経済・政治・国際

2008年7月 6日 (日)

総論賛成、各論・・・

洞爺湖サミットが近づいてきた。思えば昨年のサミットに参加した首相は安倍晋三、その前年は小泉純一郎だった。そして今年は福田康夫、3年続けて違う顔が登場している国は珍しかろうが、さて来年は小沢一郎さんか岡田克也さんあたりが行けてるといいのだが・・・。

今年のサミットは「環境サミット」と我が国の首相は意気込んでいる。本当に環境問題を真剣に話し合うのなら、あんな涼しいところでやったって実感湧かないだろうと言っていた人もいたが、それはともかく、とにかく今の状況をなんとかしなければという思いに異を唱える人はあまりいないだろう。だが、具体的にどうするかということになると、途端に話が進まなくなる。

人類の歴史は、生活の利便性を追求し続けてきた歴史であり、そしてその為に自然環境をひたすら破壊、犠牲にしてきた歴史でもある。それが経済効果も生み、社会の活力となり、多くの人間の生きる糧となって来たのだ。そして、1度手に入れたものを放棄することは極めて難しい。

筆者の住む埼玉県の上田清司知事がコンビニエンスストアに対して、深夜営業の自粛を要請することを明らかにした。大英断だと、筆者は拍手を送ったが、当然のことながら当のコンビニ業界からの反撃は厳しい。

TVの深夜放送を自粛してはという話もあった。また、深夜、明々と輝くライトアップも無駄だろうという意見にもうなづけるものがある。だが、現実として、なに1つ動いていくことがない。

コンビニの深夜営業が、地域の防犯に貢献している(明るさを提供して、犯罪防止の一環を担っているという理屈らしい)というのには、思わず笑ってしまったが、まぁ主な言い分は結局

「深夜の営業を止めたところで、削減されるCO2の量は微々たるものである。」

ということにつきる。何年か前に、日に何度も走り回るコンビニの輸送トラックがやり玉に上がった時の反論も似たようなものだったし、深夜放送中止に対する反論もほぼ同じであった。

なにかを止めるということは、それに伴って、害を被る、損をする人が必ずいる。24時間いつでも買い物ができるというその利便性でここまで伸して来たコンビニ業界にとって、深夜営業の自粛は死活問題かもしれないし、トラック便が削減されれば、運送会社が打撃を受け、深夜放送がなくなれば、出演していたタレントや番組制作会社がメシの食い上げになるかもしれず、電気をそれだけ使わなくなったら東京電力が売り上げが下がって困るかもしれない(笑)。

その人達の生活権を奪う権利があるのかという、理屈には一定の説得力はある。商売になるものを見逃すことは自由経済社会の現代では罪という言い分もあろう。なにより、深夜にコンビニが閉まり、TVが現実に消えたら、騒ぎ出すのは実は一般市民かもしれない。筆者とて、仕事帰りが日付けをまたいでしまうことはめずらしくなく、コンビニやライトアップがなければ、心細い思いで帰宅しなければならないだろうし、妻が不在の時には、夕食にありつけなくなる時も出てくるだろう。そして、実際にコンビニの深夜営業停止でどれだけのCO2削減効果があるのか、正確なデータの持ち合わせも筆者には今、ない。

それでも、現実の削減効果があるかどうかはともかく、コンビニやTVを深夜から「消す」べきだと思うのは「視覚効果」が絶対にあると思うからだ。TVが消えたって、世の中にはビデオやDVDがあふれている、だいたいあんただって、深夜に電気をつけて、パソコン開いてくだらんブログをせっせと書いてるじゃないかとい言われれば一言もない。それでも、TVをつけても砂嵐、小腹が減ってカップラーメンでも買いに行くかと思っても、買える所はもうないという現実は、人々になにかを考えさえ、なにか行動を替えようとするきっかけに絶対になるはずなのだ。そのきっかけこそ、今の社会に必要なのではないか。

