経済・政治・国際

2009年9月20日 (日)

理想を追えるか

亀井静香が張り切っている。かつて自民党で派閥の領袖を務め、総裁候補の1人だったはずなのに、いつの間にか党追放の憂き目を見て、以来苦節4年、いや森内閣下での自民党政調会長以来の久々の檜舞台へのカムバックである。菅、岡田なにするものぞ、本来なら鳩山だって格下じゃないか、たぶん内心ではそう息まいているのだろう。郵政民営化見直しの私案を口にした原口総務相にさっそく噛み付き、平成版モラトリアムを提起して波紋を投げ、藤井財務相にたしなめられても、どこ吹く風の鼻息の荒さである。亀井のバイタリティやメッセージの発信能力は鳩山内閣にとって得難いものではあるが、これが閣内不統一や不協和音にまで高まってしまっては「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、元も子もなくなってしまう。今後の鳩山首相の手綱さばきが注目される。

そして、もう1人政権交代に伴って浮上して来たのが、衆院外務委員長に指名された鈴木宗男新党大地代表である。

鈴木の指名については野党である自民、公明両党が鈴木が現在も公判中の刑事被告人であることを理由に「前例がない」と徹底して反対した。「彼が逮捕された時には、全会一致で辞職勧告決議案も可決されている」とも言ったそうだ。それに対して民主、社民の与党側は「有罪が確定していない以上、推定無罪」との論理で押し切り、横路孝弘新衆院議長が、他の常任委員長同様に指名して決着した。

早くも、ついこの間までのスタイルとは攻守逆転した姿が、明らかになったが、1、2審で実刑判決を受けている鈴木は、最高裁でこのまま刑が確定すれば、失職、収監を余儀なくされるのであり、今彼をこのような公職に就けることは、いささか時期尚早の感は否めない。橋本龍太郎が、自民党史上初の総裁選無投票再選を果たし、意気揚々と内閣改造を行い、当時ロッキード事件で有罪判決が確定したばかりの佐藤孝行を入閣させたら、途端に世論の猛反発をくらって人気が急下降したのを、思いだしたが、今のところはあまり厳しい反応は出ていないようではある。

思えば世間、マスコミからの袋叩きの中で逮捕されて以来、鈴木は一貫して「国策捜査」と訴え、無罪を主張して全面的に争い続けている。自分がいかに陥れられていったかを赤裸々につづった彼の著書「汚名」を、筆者は矢野絢也が書いた「黒い手帳」と立て続けに読んでしまい、かなり憂鬱な気分にさせられたが、それはともかく少なくとも鈴木本人は、外務省に裏切られ、人身御供にされたと信じ、2005年に国政に復帰して以降は復讐と怨念に満ちた告発と追及を続けており、かつて外務省を「支配」したともまた「庇護」としたとも言われた鈴木は今や、外務省の人間が「敵」と明言する存在になった。

だが、非難や反対にも当の鈴木は平然たるもの。北方領土が間近に望める道東に生まれ育ち、我が国有数のロシア通である彼がライフワークと公言しては憚らない「北方領土問題」に再び手を染め得るポジションに返り咲いたことが嬉しくて仕方ないらしい。

「鳩山総理からは、北方領土を頼みますと言われている。」

と意気軒高、その一方で国政復帰以来の彼の武器である「質問主意書」をこれからも出しまくって外務省を追及すると明言しており、外務省は戦々恐々とか。

正直、鈴木の「復帰」で、この超難問が急に動き出すとは思えないのだが、吉田茂の講和独立と並ぶ戦後外交の金字塔とされる一方で、現在まで領土という禍根を残したことで、批判の声も絶えない鳩山一郎の日ソ国交回復。爺さんのやり残したことを俺が成し遂げると、鳩山が意欲を燃やすのは良くわかる。そして鈴木、鳩山そして横路もみんな北海道選出の国会議員である。この解決を望んでいない日本国民は恐らく1人もいないのだから、彼らの奮闘を期待したいが、鈴木が結局監獄入りで途中退場などというなんともバツの悪い結末にならないよう、彼の為にまずは祈るしかない。

先日実家に寄って、暇潰しに持ち出した本がある。政治評論家の鈴木棟一氏がサンデー毎日から週刊ダイヤモンドと掲載誌を替えながら、中曽根内閣当時から今日まで同時進行で書き続けている政治ドキュメント「永田町の暗闘」である。今回持って来たのは、小渕内閣スタートから小泉内閣が誕生するまでの約3年間のものだったが、読んでみて驚いた。余りにもここ数年の状況と似ていたからだ。放り出しではなかったが、短期間でコロコロと内閣が替わり、出てくる首相達の人物の矮小化、政治家としての識見のなさは国民の政治離れ、自民党離れを助長するばかりで、森喜朗が登場するに至って、そのいらだちはピークに達しつつあった。ところが、そこに小泉という救世主が現れたのが、今回との大きな違いであった。

そして、第2の小泉は果たしているのか、再生を賭けた自民党総裁選が始まった。立候補者は3人だが、ベテラン勢をバックに優勢とされる谷垣禎一、失礼ながら当方の勉強不足で名前もよく知らなかった西村なんとかさんに対して、念願の総裁選出馬を果たした河野太郎が1人目立つ展開になっている。

党内融和、全員野球を訴える他の2人に

「全員野球には反対だ。悪しき伝統を引きずった人をベンチに入れてはいけない。」

と言い放ち、森と青木幹雄を名指しで非難、引退を求めただけでなく

「今回の選挙で選挙区で議席を得られず、比例で復活された幹部の方は後進に道を譲っていただきたい。」

と事実上、伊吹文明、額賀福志郎そして町村信孝と言った派閥会長クラスにまでパージを突き付ける暴れっぷり。これを「痛快」と見るか「単なるスタンドプレー」と見るかは、人それぞれであろうが、確かに森、青木それに安倍晋三なんて連中にはもううんざりではある。

「党内野党」的その言動は、かつての小泉純一郎を彷彿とするし、また先頃引退した河野の父洋平も、若い頃は離党して新自由クラブを結成するなど、大した暴れっぷりではあった。

だが、正直なところ、自民党の「若手」と称される連中が党の体質を批判し、暴れまわるという光景は見飽きてしまっている。洋平はもちろんのこと、石破茂、笹川尭そして太田誠一なんて面々も随分吠えまくり、一旦は離党までしながら、結局はうそうそと舞い戻り、いつの間にか幹部然として振る舞った揚句、笹川、太田あるいは小坂憲次、みんないなくなってしまった。彼らのように離党まで行かなくても、党を再生だの立て直すだのわめいていた連中は随分見たが、なぜかある時期からピタリと大人しくなり、あとは順調に「自民党の政治家」としてのふさわしくなる為の階段を登って行く。筆者はこれを「自民党若手議員のはしか現象」と呼んでいる。

もちろん野党に転落した今日、今までのような「お約束」のようなことを繰り返しているわけにはいかないだろうが、先の議員総会で総裁選推薦人の数を減らそうという緊急動議にほとんど賛成者がいなかったのを見ても、なんとも前途に不安を覚えないわけにはいかない。河野のいら立ちはわからないでもないが、あまりの過激論はただ空回りして、結局はなにも生み出さないのではないだろうか。

思えば、前回自民党が野党に転落した時、渡辺美智雄を破って総裁の座に就いたのは河野洋平だった。そして渡辺の子息の喜美は一足早く自民党に愛想をつかして離党、新党「みんなの党」を結成して、選挙に臨み、意外なほどの大善戦をした。そんな渡辺に河野はラブコールを送った、共に党を再生しようと。しかし、今のところは渡辺は公務員改革の同志と見て、民主党寄りのスタンスを崩す気配はない。巨大与党となった鳩山政権の前に、野党自民党の苦悩は深い。

だが、個性的なメンツを揃え、政治を変えると意気込む民主党及び社民、国新の連立内閣も、高い理想の前に立ちふさがる現実に、思考錯誤の毎日と見える。今は政治家も、マスコミもそして我々国民も、しばし学習の時のようである。

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2009年9月17日 (木)

歴史的1日

「日本の未来は明るい。」

今日の午前中、自らが任命した17名の閣僚から辞表を取りまとめ、自らも前内閣総理大臣そして前自由民主党総裁となった麻生太郎は、退任する首相としては異例の「サヨナラ会見」を行い、国民に対する最後のメッセージと称して、こんな言葉を残して、総理官邸を去って行った。花束を贈られ、黒塗りの車に乗り込んだ麻生は、見送りに集まった国民に車内から笑顔で手を振り、とうとう最後には車から降りて、歓声に応えていた。最後までノー天気な男だと、思わず苦笑いが浮かんでしまったが、しかしこれからの自民党にとって必要なのは、実はこのノー天気さだったのかもしれない。皮肉にとられてしまうかもしれないが、今更ながら麻生が惜しくなって来た。彼は明らかに時運に恵まれなかった、出番を間違えてしまった。これもまた運命と言うしかない。

戦後の首相としては唯一の復へき(首相への返り咲き)を果たし、昭和20年代に長期政権を誇った吉田茂を飽くなき挑戦の末、引きずり下ろした鳩山一郎。そしてそれから55年後に両者の孫同士で繰り返された因縁は既にいろんなところで触れられてはいるが、とにかく16年ぶりに誕生した「非自民政権」、そして1955年の自民党結党以来、初めて自民党以外の政党が衆参両院で第1党として堂々と政権の座に就き、内閣を発足させた。8月30日同様、本日9月16日もまた、歴史に残る1日となったことは間違いない。

国会での指名を受け、正式に内閣総理大臣となり、記者会見に臨んだ鳩山由紀夫の表情は、今までとは一変、厳しいというか引き締まったものになっていた。凛々しいと言ってもいいかもしれない。その語り口も今までのなんともたどたどしいというか、ぎこちなさというものが、とりあえず影を潜め、まっすぐに我々国民に訴えかけようという姿勢にあふれていたように思う。鳩山に1番欠けていたと見える「重厚さ」、もちろんそれが首相になった途端に、急に身に付くものだとは思っていないが、「地位が人を変える」という言葉を思い出させてもらった。

新官房長官平野博文によって発表された鳩山新内閣の布陣、これについては人によって様々な評価があるのだろうが、今の民社国3党連立内閣のスタッフとしてはまぁ妥当な人選なのではないかと筆者は思っている。

菅直人副総理兼国家戦略室担当相は当初官房長官説もあり、本人も不満を抱いた時期もあったやに聞くが「雀100まで踊り忘れず」という言葉もある通り、市民運動家から政界に転じ、ついに内閣のNO2にまで上り詰めたこの人物は一言で言えば「目立ちたがり屋」。これは決して政治家菅に対する悪口ばかりではないつもりだが、しかし「イラ菅」の異名を取り、また破壊、攻撃を得意技とする菅がいわゆる「女房役」「調整役」とされる官房長官に適任とはどうしても思えないが、鳩山内閣最大の売りである「脱官僚依存」の最前線に立つのは、やはり菅が最適任ではないか(もっとも平野官房長官っていうのも華がないねぇ。華やかさが、官房長官の最大の適性資格ではないのだろうが「内閣のスポークスマン」である以上、イメージ戦略っていうのは無視はできない。町村信孝、河村建夫と2代続けて見てるだけで、気が滅入るような長官が続いただけになんとかならなかったのかなぁとは率直に思う)。

長妻昭厚生労働相は今内閣の最大の目玉人事。本人が熱望して、他ポストから入れ替わっての就任と聞くが、これは鳩山の決断だったと思う。長妻の熱血が空回りして、役所の中で浮き上がって、かえって逆効果となるとも懸念もあったようだが、それなら仰々しく「脱官僚依存」なんてお題目は最初からうたわない方がいい。4年前の大敗からの反転攻勢の大きなきっかけを作ったのは紛れもなく長妻、彼が今日の民主党政権誕生に果たした役割の大きさを思い、また彼を先頭に立てて自公政権を攻め立て続けながら、いざ政権を獲ったら、年金担当は別の人では、国民の不信を買おう。原口一博総務相と並んで、内閣のメリハリをつける存在になっていくことを期待したい。

藤井裕久財務相は久々に見た「内閣の重鎮」と呼ばれるにふさわしい存在ではないか。自民離党以来の仲だったはずの小沢一郎の横やりから入閣が危ぶまれた時期もあったようだが、鳩山が初心を貫いたのはいろいろな意味でよかったと思う。就任記者会見でも「識見」というものを政治家から感じたのも随分久しぶりのような気がした。引退予定を鳩山が、引き留めたそうだが、どうやら正解だったようだ。

秘密のアッコちゃんは全部表に出してもらうと飄々と語っていた仙谷由人行政刷新担当相は、小沢一郎に面と向かって苦言を呈する度胸を生かして、官僚機構に切り込めるか?久々の檜舞台復帰の亀井静香郵政・金融担当相はいろいろな意味で、今後台風の目となっていくだろう。

その亀井が当初就くと伝えられた防衛相。ここが民主党にとって鬼門のポストであることは周知の事実で、これを他党の亀井に丸投げはいかがなものとは思っていたら、とりあえずそれが避けられたのはまずはめでたいことだが、代わり?に登場の北沢俊美とは何者か?他にも千葉景子法相、小沢鋭仁環境相、川端達夫文部科学相あたりは逆に先行きやや不安な気配である。

当たり前のことかもしれないが、新閣僚は口ぐちに「マニュフェストの誠実な実施」と述べていたのは好感は持った。また、新閣僚が官僚の入れ知恵なしに、自らの言葉で就任会見に臨んだのも、国民の目から見れば清新に映ったのではないか。それなりの個性的なスターを揃えた以上、後問われるのは実行力そして、彼らを束ねる鳩山の首相としてのリーダーシップである。

鳩山由紀夫首相の誕生は1つの歴史であり、また感慨深い出来事ではあった。しかし感傷にひたれるのは今日まで、時間も懸案も待ってはくれない。もはや、日々がイザッ勝負!である。

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2009年9月 9日 (水)

続・自民党はどこに行く?

最初にイチロー選手のメジャーリーグ通算2000本安打達成の快挙を心から祝福いたします。長いメジャーの歴史の中でも前人未到の9年連続200本安打の偉業ももう目前、間違いなく記録にも記憶にも残る偉大なプレーヤーを、リアルタイムで見られる幸運を感謝したくなる。これからも末長い活躍を期待しています。

昨日触れた、例の自民の首班指名への対応が今日、決着した。16日の内閣総辞職に合わせて麻生太郎は自民党総裁も辞任、総裁空席のまま、衆院本会議に臨む異例の事態。そして肝心の候補は両院議員総会での1時間余りに渡る「白熱した議論=ただの、ののしり合い」の末、「両院議員総会長・若林正俊」に決した。ご記憶の方も多いだろうが、悪魔に魅入られたように起用する農水相が次々とトラブルを起こし、その度に火消し役の後任を務めた人物。「困った時の若林頼み」がとんだところでまた、発動される形になったが、決定を受けて挨拶に立った御当人は満更でもない表情だったのはご同慶の限りではある。が、再出発の門出としてはなんとも間の抜けた話であることは間違いなく、自民党落日の印象をますます深めることになった。

2年前の参院選で敗退し、第2院でとは言えついに結党以来の第1党の座を失って以降の自民党というのは、正常な判断能力を失ってしまったとしか思えない醜態を度々見せてきた。安倍の居座りを認め、また突如の投げ出しを恥じることもなく、当然のように後任を決め、それをなんとまた1年後に繰り返して、衒うこともなかった。参院で少数派になった以上、今までのように、なんでも自分達の意思通りに物事が進まなくなるのは、誰の目にも明らかなはずだったのに、民主党以下の野党の意見には全く耳を貸すそぶりも見せずに、無為な激突を繰り返し、最後は衆院での再議決というダンピラを振り回して、ただ突進していくだけ。民主党の態度に全く問題がなかったとは言わないが、自民党の側にも、与党として、情勢を打開しようという責任感も、野党の言い分も呑んでやろうという度量も全く感じさせることもなく、非難の応酬に終始する形になってしまった。

世間の非難に耳をふさいで、懸命に担ぎ出した看板がこれまたひどかった。無責任安倍、無気力福田と来て、ついに無教養・傲岸麻生という「真打ち」が登場するに至って、国民の不信は極まった。それを払拭しようとするどころか、解散直前まで内輪もめの醜態をさらし続け、いざ選挙戦になったら「責任」「安心」「実績」を臆面もなく主張し、あとはヒステリックに民主党を非難するだけ。そしてついに当然の結末を迎えたのである。

どうやら自民党の面々は最後まで、本当に自分達が選挙に負け、政権を失うという危機感を抱いていなかったとしか思えない。結局は国民が頼るべきは俺達、民主党なんかに政権を委ねる選択なんてするわけがないと、タカをくくっていたフシがある。そうでなければ、あんな出鱈目を続けられるはずもなく、もし危機感を抱いていたのだとしても、それに対する適切な対処が出来るだけの人材が、もはや自民党にはいなかったのだということになのだろう。

かくして歴史的惨敗を喫した自由民主党。しかし、彼らもいつまでも呆然としているわけにはいかない。鳩山民社国連立内閣は間もなく発足する。自分達のこれまでのやり方をことごとく否定しようとしている鳩山内閣に対して、長年日本の政治を司って来た政党としての名誉と誇りにかけて、例え数では及ばないにしても、敢然と立ち向かわなくてはならないのである。しかし、その前途は多難としか言い様がない。

その戦いにリーダーとして、最前線に立たねばならない新総裁を決めるのが、既におぼつかない。だから大事な首班指名選挙で「若林」などというみっともない投票をしなくてはならないのであるが、労多くて益少ない野党総裁を進んで引き受けようなどという奇特な人はなかなかいないらしく、今のところその意思を見せているのは、石破茂農水相と加藤紘一くらい。大本命と目された舛添要一は早々に撤退、他の総裁選出馬経験者やいわゆる派閥領袖の間からも出馬の声は上がらず、若手と称される人々からも今のところ、威勢のいい声は聞こえて来ない。実は、野党自民党を率いるに、もっとも適任と思われる方が、もうすぐ辞めなくてはならない立場にあるというのも皮肉なものである。

だいたい舛添は先の選挙で東京ブロックから比例出馬を打診されながら、けんもほろろに断っている。応援には随分駆けまわっていたらしいが、所詮は局外者の立場を崩さなかった。同じ候補者として、厳しい選挙戦を共に戦ったなら、まだ党内の支持も盛り上がったとは思うが、それをしなかったことで、既に野党に転落した自民党に見切りを付け、2年後の東京都知事選狙いとの噂もある。また1度は意欲を見せながら、森喜朗、青木幹雄と会談した直後、なにを言われたかは知らないが、慌てて出馬辞退を表明したという情報もある。ここ3代、あまりにもお粗末な首相が続いたことで、やや記憶が薄れつつあるが、その在任中の言動は決して彼らに「ひけをとることはなかった」森と参院自民党のドンと言われながら、小泉と組んで党の支持組織を破壊し、今日の惨状を作り上げた張本人とも言うべき青木が、なぜにいまだに、隠然たる力を持ち続けているのか、筆者には全く理解できない。この期に及んで、尚もキングメーカー面した彼らの暗躍を許すようなら、まぁこの党に明日はありませんな。

いずれにしても、総裁選には党所属の国会議員しか出られない以上、今更画期的な人材が浮上してくる望みは全くない。この際、推薦人20人集めなきゃ出られないなんて、アホなことは言わないで、とにかく出たい人は全部出る、それで喧々諤々の議論を徹底的にやればいい。いまや野党となった自民党の総裁が決まるのが多少時間がかかったって、あなた方がよく気にされる「政治の空白」なんて起こりませんから、どうぞご安心を(笑)。

前途多難であることは間違いない、ここまで負けては党の再建は難しいとの弱気な声も聞かれる。かくゆう筆者も「自民党はどこに行く?」などと大層なタイトルをつけてはいるが、実は「自民党はどこにも行かない」と思っている、行きようがないじゃないか。

前回、つまり94年の細川連立政権が出来、野党に転落した直後の自民党は情けなかった。与党恋しさに、党を逃げ出す輩が続出、あと1年も連立内閣が続いていたら、あの時点で自民党は終わっていただろう。しかし、今回はそんなことは起こり得ない。あの時は小選挙区制度の導入が決まっていたとはいえ、中選挙区の時代であり、党の間をうろついて、うまく立ち回ることが出来た。しかし、既に小選挙区制での選挙も5回を数え、各選挙区に2大政党の候補がほぼ立ち尽くしている。まして今回、民主党は比例復活者も含めてほとんど選挙区で立候補した面々は当選して議員になっている。そんなところへ僕を入れてくださいなんて、のこのこ行ったところで相手にされるわけがないのである。前回そして、今回とあまりにも大きな選挙結果のブレが起き、小選挙区への批判がくすぶっているが、問題のない制度などない。ようやく、2大政党制が定着しつつある我が国ではあるが、それは明らかにこの制度に拠っているのである。破廉恥な議員の右往左往や合従連衡をガードしているこの制度を導入したメリットは、今はデメリットを遥かに上回っていると筆者は評価している。

そうだ、思い出してみればいい。前回の総選挙はほぼ、これと正反対の結果が出て、自民党が大勝したのである。あれからまだ4年しか経っていないのである。悲観する必要がどこにある、居場所がなくなるなんて有り得ない。自民党の存在価値がなくなるなんて有り得ない。泣きごとを言うのは、あまりに早すぎる、あなた方を追い落とすのに、反対勢力はなんと約60年の月日を必要としたのだ。例え、野党生活が5年や10年、続いたとしたって、そんなのに音を上げるなんて甘過ぎる。

自称「先天性自民党不信論者」の筆者とて、自由民主党が日本の繁栄の為に、果たして来た役割を否定できるものではない。しかし、自民党はあまりに変わらな過ぎた、過去の自己の実績と経験にあぐらをかき、自分にとって代わる政党など現れるはずがないと安心しきって来た。しかし、根拠のない自信はついに、幻想として打ち破られた。政治家となった以上、野党になりたいと思う人はほとんどいないはずだ。まして、自民党に入党したということは、自民党が与党であるという前提で身を投じているのだろうから、この事態は全くもって不本意に違いない。しかし、ここから逃げ出す道はたぶんない、ない以上は現状を変えて、自己改革して出直すしかない。そう腹をくくって、鳩山内閣に立ち向かっていく以外に道はない。

今回の民主党の大勝は自民党の自滅が、その大きな要因であったことは間違いない。そして、いつの日か自民党の巻き返しが実現した時、その主要素が「民主党の自滅」であったとしたら、こんな国民にとって不幸はない。そう易々と反撃をくらう民主党であっても困るが、このまま自民党がいくじなく引っ込んでしまっても困るのだ。筆者は「民主党支持者」では断じてない、「政権交代実現可能な政治制度」の支持者なのだ。それが、現状2大政党制なのだとしたら、片方の党の衰退のみを期待することはできない。まずは総裁選がどういう経緯をたどって行くのか、注目である。

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2009年9月 8日 (火)

自民党はどこに行く?

そのニュースを聞いた時は思わず耳を疑ってしまった。

「自民党、新総裁選出が間に合わず、16日の特別国会での首班指名選挙で麻生現総裁に投票」

ギャグにしては相当センスが悪いなと思ったら、どうやら本気だったらしい。あまりの惨敗についに頭に来たのかと、唖然として眺めていたら、さすがにあまりにみっともないということに気づいた連中がいたらしく、総務会では反対が相次ぎ、それでも一旦は執行部は押し切ったものの、結局はこの件が沙汰やみになったのは、自民党の為には大変喜ばしいことではあった。

が、事はそれでは終わらない。じゃあ誰に投票するのだ、という問題が残る。幹事長説が麻生に投票するのとなにが違うんだと一蹴されてしまうと後は百家争鳴と言えば、まだ聞こえがいいが、要は誰にも妙案はなく、加藤紘一の総裁選挙管理委員長案という奇説が鼻で笑われるに至って、ついに出た結論が「白紙投票」・・・。いやはや前途は多難である。

それにしても自民党支持者や苦杯をなめた多くの自民党衆院選候補者達がやりきれなかっただろうと思うのは、自分達をここまでの苦境に陥れた張本人とも言える連中が、結局は続々と生き延びてしまったことではないか。「一将なって万骨枯る」という言葉を地で行くような結末であった。

麻生太郎は選挙後の会見やインタビューで今回の歴史的惨敗について

「積年の自民党に対する不満を払拭することができなかった。」

と繰り返した。そこにはこれは俺だけのせいじゃねぇよ、という麻生の自己弁護が思いが多分に含まれてはいるのだが、しかしそれは全くその通りである。

麻生の言う「積年」がどのくらい前からのことを指しているかは定かではないが、少なくとも4年前の郵政選挙での大勝以降、自民党は公明党と組んで、特に参院選で敗北してからこの2年の間、大袈裟でなく「神をも恐れぬ所業」を繰り返して来た。今日の事態を迎えたのは、全く持って自民党自らが招いたものであり、そこには一片の同情を寄せる余地もない。

4年前、小泉純一郎のワンフレーズに酔って、踊った有権者にも問題はあったのだが、その大勝を背景に小泉がやったことは、先に廃案となった郵政民営化4法案の復活、可決だけであり、それが選挙後1ヵ月でほぽ片が付くと、あとは腑抜けのようになって1年を過ごし、自民党総裁の任期切れを理由に退陣して行った。

それはそれで、潔い去り方と言えなくはなかったが、あれだけの国民の支持を得ながら、早々に政権の座を去るというのは、無責任とも言えた。そして、重大なのは小泉の成功を実感した自民党は

「総裁には『選挙の顔』となるべき、すなわち国民の人気の高い人物を担ぐに限る。」

という大きな錯誤を抱くこととなった。ポスト小泉の総裁レースが、早々に安倍晋三の独走となったのは、ひとえに安倍の人気にすがって、いや利用して次の選挙も楽々と勝ち抜けたいという議員のさもしい根性の賜物に他ならない。そこにはその人物の首相としての適性や資質など、全く議論の対象にもならなかった。

人気と実力は決してイコールではない。若さへの期待が、やがて実力と修練不足の馬脚を現し、失望に変わっていくのに、さほど時間は要さなかった。選挙の顔として擁立されたはずの安倍の言動が明らかなマイナス要素になって、敗退した07年夏の参院選以降の自民党は、あたかもブレーキの壊れた暴走機関車の様相を呈した。

すべての始まりは、安倍の厚顔無恥な居座りにあった。その居座りを自民党の多くが容認した。それだけならまだしも、その居座りを強行した当の本人が、わずか1ヵ月余りで理由にもならない理由をあげて、政権を放り出したのである。そしてそんな人物が今年に入って、恥ずかしげもなく「勝手に復権し」、いや勝手にそう思い込み、麻生のアドバイザー面して、また永田町を闊歩し始めた。どの面下げて、国民はそう思ったし、また自民党の議員の多くもそう感じたはずだと思うのだが、しかしそんな安倍に対して諫言を行う人物すらついに現れなかった。

にも関わらず、安倍その人は、全国的自民党大敗の中、悠々と当選を果たした。後を襲って、これまた自民不信に拍車をかけただけに終わった福田康夫も、彼らを総裁そして首相に送り込んで、キングメーカー面して自民党を牛耳っていた森喜朗も民主党女性候補の猛追をかわして当選した。苦戦を伝えられた古賀誠も生き残り、小選挙区では落選した他の何人かの「派閥領袖」達も、結局は比例で復活してしまった。

「手痛い敗北を喫した軍隊でも、結果、無能な将軍共が一掃され、有為な若手によって再建されることは多々ある。」

選挙戦中、自民党苦戦の評にこう述べていたのは軍事評論家の田岡俊次氏だが、皮肉にも一掃されたのは「有為な(?)若手」の方であり、「無能な将軍」達は尚、全く懲りることなく、自民党の「再建」に奔走すべく意欲満々の様子である。まさに「最悪のシナリオ」と言ったところではないか。

というところで、続きはまた改めて。

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2009年9月 7日 (月)

ミスター幹事長?・・・

三木武吉という大正から昭和20年代にかけて活躍した政治家がいた。敗れたりとは言え、絶大な権力を誇った東条内閣に敢然と立ち向かった、硬骨の言論人であったが、彼の真骨頂はむしろ戦後、鳩山一郎を擁して、ワンマンと称され政界に君臨していた吉田茂をついに引きずり下ろした一連の攻防に発揮された。そしてなによりも、特筆すべきは戦前から対立を続けた保守陣営の大同団結を成し遂げ、単一の強大な保守政党を立ち上げた事実上の立役者だったことである。そう、今の自由民主党の生みの親なのである。

その三木の政治家としての歩みには大きな特徴がある。多くの時間を野党、在野で過ごしたこともあるが、彼が政府の役職に就いたのは、その長い政治家人生の中で、大蔵参与官というポストを1年ほど務めただけで、あとは一貫して党の役職のみにその経歴が偏っていることである。根っからの黒子、裏方向きの政治家だったのだろう。

そんな三木の生き方を彷彿とさせる政治家が現代にもいる、小沢一郎である。元々自民党所属だった小沢は、ごく普通の自民党議員がたどる出世コースを歩み、科学技術政務次官、建設政務次官を務めたあと、85年に中曽根内閣で自治大臣・国家公安委員長として初入閣を果たしており、この点生涯大臣ポストに縁のなかった三木とは違うのだが、以来もう24年の長きに渡って、政府に入っていないというのは、「実力者」と称される政治家の歩みとしては異例である。逆に自民党を皮切りに渡り歩いた5つの政党のうち、なんと4つの政党で「幹事長」なるポストに就いている(新生党では「代表幹事」、また民主党では現在のところ「就任予定」だが)。これは間違いなくレコードであり、今後も破られることはまずないだろう。もっともそれが誇るべきものかどうかはまた別問題になるのだが・・・。

戦前の政友ー民生の対立を引きずり、更に吉田ー鳩山の角逐でその根が一層深まっていた保守2党を、丹念に説得してまとめ上げた三木に対して、小沢の歩みは全く逆。所属していた竹下派を分裂させたのを皮切りに、自民党を飛び出してからも、政党を作っては壊しを飽きもせず繰り返し、付いた異名が「壊し屋」。

政権可能な2大政党制を作るということは、確かに竹下派NO2の時代から言い続けてはいるが、とすると自民党を今日まで延命させる決定打となった自自連立(自民党と彼がかつて率いていた自由党との連立、これを先駆けとして自民党は更に公明党を与党に引き込むことに成功、以来いわゆる『自公政権』がつい先ごろまで日本の政界を牛耳っていたことは今更言うまでもない)とは一体なんだったのか?

小沢という政治家の存在が、国民から見て、なんとなく胡散臭く、またやりきれないのは、彼が一体何を目指しているのか、見えてこないことにある。93年に彼が自民党を離党した直後には、それなりの主義主張を述べ、それに対する喧々諤々の論議も巻き起こったものであるが、今日、その主張の多くを小沢は引っ込めた・・・とは言わないが、声高に主張することはなくなってしまった。

また、彼が意識的に政府に入ることを避けているように見えるのも、彼のイメージを悪くしていることは否めない。自民党離党以来、意に反して、多くの時間を野党生活に費やさざるを得なかった小沢だが、それでも細川内閣でも自自連立の時でも、小沢が望めば、内閣に入ることは容易だったはずだ。もっとも小沢にも言い分はあろう、自分が内閣に入れる状況ではなかったと。

そういう意味では、あの西松事件というのはかえすがえすも残念であった。あの事件が起こらなければ、今、首相になろうとしているのは間違いなく小沢だったはずだ。国政のトップに立った小沢が、何を語り、なにを為そうとするのか、それを見た時に初めて小沢一郎なる政治家の正体が白日の下にさらされたはずだった。小沢が民主党代表を辞した時、筆者は「さらば剛腕」なる文を書いて、小沢がもはや過去の政治家になったと記した。ところが、それはとんでもない浅はかな見方であり、小沢はどうやら尚も与党有数の実力者として、永田町を民主党を闊歩し続けていくようだ。しかし、「内閣総理大臣候補者」としての小沢はやはり、もう甦ることはない。

先月30日の開票速報番組で幹事長岡田克也を差し置いて、まずテレビに登場したのが小沢だったことに筆者は正直驚いた。選挙対策担当の代表代行だからということらしかったが、代表として戦った2年前の参院選後の開票番組にも登場しなかった男が、どういう風の吹きまわしかと思ったが、インタビュアーの問いに、実も蓋もないような返答を繰り返し、一体なにをしに出てきたのか首をひねらされたまま、すぐに姿を消してしまったのには、苦笑いを禁じえなかった。

小沢の行くところには、常に摩擦が生じる。熱狂的な味方がいる一方、小沢は許せないとばかりに公然と敵視する勢力も枚挙にいとまがないくらいに存在する。味方からは絶大なる信頼、支持を受ける一方で、敵からは異常なほどに畏怖される。その存在感は他の追随を全く許さず、まもなく首相になる鳩山由紀夫ですら、遠く及ばない。

今回の政権交代、民主党圧勝の立役者は鳩山ではなく、小沢なのだという。前回の郵政選挙で国民の多くは小泉純一郎の言動に酔いしれ、自民党に票を入れた。「自民党が勝ったのではない、小泉が勝ったのだ」という評は全く的確であった。今回の選挙結果がそれをいみじくも証明することになった。が今回の民主党の大勝に鳩山の影響力を見る人は少ない。自民党ノーという民意を的確にとらえ、コツコツと候補者擁立に力を注ぎ、政権交代への風を漏らさず受け止めることを成功させた小沢こそが、立役者なのだという評はうなづけなくもない。

小沢はずっと繰り返してきた。

「政権交代の実現こそが、私の政治家としての悲願。」

そして政権交代は実現した。その新しい政権下で小沢はなにを目指し、そして自らはなにをしようとしているのか?

選挙直後、問われて

「政権交代は私の悲願だった。それが実現した以上、私の望むものは何もない。」

と答えながらも、少したつと鳩山が何も言ってこないと周囲に不満を漏らしたという。そして鳩山から幹事長就任を要請された小沢は、上機嫌で記者団の前に現れたそうだ。

小沢の幹事長就任が報道されるやいなや、自民党は浮足立った。敵が浮足立つのはまだいいのだが、マスコミには「小沢支配」の文字が踊り、民主党内までもがざわめき出した。

「小沢に党を乗っ取られる!」

そう叫んだ民主党議員がいたそうだ。いやはやと思わざるを得ないが、実は、小沢の自民党離党以来の行動で手痛い目にあった経験があるのは自民党ではなく、実は民主党内の方に多くいるというのは皮肉な事実ではある。

その筆頭が誰あろう鳩山由紀夫その人で、小沢が新生党代表幹事として、「与党代表者会議」なるのを事実上主宰して、政府を引きずりまわし、結果的に連立内閣を崩壊させてしまった時、内閣官房副長官として鳩山はその姿を苦々しく眺めていた。鳩山や菅直人ら当時の新党さきがけが、羽田内閣誕生の際に閣外に転じ、事実上連立から離脱してしまったのは、そうした小沢に対する嫌悪感からであった。

そして鳩山は小沢に幹事長就任を要請するに当たって、こう述べたと言う。

「政府のことに関しては私がやります。党務に関しては、幹事長にしっかりやっていただきたい。」

これに対して、小沢は了承すると共に、政策には口を出さないと明言したと伝えられる。細川、羽田政権下でのいわゆる「二重権力」体制の再現だけは、絶対に阻止するという鳩山の強い意志を感じるし、また「脱官僚」と表裏一体の「官邸主導、政治主導」体制は民主党新政権の1枚看板でもある。

それが、言葉通り行くのか、機能するのかということはとりあえず置こう。政策決定の場から外され、小沢は一体なにを目的に、そしてなにをして行こうというのだろう。党、国会の人事を行い、そして来月に迫った2つの補選を皮切りに、もう1年を切った次期参院選の勝利の為に骨を折っていくのだろうが、何のために、小沢はそれに邁進していくのだろうか。新しい政治を根付かせる為の下働きを買って出るというのだろうか、それとも参院選に勝って、単独で両院の多数を握った暁には、いよいよ腹案の実現に動き出すというのか・・・その意図を知る人はいるのだろうか?

岡田克也は著書でこう書いている。

「細川、羽田連立内閣を短命に終わらせた最大の要因は最大実力者であった小沢一郎さんが閣内に入らなかったことだ。」

菅直人は選挙戦のある時期まで、こう主張し続けていた。

「幹事長を含む党役員がすべて閣内に入らなければ、政治主導の体制はとれない。」

一方、鳩山由紀夫は一貫して幹事長は閣内に入らず、党務に専念させると言って来た。西松問題を抱え、入閣は難しいと見られる小沢の幹事長起用を念頭に置いた発言であったことは言うまでもない。

そして党内の不安とか細い反対の声を尻目に、小沢は念願の(恐らく)幹事長ポストに就くことになった。小沢の一挙手一投足にいちいち、すわっと過剰反応するのはどうかとは思う。しかし、突如として大連立に動き出すなど小沢の「高邁な政治哲学と行動」はあまりにも唐突で理解に苦しむことがあると国民にも、また多くの政治家にも映るだけに、その行き先や言動にはなはだしい不安を感じてしまうのも無理からぬところかもしれない。ただ小沢の顔色を伺いながらの政権運営では、先は知れている。まさかかつての過ちを鳩山が、そして小沢その人も繰り返すとは思いたくはないのだが・・・。

骨格が続々内定を伝えられる鳩山新体制。意外と誰も指摘しないのだが、注目は法相ポストではないだろうか。小沢の西松問題に、鳩山の献金問題を抱え、明らかに民主党に敵対しようとしている検察を統括する法相に誰を置くかは、なかなかデリケートでシビアな人選を強いられるのではないか。かつて田中角栄は自分の裁判を少しでも優位に運ぼうと、息のかかった政治家を続々と法相に送り込んで顰蹙を買ったが、鳩山にそこまでの度胸・・・いや破廉恥さはないだろう。仙谷由人、あるいは社民党の福島瑞穂党首あたりはいかがかと思うが、さて?

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2009年9月 2日 (水)

望むことはただ1つ、すべてをオープンに!!

