「なかなか簡単にはいかないと思ってました。」
老雄、中原誠は燃えていたはずだ。森内俊之、佐藤康光とタイトルホルダーを連破して迎えた、竜王戦5位決定戦決勝。ここに勝てば、2年連続の本戦出場が決定、そしてそれは現役タイトルホルダー3連続撃破の偉業を伴うはずであった。しかし・・・相手が悪かった。羽生善治二冠と中原のほぼ4年ぶりの対局は、羽生の完勝に終わった。
佐藤に勝ってから、一ヶ月あまり。その間、非公式戦の達人戦の対局や、表面には出ないTV対局があったかもしれないが、ここに照準を合わせていたに違いない中原に対して、しかし羽生にとっては、本当に数多い対局の1つでしかなかったろう。この対局が行われたのが6/9、その前後のスケジュールを見ても、5、6両日に名人戦第5局を甲府で戦い、11日には新潟へ飛んで棋聖戦の初戦、そして16、17日に名人戦の第6局が山形、更にこの後、19日に王位戦挑戦者決定戦、21日に愛知で棋聖戦第2局とまさに休む暇のないスケジュールである。
羽生も早いもので37歳になったそうだ、しかし、その足取りにはいささかの乱れもない。そしてついに一昨日の対局で森内から名人位を奪還、中原、谷川浩司に続く史上3人目の名人位2度目の復位を成し遂げると同時に、念願の「19世永世名人」の資格を手に入れた。羽生の実績からはむしろ遅すぎたとの声もある、森内に先を越されたのはもちろん、勢いからすれば、17世の谷川を差し置いても不思議ではなかったかもしれない。そんな声に対しての、羽生の答えが、今日のタイトルの言葉であった。栄光に慣れ、数多くの勝利も、タイトルも欲しいままにして来たと言っても過言ではない羽生にして、この言葉。「名人位」というタイトルの重さを改めて感じるしかない。
それにしても、彼は、弱冠19歳で竜王位に就いてから今日まで、トップの座をいささかのゆるぎもなく、維持し続けてきた。そして、それはこれからも、当分の間続いていくことであろう。先輩を蹴落とし、同年代のライバル達を圧倒し、そして後輩達の追随も全く許さない勝負師としてのスキのなさは「不倒」という言葉すら、捧げたくなる。
獲得タイトル数でも、前時代の覇者中原の記録はとうに抜き、あとは大山康晴の牙城に迫るのみだが、これとて単に時間の問題としか思えない。そして永世称号6つ目の獲得は大山、中原にすら出来なかった快挙。残る竜王位も永世称号まであと1期、同じく永世竜王位に王手をかける渡辺明現竜王との初代永世竜王位をかけた決戦が秋に実現したら、ファンとしてはたまらない。
前にも書いたが、羽生の凄さ、これは「簡単に土俵を割らない強さ」、ということに尽きると思う。そしてタイトルを失っても、また取り損なっても、また次の年に挑戦者として現れてくる強靭な精神力と抜群の棋力。羽生善治という棋士、そして人間としての生き様、更に勝負師としての凄さには、改めて敬服するしかない。彼の姿にこそ、「第一人者」とはかくあるべきと教えられる。ただ、ただ頭を垂れるのみである。
最後に敗れた森内に一言。羽生相手にあんな大ポカをやってしまった以上、今回の名人戦の帰趨はすでに明らかであった。今回の結果に、驚くことはなにもない。だが、永世名人の資格を得てから、丸1年。森内の精彩のなさは一体、なんなのだろう。羽生にとって森内の存在は谷川とも佐藤康光とも違う特別な存在だと思っているのは筆者の思い入れが強すぎるのだろうか。まさか羽生より先に永世名人になって、ホッと一息ついているわけではないだろうが、これからの羽生を輝かせるのは、いや将棋界を盛り上げられるかは、ひとえにこの人にかかっていると思う。史上空前の大混戦、大乱戦とも言える今年のA級順位戦、久しぶりにこの激戦の只中に身を投じることになった森内だが、前名人、永世名人資格保持者として無様な戦いは絶対に許されない。奮起に期待したい。
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