そんなあやふやなものの、犠牲になってたまるかという意見もあろう。が、そこを整理し、物事を進める為にあるのが「政治」だ、今回の上田の発案を「英断」と筆者が拍手を送るのは、一歩を踏み出そうとした、その政治家としての姿勢を支持するからだ。ただ、そこまで言うなら「自粛要請」などというあやふやなものではなく、思い切って「条例」として打ち出して欲しかった。そして是非議会等で活発な意見を戦わせて欲しかった。

話は少しずれてしまうかもしれないが、諫早湾の干拓事業で長年揺れた有明海の水門の開放を命令する判決が、先日佐賀地裁で下った。政府の衝撃は相当なものだったようだが、こうなった以上、控訴などといたずらに時間を費やすことなく、すみやかに水門開放を決断して欲しい。水門が有明の生態系を変え、自然破壊はもちろん、周辺漁民の生活を逼迫させているのは、ほとんど事実としか思えない。この干拓事業は水害対策の面があり、それが根強い開放反対につながっているむずかしさがあるのだが、どちらかに軍配を上げるとすれば「どちらが元々の自然の姿に近いものなのか」という基準で判断するしかないと思う。これも最後は「政治」の出番である。

7日からのサミットが単なる政治ショー、福田自民党延命の姑息な宣伝舞台ではなく「サミット」の名にふさわしい政治決断の場になることを、筆者は祈って止まない。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年6月15日 (日)

どっちらけ

最初にテーマとは関係ないことを。昨日、朝の8時40分すぎに発生した東北地方の地震により、亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被害に合われた方々に心よりお見舞い申し上げたい。中国での大地震からほぼ一月、地震の恐ろしさをまた、まざまざと見せつけられることになってしまった。

筆者が通勤に使う大宮駅は、折からの土曜日で東北方面に旅行をしようとしていた人々が、完全に足止めを食って立ち往生していた。駅のアナウンスは新幹線の完全ストップ、並びに復旧に8時間ほどを要する旨を繰り返し、旅行中止を呼びかけていたが、結局、筆者が仕事を終えて、帰宅する段階においても、復旧しておらず、仙台で行われる予定だったジャイアンツ戦は中止になってしまった。混乱の少しでも早い収拾を祈るばかりである。

さて、こういう災害時には、政治の重要性が、より増すことは言うまでもないが、我が国の政治の状況はいよいよ、目を覆うばかりだ。福田内閣の支持率は20%を割り込み、更に低下の一途だが、にも関わらず、情勢の転換が計られる気配が全く見えない。

先日、民主党はついに宝刀「参院での内閣問責決議案」を可決した。一院で内閣が事実上の不信任を受けた事実は重い、政局はいよいよ重大な局面に差し掛かった・・・はずであった。しかし、翌日の新聞からは、そんな緊迫感はどこにも感じられなかった。日経新聞など、見出しですら扱わなかった。自民党の頑迷ぶりとそのすさまじいばかりの厚顔ぶりは、度々非難して来たが、今回は民主党のアホさ加減を糾弾しないわけにはいかない。

どこまでの武器を与えたら、この党は自民党を追い落とせるのだろう。今になってようやく、筆者にはわかったのだが、小沢という人は、9月に民主党代表に3選されることを最大の目標にしており、その為にすべての戦略を立てていたらしい。勝負を先延ばしにして、代表選に対抗馬が立ちにくくする為に、わざともたもたしていたと思われるフシがある。とんでもない、内向きの論理である。

更に、審議拒否を異常に恐れる余り、あたら問責の提出時期を逃し続け、すっかり間の抜けた状態となり、今回の提出も、会期末が近づき、もはや審議拒否しても、そのまま閉会に逃げ込めるという思惑を、マスコミにも国民にもすっかり見透かされてしまった拙稚ぶり。

そして前原誠司、渡辺秀央といったハナから党内を混乱させ、民主党を解体に追い込み、堂々と自民党に入ることを目的としているエセ野党議員とも言うべき、工作員のような連中に振り回され、党内の意見集約すらままならない脆弱な党内事情。もっとも、党首自らが自民党に媚を売ろうとしてから、わずか半年。彼らだけを非難するのは間違っているのかもしれないが・・・。

