたはずのホークスは一度も首位ライオンズを捉えることができず、システムスタート以来、ただ1チーム続けてきたCS(ブレーオフ)進出もついに果たせなかった。確かにケガ人が続出した誤算はあったろう、しかしAクラスにすら残れず、楽天と最下位争いをしようかというチームではなかったはずだ。夏以降の失速は本人も認めている通り、監督の健康悪化がチームに反映してしまったゆえ、としか言い様がない。

前例がある。05年、病をおしてオリックスバッファローズの監督に復帰した仰木彬さんは、その卓越した手腕で、前年最下位だったチームを一躍、Aクラス争いに導いたが、やはり最後に失速、仰木さんは球場の階段を自力で上り下りできないほどに健康状態を悪化させていた。そして、その年の暮れ、帰らぬ人となってしまった。

「指揮官の悪い部隊は全滅する。」

この言葉は、戦後直後からホークスを率いてきた名将鶴岡一人の残した言葉。プレーをするのは確かに選手だが、団体スポーツにおけるフィールドマネージャー=監督の比重の重さは今更言うまでもない。戦場に先頭きって踊り込む気力と体力を持ち合わせていない者にその資格はない、残念ながら王さんには既にその資格がなかった。それを誰よりもわかっていたのは、他ならぬ王さん自身だったはずである。にも関わらず今年も指揮を執り、そして敗れた。厳しい言い方かもしれないが「晩節を汚した」と言わざるを得ない。安倍や福田のように、無責任にすべてを放り出すのは論外だが、その地位にしがみつく(ちょっと言い過ぎかな)ことも、責任ある地位にある者のとるべき道ではない、人の出処進退とは、本当にむずかしいものである。

復帰に猛反対する家族に仰木さんは

「グランドで死ねれば本望。」

と言い切って、そしてその言葉を実践してしまった。王さんもそして野村克也も同じようなことを口走っている、一流の野球人ならみんな、そのくらいの気概は持っているのかもしれないが、そんな人間にブレーキをかけるのは周囲の人間の務めだろう。しかしホークスにはそういう人間がとうとう1人も現れなかった、ホークスの人間ではないが、この期に及んで、こんな状態の王さんに来年のWBCの指揮を執らせようと言い出した輩までいた。王さんの責任感の強さ、そして人の良さにつけこんで、王さんを便利使いし続けてきたそういう連中にも腹が立つ。日本球界は結局、今までONに甘え、おんぶに抱っこで過ごしてきた。先にNが倒れ、そして今日Oもまたグランドに永久の別れを告げた。もう彼らがグランドにその雄姿を見せることはない、1つの時代がとうとう、終焉を迎えたのである。日本球界は本当に新しい時代を迎えなければならなくなった、にも関わらずその新しい時代のリーダー候補だった星野仙一は、オリンピックでミソをつけただけでなく、その後の見苦しい言動で世の顰蹙を大いに買うことになってしまった。球界はまだまだONに甘えなければいけないのだろうか。

記者会見で王さんは今後も野球に携わることに意欲を示した。グランドに立つだけが、野球人の姿ではない。本当なら、これまで野球に対してどのくらいの情熱や愛情を持っていたか疑問に思わざるを得ない加藤なんとかなどではなく、王さんにこそコミッショナーとして球界をリードしてもらいたいと思うが、まぁこんな考え方が既に王さんに甘えているのかもしれない。とにかく、本人達は「本望」でも、そんなにみんなが急いでカッコよく「倒れ」てしまっては、後の者が迷惑である。しばらくはゆっくり養生してもらって、またホークスの、ひいては球界全体の為に、働いてもらえれば、こんなに嬉しいことはない。

いろいろ言ってしまったが、最後はやはりこの一言である。

「王さん、長い間、本当にお疲れ様でした。」

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2008年8月27日 (水)

責任

さすが闘将仙一は男である、有言実行、就任時に大見得を切った通りに金が獲れなかったら、未練がましく他のメダルを持ってくるような、姑息なことはせずに手ぶらで帰って来たよ・・・そんな皮肉や嫌味を言うのも今は、ただ空しい。

星野にしても、金はおろか、他のメダルも手にできないなんて、想像もできなかったに違いない、むろん誰もがそうだろう。だが、新聞に「惨敗」の見出しが躍っている現実、マスコミそしてネットの世界が大沸騰するのも仕方なかろう。

結果的に、メダルを獲得した上位3チームには1つも勝てなかった。それだけではない、台湾戦は修羅場に大学生を送り込んでくるような、相手の選手層の薄さに救われたのであり、カナダ戦は稲葉のホームラン一発の薄氷の勝利。実は予選通過も危なかったという現実を見逃してはならない。総括して、一言で言えば「モノにも限度がある」ということではないか。

「スモールベースボール」という言葉がもてはやされて、何年になるか。バットを振り回して長打で敵を圧倒するのが「ビックベースボール」とするなら、その幻影を最後まで追い求めて、脱皮することなく終わったのが長嶋茂雄。逆にかつては長嶋以上のビックベースボールの信奉者だったはずの王貞治は、頭を転換して、見事にWBCを制して見せた。そして、その後を継いだ星野仙一もスモールベースボールで激戦と言われた北京五輪アジア予選を全勝で駆け抜けた。

だが、野球というのは基本的に点取りゲームである。以前にも同じことを書いたが、投手が0点に抑え続けたとしても、点を取らない限り、負けもしないかもしれないが、勝つこともできないのである。そんな当たり前のことが、あまりにも軽視されたことが、今回の無惨な結果に結びついたと言って、まず差し支えないだろう。

過去2回の成功、特に自ら指揮を執ったアジア予選の成果が、結果として仇となってしまった。このメンバーを基本にして戦えば、まず間違いない、星野はそう確信してしまった。だが、選手は生き物である、同じコンディションでいられることなどあり得ない。事実、今年に入って、アジア予選で中核を為した選手達が不思議と、次々とコンディションを崩して行った。それはシーズンに入っても、なかなか修正されずに、本番は刻々と近づいて来てしまっていた。

それでも星野はそういった連中にこだわった、そう言われても仕方のない人選だった。予選で星野ジャパンの打線の軸になったのは、確かに新井や村田だった。しかし、それは小笠原や高橋由といった本来主軸を打つべき選手の辞退を受けた苦肉の策だったはずだ。昨年結果を残した彼らを信頼することが、間違っているとは言わないが、本番という別のプレッシャーのかかる舞台で彼らに頼り切ることが、正解だったのかどうか。

野村克也がなぜ、松中を選ばなかったのか不思議がっていたが、筆者も全く同感。昨年の不振に喘いだ彼ならまだしも、今年の成績で、ましてアテネ、WBCという修羅場をくぐっている歴戦の勇士である。取られたら、ジャイアンツファンとしては困ったが、ガッツも調子を上げていた。年齢等のネックがあるのだろうが、金本の名前が全く取り沙汰されもしないというのはどういうことなのだろうか。谷がもし行っていたら、だいぶ戦力になっていたと思うのはGG佐藤の信じ難い体たらくを見た後の結果論に過ぎるだろうか?キャプテンの宮本は誰もが認める存在だが、彼は残念ながらオールジャパンのレギュラー選手ではない。精神的主柱と現実の試合での大黒柱は違う、それを新井や村田に求めるのは酷だったような気がしてならない。

まして彼らのコンディションは万全ではなかった。新井は腰痛に悩まされ続け、村田は風邪をこじらして入院、北京入りも危ぶまれる状況だった。彼らだけではない、西岡も川崎も練習をまともにこなせない有様だった。王は、大会後アクシデントがあっても選手の入れ替えが出来ないシステムを批判していたが、大会前には5人まで選手を入れ替えられたのである。しかし、それを活用しようという姿勢がほとんど見られなかった。そして今日、川崎と新井は骨折していたと相次いで報じられた。選手のコンディションすら正確に把握できていなかったこの大失態には、もはや言葉もない。

24名のメンバーを見て、筆者がまず最初に思ったのは外野手が少なすぎないかということだった。内野手を見ても外野が兼任できそうなメンバーはいず、どうするのかと思っていたら、森野の守備固めに荒木が出てきたのを見て、驚いた。いざとなれば矢野が外野経験があると言っていた人がいたが、もしそんなことが実現していたら、ほとんどマンガだったろう。王は24名という選手数も少ないと言っていたが、それはともかく選手編成の偏りも命取りになった。外野は稲葉、青木は出ずっぱりにならざるを得ず、残りの2人、佐藤と森野は星野の秘密兵器的存在として、代表入りしたものの、いずれも精彩を欠き、特にGGの2度に渡る凡ミスはチームの勢いに完全に水を差してしまった。

予選では懸命に踏ん張った投手陣も味方のあまりの貧打に力尽きてしまった。ちょっとでもリードするとなんとしても、それを守って逃げ切ろうという意識が強すぎ、それが力みとコントロールミスを誘発した。決勝初戦の韓国戦での藤川が典型であり、あの緊迫した状況で、やむを得ない部分もあったが、絶不調の李承燁相手に、異常なほどの神経質な投球を繰り広げた挙句に痛打を浴びた岩瀬もしかり。そう言えば、この岩瀬と李というのは、李が岩瀬を打ち込んでいるのだそうだ(ジャイアンツファンながら、恥ずかしながら全く知りませんでした)。そのデータはベンチになかったのか、あればここは上原にスイッチという手はなかったのか。更にこの時マスクをかぶっていたのは矢野、大ベテランとは言え国際舞台の経験はなかった。本来ならサポート役にすぎなかった彼がこの試合に先発したのは、阿部、里崎という2人の正捕手候補がいずれも不調だったから。岩瀬も矢野も敵としての李の怖さを知っている、が阿部は現同僚で李の怖さを本当には知らず、元同僚の里崎に至っては、李になんのコンプレックスも抱いていなかったろう。彼らがリードしていれば、あの打席、違う展開もあったかもしれない。そんな巡り合わせの悪さも随所に見られた、まぁ負ける時というのは、そんなものなのだろうが・・・。

上原の名前を出したからには、あれだけ批判を浴び、本人の辞退も受けながら、強行突破のように連れて行ったにも関わらず、たった2イニングしか投げさせなかった不可思議な星野采配に触れないわけにはいかないだろう。結果的にそうなってしまったと言われればそれまで、しかし前記李の打席を含めて、上原投入の機会はあったはずだ。例えば、李に打たれた後、替わった涌井が致命的なダメ押し点を奪われるのだが、あの時の涌井はどこか痛めているのではないかと思うくらい精彩がなかったが、どうやら単なる準備不足だったらしい。そこらへんのブルペンとのコミュケーションにも?マークをつけざるを得ないが、それはともかく、あそこは上原で行くべきだったろう。まだ諦めてない、そういう姿勢を見せるべきだった。試合はもう2試合しかなかったのだ、上原は最後、その星野の信念が裏目に出てしまった。

厳しいイメージの星野だが、彼の本質は「情の人」である。今回はその彼の情もまた、すべて裏目に出てしまった。ミスをしたGGや岩瀬に、挽回の機会を与えようとして、傷を大きくしてしまった。上原を大事にし過ぎたのも、無理に連れてきた彼への遠慮、そのツケが彼の子飼いとも言うべきかつての部下、川上や岩瀬に回ってしまった。だが、もともと彼は「情」と「厳しさ」で、若いチームを育て上げたりや弱いチームを立て直すのに長けた監督であり、その彼に「オールジャパン」というチームを託したこと自体、ミスキャストだったのもしれない。

随分いろいろ書いてしまった。水に落ちた犬は叩けではないが、今の猛烈な星野バッシング、オールジャパンバッシングに便乗しているようで、気は引けるのだが、現実として、今回の「星野ジャパン」の戦いぶりには、納得できないことが、あまりにも、多すぎたことは否定できない事実である。そして、すべての結果が出た後、星野はすべての責任は私にある、責任は私が取る、と明言した。「責任」とはなにか、そしてそれを彼はどう取ろうというのだろう。

最後の五輪が惨憺たる結果に終わった途端、にわかに脚光を浴び始めた「WBC」。その指揮を誰が執るのか、星野が「続投」するのか、注目はそこに集まっている。既に五輪前から依頼を受けていたことを星野は明かした、そしてその態度を保留していることも、会見で語った。

渡邊恒雄は言った、「失敗はあったが、彼以外に誰がいる」と。筆者もそう思う、1ヵ月程前には、星野がやるべきと、はっきりそう書いた。だが、五輪の結果がこう出た今、前言は撤回させていただく、彼はWBCの指揮を執るべきではない、彼の監督「続投」には、はっきり反対である。

