文化・芸術

2008年6月19日 (木)

「なかなか簡単にはいかないと思ってました。」

老雄、中原誠は燃えていたはずだ。森内俊之、佐藤康光とタイトルホルダーを連破して迎えた、竜王戦5位決定戦決勝。ここに勝てば、2年連続の本戦出場が決定、そしてそれは現役タイトルホルダー3連続撃破の偉業を伴うはずであった。しかし・・・相手が悪かった。羽生善治二冠と中原のほぼ4年ぶりの対局は、羽生の完勝に終わった。

佐藤に勝ってから、一ヶ月あまり。その間、非公式戦の達人戦の対局や、表面には出ないTV対局があったかもしれないが、ここに照準を合わせていたに違いない中原に対して、しかし羽生にとっては、本当に数多い対局の1つでしかなかったろう。この対局が行われたのが6/9、その前後のスケジュールを見ても、5、6両日に名人戦第5局を甲府で戦い、11日には新潟へ飛んで棋聖戦の初戦、そして16、17日に名人戦の第6局が山形、更にこの後、19日に王位戦挑戦者決定戦、21日に愛知で棋聖戦第2局とまさに休む暇のないスケジュールである。

羽生も早いもので37歳になったそうだ、しかし、その足取りにはいささかの乱れもない。そしてついに一昨日の対局で森内から名人位を奪還、中原、谷川浩司に続く史上3人目の名人位2度目の復位を成し遂げると同時に、念願の「19世永世名人」の資格を手に入れた。羽生の実績からはむしろ遅すぎたとの声もある、森内に先を越されたのはもちろん、勢いからすれば、17世の谷川を差し置いても不思議ではなかったかもしれない。そんな声に対しての、羽生の答えが、今日のタイトルの言葉であった。栄光に慣れ、数多くの勝利も、タイトルも欲しいままにして来たと言っても過言ではない羽生にして、この言葉。「名人位」というタイトルの重さを改めて感じるしかない。

それにしても、彼は、弱冠19歳で竜王位に就いてから今日まで、トップの座をいささかのゆるぎもなく、維持し続けてきた。そして、それはこれからも、当分の間続いていくことであろう。先輩を蹴落とし、同年代のライバル達を圧倒し、そして後輩達の追随も全く許さない勝負師としてのスキのなさは「不倒」という言葉すら、捧げたくなる。

獲得タイトル数でも、前時代の覇者中原の記録はとうに抜き、あとは大山康晴の牙城に迫るのみだが、これとて単に時間の問題としか思えない。そして永世称号6つ目の獲得は大山、中原にすら出来なかった快挙。残る竜王位も永世称号まであと1期、同じく永世竜王位に王手をかける渡辺明現竜王との初代永世竜王位をかけた決戦が秋に実現したら、ファンとしてはたまらない。

前にも書いたが、羽生の凄さ、これは「簡単に土俵を割らない強さ」、ということに尽きると思う。そしてタイトルを失っても、また取り損なっても、また次の年に挑戦者として現れてくる強靭な精神力と抜群の棋力。羽生善治という棋士、そして人間としての生き様、更に勝負師としての凄さには、改めて敬服するしかない。彼の姿にこそ、「第一人者」とはかくあるべきと教えられる。ただ、ただ頭を垂れるのみである。

最後に敗れた森内に一言。羽生相手にあんな大ポカをやってしまった以上、今回の名人戦の帰趨はすでに明らかであった。今回の結果に、驚くことはなにもない。だが、永世名人の資格を得てから、丸1年。森内の精彩のなさは一体、なんなのだろう。羽生にとって森内の存在は谷川とも佐藤康光とも違う特別な存在だと思っているのは筆者の思い入れが強すぎるのだろうか。まさか羽生より先に永世名人になって、ホッと一息ついているわけではないだろうが、これからの羽生を輝かせるのは、いや将棋界を盛り上げられるかは、ひとえにこの人にかかっていると思う。史上空前の大混戦、大乱戦とも言える今年のA級順位戦、久しぶりにこの激戦の只中に身を投じることになった森内だが、前名人、永世名人資格保持者として無様な戦いは絶対に許されない。奮起に期待したい。

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2007年11月18日 (日)

将棋順位戦異聞

最初に前稿「人情、紙のごとし」に対して、KIDさんという方から抗議のコメントをいただいた。ダルビッシュ有投手は今までメジャーに対する意欲を1度も見せたことはなく、某雑誌でのインタビューにおいても、明確に否定しているので、彼に関する文章は取り消して欲しいとのことであった。