国民新党との感情的対立が深まりつつあるのも、気がかりだ。衆院選になった時、彼らの持っている票というのは、学会票まではいかないにしても、案外大きいのではないか。第1党として野党をまとめきれない器量のなさではとても政権交代なんて・・・。

サミットはあるが、政局は事実上、長い夏休みに入ってしまった。サミット、更にはその後の内閣改造で起死回生を狙う福田に対して、小沢の戦略は見えない。例の地方行脚を再開して、選挙ムードを盛り上げるつもりらしいが、ガソリンも年金もそして後期高齢者医療制度も、今更解散への起爆剤にはなるまい。そんな中、秋に開かれるであろう臨時国会で、気の抜けたビールのようになってしまった問責の後始末をどうつけるつもりなのだろうか?年が明けたら、民主の負け、昨年の参院選後に、筆者はそんなふうに書いた記憶がある。やはり、その予感は正しかったのか、そんな慄きが、今自分の中にある。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月30日 (金)

大山鳴動・・・

先週の金曜日に、ディズニーランドへ行って来た。夏到来を思わせるような暑い日で、GWが終わったばかりの平日なのだから、すいているだろうと思っていたら、とんでもなく、修学旅行や家族連れでごった返していた。まぁそれでも土日よりは随分マシなんだろうけど。

家族に付き合って1~2年に1回はやって来ているが、正直言わせてもらえば、筆者にとってはそんなに魅力のある場所ではない。ただ、夜のエレクトリカルパレードとその後の花火だけは楽しみにしているのだが、その数少ない楽しみをここのところ、2回続けて見られないでいる。いずれも昼間はいい天気だったのに、夕方になるといわかに一転掻き曇り・・・というパターンにやられてしまったのだ。

そして、今回はその心配もなく、パレードは無事終了、後は夜空を彩る華やかな眺めを堪能するだけと、心弾ませながら待ち構えていた時、悪魔のような放送が流れてきた。

「本日予定しておりました花火(正式名称忘れました)は上空の大気が不安定の為、中止とさせていただきます。」

その時、開始わずか5分前。考えることはみな同じで、花火を土産にさぁ退散と集まっていた大勢の人間から一斉にエ~という不満の声が上がった。昼間と違い、曇ってはいたが、雨の気配はまるでなく、身体に感じられるような風も吹いていなかった。中止の可能性など、そこにいた誰一人、考えてもいなかったに違いない。

近隣住民への配慮もあろう、少しでも危険なことはできないというのがTDL側の言い分なのだろうが、それまで中止の可能性のアナウンスもなく、突如そんなことを言われて納得しろというのが無理だろう。みんな怒っていた、大声で文句をいい、まくし立てていた。だが、そんな言葉を口にしながらも、そこにいた人々が実際にとった行動は出口にとぼとぼ向かい始めることだった、係員に詰め寄る人など1人もいなかった。天候のことだから仕方がない、あの中ではみんないい人になるとも聞く。だが、みんなブーブー言いながら歩いているのである。日本人とはなんと大人しく、そして物わかりがいいのだろう、むろん筆者も含めてである・・・。

日本人は大人しい、なにがあってもデモひとつ起さないとよく外国人からバカにされる。60年安保闘争の挫折が、日本人から怒りという感情を奪ったなどとする識者の言を聞いたこともある。そんな昔のことを持ち出されても困るのだが、それにしてもこのところの各種マスコミの世論調査での数字は筆者には理解できない。

福田内閣への支持率はまさに断末魔、これは当然だろう。政党支持率も民主が自民を上回っている、これも筆者的には当然だ。だが、この際、解散総選挙を行い、民意を問うべきだと思いますかという設問への答えがまぁノーが上回ることはないが、イエスもやっと5割を超えるか超えないかというと程度に留まっている。