彼の監督としての戦歴をどう評価するかは、人様々だろう。中日監督として2回、阪神監督として1回のリーグ優勝、しかしそれだけである、日本一になったこともない。ただ、中日一筋の文字通りの「ミスタードラゴンズ」の肩書きを振り捨て、敢然と低迷するタイガースのユニホームに袖を通し、わずか2年でリーグ優勝に導いたことで、彼の声望は飛躍的に上がった。そのことが、今回の代表監督就任にもつながった。

代表監督となってから、彼の存在は一層、重みを増した。マスコミの垣根を越えて、彼は引っ張りダコとなり、彼もまた持ち前の歯に絹着せぬ発言で世間の注目を集め続けた。だが・・・彼は失敗した。ついていなかったのではない、今回の結果は彼の「失敗」である。彼自身がそれを認め、「責任を取る」と明言した以上、その取るべき道は1つしかない。

辞任、といっても五輪代表チーム監督を今更辞めると言われても、どうしようもないことだから、要請されているWBC監督は辞退する。そして阪神SDとしての活動はともかく、少なくとも年内は評論活動も自粛して、謹慎蟄居、それがケジメというものだろう。責任は感じるが、それを全うするために、断固として辞めないと強弁した挙句、すぐに逃亡した首相がどこかにいたが、続けることによって責任を果たすなどというムシのいい考え方が、大手を振ってまかり通るなんてことが、許されてはならない。

「失敗した監督」を再任している余裕は、今の日本プロ野球界にはないはずである。

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2008年7月30日 (水)

もう折り返しだねぇ

イチロ-の偉業にはただただ祝福の声を上げ、そして感嘆するしかない。張本勲が言うアメリカだけで3000本、そして日米通算ヒット数ではピ-ト・ロ-ズの世界記録を抜くというのは、易しいことではないが、イチロ-なら満更不可能ではないと思えてしまうところがすごい。来年のWBCでも元気にチ-ムを引っ張る彼の姿が見られるはずだ、今から楽しみである。

早いもので、明日からオ-ルスタ-戦。ペナントレ-スははや、折り返し地点を過ぎようとしている。やや西武が抜け出しつつある感はあるものの、依然最下位楽天まで含めて、ダンゴと言ってもいいパリ-グに対して、セは早くも秋風の気配である。

阪神のここまでの独走を予想した人はあまりいなかったろうし、横浜のここまでの没落ぶりを予期していた人もいなかったろう。健闘していた広島もそろそろ、息切れの様子。高田新監督の下、足攻に活路を見出すヤクルトがどこまでジャイアンツと中日に食い下がれるかに焦点が絞られつつある。

ここまでのジャイアンツの戦いぶりを総括するのは非常にむずかしい。よくやっていると言えば、言えなくもないが、本当なら今の阪神の位置にいても、なんら不思議のない戦力を有しながら、未だに貯金2ケタにも届かないという現状は、やはり不甲斐ないと言うべきなのかもしれない。

誤算が多かったのは事実だ。あそこまで主力にケガ、不調による離脱が続出するとは、いくらなんでも想定できないし、残った主力陣もラミレスを除いて額面通りの活躍をしたと言える選手は投打を通じて皆無だろう。

ラミレスといえば、この人には謝らなくてはいけないだろう。いらないだの、ファ-ムに落とせだの、散々なことを書いたが、ここまでの成績はさすがと言うしかない。守備がお粗末なのは今に始まったことではない、ここまで打ってくれれば、文句を言っても仕方ないだろう。ただ、ラミレスがいくら孤軍奮闘しても、所詮は蟷螂の斧。その前を打つガッツがようやく復調の気配を見せ、後に勝負強い谷が座って打線がようやく繋がり出した。

主力の離脱はしかし、悪いことばかりでもなかった。坂本勇人を筆頭にした若い力の台頭をもたらした。加治前、隠善、寺内といった個性的な選手が、活躍を見せ、刺激を受けたように伸び悩んでいた鈴木尚、亀井あたりも少し存在をアピ-ル始めた。高橋由伸の体調不良で代役を務めているうちに、鈴木の1番ははまって来た。その前に、その雰囲気を出していたのが亀井だったが、ケガで鈴木にその座をとって替わられた形になってしまった。だが、ケガは鈴木の専売特許(?)。亀井に巻き返しのチャンスは充分あろう。

投手陣は後ろが充実しているという、かつてあまり見た事がない状況が続いている。西村健太朗、越智、山口といったところが成長し、豊田は好調。横浜から移籍したクル-ンも戦前の予想を遥かに上回る安定ぶりを見せている。ロッテから移籍して来た藤田の仕事人ぶりも忘れてはならず、これにようやく調子が上向いてきた感のある上原が加わって、ドンと来いの状況になっている。

オ-ルスタ-をはさんで、スタ-トする後半戦。北京五輪に配慮した変則日程と、主力の離脱、これは当然波瀾の芽となるだろう。藤川をとられる阪神、川上、岩瀬、森野といった投打の柱をゴッソリとられる中日に比べ、主戦捕手阿部を抜かれるものの、後は前半戦あまり戦力になってない上原と李(韓国代表)だけの巨人は有利との声もあるが、さてどうだろうか。

分厚くなったリリ-フ陣に比べ、先発の層の薄さは気にかかる。暑い盛りにさしかかり、今まで5人で回していた先発陣の補充は必要だと思うが、尾花コ-チは五輪中の変則日程を理由に、逆に先発の減員も示唆する。先発崩壊のさなか、救世主の感もあったバ-ンサイドが、壁にぶち当たった感があり、外人枠の関係もあって戦線離脱となりそうで、そうすると4人で回す腹なのか。金刃、久保といったあたりの昇格はないのか?筆者が先発再転向を強く主張する林はどういった形で1軍に戻すのか、東野、栂野の今後の使い方は?来年はいない上原の比重をいかに軽くして、後半戦を戦うのか、原監督の手腕が問われることになろう。

打線は鈴木から始まり、キムタク、ガッツ、ラミレス、高橋由、ニ岡、阿部、坂本と固定できれば、かなり期待がもてる。谷が使えないのがもったいないが、ここは由伸に奮起してもらって、第一線で戦い続けて欲しい。チ-ムの核はやはり、ガッツと彼だ。ニ岡はまぁ、いろいろあったが、守備をもう少しなんとかしてもらわないと。李が一発勝負の代打屋でないことはわかっているのだが、ガッツのサ-ドというのは、いろんな意味で避けた方がいいと思うので・・・。とにかくカギを握るのは尚広と由伸の「虚弱体質」2人と見る。彼らが完走できた時に、チ-ムの形が決まるはずだ。

そして表面上はともかく、原監督が内心決断しなければならないのは「あくまで阪神追撃を目指すのか」、それとも「2位を確保しつつ、CS更に来季を見据えた戦いをするのか」ということではないか。

綺麗事、建前はあくまで前者だろうが、ムチをいれて追撃するには、いささか差がつき過ぎてしまった感は否めない。手を抜くということではなく、原には、このチ-ムのあるべき姿はどういうものなのか、どういう方向を目指しているのかをそろそろ示して欲しい。今年は、3年契約の最終年、下手なことをすれば来年なんて彼にはないのであろうが、この3年間、彼も不本意だったのかもしれないが、あまりにも場当たり的な対応が多過ぎたような気がしている。坂本を使いつづけることに1つの彼のメッセ-ジは感じてはいるが、しかしそれだけでは不充分。この選手はこのポジションで使いたいという、確固たる意思を是非、指し示しながら後半戦を戦って欲しい、楽しみにしている。

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2008年7月21日 (月)

時間への挑戦

自分が全くやらないのに、一時、ゴルフのメジャー大会を夢中になって見ていた時期がある。86年というからもう22年前になるが、当時47歳(だったと思う)、とうに全盛期を過ぎて過去の人になったと思われたジャック・ニクラウスが最終日、突如大爆発を起こして、奇跡の大逆転でマスターズを制覇したのを見た時は鳥肌がたったが、このとき逆転をくらったのがグレッグ・ノーマンであった。

それから10年程が、ノーマンのゴルファーとしての全盛期だった。ある年など、4大メジャーをすべて最終日、トップスタートだったこともあり、メジャーすべてで、プレイオフを戦った経験も持つ。まぎれもなく、この人は一時期、世界最強のゴルファーであり、一体メジャーを何勝するのかと思わせたものであった。ところが、「ホワイトシャーク」の異名をとる、その豪快な風貌からは、想像もつかないような、小心なところがあり、ことごとく最終日になると崩れというパターンを繰り返し、結局獲ったメジャータイトルは全英オープン2勝のみ、とうとうアメリカでのメジャーはとれず終いであった。

終いというのは言いすぎか?.深夜や早朝の放送となるメジャー中継を見るのがしんどくなり、筆者がゴルフ中継から離れて行くのと軌を一にするかのように、ノーマンも大舞台から姿を消していった。その彼の名前が久々に最近、マスコミを賑わした。元テニスの女王と華々しい挙式を挙げたのだが、その時に彼に冠された肩書きはなんと「元プロゴルファー」だったのには驚いた。そうか、彼はもう引退したのか、「終い」は、やはり言い過ぎではなかった・・・。

ところがである、その「元プロゴルファー」がなんと今、メジャー大会で優勝を争っている。彼にとって、ただ1つのメジャータイトルである全英オープンで本当に久々に最終日をトップで迎えたのだ。ノーマンも53歳、ニクラウスが最後にメジャーを勝った年齢を6歳も上回ってしまった。これは見るしかない、というわけで筆者も久々にテレビにかじりついているのだが・・・。

ノーマンはやはりノーマンだった。出だし6ホールで4ボギー、2打差をつけてスタートしたはずが、瞬く間に逆に2打差をつけられてしまった。全盛期でも何度も手中から逃してきたメジャータイトル、それをマスコミに「元」などと、言われるほどに試合から遠ざかっている(に違いない)現状で、勝てるほど、世の中、感動的にはできてないということなのか。相手の昨年の同大会の覇者は、憎らしいほどに安定しているし。

思えば、ノーマンが初めて全英を勝った時、競った相手は中島常幸だった。あの時は中島が自滅のような形に終わったのだが、勝ったノーマンに「この野郎」と思ったのは事実だった。そのノーマンを今、筆者は紛れもなく応援している。1度、退勢となった人間が、現役世代に反撃するということは、特にスポーツの世界では、極めてむずかしいということは、数多くの事例が証明している。白けた言い方になるが、まぁノーマンが勝つことはないだろう。それでも、ノーマンの最後(になるだろう)晴れ舞台の姿を目に焼き付けておきたい。

あれっ、トップが連続ボギーで、ノーマンまた追いついたぞ。上位は混戦、ダンゴになって来た。これはやっぱり夜更かしだなぁ(笑)。

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2008年7月17日 (木)

どうするんだろ?

連日の暑さは事実上の梅雨明けを思わせる。いろいろあったが、北京五輪も目前に迫ってきた。いよいよ今日には、注目の「星野ジャパン」のメンバーも発表の運びとなるそうだ。野球にとって最後の五輪、なんとしても金メダルをと、気温同様にヒートアップ確実の世相の中、ひねくれているのか、変わり者なのか、筆者はずっと気になっていることがある。それは

「来春に迫ったWBC第2回大会でジャパンチームの指揮を執るのは一体誰なのか?」

ということだ。五輪も始まってないうちにWBCの心配をしても仕方ないと言われるかもしれないが、少なくとも日本プロ野球機構はそれでは困るのである。

現実として、五輪の公式競技に野球が復活することはまず、ないだろう。それがわかっているから「最後の五輪」でなんとしても金を獲って有終の美を意気込むのはわかるし、また当然のことだろう。ただ、それを目指してヘトヘトになった抜け殻のような頭で、さあ次はWBCだと、やっと考え出すような存在ではWBCは絶対にない。

様々な非難を受け、また困難、失敗を重ねながらも、「野球の世界一決定戦」として、とにもかくにもスタートを切ったWBC。五輪を失う野球という競技にとって、WBCこそが、今後世界に向けて、その存在を発信できる唯一最大の場になるのは間違いない。この大会の今後が、野球という競技の未来を担っていると言っても、全く過言ではないだろう。

そしていうまでもなく日本はこの大会の輝かしい「初代チャンピオン」である。これはもう、他のどんな国も手にすることができない永遠の日本の栄誉である、しかしそれも大会そのものが存続しなければ、化石と化して、歴史の中に埋もれてしまうだけだ。日本はなんとしても、この大会を発展、永続させる義務も負ったのである。

あの歓喜の時から、はや2年半が過ぎようとしている。五輪やサッカーのワールドカップと同様に、4年に1度の開催となるWBCは、しかし第2回大会は3年間隔で開催されることになっており、その時までもう、半年あまりに迫っているのである。五輪にばかり、目をとられているが、残された時間はすでに少ない。