8月30日の深夜に開票速報を見ながら、更新するつもりだったのだが、正直、あっけにとられたまま、テレビを見続けるだけに終わってしまった。そして今、パソコンの前に座って、書きたいことはたくさんあるはずなのに、なにから書いていいかわからない。未だに興奮状態から醒めていない自分がいるらしい。

昨年9月、早いものでもう1年前の話になるが、麻生太郎が颯爽と(?)と自民党総裁として登場し、衆院を解散する構えを見せた時、正直アホめと思った。いや2度の破廉恥な政権投げ出しを末に登場した麻生に解散先送りなど、許されないとは思っていたが、しかし自民党の立場で言えば、あの時点で解散するなど無謀としか思えなかった。自民党の支持率も、内閣の支持率も今にして思えば、夢のように高かった。それでもいざ選挙になれば、民主党の圧勝だったろう。それが小選挙区選挙の恐ろしさなのだ。それに気づいたのか、麻生は一転、選挙を引っ張りにかかった、時間を稼ぎ、敵失を待つ以外の方策がもはやなかったからである。民主党が、その無策の策をついに、打ち破ることができなかったにも関わらず、結局西松問題という絶好のチャンスもあたら見逃してしまった麻生と自民党は、時間に迫られ、とうとうやけっぱちとも言える解散に打って出るしかなくなってしまった。

それでも解散から投票日までたっぷりとった日程は、有権者の反自民の熱を冷ますのに十分な時間に思えた。天災、有名タレントの薬物騒動、そしてお盆・・・。郵政選挙一色の報道だった4年前とは打って変わって、テレビも静かなものだった。その上、選挙戦突入後、各マスコミに踊った民主圧勝、300超えの報道。有権者は政権交代に土壇場で躊躇し、投票率はせいぜい50%代半ば、民主は270まで取れれば上等というのが、筆者の見立てだった。ところが・・・投票率は前回をも上回り、事前予測通り、民主は文字通りの圧勝を果たした。自分だけが「憂国の士」とまでうぬぼれていたつもりはないが、筆者は少々思い上がっていたようである。

このブログを始めて約2年半、政権交代をすべきとバカの1つ覚えのように繰り返して来た。いや、それ以前からこの国の前途の為には、それしか道はないと、偉そうな言い方をすれば「信念」を持っていた。89年

「山が動いた。」

という名言を吐いた時の土井たか子の輝いた表情を筆者は忘れることができない。しかし、土井の至言は残念ながら幻だった。4年後、永久与党としか思えなかった自民党をなんとか引きずり下ろした時、ようやく新しい時代の扉が開かれたと思った。にも関わらず、引きずり下ろしたはずの側の滅びはあっけなかった。それからまた、15年の月日が流れた。

どう見ても、自由民主党という政党の役割も、賞味期限も終わっているとしか思えなかった。しかし、結党以来、実に半世紀以上に渡って、政権をほぼ独占し続ける自民党の牙城は堅固そのものだった。更にその自民党をなぜか誠実に下支えし続ける公明党、創価学会とのタッグはほとんど無敵にも見えた。これを打ち破る方法があるとしたら、それは投票率を上げて、学会の恐ろしく強固な組織票を効かなくする以外にないのだが、それにも有効な手段が見当たらなかった。お手上げ・・・としか思えない時が続いた。

そんな「敵」のほころびが見えたのは2年前、参院選で自公は大敗を喫し、過半数を失った。奇才小泉純一郎を擁して、わが世の春を謳歌したのもつかの間、その小泉が去ってみると、人材の払底は覆い隠すべくもなくなっていた。以降の迷走ぶりは今更繰り返すまでもない。

そして、ついに日本国民は事実上初めて、自らの手による政権交代を実現させた。今までは、首相が退陣しても、後継を選んできたのは与党の中枢に座る自民党であり、その都合、お家事情がすべてに優先されていた。しかし、今回、一政党のそんな勝手な思惑は全く入り込む余地もなく

「あんたはクビ、代わってこの人。」

と国民が明確に意思表示をしたのだ。随分遠回りだったが、こうして2009年8月30日という日は、日本の歴史に間違いなく刻まれる日となった。

今日を迎えられた最大の要因が、1994年に導入された小選挙区制度にあることはまず、疑う余地はない。この制度に引きずられて、ようやく日本は2大政党制、すなわち政権交代可能な政治制度にたどりつくことができた。今まで、一方的に与党である自民党に集中してきた人材が、この制度によって分散せざるを得ない状況となった。民主党というとにもかくにも、自民党にとって替われそうな政党を15年かけてようやっと育て上げたのが、この小選挙区制度だったのである。そして、極めて大雑把に言えば、今の民主党にはかつて、政治改革の名の下にこの制度導入を推進した勢力が拠り、自民党にはそれに反対した勢力が集っていた。「政治改革派」の悲願は15年の時を経て、ついに結実したとも言える。

来る16日には国会の首班指名選挙を経て、鳩山由紀夫が内閣総理大臣に指名され、恐らく社民、国民新両党との連立による民主党政権が誕生することになる。現憲法下において、全く閣僚経験のないままに、首相の座に就くのは戦後間もない片山哲を除いても、細川護熙、村山富市に続く3人目、経験不足は否めないし、片山を含めてすべて連立内閣の首班、全員お世辞にも長期政権だったとは言い難い。

正直言って、鳩山が首相になるなんてほんの数ヶ月まで、考えてみたこともなかった。「リーダー」というなら、小沢一郎や菅直人の方が、遥かにリーダーシップを感じさせるし、政策能力という面なら岡田克也の足元にも及ぶまい。かつて安倍晋三や福田康夫にも投げかけた言葉だか、彼がもし鳩山一族の4代目でなかったら、果たして宰相の印綬を帯びることができただろうか?

だが、鳩山には彼らにはない勲章がある。それは今のままでは、日本の政治はどうしようもないと、2大政党制を志し、その実現の為に、敢然と野党にその身を投じたことである、それも2度までだ。これも前に書いたことがあるが、鳩山はあのまま自民党に留まっていれば、麻生や安倍のような道を歩み得た存在であった。にも関わらず、それを振り捨てて、困難な道を選択した政治家としての勇気と愚直さには素直に感服するしかない。鳩山の決断がなければ、今日の事態が来るのはもっともっと先になっていた可能性は極めて高い。

その勇気と決断を今度は、内閣総理大臣として是非見せてもらいたい。残念ながら、鳩山政権の前途は決して揚々たるものではないだろう。いささか大風呂敷を広げ過ぎた感のあるマニュフェスト、そして自身の「故人献金」に端を発した政治資金不正疑惑というアキレス腱も抱えている。自民党が解散を引っ張りに引っ張った結果、次の参院選までもう10ヵ月しかなくなってしまった。そこまでにある程度の目に見える成果を上げなくてはという焦りもあるだろう。

やっと手に入れた政権、当然抱負も使命感もあるはずだ。しかし、欲張っても時間には限りがある。とりあえず、鳩山民主党政権の為すべきことは1つしかない。それはタイトルにも書いたように

「すべてものをオープンにする。」

それしかないと思う。長年政権を独占し続けた自民党内閣の下で、一体どんな政治が、政権運営が行われて来たのか、それをいわゆる国家機密と言われる事項以外は悪いことも、いいことも、すべて国民の前にオープンにして開示する。税金の使い方しかり、政策決定のプロセスしかり、そして外交交渉しかりである。それなくして、政権交代を実現し、自民党を与党から放逐した意味などないと言って、全く差し支えないないだろう。無論、そこには反対も抵抗もあるだろうし、開示するには勇気のいることもあるだろう。それでもあれだけの国民の支持を受けて、発足する政権なのである。是非、前を向いて、進んで行ってもらいたい。鳩山新首相並びに民主党政権の「勇気」と「愚直さ」に期待したい。

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2009年8月 6日 (木)

おいおい、ホントにこんなんで、だいじょぶなのかい?

首相在任中に倒れ、結局そのまま還らぬ人となった小渕恵三はこんな言葉を残している。

「なんたって龍ちゃんは4日で政権を失ったからな。」

龍ちゃんとは、小渕の首相としての前任者で、やはり先年、故人となった橋本龍太郎のこと。小渕と橋本は同年生まれで衆院初当選も同期、佐藤栄作派から田中角栄派ー竹下登派とずっと同じ道を歩み続けて来た。

1996年、初めて行われた小選挙区比例代表並立制での総選挙で、野党陣営のまぬけな選挙戦略にも助けられ、堅調に勝利を収めた橋本龍太郎内閣は、いよいよ長期政権への道を歩み始めたかに見えた。直後に召集される特別国会では首班指名に先立ち、院の正副議長が選出されるのだが、ここで土井たか子の後任衆院議長に小渕が擬せられ、小渕本人もその気になったとされる。既に党幹事長、副総裁を務め、格付けこそ首相と同格だが、実態は一丁上がりの名誉職である議長の座に就くことは、もはや過去の政治家という烙印を押されるに等しい。同派閥の橋本の長期政権の後を自分が継ぐことは、かなりむずかしいと踏んだ小渕の決断に待ったをかけたのは他ならぬ橋本だった。

「恵ちゃん、あまり短気は起こさん方がいい。もし俺に何かあったら、一体誰が後を継ぐんだい。」

こうして小渕は土壇場で踏みとどまり、議長の椅子は山中貞則元通産相も辞退し、伊藤宗一郎元科技庁長官に回ることになったのだが、それから2年後、参院選で橋本自民党は敗退、橋本は退陣を余儀なくされ、後任に収まったのは結局、小渕だった。橋本の「慧眼」を称えるべきなのかはよくわからないが、選挙前は楽勝を伝えられた自民党が一転、時の首相が辞任に追い込まれる程の大敗を喫したのは、土壇場での橋本首相や閣僚の恒久減税に関する発言の迷走であった。小渕が「4日」と言ったのは、そのくらい劇的な形勢逆転だったということなのである。

そして今、あの共産党から

「この総選挙後には、民主党を中心とした政権が誕生する可能性が極めて高い。」

という御宣託が出るなど、世の流れは政権交代、鳩山民主党政権誕生に向けてとうとうと流れているやに見える。夕刊紙、週刊誌の類はもともとセンセーショナルな報道を売りにしている輩ではあるが、連日自民党の苦戦、獲得予想議席数では民主が300超なんて記事が乱舞している。かくゆう筆者も、もし解散当日の7月21日に投開票があれば、4年前の郵政選挙とは全く逆の目が出るくらいの結果になったと思っているし、あとは40日の間に、民主がいかに取りこぼしを少なくするか、逆に言えば自民がどれだけ巻き返せるかの勝負に過ぎないとは見ている。しかし、しかしなのである・・・。

解散から随分時が経ったように思うのだが、現実には選挙公示日までまだ2週間もあるのである。あまりに長過ぎる前哨戦、何度も書いたが、ここに自民党はすべてを賭けている。もはや逆転の秘策などはあろうはずはなく、後はひたすらに民主党の失策を、鳩山が10年前に橋龍が演じた迷走の二の舞を踏んでくれることを祈り続けているのである。

それにしても、民主主義を標榜しながらも、野党にここまで高いハードルを用意する国家はたぶんまれだろう。ある外国人学者の言葉を借りれば

「完全に準備の出来た野党など、存在し得ない。」

というのが当たり前のはずなのに、政権を失うまいと必死の与党はまだしも、マスコミひいては国民までもが、完璧な政権担当能力と実施する政策の開示を厳しく野党に求めるというのは、はっきり言ってナンセンスの極みである。これまで懸命に政権交代から逃げ続けて来た我が国民、そしてお上に弱いとされる我が国民性の面目躍如としか思えない。

誤解を恐れずに言えば、野党のマニュフェストなど所詮は絵に描いた餅に過ぎない。現実を知らず、また知りえないのが野党なのである。夢みたいなことを語るのは、いわば野党の「特権」であり、また間違ったことを言っても、すべての真実を把握し得ないのだから、仕方ないのである。開き直りと言われても、それが本当のところであろう。

問題は、にも関わらずそういう風潮に圧され、民主党があたふたと浮足立っていることだ。もともとカッコよく政権交代をしたいという見栄の強すぎる政党ではあったが、そんな「ええかっこしい」精神の発揮ならまだしも、ボロを出すまいと、あちらで批判の声が上がれば、慌てふためき、こちらで火の手が上がれば、すわとばかりに消しに飛んでいく姿はあまりに情けない。だいたい、大仰に記者会見で発表しておきながら、舌の根も乾かぬうちに代表自らが

「あれは正式なマニュフェストではない。」

などとのたまうというのは、どういう神経をしているのだろう。麻生のことを随分ぶれた、ぶれたとバカにしていたが、これではとても人のことを言えた義理ではないだろう。

鳩山由紀夫という人は、もともと口が軽く、失言も多い政治家である。前回、彼が代表だった時の2000年の総選挙の時も随分やらかしてくれたが、その時はたまたま相手が、その道なら絶対に負けられないという自負をお持ちだった(?)森喜朗だったことでまだ救われた面があった。今回の相手も、その点やはり「期待」できる人ではあるが、もし付き合ってくれないとすると、困ったことになりかねない。

民主党は根本的に勘違いをしている。民主党はあくまで野党、つまりは「チャレンジャー」なのである。今のまま、なんとか逃げ切って政権にありつこうなんていう姿勢はおこがましすぎる。すべてに大風呂敷を広げ、八方美人と化すことは、最終的に自分達の首を絞めるだけである。だいたい、なんだか知らないが偉そうにいろいろと各党のマニュフェストを論評している地方首長の連中なんていうのは何様のつもりなのだろう。要はあいつらの言ってることはもっと金をよこせと言っているだけのこと、都市部の金をいただく立場なのに、あんなに威張っているのは何故なのか、全く理解に苦しむ。そんな連中の言に右往左往している有様はあまりに見苦しい。だまっとれ、ガタガタ抜かすなら俺達が政権獲っても一銭もやらんぞと一喝してやればいい。もっともそんなことをホントに言ったら大問題になるだろうけどね(笑)。

まぁそれはともかく、野党のマニフェスト、それは本来

「これだけは絶対やります。」

ということを訴えるべきはずなのである。今回で言えば、政治を官僚主導から政治主導に切り替えるというこの一点で本来なら十分かもしれない。だが、それ以上に今回は

「ストップザ自民党、自公政権。」

こそが訴えるべき最大の公約である。長妻昭は言った。

「我々が政権を獲ったら、各省庁の金庫をすべてひっくり返して、すべて精査したい。是非それをやらせて欲しい。」

ここがすべての出発点である。この国を財政的、ひいては道徳的に立て直す為の第一歩、それは今現実に、国民の税金がどのように使われているか、そしてその結果、我が国の財政は本当にどういう状況になっているかを白日の下にさらすことである。それは現政権が続く限り、永遠に不可能なことである。もちろん、政権交代しても不可能なのかもしれないが、しかし可能性は今より確実に出てくる。そして、使い方を改めるべきところは改め、そしてそれでも足りない時には、やむを得ず増税する。その道筋をつけるのは、今の手あかのつき切った自民党政権ではこれまた絶対に不可能であろう。

そしてもう1つ、それは

「失政をした内閣・政党は政権を失う。」

という当たり前のシステムをなんとしても日本の政治に根付かせる、今回はその最大のチャンスなのである。

民主党の責任は重大なのである。大袈裟でなく、日本のこれからの命運がかかっているのが今回の選挙なのである。にも関わらず、もし今回、この期に及んで、政権交代を逸する、もしくは「政界再編」などという破廉恥な陰謀を企む輩の跋扈を許すような結末を許した時には、民主党の責任は万死に値する。増税も、政界再編もいずれは必要だろう、しかし今は絶対に順番が違う、まず為すべきは54年もの長きに渡った自民党政権の総括であり、それなしに我が国は次のステップに進むことは絶対に出来ない。それをうやむやにして「先に進む」とすれば、すべてがうやむやとなり、誰も責任をとらず、また問われない「無責任体制」の維持であり、その先に待っているのはもはや・・・。

来る8月30日は日本という国の命運を決する日、筆者はそう公言して憚らない。

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2009年7月16日 (木)

あまりに、往生際が悪すぎる

試合は大敗を喫したようだが、神宮での対ヤクルト戦。ニッポン放送から懐かしい声が流れて来た。深沢弘アナ、おん年73歳、かつての同局野球実況の大エースである。筆者の子供の頃、印象としてはニッポン放送の実況は毎日この人がやっていたような気がする。その重厚な声、メリハリの利いた実況は子供心にほれぼれさせられた。この人の実況に憧れて、筆者は一時期、将来ニッポン放送に入って、実況アナウンサーになることを本気で夢見ていた。

かつ舌は多少、衰えた感があっても、しかしまぁほとんど現役時代にひけをとらないその実況ぶりは、「さすが名人」というしかなかった。相棒の解説者、関根潤三翁は齢80を過ぎて、尚も現役。こちらも全くかつてと変わらない独特の語り口は、往年の名コンビ健在と感動させられた。ニッポン放送55周年の記念企画だそうだが、もったいなぁ。是非これを機に、また実況席にたびたび座って欲しいものである。

前稿で自信満々に「一本道」と断言したら、恥ずかしながら、一夜にして覆されてしまった。まさかの麻生首相による異例の「解散宣言」、次週21日火曜に解散、来月30日に投開票だそうである。昨日は野党が提出した内閣不信任案が衆院で否決、問責決議案が参院で可決され、野党は以降の国会審議を完全にボイコット。儀式も終わり、いよいよ解散に向けてまっしぐら、かと思われたのだが・・・。

13日以降の自民党は大混乱に陥るというのは、予想されてはいた。その機先を制する為に、麻生は解散宣言をしたのだが、党内の混乱は一向に収まる様子がない。1955年の結党以来、ほんの一時期を除いて、54年間に渡ってこの国の政治を与党として担い続けて来た自由民主党。しかし、その終焉が近づきつつあるように見える今、彼らの断末魔とも見える言動の見苦しさは、敵ながらあまりにも情けない。

今日の自民党の不評のすべてとは言わないが、かなりの部分が、「自由民主党総裁=内閣総理大臣・麻生太郎」に因るものであることはもはや否定はできまい。昨年九月の就任以来、その言動はぶれにぶれ、迷走に迷走を重ねた。そもそも、当時の小沢民主党に一大決戦を挑むべく、自信満々に登場した麻生が、結局初志貫徹できないまま、解散を先送りしたことがもうすべてのボタンの掛け違いの始まりだったのである。今では信じられないことだが、発足当時麻生内閣の支持率は「40%もあった」のである。ところが、内閣発足直後のご祝儀相場を期待していた麻生はこの数字を「意外にはねなかった」と見て、ビビッてしまい、直後に起こったリーマンショックに端を発した世界不況への対策を「奇化として」総選挙から逃げ出してしまったのだ。もともと内閣発足、すぐ解散という方針のもとにすべての戦略、人事を組み立てていたのに、肝心の解散を先送りにした結果、全く辻褄が合わなくなり、それを国民に見透かされ、その時点で早くも信頼を失ってしまう羽目となってしまったのである。

それでも尚、神は麻生を見捨てなかった、いや検察という「切り札」があったと言うべきか。一夜にして小沢民主党は苦境に陥り

「みんなで南無阿弥陀仏を唱えて行くんですな。」

とある議員が捨て鉢に語るまでの状況に追い込まれた。しかし、にも関わらず、ここでも格好つけた麻生は解散に踏み切らなかった。

「今は政局より政策、百年に一度の経済危機に対する手当てが最優先。」

という解散に対する逃げ口上が、結局自分に跳ね返って、好機に身動きがとれなかったとも見える、かくして、絶好の反撃機はあたら過ぎ去ってしまった。あとは坂道を転げ落ちるがごとく・・・と言うしかない。麻生がなぜ、これほどまでに自らの手による解散にこだわるのか、どこに光明を見出しているのか、筆者には全く理解できない。しかし、解散権は間違いなく、今は麻生その人の手にあり、麻生が解散すると言ったら、今の憲法の下においては、何人もそれを阻止することはできない、はずなのであるが・・・。

戦後、現憲法下において、解散権を行使しようとして、ついに果たせなかった首相が2人いる。三木武夫と海部俊樹、奇しくもこの両名は師弟関係にある。もう1人、三木の後任だった福田赳夫も機をうかがっていたが、結局果たせず、逆に解散権の行使からひたすら逃げ回り、ついに内閣を放り出したのが赳夫の息子の福田康夫である。三木は党内の「三木おろし」に対抗すべく、解散に打って出ようとした。だが、20人の閣僚のうち、三木の方針を支持するのはわずかに5人、いったんは15閣僚を罷免して、強行突破の腹をくくったはずの三木だったが、土壇場で逡巡、結局は12月の任期満了選挙に追い込まれ、退陣した。のちに「自民党の一番暑い1日」と言われ、「党分裂の深淵をのぞいた」とも言われたこの時、三木が決断していたら、この時点で自民党は分裂、その後の政治の流れは間違いなく変わっていただろう。

「私は独裁者ではない。」

のちに三木は、言い訳のようにこう述懐したそうだ。筆者は三木という政治家を尊敬しているが、このことと片山、芦田内閣のたらい回しを推進したという2点については納得できないでいる。

三木や海部を反面教師にしたと言われるのが小泉純一郎で、無謀とも思われた郵政解散に踏み切ろうとした時、閣内にはイエスマンばかりを揃えてあった。それでも、4人の閣僚が当初反対(その1人に当時総務相だった現首相麻生もいた)を表明、小泉はその一人一人を個別に説得、ただ一人ノーを貫いた島村宜伸農水相の置いて行った辞表を突き返して、罷免して解散に突入、くだんの大勝利を収めた。

そして麻生は都議選翌日の13日に解散を断行しようとするも、周囲の反対で果たせず、代わりに解散予告をして、またも1週間先延ばしにした。それでも解散を宣言したことで、「麻生降ろし」に手ぐすね引いていた連中の機先を制することに、成功したかに見えた。

先延ばしにした最大の理由も、もはや聞き飽きた「公明党への配慮」。まぁ確かに都議選でのあの手堅い学会票を見れば、公明、学会のご機嫌をとりたくもなるのだろうが、「またしても所信を貫徹できなかった姿」を国民の前にさらし、また反麻生の連中に反撃の時間を与えてしまったことが、事態をいよいよ迷走させることになった。

14日の午前中にまず、飛び出したのが「古賀誠選挙対策委員長の辞意表明」。麻生の前任、福田康夫に自ら売り込み、党三役並みに格上げまでしてもらって就いたポジションを、いよいよ本番という時に、投げ出してしまったのだから、党内も国民も唖然の一言。永田町では「策士」で通る古賀だけに、真意をいろいろ憶測する向きもあるが、はっきり言って、この人の仕掛けが効を奏したのをあまり見た記憶がない。特に師とも後見人とも言われた野中広務が引退してからは、その傾向が顕著であり、結局のところ、小沢一郎同様、買い被られ過ぎというのが本当のところではないだろうか。尾辻秀久参院議員会長も辞意を漏らしたとも伝えられているが、この人に至っては、一応、一連の地方選敗退の責任を理由にしている古賀とも違って、なぜ今そんなことを言い出すのか、全く理解できず、要は党執行部にいるのが嫌になって、逃げ出しそうとしているという以外の思惑は感じられない。

こうして総裁以下執行部の威信はますます低下、もはや一種の無政府状態に陥り、反麻生陣営は、残された時間に最後の希望を託してクーデターに出ようとしている。都議選前からくすぶっていた「両院議員総会開催による党則の改正=総裁選の前倒し」である。都議選を始めとした地方選連敗の総括もせずに、解散になだれ込むとはなんたることという一応、理にかなっていそうな理屈で署名を集め、執行部に開催を迫っている。党則によると、党所属国会議員の1/3以上の要求で開催ができるそうで、このハードルは高くない。なにしろ、何度も書くが、とにかく彼らは生き残りに必死なのである。自民党がどうなろうと関係ない、まして麻生と心中する気などさらさらない、その為にはどんなことだってするのである。筆者が一本道と書いたのは、結局そんな彼らを抑えることなど絶対に誰にもできないと思ったからだ。

言っておくが、だからといって彼らの行動を筆者が支持し、または同情しているということでは全くない。ただ、どんなに止めようと、非難しようとそれは全くの無駄であると諦めているだけである。

火曜日、野党が提出した内閣不信任案を自公連立与党は「一致結束して」否決した。つまり、繰り返すが、近々国民の審判を受けることになる自民党の衆院議員は全員、麻生内閣を「信任した」のである。にも関わらず、その舌の根も乾かぬうちに、「麻生降ろし」とやらに奔走する輩がいる。そこを突っ込まれて

「首相と総裁は別ですから。」

とのたまった佐藤ゆかりなるバカ議員の言葉は、ここに大書しておきたい。この程度の奴を議員に押し上げた前回の郵政選挙の罪は、後世まで語り継ぐ必要がある。

議員総会でのクーデターが実り、総裁選が前倒しされることになったとしても、これも繰り返しになるが内閣総理大臣たる麻生の地位は変わらない。そして「しゃらくさい」とばかりに麻生が、そのまま解散に打って出たらどうするつもりなのだろう。それこそ渡りに船とばかりに、「反麻生」を旗印に分裂選挙を戦うつもりなのか、それともそんな暴挙が許されるはずがないとでも言うのか、クーデターと暴挙、どっちもどっちという気がするが。

その暴挙を防ぐ手段がなくもない。閣僚に造反させ、解散詔書への署名を拒否させるのである。現に与謝野馨や石破茂あたりが不穏な動きを見せているやにも聞く。しかし、いざという時、公明党出身の斎藤鉄夫環境相を唯一の例外として、麻生が首を切るのに、躊躇する閣僚がいるだろうか。あくまで理論上ではあるが、麻生が全閣僚を兼務して、解散を打つことだって可能であり、かつて海部が、閣僚の造反に合い、総辞職を選択した時に

「なんで海部さんはやらないんだ?反対する閣僚を全部罷免してやればいいんだよ。」

と周囲にもらしたと伝えられる麻生なのである。

いや、さすがにそこまで行けば無理筋と、麻生が恐れ入って退陣したとして、その後に彼らがどんなに立派な新総裁を選び出そうとしているかは知らないが、それで本当に今の流れを逆転できると信じているのだろうか?

今の自民党に対する逆風のかなりの原因を麻生その人が作り上げているのは事実だが、麻生1人の責任でないのも間違いない。国民は長年の、特に2007年夏の参院選以降の自民党の傲慢さ、破廉恥さ、不感症ぶりにほとほと嫌気が差しているのである。そこに来て、とどめを差すかのごとくのこのゴタゴタである。麻生がこのまま、なんとか押し切って21日(以降)に予定通り解散に打って出られたとしても、反麻生陣営の「麻生降ろし」が効を奏し、解散日程はこの期に及んでまたしても、いったん白紙、「めでたく」新総裁・首相誕生の上で改めてさぁ解散となったとしても、国民の自分達に対する不信感、嫌悪感を払拭できると信じているのであろうか?

細田博之は不信任案に対する反対討議で

「これは民主党による『鳩山疑惑献金隠し決議案』だ。」

となにやらボソボソと迫力なく言っていた。さらに昨日、なんとか「貨物検査特別措置法案」だけでも上げてくれと民主党に泣きついたが、一蹴され

「民主党は無責任だ、あんな政党に政権担当能力があるのか。」

とわめき散らしていたようだが、

「何言ってるんだ、あんた達、もともと月曜に解散するつもりだったんだろ。」

と冷笑されてジ・エンド。もはや、なにをやっても墓穴を掘っているだけである。

筆者はもはやこの流れは変わらない、いよいよ念願の政権交代が、目の前まで迫って来たと信じているが、しかし、しかしである。投開票日とされる8月30日までまだ「50日近くも」あるのである。まだなにがあるかわかったものではない、なにしろ相手はあの「ホップ・ステップ・肉離れ」をお家芸としている(!)民主党なのである。更には、投票するのは自民党に「お灸をすえる」ことまではやって来たが「鉄槌をくらわす」ことからは、ひたすら逃げ回って来た日本国民なのである。今度の衆院選挙はやっぱりその時、運の良かった政党が勝つのである。

しかし、今の自民党はその最後の、それは奇跡的なものかもしれないが、そのわずかな可能性すら、自らの手で捨て去ろうとしているとしか見えない。今の自民党の状況を見て、自民党に対する好感度が高まったり、信頼感が増す人がいるとしたら、その人は相当変わり者か、相当な民主党嫌いか、どちらかだろう。今や、自民党の面々には、今の自分達が、国民の目に、どんな風に映っているのか、そんなことすら、冷静に判断できる人物もいないのだろう。このままなら、民主党はただ、相手を嘲笑ったまま、易々と政権を手に入れられるだろう。

筆者は「正当なる政権交代」が今の日本の為にはどうしても必要だと思い、その為には、何度も裏切られながらも民主党という政党を応援して来た。その思いがついに結実する日が来る、それは本当に喜ばしい。そして、長年、政権、権力にあぐらをかき、日本の政治を停滞させて来た自由民主党なる政党がついに崩壊しようが、分裂しようが全くご勝手になさればいいと思う。だが、自民党にも戦後日本の繁栄を築きあげてきた矜持と王者としての誇りはないのか?いや、そんなカッコいいセリフを敵に投げ掛けられる余裕なんて、民主党には所詮はないんだけどね・・・。

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2009年7月13日 (月)

後は一本道・・・のはず

先週の土曜、所用で実家に泊まっていた筆者は張り切って周囲を「ねり走る」共産党都議候補に叩き起こされた。時計を見ると8時過ぎ、法律的に文句を言う筋合いはないのだが、もはや都民ではなく、部外者となった身としては迷惑そのものだった。まぁもっとも当事者の方は、とにかく必死であっただろうが。

その都議選が終わった。予想通りの民主の大勝、自民を44年ぶりに都議会第1党の座から追い落としただけでなく、中選挙区制度での選挙ながら自公を過半数割れに追い込むおまけつき。更に、都議選の影に隠れて全く注目されなかった奈良市長選も民主推薦候補が自民推薦の前衆院議員(元市長)を圧倒。全国で2番目に若い市長が誕生する運びとなり、全国的な民主躍進、自民退潮の流れはもはや、止められない勢いと見える。

前稿で、もはや一本道と書いた。それ以上のことを書かなかったのは、都議選の結果が出ていなく、迂闊なことを書くとこんな個人的ブログでも、選挙妨害を問われかねなかったからだが、いよいよ事態は大詰めを迎える。

報道によれば、麻生首相は尚も、自らの手による解散に意欲満々だそうだが、それは選挙の結果も出ないうちから、弱気なことは言えなかったろうし、また仮にも内閣総理大臣たるものが、都議選の結果で退陣に追い込まれるなどありうべきことではないというプライドもまぁ、お持ちであろう。しかし、このまま突っ張ったところで、もはやどうにもなるものではないことをまさか本当にわかっていないわけでもないだろうし、形勢挽回、大逆転への秘策を胸に秘めてるとも、到底思えない。逆にこの選挙結果を受け、自民党内の「反麻生」「麻生降ろし」の声は、止めどもなくなって行くだろう。

今日、民主党は衆院で麻生内閣不信任案を、参院で麻生内閣問責決議案をそれぞれ提出する方針と聞く。問責の方は可決確実、そのまま参院での審議は完全にストップする。問題は不信任案で、これも与野党の議席差を考えれば、難なく否決されるはずなのだが、この期に及んで麻生を「信任したい」と本気で考えている自民党議員が果たして何人いるかということだ。

と言って本会議で造反もできずに、しぶしぶ反対票を投じれば麻生内閣は衆院で信任されたことになり、反麻生の連中は麻生を降ろす口実を失う。今回の不信任案提出は麻生の手でなんとしても解散させる為に麻生の居座りにお墨付きを与えようという、野党側の「勝負手」なのだそうだ。不信任案は提出されれば、ただちに本会議に上程され、審議されなくてはならない最優先案件で、採決を引き延ばすことはできない。

不信任案を受けて、麻生が採決前に解散に打って出る可能性はある。しかし、これには与党の猛反発が予想され、この与党への大逆風の中、都議選で1議席を増やし、不気味な存在感を示した公明党の斎藤鉄夫環境相の首を切ってまで、今の麻生に突っ走れる力があるとは思えない。もちろん、信任してそれを「花道」に辞めてもらうというのも、とても国民に通る理屈ではないだろう。

だいたい、今解散するとすれば、それは麻生の意地とプライドを満たすだけのものになり、多くの自民党議員に無理心中を強いる行為に等しい。それほどの度胸も麻生にはやはりないだろうし、ただいたずらに人の恨みを買うだけのことである。結論としては、不信任が出た時点で、麻生は辞任せざるを得ないと思う。

麻生辞任を受けて総裁選が始まる。民主党や国民からどんなに非難を浴びたところで、我関せず、この人達に物の道理や理屈を説いても全くの無駄である。少なくとも、自民党の議員達に一片の政治的良心があったら、遅くても福田退陣の時に、一緒に下野するだろう。自らの都合で総裁・首相を取り替えることになんの躊躇もなく、それを3年続けようとしているのである。言っておくが、国民はその間、なんの意思表示もさせてもらっていない。勝手に自分達でスカを担ぎ上げ、そして自滅しているのである。「バカ」としか言いようがない。

候補はさっそうと自民の救世主に名乗りを上げたのはいいが、国民にその三文役者ぶりを見透かされ、ほぼ総スカン状態のまま、舞台からそのまま転げ落ちた東国原某の線は消え、やはり党内からの選出。となると、昨秋に麻生と戦った連中がまずは有力候補になる。だが、石原伸晃は、今回の都議選の責任を問われる立場となり、声は上げにくくなったろうし、やはり同じ東京選出の与謝野馨はただでさえ、決して選挙に強くないのに、この結果に今頃震え上がっているだろう。石破茂は内閣の一員にいる今、後継に名乗りを上げるのは云々と理屈を言ってるようで、今回はパス。となると残るは小池百合子に鳩山邦夫、舛添要一、ひょっとしたら野田聖子。中川秀直は自ら出るか、それとも前回同様、小池を担ぐか、以上の「豪華メンバー」で争われることになろう。

有力とされるの舛添。口を極めてののしっていた安倍の内閣に、一転潜り込んで、以来今日まで厚生労働大臣の座に居座り続けているが、これと言った実績もないのに、なぜか「よくやっている」とされ、国民の人気も高いらしい。筆者には全く理解できないのだが、それに気を良くしたか、このところご本人も意欲を示す発言を繰り返している。自民党発足以来、参院議員が総裁になった例はなく、また所詮は議員になってまだ8年のタレント上がりのバフォーマンス野郎と、党内の人気は決して高くはないのだが、それでも他に適当なのは見当たらず、片山さつき以外は最終的には、みんなしぶしぶ認めるのだろう(笑)。手はともかく口だけは間違いなく八丁な新総裁・首相にいただき(そうか、あいつが首相になっちまうのか・・・)、そしていよいよ9月に解散という流れである。だが、ひょっとするともう一幕あるかもしれない、それは「鳩山辞任」・・・。

今の自民党への逆風は麻生のせいだけではないが、麻生の存在によるところも極めて大きい。その疫病神が消え、新総裁の下、自民党は遮二無二、鳩山由紀夫の政治資金問題を突いてくる。もはやそれしか望みがないのだから、その攻撃は恐らく死に物狂い。とにかく国会をギリギリまで引っ張り、連日猛攻撃を続けるだろう。

先日の記者クラブでの講演で鳩山は

「細川政権の教訓は生かさなくてはならない。」

と述べたそうだが、これは皮肉な予言になりかねない。細川護熙は与党内部の対立もあったが、佐川急便からの資金提供疑惑を野党自民党に徹底的に突かれ、退陣に追い込まれた。報道を見る限り、鳩山の一連のそれは、なかなか説明がつきそうもなく、例えなんとか選挙までは逃げ切ったとしても、政権を樹立したとたんに立ち往生しかねない恐れがある。

まして選挙前にダウンした時の民主党のダメージは計り知れない。だからと言って、それで自民党が盛り返すという期待は甘い、どっちもどっちということで、国民はしらけ、棄権に回る。でなければ、渡辺や平沼の第3極志向の連中に走る。その票は今の流れなら、民主党に回るであろう票であり、断じて自民の票を食うわけではない。かつて森喜朗が望み、最近では古賀誠が口走った「無党派層が寝てくれる」が現実となり、民主は伸び悩み、こうなると、学会票というとてつもない固定票を持つ自公が相対的に浮上する。なんだかんだ言って自民は公明、学会をやっぱり粗末に扱えないのである。そうなってしまったら、選挙後の政局はもう、収拾がつかず、筆者がもっとも忌み嫌う「政界再編」という魑魅魍魎が跋扈するという最悪のシナリオに突入する。

それにしても、昨日の都議選、投票率は55%にも満たなかった、大雑把に言って、都民の2人に1人は選挙に行かなかったのである。国政選挙、それも政権交代のかかった大一番のそれなら話は別?繰り返すが、この逆風下、公明は一議席ながらも議席を増やした。それは中選挙区制のマジックの賜物でもあるが、この期に及んでも、選挙に踊らぬ有権者があまりにも多いことが大きな原因なのである。ローマは1日にしてならず、日本の政権交代への道のりも、まだまだ平坦ではない。

あまりの酷使にさすがに気が引けたか、原監督は昨日の阪神戦、とうとう越智と山口をベンチから外した。そんな試合に先発のマウンドを託された内海は元気のないタイガース相手とは言え、見事な完投勝利。これぞエースである、お見事!それにしてもここ1ヵ月以上にわたる貧打はなんなのだろう。リリーフ陣の酷使の原因は、開幕当初の先発陣の不甲斐なさから、点の取れない打線に、明らかに変わっている。坂本の下降、李の不振、阿部の不在という要素も無視できないか、要はつながりがないということなのだろう。間もなく、オールスター、その前に打線の梅雨明けは果たしておきたいものである。

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2009年7月 7日 (火)

勝負とはゲタを履くまでわからんものだ

先日、暇潰しにチャンネルをガチャガチャやっていると、大リーグ中継が出て来た。見るとはなしに見ていると、バッターがヒットを放ち、セカンドランナーが悠然とホームに返って来た・・・と思いきや、矢のようなバックホームが送られて来て、余裕ぶっこいていたそのランナーはなんとタッチアウトとなってしまった。なんとも間抜けなプレーだと呆れたが、この憤死が後で重大な事態を引き起こすことになるとは、その時は思いもしなかった。

得点は10-6、が、実はちょっと前まで10-1だった試合が、前の回の反撃で一気に差が詰まったらしかった。その直後の攻撃での追い上げられている側のボーンヘッドである。このままではすまないかもという思いはよぎったが、それでもマウンドに上がったのが日本人プレーヤーの岡島秀樹でなければ、もともとメジャーになんの興味もない当方は、チャンネルを替えていただろう。

残り2イニングの4点差、騒ぎになる展開とは思えなかったが、岡島が筆者にとってはあまりにも「見慣れた岡島」のピッチングを繰り広げ、キャッチャー前のゴロを緩慢な動きで内野安打にしてしまうお粗末も手伝って、あっという間に無死満塁。ここで岡島はお役御免となって、同じくジャパニーズメジャーリーガーの斎藤隆がおっとり刀で登場して来たが、こうなっては斎藤ではなく、他の知らない投手が出てきたところで、チャンネルを替える気はもうさらさらなくなった(笑)。

その斎藤も相手の勢いを全く止められず、一死はとったものの、ついに1点差まで追いつめられ、たまりかねてベンチはクローザーを送り込む。解説は大島康徳だったが

「一死というのがむずかしいですね。あと一つのアウトならとり易いんですが、こういう場面で二つアウトを取らなくてはならないというのは、結構しんどいんですよ。」

という予言は見事に的中、最初の打者は三振に切ってとったものの、続く打者に左中間を深々と破られ、七回表まで10-1のワンサイドだったはずのゲームがとうとう、10-11の大逆転試合になってしまった。すべてを見ていたわけではないが、こうなるとあの油断としか言えない走塁でみすみす逃した一点の重み・・・後悔先にたたず、勝負はゲタを履くまでわからないという格言をまさに地で行った試合となってしまった。

日曜日に投開票された静岡県知事選は大接戦の末、民国社野党3党が推薦する元大学学長が、自公が推薦する元参院議員らを押さえて当選を果たした。一時は、勝たなくてもいいなどという不遜な声もあったやにも聞くが、ここで負けていたら民主は大騒ぎになっていた可能性が高い。

政権交代に向けてまっしぐらの感もある民主党の重大な足枷になりかねない、鳩山由紀夫代表の「故人献金」問題。負けていれば、この影響を指摘する声は強まり、逆に自民に反攻のきっかけと勢いを与えることになりかねなかった。いや、事前から接戦の予測ではあったものの、ここまできわどくなったのは、やはりこの問題が影を落としていたと見ることもできる。

それにしても鳩山のあの問題は少々ひど過ぎないだろうか。「政治資金収支報告書」なんて所詮、砂上楼閣のような辻褄合わせの作文という面は否定しないが、あそこまで不真面目なものを堂々と掲げられては、あいた口が塞がらない。どういう意図であんなものを作って出したのかは、知らないが、少なくともあれを鳩山本人が全く目を通していないことだけは間違いない。いくらなんでも見ていれば、仮にも「恩師」と慕う人物の名が不当に使われていることくらい、すぐにわかるだろう。その杜撰さ、無責任さは非難されてしかるべきだし、当然、なぜそんなことをしたか、鋭く追及されても仕方ないだろう。

鳩山や小沢が93年に自民党を離党した時に、掲げていた理念は「政治改革」だった。政治改革とはなにか、それはリクルート事件に端を発した「政治と金」に対する国民の不信感の払拭を目的にしていたはずである。それから16年、長年の苦労が実り、いよいよ彼らの悲願だった政権交代が目前に迫って来たはずなのに、その彼らが「政治と金」で足元をすくわれようとしている。小沢も鳩山も自民党にとどまっていれば、党内に今、それなりの地歩を築いていただろう。いや、ひょっとしたら麻生や安倍なんて輩を差し置いて、首相の座を射止めていた可能性だってある。あえて茨の道を選んだ彼らの政治的決断と勇気を称賛することには、やぶさかではないが、それにしても彼らの16年とはなんだったのだろうという思いはぬぐい去れない。

そんな彼らの失策が今や唯一の拠り所となった自民党。今彼らが、懸命に追いかけているのが鳩山の疑惑であり、生色を一瞬取り戻したのは、検察をけしかけて小沢を世論の非難の的にした時だけである。もはや、自民党は政策で攻勢をかけることなど、全くおぼつかない政党になり下がったのである。

鳩山を追いつめれば、まだ希望があると自公は躍起になっているが、静岡知事選は接戦とは名ばかり、民主系候補に元民主党参院議員に投じられた票を足せば、大差。元議員は予想以上の健闘だったと思うが、それでも自公は勝てなかったという事実は重い。

前稿を書いた直後に、にわかに再浮上した内閣改造と党役員人事。下馬評だけは華々しかったが、結局どうでもいい「人事をやった」というアリバイ工作以外のなにものでもない閣僚補充が精一杯。もはや国会も閉じようという中、それになんの意味もなかったことは言うまでもない。

またしても自身の威光を傷つけるだけの結果となっただけでなく(もうそんなもの、とうにないという説も濃厚だが)、替えられかけた三役の威信も低下、そして首になりかけた連中はふてくされて、いよいよ麻生にそっぽを向く、何一ついいことのない結末に、国民がどういう判断を下すか火を見るより明らかなことだった。

それでも尚、わが国の内閣総理大臣である麻生太郎は、サミットに出席すべく日本を旅立って行った。思えば昨年、洞爺湖サミットが行われた時、来年は小沢一郎か岡田克也が行ければいいと書いた。だが、今年まさか麻生がサミットに行くなんて、まして今もって総選挙も行われていないとは、あの時点では夢にも思っていなかった。自らの保身と権力欲の為に、ひたすら総選挙を先送りにし、政治の停滞を長く放置してきた麻生及び自公勢力の罪は、当然迫りくる総選挙で断罪されなくてはならない。

12日の日曜には都議会議員選、それ以降自民党はいよいよ大混乱状態に陥るとも言われている。選挙の結果が、まだ出ていない今、迂闊なことは書けないが、筆者はもう1本道だと思っている。そしてその結果、小池だか東国原だかしらないが、新しい顔が相手に誕生した時、ふと気がつくと自分の方の党首は疑惑に包まれたままだった・・・。

勝負というのはゲタを履くまで本当にわからない。それはまだ3ヶ月も先のことなのだから・・・。

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2009年6月30日 (火)

本気で自分で解散しようと思ってるのか?