今選挙をせずにいつ、選挙をするんかいなと筆者なんかは思う。解散は首相の大権、不利な時に解散するバカはいないというのは理屈だし、今解散総選挙などで「政治的空白」を作るわけにはいかないなんてとんでもない暴言を吐く自民党議員もいる。国民に信を問うべく行われる総選挙を政治空白だと思っているのなら、もう選挙になんて出るな!とにかく、自分への批判の高まりに対して福田が知らぬ顔の半べエを決め込めたり、こんな自民党議員の暴言が放置されているのも、結局は世論の大勢が選挙を今、望んでないように見えるからだろう。これがもし解散すべきの数字が7~8割なら否応なく、福田は解散に追い込まれるに違いない。所詮、本当には怒っていないのか、それとも、もうなにをしても無駄と諦観してしまっているのか。

これは民主党に対する国民の感情の裏返しでもある。自民党にはいい加減、うんざりだが、さりとて民主党も当てにはならんという率直な思いが表れている。支持率で自民を逆転したと言っても、まぁ誤差みたいなもの。このところの民主党の諸問題への対応もお世辞にも国民の理解、支持が得られているとも言えない。日本が生き残るの為には、とにかく1度政権交代をするしかない。その為には、現状民主党を応援するしかないだろうと筆者のように割り切れている(?)単細胞は幸せなのかもしれない。

先国会もひどかったが、今国会の有様も情けないとしか言いようがない。論議すべき課題、追及すべき問題は山ほどあったと思うのだが、結局、大騒ぎしてなにか前進したものがあっただろうか。石破や舛添の首1つとれず、この国会でなに1つ目立った成果を上げられなかった野党の力量不足は深刻である。

別に大臣の首をとることが、野党の仕事ではないが、しかしあんな連中の居座りを許すようじゃ、なんの為の参院での多数だと言わざるを得ない。先日の道路特定財源の再可決の時にも、なんで冬柴国交相の問責決議を出さなかったのだろう。あんな矛盾だらけの再議決を咎めることもできないのだろうか?

狙いは福田の首1つ、他の雑魚など眼中にないというのなら、それなりの姿勢を示して欲しい。結局は乾坤一擲、勝負を賭ける勇気を欠き、あたら時期を逸したまま今日まで来てしまった。もう今更、問責など出せないたろう。出したところで手遅れ、後期高齢者医療制度廃止法案が与党に葬り去られた時点で出そうとしているのかもしれないが、その時にはそのまま国会は閉会になだれこんで、結局うやむや、なにも変わらない。

まさか福田がサミットに出席できるなんて、思ってもみなかった。小沢は秋に勝負をかける腹らしいが、今勝負できずに、秋になったら勝負できるその根拠はなんなのか?このままズルズル衆院の任期切れまで行ってしまう危険性の方がむしろ高まったのではないか。自分の民主党代表3選を優位に運ぶ為の戦略だったとしたら、その代償は決して小さくないよ。

国民の中から解散の機運が思ったより高まってこなかったことを嘆く声もある。だが、自分達にその気運を高める努力をしようとした形跡が見られない。問責を出すと審議拒否、それは結局、自分達に不利という頭しかなかった。住専国会のトラウマらしいが、参院の多数を結局は使い切れなかったお粗末さが残っただけである。

いや、最後に来てやっと成果があったという声もあろう。成立が絶望的とされた公務員法が急転、自公民の合意がなり、成立の運びとなったからだ。ねじれ国会を動かす方法はただ1つしかない、それは与党が民主党の言うことを聞くことだと、前に書いたがそれを実証する結末だった。後期高齢者医療制度も野党の言う通り、1度なしにしてみればいいじゃないか。

えっ、そんな野党の言うことばかり聞いちゃいられないって?だったら解散して信を問えばいいじゃない。その為の解散でしょ、結局はそこにたどりつくはずなのに、逃げ回って時を稼ごうとする与党と、勇気を欠いて、ズルズルと無為な時を過ごす民主党、なんか、奇妙にウマが合っちゃてるようで・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 4日 (日)