サッカー界がワールドカップや五輪を見すえて、4年サイクルで動いているのに対して、野球界が常に、その場しのぎのような対応を繰り返しているだけという批判はよく耳にする。五輪とワールドカップでは出場対象選手が違うサッカーに対して、野球ではそれほどの大きな違いはないのだから、本来なら前回のWBCから今年の五輪そして、次期WBCまでを見据えた動きが日本プロ野球機構になければならないはずなのだが、残念ながら全くそんな構想は見えてはこなかった。

いやそれでも、今現実に北京五輪を戦う「星野ジャパン」は活動し、まもなく正式にチーム結成される。目の前に「ジャパンチーム」はあるのである。選手は多少の変動があっても、闘将男仙一が

「よっしゃ、WBCまでは俺に任せておけ!」

と胸を叩いてくれればよく、内々にそういう話が出来ているならそれはそれでいいのである。

ところが実際には、先手を打つかのように星野は

「北京まで、WBCは絶対にやらない。」

と何度も公言している。北京の結果も出ないうちに、先のことなんかということもあろうし、星野の去就にはいろいろ生臭い噂も絶えない。そしてなにより、「日の丸を背負う」ことに対するプレッシャーはこれ以上はごめんという本音もあるのだろう。

オールジャパンという存在を過去に率いたことのある人物は長嶋茂雄、王貞治そして星野仙一の3人だけだ。日本にはONしかいないのか、そう揶揄されても、その監督としての手腕に?マークがついても、誰もが経験したことのなかったオールプロのジャパンチームを率いる人材は、日本の野球界には長嶋、王しかいなかった。そして2人はその激闘とプレッシャーにいずれも病に倒れた。その後を受けた星野とて、健康体ではない。

星野の侠気にかけて、球界の総意で彼を口説くことができたなら、それでいい。本来なら、星野が指揮を執るべきものだと筆者は思う。しかし、あくまで星野が、首を縦に振らなかった時、後の手当てが日本プロ野球機構に出来ているとは、筆者にはとても思えない。

広岡、上田、森、古葉といったかつて名将の誉れ高かった面々もすでに、過去の人となってしまった。73歳、なおも現役監督として頑張る野村克也は、手腕は申し分ないにしても、いかに元気とは言え、百戦練磨の彼とて全く経験したことのない未知のプレッシャーにとび込む勇気と気力があるだろうか?星野ジャパンには田淵幸一、山本浩二という2人の監督経験者がいるが、彼らに頼もうという人はあまりいないだろう。

あとは・・・いない、悲しいくらいにいない。星野から下の世代もONから星野までの世代も本当にいない。監督をやっても、みんな2、3年で挫折したような連中ばかり。とても「オールジャパン」を託せるような人材は見当たらない。

アメリカと並ぶ野球大国を自任する日本にサッカーのように代表監督を外国人に委嘱するという発想は恐らくないだろう。しかし、手腕や日本をよく知っているという意味で、バレンタインは面白いと思う。だが、彼は現実に千葉ロッテマリーンズの監督であり、また外国人である以上、選手とのパイプ役になる人材をつけねばならず、その人選は意外と難しいと言われるとうなづけるものがある。

とすれば・・・結局、就任以来、安定した成績を収めている現役監督である岡田彰布か落合博満あたりしか見当たらなくなる。この2人が来年も揃って、阪神、中日を指揮していることはないのではないか、つまり優勝を逃した方が辞めている(まぁ今のところは落合ということになるのだろうが)と思われるからだ。だが、それも結局、ペナントレースの行方がはっきりするまで、動ける話ではなく、2人が退団する保証も全くないのだから、厳しい話ではある。もう1人、あの人がいるにはいる。あの人とて、監督暦4年のうち、日本一1回、リーグ優勝1回という「輝かしい」実績の持ち主なのであるが・・・しかしその手腕を評価する声はあまり聞かれない。ただ、あの人が今季限りで退団、後任に星野か落合という噂はずっとあり、そうなるとひょっとしたら・・・。

ところで、ニュースを見ていたら、常総学園の木内監督が現場に復帰したのだそうだ。77歳、なおもかくしゃくで魅力たっぷりの木内さんの姿を見ると、何も言えなくなってしまうのだが、それにしても、現役を退いて5年も経ったご老体が、どんな事情があったのかは知らないが、今更なんでまた復帰するに至ったのか(ちなみに一緒に復帰した腹心のコーチはなんと、79歳だとか)、日本という国は、そこかしこで、人材払底を露呈してしまっているなぁと改めて実感せざるを得ない一日であった。

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2008年6月22日 (日)

痛快ですな

ジャイアンツ戦を見る機会が、本当に少なくなったからでもあるが、それにしても、久しぶりに(たぶん今年初めて)ジャイアンツの勝ち試合を目の当たりにさせてもらった。

12回裏、1点勝ち越された場面で、しかし今日はなぜか、筆者は全く諦めていなかった。前回の福岡ドームでの2連戦の時、全く逆の立場でサヨナラ負けを喫した借りを返すチャンスに思えたし、なによりもソフトバンクが繰り出してきた投手が佐藤誠だったからだ。

馬原がいないことは知っていたが、他球団の状況に全く疎くなってしまった身としては、誰が抑えをやっているのか、見当もつかなかったのだが、佐藤が出てきたのには、正直目を疑った。この人、元ジャイアンツ、我がチームでは全く芽が出ず、ホークスに流れて行き、一時、中継ぎでそこそこ投げていたような記憶があるが、この場面で出てくる投手とは到底思えなかった。「イケル!」素敵な予感が現実のものとなるまで、ほとんど時間はかからなかった。古城、鈴木尚そしてキムタクと脇役勢があっという間に決めたサヨナラ勝ちだった。

実際、球威もキレも全く感じない佐藤にジャイアンツはイケイケドンドン。本来なら当然バントのケースだった尚広の打席でも、それを考慮した形跡がなく、実際お世辞にも打撃がいいとは言いかねる鈴木が前進守備のセンターの頭上を遥かに越えるツーベース。最初からベンチは佐藤を完全に呑んでかかっており、こうなっては勝負は決まってしまう。佐藤の投入といい、その彼を替える気配もなく(その暇もなかったのもしれないが)瞬く間に敗北に転落したソフトバンクのベンチワークには?をつけざるを得ない。

とは言え、それまでの当方のベンチワークもまぁね・・・。原という人はどうして延長戦になるといい投手から使うのかな?クルーン、豊田そして東野とサドンデスの状態で、投手のレベルを下げていくというのが、わからない。東野の場面は当然、お得意(?)の西村健太朗かと思ったが、彼にアクシデントがあったのかな?また東野の後に出てきた山口もいた。でも、その若手の傷を致命傷にしなかったのは、いい流れだろう。

それにしても、今日のキムタクは、それまで「敗戦野手」と言っていいくらいの体たらくぶりだったが、一転大ヒーローとなってしまうのだから野球というのはわからない。そしてあのしびれる場面で同点ホームランを打てる大道という人の勝負強さ、度胸のよさにはただただ敬服するだけだ。大道は昨年も古巣に痛打を浴びせている、やっぱりドラマだよねぇ。先日この2人に藤田を加えた彼らを「仕事人」と評させてもらったが、その言葉に間違いはなかった。交流戦に入ってから、ボロボロだったグライシンガーにも復調の兆しが見え、さぁ、こうなったら初の交流戦Vと行きましょうか!

最後に、熱投報われなかった杉内。その無念さは、敵ながらよくわかるが、これが野球。また、秋に会おうや!!

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2008年6月 9日 (月)

厳しいなぁ

それにしても、ここまでチグハグだと、もはや笑うしかないだろう。そのニュースを見た時から嫌な予感はしていたのだ。そのニュースとは

「ウオッカ安田記念参戦決定、鞍上は岩田」

である。前走ヴィクトリアマイルでの敗退は、馬の出来がピークではなかったという声がある一方で、鞍上武豊の仕掛けが遅すぎるという批判も上がっていた。そして、今回の乗り替わりは武がすでに、スズカフェニックスとのコンビが決定していたからではあるが、もしどちらかを選べるとしたら、豊はどちらを選んだだろうか?マイルでは足りないのが明らかなスズカに対して、なんと言ってもダービー馬である。一叩きで体調良化も著しかったとされ、今回は岩田においしいところをもっていかれたと言ってもいいだろう。

あの時点で、安田記念の騎乗馬がいなかった岩田康誠の強運を称えるべきかもしれない。これで、重賞8勝はダントツトップ、ちなみにこの土日で豊は4勝、岩田は1勝、でも競馬は重賞、そしてGIなのである。更に驚いたのは豊から岩田の乗り替わりが「鞍上強化」と公然とささやかれていたことである。天下の武もみくびられたものであるが、結果がこう出てはなにを言っても空しい。

人の不幸をこんな形で書いてはいけないのだが、カジノドライヴの出走取り消しは豊に風が吹き始めてきた証かなと思っていた。カジノに乗ることになっていれば、空しい時間を過ごすことになっていたのだが、騎乗を断られたことで逆に安田に乗れることになったのだから、これはチャンスとも思ったのだが、世の中それほど甘くはないということであった。

それにしても「豊からの乗り替わり馬を狙え」は今年のGIの完全なトレンドになってしまった。忸怩たる思いをしているのは他ならぬ本人なのだろうが、1度歯車が狂うとこんなものだろうか。GIではないが前日のユニコーンSにしても、豊はサダムイダテンに乗って後方に喘ぎ、そのイダテンをさっさと見限った安藤勝己が1番人気の馬に乗って、その遥か前方を悠々と駆け抜けていた。

「騎手にとってのレースはまず、いい馬にどうやって乗るか、そこからが始まりである。」

とは藤田伸二の至言だが、かつてその「事前レース」で他をよせつけない強さを誇っていたはずの豊の足元は今、明らかに揺らいでいる。

ウオッカはもう、豊の手には戻らないだろう。ウオッカの次走予定は知らないが、宝塚だとすると岩田はアドマイヤジュピタと重なる可能性がある。あのオーナーの性格から言ってアドマイヤが出れば、岩田はそちらに乗らざるを得ないだろうが、豊にはメイショウサムソンがいる。このまま休養、秋に備えるとなると、牝馬で他にこれといったお手馬のいない岩田が当然乗り続けることになろう。豊には痛い結末であった

でも、武豊はやっぱり武豊である。決してめげないし、腐らない。勝負を投げるなんてことは絶対にない。安田記念のあとの東京最終レース、6番人気の馬に騎乗した豊は岩田をねじ伏せて勝った。ここらへんの精神力、プライドはさすが、大したものである。その誇り高さ、真摯な姿勢がある限り大丈夫。もう1度言おう、豊、ファイト

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2008年6月 7日 (土)

お見事!