少し前にやっていたドリフターズによるパチンコのCMには驚かされた、長さんは実はどこかで生きているんだね(笑)。本当にそうとしか見えなかった。更に少し前にやっていたコーヒーのCMでは桑田佳祐が、植木等と歌い踊り、ジャイアント馬場と戦っていた・・・凄い世の中になったものである。

これらは無論、現代の最新技術を駆使した「合成」の産物だが、今回某コーヒーのCMで復活した「太陽にほえろ!」はなんとゴリさん(竜雷太)、殿下(小野寺昭)、テキサス(勝野洋)、ロッキー(木之元亮)の4刑事が往年の衣装を身にまとって、熱演、最年長69歳のゴリさんも含め、なんと犯人追跡の激走シーンまで見せてくれているのだ。「太陽にほえろ!」を知っている人なら、現実にこの4刑事のフォーショットはありえなかったことはわかっているのだが、それにしても録り方の妙、そしてやはり技術の助けはあるのだろうが、4人の俳優さん達の往時と変わらない雰囲気と熱演ぶりには、胸が熱くなった。テキサスなんてホント、若々しかったもんなぁ、いやいい物をみせてもらったものである。

同情する気は全くないが、それにしても麻生太郎首相の迷走ぶりはもはや憐れと言う他はない。今更ながら繰り返させてもらえば、首相の力の源泉は「人事権」と「解散権」。それを遅まきながら行使しようと、もそもそと動いてはみたものの、党内の反発が強く、全くままならない。だが、とっくに「死に体」化し、国民の支持も、党内の支持も失っていながらも、とうのご本人だけはひるむことがない。その「強靭な精神力」には、ある意味、感嘆してしまう。

とっくに退陣しててもおかしくない首相が、とにもかくにもまだ、自ら解散をしようと足掻くことが出来る理由は2つ、1つは衆院議員の任期切れがもう2ヵ月強で来てしまう事、もう1つは自己都合による4度目の総裁交代を自民党がさすがに躊躇し続けてきたことである。しかし、度重なる不手際、失言で国民の信を完全に失い、見放された首相・総裁の下で選挙を戦えば、どうなるのかは自明の利。もはやためらっている場合ではないと、自民党議員の多くがガタつき出した。かねて麻生に含むところがある中川秀直元幹事長は、ついにブログで「万歳突撃はゴメン」とはっきり本音を書いて、倒閣を宣言した。

麻生が目指したとされる党役員の交代、一部閣僚の交代、補充による内閣改造は論外である。代わりに、どんなすばらしい人物が入ったとしても(そんなのがいるとも思えないが)、それは麻生体制が続くということであり、麻生その人に国民が愛想を尽かしているのだから、全く無意味なことでしかない。

と言って、一部の強硬派が主張するように総裁選の前倒しにより、強制的に総裁を代え、その下で選挙を戦うというのもうまくいくとは思えない。その手段によって「自民党総裁」は代わっても「内閣総理大臣」は代わらない。解散権を持つのは、総裁ではなく首相、つまり麻生太郎その人のままなのである。下手をすれば、自民党は分裂、戦わずして下野の道を歩むことになりかねない。結局は、自民党の多くの衆院議員、及び次期総選挙立候補予定者はまさに、祈るような気持ちで麻生が自主的に総辞職してくれることを願うしかないのである。しかし、麻生にそのつもりは全くなさそうである、彼は現状をどう分析しているか、本当にこのままで勝機があると思っているのだろうか?不思議な人物である。

とりあえず鍵を握るのは、今週末の静岡県知事選そしてその翌週の東京都議選であることは間違いない。うがった見方ではあるが、実はこの両選挙、自民、民主とも本音は勝ちたくないという説がある。1つでも自民が勝てば、麻生降ろしのタイミングが失われ、自民は困るし、逆に民主はその方がいいと言うのである。なんとも言えないが、一面の真理はついているかもしれない。

先週、吹き荒れた「東国原旋風」はやや、ここに来て沈静化しつつあるように見えるが、しかし自民党が、あそこまで東国原に拒否反応を示したのはなぜなのだろう?この期に及んで自民党に味方しようなどという奴は、筆者にとってはもはや国賊だが、しかし自民党が本気で生き残りたいと考えているのだしたら、彼は救いの神だったかもしれない。「東国原総裁」対「鳩山代表」、国民がどう判断するかは、微妙だが、ひょっとすると劇的な形勢大逆転は起こり得たかもしれない。

日曜日に投開票された横須賀市長選は、33歳の前市議が2期目を目指した現職を接戦の末、破った。国民の間で、尚も絶大の人気を誇るとされる小泉純一郎元首相のお膝元で、彼が懸命にテコ入れした候補が敗れたのである。小泉及び一緒に現職を支持した自公が赤っ恥をかくのは、まぁどうでもいいことなのだが、問題はその現職を民主まで一緒担いでいたこと。出口調査によると、民主支持層の半数くらいが当選した前市議に流れていた由で、このことは、政権交代、「チェンジ」への期待が必ずしも、民主だけに向いているわけでなく、なにか目新しいなにかが、登場すれば、有権者はそちらに食いついてしまうようなもろい優勢に過ぎないことを如実に証明してしまった。そのなにかに、「東国原総裁」がなった可能性はあったはずである。

このままなら、政権交代は実現し、民主党を中心とした民・国・社連立政権が誕生するのは間違いないだろう、「このまま」なら・・・。岡田克也民主党幹事長は問われて、政権交代実現の可能性を50%と言った。

「60年も政権を維持して来た人々がそんな簡単に政権を放すとは思えない。まだまだいろんな仕掛けをして来ると思う。それを乗り越えて行くことが、我々の試練だ。」

東国原爆弾は投げつけられた自民党の方がビビッて避けてしまい、このままでは不発に終わりそうだが、一か八か、乗ってみようという空気がまた出てこないとは限らない。それに平沼、渡辺それに橋下などがうごめく第3極勢力が、このままなら思わぬ伸張を見せる可能性もある。そして、何より民主党が得意とする「ホップ ステップ 肉離れ」がこの土壇場で出ないと誰が保証できるだろう。

今度の衆院選はその時、運の良かった政党が勝つ、そしてその鍵は、どうやら依然として「麻生太郎」が握っているのである・・・。

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2009年6月21日 (日)

もはや手段は選ばず

17日の水曜日に行われた麻生太郎首相と鳩山由紀夫民主党代表による2回目の党首討論を

「麻生首相は遅まきながら、冷静かつ誠実に説明責任に努めていたが、一方の鳩山代表は相変わらずのスローガンの羅列に終始していた。」

と評したのは産経新聞だった。しかし、これはあくまで自民党命、というより民主党をひたすら嫌い、そして足を引っ張ろうという趣旨で一貫している産経ならではの見方であり、実際のところは、政治家の中では稀有なほどの演説、討論下手の鳩山が、余裕を持って麻生をあしらったと言って、差し支えないだろう。過去にないくらいに落ち着いた雰囲気で行われた今回の討論は

「ハコ物ではなく、国民一人一人の生活を守る為に、予算を使う政治。」

と切々と訴えた鳩山の主張はなかなか心に響いてよかったと思う。一方の麻生は相変わらずの財源論、筆者はこの論争は前々から不毛だと思っている。だいたい野党に、与党と同じような完璧な裏付けのある財政政策を求めることに無理があるし、片方は税金の無駄遣いが一杯あると言い、片方はそんなものはほとんどないと言い張る以上、その決着をつける方法は、あると言っている方を政権の座につけ、やらせてみる以外に検証の方法がないからである。そして国民は「ある」と言っている方の勢力に、軍配を上げつつあるように見える。そして唐突に「第七艦隊うんぬん」とのたまいだして、失笑を買っていた姿は哀れですらあった。

前回も書いたが、麻生首相の命運は尽きようとしている。いや2月に郵政民営化にもともと反対だったと言ってしまった時点で、本当なら終わっていたはずだったのに、その後敵失から、一瞬蘇生したように「錯覚」しただけだったのである。もはやその権威は与党内にもほとんどなく、総裁選の前倒しや、信任投票を求める声が公然と吹き出しているだけでなく

「都議選で負けたら、あの人だってわかっているだろう。」

などという発言が、公然と語られるに至っては、もうどうにもなるまい。だが、麻生はこれまででも、自民党がこれまでとはまだ決まったわけではない。少なくとも彼らはそう思い、そして必死にあがいている。

彼らの希望の星はやはり「小沢一郎」。西松裁判が始まり、冒頭陳述で検察は小沢事務所がいかに、岩手を始めとした北東北の公共事業に対する影響力を保持していたかを語り、対する被告の西松建設前社長も事実関係を争う姿勢をみせないことから、再び小沢への、ひいては民主党への風当たりは強まりつつある。更に鳩山にも故人から献金を受けていたという不可思議な事実も発覚し

「政治と金の問題は、当然今国会後半の重要なテーマとなる。」

と自民党が張り切るというかつてない情景が現出している。

が、これが前回のような劇的な効果を挙げるかは、疑問も残るところで、まず検察のとにかく小沢ありきの姿勢に対する疑問、批判もまた高まってきており、それが自民の方に跳ね返ってきかねず、更に小沢その人が既に民主党代表の座を退いてしまっていることも、かつてほど、小沢攻撃に迫力を与えない。現に民主党は、これは小沢個人の問題という姿勢を強めており、世論がそれをどう判断するか?そして、なによりも致命的なのは、麻生が日本郵政のゴタゴタで、国民の信用を決定的に失っており、もはや麻生が今のままの地位にとどまっている限り、なにが起ころうと、形勢逆転の目は100%ない。

静岡県知事選は野党分裂、都議選は民主が首都東京で意外なほどの不人気で、麻生はまんざら希望を捨ててないらしいが、ここで連敗するようなら、もはや有無も言わせず、引き摺り下ろされるだろう。その前に、一か八か解散などという説もあるが、もはや麻生にそんな力があろうはずがなく、麻生と心中する気など、もとより自民党にはない。

自民党はやる、間違いなく総裁交代=首相交代を。舛添か、野田か、小池か石破かそれとも中川秀直かはまぁ知らないが、絶対にやる。民主党が小沢から鳩山に党首を替えただけで、ここまでの形勢逆転を成し遂げた以上、自民党にも可能性はある・・・かどうかはともかく、新首相の下で10月に総選挙、決まりだろう。静岡知事選と都議選のどちらかでも勝ったら案外自民党さん、困るんじゃないですかい?

一連の鳩山邦夫の言動は、後への野心があまりにもミエミエで、全く関心が湧かなかったのだが、彼が三木武夫の名前を出して、改革を叫んだとなると、今後の言動には、ちょっと興味をひかれる。所詮は民主党政権阻止を訴えている以上、筆者にとっては、敵であることは間違いなく、ただ、自民党さんの方で勝手にごたついてくれる分には、まぁウェルカムというところであろうか。そうだ、ヤケッパチついでに、自民党もいっそのこと由紀夫-邦夫の兄弟対決でも実現させてみたらどうだろう、ワッハッハッ。

今日は父の日。筆者にとって2度目にして、上の息子の最後の保育参観が昨日あった。自分の子供を見てというより、今年幼稚園に入ったばかりの年少児を見た時に、その成長を強烈に感じた。そしてその後、実家に父のご機嫌伺いに行ったのだが、リタイヤして1年、すっかり威勢が影を潜めてしまった父の姿は正直寂しかった。人間はやはり、平等に年をとる、それは嬉しいことであり、また悲しいことでもある。そんなことを実感した1日であった。

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2009年6月15日 (月)

進むも地獄、退くも地獄

昨日、投開票が行われた千葉市長選は民主推薦、社民支持の31歳の候補が当選、これで民主系は政令指定都市の首長選に3連勝となり、また衆院選前哨戦といわれる地方選3連戦のまず初戦を制することになった。

自公が擁立したのは手堅い前助役、連合千葉もこちらにつき、不戦敗の気配濃厚だったはずの民主が一転、息を吹き返したのは現職市長が収賄容疑で逮捕されてから。こうなると、前市長から受けていた後継指名も仇となり、あとは為すすべなく敗れてしまった。市議会議員を務めていたとは言え、その手腕は全く未知数である若き候補とベテランの前助役のどちらが市長にふさわしいのか、しかし時の勢いはそんな小賢しい理屈など簡単に吹っ飛ばしてしまった。

日本郵政社長人事を巡るゴタゴタをついに収拾でぎす、「盟友」であったはずの鳩山邦夫前総務相を事実上更迭せざるを得なくなった麻生太郎首相の無為無策ぶりは、いよいよ国民の麻生離れ、ひいては自民党、自公政権離れを助長した観が強い。

筆者は、鳩山の辞任を奇禍として、麻生は最後の勝負に出るかと思った、それは「内閣改造」。2月にもう1人の盟友と言われた中川昭一前財務相も辞任しており、これで閣僚の欠員が2人、補充の名目で乾坤一擲の大勝負に出ることは可能だったはずだ。が現実にはそのそぶりすら見せずに、またしても閣内の兼任人事でお茶を濁しただけ、今の麻生には人事権を発動する余裕も力もないということを、満天下に示す形となってしまった。

「改造なんてできない、下手に人事を動かして、新しい閣僚にスキャンダルでも出たら、もはや取り返しがつかない。」

「改造をして喜ぶのは、閣僚になった十何人かだけ。あとは外された奴や入り損ねた連中の恨みを買うのがオチ。」

なんて評はまだいい方で

「改造なんて意味ないよ、だって1番替わるべき人、替わって欲しい人が残るんだろ。」

などと身もふたもない声まで出る始末である。と言って、衆院議員の任期切れがもう目の前まで迫って来ているにも関わらず、今の流れでは、解散のタイミングもつかめそうもない。

言うまでもなく、首相の力の源泉は「解散権」と「人事」。しかしそのいずれをも事実上失っている麻生はもう完全に「死に体」、進退窮まったと言って差し支えないだろう。

とすれば、いよいよ「身もふたもない声」に従って麻生を替えるか。イチかバチか、座して死を待つよりはマシだろうという考えも成り立つが、前選挙後なんと「5人目の総裁=首相」を誕生させることに対する国民の非難、嘆息をかき消すだけの人材が今更見つかるとも思えない。

「こうなっては選挙はいつやっても負け。もはや、新政権を、来夏にW選挙に追い込むことを考えるしかない、そこで決戦だ。」

中川秀直元幹事長あたりは、こんな不貞腐れたセリフまで口にしている。

どっちにしても、どんなに批判を浴びようと、麻生はもはやギリギリまで選挙を引っ張るだろう、というか、それしか方法がないという方が正しいのだが。それでとにかく、もう1度民主がコケるのを待つ、無策だがそれしかない。

それともう1つ、うごめき続ける「第三極」指向の連中、つまり平沼赳夫、渡辺喜美、江田憲司と言った面々が画策する「新党勢力」に時間を少しでも与えること、これが結果的に野党、というか非自民票を分散させることにつながり、民主の足を引っ張ってくれるのではないかという淡い期待もある。現に、前哨戦第2Rの来月の静岡知事選では、渡辺をバックにした元民主党参院議員が小沢の説得をはねのけて、立候補を譲らず、事実上の分裂選挙となって、自民党を色めき立たせている。それに一時は候補を絞り込んだ共産党もこのところの支持率UPに気を良くして(微々たるもんなんだけど)、またせっせと候補者を立て始めている。こういう連中が、本心はどうだか知らんが、結局自民党の救いの神にこれまでもなって来たのは事実なのである。

とにかく、選挙まで最大引っ張ると実はまだ4ヶ月「も」ある。自民は絶対に諦めないだろう。このままの流れで10月になったら、それこそ国民の憤激に合って袋叩きにされるだろうが、それだっていいのだ。今やったってどうせ負けるんだから・・・。

プロレスラ-の三沢光晴選手が、試合中の事故で亡くなった。ジャイアント馬場61歳、ジャンボ鶴田は49歳、そして三沢選手はなんと46歳・・・「旧」全日本プロレスのエ-ス達はなぜにこんなに短命なのだろう。

10年前の馬場の死、更にはそれに続く全日の分裂騒動にすっかり嫌気がさした筆者はすっぱりプロレスファンから足を洗い、以来、三沢という人物には正直、好意は持っていなかった。が、しかしこんな悲劇的な最期を遂げてしまうなんて・・・考えられないし、信じたくもない。聞くところによると、ノアを設立し、社長に就任した後の三沢は見る影もなく太り、明らかな練習不足だったという。また、このところは体調も不良だったらしい。社長という激務を担いながらも、なおかつレスラ-としても第一線で戦い続けなければならなかった彼の心労、体力の消耗度は我々の想像を遥かに越えるものだったに違いない。受け身の天才と呼ばれ、また受け身だけはなによりも徹底的に選手に叩きこんだと言われる馬場の弟子であった三沢が試合中の事故で逝くなんて・・・正式な死因が発表されていない以上、軽率なことは書いてはいけないのだろうが、きっとそう言った要因がからみあっての悲劇だったのだろう。

「リングの上で死ねて本望だろう。」

なんて安直な言葉は絶対に送りたくない、あまりにも若く、そしてあまりにも突然過ぎる・・・。

三沢光晴選手のご冥福を心からお祈りいたします、そして三沢選手のご家族に心からお悔やみ申し上げます。

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2009年5月28日 (木)

まだまだ、先はこれから

先日の民主党代表選の際、立候補挨拶に訪れた鳩山由紀夫に対して、党最高顧問の渡部恒三はこう言ったそうだ。

「いよいよ、吉田と鳩山、孫同士の対決だな。」

昭和20年代後半の政界を彩った吉田茂と鳩山一郎の政権の座を賭けた文字通りの「死闘」は、もはや歴史の1ページであるが、今読み物として読んでも、その迫力は胸に迫って来るものがある。まして渡部翁は、当時早大雄弁会の重鎮だったはずで、多感な「政治青年」として、この戦いをまさに、血湧き肉踊る思いで眺めていたに違いない。

戦後の復興、混乱期に長きに渡って政権を担い、一時代を画した吉田がついに下野を余儀なくされ、変わって鳩山が悲願の政権の座に就いてから、もう半世紀以上の時が流れた。紆余曲折を経て、吉田の孫と鳩山の孫が、政権を賭けて対峙する、それは確かに、因縁を感じないではないが、世襲批判が今更なぜか、急激に高まりを見せる今日、白けた気分を味わってもいる。

あの時、もしこんな制度があって、吉田と鳩山が国会で対決したら、さぞかしド迫力のバトルが繰り広げられたに違いないと、ふっとそんな詮のない妄想にかられながら、昨日の党首討論を見た。爺さんと孫では随分役者が違っていたのかしれないが、しかし我々国民は、後4ヵ月の間に、この両者のどちらかを国のリーダーとして選ばなければならないのである。

2002年以来、鳩山は実に7年ぶりにこの舞台に「復帰」した。この制度の発足時の民主党代表だった鳩山は小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎という3人の首相を相手に論戦に挑んだのだが、まぁ目を覆うばかりの有様だった。対小渕というのは、正直全く記憶にないのだが、まさに口から生まれたような森には屁理屈で言い負かされ、すかされ、確かに時流に乗っていたのかもしれないが、小泉にはその迫力で常に圧倒されていた。対する鳩山は、その性格からか気迫もなく、切り返しの術も持たず、空しく敗退するのが常であった。今でこそ、自民党総裁たる首相と野党第一党民主党代表の一騎討ちの場となった党首討論だが、当時は他野党党首にも発言権があった。

が、彼らの持ち時間は数分であり、現実にはなにもできずに終わっていた。まぁ自由党党首だった小沢一郎はともかく、あとの共産党委員長志位和夫と社民党党首だった土井たか子が、時間さえあればもう少しまともな議論を挑めそうな人物だっただけに、いっそ彼らに時間を譲ったらどうかと思う程であった。とにかく、鳩山には野党のトップとして不可欠な与党に挑みかかる、追い詰めるという姿勢も迫力も、そして能力も欠如しているとしか思えなかった。この人がリーダーでは政権交代など絶対に無理、筆者は嘆息したものである。

そんな人物が、党首討論に帰って来た。筆者は正直、憂鬱だったが、月日が鳩山を変えたのか、それとも相手の質が落ちたのかはわからないが、思ったよりは頑張っていた。が、半年前の麻生ー小沢戦もそうだったが、自分の言いたいことをただ言い合っているだけで、「討論」の名にふさわしいかは、今回も疑問に思わざるを得なかった。それに西松問題の傷は覆い隠すべくもなく、小沢の代表代行就任と更に「一連托生」と言いながら、結局鳩山が、後任に納まった経緯を鋭く突いた麻生の発言には、筆者もうなづけるものがあった。その辺は麻生が技ありだったかなとは思うが、政策論議の方は冴えず、今日のところはどちらが優勢、あるいは得点を稼いだというレベルではなかったのではないか。

まぁしかし、党首討論の生みの親と言われながら、逃げ回っていた前任者と違い、鳩山は大いにこれからもやろうと言い、麻生もそれに応じていたから、これから4ヵ月(筆者は任期満了選挙だと思っているので)、我々国民の前で、是非丁々発止とやり合っていただきたい。そう言えば、その前任の方は、党首討論など我関せず、この日も地方の空の下だったそうだ。記者団の問いに

「僕は選挙担当、他のことは他の人に聞いてよ。選挙のことならいくらでも話すから。」

と、ある新聞によると「にこやかにかわし」、別の新聞によると「にべもなく言い放った」そうだ。逮捕されていた秘書もようやく釈放され、いよいよ俺は選挙三昧ということらしい。そんなもんなんですかねぇ・・・。

ところで最近「安倍元首相」なる人物の発言が、度々マスコミで取り上げられるようになって来た。よくわからないのだが、安倍という名の首相経験者は筆者が知る限り、恐らく1人しかいないから、たぶんあの人のことなのだろう。無責任極まりない政権放り出しからまだ2年も経っていないのに、またぞろ動き出し、なにやら発言したり画策しているやに仄聞するのだが、この人物には「恥」という観念がないのだろうか。どの面下げて、今更偉そうなゴタクな並べ、またマスコミも無批判にそんな人物の発言を垂れ流しているのだろう。本来なら首相辞任どころか、議員も辞めるべきであり、だとすれば、せめて次の選挙の洗礼を受けるまでは「謹慎、蟄居」すべきが普通の感覚だと思うのだが、いいがなものか?

ま、要するにどっちもどっちってことですかな、ア~ァ・・・。

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2009年5月25日 (月)

風は秋まで、吹き続けるか?

お隣の某国から、前大統領が投身自殺を遂げるという衝撃的なニュースが飛び込んで来た。お国柄なのかどうかは知らないが、その某国では退任した大統領自身もしくはその親族が、次期政権下でスキャンダルを追求されるということが、繰り返されており、筆者はかねがね学ばない人々だと「感心」させていただいていたのだが、その前大統領もご多分に漏れず、夫人の金銭スキャンダルが捜査対象となり、進退窮まった末の行動だったらしい。このような結末を迎えてしまった以上、今は前大統領のご冥福を祈る他はないのだが、それにしても「権力は腐敗する」という古くて、しかし永遠に解決することはないだろう真実を改めて思い知らされる出来事であった。

我が地元であるさいたま市の市長選挙の投開票が昨日行われた。国政選挙はともかく、地方レベルの選挙にはまず無関心、ましてや「仮の宿」に過ぎない今の地元のそれには全くといっていいくらい興味がなかった筆者がめずらしく期日前投票に足を運んだ理由はただ1つ

「旧浦和市長時代から5期18年に渡って、在任し続ける今の市長の居座りをこれ以上、許すわけにはいかない。」

というその一点だけであった。どんなに偉い人でも、実績のある人物であろうと、長く権力の座にあり続ければロクなことはない、人物、政策の如何に関わらず、長期政権を誇る奴は追放すべしというのが、筆者が参政権を行使する際の唯一、かつゆるぎない判断基準なのである。

地元民ヅラをして、解説らしきものをさせていただけば、筆者がまだ都民だった2001年に旧浦和、大宮、与野の三市が合併して以来(その後、岩槻市も合併して今日に至る)、そして初代さいたま市長に浦和市長であった現市長が就任して以来、旧大宮と旧浦和の感情的対立は未だ尾を引いている。それだけではなく、市議会は自公民3党が与党であったのだが、内情は複雑。自公は一応、現市長を推薦したが、民主は多選現職を支持しないという原則に基づいて対立候補を擁立した。しかし、その候補は元自民党県議、例の政界のハグレカラス渡辺喜美に共鳴して、自民を飛び出したという変わり者(?)であった。

更に事情を複雑としていたのは、自民も民主も1枚岩でないことで、民主は一部が公然と現市長側に付き、自民も少なくても県連レベルは現市長支持だが、4年前に現市長に惜敗し、その後国会議員に転じていた女性候補がリベンジを掲げて立候補。野田聖子、小渕優子といった現職閣僚を含む自民党の女性国会議員が続々とそちらの応援に入る有様。それだけでなく、前々回の市長選に落選、その後埼玉5区から自民党公認で衆院選に出た経歴のある候補も参戦、結局共産党を除く各政党はついに、党中央レベルでの推薦、支持は出せずじまいとなってしまったのである。6人の候補が立った今回の市長選、反市長側がこれだけ乱立してしまえば、普通は現職の楽勝だったろう。しかし結果は民主党市議会議員団が「支持」した元自民党県議の圧勝だった。

マスコミの分析、報道、あるいは各陣営のコメントによれば、この選挙は市長選でありながら、結局は近づく衆院選の前哨戦、あるいは各政党の代理戦争の様相を日に日に深め、先週の鳩山新代表の誕生で民主が一気に勢いづいてそのまま、勝ってしまったというのである。それが市長選の正しい姿か、あるいはさいたま市民にとって、幸せであったかどうかは議論の余地があるだろうが、とにもかくにも、そういう流れの中、結果として鳩山の「初陣」となったこのさいたま市長選で民主(系)の候補が勝利したという事実は軽視できない。

先週の土曜の代表選で鳩山が勝ち、国民的には人気の高かった岡田は敗れ、そして小沢が代表を退いた。だが、小沢は尚も事実上のNO2として執行部に居残り、選挙対策責任者として、我が物顔で地方行脚を続けている。一昨日は鹿児島で

「なんとか太郎とかいうグズな首相が、自分の保身に汲々として、解散総選挙を先送りにしている。」

と痛烈な言葉を浴びせかけていたらしい。まぁそれはそれでいいのだが、2ヵ月に渡って政治を停滞させ、民主党を窮地に追い込んだあの騒動とは一体なんだったのか?説明責任を果たせと小沢と民主党に厳しい声を投げつけていた「世論」はどこに行ってしまったのか?結局、鳩山と民主党がやったことは単に、小沢を隠しただけに過ぎないのに・・・。

結論としては「とりあえず小沢が首相にならない」ということと引き換えに、国民は民主党を許したということ、というよりもはや自民党への国民の反感は、民主党の多少の粗相や頼りなさには目をつぶろう、というところまで高まっていると考えるしかなさそうだ。わずか4年弱の間に、自分達の都合だけで4人の首相、総裁を誕生させるという体たらくを演じながら、それになんら恥じることもなく、またその地位に全くふさわしくない人物を平然と担ぎ出し続けることに、全く罪の意識もなさそうな驚くべき不感症ぶり。そして、かつてない衆院の多数をカサに、ろくな議論もしないまま、平然と国民に負担を次々と押し付け、それに灸を据えた2年前の参院選の後も、自らを悔い改める姿勢をかけらも見せることなく、自分達の施政こそが絶対に正しいという態度を貫き、野党との話し合いなどハナから無視してはばからない傲慢な政権運営。もはやここは1回「政権交代」をさせてみるしかない、国民の意識がいよいよこう固まって来たと見るべきなのかもしれない。昨秋のオバマ当選以来の「チェンジの風」はまだ、吹いている・・・のだろうか・・・。

勇気を欠いて、勝負を避け続けて、とうとうここまで自民党を延命させてしまった民主党に対して、「なんとか太郎」さんの方にも、乾坤一擲、敵失に付け込む度胸がなく、勝負はやはりこのまま9月の任期満了まで先延ばしだろう。一時有力視された7月の都議選とのW選挙もこうなっては友党公明党を怒らせてまで、やりきれないだろうしサミットもある。8月9日は長崎原爆投下の日で、思わぬ反感を受けかねず、16日はお盆の真っ最中。古賀誠の投票率うんぬんの失言もあり、痛くもない腹を探られかねない。となると、もはや解散するタイミングすらなく、任期切れの9月10日に解散、10月総選挙という「最大引っ張り日程」で時間を稼ぐ。考えてみれば西松事件だって、まだ検察は捜査終結を宣言してはいないんだし、諦めるのは早すぎる、「そうだ、頑張れ特捜!」。こうして、天が再度なにか僥倖を与えてくれるのをひたすら祈り続ける・・・しかないのだろうね、きっと。

権力は腐敗する、にも関わらず今の自民党政権はあまりにも長く続き過ぎた。日本を再生する第一歩、それは「正当なる」政権交代を実現することである。その筆者の信念には自信はある。そして、その思いを共有する人が増えていることも実感する。しかし、その人達が今度の投票日まで多数であるということに対する自信は残念ながら、全く持てない。結局、今度の衆院総選挙はその時、運の良かった政党が勝つ、今確かなことはそれだけらしい。

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2009年5月18日 (月)

「僕が苦しい時、いつもウオッカが助けてくれる。」

この土日の民主党代表選とそれに続く党役員人事はなんとも言い難い顛末であった。相手の党の面々がこぞって

「歓迎する。」

とのたまうような人物を一所懸命(?)に党首に押し上げようとしている姿は理解に苦しむばかりだったし、鳩山由紀夫なる政治家の力量を全く買わず、まして

「どの面下げて、代表選に出られるんだ。」

と思っている当方としては、岡田克也の健闘を祈るしかなかったのであったが、百票にも満たない得票では、どうにもなるまい。内輪の論理ばかりがまかり通るのは、決して自民党の専売特許ではなかったのである。

だが、驚いたのは、この結果を受けて一部マスコミで実施された緊急世論調査で、なんと鳩山が「次期首相にふさわしいのはどちら調査」で、麻生首相を10ポイント以上引き離したのである。まぁ回答トップは「どちらもふさわしくない」というオチがつくのだが、それにしても政党支持率でも、次期総選挙で比例区での投票先調査でも民主が自民を逆転あるいは引き離したのだから、やっぱり人間なんでも諦めずにやってみるものである(笑)。

要するに、このところの自民党の復調ムード、麻生の反転ムードはひとえに国民の小沢一郎に対する嫌悪感の裏返しでしかなかったということになる。一連の献金疑惑、更には代表選で報じられた彼の恫喝、強権的な票集めや日程決定などの様子を見ると、まさに往年の田中角栄そのまんま。これでは、国民から嫌われても仕方あるまい。

それでも、民主党内での「小沢信仰」は依然止まない。まぁその1番の信仰者が、後任代表になったのだから、当たり前なのかもしれないが、岡田新幹事長を差し置いて「選挙担当代表代行」とやらに推され、先任代表代行2人の「推挙」で3人の代表代行の中の「筆頭」ということで、鳩山新執行部に堂々居座ることになったのには、もはや開いた口がふさがらない。「筆頭代表代行」ということは、鳩山になにかあった時には、代わって代表職を務めるのは小沢ということであり、つまり事実上のNO2ということになる。降格と言えば、まぁ確かに降格ではあるが、それにしても・・・である。「代表」ならまずく、「代表代行」なら許されるという理屈が、どう考えても成り立つとは思えず、自民党やマスコミからは当然、ここを突かれ続けることになる。

前記、世論調査は当然この不可解というか、理屈に合わない人事の発表前に行われたはずであり、これを見た国民の反応はまた、変わってくることは充分予想される。衆院議員の任期満了まであと4ヵ月を切った、どうやら次期総選挙は、その時、たまたま運の良かった政党がきっと勝つのだろう。

ここ2週間は正念場だと思って見ていた。NHKマイルカップのブレイクランアウトとビクトリアマイルのウオッカ、恐らく圧倒的一番人気に推され、なおかつそれだけの力を持っていると思われる両馬で、ぶざまな競馬をするようなことになれば、これはいよいよ大変なことになる、たぶん本人もそう思っていたのでないか。

ところが、ブレイクランアウトは惨敗。確かに休み明けに実績がなく、枠にも恵まれなかったが、無理に抑えて惨敗という毎度のパターンを繰り返されては、文句の1つも言いたくなる。内枠に先行馬が揃い、ただでさえ差し馬には厳しいレースになるのは誰の目にも明らかだっただけに、イチかバチかなにか策はなかったのか。行って足をなくせば、それはそれで非難を浴びる、人気背負って無茶はできないという言い分もあろうが、結局負けるなら、せめてなにかしてよ、という気持ちにもなる。

そして今週、他に適鞍がないのだから、仕方ないのだが、本来ならもう牝馬限定戦に出てくるなんていうのは「反則」とも思える程の実績を持つ馬に乗る今週こそ、本当に負けは許されない。だが、昨年の同レースもそう思われながら2着に甘んじ、前走も全く不可解な敗戦だったと聞く。牝馬は急激にガタッと来ることがよくあり、この馬もひょっとしたら・・・。

結果は既にご存知の通り、やはり反則としか思えない強さだった。

「これで勝てなかったら、僕自身が競馬に対して不信感を抱きます。」

とまでブログに書いていた鞍上は、GⅠ勝利の後の得意のガッツポーズも出なかったくらいだった。

今日のタイトルの言葉は、レース後武豊騎手が語った言葉。勝って当たり前、また勝てると思いながらも、しかし心のどこかに湧き上がる不安を抑え切れなかったここ何日間かの彼の思いが伝わってくる。「不甲斐ない」、最近の武の騎乗ぶりを、何週間か前にとうとう筆者はこう書いてしまったが、多分1番そう思っていたのは武本人だったのだろう。昨年の秋天以来のGⅠ勝ち、その時のパートナーもウオッカ、重賞が勝てず、半年ぶりに挙げた勝利だった。そして今回も、外野がうるさく騒ぎ出した中で、やっぱりウオッカが勝利の女神となってくれた。こうして、武豊は辛うじて、そのメンツを保つことができた。

今週5勝を挙げた豊は、海外遠征で不在の岩田康誠を突き放し、内田博幸を捉え、ついにトップの横山典弘に2勝差と迫るリーディング2位まで浮上した。さぁいよいよ一気に定位置に・・・となかなか行かないのが今の豊。しかし

「これで僕も吹っ切れました。」

という本人の言葉がウソでないことを祈りたい。

週末のオークスは1頭強すぎる馬がいる上に、まぁ「武豊」の名前でなんとか騎乗馬が見つかったものの、まぁオリンピック参加に等しい。やはり、注目は次の日本ダービーである。

前人未踏の3連覇を目指す四位洋文騎手が、なんとお手馬の故障で参戦すら危ぶまれている中、どうやら豊はリーチザクラウンで皐月賞の雪辱を目指すことになったようだ。皐月賞の結果から、これもひょっとしたら一強?との声もあるが、別路線組で面白そうな馬が出てきてるし、ロジユニバースもこのまま黙って引き下がるとは思えない。そして、騎手も陣営も「吹っ切れて」、絶対逃げると宣言しているリーチザクラウン、豊のきっぷのいい逃げに期待したい。面白いレースにきっとなるに違いない、楽しみである。

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2009年5月12日 (火)

さらば「剛腕」

小沢一郎民主党代表がついに辞意を表明した。正式には今日の民主党の役員会の了承を経て、辞任することになるのだが、いずれ辞めるにしても、昨日唐突にということに、驚きの声が多かったのは事実だ。もちろん筆者も全く予想もしていなかった。なぜ昨日だったかについては、様々な解説が流布されているが、1番大きな理由は「水曜の党首討論から逃げたかった」というのが、案外本音なのではないか。

辞任に対する国民の反応はまぁ、予想されたとは言え鈍い。

「遅きに失した。」

という感想以外、浮かんでこないというのが正直なところだ。ただ、1989年の自民党幹事長就任以来、20年に渡ってこの国の政治の主役、キーマンであり続けた「剛腕小沢」は、ついにその真価を発揮することなく(?)表舞台から姿を消すことになった。筆者にとって小沢という政治家は決して好きな政治家ではなかったが、それでも振り返れば、結果として、小沢がなにかしてくれる(つまり政権交代)のではと、小沢に期待し、応援するスタンスで多くの時間を過ごしていたことに気づく。小沢の退場は確実に1つの時代の幕引きであり、そういう意味では、いささかの感慨を覚えないわけにはいかない。

小沢は去る、しかしこれで民主党がいよいよ反転攻勢などというのは甘すぎるというのは、既に指摘して来た。国民は小沢の居座りにうんざりしており、やっと辞めたかと、冷ややかに思っているだけだ。昨日の小沢の辞任表明会見、なぜかにこやかに、そしていつもの小沢らしからず朗々と語っていたが、その言っていることは有り体に書けば

「俺は別に悪いことは何にもしてないが、あんた達がガタガタうるさいから、しょうがないから辞めてやるよ。」

ということだ。小沢は最後まで、自分のなにが批判され、何を語らなければならなかったのか、わからないまま去って行く。彼が首相の座についにたどりつけなかったのは仕方のないことなのだろう。

そんな小沢に面と向かって辞めてくれという人間はとうとう現れず、彼に辞任を迫る運動を起こす人間すら現れなかった民主党という政党は、これからも国民からの厳しい視線から逃れることはむずかしいだろう。小沢には辞めて欲しいが、でも小沢がいなくなったら自分達は一体どうなるのだろう、そんなジレンマからとうとう抜けだせないままに、今日の事態を迎えてしまったという事実は重い。小沢は去る、そして声に出さなくても、民主党のかなりの政治家はそれを望んでいたはすだ。それが、現実となった今、ボールはついに彼らの手に渡った。これから自分達はどうするのか、どうしようとしているのか、それを明確に国民の前に示す機会がすぐにやって来る。小沢の後任を決める代表選挙である。

代表選は行われるだろう、今までさんざん自民党の総裁選につき合わされ、地団駄踏んできたのだから、まぁほんのお返しというところだ。無投票ではなく複数の候補者による選挙戦をやるのだろう。まぁそれでも傍で見ている限り、岡田克也以外の選択肢はないと思えるのだが、党内の空気はそんな簡単ではないらしい。

言うまでもなく岡田は4年前の総選挙惨敗の「立役者」。まさかその人が、次の選挙にまた顔として登場することになるなんて、誰も想像しなかったろう。それはさておいても、群れず、引き連れず、党内で孤高を保つこの人のスタンスは、当然手足となる仲間や手下を持たず、更に「タリバン岡田」の異名をとったくらいのすさまじい「原理主義者」。自分の信念を一歩も譲らないその姿勢は、時に人を辟易とさせて来た。

「小沢さんの下、選挙を戦うための『マニュフェスト』は既に骨格が固まっている。今更岡田にひっくり返されてはたまらない。」

との声があるのは事実だ。が、傷ついた党のイメージ回復にはその一本気の姿勢と清潔感がいいのだという声もまた高い。

その一方で、ここに来て鳩山由紀夫幹事長の呼び声が高まっているのには、正直耳を疑っている。事実上の民主党のオーナーとされ、そのせいか、意外なほどに党内の人気が高い鳩山ではあるが、筆者は鳩山由紀夫という政治家の力量を全く評価していない。

代表、幹事長として民主党を長年率いてきた鳩山だが、この人からリーダーとしての資質や魅力を感じたことがない。弁舌は冴えず、迫力なく、定期的に珍言、迷言を発し続け、政策も何を言っているかよくわからない。いささか古い話だが、この人が代表だった2000年の衆院選挙の最中、唐突に

「選挙後の首班指名選挙では自民党の加藤紘一氏を担いでもいい。」

とのたまった時には、そのあまりの政治オンチぶりに呆れ果てた記憶がある。

よしんば、鳩山への筆者の評価が、その節穴ゆえだとしても、幹事長として断固として小沢を守る姿勢を崩さなかった政治的責任は絶対に免れるものではない。幹事長辞任は当然としても、今の体制を堅持するためには鳩山さんがいいなどという声にうそうそと乗って、イケシャーシャーと出馬してきたら、世間の物笑いに種になるくらいでは済まないはずである。小沢亜流、小沢隠しと非難されるのがオチで、それだったら政治家としての力量から見ても、小沢が居座ってた方がまだマシというものである。「鳩山代表ー小沢幹事長」なる冗談のような構想を口にするムキもあり、もしそんなことになったら、民主党は完全におしまいであると、はっきり警告しておきたい。

幹事長はともかく、新執行部で小沢に選挙を仕切るポジションについて欲しいというのは、はっきり言って多くの民主党議員の本音だと思われる。しかし、代表は辞めて欲しいが、選挙の面倒は見てくれというのは、あまりにムシのいい言い分ではあるまいか。代表はダメでも、他のポストならいいのかという批判にもなかなか反論しにくいのではないか。ここは小沢に退いてもらった以上、もう小沢には頼らないという姿勢を見せることこそ大事だと思うのだが、いかがなものであろうか?