KIDさんはダルビッシュ投手個人または北海道日本ハムファイターズの熱烈なファンとお見受けする。当然、ジャイキチ一本槍の当方より、遥かに彼に対する情報はお持ちだろう。しかし、そんな方に逆らうようで申し訳ないのだが、ダルビッシュが1度もメジャー志望を口にしたことがないという点に関しては同意いたしかねる。しかし、筆者はその雑誌を見ておらず、彼がそこではっきりそう発言されたのであれば、それが現在のダルビッシュ投手の心境であることは疑う余地もない。その点、筆者の認識が間違っていたのであり、訂正してお詫び申し上げたい。

さて、現在将棋界にある7つのタイトルのうち、最高峰とされているのは現在渡辺明に佐藤康光が挑戦している「竜王戦」である。しかし、現実には長い歴史と伝統に裏打ちされた「名人戦」の存在は重く、将棋界はその予選である「順位戦」を中心に回っているといって、全く過言ではない。

「順位戦」とは文字通り、名人を頂点としたプロ棋士全員が順位によって序列づけされており、まさに現役棋士のランキングである。なんらかの事情でその序列から外れたしまった「フリークラス」の棋士もいるが、彼らの現役続行には厳しい規定があり、ある一定の規定を満たして、順位戦に復帰できないと、最終的には現役を追われることになる。逆に、5クラス編成になっている順位戦の中のトップ「Aクラス」に所属する10人とその彼らの上に位置する名人の計11名はその年の自他とも認める将棋界のトップということになる。

Aクラスとその下のB1クラスは1年間に渡って、所属棋士による総当たり戦が実施される。A級トップは名人への挑戦権を得、成績下位2名は降級となるのだが、ここ数年、上位の壁は厚く、せっかく下から上がっても、厚い壁に跳ね返され、1年で降格という光景が繰り返されてきた。今年、A級には木村一喜、行方尚史両八段が初の昇格を果たした。2人には申し訳ないが、この2人が1年後、すごすごとB1に逆戻りさせられるのは間違いないと筆者は考えていた。

ところがどっこい、様相が全く違うのである。行方は1勝4敗と苦戦を強いられているが、木村はなんと現在まで4連勝。次の相手が同じく連勝中の郷田正隆九段であり、その結果次第では単独トップにも踊り出そうかの勢いである。逆に現在2冠、挑戦争いでも対抗に押されていた佐藤が勝ち星なしの5連敗。昨年初めて、順位戦での負け越しを記録してしまったとおもったら、もう今年は早々に負け越し決定である。

更に永世名人の資格も持つ谷川浩司九段も昨日やっと久保利明八段に勝って、今期順位戦初白星。久保、行方という自分達より順位の低い不振者がいるので、まだ焦ってはいないだろうが、特に、未勝利の佐藤はやはり気持ちは悪いだろう。タイトルホルダーや永世名人資格保持者のA級陥落などがもし起こったら、これはまさに事件である。今後の2人の巻き返しに注目したい。

その下のB1は不運が重なり、なかなかA級に定着できないものの、ここでは一枚抜けている深浦康市八段(現王位)といよいよここまで上がってきた若き竜王渡辺の昇級でガチガチかと思っていたら、これもさにあらず。深浦は鈴木大介八段、高橋道雄九段の後塵を拝し、現在3番手。渡辺に至っては、「鬼の棲家」とあだ名されるほどの実力者揃いのこのクラスの痛い洗礼を受け、現在2勝5敗は昇級どころか、順位が一番下なだけに、まだ降級の危機すら脱していない。中原、谷川、羽生、一時代を築いた大棋士達はこんな所で足踏みはしていない、まして降級などということは渡辺クラスの棋士には絶対に許されることではない。奮起を期待したいものである。

最後にやや、話題は逸れるが、還暦を迎えて、先日名誉王座をその肩書きに加えたばかりの中原誠がいよいよ「16世永世名人」も名乗ることになった。一応永世十段も加え、3つの肩書きを名乗るそうだが、現実には「中原16世名人」と称されることになるはずだ。現役引退後に名乗るのが、ルールのはずの永世名人位をなぜ今、急に襲名することになったのか、首をひねらざるを得ない。河口俊彦七段曰く、将棋界のルールは人によって変わるのだそうで、15世名人の大山康晴も名人位を失って早々に、名乗っていた事実はある。

しかし、厳しい言い方になるが生涯現役A級を貫き、一線に踏みとどまったまま亡くなった大山はまだしも、今の中原に現役のままそう名乗る資格があるのだろうか?史上初の永世名人資格保持者としてのA級陥落の屈辱を味わい、順位戦での戦いも放棄した中原に残された現役の時間は長くてもあと5年。奮起して永世名人にふさわしい戦いができるのか、疑問は大きいといわざるを得ない。更にまたぞろ例の女性問題を蒸し返され、いらぬ非難も浴びる心配もある。

誰がどういう理由で中原にそれを勧め、中原もどういう心境でそれを受けたのか、筆者には全く窺うことすらできないが、現在も一部に囁かれている名人位の権威失墜に拍車をかけることになりはしないか、ウ~ン・・・。

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