試合は見られなかったが、今日はなんとも素敵な結果だった。2アウトランナーなしから突然3点取られる不可思議な先発投手の乱調にもめげずに、あとは例のよってたかって中継ぎ陣が踏ん張り、クルーンまでつなぐと、なんとルーキー加治前がプロ初打席でサヨナラホームランという史上初の快挙!だから若い力はいい、えっ、今日の先発もまだ若いだろうって?まぁ若いのにもいろいろいるから・・・。

とにかく、これで交流戦始まって以来、コテンパンにされてきたマリーンズに3連勝、昨年から通算5連勝と来た。こうなったら、明日も戴いて、借りをどんどん返してしまいましょう!バーンサイドさん、頼みましたよ。

本日、福田に代わって東野が昇格、日曜日のライオンズ戦の先発が濃厚とか。いいねぇ、こういうフレッシュな人材がジャイアンツにもいたんだとしみじみと思う。ジャイアンツ戦を見るのがようやく楽しくなってきたなぁ。

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2008年6月 6日 (金)

焦っちゃいけない

ジャイアンツの足取りが相変わらず、おぼつかない。念願の5割にやっとたどりついたと思ったら、そこから怒涛の(?)4連敗。昨日はやっと一息ついたものの、開幕当初は苦戦するとは思っていたが、6月の声を聞くに至ってもこんなにもたついているとは、正直考えてはいなかった。

二岡に始まり、李、高橋由、上原、そうそう存在をすっかり忘れていたけど高橋尚なんてのも2軍で寝てるんだったな。豊田も一時戦線を離脱したし、ゴンザレスはあのザマだ。それだけではない、やっと頭角を現してきた亀井や鈴木、更には復帰早々のチョンボで敵将から「バカ」とまで嘲笑われた矢野といった中堅どころまで次々と姿を消していく惨状。ここまで主力に次々と離脱されてはまともな戦いができなくても仕方ないかもしれない、原監督の嘆く姿が目に浮かぶようだ。そして昨日のスタメンには坂本、隠善、脇谷という名前が並び、さらにベンチには加治前、寺内、更には登録早々の田中が入っていた。こんなメンツで戦わなければならないとは、原も想定すらしていなかっただろうが、筆者はむしろそこに新たなジャイアンツ胎動の息吹を見る。

思えば、FA導入後のジャイアンツは、毎年大型補強を繰り返し、今年はぶっちぎりで勝つだろうと言われながらも、その通りになったことはほとんどなく、我々ファンは名前倒れで全く働かない連中の体たらくを見て、苛立ち、そして失望し続けてきた。しかし、今のメンツを見て、腹を立てる人はあまりいないのではないか。

昨オフ、エースと4番を失った広島とヤクルト。だが今年、発足当初の楽天のようにボロ負けしているかと言えば、さにあらず。ヤクルトには開幕でジャイアンツは3タテをくらったし、カープは現在ジャイアンツより上にいる。ポッカリ穴が開いても、それを埋めようと新しい芽が出てくる、それがプロ集団というものなのだ。ジャイアンツもそろそろ、考え直した方がいい。

今更阪神追撃など、もはやむずかしいし、それにはっきり言って、今のプレーオフ制度の下であまり意味のあることとは思えない。まぁ3位も逃すようだと、進退に直結するだろうから、原はそんな悠長なことは言ってられないのかもしれないが、筆者は今、ファームでくすぶっている月給泥棒達に、はよ戻ってこんかいなどと怒号したいとは思わない。上原なんてもはや、やる気がないのがミエミエだし、もし彼が戻ってきて、熱投を繰り広げてくれたとしても、それは所詮、一時しのぎに過ぎないし、来年以降のジャイアンツになんらのプラスをもたらさないだろう。

実戦に勝る練習はない、「常勝」などという幻想に縛られていたジャイアンツに今、期せずしてその機会が与えられている。坂本はさぞ疲れているだろうが、それを若さでなんとしても克服して欲しい。今の彼が、試合に出続けられること自体、大げさな言い方をすれば神に選ばれた存在だからと知るべきだ。今までのジャイアンツならとうの昔にスタメン落ち、いやファーム行きだったろう。しかし現状、坂本の代役は見当たらない、この幸運を知るべきだ。そして田中は同期の坂本には遅れをとったが、線の細い若手の多いジャイアンツにあってはほとんど唯一の主軸打者候補、せっかく上げて来たのなら、古城なんかを使わずに即スタメンで使って欲しかったな。隠善は少し、バッティングが荒くなってきたのが気かがりだが、清水も元気がないから、もう少し長い目で見てやりたい。寺内は日曜日、ヒーローにしてやりたかったな、でもあの場面でヒットを打てたことは自信になったはずだ。

投手の方も、その日曜は残念な結果となったが、成長著しい山口を始め、越智もだいぶ安定してきたし、再び昇格してきた栂野もチャンスをやりたい存在だ。西村健太朗はリリーバーとして一本立ちできるか、正念場を迎えた。むろん、チャンスを与えた若手がすべて、それに応えてくれることはない、しかし今までのジャイアンツにはその機会すらなかった。それは本当に異常なことだったと知るべきだ。

むろん、補強を否定することはない。ケガをおしてグランドに立ち続けるガッツの姿はチームの精神的主柱になっているし、ラミレスがもしいなかったら、今頃どうなっているかと慄然とする人もいるだろう。しかし、思えば2年前、ちょうど今のラミレスのような存在感を示していた李承燁が現在どんな境遇にあるかを見れば、一時しのぎは決して長続きなどしないのである。

もう1度言う、原さん、そして読売のお偉方殿、決して短慮はいけません。今ジャイアンツは再生の只中にあるのです、オーナーがなんの為に大金を払っているんだと苦笑いしていたそうだが、そう本心で思っているなら、今は黙ってチームの戦いぶりを見守っていてください。もちろん原監督も現場の指揮官として、じたばたしないこと、選手を必要以上にとっかえひっかえしても、ろくなことはないと知るべきだ。そして、なにより我々ファンも焦っちゃいけませんぞ!

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2008年5月27日 (火)

衝撃

あってはならないことが起こってしまった、それもよりにもよって我が愛するジャイアンツから・・・。この手の不祥事に対する管理体制だけはしっかりしている球団だと、信じていたのだが、それもファンの欲目に過ぎなかったということか・・・。

ゴンザレスの選手登録の抹消は確かに、唐突ではあった。李に代わって一軍に昇格してからは攻守に活躍を見せ、やっと現役メジャーリーガーの実力を現し始めてくれたと思っていた矢先の抹消。やれやれ、またお得意のケガかと苦笑いをしていたら、なんと薬物使用で解雇と来た。正直、全く予想もしていなかった事態に大きな衝撃を受けた。

抹消から事実公表まで間が開いたことを不手際、あるいは不透明と批判する向きもあるが、選手生命に関わる事態だけに、不用意な発表はしかねたのは確かだろう。だが、ついこの間まで、主力として活躍していた選手の許されない不祥事。球団としては批判を甘んじて受けるしかない。本人は故意での摂取を断固として否定しているそうだが、そうなるとどういう経緯でその薬物はゴンザレスの体内に入ったのか。事実解明は徹底的に行われなければならない、ジャイアンツもゴンザレス本人も、真摯に調査に協力して欲しい。

それにしてもゴンザの離脱は痛い。今日の本ハム戦、ついにガッツの姿もスタメンから消え、なんと3番木村拓也と来た。そのキムタクが先制2ランを打ってくれるのだから、野球というのはわからないが、自慢の強力打線がとうとうピストル化してしまったことは否めない。更に、曲がりなりにも1番に定着してくれていた亀井も負傷で途中退場、これまた登録抹消ということで、これはいよいよ本当にお祓いでもしないといけないかもしれない。

それでも、昨年のパの覇者、本ハムに連勝できたのは、脇役達の活躍があればこそだ。キムタクがひょっこりジャイアンツにやって来て、まもなく丸2年になる。守備では泣かされることもあるが、様々なポジションも打順もそつなくこなすマルチぶりには頭が下がる。藤田にしても大道にしても、あたえられた仕事はキッチリこなすまさに「仕事人」、ジャイアンツはいい買い物をしたと思う。

先発が試合を造れない状態が続く中、今日は「第6の男」バーンサイドがやっと先発で勝ってくれた。李の不振、ゴンザの大ポカで回ってきたチャンスをしっかりモノにしてくれた。去年、たまたま見たオールジャパンの壮行試合でこの人の快投を目にした。へぇ、オーストラリアにはいい投手がいるんだなと思っていたら、すかさずジャイアンツが獲得したのには驚いた。いい投手だが、外人枠の関係で宝の持ち腐れになりかねなかったが、豪州代表を蹴ってまで、日本に賭けた本人のやる気が身を結んだ形になった。

そして、頼りない先発陣の尻拭いを今日も、例の「よってたかってリリーフ陣」がほぼ総動員でしてくれた。どう考えても、このままじゃみんな潰れてしまうと思うのだが、開幕時にローテションに入っていた先発のうち、今も一軍にいるのが内海とグライシンガーの2人だけという非常事態、更にこの2人も不安定を来ているから、当分彼らに頼るしかない。

とにかく、日程の楽な交流戦の間に、なんとか先発陣を立て直さないと、浮上はない。原監督の辛抱も少し足りないのではないか。金刃にしても木佐貫にしても、不甲斐ない投球ではあったが、1度や2度で、即二軍ではいくら投手がいても足りないよ。バーンサイドは少し我慢して使って欲しい、打線の弱体化にたまりかねて李を呼ぶために、抹消なんてことは絶対にしてもらっては困る。後、福田と林をどういう理由で一軍に上げてきたのか、どういう使い方をするつもりなのか。林なんて明らかにまだ、調整不足、いくら台所が苦しくてもああいう投手を上げてはいけない。それにケガもあるのだから、林はそろそろ不適のリリーフから解放してやった方がいい。もともとリリーバーと期待して獲った福田は尾花コーチの発案で先発に回っていたが、今回はまたリリーパーで使うのか?どうもここらへんが一貫していない。まだ先は長い、そこらへんをもう1度よく整理して、戦って欲しい。

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2008年5月25日 (日)

もういい加減にしろよ

このチ-ムには、そのスタ-ト以来、好意を持ったことがない。その誕生が伝えられたのは1988年10月19日、なぜ、こんなにはっきり日時を記憶しているのか、むろん理由がある。かれこれもう、20年も昔の話になってしまったが、この日、プロ野球界で、どんなことが起こっていたか、ご存知の方は少なくないと思う。

「10.19」と今に語り継がれる伝説の1日、近鉄バッファロ-ズの長い長い優勝へのチャレンジと挫折のドラマが生まれた日が、その1988年10月19日だった。当時のプロ野球は「新盟主」と言われた西武ライオンズが、着々とその黄金時代を築き上げている真っ最中。セリ-グの覇者も日本シリ-ズで一蹴するくらいに強かった西武に、しかし懸命に立ちはだかろうとしていたまさに唯一の存在が、名将仰木彬監督率いる近鉄バッファロ-ズだったのである。

この日近鉄は川崎球場でのロッテオリオンズとのダブルヘッダ-に連勝すれば、王者西武を大逆転し、その年の覇権を握れた。だが、つまりそれは、負けはもちろん、引き分けも許されないという極限状態に追いこまれているということだった。ダブルヘッダ-という言葉は既に死語に近い、ロッテは千葉に去って「マリ-ンズ」などとシャレた名前になり、川崎球場はとうにない。仰木さんもこの世の人でなくなり、そして何より、近鉄バッファロ-ズという球団そのものが、もはや消滅してしまった今、あの時の熱気と感動と憤りを書くのは、今日の本筋ではないし、まして筆者の手にとても負えるものではないのだが、要は近鉄とロッテ両チ-ムの選手達が、プロとしての意地と誇りを賭けて、死闘を繰り広げている最中、無粋にも(!)そのニュ-スは飛びこんで来たのである。

阪急ブレ-ブス身売り、買い手は「オリエントファイナンス」。むろん、誤報である、しかし当初は本当にそう報じられたのだ。実際にブレ-ブスを買ったのはその少し前、「オリエントリ-ス」から「オリックス」と社名変更した、一般には全く無名の企業であった。

当時筆者は、近鉄ファンも「兼ねていた」。一大イベントとも化していたあの試合にまさに水を差したあのニュ-ス、なんでよりによってあの日、あのタイミングであの発表が為されなければならなかったのか。逆に言えば「阪急ブレ-ブス」というパリ-グに一時代を築いた老舗球団の消滅をあんな、刺身のツマのようなニュ-スに矮小化させるようなタイミングで発表したのか、当時も今も筆者には全く理解できない。これは売り手の阪急側の問題も大きかったのかもしれないが、オリックスの無配慮に筆者は激しい怒りを覚えたものである。

この年、パリ-グでは南海ホ-クスも身売り、まさに激動の一年だったのだが、ホ-クスを引き継いだダイエ-、更にソフトバンク両企業はその後、福岡に腰を据え、伝統ある「ホ-クス」の名を大事に守り抜いて来た。だが、それに対してオリックスはあっさりと「ブレ-ブス」の名を捨ててしまった。まことにドライといえばドライ、もう「阪急ブレ-ブス」なんて過去の遺物とはなんの関係もない、そうアピ-ルしたかったのだろう。

思えば、宮内義彦なる企業家から、プロ野球に対する情熱も自らのチ-ムに対する愛情もおよそ、感じたことがない。彼にとってプロ野球、そして「オリックスブル-ウェ-ブ」という球団は単なる自企業の宣伝媒体、それ以上の何物でもなかったはずだ。そして、それは見事に功を奏し、オリックスという企業はその知名度を抜群に上げ、彼は一流経済人の仲間入りを果たした・・・らしい。だが、宮内は本当には知らなかった、「商売」としてのプロ野球、球団経営というものの恐ろしさを。

日本において、プロ野球がトップの人気スポ-ツであることはまず間違いないだろう。だが、それでも球団経営を黒字にすることは至難の技と言っていい。まして宮内が「買ってしまった」のは、よりにもよって関西の不人気球団。猫も杓子も阪神タイガ-スになびく大阪、関西地区において阪神以外にはペンペン草も生えない。「ブル-サンダ-打線」と異名を取った強力打線を売り物にしても、イチロ-という稀代の天才バッタ-が出現しても、客は入らず、メディアは相手にもしてくれず、目の前には赤字がただ積み上がって行くだけ。宮内は震え上がったに違いない。