それにしても、小沢辞任を受けて、自民党が結構動揺をあらわにしていたのにも驚かされた。まさか、このままずっと小沢が居座ってくれると信じていたのだろうか。

「これで検察は動きやすくなった。」

と「期待」する声や

「岡田が出てくるとまずい、こっちも麻生を替えるべきじゃないか。」

と騒ぎ出す面々まで現れ、いやはやと思わざるを得ない。思えば、自民党も民主党も得点は相手のエラーからという低レベルの争いを結局この4年、延々と繰り返して来ただけ、そしてこの「チキンゲーム」はどうやらもう少々続く気配、濃厚である。

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2009年5月10日 (日)

わだかまり

13日にいよいよ昨年11月末以来、麻生太郎首相(自民党総裁)と小沢一郎民主党代表による2度目の党首討論が行われるそうな。自民党側の挑発を、いろいろ理由をつけて断ってきた(あえて「逃げていた」とは言わないが)小沢が、しぶしぶ重い腰を上げた形だ。

前回は小沢が攻めに攻めていたのが、今となっては懐かしいというか夢のようだ。今回の討論が、小沢及び民主党にとって反転攻勢の第1歩になると思っている人は民主党内にもほとんどいないだろう、ひょっとしたら小沢本人も思っていないかもしれない。

「俺が辞めるまでマスコミは叩き続けるんだろうな。」

これは先日、小沢が鳩山由紀夫幹事長に漏らしたとされる言葉。この時の会談で、小沢は世論の情勢に強い関心を示し、党首討論やタウンミーティングを通じて、なんとしても国民への説明責任を果たすべきと強い口調で迫る鳩山に対して

「わかっている。」

と答えたと言う。説明責任を果たしてくれというのは、国民の声であり、またそれを受けた党内からの悲痛な叫びであり、岡田克也も前原誠司も繰り返し、それを訴え続けている。しかし、その訴えに一向に応えようとしない小沢の姿勢に、もはや党内、更には国民の苛立ちはピークに達しつつある。

自分の今の姿勢、ひいては存在そのものが、いかに民主党の足枷になっているか、まさか小沢だって気づいていないわけではないだろう。しかし、小沢は動かない、いや動けないのだ、なぜ?理由は実は簡単である。

小沢は説明責任を果たしているのである。

「私及び私の事務所としては、一連の献金は西松建設からの献金とは認識しておりませんでした。従って、献金は適切、適法に処理をしており、なんらやましいことはありません。また献金に対する西松への『便宜供与』もございません。」

彼の主張はこれで一貫しており、逮捕された秘書もどうやら、一連の献金を西松からの迂回献金だったと認識していなかったという主張を崩してないらしい。よしんば、そう認識していたとしても、それは修正報告をすればいいだけのことではないか、それをいきなり逮捕、強制捜査とは、いささか度が過ぎてはいませんか、ということだ。

それに対して「世論」やマスコミの反応は

「いや、そんなわけないだろう。知らなかったなんて考えられないしありえない。企業が見返りも求めないで、献金をするわけがない。」

であり、様々な「疑惑」がマスコミの中で踊り、結果

「小沢はウソをついている、胡散臭い。」

という決定的な心象を国民は持つに至った。さぁこれに対して、どう弁明、説明する?

人間、何事でも「やっていない」ということを証明、説明することは極めて難しい。西松に対して便宜供与を図っていませんということをどうやって証明するのか、西松からの「迂回献金」だとは本当に認識していなかったことをどうやって証明するのか、「私は知りませんでした。」と言い続けるしかないだろう。そうでなければもう

「申し訳ありません、実はみなさんのおっしゃる通りでした。」

頭を下げるしかない。もし、違っているのなら、そんなことはできないし、もし本当だとしたら、いよいよもって認めるわけにはいかないのだ。

つまり、小沢にはもはや語る言葉、説明する言葉が既にないのである。あとは人の噂も75日と、ひたすら首をすくめてやり過ごすか、しかしどうやらそれも望み薄。なにせ選挙はもうどんなに遅くても4ヵ月先にはやってくるのである。すべてを達観しているのは仙谷由人だ。

「歴史的選択選挙を国民にお願いするのだから、代表には歴史的評価に耐えうる決断を早くしていただきたい。時間は代表辞任後、2ヵ月は欲しい。代わらないなら、みんなで目をつぶって『南無阿弥陀仏』を唱えて行くんですな。」

「公共事業を見直すと主張している民主党のトップが西松建設からあんなに金をもらっている。それはどういうことなのかというのが、国民からの批判なのだ。」

この言葉に答える言葉が、小沢にあるのだろうか?

もはや政権交代など、彼方に消えたという空気が日に日に増していく中、大の民主党嫌い、小沢嫌い、というより猛烈な「自民党命」である読売、産経は今や連日、鬼の首を取ったように小沢批判、民主批判を垂れ流し、民主党がいかにだらしなく、頼りないか、もはや自壊寸前のような書きっぷりである。政局に対しては、比較的冷静なスタンスをとっていると思われる毎日も、小沢民主党に対する姿勢は冷ややかだ。

そんな中、やや民主党、小沢寄りと見られる朝日は、さすがに新聞本体でやる勇気はなかったらしく、傘下の「週刊朝日」で検察批判の特集を組んできた。小沢民主党に奇跡の神風が吹くとしたら、それは麻生太郎が大エラーをしでかすか、このままなんとなく捜査を終結させた時に、検察に対する大ブーイングが起こり、一転小沢に対する同情論が高まった時だけだろう、まぁ全く望み薄だろうけどね。

たまたまだが、最近検察を批判する著書を立て続けに2冊手にした。1冊は鈴木宗男衆院議員が書いた「汚名」、もう1冊が石塚健司産経新聞記者の「『特捜』崩壊」である。

前者は、様々な汚職の疑惑をかけられた末に逮捕、起訴され、二審まで有罪判決を受けながらも、尚も自らの無罪を主張し、

「私は『国策捜査』にはめられた。」

と訴え続ける著者が、いかに検察がズサンな捜査をし、自分を「陥れていった」かを「赤裸々」に書き記したものであり、後者は長年、検察庁を担当し、東京地検特捜部の捜査を記者として取材、観察して来た著者が、昨今の「特捜」の能力の低下を憂い、また慄然とする思いをおさえかねて著したようだ。

現状、有罪判決を現実に受けている鈴木の(無論確定していない以上、有罪ではないのだが)の主張を一方的に受け入れることは、筆者にはできなかったが、それでも「負け犬のたわ言」と片付けるには、そこに書かれている内容は重すぎた。そして一方

『特捜部は、自ら事件を掘り起こす能力を弱め、マスコミ等から持ち込まれる情報に飛びついて捜査を始めるパターンが増えた。情報が正しかった場合はいいが、初めに描いた筋書きが狂った場合、強引な捜査で世間の期待に応えようとする姿が目立つようになった。(中略)幻影をマスコミに吹聴して増幅させながら進められた劇場型捜査。(中略)現在の検察は捜査によって特捜部の存在意義を世間にどう示すかを強く意識して舵取りされているように見える。』

引用が少し長くなってしまったが、石塚氏はなぜ特捜部の捜査能力が落ちてしまったか、その経緯を記しつつ、ある事件に対する特捜、検察の姿勢をこう批判した。そしてこうも記されている。

『「○○だけは絶対に排除しなければならない。」

「この捜査は○○を取り除くことができたことに、大きな意義がある。」

といった言葉が出てくることが何度かあった。最終的に起訴に持ち込めなくても、捜査によって相手を権力の座から引きずり降ろすことができれば、それで一定の成果をあげたと考える空気が、特捜部の現場には現在もあるようだ。』

これは見事なまでに、今回の西松捜査の顛末と符号しないだろうか。

これは繰り返しになるが、今回の検察の小沢サイドに対する一連の捜査には、どうしても素直にうなづけないものを感じざるを得ない。田中角栄ー金丸信という多年、検察、特捜と戦いを繰り広げた政治家の系譜にある小沢。その小沢を危険視し、なんとしても首相就任だけは阻止したいという検察の「正義感」の発露なのか、それとも小沢を戴いた民主党の政権誕生だけはなんとしても阻止したいという「官僚の危機感」からの暴走なのか、それともこの捜査を機に小沢まで行けると踏んだ「正当な捜査」だったのか・・・。

高野孟氏は週刊朝日誌上でこう主張した。

「今回のことは、民主主義の重大な危機である。ここで引き下がり、小沢を引っ込めることは許されない。民主党は小沢を守り、小沢と共に戦う決意を固めるしかないのだ。」

筆者は政権交代を願い、その為には現状民主党に期待するしかないと判断し、その民主党が選挙に勝つ為には、今や小沢一郎の存在は障害でしかないと思い、彼の辞任を主張して来た。その考えはこれからも変わらないはずだが、その一方で、この捜査は一体なんだったのか、これをこのままで終わらせるのもあまりに釈然としない。だが、これについてもし、検証出来る時が来るとしたら、それは政権が交代し、民主党の議員が大臣として法務省に乗り込む以外にはないのかもしれない。まぁその時は「岡田首相」の下、「小沢法相」でも送り込みますか?まぁ少々、冗談が過ぎましたかな(笑)

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2009年4月27日 (月)

歓声なき勝利

昨日投開票が行われた名古屋市長選挙は、河村たかし前衆院議員の圧勝と終わった。千葉、秋田両県知事選で完敗を喫した民主党としては、3連敗を免れる貴重な勝利となった。これを機に、いよいよ反転攻勢、党内の空気は盛り上が・・・る雰囲気は全くない。

今回はいろいろ意味で、民主党の名物男であった河村の圧倒的知名度と、4年前の総選挙でも、揺らぐことのなかったほどの強固な民主党の牙城である名古屋での選挙ゆえの勝利に過ぎない。これで流れが変わるなどとおめでたいことを言っているのは、今や小沢続投の唯一最大の支援者となった鳩山由紀夫だけであり、党内の空気は全く白けきっている、もちろん国民もである。いや、鳩山とて本気で言っているわけではないだろう。

千葉も秋田も民主系の候補は前知事からの後継指名を受けながら、勝てなかった。前知事のお墨付きが、必ずしも有利に働くとは限らないが、2人の知事はいずれも、決して石持て追われるような形で去る知事ではなかった。むろん、千葉は当選した候補が、今回の河村のように圧倒的知名度を誇っていたし、秋田は地元の事情から野党が分裂していた。が、それでも「あの事件」が起こる前であったら、民主系の候補が勝っていたような気がしてならない。

「民主党代表のポストにも次期首相の座にもなんの未練もない。私の悲願は次期総選挙で政権交代を実現することであり、私の進退の判断基準は、その一点しかない。」

こう言い続けていたはずの小沢一郎が、実際には全然それとは反対のことをやり続けている。国民からは冷ややかな視線を浴び続け、党内からも説明責任をと言われても、もはや語る言葉もなく、半ば強引に再開した得意の「地方行脚」とやらも、結局コソコソと身内を回ってお茶を濁しているに過ぎない。小沢は今、どういう見通しを持って、行動しているのだろうか、筆者には全くわからない。

今回の検察の一連の動きは確かにひどい。ここまで政治的意図を露骨にした捜査は長い東京地検特捜部の歴史の中にもないであろう。目的はとにかく小沢を傷つけること、その一点であり、その目的を達成した今となっては、後のことなど、どうでもいいという態度に終始している。小沢周辺に対する捜査も、その後全く進展せず、一時は小沢より悪質、場合によっては本人の立件も、とすら噂された「二階ルート」など、もはや雲散霧消の気配。要するに、そんな程度のネタしか握っていないにも関わらず、あの時期に強制捜査に突っ込んだと検察の姿勢は、本来もっと批判されてしかるべきだろう。しかし、その批判が国民から起こってくるとしたら、それは小沢が辞任した後だろう。万事休す、その一言である。

自民党にとって、今回の敗戦は織り込み済、痛くも痒くもないだろう。むしろ、ここで勝ちでもしようものなら、さすがにこれは小沢への最終通告になったろうから、かえって自民党にとってまずいことになったかもしれない。今や自民党にとって小沢は最大の「守り神」と言っても過言ではない、彼が居座り続ければ、続けるほど、自民党は政権維持に近づけるのである。逆に言えば、大喜びしている河村には申し訳ないが、彼の勝利は民主党の大勢にとって「迷惑」だった・・・と言ってはさすがに失礼か。

更に、民主党にとってまずいのは、今や「小沢辞任」が形勢再逆転の切り札には、もはやならなそうなこと。不思議なもので、あれだけ口を開けば、物議を醸し、世の中を呆れさせる発言を繰り返していた麻生太郎が、小沢がけつまずいてからというもの、すっかり「大人しく」なった。そしてなりふり構わぬ経済対策や例の北朝鮮のミサイル騒動の際の「毅然たる対応」がそれなりに、国民の支持を得始めている気配がある。ただ、小沢の不人気だけで、相対的に麻生が浮かび上がっているだけでは、なさそうなのだ。

あのミサイル騒動は明らかに、意識的に過剰反応をして、国民の危機感をあおった形跡が濃厚だが、それでも現実にああいうわけのわからん国家が、すぐ隣にあるということを、国民も改めて認識せざるを得なかったわけで、これに対する野党陣営の対応がなんとも頼りないものだったことも、麻生と自民党に得点を稼がせる結果となった。

それでも民主党の反攻は、小沢に去ってもらうことが、その第1歩とならざるを得ない。だが、去ってもらったとして、その後の代表をどうやって登場させるかが、実は意外な難問だ。まさか小沢に後継指名してもらうわけにもいかず、代表選をやるゆとりが果たしてあるか?落とし所は恐らく「岡田克也」しかないのだが、さぁそこまでどうやって持って行くか、代表選を告示したが、候補は岡田1人だった、という図式が1番いいのだろうが、あまりにも見え透いているとの批判は出かねない。

そして、「岡田代表」が決まったとして、幹事長以下の執行部の選任も容易ではない。とにかく今の小沢執行部には、ほとんど民主党のオールキャストが集っており、彼らは1度は小沢続投でゴーサインを出しているのだから、小沢が辞めるなら、当然一連托生となるのが筋だ。厳密に言えば、岡田も前原誠司も小沢の下の副代表なのだから、原理原則を言えば、彼らすら出られなくなるのだが、そこまで否定すると、もはや人がいなくなってしまう。だが、現幹事長の鳩山、それに菅直人、輿石東両代表代行は小沢と共に去るしかないだろう。菅あたりは、かつての中曽根よろしく、素早く体をかわして、岡田執行部への居座りを目論んでいる節があるが、それはさすがにずうずうしい。ただ、彼らの他に幹事長として選挙を仕切れる人物がいるのだろうか?一時期、小沢の幹事長就任というウルトラCもささやかれたが、これは国民の顰蹙を買うだけだろう。すると、仙谷、野田、枝野、まさか「困った時の黄門様」で渡部恒三・・・・?まぁとにかく、民主党反攻の道は険しい。

「今日は最悪の展開、折り合いが全くつかなかった。」

これが、昨日のフローラSで1番人気ミクロコスモスをぶっ飛ばした後の武豊のコメント。最悪の展開、不利があって残念、わからない・・・もう聞き飽きた。よくも恥ずかしげもなく、毎週、同じような能のないコメントを出し続けられるものである。最悪の展開の中で、なんとかしようと、少なくても努力するのが一流騎手ではないのか。あまりに無為無策、第一人者としての誇りはもう、彼にはないのだろうか。

「いつまでもあると思うな、人気と騎乗依頼。」

である。ここまで毎週のようにファンの、そして関係者の期待を裏切り続けては、有力馬の騎乗依頼など早晩なくなるだろう。彼に残された時間は本当にもう残りわずか、だが、その自覚はどうやら武にはなさそうである。グッドラック、今や筆者にはこれしかもう、彼に送る言葉は見当たらない・・・。

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2009年4月10日 (金)

「小沢一郎」がわからない

ジャイアンツは元気のない横浜を予定通り(?)3タテ。申し訳ないが、今の横浜に躓いているようでは、お話にならない。とにかく、今の時期はどこから勝っても1勝は1勝。開幕3連戦の嫌なムードを払拭できたのはでかい。明日からはドームに戻って阪神との3連戦、タイガースも今日は負けたようだが、ジャイアンツが煮え湯を飲まされたカープを相手に、なかなか豪快な勝ちっぷりを示していたようだ。注目は日曜の第3戦にジャイアンツが誰を先発に持ってくるか、ローテーション通りなら中4日で高橋尚成だが、中継ぎで好投している栂野雅史あたりを持ってくるかどうか。

憂鬱な日々が続いている、本当にもう手の届くところまで来ていたように見えた「正当なる政権交代」が日1日遠ざかって行くのが実感できる。「経済対策」を逃げ口上に、ひたすら選挙を先送りし続けてきた麻生首相がついに堂々と「解散」を口にするようになった。

定額給付金の交付が始まった。筆者の住んでいる所ではまだだが、仕事場の地区では既に案内が来たらしく、火曜日、たまたまコピー機の近くで仕事をしていた筆者は、何人もの人に、コピーのとり方を案内する羽目になった。給付金の申請書に通帳の表紙かカードのコピーを添付する必要があるそうで、コピーなどとったこともない老人達がニコニコ顔でやって来ていた。ついこの間まで、「後期高齢者医療制度」に激怒していた人たちである。たかが2万でなんだよ、節操のない連中だと思うが人間誰しも現ナマには弱い。かくゆう筆者だって「貰わない」などという選択肢は全くない。流れは変わった、もはや敗れることはない、麻生も自民党の多くの議員連中も、その実感を日々深めているように見える。

識者からは、今回の検察の一連の捜査手順に対する疑問、批判がいくつも出ている。

「民主党が政権を獲ったら、小沢一郎が首相になったら、官僚機構は今までの既得権益を軒並み取り上げられる危険性がある。今回の小沢事務所に対する捜査は、官僚の『総意』をバックにした小沢失脚、民主党政権阻止の為の完全なる狙い撃ち。」

との指摘はうなづけなくはないが、しかし国民の批判はやっぱり、検察には向かず、小沢そして小沢を庇い続ける民主党に向いたまま。

囁かれ続ける二階俊博経済産業相周辺への強制捜査が始まれば、また流れは変わると期待している向きもあるようだが、二階は実力者なのかもしれないが、所詮は一閣僚に過ぎず、党首自らへの捜査とはインパクトが違う。それに二階辞任の先手でも打たれれば、かえって逆効果にすらなりかねず、もっと言えば、民主も自民も両方ダメと国民からソッポを向かれるだけかもしれない。

それでも小沢は居座り、いや続投意欲満々・・・らしい。先日の代表就任3周年の記者会見でも、政権交代への道筋は着実に進んでいると自信たっぷりに語ったそうだ。小沢は「裸の王様」か、それとも大逆転の秘策でもあるのか・・・。

小沢はいったんは辞意を固めたという報道がある。例の涙の続投会見で、実は本人は辞任表明するつもりだったらしいのだが、周囲が懸命におしとどめ、なんとか翻意させた。会見が予定時間よりだいぶ遅れたのは、そのせめぎあいによるものだったというのである。

皮肉なことに、小沢の「側近」あるいは「盟友」と言われている近しい人々には辞任論が強かったらしい。

「今度、民主党が政権を獲ったとしても、それは本格政権にはならない(参院で民主は単独過半数を持っておらず、社民党や国民新党との連立政権にならざるを得ない)。来る来年の参院選で単独過半数を取った暁には、堂々たる単独政権を作り、そこで小沢を登場させる。今回は辞任し、一時待機の体勢をとった方がいい。」

という論理なのだが、

「小沢さんは政権交代に賭けている。政権交代実現が、自分の政治家としての最後の使命という、あの言葉に嘘はない。」

つまり、いったん引いて、他日を期すつもりが、本人には全くないというのである。そこで鳩山由紀夫を筆頭にした「小沢続投派」が勢いを増した。

「今の我々は小沢体制で選挙をするという前提で、準備を進めている。その前提が崩れたら、もはや戦いにならない。現実問題として、選挙を仕切れるのは小沢をおいて他にいないのだ。」

菅直人は面と向かって辞任を勧めたが受け入れられず、逆に後で外向けに釈明させられる羽目になった。執行部にいながら、小沢とは一線を画す岡田克也、前原誠司の両元代表、現副代表も、ゴニョゴニョと口ごもりながら、不満をもらしただけで、結局は続投を容認してしまう。国民の厳しい声を間近に聞いて、風向きの変化を肌で感じているはずの議員連からも続投反対の声はほとんど上がらず

「言い訳に終始して、選挙に勝てるわけがない。」

とか細い声の正論はあっという間にかき消された。小沢におんぶに抱っこ、小沢にモノの言えない党の内情をここまで、あからさまにさらしては、国民の支持が逃げていくのも当然だろう。ついこないだまでの自分達を写し鏡で見ているような情勢に、自民党はただ、高笑いをしているだけである。

「選挙に勝てるか、勝てないか、私の進退の判断基準はその1点である。」

と小沢は言い続けている。党独自の情勢調査も指示したらしいが、今はまだ小沢は勝てると踏んでいるということか。あのやること為すこと、総スカンで物笑いの種だった麻生から

「補正予算に対する民主党の対応次第では解散する。」

と挑発されても、自民党から党首討論開催を嫌がらせのように提案されても、まともな対応1つできず、ただ首をすくめて、嵐が過ぎるのを待ちわびているだけにしか見えない今の状況で、本当に選挙に勝てるつもりなのだろうか。もし、「二階スキャンダル」に賭けてるのだとしたら、あれだけ非難した検察に、結局すがっているということではないか、小沢が辞めれば、それだけでまた、風向きが変わるほど、甘くはないと思うが、このまま居座っていいことがあるとはとても思えないと、前にも書いたが、どうしてその判断が出来ないのか。

「検察の横暴に屈しない。」

という論理があるらしいが、残念ながら、その主張は全く国民の心に響いていないのである。結局、なんの成算なく、メンツだけで居座りを敢行した挙句、野垂れ死にした安倍晋三の二の舞を踏もうというのか、いや野垂れ死ねればまだいいが、その前に解散されたら、もう目も当てられないことになるのではないか。小沢一郎は一体なにを考えているのか、全くわからない、本当にわからない。

今週の日曜はクラシックレース第一弾の「桜花賞」。ネットを眺めていると、今更ながら、競馬の予想サイトを開いている人の多さに驚く。馬券を買うつもりもなく、武豊騎手の勝ち負けくらいしか興味のない筆者が、予想などというおごがましいことをするつもりはないが、ブエナビスタがどういうレースをするかは注目である。断然一強の前評判が高く、筆者も敵はいないだろうとは思うが、それでもメジロドーベル、シーザリオそしてウオッカといった幾多の名牝が苦杯をなめた現実もある(まぁ、ウオッカの時は、勝ったのがダイワスカーレットだから仕方ないかもしれないが・・・)。

といって、じゃあどの馬がブエナにけたぐりを食らわせるのか、ということになると正直ねぇ・・・。さしもの豊贔屓の筆者もアイアムカミノマゴの名前を挙げる勇気はない。ブエナと初対決という未知の魅力を買って四位騎手騎乗のレッドディザイヤくらいかなぁ・・・まぁ、とにかくいいレースを期待しましょう。

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2009年3月30日 (月)

無駄な抵抗、無為な時間

しばらく政治のことを書かなかったのは、他に書きたいことが多かったこともあるが、千葉知事選が終わるのを待っていたからでもある。こんなヘッポココラムでも、下手なことを書くと選挙妨害を問われかねないのだそうだ。

前回、政治について書いた1ヶ月弱前の時点で、正直未だに小沢が民主党代表に居座っているとは思いもよらなかった。彼の今までの行動パターンから見て、とっとと投げ出すのは時間の問題だと思っていたからだ。

今の小沢は投げるに投げられないで、未練がましく指し手を進めている棋士と同じだ。敗北は目に見えているのに、どうしてもそれが納得が出来ずに投了できない棋士と同じである。

先日の小沢の涙の続投会見は内外から不評を買っているが、筆者は1つだけ理解できたことがあった。それはなにはともあれ、小沢という政治家が政権交代を悲願とし、それにより政治を変えようという思いを強く持っていることだけは間違いなさそうだということだ。それが目前に迫ったかと思われた矢先のこの騒動、小沢は無念なのだろう。しかし、だからと言って、筆者が小沢の続投を了とし、再起に声援を送るかと言えばそれは「ノー」である。

小沢にとって検察はある意味、不倶戴天の敵かもしれない。彼が師と仰いだ田中角栄も、「先生が1番好きだったんです」と言いながら遺骸にすがって泣いたほど敬愛した金丸信も、検察によって逮捕され、法廷闘争を余儀なくされた。そして自分も、いよいよという時に検察に足を引っ張られた、ここで引くわけには絶対にいかないというところなのだろう。

しかし、それはあくまで小沢の論理である。この期に及んで、小沢の秘書を逮捕すれば、それがどういうリアクションが起こり、政局がどう流れていくか、検察がわからなかったはずはない。にも関わらず、突っ込んだのは、これははっきり小沢への宣戦布告である。言葉が適切でなかったら、これは

「小沢は絶対に首相にしない。」

という検察の明確な意思表示である。今回、明らかに検察は最終的に小沢本人をターゲットにしていた。しかし、どんな見込み違いかは知らないが、それが果たせぬまま、秘書の起訴が精一杯の情勢となり、バランスをとる形で自民党にもある程度、手を突っ込まないと、小沢の検察批判に一定の説得力をもたせてしまいかねないところに追い詰められてしまった。

あっせん利得罪にも、贈収賄にもなりそうもない状況に、頭にきた検察はお得意のリーク戦法に出た。小沢事務所と西松建設側の不透明な金の流れをマスコミを通じて、国民の目にさらし、小沢という政治家がいかにうさんくさい存在かをアピールしようとした。こんな政治家が、首相になっていいんですか?検察はそう国民に投げかけたのだ。

小沢としてはたまったものではないだろう。あくまで大久保秘書が逮捕された容疑は「政治資金の虚偽記載容疑」なのだから。しかし、連日の報道で小沢は完全に「黒い政治家」なった。このダメージは決定的である。ミスをしたかもしれないが、それは訂正すればすむことで、我々は、いや少なくとも私は、やましいことなど全くないと、小沢は当初から主張し続けている。

小沢という政治家の限界がここにある、小沢はわかっていないのだ。小沢が「政治改革」を唱えて、自民党を離党して、もう16年の月日が流れようとしている。事ある毎に、政権交代を唱え、政治を変えると主張し続けてきた男がやっていることは旧態依然たる角栄流の金権・土建政治そのものであることが、白日の下にさらされ、彼の言葉には、もはやなんの説得力もなくなってしまったのである。彼は優れた政治家なのかもしれないが、時代が求めている政治家ではなかったのだ。

いやたぶん、小沢もわかっているはずだ、いずれ辞めざるを得ないことを。今日の千葉知事選は森健の知名度に敗れたことにして、なんとかやりすごそうとしているようだが、ならなぜ、4年前に森健は敗れたのか?もし今回のスキャンダルがなければ、民主党系の候補は勝てたはずだ。現実から目をそむけてはいけない。

この騒動が起こってからの、政治の停滞はなんだ?民主党は全く身動きがとれなくなり、国会は無風、無気力に終始した。なにもせず、なにも変わらないのに、麻生内閣の支持率が上がり、次の首相にふさわしいのは誰かという問いでも麻生が小沢を再逆転した。安倍内閣以降、繰り返されて来た数々の自民党の破廉恥な言動は、もはや記憶の片隅に追いやられ、気息奄々だったはずの自民党は息を吹き返そうとしている。

逆にもういくつ寝ると新政権と、指折り数えて待っていた民主党は一転守勢に追い込まれ、ひたすら言い訳をし、頭を下げ、しかし国民の理解は得られず、日に日に追い込まれている。小沢にモノが言えず、結局は小沢にすがり、小沢を庇う姿勢しか見せない民主党に、国民は愛想をつかし始めている。

千葉知事選に敗れ、また週末にたっぷりと地元で国民の厳しい声を聞かされてきた議員達が中央に戻ってくる明日から、民主党内はガタつくことになろう。が、辞めろ、辞めないの感情的応酬になると、これはもう収拾がつかないことになりかねない。

結局は小沢辞任、後継岡田克也で総選挙という結末は民主党も自民党もそして国民にもほとんど見えている。結論がわかっている以上、小沢が頑張って、時を無為に過ごすことになんのメリットがあるのか?小沢は選挙に有利なるように、辞任のタイミングを計っているなどと寝言を言ってる輩もいるが、衆院議員の任期切れが刻々と近づいてき、今こそ解散のチャンスと自民党がはしゃぎ出している中で、タイミングもへったくれもあるものか。一刻も早く、岡田体制を整えなければ、相手に利するだけではないか。

小沢が粘れば粘るほど、国民は呆れ、その辞任は「遅きに失した」などと言われ、なんのインパクトもないどころか、国民に嫌悪感を抱かせるだけである。小沢は進退は国民世論の動向を見て判断すると言っている。その姿勢自体が、いかがなものかとは思うが、国民世論は彼の続投に既に明確にノーと言っている。その事実から目をそむけることは、彼が悲願としているはずの「政権交代」を確実に遠ざけるものである。それを知りながら、尚も言行不一致を続けるのはなぜなのだろう。まさか、代表を降りた途端に、検察にやられるなどと、怯えているわけではあるまい。あるいは今度、辞任すれば、小沢もついに過去の人となる。もう表舞台に返り咲くことはないだろう、その恐れが、彼を躊躇させているのか。

小沢が辞めても、それで、すべてハッピーになるわけではないだろう。しかし、小沢がこのまま居座れば、民主党にとっては、そしてそれはたぶん国民にとっても確実に禍根を残す、それは間違いない。だと言うのに小沢の背中を押してやれる政治家は、民主党には本当に1人もいないのであろうか?

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2009年3月 4日 (水)

反撃の狼煙?