暴言は承知だが

こんなことを書いても詮無いこととは承知しているが、それにしても3年前の郵政選挙というのは、本当に痛恨だった。まともな政策を1つも出さずに、「郵政民営化」だけを連呼し続けた男に酔いしれ、まるで催眠術にでもかかったように国民の多くが自民党に投票、そこで自民党が得た衆院の圧倒的多数が、今、すべての阻害要因になってしまっている。

このコラムでも何度か触れたが、小沢一郎は参院で与党自民党を過半数割れに追い込み、すべての政府提案の法案をブロックして、追い詰め、解散に追い込んで政権を奪取することを最大の戦略としてきた。だが、与党の持つ2/3という衆院での圧倒的多数がその前に立ちふさがっている。自民党サイドから言わせれば、これにより辛うじて国政は機能しているのだと言うだろうが。

山口2区補選敗北、ガソリン暫定税率の強行復活という流れを受けて、福田内閣の支持率はついに2割を切り、自民党の支持率も民主党に再逆転を許した、まさに絶体絶命・・・のはずなのに・・・。

ある民主党議員が諦め顔でこうつぶやいたと言う。

「内閣支持率が下がれば下がるほど解散が遠のいて行く、どうにもならん。」

まさに打つ手なしという風情だったそうだ。なんなんだろう、これは。

自民党支持者及び良識ある人々から顰蹙を買うことを承知で書けば、自民党というのはもはや「国賊」と言っていい。1日、自分達が政権の座にあることが、国の損失になるということに気づいていない。そこまで言われる筋合いはない、だいたい民主党が政権を獲って、国がよくなるなんて保証がどこにあるという反論はあろう。

これまで、事ある毎に自民党の政治家は

「そんなことを言っても財源はどうするの?財政は苦しいんだよ。」

としたり顔で言い続けてきた。現実を知らない野党や国民にも困ったもんだ、あからさまにそう小馬鹿にし続けてきた。

では伺おう、いったいいつになったら財政は好転するのか?国民をあざむいて間接税を導入し、更にその税率も上げ、更に様々な公共サービスを軒並み削っても、日本の国家財政が好転したという話は一向に聞かない。先日も財務省が日本の借金が史上最高になったとこれみよがしに発表していた、早く手を打たなきゃとんでもないことになりますよと言いたいらしい。手を打つとは要するに増税=消費税率のアップである。

はっきり言おう、いくら税金を上げたって無駄、財政なんか好転するわけがない。だって同じ連中が財政運営するんでしょ、今日の国家財政の惨状は自民党及び財務省の財政運営の失敗に他ならない。なのにまだ、俺達にやらせろと言っているのだ、冗談ではない。だいたい「暫定」という名の税金を40年以上も取り続け、なおかつ今後も取り続けようという神経は、とうていまともとは思えない。

自民党の辞書に「自己反省」という文字はない。すべて自分達のやる政策は正しい、すべて現状を是とするところからスタートしている。先日の補選を民意の反映ではないとうそぶく傲慢さ、強行採決で導入した「後期高齢者医療制度」も制度そのものは悪くない、理解できない国民がアホなだけだという理屈だ。

税金は安い方がいいに決まっている、できれば払いたくないというのが本音だが、しかし国民の大多数の本音は少し違うのではないか。つまり

「今の体制のまま、新たな税金を払うのはごめんこうむりたい。」

ということだ。我々の税金が本当はどのように使われているのか、わけがわからんうちに、ほら財政破綻しますから、新たな負担をと言われて、ただでさえ嫌なものを払う人間などいるだろうか?

先日あるバラエティ番組で防衛費を半分にしたらどうかいう意見に対し、出演していた自民党議員がそんなことで国を守れるわけがないだろうと反論していた。理屈はごもっともなれど、その防衛費が本当に額面通り使われているかが、問題なのである。財政がピンチなのはなんとなくわかる、しかし、それは本当に税収不足でピンチなのか、税金を自分達の金だといわんばかりに食い潰している連中が、あまりにも多いのか、真実をまず明らかにしてもらわなければ、たぶん話は先に進まないだろう。これにはこれだけお金が要ります、だけではもう済まないところまで来ている。