もともと、オリックスの名を全国に知らしめれば、宮内の球団買収の目的は、それで達せられたのである。もう、球団に用はない、とっとと売り払ってしまおう、しかし時代は宮内に味方しなかった。バブルが崩壊し、どこの企業も緊縮経営、無駄を省くことに血道を上げるようになり、更にはJリ-グが誕生して、プロ野球はプロスポ-ツの一大王者たりえなくなってしまった。そんな時期に赤字が当たり前のプロ野球球団経営に乗り出そうなどという奇特な企業が現れるはずもなかった。

売るに売れず、さりとて放り出すこともできない宮内は、当然の帰結として人件費の抑制に出た、つまり主力選手の放出である。その結果、それまで、Aクラスを確保し、優勝も争ってきたチ-ムの成績は瞬く間に下降、ますます客が入らなくなるという悪循環に陥った挙げ句に、その不振の責任を現場に押し付け、毎年のように監督の首のすげかえを続けている。2002年以降、石毛-レオン-伊原-仰木-中村-コリンズとほぼ一年毎の監督交代は「監督留任がニュ-スになる」と揶揄されたかつての阪神も裸足で逃げ出す迷走ぶりである。

以前、プロ野球には支配下選手70人枠というものがあった。いや、今でもあるのだが、育成選手制度がある現在と違って、その当時は1つの球団が抱えられる選手の総数は正真正銘70名だったのである。プロ野球人気低下がささやかれる中、底辺、裾野を広げる為に、支配下選手数を増やそうという動きは毎年のようにあったのだが、それに頑強に抵抗し続けたのがオリックス。悪名高い「ポスティング」などという制度を主導して導入し、イチロ-をさっさと大リ-グに売り払ったのもこのチ-ムだった。

さすがに人件費抑制だけでは明日がないことに気付いた宮内は乾坤一擲、勝負に出る。2004年、近鉄を事実上、合併吸収することとなったオリックスはいわゆる「いいとこ取り」、つまり近鉄の主力選手のみを引き取り、自軍を含む残りのカス選手はすべて放逐して最強チ-ムを作ろうと画策、見事に他球団及びファンの袋叩きにあって挫折する。世論の後押しで、プロ野球に参入して来た楽天ゴ-ルデンイ-グルスと選手を分け合うことになったが、それも最初にいい選手25名をプロテクトの上、優先的に確保、その上で楽天とドラフトで取り合うという有利な条件を押し付けてのことであった。当然、どういう結果になるかは翌05年のシ-ズンが証明した。

だが、とてもプロ野球チ-ムではないと冷笑されていた楽天とチ-ム名を「バッファロ-ズ」に替え、形だけは近鉄ファンの想いに応えようとしたオリックスの地位はわずか3年で逆転する。野村克也を迎え入れ、選手を発掘、育て上げあるいは再生した楽天に対して、理解不能なトレ-ドや選手追放を繰り返し、役立たない他チ-ムのポンコツを喜んで抱えてはチ-ム力を自ら低下させていった驚くべき無計画なチ-ム作りとの差としか言い様がない。

そして、今回、とうとう指揮官の「敵前逃亡」という非常事態が発生したわけだ。逃げ出した奴は論外ではある。が、後任に据えた大石大二郎の肩書きをあくまで「代理監督」に留め、来季の監督は白紙などとオ-ナ-が平然と言い放つ。不手際で他球団に選手を強奪されるような無能なフロントに、この不人情かつ無神経なオ-ナ-と来てはもう、この球団に救いはあるまい。

そして一部報道ではなんと来季の監督を清原和博に要請すると言われている。まぁプロ野球は見てもらってなんぼ、客寄せの為と割り切るなら、それも1つの道かもしれないが、清原という男が監督の器かどうかは、すぐにわかりそうなものではないか。

さすがに、それに関してはすぐに、否定のコメントを出していたようだが、とにかくこの球団の首脳に、まともなチ-ム編成をしたり、真面目に球団経営をする気かあるとは思えない。むしろこれまでの足跡を見る限り、プロ野球界の今後の発展を阻害しようとしているとしか思えない。いっそ、あの時、近鉄と一緒にギブアップしてもらった方が、よほどプロ野球界の為だったのではないだろうか。でも、もしそうなっていたら、堀江某が買っていたかもしれないのか・・・。

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2008年5月23日 (金)

「更に精進を重ねるだけ」

カジノドライヴ陣営は賢明な選択をしたのかもしれない。アメリカクラシック三冠の最終レース、ベルモントSに挑むドライブには、自身のきょうだい馬による3連覇がかかっているらしい。3連覇におよそ縁がないのが武豊騎手というのは、先日も触れた通りで、ここはゲンを担いで正解だろう・・・というのはむろん冗談である。

今にして思うと、武騎手自身に予感はあったのかもしれない。ドライヴが前走、つまり渡米初戦を楽勝した後、彼は

「今後、乗せてもらえるかどうか心配。」

とコメントしている。むろん、冗談めかしてではあったが、かつての、少なくとも2年前までの彼だったら、こんなコメントは絶対しなかったのではないか。自分を取り巻く環境、空気の変化を誰よりも敏感に感じていたのは、他ならぬ彼自身だったのだろう。そして不安は現実となった。

どう取り繕っても、今回のカジノドライヴ陣営の武への騎乗依頼取り下げは、あんたじゃ頼りにならないから、もっといい騎手を探すよというクビ通告に他ならない。本人も相当ショックだったらしく、プログに率直にその心境を書いている。およそ1年前、ほぼ同じような光景を見た。そして、彼をとりまく環境は確実に厳しくなっていると言わざるを得ない。

昨年の同時期と違い、現在武は、リーディングトップ。勝率も全騎手の中で唯一2割を上回り、連対率もトップ。これでなにやかにや言われる彼の立場はつらいものだと同情もしたくなるが、じゃあ、あんた今の武が乗れてると思うのかいと問われると返答に窮するのも事実である。

思えば、桜花賞馬も皐月賞馬も、もともと武が乗っていた馬だった。NHKマイルカップなんて、2着馬も3着馬もつい前走まで彼が手綱をとっていた。なのに本番で自身は1番人気の馬に乗って、その遥か後方に甘んじていた。

なんだかんだ言って、依然、武のもとには、いい騎乗馬が集まっているという証明ではないか。問題はかつて彼がまず、見せなかった騎乗馬の選択ミス、それが立て続けに起こっているという現実である。GⅠのみならず、重賞クラスのレースで、最近、やけにそれが目につくような気がする。彼が乗り捨てた馬を「拾った」騎手達がおいしい思いをしている、いや武が引き出せなかったその馬の良さを後任者がちゃんと引き出して結果を残しているのだとしたら、事態はよほど深刻である。

春のGⅠも残すところあと4戦、しかし、武の前途は暗い。オークスでの騎乗馬はまず、勝ち負けになるレベルではない。ダービーのブラックシェルは前走後藤騎手の手綱で2着に突っ込んでいるが、たぶんマイルがいい馬なのだろう。だが、武に手綱が戻って、下手な結果に終わると、後藤のままならなどと、つまらぬことを言われかねない。安田記念は騎乗するのも、たぶん不本意だろうが、スズカフェニックスがマイルに足りないのは、既に証明済み。一線級が軒並み回避しそうな、宝塚記念をメイショウサムソンで落とすようなことになると、これは事件になるかもしれない。

今日のタイトルに使った言葉は武自身がブログに書いたものである。アドマイヤに決別され、カジノドライヴを降ろされた今の自分の不甲斐なさを叱咤した言葉であろう。勝負の世界は非情である。王者であるはずの武が、いや王者ゆえに、1度退勢となってしまった状況を巻き返すことには、相当な困難が伴うはずである。

岡部幸雄騎手と武が三冠馬に出会ったのは、奇しくも同じ年男の36歳であった。

「ルドルフに競馬を教えられた。」

と公言する岡部は、その後、自らを高めて行き、50歳近くまでトップの座に君臨し続けた。だが武は・・・。

こんな妄言を吐かせないようにするには、自身で結果を出していく以外にない。武王朝落城を目の当たりにするのは、いささかまだ早すぎると思うのだが。

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2008年5月 9日 (金)

「昨日と同じようなわけにはいかないよ。」

「昨日はホームランを一本、損したけど、今日は同じようなわけにはいかないよ。」

ヒーローインタビューでのラミレスの台詞もバッチリ決まって、今日はいい試合だったようだね。

天下の金本様にこともあろうか、頭部に死球をぶつけるという大罪を犯したかどで(?)、本日木佐貫が二軍流刑となり、いよいよ先発ローテーションが苦しくなったジャイアンツは栂野が今季2度目の先発。逆転されたものの、3回のピンチで葛城をよく抑えた。でも、あそこでもう交代というのはちょっと辛抱が足りないような気がするのだが・・・。

昨日といい、今日といい、あんなに早く先発がマウンドを降りてしまうと、後が苦しくなる。5回の越智はやはり役不足ということかな?藤田もいい仕事をしているが、往時の球の力はないから、連投だとつかまるよね、野口のところで門倉という手はなかったかな?

結局、今中継ぎで一番安定している山口に負担がいってしまう。豊田、林の不在が響いている、福田や久保なんてなにしてるんだろうね。

思えば、開幕の二岡に始まって、李、上原、豊田そして高橋由とまぁ、理由はそれぞれだが、バタバタと主力が姿を消して行ったが、実はチームの形はむしろ、バランスがよくなっている気配がある。セカンドにゴンザレスが入って、内野はだいぶしまった。サードが木村が相変わらずポロポロやってくれるが、やはり本来本職のポジションで生き生きする脇谷を使いながら、二岡待ちというところだろう。

打線は小笠原、阿部が相変わらず、上がってこないが、亀井、坂本からラミレス、ゴンザレスそして清水、谷の両ベテランが下位を締めるという流れは明らかに開幕オーダーより様になっている。李はこのままだともう帰って来られないかもよ、そのくらい今のゴンザレスは攻守に貢献してくれている、やっと本領発揮というところだが、あとは得意(?)のケガだけせんといてよ。

明日からは中日戦、先発がどのくらい踏ん張れるかがポイントと見る。なんだかしらないが、聞いたこともないような投手がみんな抑えるドラゴンズの先発陣相手に、点はそう望めない。さぁ根競べだぞ。

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2008年5月 7日 (水)

怒!怒!!怒!!!

とんでもない試合を見てしまった、本来ならば大ヒーローのはずのラミレスが一転、最後の打者になってしまった理不尽さ。こんな馬鹿げたことが堂々と許されていいのか!

今日のヒーローはホームランを叩き落としたあの馬鹿野郎とその愚行にまんまとだまされやがった節穴の目を持つまぬけ審判共だ。かつて、ジャイアンツは審判からひいきされているとさんざん叩かれたが、今やジャッジは完全に虎寄りだ。ハーフスイングの判定などひどすぎる、強きを助け、弱きをくじくがモットーらしい。

なにが腹が立つと言って、はっきり言えばあいつら、絶対に見えてないのである。当たり前だ、プロの強打者の強烈な打球に走って付いていけるわけがないのである。ボールが跳ね返って来たという現象だけでジャッジしているだけだ。その上、わからないくせに一応協議などして見せて、ポーズだけを示すから頭に来るのだ、最初から結論ありきのくせに。確かに人間の動体視力の限界を超えたものを要求されている審判に同情の余地はなくはないが、この手のトラブルが起きても、一向に善処の姿勢を見せない日本プロ野球機構の怠慢さは追求しなくはならない。テレビのリプレイがすべてを明白にしてくれているではないか、あれははっきりホームランである。しかし、本来ジャイアンツびいきに狂っていたはずの日テレのアナウンサーや解説者まで口を濁す始末。人間落ちぶれたくはないものである。

だが、アホ審判共に怒髪天を突く思いなのは、当然ではあるが、ジャイアンツの連中も断じて免罪ではない。

まずあのトラブル直後の原監督の見るからにゆるい抗議はなんだ、あんな抗議なら、流れを止めるだけだからやらない方がいい。性格の違いと言えばそれまでだが、星野や長嶋なら猛然と審判に食らいついていただろう、パフォーマンスだろうと、そういう姿勢を見せてこそ、チームの士気というのは上がって行くのだ。

そしてゴンザレスのタイムリーをなんとライトゴロに仕立てて、攻勢に大水をぶっかけやがった阿部のまぬけな走塁とその後の谷のぺっぴり腰のバッティング。最後にヘッドスライディングなんていうくだらない労力を使うなら、もっと気入れて打てよ。

それだけじゃない、味方が先制した途端に腕が振れなくなって、すぐに逆転された挙句、危険球で早々に退場した木佐貫。その危険球を頭に食らってビビッてるに違いない打者に対して、外角球ばかりを投げさせ、狙い打ちされてチームを敗北に導いた阿部のお粗末リード。5回ベテラン2人が作った絶好のチャンスに代打で出てきたものの、まともにバントがバットに当たらない加藤のだらしなさ。書いていればキリがない、とにかく一言で言えば「情けない!」としか言いようがない。

だいたい、こんな試合をあっさり負けるなんてあまりにも不甲斐ない。この手のトラプルマッチに勝ったのをあまり見たことないのも事実だが、あんなジャッジが甲子園ならまだしも、ジャイアンツの聖地、東京ドームで下されたこと自体、既にジャイアンツがなめられている証拠である。とにかく、全員猛省せよ!!