どんなに国民から非難を受け、野党から罵声を浴びせられながらも、麻生そして自民党がひたすら耐え忍び、時間稼ぎを続けて来たのは、ひとえにこの時を待っていたからである。もはや自力での形勢挽回は全く不可能なところまで、追い詰められた自民党にとっては、敵のボーンヘッドが起こることに一縷の望みを託すしかなかったのである。そしてついにその時は来た。

「小沢一郎民主党代表第一秘書ら3人、政治資金規正法違反容疑で逮捕」

である。衝撃は永田町を、そして日本国内を駆け巡った。

民主党と小沢は動揺し、また憤っている。「国策逮捕」との声すら上がっている。西松建設の違法献金疑惑では自民党の政治家の名前も取り沙汰されており、小沢だけが狙い打ちされた感は確かに否めないし、選挙も近く、また予算審議中というこの時期に、あえて動いた検察に対する疑問の声もある。

小沢本人は記者団に対しては、昨日は一言もしゃべらなかったが、民主党の幹部会では

「すべて適切に処理しているから安心して欲しい。逮捕は全く理解に苦しむ。」

と力説していたそうだし、それを受けて幹部連も火消しに躍起である。

今日、小沢は記者会見を開いて、釈明するようだが、上記の趣旨に沿った説明をしてくるだろう。強弁ではなく、本人にも事務所サイドにも恐らく本当に違法性の認識はなかったんだろうと思う。しかし「違法性の認識がない」ことと「違法性がない」ということは、全く別である。

先走ったことを書くが、小沢は恐らく辞任に追い込まれる。あの性格から、先手を打って放り出す可能性もある。どの道、「小沢代表」の下で民主党が総選挙に望む可能性は消えた、ということは「小沢首相」誕生の可能性もなくなったということだ。評価は人によって分かれるが、1度は首相として国政を担って欲しいと期待する人は少なくなく、またその可能性が何度かあったにも関わらず、結局はその座に手が届かなかったというのは、やはり小沢という政治家の持って生まれた天運なのだろう。本人が、それを悔いているかは、また別問題だが。

今日の記者会見で事態が沈静化する可能性はまずない。適切に処理しているという小沢の主張が国民の共感を呼ぶとは思えず、あのぶっきらぼうな表情と口調で言い放つ (であろう)マイナス効果の方は、計り知れない。更に「俺だけじゃない」といった主張をし、検察批判まですると考えられるが、これもかえって逆効果になるとしか思えない。こういう問題では、与党よりむしろ野党の方がハードルが高くなるものなのである。

もちろん、自公サイドはここぞとばかり攻め込んでくるし、ただでさえ最近なにかとギクシャクしている社民、国民新党といった野党の仲間達も、冷ややかに距離を置くだけだろう。党内のアンチ小沢も

「このままでは選挙が戦えない。」

と、どこかの政党の連中がよく口にしているような台詞を吐いて、騒ぎ出すのも時間の問題で、居座ったところで全く展望が開けず、結局辞任という顛末になって行くだろう。

とにもかくにも、政権近しということでまとまっていた寄せ集め政党も、小沢という重しがなくなった途端、百家争鳴。蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、後を決めるにしても岡田か菅か鳩山か、どの道話し合いなんかつかないから、代表選をやるしかなく、そうなると麻生を降ろして総裁選を、と言っていた自民党を批判するどころの話ではなくなり、その上「選挙に強い」と言われる小沢の、この期に及んでの退場は迫り来る決戦には致命傷になりかねない。

思えば前回の参院選に勝利してから1年半余り。チャンスは何度もありながら、勇気を欠き、自公政権を解散に追い込むことがてきなかった。今国会も、敵があれほどまでに間抜けな言動を繰り返し、小泉ではないが、国民の多数が呆れ果てているというのに、なおかつ勝負を避け、友党のはずの国民新党や社民党の意見の耳も貸さずに、予算成立を事実上黙認、内閣不信任案を提出して、自民党の内乱を期待するという戦略は完全なるあなた任せ、自力での政局転換を放棄したその姿勢に、国民の共感など得られるはずがない。グズグズと時間を浪費しての、この結末は「身から出たサビ」という言葉がピッタリではないか。

一方思わぬ(?)僥倖に、自然とニヤついてくる表情を懸命に引き締めている自民党だが、これで一転反転攻勢だと思ってるとしたら甘すぎる。民主党がコケたからと言って、自民党の支持が回復し、麻生内閣の支持率が劇的に反転するとも、とても思えない。

前回、麻生が中川の後任を補充しなかったのは、予算成立後辞任の意思を固めたからだと書いたが、これは全くの見当違いだったようで、ご当人は意欲満々。予算成立後にミニ内閣改造を行い、それを餌に党内を引き締めにかかるつもりというから、まぁ頼もしい限りではある。

ただ、こんな泥舟のような内閣に、好き好んで新たに入る奴がいるのかとは思う。今回の小沢のつまづきを見て、多少のヤマっ気を出す奴が果たしているか、どうか。どの道、あんまりみすぼらしい人材しか入れられないようでは、これまた逆効果であろう。

とにかく、民主党は麻生攻撃どころの騒ぎではなくなり、それにより自民党もなんとなく麻生を降ろすキッカケを失い、かくして民主党の混乱極まったところを見計らって麻生内閣の下で解散、4月選挙の気配濃厚であろうか。

ただ、自・民両党の体たらくに、国民の政治不信は極まり、投票率はますます低下。そうなると学会という「固定票」を持つ自・公が浮上。が、2/3には当然届かず、過半数もやはり厳しい。となると、衆参ねじれ現象はいよいよ悪化。かくして政界は仁義なき「再編騒動」に突入という、筆者にとっては最悪のシナリオが極めて現実的になって来てしまった。やっぱり小沢一郎なんかを頼みにしたのが、根本的に間違っていたのかなぁ・・・。

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2009年2月18日 (水)

お先真っ暗

それにしても不思議で仕方ないのだが、あの人達は本当に、昨日の時点で今日の顛末を予測できなかったのだろうか?今日辞めるくらいなら、昨日辞めた方が遥かにマシだったことは、誰の目にも明らかではないか。クリントン米国務長官が来日して、華やかな外交を繰り広げている最中、足元で進行している事態の醜悪さには、もはや怒りのぶちまけどころすらわからなくなる。

安倍、福田とお粗末な政権を2つも続けて見せられて、うんざりしていたところに、とうとう極めつけの政権が出て来たのにはもはや「恐れ入りました」としか言い様がない。中川某がひどいのは言うまでもないが、とにかく救いがないのは、諸悪の根源が他ならぬ内閣総理大臣麻生太郎その人にあるということ、今の政権の混乱、政局の混迷はすべてこの人に端を発していることを否定できる人は、もはや自民党でもほとんどいないだろう。麻生が辞めない限り、もう物事がどうにもならないところまで来てしまっている。

が、麻生は辞めない、当面は。しかしどうやら辞める気にはなったらしい。中川の後任を補充せず、与謝野馨の兼務にしたことがそのサインである。財務相という閣内最重要ポストを、理由はどうあれ補充しなかったということは、事実上政権維持の意欲がないという証拠、予算成立と同時にお引取りになるということだ。

その後はどうなるか、野党と予算と引き換えに解散という取引をする気はないらしい、というかなんとしても解散を1日でも先送りするというのが自民党の今や最優先課題。だからやるんでしょうなぁ、総裁選を。恥ずかしげもなく、堂々と!今政治空白を作るときではないと、事ある毎に、偉そうに叫んでる割に、こういう「空白」にはとんと無頓着な連中の集まりなのである。そして新総理総裁のご祝儀相場で人気が高いうちにあわよくばと・・・ワッハッハッ。

まぁ笑うしかないが、自民党は本気でそう考えているだろう。本当なら諦めて民主党以下の野党連合に政権を渡し、小沢選挙管理内閣の下で解散というのが筋なのだが、今更そんな殊勝なことを言うくらいなら、とっくにやっているだろうし、あとはさすがにもうこれ以上はお付き合いできんと公明党がケツをまくればだが、まぁそれもほとんど可能性0。かくして前回の総選挙から4年足らずの間に、とうとう5人目の首相が誕生することになる。そしてその人物は巷間言われていた野田聖子や小池百合子といった「目くらましマダム」ではなく、どうやら今日、枢要ポストを一身で兼務することになったあの人ではないだろうか。

あまりにも低レベルな人物を並べ立て、もはや国民に完全に見限られつつある自民党としては

「ちょっと待ってください、ウチにはまだこんなマシな・・・いや素晴らしい政治家がいるんです。」

と言えそうな、どうやら唯一に近い政治家・・・らしい。ご本人もそれなりの覚悟と信念と憂国の情をお持ちらしい。そんなの政治家として当たり前だって、ほぅそれは承っておきましょうか(笑)。

それはともかく、今日ご当人は記者団の質問に

「能力はともかく、体力には自信がある。」

とのたまっていたが、それはウソ。能力をうんぬんする気はないが、病気をしてから、この人から精気というものを感じなくなった。体調が本当にいいとはどうしても思えない。こんな人を首相にしたら、ただでさえ元気のない我が国と国民が余計元気を失ってしまう・・・というのは半分冗談だが、この人を見ていると今は亡き橋本龍太郎をどうしても彷彿としてしまう。政策通として、財政規律を重んじるあまり、不況の最中、消費税率UPを決定事項として忠実に実行してしまって、経済をどん底に叩き落としたあの橋龍のまったく融通のきかない生真面目さがどうしてもタブってしまうのは筆者が岡目八目過ぎるのだろうか。

そして対する野党である。この一連の流れを為す術も無く、ただ眺めて、外野から遠吠えしているしかないのだろうか?まぁそれ以外にない、情けないことながら。ただ、与謝野内閣(あっ、はっきり書いちゃった)が誕生したら、即刻参院で問責決議案を出しなさい。えっなんにもしてない内閣を問責するなんていくらなんでも無茶苦茶だって?いいえ、問責の理由はあります。

「ここまで政権という公的なものを私して、自らの都合で弄んで来た自民党プラス公明党政権そのものへの問責。」

これしかない。これを突きつけて、審議を全部ボイコットしてみなさいよ、勝ち目は絶対にあると思うけどな。

でも「お利口な優等生」揃いの民主党にこんな荒業を期待することが既に夢物語。かくしてサミットには、のこのこ外相あたりに「復権」してそうな安倍晋三でも連れて、与謝野が参加。政局はズルズルとなんの転機もなく、9月の任期切れ選挙まで結局このまま、ア~ア。

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2009年2月15日 (日)

最後のアダ花

「稀代の政局師」小泉純一郎の最後の大勝負であろうか?突如飛び出した麻生批判は電撃のごとく駆け巡り、ワイドショーもこぞって彼の発言を取り上げ、永田町は一時は騒然とした雰囲気に包まれた。

言ってることが間違っているとは思えない。就任以来の麻生の迷走ぶりは、目を覆うばかりだし、小泉政権下で枢要なポジションを占め続け、またその流れで現在の地位を占める麻生が、どの面下げてあんなことを言えるのかというのは、既に指摘した通りだし、国民の多くが反対しているものを、無理矢理再可決までして強行する価値があるのかという言い分にもうなづける。どういうつもりで書いたかは知らないが、予算関連法案に2/3条項はそぐわないとした、かつての寄稿文の存在まで蒸し返され、もはやボロボロである。

小泉という人物は、自民党では完全に異端児である。かつては、少なくとも森政権下で派閥の会長になるまでは、歯に絹着せぬ言動で、大勢に一刺ししてみせてくれたものだ。その意味で、久々に昔の姿を思い出したのかとも思うが、しかしこの結末は小沢一郎が看破したように

「大したことにはならない。」

その一言である。

もともと、世間が裏読みしているほど、深い思惑があっての発言とは思えない。一枚看板であった「郵政民営化」に今更四の五の言う麻生にムカついての暴発というのが本当のところではないか。小泉にしてみれば、飼い犬に手を噛まれたように心境だったかもしれない。

もし、本当に狙いがあってのことだとしたら、現実を知らないとしか言い様がない。既に引退を表明し、本来なら今頃は、既に隠居生活に入っていた身である。かつての人気には及びもつかないものの、今だに世論調査で次期首相にふさわしい政治家のトップに名の上がる人物であり、「小泉チルドレン」を始めとした自民党の一部には、尚も隠然たる影響力があるとされるが、去って行く人物の仕掛けに踊るような間抜けな政治家がそんなにいるとは思えない。現に昨秋の総裁選で「小池支持」を明言しながら、全くその行方に影響を及ぼさなかった現実が既に、それを雄弁に物語っているではないか。

まして、である。懸命に自民党も麻生も逃げ回っているが、どんなにあがいても9月には総選挙になる。苦戦が伝えられる自民党ではあるが、と言って今更民主党に鞍替えできるわけもなく、新党を立ち上げるだけのパワーもあるまい。どんなにつらくても自民党で選挙をやるしかない以上、もしこの期に及んで党に造反すれば、どんな末路になるか、それを知らしめたのは、他ならぬ前回選挙での小泉自身であった。本人は今更、もう出られまいが、再議決の際の本会議で、小泉に殉じて欠席する議員が1人でもいれば、おなぐさみということである。

むしろ今回の騒動で浮き彫りになったのは、深刻な永田町の役者不足である。小泉が、どれほどの政治家なのかは知らないが、もはや確実に過去の人に過ぎない元首相の一言に、なんでここまで右往左往しなければならないのか。マスコミも蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、もっと哀れなのは反対党たる民主党までうろたえていたことだ。

それにしても、民主党の小泉アレルギーも深刻である。まぁ確かにあそこまで手ひどい目に合わされたのだから無理ないのかもしれないが・・・。小沢の言うとおり、今回は完全な対岸の火事。傷つくのは「あちら(自民党)」とばかりに泰然としていればいいのに、やれ、前回もそう思っていたらあっという間に「小泉劇場」に飲み込まれてしまった。このままではまた、4年前の再現だと大騒ぎし出す輩は出るわ、今日は菅直人が街頭で、小泉はキングメーカー狙い、そんなことを許していかんと叫んでいたらしい。

少し落ち着いたらどうだろう。4年前と今は全く状況が違う。繰り返そう、小泉純一郎はもう過去の人、まもなく国会議員でもなくなる。引退を撤回して、自らの持論と功績(?)を守る為、先頭に立って麻生と一戦交えるというならまだしも、もうそんな気はさらさらないだろう。そして、4年前小泉の言葉に踊って、自民党に圧倒的多数を与えてしまったことに疑問と反省を抱いている国民は決して少なくない。小泉という「水鳥の羽音」に、ここまで怯え、騒いでいるということは、自らの無為無策を天下にさらしているようなものだ。

もう1つ、オバマアメリカ新政権のクリントン国務長官との会談を巡るドタバタもいただけない。筆者はアメリカが嫌いだし、アメリカの高官がやって来ると、モミ手をしながら駆けつける我が国の指導者連を見るのも情けないとも思うのだが、それでも日米関係を否定して、日本が成り立って行けると考えることは残念ながら出来ない。

小沢はこの半年以内に首相になる確率が極めて高くなっている政治家である。今回、クリントン側から会談を申し入れて来たという事実は、アメリカもその可能性を十分認めているということに他ならない。小沢はアメリカ嫌いという評もあるが、それはたぶん間違っている。彼の今のポーズは自民党内閣の外交姿勢に対する野党第一党党首としての立ち位置に過ぎない。自民党幹事長として、海部政権を切り盛りした経験を持つ彼が、日米関係を軽視するわけがない。

そんな彼の政権が、もう手の届くところまで来ているのだとしたら、オバマ政権の実力者クリントンとの会談を拒否するなんてことは、あまりにもナンセンスだ。地方遊説を理由に断ったとも伝えられるが、確かに選挙に勝たねば、元も子もないのであるが、つくづく、小沢という人物は田中角栄の弟子なんだな、と思わざるを得ない。物事の優先順位を間違っては困る。また、麻生より先に会談させろとゴネたとも伝えられるが、現首相を差し置いて、野党党首と会談するなんて非礼が相手だって出来るわけがないことくらい、まさか承知していないわけではないだろう。訳のわからんことを言って、いたずらに相手を困らせたり、不快にさせたりして、外交上プラスになることが1つでもあるとはとても思えないのだが、こういうところが「小沢は本当に首相になる気があるのか」と思わせるのだろう。とにもかくにも会談が実現することになってよかった。普通の人間関係でも同じかもしれないが、「顔つなぎ」というものは外交において決して疎かに出来るものではないのだから。

ところで今日(というかもう昨日か)はセントバレンタインデー、いいおっさんになってしまった今はもちろん、過去においてもおよそ縁のないイベントであるが、それにしても、ということは、まだ2月も中旬ってことなんだよね。にも関わらずこの生暖かさはなんだい?寒いより暖かい方がいいにしても、それにしても・・・ねぇ。

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2009年2月 7日 (土)

もはや、これまで・・・だな

人はみな、小さい頃から

「ウソをついてはいけない、ウソをつくことはよくないことなのだ。」

と教えられて育って来た。恐らくそれには、1人の例外もないだろう。「ウソつきは泥棒の始まり」という言葉もあるくらいだ。

にも関わらず、いざ社会に出ると「ウソをつかない=正直」なことが、実は意外なほどに冷たい扱いを受けることがままある。

「正直者がバカを見る」「バカ正直」

という言葉には、明らかに嘲りの響きがある。

正直者がバカを見る世の中が、正しいどうかはさて置き、立場や状況をわきまえずに、ただ正直に自分の気持ちを口にするというのもいかがものであろうか。

「私はもともと、郵政民営化に反対だった。」

これは昨日の衆院予算委員会での麻生太郎の発言。

「それを言っちゃぁ、おしまいよ。」

今は亡き名優、渥美清扮する寅さんの名台詞が、どこからか聞こえて来るようである。

小泉政権下で党政調会長、総務相そして外相と重用され続けた麻生だが、彼が小泉の政策の信奉者、支持者だったとは言い難い。例の郵政解散の際も、最後は引っ込んだものの、解散反対を主張しているし、首相になった後も国会で

「私は小泉改革にどちらかと言えば反対した立場。」

と答弁しているのも聞いた。

その意味で、彼は自分の正直な思いを口にしたのだろうが、それにしても今の自分がそんなことを言ったら、どんなリアクションが起こるかくらいは、考えられなかったのだろうか?

言うまでもないが、参院での多数を失いながらも、とにもかくにも自民党が今日まで政権を維持できているのは、かれこれ4年近く前に、「郵政民営化」を旗印にして獲得した、衆院で2/3以上を占める圧倒的多数の賜物である。それがなければ、とうの昔に衆院は解散になっており、今も自民党が政権の座にいられたかどうか、まして麻生が現在の地位に就けたかどうかは、極めて疑わしい。

まして、麻生は1度は反対を表明したかもしれないが、結局は解散詔書に閣僚の一員として署名し、またその後も、郵政民営化法案が再提出された際も、閣僚としてサインをしているのである。どの面下げて、「実は反対でした」と言えるのだろう。現在総裁として自民党のトップであり、また国政の最高責任者たる麻生が、それを否定したら、現在の政権の存立意義そのものがおかしくなってしまうではないか。

むろん1度口に出し、決まってしまえばいつまでも、その政策にとらわれ続けなくてはならないのか、という反論もあろうが、少なくとも、その後1度も民意を問うこともないままに、トップがそんなことを言うことは、あの選挙は何だったんだと言われても反論できまい。

「あの時、郵政民営化担当大臣は竹中平蔵氏だったことを忘れてもらっては困る。私は単に、総務大臣をしていたに過ぎない。」

とも言ったそうだが、これは年金番号制度の導入を菅直人のせいにして、顰蹙を買った安倍晋三の発言を彷彿とさせる。なんともまぁ、軽いというか無責任な連中である。

今日明日にも内閣が倒れることはないだろうが、それでも、麻生太郎の首相としての命運は、この発言で事実上尽きたと言えるだろう。就任以来、数々の迷走、失言を繰り返して来た麻生だが、この発言は致命的、国民の彼に対する不信は決定的なものになり、そしてまた、自民党内の彼への求心力をも、完全に低下させることになった。予算を引き換えに引くか、それとも野党が参院で問責決議案を上程、可決するのをきっかけにするか、どちらにしても退陣は時間の問題となったのではないか。

筆者はまさかと思っていたが、これで麻生以外の首相の下での解散総選挙が現実味を帯びてきた。つまり、もう1度自民党は総裁選をやることになることになるのだ。「野田聖子首相」や「小池百合子首相」が本当に誕生するかもしれない。「小沢一郎代表」よりは明らかに見栄えがよさそうな、この人事が自民党の起死回生になるか?

答えはノー、どんな奴が出て来たとしても、さすがに選挙も経ずに5人目の首相登場は、国民に受け入れられはしないだろうし、その前に、今の状況での総裁選は何より当の自民党内に、修復し難い亀裂を生じさせる可能性は決して小さくないだろう。

いよいよ事態は最終段階を迎えようとしている。

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2009年2月 5日 (木)

「小沢一郎」はどこにいる?

2009年度予算案を審議する衆院予算委員会が始まった。民主党は前代表で現副代表の前原誠司をトップバッターに馬淵澄夫、長妻昭そして菅直人と自慢の論客を勢ぞろいさせ、政府に切りこんで行った。前原は麻生の政治姿勢を

「やるやる詐欺。」

と決め付け、麻生も色をなして反論、委員会室は一時騒然となったそうだが、筆者がたまたまテレビをつけた時には、すでに馬淵の出番になっていた。得意の道路問題で、金子国交相をキリキリ舞いさせた馬淵に対して、長妻の質問はやや空回り気味。前段の消えた年金問題で

「これは国家不信を国民に植え付けている重大な問題、国家の危機なんですよ。」

と叫んだ姿には共感したが、その言葉は聞き飽きたと言わんばかりに麻生も舛添厚労相も反応は鈍く、後段の天下り問題では省庁あっせんの天下りだけを禁止しても、実効性がないと追及したが

「1度退官して、民間人になった方について政府や出身官庁がとやかく言うことは、きわめてむずかしい。」

といなされてしまった。この問題の容易ならざる根の深さは浮き彫りにしたものの、実際の対応策は極めてむずかしい現実を見せ付けられた形になった。

トリを務めた菅の登場時には、委員会室の空気はほとんどケンカ腰。小泉以来、歴代の首相に舌鋒鋭く迫る菅に対する自民党の嫌悪感が、露骨に現れた形となり、菅とは様々な因縁から犬猿の仲である土屋某の再三に渡る野次がなんとも聞き苦しく、議事進行を妨げていたのは、大自民党もここまで落ちたかとの思いを新たにした。

前原がなにやら言い放ったシーンは筆者は見ていないのだが、前原と言えば、代表の座を追われてからすっかり不貞腐れ、小沢執行部の一角に席を置きながら、事あるごとに小沢のやり方、方針を批判していた男で、「自民党寄り」とはっきり目されていた人物である。その前原が、国会という場で麻生にケンカを売ったという事実は、もはや両者はっきり臨戦態勢、もう選挙で白黒つけるしかないという状況に陥っている現実をまざまさと見せ付ける形になった。かつての自民党には、それが国民のニーズと見て取れば、旧社会党あるいは共産党の政策すら時には、大胆に取り入れてみせる懐の深さがあった。しかし、今やそんな雰囲気はかけらもなく、ただお互いにののしりあっているだけ。民主党の政策に耳を傾ける価値が全くないとは思えないのだが、あいつらの政策なんて意地でも検討しないという姿勢がありあり。政治家の質が落ちたのか、自民党に余裕がなくなったのか、それとも民主党が大人気ないのか・・・。

その民主党である。この頼りない野党第一党をしかし、なんとか政権の座に押し上げて、政権交代を成し遂げる以外、我が国の再生はないと信じている筆者ではあるのだが、その思いが揺らぐことがあるのも、正直事実である。

亀井静香が「麻生と自民党を追い詰める最後のチャンス」と位置づけたこの通常国会、しかしそこに、民主党代表小沢一郎の姿が見えない。いや、なにやら記者会見等でボソボソしゃべり、地方周りをしては

「もうすぐ選挙だ。」

と狼老人よろしく、懲りもせずぶち上げていることは知っている。しかし小沢という人は当たり前のことだが、「国会議員」が職業であり、かつ「野党第一党党首」であり、自ら政権交代をぶちあげている以上、「次期内閣総理大臣候補」なのである。選挙に勝つ為のドサ周りが、党首としての重要な仕事であることは認める。しかし、彼の第一の「仕事場」は間違いなく国会であり、またそうあるべきなのである。その最終決戦たる通常国会の舞台に小沢の姿がどこにもない。

麻生首相の施政方針演説に対する代表質問は野党第一党党首としての見せ場であり、また次期首相を狙う小沢にとってはある意味、国民に対する「逆施政方針演説」ともなるべき、重大な舞台だったはずである。なのに、そこに立ったのは幹事長の鳩山由紀夫、更に民主党は2番手の質問者になんと田中真紀子を送った。いかに統一会派を組んでいるとは言え、党員でもない一無所属議員をあの重要な場に送り込んだ民主党及び小沢の判断がどうにも理解できない。

小沢は自ら「生来の口下手」を公言するある意味、稀有な政治家である。国会の論戦を好まないことも知られている。しかし、今はもうそんなことを言っている場合でも、立場でもないことは、今更言うまでもないだろう。この期に及んで

「あの人、本当に首相になる気があるのだろうか?」

と反対党どころか、身内からも声が上がる野党第一党党首なんて、まぁその可能性が限りなく0だった55年体制下の旧社会党委員長はいざ知らず、他には古今東西聞いたこともない。議論がめんどくさいのか、健康がすぐれないのかはどうかは知らないが、あまりにも無責任かつ自らの置かれた状況を知らな過ぎると言わざるを得ない。

小沢の首相への就任意欲を問われた菅は(なんで本人じゃなく、この人に聞くのかも、よくわからないのだが)

「もしそんなこと(選挙に勝っても、小沢が首相にならず、他の人物が就任する)が起こったとすれば、最大の公約違反。政権は絶対にもたない。」

と言下に言い切ったという、全くもってごもっともな判断である。

その一方でこんな声も聞こえるという。

「そりゃやるよ、やらざるを得ないよ。でもあの人のことだ、一年も経って、民主党政権の道筋がついたと判断すればサッサと辞めるよ。そういう人なんだから。」

もしそれが本当だとしたら、安倍や福田の投げ出しとなにが違うのだ。そんな不真面目な人物を首相にする為に、貴重な、たった一票しかない自分の参政権を民主党に投じなければならないのか。なら止めて、自民党に入れればいいって・・・それができりゃ苦労しない。えっ、あんたの一票でなにが変わると思っているんだ、そんなに熱くなるなよって、それを言っちゃお終いなんだけどね・・・。

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2009年1月28日 (水)

いつか来た道

8年前にも、同じようなことがあった。あまりにも不適格な総理総裁を戴いたまま、自民党はほぼ立ち往生、為す術ないまま、ついに政権の座から滑り落ちるかに見えた。ところが、たった一人の男の登場が、まさに起死回生の一撃となり自民党は生き延びることになってしまった。

麻生内閣の支持率は下げ止まらず、山形県知事選は本来なら無敵に近いはずの「再選をめざす現職」が苦杯をなめた。様々な理由を挙げて、麻生も自民党も中央政界への波及を防ごうと躍起だが、根底に自民不信、麻生不信があることは、覆い隠すべくもない。

8年前の森内閣末期の状況と今は、似ているところもあるが、当然違うところもある。森は「総理大臣としての資質」を正面から問われた恐らく戦後初の首相だったが、発言のブレを衝かれ、ついでに漢字が読めないことで嘲りを受けている麻生も似たような状況にある。森の時は、様々なスキャンダルが発覚し、それが森の不人気に拍車をかけたが、今は麻生の掲げる政策そのものが、国民の批判を浴びている。事態はより深刻かもしれない。もう1つ良く似ているのは、明日にでも倒れそうな内閣が実はなかなかしぶとく、野党が不甲斐なくも責めあぐねていることである。

それにしても民主党はなにをしているのだろう、この状況において麻生を、自民党を決定的に追い込めない現実はかなり深刻である。参院の多数を持ち、世論もとうとう早期解散を望む声が多数を占めてきた。相当どぎついことをやっても許される状況だと思うのだが、踏み切れない。繰り返すがこのままなら、選挙は間違いなく9月の任期満了までない。小沢は内閣は持たない、選挙だとずっと言い続けているが、狼少年以外の何者でもなくなって来ている。

8年前と違うこと、それは参院で野党が多数を占めていること、あとは麻生を替えたくても既に、破廉恥な政権投げ出しを2回も繰り返してきた自民党にもはやその度胸もないこと、そして間近に迫っている国政選挙が参院ではなく、第一院たる衆院選であること、つまりこの選挙の結果次第で本当に政権が替わるという事態を迎えることである。

森は衆参で多数に守られていたが、自身の緊急事態に対する不適切な対応が、最後の決定打となって、予算と引き換えに辞任の道を選ばざるを得なくなった。野党の攻撃で倒れたのではなかった。そして今、一院の多数はなく、国民の信も失ったかに見える麻生をやはり民主党以下の野党勢は倒せないのであろうか。この期に及んで、問責も出せず、審議拒否の揺さぶりもかけられないとは、そんな度胸のなさで、政権奪取とはおこがましいと言わざるを得ない。

もう1つ、8年前と違うこと、それは恐らく自民党の起死回生の切り札はないということ。それに安心しているのかもしれないが、向こうに手がなくても、こちらが勝手にコケるという危険性は決して低くはない、だって今まで結局はその繰り返しだったじゃない。とにかく、この閉塞感、なんとかしてくれよ・・・。

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2009年1月 5日 (月)

今年こそ「正当なる」政権交代を~年頭に当たって~

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。こんなに快晴続きのの年末年始はちょっと記憶にないが、しかし世相はなんとなく暗い・・・かなぁ。

今年は選挙の年である。9月10日にあの馬鹿げた郵政選挙で選ばれた衆院議員達の任期がついに切れる。あれからもう4年、思えば貴重な時間をまた空費してしまったものである。

今の日本国憲法が制定されてから、初の総選挙が行われたのは1947年、今から62年前の話である。時の首相は吉田茂、麻生太郎現首相の爺さんだが、その吉田率いる自由党は選挙に敗れ、第2党に転落する。すると「憲政の常道」と称してあっさりと政権を諦めてしまった。イギリス大使も勤め、大のイギリス通イギリス好きの吉田からすれば、当たり前の話だったのだが、この吉田の「潔さ」に困惑したのが、この時第1党に踊り出た日本社会党の面々である。

勝利の報を記者達から聞いた社会党の大実力者西尾末広が思わず「しまった」と口走ったというエピソードが残っているくらいで、戦後再建なったばかりの社会党には政権担当の準備などほぼ皆無だったからである。それでも約1ヶ月のすったもんだの挙句に、とにもかくにも当時の委員長片山哲を首班とする社会、民主、国民共同3党による連立内閣が発足したのはめでたいことではあったが、驚くなかれ、これが今のところ、戦後日本において実現したほぼ唯一の「正当な」政権交代と言って差し支えない。

その片山内閣は、提出した予算案を身内の造反で否決されるという信じ難い失態により、わずか半年で倒れてしまうのだが、問題はその後である。いわば自滅した3党連立に与党の資格はなく、政権は野党第一党の自由党に委ねられるのがまさに「憲政の常道」のはずだったのだが、政権欲に目がくらんだ連立側は与党第二党民主党党首芦田均を立てて、政権維持を目論む。これは「政権たらいまわし」と世論、マスコミから大ブーイングが浴びせられたが、国会の多数を頼んで、連立側は強引に芦田内閣を発足させてしまった。

芦田内閣そのものは、その後すぐにスキャンダルで潰れてしまうのだが、この一連の事態が残した禍根は深刻であった。この片山、芦田の交代劇が悪しき前例となって、国会で多数を占めてさえいれば、政権がどんな事情で倒れ、選挙の洗礼を受けなくとも、絶対に移動することはないことになってしまった。小泉→安倍→福田→麻生という厚顔無恥な首相交代劇のルーツがここにある。まことに罪深いたらいまわしであった。

その後も政権交代とおぼしきものがなかったわけではない。1953年の吉田から鳩山一郎への首相交代は一応、他党への政権移動の形になっているが、選挙の結果を直接受けたものではない。

そして93年の宮沢喜一から細川護熙への首相交代劇は、自民党内の造反から新党誕生、そして総選挙で結党以来初めて自民党が単独過半数を割り、ついに下野を余儀なくされたと言う意味では紛れもない「政権交代」ではあったが、今冷静に考えて見れば、あの選挙で自民党は本当に敗北したのかという疑問はある。既に選挙前に離党者が相次いで過半数を失ったまま選挙に突入、結果は現状を維持し、第二党の社会党の約三倍の議席を獲得した圧倒的な第一党だったのである。あの「政権交代」は細川擁立という奇策を用いて、国民の支持を見事に引き寄せた小沢一郎の文字通りの「剛腕」の賜物であり、所詮は砂上楼閣のようなもので、その証拠にものの1年も経たないうちに崩壊の憂き目を見る羽目に陥ってしまったのである。

そして細川の後を継いだ羽田孜内閣が崩壊してから15年の月日が流れようとしている。執念で小沢一党を追い落とし、政権の座に返り咲いた自民党は以来、「ノーモア野党転落」の一念でひたすら政権にしがみつき、利用できる物はとことん利用として、今日まで生き延びて来た。他党の生き血を吸い、本来なら「鬼っ子」である小泉純一郎を総裁、そして首相の座に押し上げ、この類まれなる政局師の遺産である衆院2/3を占める途方もない絶対多数を拠り所にして今、政権を運営している。

93年の政権交代は極めていびつなものであり、ゆえに長続きしなかった。しかし、あの時、小沢一郎の政治姿勢にもう少し柔軟性があったら、自民党という政党は遠からず崩壊していたに違いない。自由民主党という政党は既に歴史的役割を終えたと断言できる、東西冷戦が終わり、護送船団方式で国を富ませるという方式が通用しなくなった時、それに代わる国を導く指針を全く持ち合わせていなかったからである。

そんな「死に損ない」が尚も国政を担っているのが第一の不幸、更にあまりにも1つの党が長らく政権政党の座に着き続けたことにより、この国の政治からダイナニズムというか柔軟性というものが全く失われてしまったということが第二の不幸。そして同じ政党が権力を握り続けることにより、緊張感、自制心というものがまるでなくなり、もはや手の施しようがないと思えるほどのでたらめな財政運営、政権運営が続けられているというのが、第三のそして最大の日本という国の不幸である。

国の財政が厳しいという。宮沢が「破綻」と口走ってから8年ほど経つ。その間、「小泉改革」なるものが行われたりしたが、財政状況は悪化の一途をたどっている・・・らしい。

麻生は消費税率のアップを明言した、いろいろ注釈はついていたが、3年後に上げたいらしい。選挙を目前にしてバカなことをと、与党内から突き上げられても、ここはガンとして譲らないところを見ると、政治家として、首相としてのそれなりの使命感からなのだろう。与謝野馨も、先の総裁選で国民の耳障りなことも私は言うと得意げにのたまっていた。麻生も与謝野も政治家としての使命感に酔っているのだろうが、彼らは確かに我々に耳障りなことを言っているが、所詮自分達の「口当たりのいいこと」しか言っていない。

いろいろと金が足りない、財政が厳しいという話は聞く。しかし、なぜ財政がここまで悪化したのか、その原因はなんなのか、そしてその責任は誰にあるのかという話を聞いたことがない。そしてもっと言えば、財政の現状は本当はどうなのかということも正確に聞いたことがない。

日本という国ほど「責任追及」ということをおろそかにしている国はめずらしいと思う。それをしようとすると「今そんなことをしている場合ではない」という声が上がり、うやむやにされる。結局表面的に物事が解決したように取り繕われ、原因追求がされていないから事態は悪化して行くだけなのである。

今為すべき事は「真実の公開」以外にないと思う。89年にあれだけの国民の反対を押し切って消費税を導入し、7年後には更に2%税率を上げた。にも関わらず、財政はなぜ好転しなかったのか、もともと税率が低すぎたのか、それとも使い方が荒っぽすぎたのか、まぁ恐らく両方なんだろうが、だいたいなんで財政はここまで悪化してしまったのか、どの政策が間違っていたのか、それともどこで金の使い道を間違ってしまったのか・・・。

筆者は今のまま消費税を上げるのはごめん被る。上げたところで使う人間、使い方を決める人間が替わらない以上、また同じことが繰り返されるだけに決まっているからである。どうしても税金を上げたければ、まず状況と経緯を説明しなさい。そして政策の誤りを認め、国民に謝罪しなさい。しかし、それは今の自民党にできるはずがない、だって自分達自身がやったことでなくても、自分達の親父や爺さん、恩義を受けた先輩達がやったことなのだから、結局は自分達が非難を一身に受け、結局政権を追われるのだ。そんなことを進んでやるわけがないのだ。

だから政権を替えるしかないのである。今までのしがらみがない連中が入っていっていろいろ調べて、事実を明らかにする。反対党の不始末を公表するに躊躇はないだろう、その為に、戦後の日本がほぼ1度も経験したことのない、選挙による完全な攻守交替、つまり「正当なる」政権交代がどうしても必要なのである。

民主党は間違えてはいけない。あなた達が政権を担うことになった時、やるべきことは1つしかない。それは有り体に言えば「前政権党たる自民党のアラ探し」なのである。様々な政策を実行する為に、政界再編なんて寝言を言っている奴らがいるが、少なくとも民主党がそんなことを言うのはおこがましいの一言である。まずは財政を立て直さない限り、そこから先なんてあるはずがない。たぶん、最終的には消費税を上げて、増税による財政再建しか方法はないのだろう。だとしたら、せめて納税者に納得感を持たせて欲しい。しぶしぶながらも、それなら仕方ねぇなと国民に思わせる環境作りこそが、民主党政権の唯一最大の使命なのである。

もう1つ、一時選挙近しで各政党がいろいろなキャッチフレーズを氾濫させたが、筆者の心を1番つかんだのは、皮肉にも筆者が1番嫌いな公明党のポスターにあった

「贅金カット」

というフレーズであった。少なくとも民主国家と言われる国で、「公金」という意識が政治家、官僚の間でここまで低い国はあまりないのではないか。枝野幸男は政権をとったらまず何がしたいとの問いに

「税金の使い道の徹底的な精査、見直し。」

と答えた。我が意を得たり、とはのこと。その為にも、連立の組み替えや自民の脱落者を巻き込んでの政権交代など全く無意味。とにかく今の野党勢力が選挙により、堂々と政権を奪取する、これこそが、日本再生の第1歩と筆者は信じている。

小沢一郎は言い続けている。

「我々が政権をとったら、根本的にやり方を変えます。今までのやり方が間違っていたことは事実が証明している。だから、我々にまず任せてみてください。」

その意気、よしである。

さぁ、今年こそ「正当なる」政権交代実現を!!!

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2008年12月26日 (金)

断末魔

いささか旧聞に属する話になるが、ちょうどひと月ほど前に行われた党首討論はひどいものであった。なにやらワーワーやっていたが、要は45分間に渡って「補正予算案を出せ、さもなくば解散しろ」「いや、あんたの方こそ法案成立に協力しろ」とただひたすらに言い合ってるだけ。およそ「討論」の名には値しないお粗末な内容で、これが現時点の日本の最高責任者とその後をうかがう政治家の姿かと思うと、深いため息が出てくるのを禁じえなかった。

ところが、この討論が1つのきっかけになったか、麻生太郎首相の人気はますます低下の一途をたどり、一部調査では内閣支持率はついに20%を割った。普通なら政権維持はレッドゾーンに入った。

麻生は道を誤ったという声が高まっている。もともと解散する気満々で登場したはずの麻生が、解散を逡巡している間にもはや状況は取り返しがつかないところまで来てしまったというのだ。

「なんだかんだ言っても、内閣発足直後には40%の支持率があったんだ。それを背景に勝負していれば、ここまで追い詰められることはなかった。」

ある自民党幹部の嘆き節だそうである。更にこの幹部の言葉はこう続く。

「と言って、麻生を替えることもできない。替える人間もいないし、無理に替えれば、いい加減にしろと国民から総スカンを食う。もはや万事休すだ。」

安倍、福田と2代続いた無責任な政権投げ出しは当たり前のことだが、自民党に深いダメージを与えているのである。しかし、この自民党幹部の言葉はあまりに結果論に過ぎるだろう。あの時点で、自民党の多くが解散を望んでいなかった。野党だけでなく友党たる公明党があそこまで望んだ解散に麻生が踏み込まなかったのは、ひとえに自民党の判断である。

それにあの時点で、解散による政治空白は避けるべきという論は一定の説得力を持っていた。しかし、その後口では「百年に一度の経済危機」と騒ぎたてながら、実際にはさしたる手立てを講じようという様子もないまま、国会は閉幕してしまった。これだったら解散できただろうという小沢一郎の言い分の方が説得力をもってしまったのだ。今度はある識者の言葉を引かせてもらう。

「麻生は解散するつもりで仮人事を組んだ。定額給付金も詰めた内容でなく、選挙向けのマニュフェストとして言い放しで、そのまま解散になだれこむつもりだった。ところが、解散は先送りとなり、欠陥だらけの給付金と河村建夫官房長官、細田博之幹事長という全く機能不全の布陣が残った。結局、すべてが行き当たりばったりだったのだ。」

こうして、日本の政治はなんともやりきれない閉塞感を抱えたまま、年を越すことになった。

すべては自民党の往生際の悪さから来ている。国民の信を問うべき時がとっくに来ているというのに、自らの政権維持の為に、自らが政権にしがみつきたいが為に、そこから目をそらし続けている。急流に呑み込まれまいと懸命に岸辺にしがみつきながら、断末魔の叫びを上げているのが今の自民党。しかしそれに痛撃を与える手段がない。民主党はあたら好機を逃し続けている、自らがどうしても自力で国民の支持を得られない悲しさである。

渡辺喜美の造反に大喜びしているようでは、自らの無策を宣伝しているようなものだ。向こうが勝手に崩壊して行くのは、確かに歓迎する事態ではあるが、そんな連中を当てにし、また取り込んでなんとか政権の座にありつこうなんて、さもしい魂胆では民主党もそれまでである。

年明け早々に通常国会が召集される。民主党は冒頭から審議ボイコットも示唆している。その意気、よしである。とにかく押して押して押しまくる、それ以外に民主党の道はない。このままなら間違いなく任期満了まで選挙はない。それでも民主党は勝てるかもしれないが、あと1年近くもこんな状況を続けていける余裕が今の日本にあるとはとても思えない。とにかく自民党を排除して、新しい政権を作ることが今の日本には急務なのである。次期国会こそ、本当に民主党が真価を問われることになる。

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2008年11月21日 (金)

今日は雑記

パソコン並びに書き手の不調の為、少し間が空いてしまった。パソコンは相変わらず、ご機嫌斜め。なんでこんな重いんだろう(泣)、はよ動け~。

それにしても、沈黙を余儀なくされていた間も世の中は激動だった。激動過ぎて、なにがあったか、完全には覚えられないくらいだったが、思い出せる範囲で触れて行きたい。

大袈裟ではなく、我々は歴史の目撃者になったのだろう。あのアメリカで、白人至上主義があからさまにはびこり続けるあの国で、黒人が大統領になったのである。ベルリンの壁が壊れ、ソ連邦が崩壊した89年に匹敵する歴史の転換だったのではないだろうか。

オバマという人物は確かに魅力的な政治家だ、日本にもあんな政治家がいればと思ってしまう。だが、今回の大統領選の結果はオバマが勝ったというよりマケインが、いやブッシュを戴いてアメリカ及び世界の政治を目茶苦茶にした共和党が敗退したということだろう。

4年前、ブッシュがアメリカ大統領に再選された時、正直筆者は唖然とした。こんな最低の大統領を再選するアメリカ国民の神経を疑った。このツケは必ずアメリカ自身が払うことになるとは思っていたが、その後の4年の状況はまさに、その通りとなった。ざまぁみろと快哉を叫びたいのはヤマヤマなのだが、残念ながら今の世界情勢でアメリカの不幸は我が国はもちろん、世界中の不幸につながってしまうのが困るのだ。

それでもアメリカはまだいい、チェンジと叫んで、政権を交代させるパワーとシステムを持っている。民主党が政権を奪還したと言っても、たった8年ぶりのことに過ぎない。それに引き換え我が国は・・・と言いたくないがグチになる。

それにしても麻生政権というか自民党の悪運の強さよ(日本国民の運のなさよ)。本当なら、今頃はついに政権交代だ、心うきうきカウントダウンの日々だったはずなのに、やるべき解散総選挙を逃げても、あまり非難を浴びない情勢に本当に助けられている。

諸説あるが、もはや解散はなく、任期満了に伴う総選挙にならざるを得ないだろう。普通にみる限り、自民党に回生の機会はなく、ずるずるときっかけもつかめずに時が流れ、その間に民主党のポカか資金枯れによる立ち往生が起こるのを待つ以外、手はないと思われる。このまま解散しないという無策ともヤケッパチとも見える方策に対して、実は民主党に有効な反撃手段も見当たらず、このバカバカしい混迷が後1年弱続くことになろう。

自民党の新たなリーダー候補として「麻垣康三」なる連中が、もてはやされたのは確か小泉純一郎が、彼らの名前を後継候補として口にしたからだと記憶しているが、それからわずか3年の間に、なんとそのうち3人が相次いで政権の座に就く事になるとは、さしもの稀代の政局師、小泉も想像できなかっただろう。そして今、改めて感じることは、小泉の眼力のなさであり、またこんな連中をリーダーとして担がざる得ない自民党の没落ぶりである。

麻生太郎という人は、政治家としての自分に大層な自信をお持ちのようだが、政権発足からわずか2ヵ月程で、既に政権末期の様相を呈している自政権の状況になんら危機感はないのだろうか。内閣総理大臣ともあろう者が、あそこまで朝に夕に揺れ、ぶれまくっては、もはやまともな政権運営など望むべくもないだろう。早晩麻生辞任、選挙前にもう1度総裁選なとどいう情報も、まんざら冗談には聞こえない。

そしてこんな政権を倒せない、解散にも追い込めない民主党。参院の多数はなんの為なのか、この政党のやっていること、小沢一郎の戦略なるものは、民主党びいき(というよりただひたすらに自民党が嫌い)の筆者が見ても全く理解も共感もできない。

繰り返すが、こんな状況を本当に来年の9月まで続ける気なのか?続けないとすればどうやって打開するつもりなのか?麻生は追い詰められない限り、このまま絶対に解散しない、というかできない。自殺志願者でもない限り、死ぬとわかっていて、ガケから飛び降りる奴はいないのである。公明党が早期解散をうんぬんという話がずっとあるが、都議選と野党転落とどっちが大事かは明白、公明党の圧力など知れたものである。民主党は他野党と組んで、自分の力で麻生を解散に追い込むしかない。

しかしその戦略が見えてこない、それすら為し得なくて、政権交代を叫ぶなどとはおこがましいとしか言い様がない。今なら黙っていても政権が転がり込んでくると思い上がっているとしたら大間違いだ。このままの体たらくのまま、選挙になったら、政治に絶望した国民は大挙棄権、となると学会の組織票が効いて自民党が勝つ。そんなわけないって?この間の宇都宮市長選の結末をみれぱわかる、無党派層が動かなければああなる、民主党の力なんて全く上がっていないのだ!

