ブラックマーチ
2008年度のA級順位戦は史上まれに見る激戦になると思っていたが、予想に違わぬ大混戦であった。最終戦を迎えて、名人挑戦者も2人の降級者も全く決まっていなかったのは、かなり久しぶりだったのではないか。
去る3日に行われた「将棋界の1番長い日」、A級順位戦第9局の一斉対局。中でも最大の注目カードは挑戦権をかけて争われた郷田ー木村戦ではなく、敗れた方が降級という文字通りのサバイバル戦となった谷川ー鈴木大戦であったことは間違いない。
言うまでもなく谷川は17世名人資格保持者、99年の中原誠以来、史上2人目の永世名人のA級陥落の危機だったが、勝負は早々に谷川勝利。谷川はさすがの底力を見せつけ、逆に鈴木大介八段は3年ぶりのA級復帰も、わずか1年でまたB1に逆戻りの憂き目を見ることとなった。
かくして、残る1人の降級は三浦弘行八段か深浦康市王位のどちらかに絞られた。前期は羽生現名人と挑戦者争いを繰り広げ、今期は自己最高位の2位まで順位を上げた三浦は、序盤は快調に飛ばしていよいよ今期は挑戦かと、思わせた時期もあったのだが、途中から一転連敗街道に突入、そして谷川が勝った少し後に、森内俊之九段に敗れ、3勝6敗。前期とは一転、首を洗って待つ身となった三浦は感想戦の最中、ずっと世界で僕ほど不幸な人はいませんといわんばかりの沈痛な表情のままであった。
筆者が仕事を終え、帰宅したのは12時過ぎ。上記2局は既に終わっており、少し経つと郷田ー木村戦は郷田真隆九段が勝って、2年ぶり2度目の挑戦権獲得。直接対決で郷田を叩いて、なんとかプレーオフに持ち込みたかった木村一喜八段は1歩及ばず、藤井猛九段に勝って、プレーオフ進出に望みをつないでいた佐藤康光棋王の夢も絶たれることになった(ちなみにキチンと調べたわけでないので、間違っているかもしれないが、ここ何年か、この将棋界の1番長い日を見ているが、藤井が勝ったのを見たことないような気がするのだが・・・)。
そして残るは深浦と丸山忠久九段の一戦のみ。対局が始まる時点では自力残留の目がなかった深浦だが、三浦が敗れたことにより、とにかく勝てば3度目のA級登場で初めて残留できる。昨年、羽生から王位を奪取、今年もその挑戦を返り討ちにしたほどの実力者が、なぜかA級戦では星が伸びない。過去2回は順位に泣いた不運な陥落だったが、今回はタイトルホルダーとして臨んだA級戦。無様な真似はできないはず、だったが・・・。
既に残留の決まっている丸山は、焦る深浦をあざ笑うかのように落ち着いた重厚な差し回し。そしてついに午前1時過ぎ、深浦投了。ここに史上初の現役タイトルホルダーのA級陥落が決定した。3回続けてのアタマハネでの陥落は確かに不運ではあるが、タイトルホルターとして3勝6敗の成績は褒められた内容ではない。
一方の三浦は土壇場で命拾い。A級在位今年で7年目の三浦だが、最終戦を待たずして、残留を決めたことが2度しかなく、常にきわどくA級の座を死守して来た。人呼んで「残留の神様」、まさに面目躍如と言ったところであった。
A級陥落の痛手を癒す間もなく、深浦には大勝負が待っていた。羽生に挑戦している王将戦、3勝2敗と羽生をカド番に追い込みながら、第6局を返されタイ。ここ2年の王位戦では羽生の猛烈な追い上げを跳ね返してきた深浦、ここで羽生を七番勝負で3タテして、2冠となれば、いよいよ深浦時代到来の第1歩を記せる。是が非でも負けたくない、はずだったのだが・・・。
最終局は終始羽生リードの展開。深浦も粘ったが、羽生の完勝と言っていい内容だった。王位戦で深浦に返り討ちに合い、竜王戦で渡辺に手痛い逆転をくらったものの、森内から名人位を佐藤から棋聖位を奪って4冠として、2008年度の戦いを終えた。もう1度7冠に手が届くかもしれない、そんな予感さえ抱かせる羽生の牙城はしばらくは揺るぐ気配はなさそうだ。逆に深浦には、なんともつらい3月、まさに「ブラックマーチ」となってしまった。タイトルホルダーの意地にかけて、またやり直しである。
深浦、鈴木に代わってA級に上がるのが高橋道雄九段と井上慶太八段という両ベテラン。高橋は5期ぶり、井上は実に10年ぶりのA級復帰、失礼ながら大万馬券と言っていい。この頑張りには心から敬意を表するが、今のA級の壁は厚い。結局今期も鈴木、深浦という昇級組が、そのままB1に送り返される形になった。彼らの健闘を祈るばかりである。
そしてこの両ベテランが抜けたB1級はなんとタイトルホルダーが、今日佐藤を破って、念願の初タイトルを獲得した久保利明棋王を含め3人が在籍する「豪華版」。逆に佐藤が7年ぶりに無冠に転落し、羽生4冠が順位戦に参加しないこともあり、A級順位戦は現時点でタイトルホルダーが1人も参加しないことになった。これも珍事ではないだろうか。
羽生時代はまだまだ続きそうだが、その一方で久保の初戴冠、佐藤の無冠転落、そして中原の引退、更にはこれまで先手番有利が当たり前であった将棋界の常識を覆すように、今期は記録をとりはじめてから、初めてプロの棋戦で後手番が先手番に勝ち越したのだそうだ。時は確実に流れている、そんなことを実感させられる将棋界の3月であった。
いよいよ「2008年度」は今日で終わりである。そして、それはむろん、将棋界だけのことではない。
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