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2008年5月 6日 (火)

豊、ファイト!

武豊という人はよくよく「3連覇(連勝)」というものに縁がないらしい。メジロマックイーンの春の天皇賞3連覇を目指した93年春の天皇賞はライスシャワーの2着、99年に当時まだ、どの馬も成し遂げていなかった秋の中長距離距離GⅠ3連勝をかけて、スペシャルウイークで臨んだ有馬記念はグラスワンダーの2着。翌年、エアシャカールで挑んだダービーは自身の3連覇がかかっていたが、アグネスフライトの2着、そして今回、メイショウサムソンの天皇賞3連覇がかかったレースでまた2着である。

それにしても、武騎手は勝負弱くなった。一昨日の天皇賞、あの展開で差し返されて負けるなんて、かつての武では考えられなかった。まして、相手が絶対負けたくないと思っているに違いないあの冠の馬だったというのに・・・。

かつての蜜月が嘘のように、今や不倶戴天の敵とも言っていい武とアドマイヤ軍団。なにが原因かは諸説あるが、彼らが決別してから1年になろうとしている。その間、武はアドマイヤの馬に手痛い敗北を喫してきた。特に、距離適性から死角がないと思われた昨年のJCと今回の敗戦は痛恨ではないか。

2005年、ディープインパクトで颯爽と3冠を達成したあの年をピークに武の成績は下降線をたどり始めた。翌年、それまで3年間維持して来た勝ち星200勝ラインを割り込み、そして昨年は出だしから絶不調。岩田康誠、安藤勝己騎手に大きく水を明けられ、一時はリーディング絶望とまで言われたが、夏のローカルで驚異的な巻き返しを見せてリーディングは死守したものの、年間の主役は安藤に奪われた感があった。

そして今年は勝ち星こそ順調に伸ばし、現在快調にリーディングトップを走っているが、一部に「善臣病にかかった。」と揶揄されている。柴田善臣騎手は、何年か関東リーディングを続けて取った頃でも、午前中の平場のレースはよく勝つが、午後のメインに近づくに従って影が薄くなってしまうパターンが多かったが、それと似ているというのである。

確かにあの不調と言われた昨年ですら、同時期GⅠ1勝を含む重賞6勝をあげていたというのに、今年はわずかに2勝。人気を背負ってぶっ飛ぶケースが目に付く。勝ち星も勝率も遥かに上にいきながらも、既に重賞5勝の岩田に獲得賞金で後塵を拝し、安藤にも大して差がつけられない理由がここにある。

逆に特に今年に入ってからのアドマイヤ軍団の勢いはすさまじい、重賞を勝ちまくっていると言っていい。武が去った後のアドマイヤの主戦に収まったのが岩田であり、そして安藤であり、もう1人が売り出し中の若手の川田である。

今年に入って早々、アドマイヤの近藤利一オーナーから武に対して、手打ち、すなわち再騎乗の打診が為された。ところが、武の返答は即答でノーだったという。近藤は武の騎乗を批判して、すべての馬から武を降ろした。見かけのソフトさとは裏腹に、1度こうと決めたら絶対に考えを変えない武は自分の騎乗をとやかく言った素人に頭を下げる気など毛頭なかったようだ。

なんだかんだ言って武が可愛かった近藤も思わぬ彼の反応に激怒、完全な縁切りを決意し、現在に至る。武とともに今や騎手御三家を形成する岩田と安藤をがっちり抱え込んで、武なにするものぞで突っ走っている。

武としては意地でもアドマイヤの馬には負けたくない、自分を敵に回したことを後悔して、地団駄踏ませてやろう、そう思っていたに違いない。しかし現実は完全に逆に出てしまっている、豊と縁を切ってよかったと近藤は高笑いしているであろう。

かつて、武の前には、彼に乗ってもらいたい有力馬の関係者が門前群れを為していた。しかし、今状況は大きく変わった。彼を可愛がっていたベテランの調教師が相ついで姿を消し、代わって登場した若手調教師の中には

「いつまでも武豊ばかりでは競馬界の発展はない。」

と公言する者もいるという。乗りたい馬に乗り放題に近い状態だった武は、多くの騎乗依頼をソデにしてきたわけで、その時、厩舎スタッフとして煮え湯を飲まされた思いだった連中が、今調教師になっていて、一種のアンチ武の空気を醸成しているらしい。

傲慢という言葉とは程遠い武でも、こうなるのだから人間社会というのはむずかしい。しかし、今までが順風過ぎたのであり、彼の腕に期待し、また信頼する関係者がまだまだ多いのも事実である。あの童顔に惑わされがちだが、武も来年もう不惑である。しかし、第一人者の地位を手放すにはまだ若すぎる。

安藤、岩田そして内田博幸・・・武を脅かすとされる存在がみんな地方からの移籍組というのも寂しい話だが、武にない豪快さ、荒々しさをもつ彼らをねじ伏せてこそ、武もまた階段を上ることなるだろう。武豊のこれからのGⅠ戦線での活躍に期待したい。

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2008年4月23日 (水)

「勇気」が欲しい

今夜は久々の快勝だったようだが、そんな時に水を差すようなことを書く。

先日の日曜日、原監督は上原浩治を中4日で先発マウンドを送り、そして敗れた。この起用意図が全くわからない。

6連戦スタイルが定着している現代では、先発投手が6人必要なことは言うまでもない。現在のジャイアンツでは上原を始めとして、高橋尚成、内海哲也、木佐貫洋、そしてグライシンガーの5人は確定、残る1人に苦しんでいる。当初は2年目の金刃憲人が入るはずだったが、1試合投げただけで早々に2軍に降格してしまった。その空席が要は埋まらないのだが、あの日曜日、上原先発の他に次の選択肢があった。

①開幕3戦目に先発した3年目の栂野雅史 ②イマイチ最近はパッとしないものの、昨年終盤の救世主だった野間口貴彦 ③前日、急遽1軍に昇格してきた門倉健

の3人である。筆者はわざわざ呼び寄せた以上、当然門倉の先発と思っていたら、上原だったのだ。

まず、開幕3戦目、それもチーム連敗というプレッシャーの中で5回3失点だった栂野にその後、なぜチャンスを与えないのか?そして門倉になにを期待して、昇格させたのか?

今朝のスポーツ紙に上原の泣き言が載っていた。それはそれで、ふざけるなと言いたいが、それはともかく、投げるのが怖いと言っている投手に無理をさせて、いい結果など得られるはずがない。その前の中日戦でKOされた後、監督自らが上原と話し合った結果の先発だったらしいが、この手の無理をやって度々痛い目に合った過去2年の経験が全然生かされていない。

今はまだ4月である。顔ぶれとはあまりにも似合わないほど低迷するチームに焦りを感じるのはわからないでもないが、しかし慌てふためいて、無理をする必要性は全くない。繰り返すが、とにかく3位になればいいのが、今のシステムなのである。

坂本、亀井といった野手の抜擢はできても、こと投手の起用には極端に臆病なのが原の特性である。今日、内海が中5日で来たということは、このままみんなが中5日で投げて、日曜に今度は内海が中4日で行くということなのだろう。

門倉や栂野はなんの為にベンチにいるのだろう?今日、ぎっくり腰でファームに落ちた豊田清に代わって、東野峻というピッチャーが上がってきた。東野はオープン戦終盤まで、ローテーション入り候補だった投手、しかし今、上がって来て、彼に与えられる役割は・・・?

名前にこだわり、頼っているだけでは明日はない。シーズンは長い、今からムチを入れて息が続くわけがない、全く意味のないことだ。今の原監督に必要なのは勇気、誰かに賭ける勇気だ。

もう1つ、我慢する勇気。あまりにも原が中日、阪神を意識し過ぎているのが気にかかる。快調に飛ばす阪神を気にするなという方が無理なのかもしれないが、今の時期、阪神から勝とうが横浜から勝とうが1勝は1勝だと思う。今日はつながったようだが、打線の復調にはまだ少し時間がかかりそうだ、チームがそんな時期に焦ってもロクなことはない、自然体で臨んで、勝てる試合を確実にモノにしながら、戦力が整うのを待つ。それでも十分間に合う時期だと思うんですがね、原サン・・・。

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2008年4月 5日 (土)

打つ手なし

今年初めて、ジャイアンツ戦を、というより野球というものをじっくり見た。タイトル通りの感想以外、なにも浮かびようのない試合だった。

踏ん張りどころで、もっとも警戒すべきバッタ-にもっとも打たれてはいけないものを打たれてしまったグライシンガ-を責めるという考えは成り立つかもしれない。しかし、野球というのは点取りゲ-ムである。ピッチャ-が例え全試合0点に抑えても、それで負けることもないのかもしれないが、勝つ事も永遠にできない。そして現実としてピッチャ-が完璧に相手を抑え続けることなど有り得ないから、結局負ける、当然の結果である。

ジャイアンツがオ-プン戦から異常な貧打に泣き、黒星を並べ続けていたのは知っていた。オ-プン戦というのは勝ち過ぎても、また負け過ぎてもシ-ズンに入ってからロクなことはないということも経験上わかっていた。しかし、しばらくはどうしようもないだろうというのが筆者の気持ちだった。

あれだけオフに主力打者が続々と手術をし、キャンプに入ってからも怪我人は続出、五輪予選で離脱する奴はいるわで、レギュラ-はてんで揃わない。まともに連繋プレ-の練習なんかできなかったろう、そんな状態でシ-ズンに入ったら、いきなり勝ち始められるほどプロ野球は甘くないということだ。

4月はよくてトントン、そう思っていたし、それにはっきり言えば、今のシステムなら多少出遅れたって3位に入ればいいのだ。あとは3週間ほど好調が維持できれば「日本一」を名乗ることだってできるのである。とは言え、8試合消化の時点で1勝7敗とはさすがに恐れ入った。その1勝だって、ほとんど負け試合だったのを相手のピッチャ-が突然悪魔にでも魅入られた様に崩れてラッキ-パンチが当たっただけのことだ。

ガッツにとって、昨オフの手術は痛恨だったね。精密機械のように自らの身体とコンデションを一歩一歩作り上げて行く選手なだけに、メカニズムが完全に崩壊してしまった印象だ。一昨日の猛打で浮上のきっかけをつかんだかと思ったが、今日を見る限り、道のりはまだまだ遠い。

そして、たった1試合、それもTVで見ただけでこんなことを言ってはいけないのかもしれないが、ラミレスと李承燁はしばらく外した方がいいね。手術、そして一時帰国とバタついた李はまだわからないでもないが、ラミレスは一体今までなにをやってたんだい?どうもラミレスは典型的な「ジャイアンツプレッシャ-」に押し潰されつつある。

ラミレス獲得がささやかれ始めた頃、筆者はここで反対と書いた。打たないよ、来年はとはっきり書いた記憶もある。彼のこのところの成績をみればわかることで、複数年契約の最終年は頑張るがあとは・・・という傾向がはっきり見て取れる。

「4番とエ-スを強奪された。」

ヤクルトはそう怒号していたが、グライシンガ-はともかく、ラミレスはジャイアンツが盗ったのではない、ヤクルトの方が見限ったというのが真相に近い。ラミレスは残留を望んだにも関わらず、ヤクルトがもはやその価値なしと、ラミレスの要求を蹴り、そこへジャイアンツがダボハゼのように食いついたということだ。

そして、開幕からヤクルトが予想を覆す快進撃で一方のジャイアンツがこの体たらくである。今は、なにを言われても甘んじて受けるしかない、これが勝負の世界だ。獲ったのが間違いだとは思うが、獲ってしまった以上はなんとか活用する方法を考えるしかない。開幕2週間で、大枚をはたいて獲った選手をケガでもないのにファ-ムに落とすのは、勇気がいるかもしれないが、ケガが浅いうちに少しリフレッシュさせた方がいい。

そしてゴンザレスを呼ぶ、彼をセカンドに据え、サ-ド脇谷ショ-ト坂本で固定、実はガッツをファ-ストに回したいというのがこの布陣のミソだ。これでガッツの守備の負担を軽くして復活の手助けをしたいのだ。そしてニ岡が戻ってきたらそのままサ-ドへコンバ-トする。これも前に書いたが開幕早々彼がケガをしたのは、悪コンディションももちろんあったが、もう彼の足がショ-トというポジションに耐えられないという証明。その方が本人の為にも、チ-ムの為にも絶対にプラスになる。承燁さん?まぁ当分代打で頑張ってもらうしかありませんな、そうしながら調子を上げて自力でポジションを取り戻すことを考えてもらうしかない。

ラミレスの代わりのレフトも今日ヒットを放った谷もいいが、隠善あたり使いたいよね。相変わらず打撃が弱いが、亀井の守備はやっぱりいいね。その亀井の好守に助けられたものの、8回敵の1~3番をピシャッと抑えた山口、そして今日2安打の坂本、ジャイアンツにだって新しい風を吹かせられそうな選手は着実に出てきているのだ。

でもこの企画、まずは「ミスタ-ケガ野郎」ことゴンちゃんが現在、プレ-できるのかどうかから、まず確認しなくてはならないし、現実として辰つぁん、いやジャイアンツの監督にはそういう冒険はできないだろうな。まだ始まったばかり、ガタガタすることはないとの声もあるだろうが、ここまで主力の調整が遅れているとなると、そんなことも言ってられまい。本当なら阿部ちゃんだって、引っ込めて調整させなきゃいけないレベルだぜ、でもそこまでしたらチ-ム編成がガタガタになっていよいよ戦えなくなっちゃうからなぁ・・・。

明日はこれも出遅れていた木佐貫が先発らしいけど、まぁ冗談抜きで彼が完封でもない限り、勝機は99%(ホントは100%って言いたいけど)ないだろうね。あ~あ、明日は仕事でよかった!