方法はたぶん1つ、参院で問責決議を叩きつけて、以降の審議は一切ボイコット、これしかない。問責の理由ははっきりしている、「あんな迷走を繰り返す政権、首相に国政は任せられない」、この一点である。年明けの通常国会もボイコット、予算審議も一切できない。与党は衆院で予算は単独採決、参院は審議がされないのだから、自然成立となる。しかし関連法案が成立しないと予算が執行出来ない為、こちらは参院でみなし否決されたことにして、衆院で2/3を使って再可決、でようやく成立。ここまで来るには、桜も散ってGWの声が近づいているかもしれない。さぁここまでやりきって非難されるのは与党か民主党か、強行路線に限界を感じて麻生が投げ出すか、強迫観念にかられて民主が国会にうそうそ戻って行くか、これは見ものである。

先日日曜のエリザベス女王杯の顛末は、なんとも言えないものとなった。デビュー以来、その素質を高く評価されたポルトフィーノ、やっとたどりついたGⅠのゲートが開いたと思ったのもつかの間、彼女のレースはあっという間に終わってしまった。騎手落馬、競走中止・・・が、カラ馬となったポルトは尚も「1人競走を中止せず」、ひたむきに走り続け、最後は勝ち馬を堂々と差しきって見せた。GⅠ史上初の珍事は、見ている者に余計やるせなさを覚えさせる結末だった。

カラ馬が騎手という「重し」を乗せて走っている他馬に勝つのは、ある意味当然の事。しかし、競馬場のコースというのは直線ではない為、司令塔たる騎手を失った馬は逸走し、競走を完全に離脱するのが普通。しかし彼女は最後までレースを戦って見せた、その能力の高さとしかし騎手も容易に制御できない難しい気性・・・。ポルトフィーノの今後の競走馬としての前途多難を暗示するような結末であった。

彼女の悲劇性がますますクローズアップされたレースとなってしまったが、鞍上武豊騎手の今年初めから続くツキのなさ、巡り合わせの悪さは相変わらずということも明らかになってしまった。2週間前に、わずか2cm差の激闘を制し、ようやく悪い流れを断ち切って、さあこれからは重賞を勝ちまくるだろうと見ていたが、なかなか世の中、そう甘いものではないらしい。

今週末のマイルCSは武騎手が未だに縁のない数少ないGⅠレースだが、騎乗馬がスズカフェニックスでは、今年も悲願達成は絶望的だろう。JCでのメイショウサムソン騎乗は果たして本人の意思なのか、それとも人間関係を優先したのか。そしてウオッカは再び岩田康誠騎乗、豊の本心はどっちだったのだろう。豊の迷走はまだまだ続くのか・・・。

ジャイアンツとWBCについてはまた、改めて。

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2008年10月22日 (水)

少しは真面目にやれよ

新テロ特措法の改正案があっと言う間に衆院を通過した、対案として出された民主党案は与党と社共両党の反対であっさり否決、特措法のみが参院で審議され、これは否決、しかしすかさず例の2/3を使って衆院で再可決、月末には成立との見通しだそうである。

思えば、昨年の今頃、この法案の是非を巡って国会は大揺れしていた。それが1年でこの様変わり、野党優位の参院ではもう少し慎重にかつ徹底審議をと、他野党が進言しても、民主党は全く一顧だにしない態度だ。去年のあの騒ぎは何だったのかと言いたくなる。

すべては解散総選挙、民主党の頭の中にはそれしかない。だからもはや国会審議など、まともにやる気もなく、ひたすら審議を急いでいる。「懸案」処理で麻生と自民党に時間を稼がせないということらしい。

リーマンショックで世界的に株価が下落し、解散気運が一気に遠のいたのを見て、申し訳ないが、村山富市内閣が阪神・淡路大震災の発生で延命した故事を思い出した。「自爆解散」との指摘もあったくらい、不利な状況での解散にひた走らざるを得なかった麻生は命拾いをしたかに見えた。

逆に選挙モードで猛ダッシュをかけていた民主、更に与党の公明党は面食らった。「解散権は内閣総理大臣にしかない」という当たり前のことを強烈に思い知らされ、右往左往する羽目になった。

それにしても民主党の自信はどこから来ているのだろう、選挙をやれば、絶対に勝てる、いよいよ念願の政権奪取だと、すっかり浮かれているご様子だが、その根拠はどこにあるのだろう。

いや、実は筆者もそう思ってきた。夏頃の自・民痛み分け、キャステイングボートは公明の手にという観測が強かった頃は密かに「アホめ」とほくそえんでいた。小選挙区制をとってる現在、そんななぁなぁの結果が出るはずはないのである。そこへ福田の投げ出し辞任、出来レースの麻生後継劇のどっちらけ、更には民主党の刺客として内閣に送り込まれたのではないかというくらいお粗末な中山某の放言と辞任・・・3年前と正反対の結果が出る、筆者の確信は深まるばかりであった。

しかし、である。これだけのマイナス要因を抱えながら、尚自民党は民主党とつかず離れずの支持率を維持している。麻生と小沢、どちらが首相にふさわしいかという問いは、相変わらず麻生のワンサイド、次期総選挙、比例で投票したい政党は問いも民主優勢のケースが多いが、そんなに差はない。各マスコミによっても数字がまちまちである。

世論調査の数字の推移を見る限り、民主党圧勝なんて結果はまるっきり見えてこない。それでも、選挙後の獲得議席シュミレーションは圧倒的に民主らしい。マスコミの調査だけでなく、各党独自の調査もそうらしく、自民党は自党の調査結果が、あまりにも衝撃的ですっかり逃げ腰になったと言われている。

この数字のキャップは、要ははなはだ頼りにならんけど、この際1度民主党にやらせてみるしかないのかなぁ・・・という極めて曖昧模糊とした国民の意識の表れでしかない。積極的に民主に期待し、小沢を首相にしたいと思っている人は、かなり少ないと言わざるを得ない。その証拠に、次の政権の姿として望ましいのはとの問いに、「自・民大連立」という答えがトップなのである。「民主党中心の野党連合」と「自公連立の継続」は調査によって違うが僅差で続き、「民主党単独政権」を期待している人などほとんどいない。これは参院で民主が単独過半数を得てないという現実が反映されてはいるだろうが、はっきり言えば民主党など国民から全く信用されていないのである。

そこに来て、この不真面目極まりないとしか思えない審議態度である。民衆の心は移ろい易い、ただでさえ、絹糸一本で支えられているようなきわどい有利にすぎないのに、それに慢心すれば、政権など永遠に手の届かない彼方に遠ざかるであろう。

いや、もっと切実な問題なのだという話もある。解散近しで走り出し、小沢もムチを入れた。ところが一向に解散の気配はない、おいどうなっているんだ、もう資金が・・・ただでさえ野党の貧乏暮らし、既に台所は火の車。小沢は完全に読み違えた、どうしてくれるんだ・・・全国から悲鳴にも似た声が党本部には続々上がって来ているという。

株価下落が一段落し、懸案処理も月末には片がつく。ここで解散、来月30日投開票という声がまた、高まっては来ている。走り出しているのは民主党だけではないし、なぜか異常なほどに早期解散に執念を燃やす公明党の存在もある。

しかし、「絹糸一本」に過ぎない民主党の優位を覆す為の時間稼ぎは案外有効かもしれない、麻生がそう腹を据えた時、民主党に打つ手はあるか?現に麻生は外交日程を入れようと画策している、そうなれば徹底審議で追い詰めるまで言うかもしれないが、今国会、更には今までの実績から民主党以下野党にそんな力量があるとは思えない。いや、それでも国会できちんとした姿を国民に見せないと、あなた方の仕事は一体なんなのですか、ということだ。麻生は解散をしない、そろそろその前提で、追い詰める為の動きを見せないと。国会を軽視して、政権奪取なんてありえないと思いますがね、小沢さん。

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2008年9月30日 (火)

結局、結論は1つ

小泉純一郎という政治家は、自民党の中では好きな政治家だった。彼が大方の予想を裏切り、橋本龍太郎を破り、首相の座に上り詰めた時、生まれて初めて自民党内閣を支持してみようかと思ったほどである。しかし調査によっては90%を超えるような支持率の内閣なんてロクなものじゃないと、持ち前の天邪鬼が顔を出し、すぐに横を向いてしまった。

人によって、これほど評価の異なる首相は最近ではめずらしい。筆者にとっては、やること為すこと、ことごとく気に食わない首相だったが、それでも3つほどよくやってくれたなぁと思っていることがある。

①クールビズを定着させた。これは本当にクリーンヒットだったと思う、今でも真夏にネクタイをビシッと締め、スーツを着込んで、大汗をかきながら歩いている営業マンを見かけるが、ただただお気の毒としか言い様がない。

②ハンセン病訴訟の控訴を取りやめた。これが政治家の決断、政治判断だと感服した。

③中曽根康弘、宮沢喜一、橋本龍太郎といった無駄飯食いを国会議員から追放した。首相まで務めて、なおかつまだ議員バッチに執着している理由がわからない。首相経験者として重きを成したり、なにか有為な助言をしてくれるでなし。その最たるものである海部俊樹と、なにやらキングメーカー面して、永田町を恥ずかしげもなく跋扈している森喜朗を討ちもらしたのは残念であるが、まぁ海部はついては、早晩有権者が追放してくれることになりそうだ。

その他北朝鮮の拉致被害者とその家族を連れ戻したことも、功績に数えられそうだが、諸手を挙げてとはいかないようである。

「自民党をぶち壊す。」

彼は事ある毎にそう叫び続けた。しかし彼は所詮「自民党総裁」であり、彼がやり続けたことは結局、自民党をせっせと補完し、繕っているに過ぎなかった。今自民党内に彼に対する怨嗟の声があると聞くが、恩知らずにも程がある。小泉純一郎なかりせば、自民党など、当の昔に政権から転落し、ひょっとしたら今頃解党していたかもしれないのである。つまり、それだけでも筆者にとっては許し難い存在である。

改革、改革と首相在任中、うわ言のように言い続けていたような気もするが、はて、彼が成し遂げた改革とは一体なんぞやと考えると筆者にはさっぱりわからない。彼にとって悲願であり、長年の持論であった「郵政民営化」は確かに実現したが、それのどこが改革なのか、具体的に実施されてから国家国民になんのメリットがあったのか、とんと見えてこない。民営化して困るのは郵便局がなくなる田舎のジッチャン、バッチャンくらい、俺達には関係ないし、やっぱり小泉さんはカッコいいじゃん、その程度の認識で3年前に多くの国民が自民党に投票した結果があの圧勝劇だったのだが、その絶対多数に胡坐をかいて、まぁやりたい放題、ケセラセラでいろんなことをやり散らかし、政治権力をもてあそんでやまなかった3年間だった。

その小泉純一郎が国会を去る。石原慎太郎は純ちゃんらしい潔さだと言ったそうだが、実はその点では筆者も同感である。人の首も切った代わりに、自分も首相を務め上げた以上、バッチに未練はないという態度はなかなかだと思う。

それでも、国民に記者会見して発表するわけでなし、なにやら内向きにコソコソやって、報道に後はお任せという姿勢は国会議員という公職にある者、まして一国の内閣総理大臣を務めた政治家としていかがなものか。あの引退報道がいっせいに流れた日、車の窓をわざわざ開けて、しかし記者の質問に黙ってうなずくだけで去る、あのもったいぶり方はなんなのだろう。「パフォーマンス」という言葉を政治の世界に取り入れたのが中曽根なら、小泉は「サプライズ」だ。小泉最後のサプライズという人もいるが、出処進退を説明責任はあるだろう。更に、小泉が後継に次男を指名したことを批判する声もあるが、これは小泉1人を批判しても仕方ないだろう。

本当は「最後の組閣?」というタイトルで書くつもりだったのだが、タイミングを逸した上に、麻生内閣の顔ぶれがあまりにも論評にも値しないものだったので、止めた。小渕優子は入ると思ってはいたが、この人が亡くなった親父の後を継いで今日まで、政治家としてどんな足跡を残しているのか、大臣に値する能力を持っているのか、どなたか説明して欲しい。石破茂は福田改造内閣で留任しなかったのは、例のイージス艦事故のケジメをつけたからだと得々としゃべっているのを見たが、それからわずか1か月で総裁選出馬で、また入閣と来た。辞めた時期すら遅すぎると思っているのに、もうケジメはついたのかとおっしゃるのか。安倍が政権に居座った時、舌鋒鋭く批判していた記憶があるが、このだらしない出処進退で、よくぞ人のことを言えたものだと思う。中山某に至ってはあいた口が塞がらない、まぁこの人もあと一月ほどの議員生活だ、ご本人は悔いはないだろう。

ケジメもなく、慎みもなく、責任感もない、そんな議員の集団になってしまったのが今の自民党。別になんの経綸も理想も使命感もなく、親父や爺さんが議員だったからなんとなく、議員になっちゃったような連中が集まっているだけ。嫌になればサッサと辞めるし、それになんの痛痒も恥じらいも感じない。それが今や自民党という政党の体質になっており、それが政治の硬直化、幼稚化、破廉恥化を招いていることはもうはっきりしたと思う。

もはや、自由民主党なる政党は一刻も早く、政権から放逐するしかない、結論は結局、それしかないということなのである。

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2008年9月 2日 (火)

「納得もできなければ、理解もできない。」

実は、麻生太郎が幹事長に復帰し、与謝野馨が閣内に入ったのを見た時

「これで、もう少し経ったら福田退陣か?(笑)」

と思ったのである。だが、いくらなんでも・・・と思い、さすがに、ここで書くことはしなかった。だが、冗談は現実となった。

今日のタイトルは尾辻秀久自民党参院議員会長が、福田退陣表明を受けて発したコメント。自民党にもこの程度のまともな反応ができる議員が、辛うじてまだいたらしいが、それにしても、自由民主党という政党は、こんな醜態を2年続けてさらしながらも、尚も当たり前のように、次期総裁を内閣総理大臣に押し上げようとし、またそれをマスコミも当然のように受け取り、批判しようともしない。恐るべき不感症としか言いようがない。

今回の事態は福田康夫という1人の首相が、ただ行き詰まったのではない、自民党内閣、いや自公連立政権そのものが、行き詰まったのである。もはや何人首相を替えようと、結果は同じはずである。

今日の福田の退陣会見を聞いて、1年前の安倍晋三のそれの録音テープを聴く思いだったのは筆者だけではないだろう。「ねじれ国会」と称される状況が解消されない限り、同じ状況が繰り返されるだけなのが、明白なのに、それを誰も指摘しようとも、阻止しようとも、批判しようともしない。もはやこの期に及んでは、自民党は潔く政権を民主党を中心とした野党勢力に明け渡し、小沢選挙管理内閣の下で解散総選挙というのが、議会制民主主義の筋ではないのか。政権投げ出しがいつの間にか、政党ではなく首相個人のことにしかならなくなったのが、この国の不幸である。実現性はともかく、そういう主張がマスコミからも、野党側からも全く上がってこないのはあまりにもおかしすぎる。まぁ、もっともこの主張は去年もしたんだけどね・・・。

いや、今度こそ変わると自民党は言うのかもしれない。人気が高いとされる麻生が首相になれば、風向きは変わる。例の新党騒ぎの仕掛け人は麻生とされ、その本人が首相になれば、民主党内のシンパが躍り上がって、飛び出してくる・・・とでも言うのだろうか。

では言わせていただこう。この1年の間に繰り返された醜態、その張本人である福田と安倍、当のご両人は非常に仲がお悪いそうだが、驚くべきほどの共通性が認められる。この2人は言うまでもなく2世議員である、安倍は3世議員ということになる。2世議員が腐るほどいる政界、自民党の中でも、彼らの存在はひときわ注目を浴びる存在であった。なぜか、それは断じて彼らが、政治家としてぬきんでて優秀だったからでも、眉目秀麗な容姿を持っていたからでもない。

「父親(祖父)が有名、有力議員だった。」

からに過ぎない。そして彼らの父親達によって、引き立てられた連中が、その恩義立てか、彼らを重用し、政治的研鑽など、全く積まないまま、見てくれのキャリアだけが積みあがっていき、そんな彼らを利用して、のし上がろうという輩が、やがて周囲にたむろしだし、そんな連中に担がれ、労せずして首相に「なってしまった」のである。

当然、首相として当然求められる識見も政策も理念も持ち合わせてはおらず、ただ分不相応のポストを前に右往左往するばかりで、結局最後には無責任に、放り出すしかなくなったのである。これも去年書いたが、繰り返して断言しよう、彼らは福田赳夫の息子でなかったら、岸信介の孫でなかったら、間違いなく首相になどなれなかった、議員にすらなれたかどうか疑問である。

問題は、その程度の人物を大騒ぎして、大多数をもって、最高権力者の座に押し上げてしまった自民党という政党、そしてその所属議員の責任というはどうするのか、ということだ。彼らの目が節穴だったのはもちろん、この程度の人物を押し上げざるを得ないのが、自民党の現状なのであり、自民党の政権政党としての命脈はもはや、とっくに尽きていると言って、全く差し支えないはずである。

だが、尚も自民党は政権与党であり続けようとする。それが政党の本能だとは思うが、公明党という麻薬を打ち続け、野党の無力さ、そして国民の勇気のなさにも助けられてきた。

これから自民党は派手に総裁選をやらかすつもりらしい。片隅においやられてしまったが、実は今日、小沢一郎が民主党代表選への出馬を正式に表明した。だが対抗馬も立たず、党内論争もままならないあちらに対して、我が自民党は多士済々、こんなに自由闊達な開かれた政党でございますとアピールするつもりらしい。小池百合子、野田聖子、渡辺喜美、町村信孝そして麻生太郎。ひょっとしたら武部勤や中川昭一、えっ小泉純一郎も・・・?マスコミは飛びつかざるを得ず、民主党はこうなると、舞台にも上がれず、すねているしかない。ここらへんは与党の強みではある。

だが、結果の見えている芝居ほどつまらないものはない。所詮は「麻生総裁」を誕生させる為のセレモニーだ。むしろ、これは小池を売り込む為のパフォーマンスになるのかもしれない、そして「オールスターキャスト」で麻生体制をつくり、ご祝儀人気が覚めやらぬうちに、起死回生の解散に打って出て、民主党を一気に蹴散らす。さぁ、ここまでミエミエのシナリオが、さて通用するか、しない・・・と断言したいところだが、3年前のあの顛末を見てみると、かなり心配にはなる。

だが、甘い、願望が強すぎるとの批判を承知であえて書けば、もはや自民党ではダメ、民主党に1度やらせてみるしかないだろうという意識が、国民の間に高まりつつあるという流れはもはや、止められないと思う。3選後の小沢がやるべきことは「組閣」つまり、小沢内閣発足の暁には、このメンバーと行くという「本気の明日の内閣」を作り上げて、堂々発表することだ。菅直人、鳩山由紀夫、岡田克也、前原誠司、野田佳彦、枝野幸男、長妻昭・・・こういった面々が適材適所で入った小沢内閣と「麻生オールスター内閣」とさぁ、どちらに軍配をあげますか?こう国民に問いかけるのだ、結果は明らかだと思うのだが、さて?

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2008年8月29日 (金)

好事魔多し その2

対立候補の存在を完全に抑え込んで、意気揚々、さぁ出馬表明という矢先の痛撃である。世の中、なかなか意のままにはいかんものですなぁ、小沢さん。

手づまり状態のまま、前国会が閉幕して、さてどうするかと思っていたら、またしても相手が勝手にこけ始め、自身の3選は確実、いよいよあとは解散総選挙に向けて、押しまくるだけかと思っていたが、相手も必死、やられっ放しではいられないということだ。どう取り繕っても、この情勢での離党騒ぎは痛すぎる。

かつてこのコラムで、攪乱分子と書いた渡辺秀央や大江某といった連中は、再三に渡って造反を繰り返してきたいわば確信犯で、まぁ来るべき時が来たと言えなくもないが、もう1人の姫井由美子には恐れ入った。昨夏の選挙で、片山虎之助という大物を破って当選して来た、いわば「小沢チルドレン」ともいうべき存在が、早々に小沢と党に見切りをつけて出て行ってしまったのだ。自らの不倫騒動などで、ケチがつき、居辛くなったのだとの声もあるが、小沢の包容力のなさが、また露呈したとも言える。

だいたい、ここ数日来の民主党代表選を巡るドタバタはひどいものだった。選挙に勝つもっとも確実な方法は確かに、対立候補を立たせないことだが、やってもまず負けようのない選挙に際して、ああまでして他の立候補者を抑え込む必要があったのだろうか。

別に俺はなんにもしてないよ、本人は涼しい顔で言うかもしれないが、

「もし小沢に歯向かったら干し上げられる、選挙の公認を外されるかもしれない。」

と蒼くなって、仲間の立候補を阻止しようと駆け回る輩達の姿を見て、小沢が首相になったら、この国はどういうことになるのだろうと、半ば本気で心配になった。もっとも枝野幸男はともかく、野田なんとかなどという奴は、どの面下げて、今回立候補などと言えたのかとも思うけど。

3人の離脱で、民主党は会派としても、参院の過半数を失った。不穏分子は党内に、まだいる。今後は共産党も含めた野党協調を大事にしていかないと、すべてが元の木阿弥になりかねない。小沢の政治家としての包容力、そしてリーダーシップが改めて問われる時が来た、小沢も民主党も正念場である。「ポップ、ステップ、肉離れ」というのは永田メール事件でこけた時の野田佳彦の名言だが、もはやそんなものを再現されては困る。

離党した3人に対しては何も言うことはない。姫井以外の2人は比例選出議員で、自民党には入れず、仕方なく新党を立ち上げて、政界再編のドサクサを待って、おいしい思いをしようという魂胆である。ところで筆者は、政界再編を今、画策している連中ほど、頭に来る輩はいない。今の日本に必要なのは、長年、政権に居座り続ける自民党をなんとかして、その座から放逐することだと、筆者は再三訴えてきたが、それは手練手管の数合わせでなく、堂々たる選挙による政権交代でなければ、なんの意味もないと思っている。それについては、また近々書かせていただきたい。

追記1 星野バッシングはいよいよ勢いを増すばかり、こうなると、へそ曲がりとしては逆に擁護してやりたくもなるが・・・やっぱりできないなぁ。星野さん、潔く、WBC監督は断りなさいよ。

追記2 軽症を伝えられた中原誠だが、その後は全く音沙汰なし。どうやら心配していた通りの状況になっているのではないか、詳報を待ちたい。

追記3 本当は、先日行って来た温泉のことを書くつもりだったが、変な連中のおかげですっかり予定が狂ってしまった。次回は是非書きたいと思います。

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2008年8月 2日 (土)

最後の改造?

誰がやっても、所詮は同じと悪態をついてみても、やっぱりマスコミは騒ぐし、結局は無関心ではいられない。それが内閣改造である。それでも今朝の時点では、筆者は「やるだけ無駄」という感想だった。町村信孝が官房長官に留任すると聞いたからだ。

福田内閣が不人気なのは、もちろん首相本人に1番の原因があるのだが、それに輪をかけているのが、スポークスマン町村の冴えなさだと、思っていた。町村がどんなに能力のある政治家かどうかは知らないが、彼が出てきて、モソモソとわけのわからぬことをのたまっているのを見ると、本当に気持ちが暗くなる。所詮は目くらましにしかならないにしても、小池百合子でも小渕優子でもいいから、まずあれを替えて、イメチェンをはからない限り、まぁどうにもならないだろうと思っていたのだが、帰ってきてニュースを見て、一瞬にして、趣旨替えした。もちろん「麻生太郎幹事長」復帰のニュースを見たからだ。

それにしても麻生はよく受けた、普通なら絶対に考えられない判断だ。しかし、このままでは「自民党総裁の椅子」は廻ってきても、「内閣総理大臣の椅子」は廻ってこない可能性が高いとの判断だろう。自民党はここまで追い詰められたのである。

麻生の表舞台へのカムバックは福田内閣や自民党にとって、マイナスにはならないだろう。内閣の布陣を見ても、今の自民党ではこれが精一杯だろうという、それなりの陣容だと思う。ご祝儀相場もあり、支持率は一時的には持ち直すだろう。だが、思えば約1年前に安倍晋三が改造した時も「手堅い布陣」だと思ったものである。しかし、その後の経緯はと言えば・・・あまり前途にいいことが待っているようには思えない。

改造後の記者会見で、福田は当面解散は考えず、山積する諸問題に誠実に取り組むと述べた。そういう姿を国民にアピールすることによって、地道に支持を回復して、民主党との決戦に持ち込むというのは、福田の唯一の戦略であり、そこは一貫しているのだろう。

しかし内閣を改造し、党役員も改選したことで、福田は自らの手で解散にいずれ、打って出て、その陣頭指揮を幹事長たる麻生が執るということを満天下に宣言した。これで、大きな流れは逆に止めようもなくなったのではないか。年明け早々に早まったなどという声があるが、むしろもう臨時国会中に解散という芽がかなり出てきたような気がする。

今度の臨時国会で、論戦と疑惑追及で与党を追い詰めると、相変わらず民主党は出来もしないことをぶち上げているが、現実問題として、民主党代表選が終わるまで、国会は開店休業状態になることは間違いなく、正式に小沢3選が決またら、あとは民主は解散に向けて、ひたすら押しまくってくるだろう。今までは、それをなんとかいなして来たが、今回はそういくか?

この間、やっとの思いで再可決した給油法案がもう期限切れが迫り、公明党は再議決には応じないとの姿勢をちらつかせている。なんだかんだ言って、最後は自民党の言いなりになるのがいつものパターンだが、今回ばかりはそうとも言い切れないらしい。

公明党及びその支持母体たる創価学会にとって、来年7月の都議選というのは相当のウエイトを占めるものらしい。筆者も元東京都民だからその一端は肌で感じてはいるが、しかし、今度の衆院選で負ければ、公明党は野党に転落するのである。都議選に勝っても、その時自分達は野党というのでは元も子もないような気がするのだが。

どうも、今度の衆院選、自民も負けるが、民主も過半数を取れず、結局は自分達がキヤスティングボートを握る、場合によっては民主と連立という腹を固めているフシがある。そうはさせるかというのが、筆者の思いではあるが、それはともかく、そうだとすると公明は容易に降りない可能性がある。法案可決を条件に自民と民主の話し合い解散というウルトラCだって、考えられなくはない状況になる。改造はどうやら、自ら流れを決定づけたような気がしてならない。

ところで、大きなお世話かもしれないが、解散になった場合の総指揮官が麻生であることは言うまでもないが、福田内閣になってからは党三役並みに格上げされた「選挙対策本部長」なるポストがあって、ここには古賀誠がデンと座っている。いざ選挙になった時のこの2人の役割分担はどうなっているのだろう。ましてこの両名、もともと同じ宏池会、福岡出身、更に当選同期でありながら、いやそうであるがゆえに仲がよろしいとはお世辞にも言えず、とても息を合わせてやって行けるとは思えない。ここらへんはお手並み拝見である。

もう1つ、保利耕輔政調会長、野田聖子担当相という人事になんともいえない憤りを感じる。あの郵政をめぐる馬鹿げた騒動からまだ3年しか経っていず、彼らはまだ1度も選挙の洗礼を受けていない。自らの信念を恥ずかしげもなく捨て去り、頭を垂れて自民党に戻らしてもらってからも、まだ2年も経っていないはずだ。にも関わらず、平然と要職に就く厚顔無恥ぶりには今更ながら、呆れるばかりである。なる方がなる方なら、起用する方も起用する方、ご当人達にとってはもう、とっくに過去の遺物なのかもしれないが、政治家の言動というのは、そんなに軽いものなのか。あの選挙の残した数々の禍根を思うにつけ、どうしても釈然としない気持ちが湧き上がってくるのを抑えきれない筆者は、時の流れについていけない変わり者なのだろうか?たが、彼らを政治家として信用することは、筆者には今後も、絶対にできない!

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2008年7月 6日 (日)

総論賛成、各論・・・

洞爺湖サミットが近づいてきた。思えば昨年のサミットに参加した首相は安倍晋三、その前年は小泉純一郎だった。そして今年は福田康夫、3年続けて違う顔が登場している国は珍しかろうが、さて来年は小沢一郎さんか岡田克也さんあたりが行けてるといいのだが・・・。

今年のサミットは「環境サミット」と我が国の首相は意気込んでいる。本当に環境問題を真剣に話し合うのなら、あんな涼しいところでやったって実感湧かないだろうと言っていた人もいたが、それはともかく、とにかく今の状況をなんとかしなければという思いに異を唱える人はあまりいないだろう。だが、具体的にどうするかということになると、途端に話が進まなくなる。

人類の歴史は、生活の利便性を追求し続けてきた歴史であり、そしてその為に自然環境をひたすら破壊、犠牲にしてきた歴史でもある。それが経済効果も生み、社会の活力となり、多くの人間の生きる糧となって来たのだ。そして、1度手に入れたものを放棄することは極めて難しい。

筆者の住む埼玉県の上田清司知事がコンビニエンスストアに対して、深夜営業の自粛を要請することを明らかにした。大英断だと、筆者は拍手を送ったが、当然のことながら当のコンビニ業界からの反撃は厳しい。

TVの深夜放送を自粛してはという話もあった。また、深夜、明々と輝くライトアップも無駄だろうという意見にもうなづけるものがある。だが、現実として、なに1つ動いていくことがない。

コンビニの深夜営業が、地域の防犯に貢献している(明るさを提供して、犯罪防止の一環を担っているという理屈らしい)というのには、思わず笑ってしまったが、まぁ主な言い分は結局

「深夜の営業を止めたところで、削減されるCO2の量は微々たるものである。」

ということにつきる。何年か前に、日に何度も走り回るコンビニの輸送トラックがやり玉に上がった時の反論も似たようなものだったし、深夜放送中止に対する反論もほぼ同じであった。

なにかを止めるということは、それに伴って、害を被る、損をする人が必ずいる。24時間いつでも買い物ができるというその利便性でここまで伸して来たコンビニ業界にとって、深夜営業の自粛は死活問題かもしれないし、トラック便が削減されれば、運送会社が打撃を受け、深夜放送がなくなれば、出演していたタレントや番組制作会社がメシの食い上げになるかもしれず、電気をそれだけ使わなくなったら東京電力が売り上げが下がって困るかもしれない(笑)。

その人達の生活権を奪う権利があるのかという、理屈には一定の説得力はある。商売になるものを見逃すことは自由経済社会の現代では罪という言い分もあろう。なにより、深夜にコンビニが閉まり、TVが現実に消えたら、騒ぎ出すのは実は一般市民かもしれない。筆者とて、仕事帰りが日付けをまたいでしまうことはめずらしくなく、コンビニやライトアップがなければ、心細い思いで帰宅しなければならないだろうし、妻が不在の時には、夕食にありつけなくなる時も出てくるだろう。そして、実際にコンビニの深夜営業停止でどれだけのCO2削減効果があるのか、正確なデータの持ち合わせも筆者には今、ない。

それでも、現実の削減効果があるかどうかはともかく、コンビニやTVを深夜から「消す」べきだと思うのは「視覚効果」が絶対にあると思うからだ。TVが消えたって、世の中にはビデオやDVDがあふれている、だいたいあんただって、深夜に電気をつけて、パソコン開いてくだらんブログをせっせと書いてるじゃないかとい言われれば一言もない。それでも、TVをつけても砂嵐、小腹が減ってカップラーメンでも買いに行くかと思っても、買える所はもうないという現実は、人々になにかを考えさえ、なにか行動を替えようとするきっかけに絶対になるはずなのだ。そのきっかけこそ、今の社会に必要なのではないか。

そんなあやふやなものの、犠牲になってたまるかという意見もあろう。が、そこを整理し、物事を進める為にあるのが「政治」だ、今回の上田の発案を「英断」と筆者が拍手を送るのは、一歩を踏み出そうとした、その政治家としての姿勢を支持するからだ。ただ、そこまで言うなら「自粛要請」などというあやふやなものではなく、思い切って「条例」として打ち出して欲しかった。そして是非議会等で活発な意見を戦わせて欲しかった。

話は少しずれてしまうかもしれないが、諫早湾の干拓事業で長年揺れた有明海の水門の開放を命令する判決が、先日佐賀地裁で下った。政府の衝撃は相当なものだったようだが、こうなった以上、控訴などといたずらに時間を費やすことなく、すみやかに水門開放を決断して欲しい。水門が有明の生態系を変え、自然破壊はもちろん、周辺漁民の生活を逼迫させているのは、ほとんど事実としか思えない。この干拓事業は水害対策の面があり、それが根強い開放反対につながっているむずかしさがあるのだが、どちらかに軍配を上げるとすれば「どちらが元々の自然の姿に近いものなのか」という基準で判断するしかないと思う。これも最後は「政治」の出番である。

7日からのサミットが単なる政治ショー、福田自民党延命の姑息な宣伝舞台ではなく「サミット」の名にふさわしい政治決断の場になることを、筆者は祈って止まない。

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2008年6月15日 (日)

どっちらけ

最初にテーマとは関係ないことを。昨日、朝の8時40分すぎに発生した東北地方の地震により、亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被害に合われた方々に心よりお見舞い申し上げたい。中国での大地震からほぼ一月、地震の恐ろしさをまた、まざまざと見せつけられることになってしまった。

筆者が通勤に使う大宮駅は、折からの土曜日で東北方面に旅行をしようとしていた人々が、完全に足止めを食って立ち往生していた。駅のアナウンスは新幹線の完全ストップ、並びに復旧に8時間ほどを要する旨を繰り返し、旅行中止を呼びかけていたが、結局、筆者が仕事を終えて、帰宅する段階においても、復旧しておらず、仙台で行われる予定だったジャイアンツ戦は中止になってしまった。混乱の少しでも早い収拾を祈るばかりである。

さて、こういう災害時には、政治の重要性が、より増すことは言うまでもないが、我が国の政治の状況はいよいよ、目を覆うばかりだ。福田内閣の支持率は20%を割り込み、更に低下の一途だが、にも関わらず、情勢の転換が計られる気配が全く見えない。

先日、民主党はついに宝刀「参院での内閣問責決議案」を可決した。一院で内閣が事実上の不信任を受けた事実は重い、政局はいよいよ重大な局面に差し掛かった・・・はずであった。しかし、翌日の新聞からは、そんな緊迫感はどこにも感じられなかった。日経新聞など、見出しですら扱わなかった。自民党の頑迷ぶりとそのすさまじいばかりの厚顔ぶりは、度々非難して来たが、今回は民主党のアホさ加減を糾弾しないわけにはいかない。

どこまでの武器を与えたら、この党は自民党を追い落とせるのだろう。今になってようやく、筆者にはわかったのだが、小沢という人は、9月に民主党代表に3選されることを最大の目標にしており、その為にすべての戦略を立てていたらしい。勝負を先延ばしにして、代表選に対抗馬が立ちにくくする為に、わざともたもたしていたと思われるフシがある。とんでもない、内向きの論理である。

更に、審議拒否を異常に恐れる余り、あたら問責の提出時期を逃し続け、すっかり間の抜けた状態となり、今回の提出も、会期末が近づき、もはや審議拒否しても、そのまま閉会に逃げ込めるという思惑を、マスコミにも国民にもすっかり見透かされてしまった拙稚ぶり。

そして前原誠司、渡辺秀央といったハナから党内を混乱させ、民主党を解体に追い込み、堂々と自民党に入ることを目的としているエセ野党議員とも言うべき、工作員のような連中に振り回され、党内の意見集約すらままならない脆弱な党内事情。もっとも、党首自らが自民党に媚を売ろうとしてから、わずか半年。彼らだけを非難するのは間違っているのかもしれないが・・・。

国民新党との感情的対立が深まりつつあるのも、気がかりだ。衆院選になった時、彼らの持っている票というのは、学会票まではいかないにしても、案外大きいのではないか。第1党として野党をまとめきれない器量のなさではとても政権交代なんて・・・。

サミットはあるが、政局は事実上、長い夏休みに入ってしまった。サミット、更にはその後の内閣改造で起死回生を狙う福田に対して、小沢の戦略は見えない。例の地方行脚を再開して、選挙ムードを盛り上げるつもりらしいが、ガソリンも年金もそして後期高齢者医療制度も、今更解散への起爆剤にはなるまい。そんな中、秋に開かれるであろう臨時国会で、気の抜けたビールのようになってしまった問責の後始末をどうつけるつもりなのだろうか?年が明けたら、民主の負け、昨年の参院選後に、筆者はそんなふうに書いた記憶がある。やはり、その予感は正しかったのか、そんな慄きが、今自分の中にある。

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2008年5月30日 (金)

大山鳴動・・・

先週の金曜日に、ディズニーランドへ行って来た。夏到来を思わせるような暑い日で、GWが終わったばかりの平日なのだから、すいているだろうと思っていたら、とんでもなく、修学旅行や家族連れでごった返していた。まぁそれでも土日よりは随分マシなんだろうけど。

家族に付き合って1~2年に1回はやって来ているが、正直言わせてもらえば、筆者にとってはそんなに魅力のある場所ではない。ただ、夜のエレクトリカルパレードとその後の花火だけは楽しみにしているのだが、その数少ない楽しみをここのところ、2回続けて見られないでいる。いずれも昼間はいい天気だったのに、夕方になるといわかに一転掻き曇り・・・というパターンにやられてしまったのだ。

そして、今回はその心配もなく、パレードは無事終了、後は夜空を彩る華やかな眺めを堪能するだけと、心弾ませながら待ち構えていた時、悪魔のような放送が流れてきた。

「本日予定しておりました花火(正式名称忘れました)は上空の大気が不安定の為、中止とさせていただきます。」

その時、開始わずか5分前。考えることはみな同じで、花火を土産にさぁ退散と集まっていた大勢の人間から一斉にエ~という不満の声が上がった。昼間と違い、曇ってはいたが、雨の気配はまるでなく、身体に感じられるような風も吹いていなかった。中止の可能性など、そこにいた誰一人、考えてもいなかったに違いない。

近隣住民への配慮もあろう、少しでも危険なことはできないというのがTDL側の言い分なのだろうが、それまで中止の可能性のアナウンスもなく、突如そんなことを言われて納得しろというのが無理だろう。みんな怒っていた、大声で文句をいい、まくし立てていた。だが、そんな言葉を口にしながらも、そこにいた人々が実際にとった行動は出口にとぼとぼ向かい始めることだった、係員に詰め寄る人など1人もいなかった。天候のことだから仕方がない、あの中ではみんないい人になるとも聞く。だが、みんなブーブー言いながら歩いているのである。日本人とはなんと大人しく、そして物わかりがいいのだろう、むろん筆者も含めてである・・・。

日本人は大人しい、なにがあってもデモひとつ起さないとよく外国人からバカにされる。60年安保闘争の挫折が、日本人から怒りという感情を奪ったなどとする識者の言を聞いたこともある。そんな昔のことを持ち出されても困るのだが、それにしてもこのところの各種マスコミの世論調査での数字は筆者には理解できない。

福田内閣への支持率はまさに断末魔、これは当然だろう。政党支持率も民主が自民を上回っている、これも筆者的には当然だ。だが、この際、解散総選挙を行い、民意を問うべきだと思いますかという設問への答えがまぁノーが上回ることはないが、イエスもやっと5割を超えるか超えないかというと程度に留まっている。

今選挙をせずにいつ、選挙をするんかいなと筆者なんかは思う。解散は首相の大権、不利な時に解散するバカはいないというのは理屈だし、今解散総選挙などで「政治的空白」を作るわけにはいかないなんてとんでもない暴言を吐く自民党議員もいる。国民に信を問うべく行われる総選挙を政治空白だと思っているのなら、もう選挙になんて出るな!とにかく、自分への批判の高まりに対して福田が知らぬ顔の半べエを決め込めたり、こんな自民党議員の暴言が放置されているのも、結局は世論の大勢が選挙を今、望んでないように見えるからだろう。これがもし解散すべきの数字が7~8割なら否応なく、福田は解散に追い込まれるに違いない。所詮、本当には怒っていないのか、それとも、もうなにをしても無駄と諦観してしまっているのか。

これは民主党に対する国民の感情の裏返しでもある。自民党にはいい加減、うんざりだが、さりとて民主党も当てにはならんという率直な思いが表れている。支持率で自民を逆転したと言っても、まぁ誤差みたいなもの。このところの民主党の諸問題への対応もお世辞にも国民の理解、支持が得られているとも言えない。日本が生き残るの為には、とにかく1度政権交代をするしかない。その為には、現状民主党を応援するしかないだろうと筆者のように割り切れている(?)単細胞は幸せなのかもしれない。

先国会もひどかったが、今国会の有様も情けないとしか言いようがない。論議すべき課題、追及すべき問題は山ほどあったと思うのだが、結局、大騒ぎしてなにか前進したものがあっただろうか。石破や舛添の首1つとれず、この国会でなに1つ目立った成果を上げられなかった野党の力量不足は深刻である。

別に大臣の首をとることが、野党の仕事ではないが、しかしあんな連中の居座りを許すようじゃ、なんの為の参院での多数だと言わざるを得ない。先日の道路特定財源の再可決の時にも、なんで冬柴国交相の問責決議を出さなかったのだろう。あんな矛盾だらけの再議決を咎めることもできないのだろうか?