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2008年3月13日 (木)

ショートストップ

初めて野球場へ行った時、そのテレビの画面で見る世界とのあまりのギャップに驚いた。野球場とはこんなに広いところだったのか、これじゃどこに打ってもヒットになる。子供心にそう思ったものである。しかし現実の野球はあのグラウンドに9人の人間が立つだけで恐ろしく狭き場所に早がわりしてしまうのだ、なんとよく考えられたスポーツなのであろうか。

その9人の選手の中でもショートストップ、日本語で「遊撃手」と称されるポジションの担当範囲は半端ではない。セカンドベースとサードベースの間に陣取り、その間に飛んでくる打球の処理はもちろんのこと、ベースカバー、果ては外野手のカバーやフォローまでがその役目に入ってくる。内野手の中でただ1人、担当ベースのないその存在はまさに「遊撃」の名にふさわしい。

広岡達朗、豊田泰光、吉田義男・・・過去に名ショートと謳われた選手は何人もいるが、筆者が実際にプレーを見た中で1人挙げろと言われれば文句なく今はなき阪急ブレーブス黄金期を支えた大橋譲の名を挙げたい。今のようにパリーグの試合が気楽にテレビで見られるなんてことは全く考えられなかった時代、たまたま目に入った阪急の試合を見て筆者は驚いた、なんで阪急はショートがいないのだろうと思ったのだ。そして次にカメラがターンしてその問題のショートを捉えた時、筆者はまたまた驚かされた。

「あのショート、レフトの目の前にいる。」

いささかオーパーかもしれないが、その時には本当にそう見えたのだ。あんなんで、ショートゴロ来たら全部セーフじゃねぇか、幼心の当然の疑問はすぐに解消された。次の打者が放ったショートゴロをさばいた大橋は矢のような送球でゆうゆうとファーストで打者走者を刺して見せたからだ。すごいものを見たと思った、この人がショートを守っている限り、三遊間を抜くヒットなどあり得ないと思った。そんな大橋のプレーをその後何度見られただろう、生で見ることもかなわなかった。今にして大きな心残りである。

そんな広範囲の守備力を求められるショート、大橋の後にもいいショートはいっぱい見た。山下大輔、石毛宏典、池山隆寛、野村謙二郎・・・しかし彼らに共通するのはある程度の年齢に達するとみんなショートのポジションを離れていったことだ。しぶしぶ引導を渡された者、自ら望んでコンバートされた者と事情は様々だったが、ショートのポジションを維持するというのはかくむずかしいことなのである。

筆者が野球ファンになった頃のジャイアンツのショートは河埜和正、打力はともかく守備はなかなかのものであったが、晩年はみじめだった。信じられないようなミスを連発してついにショートを追われ、その年限りで引退して行った。その後の群雄割拠の時代を経て、次にショートのポジションを手に入れたのは川相昌弘、投手出身の彼は自慢の強肩と広い守備範囲が売り物であったが、やはり打撃に難があり、二岡智宏にその座を譲り渡すことになる。二岡はジャイアンツ待望の大型ショート、クリーンアップをもこなせる打力にその守備力も歴代のショートにひけをとらかった。ジャイアンツは向こう10年、ショートには困らない、彼が入団した当時ささやかれた言葉は嘘ではなかった。

だが・・・時は流れた。若い若いと思われていた二岡も30の声を聞き、今年はついに選手会長の重責を担う「重鎮」になった。そして、その守備力の衰えは残念ながら隠せないものとなってしまった。昨年のCS惨敗の後、伊原ヘッドコーチはこう嘆いたという。

「二遊間の差で負けた。」

今やその鉄壁さは日本一との呼び声も高い荒木ー井端の中日コンビに対して、もともとサードでなかなか守備力に成長を見せないセカンド脇谷亮太と足に爆弾を抱える二岡のコンビでは勝負にならないということだった。そしてオフに二岡は右ひざを手術、今年の開幕に間に合わないとの観測も流れた。

危機感を覚えた首脳陣は「ポスト二岡育成」を掲げ、若手内野手を徹底的に秋季キャンプで鍛えた。それに対して二岡が激しい不快感を示すおまけもついたがチーム内の競争は諸手を挙げて賛成というところである。

そして今日、東京中日、デイリーというカルト2紙を除く主要スポーツ4紙が久々にジャイアンツの選手を足並み揃えて一面で取り上げた。

「坂本勇人 19歳 ポジション ショートストップ」

である。昨年、延長12回の死闘となった中日戦で決勝打を放ったあの若武者である。待望久しい、ジャイアンツのニュースター候補、その名は春先からたびたび取り上げられてはいた。しかし、オープン戦に入ると結果が出ず、2軍落ちもささやかれ始めた矢先、昨日の試合でなんと4打数4安打を記録し、一躍脚光を浴びたのである。あの松井秀喜以来となるジャイアンツの10代選手の開幕スタメン、それを再び目指す資格を坂本は自らのバットでつかんだ。

二岡の復帰は依然未知数、セカンドのポジションもせっかく目の前にあるチャンスを脇谷がつかみきれず、ゴンザレスも外人枠の関係で開幕1軍ベンチ入りが絶望の中、坂本の前途は大きく拓けている。足に不安を抱える二岡が例え、間に合ってももうセカンドにコンバート、ショートは坂本でいけるということになれば、今年のジャイアンツは楽しみだ。プレッシャーは相当あると率直に認める坂本、しかし君に対する期待はどうしても大きくならざる得ない。是非それを掴み取って欲しい、頑張れ!!

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2008年1月22日 (火)

「大型補強だけで勝利の女神は振り向いてはくれない」

年頭にもらった年賀状のうちの何通かに「ジャイアンツはやりすぎ」「なにを考えているんだ」等の非難の声が記されていた。やりすぎと言われても、当方はジャイアンツの関係者でもなんでもなく、返答のしようもないが、なにを考えているかはよくわかっているつもりだ。ジャイアンツがやっていることは「常勝巨人」の復活、その目標をひたすら追求し続けているのである。

「いまどき、過去の栄光が忘れられずに追い求めているのはジャイアンツと紅白歌合戦。」

ある知人の言葉に年明け早々に苦笑いさせられた、確かにそうかもしれない。このチームの「勝つ」ことに対する飽くなき執念と貪欲さはある意味、感嘆には値する。やりすぎと言われようと、少なくともこのオフにジャイアンツの行った選手獲得は確かに「補強」の名に値するだろう、かつてのとにかく選手をかき集めることに狂奔していた時代とは明らかに違う。だが、それで筆者が心弾む日々を送っているかと言われれば、それはまた別の問題になる。

「巨大戦力」と評されながらも、その名に全く値しない無様な戦いぶりを見続けて来たことがトラウマになっていることは間違いないし、とんびがあぶらげをさらうかのように、なんの躊躇もなく、他球団から外人さんを引き抜いてくるやり方にすっきりしないものも感じている。自らの外国人選手のスカウティング能力のあまりの低さに対する反省も改善も感じられないことがそれに輪をかける。

このオフ、ジャイアンツでは高橋由伸、谷佳知、小笠原道大、李承燁、二岡智宏と実に主力5選手が相次いで手術を受けた、去年の打順で言うと1番から5番の選手に相当する。改めて異常事態と言っていいだろう。投手で言えば林昌範もリハビリ中だ。昨年、辛うじてリーグ優勝を果たしたものの、特に内野手の層の薄さは慄然とするものがあり、リハビリが遅れているとされる小笠原、二岡が開幕に間に合わなかった時のことを考えると背筋か寒くなる思いもある。埋めても埋めても埋まらない世代の断層がそこにある。

筆者は補強を否定しない。タイガースあたりがガタガタ騒いでいるが、自分達も同じようなことをやった挙句、競争に負けたに過ぎない連中がなにを抜かしているのか。FAも逆指名ドラフトも外国人選手のゴネ得もおかしいと思うし、悪法だとは思うが、「法=ルール」である以上、その活用の否定をひいきチームに強いるつもりもない。

だが、筆者は「読売ジャイアンツ」というチームを愛し、応援して来た。ラミレスの獲得は左打者天下のジャイアンツには確かに大きな力となりうる。彼が4番に座ることによって強力なジグザグ打線が完成する可能性は高い、しかしその打線の核となるクリーンアップは恐らく「3番小笠原、4番ラミレス、5番李」という3人で構成されるはずである。そんなチームがもはや「ジャイアンツ」と言えるか?

だが、久しぶりにジャイアンツ関係者から心に響く言葉を聞いた。

「少しでもたるんだプレーをした選手は東京ドームを去れ。」

「大補強で腐っている若手は必要ない。」

先日のスタッフミーティングでの滝鼻卓雄オーナーのゲキてある。そして本日のタイトルにも使った勝利の女神は振り向かないが続き、最後にこう結んだと言う。

「名前を呼ばれたら、ファンの顔を見よ、手を振れ!そこでつながった糸が巨人ファンの層を厚くする、また熱くするのだ。」

解雇されてしまったが、昨年第5の外人扱いされていながらもライバル達のケガや不調からチャンスを得て、1年間一軍に頑張ったホリンズの姿を見ていたはずだ。前述のように盤石に見える主力達もほころびている。確かに腐っている暇も、必要もないのだ。高橋由、二岡そして阿部慎之助よ、他球団から来た腕利き達に栄光のジャイアンツのクリーンアップを占拠されて悔しくないのか!矢野謙次よ、谷に堂々、挑戦状を叩きつけろ!坂本、円谷、寺内の2年生トリオよ、リハビリにもたつく二岡なんか蹴落とす気概を見せてみろ!

オーナーの熱いゲキに応える、応えようとする心が監督以下の選手達に、そしてフロント陣にも芽生えた時、ジャイアンツはきっと甦る。人は笑うかもしれないが、筆者は今年のジャイアンツになにか希望が持てたような気がしている。勝利より大切なものがあるなんてカッコ付けたことを言うつもりはない、みじめな戦いを繰り返すジャイアンツなんて絶対見たくもない、だけど今年は是非、心を打つ戦いを、どんな状況にも決して諦めない戦いを見せて欲しい!

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2007年12月 8日 (土)

無法地帯

そこは正確には「無法地帯」ではない。それなりの法とルールがあり、一応それに基づいて物事が進行してはいる。しかし、その法やルールがあまりにもバカげていて、その世界は刻一刻と崩壊への道を進んでいるとしか筆者には思えない、と言っても、別にそんな深刻(?)な話ではない、たかが日本プロ野球界のことである・・・。

日本が格差社会になっているとの指摘がある。それについてはいろいろ議論もあるようだが、日本のプロ野球界は間違いなく、格差社会になっている。この傾向はどんどん顕著になりつつある。

今年、セリーグの最下位に沈んだ東京ヤクルトスワローズから16勝を挙げたエース、グライシンガーと右打者で日本初の200本安打を放った主砲ラミレスが去った。更にローテーションの一角を担った石井一久がFAで西武ライオンズに移籍した。またそのヤクルトを辛うじて振り切って5位となった広島東洋カープもエースの黒田と4番の新井がFAでチームを去った。これからどんな補強をするのか知らないが、来年のこの両チームに光明を見出せる人がいたら、お目にかかりたいものである。

問題は彼らの行き先である。黒田はメジャー、新井は阪神、グライはジャイアンツとタイガースの争奪戦、ラミレスもジャイアンツが獲得に動くとの報道が今日あった。

それだけではない、セリーグ4位の横浜ベイスターズの守護神クルーンは契約がこじれ、ジャイアンツに、2位の中日ドラゴンズは福留がFAしてジャイアンツとメジャーの争奪戦になっている。福留を失った中日も黙ってはいず、ライオンズをFAした和田に食指を伸ばし、ラミレス争奪戦への参加も噂される。

なんのことはない、結局は下位チームから上位チームにどんどん選手が流失しているのだ。金のないチームは戦力をどんどん失い、金のかけられるチームは太っていく、それだけのことだ。

黒田も新井もカープへの愛着は持っていた。しかし、彼らはチームを離れる決断をした。求める金額がカープでは手に入らないということもあったろうが、野球選手として優勝を争う地位にすら手が届かないチームに居続けるのはつらかったのだろう。そんなの昔は当たり前だったという人もいるが、FAという制度が現実にある今、かつての選手と同じ忍耐を求めては可哀想だろう。

FAという制度がどんな結果をもたらすかは先行導入したアメリカを見れば明白だった。それをなんの工夫も考証もなくいきなり導入したのは、時代の趨勢という面もあったが、主に筆者のご贔屓チームの首脳のゴリ押しに過ぎない。

いい選手が獲りたい放題、ジャイアンツは無敵になる。首脳と彼を背後で躍らせた某監督はそう夢想したのだろう。まさに己を知らず、「井の中の蛙、大海を知らず」を地でいってしまったのだ。

いい選手を集めても、チームのバランスが崩れ、それを使いこなす能力も監督になく、無様な戦いを続けて、その歴史と伝統に泥を塗り、人気も急落したのは所詮自業自得である。しかし、FAという制度が、文字通り選手がフリーになれるのだということを理解していなかったのだ。

やがて選手はジャイアンツになど見向きもせず、日本のプロ野球などになんの未練も見せずにメジャーを目指すようになった。文字通りの流失、国内のFA移籍ならやれ人的補償だ、移籍金だとうるさいくせにアメリカとはそんな交渉すらできないらしく、ただ選手をとられるだけ。いい選手はみんなアメリカ、残りはカスばかりという現実が刻々と近づいているのに、なんら手も打てない。いざとなればポスティングでうっぱらえばいいやというさもしい根性、これが選手のわがままを増長させているだけだとは思わないのか?そして国内に目を向ければ最初に記したような有様だ。このままで本当にいいと思っているのだろうか?

選手会の方は相変わらず、FA権取得期間の短縮などという寝言を繰り返して、裁判を起こそうとまで企んでいる。どうしてもそれがしたいのなら、ドラフトの完全ウエーバー制とせめてリンクさせなきゃだめなのだが、それも某ご贔屓チームがなぜか頑強に抵抗して先に進まない。

このままではソフト、ハード両面で早晩日本プロ野球界は崩壊するだろう。こうまで格差が広がっては弱いチームはどんどんファン離れし、経営がなりたたなくなる。近鉄のようにギブアップする企業が続出する恐れがある。チーム数の減少がプロ野球にいい影響を与える要素はまず1つもないだろう。

そして一番の根幹である選手の流失が止められない以上、その方向はいよいよ加速する。松井秀喜に去られ、上原浩治も確実に来年で巨人を去る。福留に出されているメジャーのオファーはジャイアンツが逆立ちしたってかなわない。今更、FAを廃止することなどできないだろうから、せめてメジャーときちんと話し合ってルールを確立させないと、それにはジャイアンツにそろそろ目を覚ましてもらわないと本当に手遅れになる。

かつての盟主、王者の面影もないジャイアンツにそんなことを望むべくもないのだろうか、いや、唯我独尊ではもはやいられなくなった今こそ、そう声を上げるべきはずなのだが・・・。

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2007年11月16日 (金)

人情紙のごとし

長い人類の歴史の中でも、神や仏と並び称されたのは、恐らくこの人だけだろう。人呼んで「鉄腕」、来る日も来る日もチームの為に投げ続け、そして勝利するこの人を、いつしかファンはこうあがめたのだそうだ。

「神様、仏様、稲尾様。」

稲尾和久さん、享年70は奇しくもかつての西鉄ライオンズの同僚で先に亡くなった仰木彬さんと同じ、先月のCSでは元気に解説を務め、自身の記念館のオープニングセレモニーでも、あのトレードマークの柔和な笑顔を振りまいていたというのに・・・。

「ちょっと検査で入院するから。」

親しい人達にそう告げて病院に入ってわずか半月で鉄腕は帰らぬ人になってしまったという。

「僕の中で、西鉄ライオンズは今日で消滅しました。」

稲尾さんの突然の訃報に豊田泰光はこうコメントした。何者にも媚びず、強烈な自己への自信と信念に生きている硬骨漢豊田にここまで言わしめた稲尾さんの存在感の大きさ。稲尾さんの現役時代とは全く共生できず、西鉄ライオンズなどにはなんの感慨を持たない筆者も、あの見るからに心暖かな容姿と解説にもう触れることもできないのかと思うと、とてつもなく寂しくなる。心からご冥福をお祈りしたい。

現役通算276勝、タイトルも栄誉もある意味欲しいままにした稲尾さんだったが、その現役晩年は若い時の三原脩監督による酷使がたたり、悲惨だった。それでも稲尾さんは恨み言1つ言わずに、三原を恩人として徳とし続けた。無名だった自分を見出してくれた三原の眼力がなければ゛、今日の自分はないと言うのである。その恩人から頼むよと言われれば、どんなに疲れていても、稲尾は嬉々としてマウンドに上がり、そして見事にその期待に応えた。情とか恩義、義理というものが、まだ色濃く存在した時代だったのだろう。

稲尾さんの訃報とほぼ、時を同じくして今年、FA権を行使する9選手が確定した。黒田、和田、小林雅、石井一、新井、下柳、薮田・・・史上最高の面子と言っていい豪華なメンバーだが、筆者が驚いたのは福留孝介、福盛和男のFA宣言だった。

むろん、両選手とも取得した権利を正当に行使したに過ぎず、その意味で非難される筋合いは全くない。しかし筆者が首をかしげるのは、彼らが今年、シーズン半ばで戦列を離れ、いずれもアメリカで手術を受け、そのままシーズンを棒に振ってしまったからである。ケガはスポーツ選手に付き物である。しかし、その手術代、リハビリ費用は誰が負担しているかだ。本人ならいい、しかしこれは通常なら所属球団だ。当たり前と言われるかもしれないが、そして球団を離れる前提でのFA宣言、そこに心の痛みは少しもないのか。

福盛は楽天の守護神として3シーズン、フル回転した。しかし、横浜を出され、層の薄い楽天ならではのストッパー抜擢であった。期待に応えた本人が素晴らしいのは確かにしても、見出してもらったという恩義は感じないのか。

日本シリーズに勝ち、アジアチャンピオンにも輝いた中日だが、おもはゆい思いはぬぐえないのではないか。それはレギュラーシーズンではジャイアンツに敗れたという事実は消せないからだ。CSで優勝した時、落合監督は胴上げを拒否した。あの人一流の皮肉と嫌味を感じたが、それでも素直に舞えないという気持ちはあったのだろう。それでも、福留が後半戦健在だったら、どうだったろう。勝負事にたらればは不要とはよく聞くが、それにしても戦っていて、3番が井上一樹や中村紀洋だったことに胸をなでおろしたのは1度や2度ではなかったように思う。肝心な時に迷惑をかけたという後ろめたさはなかったのだろうか。ひいきチームが福留獲得に走り、筆者もファンとしてそれを望んでいるのに、福留の姿勢を批判するのはおかしいとは思うが、なにか違和感がぬぐえないのだ。

ここ数年のプロ野球選手の増長というか、傲慢ぶりには腹にすえかねるものを感じている。2004年に突如として起こった近鉄消滅から端を発した1リーグ構想は世間の総スカンを食い、それを声高に批判し、史上初のストライキまで打って戦った選手会の当時のトップ、古田敦也は一躍ヒーローとなった。

しかし、当時から筆者はおかしいと思ってきた。渡邊恒雄という人物のプロ野球界やジャイアンツに残した害毒は、それだけで万死に値すると思っている。彼が当時、非難の矢面に立たされたことになんの同情もする気はないが、選手会をヒーロー視するのはどう考えてもおかしい。ナベツネのゴリ押しでおいしい思いをしたのは、ジャイアンツを含む球団側ではなく、間違いなく選手である。FA成り金のような高額年俸の選手が続出し、それでプロ野球の人気が上がったかと言われれば、そんなこともない。収支バランスのあまりの崩れに球団、いや親会社が悲鳴を上げるのも仕方なかろう。

どんな企業でも、収支バランスがとれなくなれば、潰れるしかない。パリーグ発足以来の唯一の生え抜きであり、それを誇りにもしていたはずの近鉄があんなことを言い出したという事実はもっと重視していいはずだった。それなのに、選手はもちろん、世間も球団を放り出そうという企業側のみを叩いた。1度、球団を持った企業はどんなことがあっても、選手を守って奉仕し続けなければならないのか。買い手のない球団、その責任は選手にもあるのではないのか?

自分達にも反省する点はある、そんな殊勝な台詞を古田以下、当時の選手から聞いたこともなかった。自分達の年俸が不当に高過ぎるという意識は本当になかったのか?古田なんて奴はあの最後の2年間の現役選手としての醜態はなんだ、まさに月給泥棒の典型じゃないか、あんな奴が闘士としてもてはやされていた事実が腹だたしい。

ポスティングという制度はジャイアンツの反対を押し切って導入された、ある意味めずらしい制度だが、それがまたどうにもならない悪制度だから救いがない。FAでただで選手を持ってかれるくらいなら、その前に銭で叩き売っちまえという球団側のさもしい根性の賜物なのだが、これを使ってメジャーに行かせろと毎年ごねる奴が出るのもムカつく。

FAが選手の権利なら、ポスティングは球団側の権利である。そんな根本的なことも理解できない幼稚さ、こんな選手のわがままに、なぜか世間は寛大だから、球団もなかなか毅然とはねつけらけない。ヤクルト青木や日ハムのダルビッシュなんて確かに、残している成績は大したものだが、それでもプロ入りして2年や3年でもうメジャーに行かせろなんて、いくらなんでもなめすぎてないか!義理人情がすべていいものだとは思わない、しかし昨今のプロ野球選手の言動の嗜み、慎みのなさはあまりにひどい。

伝え聞くと福盛は治療代を弁済してから、チームを出る意向らしい。せめて、そのくらいのけじめはあってもいいだろう。意気に感じて、結果として選手生命を縮めてしまった稲尾さんの悲劇も切ないが、あまりにもドライな生き方もどうなのだろうか、プロ野球選手にだけ、そんなものを求めても可哀想、時代が違うんだよ、と言われてしまうと、言葉に詰まるが・・・。

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2007年10月22日 (月)

あっという間に・・・

しばらく更新できない間に、セリーグの第二ステージはあっという間に幕を閉じてしまった。しかし、なんにもない屁みたいな3戦でしたな。怒る気にもならないような完敗の連続、むしろ相手の中日に申し訳ないくらいの情けない敗退でした。

ウッズというのは確かに相手の4番打者かもしれないが、成績から見てもあそこまでビビって逃げ回るような選手かね、挙げ句の果てにドカンだ。更に8番打者にああもいいように打たれたら勝負にならんよね。リーグチャンピオンとしての誇りも意地も全く感じられない、ただただ恥しいばかりの試合の連続。選手、首脳陣、関係者に成り代わって本当に深くお詫び申し上げます。

とにかく、今年は野球はこれで終わり。北京五輪の予選はあるが、他はもう勝手にやっててくれの一言、なんの興味もありませんなぁ。ジャイアンツは来年に向けて、どうチームを編成し直すか、ラミレス獲得なんて報道もあったが、まぁ止めときなさい。打たないよ、絶対に、来年は。でも野手の層の薄さはすぐにはなんともならんからね・・・、この間の高校生ドラフトを見ても、まだ投手を補強しようとしている感覚のズレは厳しいよね。それとも本当に素材がいないのかね、セカンドとセンターに穴があいているチームなんて本来強いわげないからな。

とりあえず、今日は更新したということで・・・また改めて。とにかく力はいらんわ、ハ~ァ。

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