狙いは福田の首1つ、他の雑魚など眼中にないというのなら、それなりの姿勢を示して欲しい。結局は乾坤一擲、勝負を賭ける勇気を欠き、あたら時期を逸したまま今日まで来てしまった。もう今更、問責など出せないたろう。出したところで手遅れ、後期高齢者医療制度廃止法案が与党に葬り去られた時点で出そうとしているのかもしれないが、その時にはそのまま国会は閉会になだれこんで、結局うやむや、なにも変わらない。

まさか福田がサミットに出席できるなんて、思ってもみなかった。小沢は秋に勝負をかける腹らしいが、今勝負できずに、秋になったら勝負できるその根拠はなんなのか?このままズルズル衆院の任期切れまで行ってしまう危険性の方がむしろ高まったのではないか。自分の民主党代表3選を優位に運ぶ為の戦略だったとしたら、その代償は決して小さくないよ。

国民の中から解散の機運が思ったより高まってこなかったことを嘆く声もある。だが、自分達にその気運を高める努力をしようとした形跡が見られない。問責を出すと審議拒否、それは結局、自分達に不利という頭しかなかった。住専国会のトラウマらしいが、参院の多数を結局は使い切れなかったお粗末さが残っただけである。

いや、最後に来てやっと成果があったという声もあろう。成立が絶望的とされた公務員法が急転、自公民の合意がなり、成立の運びとなったからだ。ねじれ国会を動かす方法はただ1つしかない、それは与党が民主党の言うことを聞くことだと、前に書いたがそれを実証する結末だった。後期高齢者医療制度も野党の言う通り、1度なしにしてみればいいじゃないか。

えっ、そんな野党の言うことばかり聞いちゃいられないって?だったら解散して信を問えばいいじゃない。その為の解散でしょ、結局はそこにたどりつくはずなのに、逃げ回って時を稼ごうとする与党と、勇気を欠いて、ズルズルと無為な時を過ごす民主党、なんか、奇妙にウマが合っちゃてるようで・・・。

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2008年5月 4日 (日)

暴言は承知だが

こんなことを書いても詮無いこととは承知しているが、それにしても3年前の郵政選挙というのは、本当に痛恨だった。まともな政策を1つも出さずに、「郵政民営化」だけを連呼し続けた男に酔いしれ、まるで催眠術にでもかかったように国民の多くが自民党に投票、そこで自民党が得た衆院の圧倒的多数が、今、すべての阻害要因になってしまっている。

このコラムでも何度か触れたが、小沢一郎は参院で与党自民党を過半数割れに追い込み、すべての政府提案の法案をブロックして、追い詰め、解散に追い込んで政権を奪取することを最大の戦略としてきた。だが、与党の持つ2/3という衆院での圧倒的多数がその前に立ちふさがっている。自民党サイドから言わせれば、これにより辛うじて国政は機能しているのだと言うだろうが。

山口2区補選敗北、ガソリン暫定税率の強行復活という流れを受けて、福田内閣の支持率はついに2割を切り、自民党の支持率も民主党に再逆転を許した、まさに絶体絶命・・・のはずなのに・・・。

ある民主党議員が諦め顔でこうつぶやいたと言う。

「内閣支持率が下がれば下がるほど解散が遠のいて行く、どうにもならん。」

まさに打つ手なしという風情だったそうだ。なんなんだろう、これは。

自民党支持者及び良識ある人々から顰蹙を買うことを承知で書けば、自民党というのはもはや「国賊」と言っていい。1日、自分達が政権の座にあることが、国の損失になるということに気づいていない。そこまで言われる筋合いはない、だいたい民主党が政権を獲って、国がよくなるなんて保証がどこにあるという反論はあろう。

これまで、事ある毎に自民党の政治家は

「そんなことを言っても財源はどうするの?財政は苦しいんだよ。」

としたり顔で言い続けてきた。現実を知らない野党や国民にも困ったもんだ、あからさまにそう小馬鹿にし続けてきた。

では伺おう、いったいいつになったら財政は好転するのか?国民をあざむいて間接税を導入し、更にその税率も上げ、更に様々な公共サービスを軒並み削っても、日本の国家財政が好転したという話は一向に聞かない。先日も財務省が日本の借金が史上最高になったとこれみよがしに発表していた、早く手を打たなきゃとんでもないことになりますよと言いたいらしい。手を打つとは要するに増税=消費税率のアップである。

はっきり言おう、いくら税金を上げたって無駄、財政なんか好転するわけがない。だって同じ連中が財政運営するんでしょ、今日の国家財政の惨状は自民党及び財務省の財政運営の失敗に他ならない。なのにまだ、俺達にやらせろと言っているのだ、冗談ではない。だいたい「暫定」という名の税金を40年以上も取り続け、なおかつ今後も取り続けようという神経は、とうていまともとは思えない。

自民党の辞書に「自己反省」という文字はない。すべて自分達のやる政策は正しい、すべて現状を是とするところからスタートしている。先日の補選を民意の反映ではないとうそぶく傲慢さ、強行採決で導入した「後期高齢者医療制度」も制度そのものは悪くない、理解できない国民がアホなだけだという理屈だ。

税金は安い方がいいに決まっている、できれば払いたくないというのが本音だが、しかし国民の大多数の本音は少し違うのではないか。つまり

「今の体制のまま、新たな税金を払うのはごめんこうむりたい。」

ということだ。我々の税金が本当はどのように使われているのか、わけがわからんうちに、ほら財政破綻しますから、新たな負担をと言われて、ただでさえ嫌なものを払う人間などいるだろうか?

先日あるバラエティ番組で防衛費を半分にしたらどうかいう意見に対し、出演していた自民党議員がそんなことで国を守れるわけがないだろうと反論していた。理屈はごもっともなれど、その防衛費が本当に額面通り使われているかが、問題なのである。財政がピンチなのはなんとなくわかる、しかし、それは本当に税収不足でピンチなのか、税金を自分達の金だといわんばかりに食い潰している連中が、あまりにも多いのか、真実をまず明らかにしてもらわなければ、たぶん話は先に進まないだろう。これにはこれだけお金が要ります、だけではもう済まないところまで来ている。

とにかく、自民党の財政運営は既に落第だということは現実が証明している。とすれば、やり方を替えるしかない、つまりお後と交代ということだ。なのに天上天下唯我独尊、国家を運営できるのは我らのみと、政権に居座わり続けている。自分達のやり方が正しいと言い張るなら解散総選挙で国民の信を問えばいい。それもしない、いやできずに、いたずらに国政を混乱させているだけではないか。

自民党にばかり厳しいという声はあろう、筆者はアンチ自民を公言しているから、偏った意見ととられても仕方ないかもしれないが、これも何度か書いたように、今現実に政権に就いているのが自民党である以上、このすくみきった国政を打破する責任は一に自民党にあると思う。国政を「円滑」に運営するには民主党の言うことを全部聞くか、解散するしか選択肢はないのではないか。

解散した先になにがあるか、筆者は政権交代、民主党政権樹立があると思っているし、期待している。自民党も逆にそれを恐れて解散できないのもわかっている。だが、もし自民党が予想以上に踏ん張って「しまって」、衆院での与野党逆転がならなかったらどうなるのか、国政はいよいよ混乱の度を深めるだけになる恐れがある。そうだ、与党の2/3はなくなり、国会は本当になに1つ決められなくなる可能性がある。

そこで話し合いの機運が高まるか、それとも「大連立」になるかはともかく、自民党と民主党の一部が連携して事を運ぶという動きが出てくるだろう。もう1つ、小沢と民主党に度胸があれば、徹底的に国会を混乱させ、政権をデットロックに乗り上げさせ、再び解散に追い込む。つまり俺達に政権を渡すまで何度でも選挙してやるというほとんどクーデターみたいなやり方もある。どちらにしても、筆者が望んでいる方向かは別としても、解散が事態を動かすことになるのは間違いないだろう。

だが現実は解散はなし、民主党の必殺兵器と見られていた参院での内閣問責決議案も実は竹光で、無視されてそれで終わり。このまま、ズルズルと最悪の事態が続き、解散は早くて来年1月なんて識者の声が出るに及んでは、もはや言葉もない。

先ほど度胸があればと書いたが、竹光かどうか民主党は乾坤一擲、勝負に出るしかない。問責可決→国会ボイコットだ、そして、街頭で、マスメディアで徹底的に世論にアピールする。審議拒否が悪者と言っても時と場合による。このまま為すすべなしではどの道、国民に呆れられるだけだ、福田内閣は絶対にもちこたえられずに解散せざるを得なくなると、筆者は見るのだが・・・。

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2008年4月10日 (木)

逆トラウマ

小沢一郎は腹をくくった、ここで勝負、福田内閣をひたすら追い詰め、総辞職ではなく解散に追い込む、いよいよ時は来た・・・かに見える。

だが、ここぞという時に身内から必ず攻撃を受けるのが、この人の悲しいところ。今日の日銀人事、反対したのははっきり言って福田、自民党そして財務省への嫌がらせ、それ以外の何物でもない。とにかく、敵をひたすら困らせて、追い詰める、その手段の1つだった。そこに政策はない、政略、戦略のみだ。それに対する批判はあるだろう、しかし綺麗事で政権は獲れない、ひたすらゆさぶり、追い詰める、民主党に足りないのはその泥臭さだった。小沢はここが勝負と見た。

しかし民主党の大勢はそう見なかった、例によって小賢しい「現実論」に逃避しようとした、それを党首の意向が事実上抑えこむ形になった、そして造反・・・。

造反組のリ-ダ-渡辺秀央は一時は小沢側近の1人に数えられたが、今や反小沢の急先鋒、あまりにも見飽きた光景である。渡辺はかつての師匠、中曽根あたりにネジを巻かれているのだろうが、小選挙区で議席を失って路頭に迷ってたのを小沢に拾われたような奴で、こんなのに手を噛まれているのでは、小沢の不徳の致すところとしか言い様がない。渡辺一派の行動が小沢に一泡吹かせたい程度の発想から来ているのが明白なだけになんとも情けない。こうなっては小沢も参院の数で押す一方ではいけなくなる、また変な妥協に走らなければいいが・・・。

民主党のお家騒動は大歓迎の自民党だが、追い詰められていることに変わりはない。暫定税率の衆院再議決を公言して憚らないが、こちらも造反が出る気配で、もし失敗すれば、それこそ命取りになる。

やったところで、どうなるか?民主党は嬉々として参院で内閣問責決議案を出す、多少の造反は出てもこれは可決されるだろうから、そうしたらどうすんの?与党側は衆院で信任決議を可決して対抗、これでチャラという理屈らしいが、そんなのが通るなんて子供でも思わない。参院で野党は当然審議をボイコット、国政は完全にデットロックに陥る。

与党は仕方ないから、次々と2/3攻勢で先に進もうとするだろうが、国民の批判を浴びて早晩立ち往生となる。やむなく福田退陣、でも首相が替わっても参院の構成は変わらないから、同じことの繰り返し、そして解散に追い込まれる。

亀井静香はだから再議決はやれないし、やらないだろうと見ているようだが、今の官邸、そして自民党首脳の判断能力は極めて疑問であり、時の勢いで突っ込んでくる可能性は低くないのではないか、首相や官房長官があれだけ再議決に再三再四、言及しながら、結局できないとなれば、それこそ内閣が追い詰められるとの考えも成り立つ。今の政局は今月末の衆院山口2区の補選の趨勢をかたずを飲んで見守っている形だ、どちらが勝利するかで、完全に流れは決まる。

それにしても、自民党がここまで選挙を恐れる理由がわからない。大阪府知事選以降、自公対民主の図式の首長選は自公側の連戦連勝。福田内閣の支持率は低下の一途をたどっているが、民主党の支持率だってじり貧、全く高くなっていない。未だに候補も出揃っていない。福田内閣が発足直後にズバッと解散していたら、民主党は為す術はなかったのではないか、例の連立騒動で福田が変な期待を持ったとすれば、民主党にとってはケガの功名だったのかもしれない。

トウウマというのは、むずかしい言葉では説明できないが、要は以前に酷い目あったことが、心の傷になって、なかなか立ち直れないということだろう、3年前、とにかくボコボコにされた民主党ではなく、大勝した自民党の方が、明日は我が身と怯えている姿は滑稽である。だが、「国政の停滞」を声高に叫ぶのであれば、状況打開の責は一に政府与党にあるはずなのだが・・・。

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2008年3月22日 (土)

腹を据えろ!

かつて政局には必ず「シナリオライター」なる者が存在し、事態はその人物が書いた筋書き通りに展開していったのだという。その筋が書ける人物こそ当代の「実力者」ということになるらしい。そう呼ばれた人物を列挙すると、田中角栄、金丸信、竹下登、野中広務・・・小沢一郎も一時期そう言われていた、なんのことはない、旧田中派のお歴々である。

だが田中、竹下、金丸はとうに亡く、野中も政界の表舞台から姿を消した。そして小沢も野党に転落して久しい今、どうやらシナリオライターはいないようだ。彼らが本当にシナリオを書いていたか、また書けたのかは定かではないが、できることなら田中や金丸にあの世からお出で願ってなんとかシナリオを書いてもらいたい、そんなことを考えてしまうくらい今の政治状況はひどい。

早いもので、昨年7月の参院選からもう8ヶ月が経とうとしているが、この間の政治状況を一言で言うなら「情けない」という言葉しか浮かんでこない。もう一言キーワードを探せば「不毛」、ただ時間を空費しているだけだ。

この間、一体なにが決まり、なにが変わったのだろう、首相は変わり、テロ特措法は廃案となり、また事実上復活した。国民の多くが唖然とした大連立騒動、そして・・・あとは本当に不毛としか言い様のない国会の機能不全の現実だ。

政府・与党というはよほど自分のやること、考えたことに自信があるらしい。自分達の考えてることが唯一正しくて、他の考え方など話にならないとハナから決めつけているようにしか見えない。自己の信念に生きるのは結構なことだが、その結果、国政が停滞している現実をどう考えているのか?

日銀総裁人事をめぐる一連の動きもひどかった。民主党があれだけ承認できないと公言している候補をなんの工夫もなく出して、あえなく否決。そして時間切れだ、福田首相はベストの人選と信念を持っていたそうだが、国会の承認を得なければどうにもならないという現実がわかっていなかったのだろうか。

そしてまた、年度末が刻々と近づき、「日切れ法案」の失効が現実のものとなりつつある。これに対してももはや打つ手なし、野党が民主党が出している対案を可決したら、それを自分達の法案の否決とみなして、ただちに衆院で2/3を使って再議決しようなどとほとんど正気とは思えないことを口走っている。そんなことをすれば、野党は今度こそ錆びかけている宝刀、問責決議案をぶつけて来る、そこで福田内閣はジ・エンドである。

今の政府・与党にあるのは意地とプライドだけ、今でもわからないのが衆院での予算の強行採決、あれで今後の拠り所のはずの議長斡旋が吹っ飛んでしまった。少なくとも民主にそう言わせるだけの材料を自ら作ってしまった、あれ以降、政局は完全にデットロックに乗り上げてしまった。あの強行は誰が、なんの成算があって指示、実行したことなのか、全く理解できない。自民党は思考停止に陥っているのだろうか?

福田や自民党としてみれば民主党のサボタージュが国政を停滞させている、あいつらこそ悪いんだと言いたい、いや現に言っているが、国政の最終責任は与党である自民党と福田内閣が負っているのであって、停滞を払拭する義務は一に彼らにあるのである。つまり彼らが本気で国政に責任を持とうとするのであれば、民主党への大幅な譲歩をせざるを得ないのは火を見るより明らかなことである。だが、全くそんなそぶりはない。ただあいつが悪いと吠えているだけである。だいたい、暫定税率廃止を言う民主党を無責任、非現実と偉そうに批判しているが、今まで自分達の思い通りにやってきた結果、今の財政状況があるという反省がかけらも見えない。

いつまでこんな状態を続けていくつもりなのだろう。どちらにしても早晩、福田はいけないから、その時はまた首相を替えて、やり直し、とにかく時間を稼ぐというのが自民党の戦略なのだろうが、国民はバカにするのもいい加減にして欲しい。今の状況を打破する方策はただ1つ、衆院を解散し、国民の信を問う、それ以外にないことはたぶん自民党のお歴々もわかっているはずなのである。

(本稿未完)

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2008年2月25日 (月)

時だけが過ぎて行く・・・

今年に入ってからの時の流れの速さはなんなのだろう、もう2月が終わろうとしている。本当についこの間、新年を迎えたばかりのような気がするのに・・・。

それにしても痛ましい事故が起こってしまったものだ。どんなに最新鋭の設備を積んでいても、それを扱うのは結局人間なのだということを改めて思い知らざるを得ない。国民の安全を守る為の組織が不注意で国民を殺して(まだ行方不明だが)しまったという事実は切なく、そして重い。

防衛省、自衛隊という組織は少し不祥事が多過ぎないか?ただでさえ「軍」というのはアンタッチャブルな存在になり易いというのは古今東西の歴史が証明している。本当に大丈夫なのだろうか。

石破茂防衛相は自らの身をどう処するつもりなのだろうか。今すぐ辞められても困るが、しかるべき時期に辞任をせざるを得ないだろう。参院選の責任をとらずに居座ろうとした安倍晋三を痛烈に批判した彼のことだから、まさか自らの進退を誤ることはない、とは思う、しかし彼の辞任に反対する声は政府、与党内に根強い。

「彼以上に防衛省内部に精通している政治家はいない、だから辞任の必要は全くない。」

とは記者団の問いに答えた福田首相の台詞。だがその石破をして、例のとんでもない次官の就任を阻止できず、今、真実の情報を得るのに四苦八苦しているように見受けられる現状は厳しい。石破辞任の後の後任選定に自信がないなどという言葉も官邸筋から聞こえてくるとの報道もある。更に珍言、迷言をひたすら並べ続ける鳩山邦夫法相の存在も頭痛の種だろう。

あれやこれやで福田内閣の混迷と低迷は続いている。一部調査では内閣支持率がついに30%を割りこんだという。同じ調査の政党支持率では民主党が自民党に10%程の差をつけた、なのに民主党から「時来る」の熱気が全く感じられず、国民の期待感の高まりもまるで感じられないのは一体どうしたことだろうか?

小沢代表は総選挙は今年の9月などと言い出しているらしい。なんで勝負をどんどん先送りにしようとしているのだろう。先の党大会で3月には解散に追い込むと吠えていたがあれは一体なんだったのだろう。要はきっかけをつかめないということか、ガソリン税も年金もこのままでは不発、当面打つ手なしということか。

小沢の真意を改めて疑いたい。この人は本当に政権交代を希求しているのかどうか、どうしても疑問を持たざるを得ない。少なくても「自分は首相にはなりたくない」と思っているとしか思えない。そんな党首を戴いて政権を取ろうというのが、どだい無理な話ということだ。

安倍の退陣を惜しむ声が民主党から上がった時、なにを寝ぼけたことを思ったが、今にして思うと自分達の力量を把握しての言葉だったんだなということがよくわかる。自らに内閣、与党を追い詰める能力などまるでなく、結局は敵失、フォロ-の風を待つしかないということらしい。今の福田を倒せないのだから、政権交代など夢のまた夢ということだ。

かつて小沢一郎は

「参院で与野党逆転を果たし、議長を取る。そうすれば政府提出の法案は軒並み通らなくなり、内閣は解散に追い込まれるしかない。」

との戦略を口にした。それを聞いた時、すさまじい戦略だと感心したことを覚えているが、今それが現実のものとなっているにも関わらず、一向に事態は進まない。衆院で与党が2/3の議席を占めているのが計算違いで、ひたすら数で押すわけにはいかなくなったということなのだろうが、それにしてもあまりに無為無策のように見えてならない。

内閣全体のはともかく、石破と鳩山の問責決議案は出してみたらどうだ。せっかくの伝家の宝刀をあたら竹光にしているとしか見えない現状を打破するにはそれしかないと思うのだが。3月末の年金公約の正式破綻の際には舛添厚労相、もしくは内閣そのものへの問責を出す。とにかく今は攻撃あるのみ、どんなにカッコイイことを言っていても政権を獲らない限りなに1つ実現をできないのだから、遮二無二、泥臭く戦って行くしかないではないか。岐阜1区に代表されるように自民党の候補者調整、選挙準備は着々と整っている。ただ漫然と手をこまねいていて、民主党や小沢はどうするのつもりなのだろう?

それともなにかというと「対案を」と迫られて、すっかりおじけづいてしまったのか、だとしたらそれ以上、なにも言うことはないのだが・・・。

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2008年1月17日 (木)

迷走

筆者の知る限り、本人が首を縦にさえふれば、首相になれたのに、それを頑として拒み通した政治家が2人いる。1人はリクルート事件で混乱する自民党内の熱烈なラブコールを一顧だにしなかった伊東正義、もう1人が誰あろう小沢一郎である。

海部俊樹首相が退陣に追い込まれた1991年秋、当時のキングメーカー金丸信は後任に秘蔵っ子として目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた小沢を推す意向を示した。当時の情勢としてはもうそれで決まり、史上初の40代の首相が誕生するのになんの支障もなかったが、金丸の直接の説得にも関わらず、小沢はとうとう受けなかった。当時の小沢の心境や思惑については諸説あるが、あれからもう20年近くの時が経とうとしている。

筆者の熱望する政権交代が近々実現するならば、その政権のトップ、首相の座に就くのは小沢であることは論を待たない。まさに苦節20年、しかし本人にそんな感慨があるかどうかはわからない。

小沢という人間、そして政治家を理解することは極めて難しい、少なくとも筆者のような浅学非才な者には不可能に近い。彼には彼なりの高邁な政治哲学、信念そして目標があるらしいが、筆者にはさっぱり理解できない。政権交代可能な二大政党制を実現すると彼は、ことある毎に言い続けているが、彼の実際の政治行動がそれとほとんどリンクしていないように見えるからだ。

参院で多数を失い、防衛省の不祥事、年金問題と泣きっ面に蜂状態だったはずの福田内閣相手に、なんであんなグダグタな国会の幕切れになってしまうのだろう。本気で自民党を追い詰める気があったのだろうか?その上、肝心な時に国会から姿を消してしまう「大胆さ」、政治家にとってなによりも大切なのは選挙だそうだが、国会議員である以上、国会に出席することだと思うのだが・・・。

あの唯我独尊的性格と言動がある意味、政治家小沢一郎の武器であり、魅力なのかもしれないが、正直、筆者は付いていけない気分である。「日本一新」は確か、自由党時代の彼のキャッチフレーズだったが、その方向には諸手を挙げて賛成できるのに、実際彼に政権を託すことに、たまらない不安感を抱いてしまうのはきっと、自らの信ずる方向に暴走した挙句に、自己破壊して果てるのではないかという危うさが、小沢の言動の節々に感じられるからであろう。

それでも自民党を倒せるのは小沢しかいない・・・らしい。少なくとも民主党の多数の人々はそう信じているのだろう、だから必死になって小沢を引き止めたのだ。しかし、この半年の国会の様子を見るにつけ、小沢の戦略なるものが、そんなに優れているものなのか、大いなる疑問を感じざるを得ない。お前らは黙って付いて来いという傲慢さが、社民、国民新党そして共産党の他野党の反発を買って、四面楚歌に近い状態に追い込まれた先国会の結末は、かつて参院議員を軽視して、結局多数を握ることに失敗して敗退した経世会分裂時の顛末を彷彿とさせた。リーダーとしての包容力というものを小沢に期待する方が間違っているということか。

通常国会はもう目の前である。小沢が国会をさぼってまで力を入れている大阪府知事選も刻々と近づいて来ている。福田内閣の支持率は依然低迷している。しかし、決め手のない小沢と民主党、敵失を待つのではなく、堂々たる論陣で与党と福田内閣を追い詰める姿をそろそろ見せてくれないと、国民ももう待てない。問責という最大の切り札を活かすも殺すも、結局は小沢と民主党次第なのだから。

最後に全く関係ない話を1つ。以前、筆者が懸念した通り、16世名人を襲名した中原誠が無様な戦いを続けている。襲名後、なんと5戦全敗。B2やC2クラスの連中にひねられて「永世名人」とは・・・本人の心境を聞きたいものである。

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2008年1月 6日 (日)

やっと書ける

2008年も気がつけばもう6日がたってしまった。年末年始に忙しいのは、サ-ビス業の宿命ではあるが、それにしてもこの年末年始は久しぶりにすさまじかった。それも業績がよくて忙しいのなら、まだ救われるのだが、人減らしの結果、残った人間にしわ寄せが来ているだけで、数字はむしろ下降線というのだからつらい。

やや遅まきながら、2007年という年を自分なりに振り返ると「中途半端」というキ-ワ-ドに辿りつく。個人的には年明け早々、第2子に無事恵まれ、仕事も望んだ担当に復帰できて順風満帆かと思えば、結局また、別の部署を兼務したり、担当替えになったりと、落ちつかない一年になってしまった。ジャイアンツの優勝もなんとも中途半端、念願の政権交代もやっと道筋が見えたと思ったら、水をぶっかける輩が現れ、うやむやのまま年を越してしまった。

それにしてもこの中だるみというか、はっきりしない政治状況はなんなのだろうか。福田政権も自民党ももうチョンと一押しつけば、バッタリ倒れそうなのに、その最後の一押しができない。去年、年を越したら民主党の負けと書いたが、あれだけの大失態を犯しながらも、今尚、状況は民主党に有利と言っていい。千載一遇のチャンスのはずなのに、なにをためらっているのだろう。民主党の躊躇がわからない。

夏から揉めに揉めた給油問題は自民党が伝家の宝刀2/3条項を発動させて、どうやらケリがつく情勢となった。それに対して、民主は宝刀参院での内閣問責決議案をスル-させるらしい。もともとこの問題で政府を追い詰めるのは無理筋だっただけに、その判断はやむを得ないとは思うが、問題はいつそれを使う気なのかが、全く見えてこないことだ。

絶好のタイミングが半月程前にあった。例の年金問題で福田以下の閣僚が立て続けに失言をした時である。あそこで問責を出していれば、国民の支持は民主党に圧倒的に向いていたに違いない。だが、民主党はそのそぶりすら見せなかった、わからない。今日菅直人はテレビでこれから国会の論戦で与党を追い詰め、3月末には解散に追い込むなどと寝言を言っていたらしいが、己を知らないにも程がある。審議拒否はしない、国会論戦で与党を追いこむと事ある毎に民主党は言って来たが実現したためしがないじゃないか。

毎日新聞の調査によると、次期総選挙で勝って欲しい政党はという問いに民主党と答えた人が自民と答えた人の割合を10%以上離したという。どうやら1回、自民党は引きずり降ろして、民主党にやらせてみなきゃしょうがないだろう、このままでは日本はどうにもなるまい、筆者と同じ思いの人が増えてきていることは肌で感じられるようになって来た。だが、よく言われることだが、これは民主党への積極的な支持では決してない。鉄は熱いうちに打てではないが、タイミングを逸すれば、そんな空気はあっという間に雲散霧消してしまうだろう。なにを呑気に構えているのか、筆者には全くわからない。

呑気に構えているのではない、攻勢をかけたくても、選挙準備が整わないのだと言いたいのかもしれないが、それではもうお話しにならないだろう。今解散になっても民主党は過半数はとれず、しかし自民党も2/3を失い、政局はいよいよデットロックに乗り上げ、結局は大連立へ・・・・政治の玄人達はそう読みきっているらしい。しかしあの3年前の郵政選挙の顛末を見れば、そんな「玄人」の小賢しい読みなど吹き飛ばしてしまうような結果を小選挙区制度というものがもたらすことは証明済みのことではないか。発足して半年もたたないうちに内閣改造を口走った福田は自らの不明を天下に宣伝したようなものだったが、結局それすら為し得ず、無為無策のまま泥沼にはまっている。そんなのにとどめもさせないようでは、政権など絶対にとれるわけがない。腹をくくらなければ戦いには絶対に勝てないのだ。

だが・・・最後にある自民党の幹部が語ったとされるこんな言葉を紹介しよう。

「参院で問責されても福田は居座れると思っているらしいが、あまりにも物事を知らなすぎる。そんなことをすれば国民の非難を一身に浴びて、野たれ死にするだけだ、我が党も終わりだ。問責されたら福田は総辞職するしかない。解散など絶対にしないし、させない。してなにかメリットがあるかい?福田を降ろしてまた総裁選だよ、そしたら1ヶ月は稼げる。またリセットしてやり直しだ。とにかく、なんとしても任期満了近くまで粘って粘って、できるだけ選挙を遅らせる。それ以外に我が党の生き残る道はないよ。」

敵はしぶといよ、生半可ことでは倒せない・・・民主党さん、大丈夫?


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2007年12月14日 (金)

あまりにもふざけてないか

消えた年金問題で政府は事実上、すべての照合等の確認作業の完了をキブアップした。

「来年の3月までに、すべての照合作業を完了させ、最後のお1人に至るまで、必ず年金を保障いたします。」

と大見得を切った男がいた。見得を切って2ヶ月も経たないうちにどこかへ逃走してしまったが、その理由として健康やテロ特をあげていたが、どうやらこの問題に対する自らの公約の破綻を早々に悟ってのこととの疑惑が極めて濃くなった。もともと、どう見ても無理なことを一国の首相として堂々とぶち上げた挙句、すべてを放り出してしまったあの男の無責任ぶりは今更ながら、改めて追求しないわけにはいかない。辞任直後にも議員を辞するべきと書いたが、早々に公職を去れと声を大にして言いたい。

そして更に腹立たしいのは、政府も自民党もこの無責任男にすべて押し付けて、事を済ませようとしている姿勢がありありとわかることだ。

「誰が大臣をやっても同じこと。」

就任時に必ず解決すると、やはり大見得を切ったはずの舛添要一は一転開き直り

「あれは選挙前だから、つい言ってしまった。」

と町村信孝はある意味、まことに正直に告白。

「さぁ、公約違反に当たりますかねぇ。」

福田康夫に至っては例の人を小ばかにした口調でサラリと言ってのけた。この人達の肩書きは順に厚生労働大臣、内閣官房長官そして内閣総理大臣である。開いた口がふさがらないとはこのことだ。

この人達は「悪いことをしたら、間違ったことをしたらまず謝る」という人間としての基本をまず知らないとしか思えない。誤りを認めたら負けとばかりに、なにがあっても頑迷に言い繕ろう、言い抜けようとする姿勢は特に森内閣以降の自民党の顕著な特徴である。この人達に道徳だの教育だのと偉そうに語って欲しくないといつも思わされる。

舛添なんてあんだけ口汚くあの男をののしりながら、一転その内閣に入って大見得を切ったと思ったら、最後は俺様の言葉を勝手に解釈して踊った国民が悪いと言わんばかりの態度だ。いったい自分を何様のつもりでいるのだろうか、タレントとして傍若無人に振舞うのは勝手だが、今は国民の負託を受けた国会議員であるという自覚がなさ過ぎる。

町村のそれはまさに「それを言っちゃぁおしまいよ」の世界だ。選挙で耳あたりのいいことを言うのは政治家の世の常ではあるが、それで片付けられたら、国民はなにを信じて投票すればいいのか。

福田の言い草は要は「あれは前任者の公約(もっとはっきり言えば寝言)、俺には関係ねぇ、オッハッピー」ということなのだろう。確かに言ったのは自分ではないだろうが、首相として前任者が発した発言は政権の連続性という観点から、後任者たる自分も拘束されるという基本的なことすら理解してないらしい。

今朝、休日にしてはめずらしく早く目が覚め、将棋の竜王戦でも見ようとテレビをつけたら国会中継になっていてがっかりしたのだが、答弁席に座っていたのは福田、町村以下高村正彦、石破茂と二世議員のオンパレード。今更かもしれないが、これでは自民党に国民の視線に立った政治など望むべくもないなと改めて痛感した。

この問題は国家の基幹を揺るがす問題とは思わないのか。国家とはなんなのか、我々国民はなぜ税金を納め、自分の貴重な収入の中から国に積立金を払っているのか。そこが揺るいだ時に、その国はもう国家として存立し得ないだろう。国にすべてを頼るな、自己責任だと、具合が悪くなると政治家や官僚は言い出すが、必要最低限、国家として国民に為すべきことはあるはずである。自分の安全も守ってくれない、自分の将来、老後も託せない国家が国民に納税、納付の義務だけを強いるなんてあまりにふざけすぎていないか。

今回の問題は社会保険庁というどうしようもない組織の引き起こした「犯罪」である。そんな組織の腐った体質を守り、助長していたのが労働組合という存在であり、それに拠っていた旧社会党ら野党の責任はどうなるんだと言いたい気持ちはわかる。しかし、こんな暴挙が自分達の政権下で進行していたという事実はどうにもならない。責任は自民党の方が遥かに大きいのである。

だが、過去の過ちの追求は彼らにはできない。先ほど書いた政権の継続性ということで、自分達の首をしめることになるし、なによりそれに関わったのはみんな自分達の親父や爺さんなのだ。情においても、立場においても彼らにできるはずもないのだ。

「船場吉兆より赤福よりも悪質な偽装、隠蔽。」

今回の騒動をこう評したのは福島瑞穂だった。国民の実感を見事なほどに表した、彼女にしては上出来のこのコメントが身にしみてわかった議員が、世の苦労も知らずに政治の世界に入ったボンボンだらけの今の自民党に何人いるのだろうか。

だからもう政権交代しかない、筆者の結論は結局いつも変わらない。民主党さん、しっかりしておくれよ・・・。

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2007年11月 7日 (水)

三文芝居の果てに

随分ご無沙汰してしまった、いい歳をして試験勉強などというものに追われてしまう毎日がやっととりあえず終わった。また徐々に更新して行きたいと思うのでよろしくお願いします。

それにしても「壊し屋」とはよく言ったものである、なにかも全部ぶち壊し。政権交代、自民党の政権からの放逐などということは夢の彼方に消え失せた。小沢一郎なんて政治家に期待する方が所詮、愚かだったということなのだろう。2ヵ月前のあの安倍の逃亡劇となにが違うのか、あまりに幼稚な言動ではないか。

とにかく言いたいことは山ほどある。まず、「大連立はあり得ない」「密室での取引はしない、すべてオープンな場で議論する」と参院選後、小沢は事ある毎に言い続けた。それをあっさり無視したこの行動はなんなのか。政治家の言葉とはそんなに軽いものなのだろうか。密室でガチャガチャやった結果、すべて自分と民主党が傷ついただけ、自民党も福田も涼しい顔ではないか。

次にどちらが持ち出したのかはもはや藪の中だが、大連立を持ち帰ったセンスのなさ。野田佳彦は役員会の席で「なぜこんなものを持ち帰ったのか、その場で断って欲しかった。」と言ったそうだが、まさに正論。側近の山岡賢次を含めた幹部全員がその場でノーと言わざるを得ないようなものを嬉々として持ち帰った神経が理解できない。

更にそれを根に持ち、辞意表明と来た。

「私の選任した党幹部に私の考えを否定された。それはすなわち不信任を受けたということだ。」

つまり俺様に逆らうとは何事かという言い分だ。恐るべき独善、まぁこの人はもともとそういう人なのだが、それにしても駄々っ子のような言い草でもある。

そして決定的だったのは

「民主党には政権担当能力がなく、次期衆院選には勝てない。」

とのたまったことだ。古今東西、自党に対して、そんなことを言い放った党首はいないだろう。あいた口がふさがらないとはこのことだ。実は筆者も、民主党政権への道のり、3つの不安という題材で書きたいとは思っていた。ざっというと

①そもそも候補が揃うのか?②政治とカネの問題が政権をとった途端に噴出して立ち往生する恐れはないのか、小沢や渡部恒三と言った元自民党の幹部連ですらあんなスキャンダルが出てくるのに、他の連中なんてもっと金に困ってこすっからいことをしているのではないか?③小沢の健康状態が本当に首相を務めるに耐えるのか?

といったところだが、党首自らに政権担当能力のなさを含めて、あっさり肯定されてしまうと、もう二の句が告げなくなる。

そして哀れを極めたのはこんな敗北主義者を懸命に引き止めなくてはならない民主党の体たらくだ。こんな人物を押し立てて、本当に民主党は改めて政権奪取に邁進しようというのか、それを国民が支持するとでも思っているのか、仲良くしようと思ったけど、うまく行かなかったからまた戦いますなんて論理を信用できますか?

小沢という政治家は基本的になんにも変わっていない。彼には彼の理想があるらしいが、それを実現する為にはとにかく権力に潜り込むしかないという姿勢は一貫している。98年にやはり、参院で与野党が逆転した時も小沢は、結局自民党を延命させる道を選んだ。更に自分の考えの足を引っ張る(であろう)旧社会党勢はいつか切って捨てる、これも94年に羽田内閣を潰した時と同じだ。

タイトルに三文芝居と書いたのは、民主党と決別した小沢一派が自民と組んでそれでおしまいという結末が見えているからだ。次期衆院選、党首自らが勝てないと宣言したのだから、まぁ民主党に勝ち目はないのだろう、また勝とうという努力すら小沢はしないのではないか。そして総選挙の結果、衆参のねじれ現象は解消されず、「政治の停滞を解消する為に憂国の士達」が立ち上がり、めでたしめでたしという図式だ。自民党及びその支持者達にはまさにハッピーエンドだろうが、国民全体にとってそれがそうとは筆者には到底思えない。

今回の行動はアメリカの鋭い視線に耐えかねた小沢の焦りという説がある。テロ特措法が大事と言いながら、のんびりとお盆休みをとって自民党が期限切れに持ち込んだのは結局、そうなれば非難されるのは小沢であり、民主党であるというヨミだったのだという。

あえて言おう、テロ特なんて今の日本にとってそんなに重要な課題なのだろうか。筆者は別にこんなものはその場しのぎでもなんでもいいからとっとと延長しちまえばよかったと今でも思っている。はっきり言って今の日本は「こんなもの」を悠長に論議している場合じゃないのである。

日本の財政は刻一刻と逼迫している、要するに金がなく、潰れかかっているのだ。我々の子や孫の世代にお前達はなにをしていたのだとののしられるような状況に進んでいるのだ、このこと以上に重要課題が他にあるだろうか?

だから税金を上げましょうという論理もあるだろう。しかしその前にどうしてもやってもらわないと納得できないのは、この国のシステムというのは本当にどうなっているのかというを検証してもらいたいのだ。税金の無駄遣いを省くなんて理屈は聞き飽きたというムキもあるだろうが、筆者は税金の行き先を精査してもらいたいのだ、相当な額が正規に支出されたことになって裏金に回っていると見る。

それは今権力を握っている連中にやれるわけがないのだ、だから政権交代をして違う目を入れなくてはいけないという主張だ。真面目にやったらパンドラの箱を開けたようなことになって、ぐちゃぐちゃになる危険性はあるし、それに恐れをなして開けた連中がまたふたをしてしまう可能性もある。いやその前に、それを知っていて手をつけようとすらしないかもしれない、あるいは筆者の妄想が過ぎるのかも知れない。

しかし今のまま、一方の側が権力を握り続ける限り、絶対になにもわからない。すべてが解決する保証なんてないが、しかし今よりはよくなる可能性はある、だからやってみましょうよというのが筆者の一貫した主張なのだ。

7月の参院選で安倍が訴えた憲法だの美しい国だのという大上段に構えた主張に国民が関心を寄せなかったのも、同じような思いが国民の間にも高まっているのだと思ったし、政権交代を主張している政党もそう思っているのだと勝手に解釈していた。

政権交代可能な二大政党の実現、小沢はそれを旗印に自民党を離党したはずだ。なのに彼のやって来たこと、やろうとしたことはそれに相反することばかりではないか。

筆者は民主党を応援して来たが、それは別に小沢一派を権力の座に着けたかったからではない、自民党及びその幇助者である公明党をまとめて駆逐する唯一の可能性を持つ政党だったからだ、なのにその思いは見事に裏切られた。小沢はきっと近い将来、不満分子にまたこう言うのだろう。

「いやなら出て行け。」

別に筆者は党員になったわけではないが、言われるまでもなく出て行きますよ。あとはどうぞご勝手に・・・。

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2007年9月26日 (水)

正体不明

国会の中にはあれだけ二世、三世議員があふれているというのに、福田康夫が史上初の親子首相というのは意外な気もする。東久爾宮、片山哲、芦田均といった終戦直後の宰相を除いた戦後の歴代首相の中で義理も含めた子息が国会議員にならなかったのは石橋湛山、細川護熙、村山富市の3人だけ、他に竹下登は弟が、宮沢喜一は甥が跡を継いだ。海部俊樹と森喜朗、小泉純一郎は本人が現役だが中曽根康弘や羽田孜のように自分が現役議員でありながら息子も議員にするような輩もいる。もっとも前任の安倍は祖父に続く宰相就任だったし麻生太郎も吉田茂の孫であるから、こういったパターンは今後増えて行くのかもしれない。

福田康夫と聞いて筆者が思い出すのが90年の総選挙で彼が父赳夫の跡を継いで初当選して来た直後のインタビューだ。インタビュアーが二世議員が多いことへの批判の声についてコメントを求めると

「あんな年寄りと一緒にしないでよ。」

と例のサラッとした口調で言い放ったのを聞いて、笑ってしまったことがある。当時、確か彼は既に今の安倍くらいの年齢だったはずで、本来なら閣僚をお義理で1回くらい経験できればいい方だったろう。が官房長官を歴代1位の在任記録を作るほど務め、今回ついに首相にまで上り詰めたのはやはり「福田赳夫の息子」だったことが大きい。

父親もそうだったが飄々とした風情である。もともと政治をやる気がなく、弟の病気と死でやむなく父親の跡を継いだというのも割りと有名な話である。戦後最年少で首相になった前任者が見ていて滑稽なくらい力み返っていたのとは対照的に自分がなにをやりたいとかそういった強烈なものも今のところ感じさせない。だがじっと風向きを見て、今回はパッととぴ出して瞬く間に宰相の地位を射止めたあたり、やはり只者ではない。

今回の組閣も横滑りはあったものの、幹事長に転出した文部科学大臣とただ1人前任者に殉じて閣外に去った官房長官の穴埋めをしただけ。「安倍おさがり内閣」という共産党の市田書記局長の指摘はなかなか見事だったが、全く考え方の違う前任者の残した内閣をほぼ居抜きで引き受けるとは、なかなかやる。

山崎拓と麻生以外の派閥領袖が党、内閣にズラリ並ぶ姿に「古い自民党の復活」と声高に批判する向きもあるが、小泉、安倍色のついていない、あるいは薄い人材を起用しようとするとこうなるということなのだろう。これらの人材をほぼオミットして運営された6年間の方が一種異様だったのかもしれない。

とにかく好き嫌いはともかく、この人が施政方針演説でなにを語るのかはちょっと興味はある。意外としたたかそうな新首相ではあるが、しかし彼を迎える国会の状況は前任者が放り出した状況となにも変わりはない。参院で小沢一郎民主党代表が首班指名された事実は今後の政局運営のむずかしさを暗示している。

吉田茂の時のことは古すぎて知らないが、同じような船出だった海部俊樹は公明、民社という当時中道政党と呼ばれたぬえ野党を取り込み、小渕恵三は自由党、更に公明党と連立を組んで危地を逃れた。今日まで続く「自公連立政権」であり、この時いったんは自民と組みながら、体よく捨てられたのが当時自由党党首だった小沢、時はめくりめく。

今回、現時点で組める党が見当たらないのが福田のつらさ、国民新党や参院の片隅でひたすら自民からのお呼びを待つ荒井広幸だけでは足りないのが厳しい。なんとしても民主党の自壊を誘うしかないのである。むろん自らが「背水の陣内閣」と命名したように、逆に自民党最後の内閣になる危険性も十分ある。

対する小沢一郎はガンガン攻め込んでくる、それをいかにかわして相手を疲れさせるか、全く好対照な2人だけに、なにかいい勝負になりそうではないか。もちろん、それは手練手管でなく堂々たる国会での論戦でお願いしたいものである。

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2007年9月25日 (火)

最後の最後まで・・・

基礎票16票(プラス地元福岡のお情け票3)の候補が200票に迫ろうかという得票をしたのだからまぁ健闘だったのだろう。官房長官に横滑りも噂される町村信孝の後の外相という芽も出てきて、麻生としてはそれなりの成果なのかもしれない。

以前から囁かれていたポスト安倍の本命は麻生太郎という説に筆者はずっと違和感を感じていた。あんな弱小派閥の長が本命たりうるわけがないと思ってしまうのは、なんだかんだ言って筆者が派閥万能時代の自民党への見方から脱却できない証左なのだが、それとは別に彼の言動と「総理・総裁」というイメージがどうしても合致しないのだ。むしろぴったりくるのが「野党党首」。今、彼を民主党党首にして、自民党内閣をズバズパ批判させたら、それこそすごい人気を博するのではないか。つまり、福田康夫の下、総選挙に敗れ、野党に転落した自民党総裁に麻生が登場、小沢民主党内閣に敢然と立ち向かうという近未来の図式が見える・・・なんて思っているのは筆者だけか。

そういえば、例のあの人が久しぶりに公の場に姿を現して、なにやら言い訳の会見を開いたようだ。随分やつれ、覇気もなく、なにやら世の同情を買っている向きもあるが、驚くのは政治ウォッチャーのプロたる新聞記者や政治評論家あたりまでそんなコラムを書く輩が目につき始めたことだ。そんなのに限って宰相論などを偉そうに書いたりしているから呆れてしまう。

今日、あの人が本当になにを目的に出てきたのかは筆者にはとんと理解できなかったが、改めて感じたことは「この人は本当にやること、なすことピントがずれている人だなぁ」ということにつきた。

なにを言い訳しても、本人の命があの日尽きてしまったのならまだしも、そうでない限り、あの日辞任表明したことはどうにも取り繕うことは不可能だ。国会を止め、その直前の外遊を台無しにし、長い政治空白をもたらし、そして政治への不信をいたずらに高めただけだからだ。それでももう病気で無理ですと言われたら、あの日辞めたことへのかすかなエクスキューズになったのに今更今日になってゴニョゴニョ言われても・・・、むろん議員を辞めるつもりも毛頭ないらしい。

それに、とにかく筆者が全く同情に値しないと思っているのは、どんなに体調がわるかったのか知らないが、首相を続けるという決断をしたのは本人だということだ。あの時、選挙で国民はあんた辞めてくれと明確に言ったにも関わらず、他ならぬ本人が「どんな選挙結果になろうと私は辞めない」という驚くべき独善ぶりで突っ走ったのだ。体調に不安を抱えながら突っ走ったのだからこれは無責任の一言だろう。今回、なにやらクーデターを仕掛けたとかなにかで麻生が誤解されたとか謀略にはめられたとかいう話があったが、そんなことより参院選直後にあの人に続投を勧めただか支持しただかしたこの一点で、麻生は今回の総裁選に当選するどころか出馬する資格すらなかったと思う。

更に無責任が極まったのは、本人が病院に逃げ込むだか駆け込むだかした後に、今日まで10日以上に渡って首相臨時代理も置かず、国政を放置してしまったことだ。その点について記者に問われて「いざとなれば私が判断できるから」などとわけのわからないことを言っていたが、じゃ病院になんかいないでもらいたい、もっと言えば辞任なんてしないでもらいたい。海外のマスコミに「日本という国は首相がいなくても別に支障がないらしい」と嘲笑われている現実をどう感じているのか、そんな判断すらまともつかない人物が首相だったのだし、その程度の判断もつかない側近連の集まりだったということに慄然としては来ないか。

繰り返しになるが、こんな人物のなにを評価して一年前、あんな多数と熱気で首相に押し上げたのか、誰か説明して欲しい。その総括も反省も説明もなく、彼を押し上げたであろうはずの人々の大多数が口をぬぐって今回、福田を担ぎ上げたという事実を筆者はどうしても許せない。

とにかく多大な犠牲を払った末に福田康夫内閣は明日誕生する、ようやく国会が動き出す。てぐすね引いて待っていた(はずの)民主党さん、いよいよ出番ですよ。これも繰り返しになるが、来春予算成立後に話し合い解散なんていう福田のシナリオに乗ったらもう終わりだよ。勝機は2度ない!

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2007年9月16日 (日)

デジャブ

1972年というからもう35年も前の話になる。佐藤栄作首相の退陣を受けて行われた自民党の総裁選は本命と言われた福田赳夫に対して田中角栄がほとんどの派閥を網羅した福田包囲網を引き、結果として圧勝した。ポスト安倍の本命と言われ続けた麻生太郎を福田康夫陣営が一夜にして孤立させた今の状況とダブらないか。赳夫と康夫が親子であるのは言うまでもなく、なんとなく因縁めいた話でもある。もっとも当時の赳夫は堂々たる党内第1派閥のリーダー、自らを含めても手勢16名の小派閥の長に過ぎない麻生と一緒にしてはさすがに失礼か。

いきなり古い話から始めてしまったが、しかし今展開されていることがなにやら、みんないつか見た、そしてモノの本で読んだ光景ばかりのような気がしてならない。

国連総会に出席しなくてはいけないから、早く首相を決めなくてはならないという理屈が一時囁かれたが、結局あれはつい最近まで外相を務め、国際経験豊富な麻生にしましょうよという呼びかけだったわけで、これも竹下登が退陣した時に、サミットが近いという理由で当時の宇野宗佑外相を後継に担ぎ出したシーンを彷彿とさせた。麻生がもし、今も外相にとどまっていたら、案外すんなりそうなっていたかもしれない。

だいたい、この指止まれとばかりにみんながドッとある候補に流れて大勢が決するという光景は1年前に見たばかりではないか。その結果、担ぎ出されたのがとんでもない奴だったという反省はないのだろうか。自民党には現在9つの派閥があるそうだが、そのうち当の麻生派を除く8つの派閥が雪崩をうって福田に流れ、態度表明が最後になってしまった高村派は慌てふためいて、福田の選対本部に駆け込んでいた。大勢は決した、両院議員総会で開かれた総裁選をぶち上げていたパフォーマンス連中にぜひ感想を聞いてみたい、だいたい開かれた総裁選なとどほざいていたが、昨年の総裁選も「開かれた」ものではなかったのか?それであの程度奴しか出て来れなかったんだから、密室談合でもなんでもいいからサッサと後継を決めてもらった方が、政治空白も短くなってよっぽど国民の為だったのではないか。

まぁ、麻生に希望を持たすデジャブも紹介しなければならないだろう。2001年、森喜朗首相の後継を争った総裁選で、当初圧勝と見られた橋本龍太郎元首相は小泉純一郎に完敗を喫する。派閥の色分けで見れば負けるはずがなかったのだが、地方組織の票が圧倒的に小泉に流れて、地滑り的大勝を収めたのはまだ記憶に新しい話だ。今回もあの時と同じく、地方組織は各3票を持つ。これから各種討論番組等で福田をやりこめ、国民の心に響くメッセージを発することができれば決して逆転は不可能ではない。

しかし、現実には時間が足りないだろう、なるべく短時間でケリをつけるのが有利と踏んでいたはずの麻生が時間に泣く皮肉な結末。今日の新聞の緊急調査を見ても、次期首相に誰がふさわしいかの問いに、国民の人気が高いとされた麻生よりも福田が10ポイントくらい高い支持を得ている。それに麻生が頼みとする地方というのは小泉改革とやらで青息吐息の地域、小泉、安倍ラインの後継者と目される麻生の人気が高まるとはとても思えない。

参院選の惨敗から今日に至るまでの経緯を見るにつけ、自民党という政党はもう限界だなという感を新たにする。賛否両論未だにある小選挙区制、筆者は肯定派だが、それでもこの体たらくをみると小選挙区の弊害を痛感せざるを得ない。あの2年前の郵政解散が完全に各議員のトラウマになって、もう勝ち馬にのり、主流派につくこと以外考えられなくなっている。なにかというと批判される「派閥」、諸悪の根源と言ったのは三木武夫だが、尊敬する三木先生に逆らうようで恐縮だが、派閥のダイナニズムが生きていた、つまり三木達の時代の自民党の方がよっぽど活力があって、まともだったような気がしてならない。

ついこの前まで改革、改革と偉そうに言っていたはずなのに、今やそれを否定とまでは言わないが、修正するとわめき騒ぎ、修正されようとしている小泉本人が怒るどころか、どういうつもりかは知らないが「先頭に立って福田を応援する」と言っているそうだから、もう開いた口がふさがらない。第一、昨年、年だと言って立候補しなかった男が、シャラっとなにもなかったように出てくるのだから、政治家の言葉をまともに受け取る方がどうやらアホだということなのだろう・・・。

さて、こうなると途端に影が薄くなるのが野党の悲しみだ。民主党内には早くも福田はやりにくいとの声も出ているそうだが、安倍よりやりやすい相手などいるわけないではないか。小泉が出てきて、政策の多くを取り込まれて、一転窮地に追い込まれた悪夢がよぎっているのかもしれないが、あの時と決定的に違うのはとにかく参院で多数を握っているという事実だ。とにかく、正々堂々たる論戦あるのみ、今はその準備を怠りなくしておけばいい。今日福田はインタビューで解散は早くて来春以降という見方を示した。それは自民党の希望であり、前にも書いたが、年を越したら、もっとはっきり言えば自民党に予算を組ませたら民主党の負けだ。勝負は二度ない、乾坤一擲、福田だろうが麻生だろうがその腹つもりで相手にするしかない、いろいろあったが結局自民党は安泰なんていうデシャブはもうたくさんだぜ!

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2007年9月13日 (木)

唖然、茫然・・・同情の余地なし!

筆者の知る限り、史上最低の首相は森喜朗だと思ってきたが、本日その記録は打ち破られた。この馬鹿げた退陣劇は後世まで物笑いの種として語り継がれていくだろう。

この人の記者会見は、常になにを言いたいのかよくわからなかったが、最後となる辞任記者会見もさっぱりわからなかった。あんだけ辞めないと頑張り、外国の首脳と会って威勢よく「海外公約」とやらを口にし、おととい、国会において所信表明の演説までした挙句に「僕、辞めます。」ときた。その辞意表明が、自分の演説に対する代表質問が行われる直前、本会議出席の為に、待機していた自民党の衆院議員が、テレビの速報を見て慌てふためくさまは完全に漫画の世界だった。

これは、はっきり言って「登校拒否辞職」だろう。もう国会に出るのが嫌になって、ほとんど衝動的に辞めたとしか思えない。何日か前からほのめかしていたとか、体調が実は悪かったなどという話はこの無責任極まりない辞任劇を少しでも取り繕うとする姑息な手段に過ぎない。彼の参院選後以降の言動を見る限り、彼が辞意を抱いて日々を過ごしていたなどということを信じろという方が無理だ。

驚くべき幼稚性、こんな人物がわが国のリーダーだったという事実に改めて、寒気を覚えざるを得ない。そしてこの男を1年足らず前に、圧倒的支持をもって首相・総裁に押し上げた自由民主党なる政党の責任は断固として追求しなくてはならない。

さすがに言い訳もたたずに、マスコミの前に現れた自民党議員は口々に「申し訳ない」だの「責任を感じる」なとどのたまっていたが、その一方で彼らは当たり前のように後継総裁を選出し、それをまた首相にしようとしている。こんな首相不適格者を国民に押し付けておいて、どの面下げてまだ政権与党でいるつもりなのか、図々しいにも程がある。衆院で多数を占めているという現実は変わらないという理屈なのだろうが、ことここに及んだら、潔く下野して、民主党に政権を渡すべきだ。そして小沢選挙管理内閣の下で解散、国民に信を問うべきだ。それを主張しようともしない民主党の方も問題だ。

それにしても、参院選の結果が出た時点で、こういう事態が早晩訪れることは容易に想像できたはずだ。どういう見通しで安倍という人は続投を選択し、また自民党の多数はそれを支持したのか、筆者にはさっぱりわからなかった。政治のプロとして、当然なにか秘策があるのだろうと思っていたが、結果として、ただだだをこねて、続投し、嫌になって投げ出しただけ。そこに政治家としての責任感も覚悟も識見もまるで感じられない。政治に空白を作ってはならないとほざいていたが、この一ヶ月半がもう既に空白となってしまい、折角召集した国会もストップせざるを得ない事態。

とにかく頼むから、一体、今日辞めなければならなかったのか、誰か筆者に教えて欲しい。今日辞めることになんのメリットがあるのか、なんの意義があるのか教えて欲しい。誰にも説明できず、本人はわけのわからないことしか言わず、そういえば会見の中で安倍はとうとう国民に対する謝罪の言葉を口にしようとはしなかった。「美しい国」なとどいう高邁なことをいいながら、当の本人がこの有り様では教育改革などとてもおぼつかないだろう。

本当に身体が悪いなら、会見できちんと本人が言うべきだ。後になって官房長官あたりがいやぁご本人はそういうことを口にされるのを潔しとしないからとか、コソコソ言うこと自体、ふざけている。そんなのを「男の美学」とでも思っているのだとしたら、もはや救いがたい。

「職責を全うしようと本日まで、頑張って参りましたが、どうしても健康状態が許さなくなり辞任のやむなきに至りました。」

それでも批判の余地は十分あるとは思うが、この矛盾に満ちた辞任劇に辛うじて、納得感を与えるにはそう言って、深々と頭を下げ、国会議員も辞めて、療養に専念する以外にないだろう。とにかくこんなでたらめな男が首相を辞めても、尚も国会議員であることが腹立たしい!

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2007年9月 4日 (火)

いやはや、なんとも・・・

ここまでアホだと、もはや笑うしかないといったところだろう。昨夜仕事から帰って、どれ、野球の結果でも見ようかとテレビをつけた途端に飛び込んできたニュース速報が「遠藤農水相辞意」、あいた口がふさがらないとはまさにこのことだろう。

今日の辞任会見を見ても、口では責任を感じるだの申し訳ないだのを連発してはいたが、本当に反省しているかどうかは一目瞭然。政治家、それも自民党の政治家になるとここまで金銭に無感覚になるのかということをまざまざと見せつけてもらった。

とにかく税金を「公金」であるという感覚がここまで欠如しているという事態は相当に深刻である。世の自民党支持者にあえて申し上げたいが、こういうことになったのはひとえに自民党が50年以上に渡って政権を独占してきた弊害に他ならない。確かに旧社会党を始めとした野党勢があまりにお粗末だったことは認めるし、自民党が戦後の復興に果たした役割も決して否定するものではないが、このままでは遠くない時期に、この国は財政的にも、モラル的にも立ち行かなくなる。ここは心を鬼にしてでも、一回自民党を政権から放逐することにご賛同願えないだろうか。

それにしても筆者が今度の内閣のアキレス腱NO2に指名させていただいてから、わずか一週間でこうも、ものの見事にコケてくれるとは・・・我が先見の明(?)を誇る気にもならない。私にはこういう問題があるのですが、よろしいのですかと一言言う良心すらなかったのだろうか、いやこんなことは大した問題にはならないとタカをくくっていたのであろう。事態を自ら把握しながら2年も放置しておいたという現実が、すべてを雄弁に語ってくれている。

NO2の失態は結局、NO1に跳ね返る。自業自得としか言い様がないにしても、臨時国会を目前に控え、安倍首相は極めて苦しい立場に追い込まれた。民主党以下の野党がよっぽどマヌケでない限り、年内には総辞職か衆院解散に追い込まれることはもはや避けられないだろう。

安倍内閣にとってもはや「鬼門」ともいうべき農水相ポスト。このポストに充てる人間には相当の神経を使ったはずである、いや少なくともそう思われていた。ところがどっこい、である。今回の問題は極秘事項でもなんでもなく、オープンにされていたことである。それに誰も気づかなかったという官邸の失態は深刻である。言うまでもないが、国にいざ事があれば、この人達が対応するのである。なにやら背筋が寒くなるのは筆者が安倍も自民党も大嫌いだからというだけではない思うのだが・・・。それに会計検査院からも農水省からもなんの情報も上がらなかったのだろうか、考えれば考えるほど理解に苦しむ。

だいたい、補助金をもらう組合のトップが農水行政のトップに立つということそのものが、既に問題ではないのか。副大臣当時も兼務していたからと遠藤はイケシャーシャーと言っていたが、結局その程度の認識なのか。今回の入閣に当たって、官邸は理事長職の辞任を要求したらしいが、聞き流されてこの始末である。どっももどっちという感を深くするが、どちらの責任が重いかと言えば、間違いなく任命権者の方だろう。

安倍はまた、任命責任を感じると一応は言ったらしい.その言葉は何度も聞いたが、その後その反省を実にした形跡がない。今回も責任を痛感して、人事をしたはすだと思われるが、この体たらくである。もはやこの人には、まともな人事を行うだけの能力が完全に欠如しているということがはっきりしたのではないか。

それでも安倍の責任を追及する声は自民党内からは聞こえてこない。それどころか、与謝野や麻生が迅速に動いて、今回は傷が浅く済んでよかったと安堵する向きもあるというから、おめでたいの一言である。

まぁ、それでもいい。前にも書いたが、筆者は別に安倍政権を倒したいわけではない。その気になれば、安倍内閣など明日にも倒れるだろうが、その後に麻生内閣だか高村内閣だか太田内閣だか知らないが、自民党中心の内閣ができてはなんにもならないのだ、とにかく公明党もろとも、自民党を政権から放逐しなければ意味がない。その最大のチャンスがついにやって来ているのである。

政策論争以前に、政治と金の問題とこの任命責任問題で、早晩安倍は立ち往生するだろう。参院で与野党逆転の事実は重い、今回だって遠藤が早々に辞職せざるを得なかったのは野党が参院での問責決議案をちらつかせたからに他ならない。この必殺兵器を今度は当然安倍本人にぶつけてくる。あとはタイミングの問題だけだ、安倍が自ら政権を放り出すのではなく、解散で民意を問わざるを得なくなるように、いかに安倍を追い詰め、世論を盛り上げて行くか、小沢一郎、一世一代の腕の見せ所である。

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2007年8月29日 (水)

よくわからない

インタ-ネットで見たところ、安倍内閣の支持率が劇的に回復したらしい。確かに筆者もまぁ、わりかし穏当な布陣だなとは思ったが、それにしても何もしてないのに、ちょっと顔ぶれを替えただけでポンと跳ね上がる支持率とはなんなのだろうと思わざるを得ない。

「別に私を支持率を見て、政治を行ってない。」

ちょっと前に安倍はこううそぶいていたが、それが正解かもしれない。

新閣僚で筆者の目をひいたのは増田総務相と遠藤農水相。前岩手県知事増田の起用はいろいろもっともらしい理由は述べられているが、要は小沢一郎への嫌がらせと宣戦布告。岩手のドン小沢と増田の不仲は政界に知らぬ者はなく、そんな男をわざわざ起用し、本人もそれを受けたということは小沢なにするものぞという気概を見せたというところだろう。

遠藤農水相は筆者的には最大の「サプライズ」、中川昭一の復帰とばかり思っていたからだ。とにかくわけのわからない大臣が2人も続き、当然それなりの人材が配されるとばかり思っていたら、むずかしい交渉も控えていることもあり、なり手皆無で結局この人に落ちついたらしい。が、このオヤジ何者?という感は否めまい。あの武部勤の腹心で武部農水相当時の副大臣だったという経歴を聞いただけで、こりゃだめだと思ってしまうのだが、さすがに失礼か?まぁ新内閣アキレス腱候補第2位であることは間違いなさそうな気がする。えっ、1位は誰だって、そりゃあの人に決まってるじゃない・・・。

そのアキレス腱、いや安倍首相の昨夜の記者会見、どんなことを国民に訴えてくるのか、多少の興味があったのだが、相変わらず寝言のようなことを繰り返しているだけで、こっちが眠くなってしまったが、あんな記者会見のあとでも支持率が回復するのだから、人の心は移ろいやすく、そしてはかりしれないものである。民主党はのんびりしている暇はない。

安倍の構想ではかつての中曽根康弘の路線で、来年の洞爺湖サミットで十分露出度を高めて、一気に解散に持って行くことを狙っているそうな。一方攻める側の小沢一郎も

「解散権は向こうにある、勝負は来春の予算成立後。」

なとど悠長なことを言っている。なんで2人ともそんなに呑気に構えているのかが、よくわからない。筆者は勝負はこの秋の臨時国会、ここですべて決すると思っている。

民主党など野党陣営は多数を占めた参院で年金の他目的流用禁止法案、政治資金規正法の再改正案そして郵政民営化凍結法案を出して揺さぶりをかける。前ニ者に関しては恐らく野党ペ-スで決着が付く、これをサボタ-ジュしたら自民はますます自分の首を締めるだけだからだ。凍結法案は自民内にくすぶる民営化反対論を燻り出したいのだろうが、これに今踊るくらいなら、おめおめ復党なんかしてないだろうから、これは衆院でまぁあっさり否決で終わりだろう。

問題はテロ特措法の延長、これしかない。今の情勢では、はっきり否決以外に結論が出ない。反自民、嫌米の筆者としては大喝采したいところだが(ちなみに筆者、中国もロシアも韓国も北朝鮮もみんな嫌い、日本大好きです  笑)本当にそうなったらどうなるのとは正直思う。

日米関係に大打撃を与えることが確実な廃案が現実となれば、日米機軸を明言する自民党・安倍政権には大打撃となる。また民主党にしてもただやみくもに政争の具として廃案に持ち込めば、筆者のような人種はともかく、日米関係は大事と考える「常識的な」多数の国民に一気に見限られるだけだ。

筆者は延長ありきという考え方は全くない、ただなぜ延長しないのかを民主党は国民に明示しなければならない、それはもちろん国会の論戦という場でだ。独自のアフガン復興支援案を用意しているとも聞くがそれが国民の共感を得られるものならそれもいいだろう。だが、この手の問題になると党内がガタガタして一向に落ちつかなくなるいつもの姿をさらした瞬間もう民主党はジ・エンドだろう。

自民党は替えるべき首相を替えなかった、もっとはっきり言えば替えられなかった。これは事実上の敗北宣言であり、民主党さん、どうぞ政権をおもち下さいと言っているのだ。こんな僥倖が他にあるだろうか。

ボ-ルは間違いなく民主党の、小沢の手にある。半ば投げた自民党だが、希望は捨てていないだろう。

「民主党は所詮バカだから、ボロを出して自滅する。」

と思っているに違いない、今までがずっとそうだったように。そう思われても無理はない、98年の参院選の後、絶好の機会を迎えながら

「金融政策を政局にしない。」

などと当時の代表が寝ぼけたことをのたまって千載一遇のチャンスを逃した前例もある。

とにかく、この臨時国会こそ、最初でかつ最大のヤマ場、チャンスは2度ないと筆者は見る。それは自民も民主も同じ、こんなに国会が楽しみなのは久しぶりのことだ。

最後に内閣改造についてもう二言、まず官房長官になった与謝野さん、なんか覇気がないように見えたんだけど、身体、本当に良くなったのかな?

そしてこの参院選前後から安倍を口を極めてののしり、その能力や首相としての適格性にまで疑問を呈していた男がイケシャ-シャ-と入閣していたのには驚いた。政治家とはなんとさもしい人種なのか、またその思いを新たにさせていただきました、あっ、あれはタレントか、じゃ、しょうがないか・・・。

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2007年8月 9日 (木)

とりつくシマなし?

選挙に大勝しながら雲隠れして、なんとも世間をドッチラケさせた小沢一郎民主党代表だが、戻ってきた直後のあの仏頂面はなんだったのだろう?勝って兜の緒を締めよという警告だったのか、勝って倣岸の地金が出たのか、それとも体調が悪かったのか、たぶん全部だったのだろう。政権から滑り落ちてからはや13年、その間、懸命の仕掛けを続けながらも、ことごとく自民党の厚い壁にはね返され続け「常敗の政治家」と揶揄されるに至った小沢についにおそらく最後の機会が訪れた。

それにしても、神様というのは意気なはからいをなさるものだ。参院で与野党が完全に逆転し、ガチンコにならざるを得なくなった国会に最初に用意した懸案がなんとあの「テロ特措法」とは・・・民主にとっては永年のアキレス腱である安全保障問題をズバリと提示してきたのである。もし、これに民主が国民がなるほどという対応ができれば、もはや政権交代への流れは止めようもなくなるだろうし、例によってモタモタと内部でもめていれば、国民の支持はあっという間に逃げて行き、小沢は政治家として葬り去られることになる。待ったなし、いきなり正念場なのである。

当然、そんなことは小沢は十分承知だろうが、それにしても小沢一郎、意気軒昂である。今日は民主党本部に倣岸さでは小沢も裸足で逃げ出さなければならない大倣岸国家アメリカの駐日大使がもみ手をしながら参上した。既に特措法延長反対を明言する小沢のご機嫌伺いに現れたわけだが、記者団の前でこれに応対した小沢は

「アメリカの都合で始めた戦争に加担する義理はない。」

と一蹴したのは、いささか痛快だった。それに先立つ民主党両院議員総会では

「自民党と裏で妥協はしない、正々堂々、議会の中で議論する。」

とこれまた来るなら来いの構えを見せた。いよいよ戦いの火蓋は切られた感が強い。

むろん、どこまで本気なのかという声はある。あの湾岸戦争の時に、渋る海部首相の尻を叩き続けた小沢が日米関係を決定的に悪くすることが目に見えている延長否決を本当にするのか、党内では早くもあのぬえ集団、前原一派も蠢き出している。

しかし、この機会に自衛隊が、インド洋でひいてはイラクで本当になにをしているのか、きちんと国民の前に、説明してさらすことは決して悪いことではないし、むしろ今までまともな説明を拒み続けてきた政府の対応の方こそ、問題だったと言うべきだろう。本音は今まで通り、ドカンと強行採決でやりすごしたいのだろうが、もはやそれもできかねる。政府は丁寧な説明が求められるし、平和の党を自称する与党の一角、公明党にもよく吟味してもらいたいものである。

どのタイミングで、どのような形で小沢が妥協するのか、焦点はそこだと思われているようだが、案外小沢は本気で反対で突っ走って行くつもりなのではないか。

「今まで反対していたものに急に賛成できるわけがない。」

小沢はそう言い続けているが、これがキーワードのような気がする。なんだかんだ言って政府はことがことだけに従来の説明から大きく踏み出すことができないのではないか。小沢は権謀術数の人と思われているが、実は驚くべきほど融通のきかない原理主義者で、その姿勢の硬直さで結局敗北を喫してきたというのが彼の自民離党後の歴史である。そして今回も、本当に基本的に妥協しないで安倍内閣を追い込んで行くつもりではないのか。小沢は既に先の国会で廃案となったイラク支援法廃止法案の再提出まで示唆しているし、

「安倍は共和党としか話ができんのだろうが、共和党だけがアメリカじゃない。」

とまでうそぶく小沢側近までいるという。参院の議院運営委員長に西岡武夫を持ってきたのもその感を強くする。まぁ数少ない小沢の側近ということもあるが、西岡という人も頑固一徹、容易な妥協が大嫌いで、いろんなところで喧嘩して歩いていばらの政治生活を送ってきた人だ。この人を議会運営の長に持ってきた以上、話は簡単ではなくなったような気がする。

とにかく、まずは「ちゃんと議論する国会」を見てみたい。小沢さん、頼みましたよ!

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2007年8月 2日 (木)

Too little too late

久しぶりに海部俊樹を見た、この人の議員としての経歴にはことごとく「昭和生まれ初の」が付く。かつては政治家としての若さを武器にしていた海部も今年、齢76、老いたの一言である。この10年程、もう政治家としてもほとんど顧みられない存在に成り果てているが、やせても枯れても首相経験者ということで昨日、安倍の選挙結果報告を受けることとなった。その顛末はまぁどうでもいいのだが、その翌日に赤城の更迭騒動を見て、タイトルの言葉を思い出したというわけだ。

いうまでもなく、上の言葉は勃発した湾岸戦争への対応に右往左往した挙句、国際世論から当時の海部首相が浴びせられたもの、この時、腰の定まらない海部の尻を懸命に叩いていた自民党幹事長が小沢一郎だったというのも昔日の感を深くせざるを得ない。

安倍という人の感性の鈍さはもはや敵ながら、危機感を感じる。筆者は別に安倍内閣を倒したいのではなく、自民党(自公連立)政権を駆逐したいと思っているので、安倍の去就そのものには正直、あまり関心はない。むしろ安倍が居座ってくれた方が都合がいいくらいなのだが、それにしても、こんな不感症みたいな人物を首相に戴いていて我が国は本当に大丈夫なのかと心配になってくる。

辞表を出したのか、クビにされたのかはよくわからんが、今日、この日に赤城を追放したところでなんの意味があるのか、どうせクビにするならもっと早くすべきだったのは明らかであり、また赤城1人をやめさせたくらいで、今更反転攻勢のきっかけになるとでも思っているのか、もちろんこのまま9月まで居座らせるようはマシかもしれないが、まさにトゥリトル、トゥレイトではないか。

前任者が現職大臣のまま、自殺するという異常事態の中で後任者に同じ問題を抱えた人間を平然と据える度胸の良さは大したものと言えなくもないが、それがどのような結末を迎えるのかが予期できないというのは、かなり問題だろう。

つまらんことを聞くようだが、赤城の後任はどうするつもりなのだろう?9月の人事まで自分か他の閣僚の兼任でお茶を濁すのか、トップ2人が立て続けに交代して農水省の混乱は極まっているはずで、何かと言うと

「国政の混乱を避ける為。」

となにやら偉そうに言っていることと矛盾してないか。正式な後任を発令するなら、いっそそのまま人事をしてしまった方がいいと思うのだが・・・まぁ筆者が心配してやることじゃないか。

結局は「安倍続投」と