とにかく、自民党の財政運営は既に落第だということは現実が証明している。とすれば、やり方を替えるしかない、つまりお後と交代ということだ。なのに天上天下唯我独尊、国家を運営できるのは我らのみと、政権に居座わり続けている。自分達のやり方が正しいと言い張るなら解散総選挙で国民の信を問えばいい。それもしない、いやできずに、いたずらに国政を混乱させているだけではないか。

自民党にばかり厳しいという声はあろう、筆者はアンチ自民を公言しているから、偏った意見ととられても仕方ないかもしれないが、これも何度か書いたように、今現実に政権に就いているのが自民党である以上、このすくみきった国政を打破する責任は一に自民党にあると思う。国政を「円滑」に運営するには民主党の言うことを全部聞くか、解散するしか選択肢はないのではないか。

解散した先になにがあるか、筆者は政権交代、民主党政権樹立があると思っているし、期待している。自民党も逆にそれを恐れて解散できないのもわかっている。だが、もし自民党が予想以上に踏ん張って「しまって」、衆院での与野党逆転がならなかったらどうなるのか、国政はいよいよ混乱の度を深めるだけになる恐れがある。そうだ、与党の2/3はなくなり、国会は本当になに1つ決められなくなる可能性がある。

そこで話し合いの機運が高まるか、それとも「大連立」になるかはともかく、自民党と民主党の一部が連携して事を運ぶという動きが出てくるだろう。もう1つ、小沢と民主党に度胸があれば、徹底的に国会を混乱させ、政権をデットロックに乗り上げさせ、再び解散に追い込む。つまり俺達に政権を渡すまで何度でも選挙してやるというほとんどクーデターみたいなやり方もある。どちらにしても、筆者が望んでいる方向かは別としても、解散が事態を動かすことになるのは間違いないだろう。

だが現実は解散はなし、民主党の必殺兵器と見られていた参院での内閣問責決議案も実は竹光で、無視されてそれで終わり。このまま、ズルズルと最悪の事態が続き、解散は早くて来年1月なんて識者の声が出るに及んでは、もはや言葉もない。

先ほど度胸があればと書いたが、竹光かどうか民主党は乾坤一擲、勝負に出るしかない。問責可決→国会ボイコットだ、そして、街頭で、マスメディアで徹底的に世論にアピールする。審議拒否が悪者と言っても時と場合による。このまま為すすべなしではどの道、国民に呆れられるだけだ、福田内閣は絶対にもちこたえられずに解散せざるを得なくなると、筆者は見るのだが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

逆トラウマ

小沢一郎は腹をくくった、ここで勝負、福田内閣をひたすら追い詰め、総辞職ではなく解散に追い込む、いよいよ時は来た・・・かに見える。

だが、ここぞという時に身内から必ず攻撃を受けるのが、この人の悲しいところ。今日の日銀人事、反対したのははっきり言って福田、自民党そして財務省への嫌がらせ、それ以外の何物でもない。とにかく、敵をひたすら困らせて、追い詰める、その手段の1つだった。そこに政策はない、政略、戦略のみだ。それに対する批判はあるだろう、しかし綺麗事で政権は獲れない、ひたすらゆさぶり、追い詰める、民主党に足りないのはその泥臭さだった。小沢はここが勝負と見た。

しかし民主党の大勢はそう見なかった、例によって小賢しい「現実論」に逃避しようとした、それを党首の意向が事実上抑えこむ形になった、そして造反・・・。

造反組のリ-ダ-渡辺秀央は一時は小沢側近の1人に数えられたが、今や反小沢の急先鋒、あまりにも見飽きた光景である。渡辺はかつての師匠、中曽根あたりにネジを巻かれているのだろうが、小選挙区で議席を失って路頭に迷ってたのを小沢に拾われたような奴で、こんなのに手を噛まれているのでは、小沢の不徳の致すところとしか言い様がない。渡辺一派の行動が小沢に一泡吹かせたい程度の発想から来ているのが明白なだけになんとも情けない。こうなっては小沢も参院の数で押す一方ではいけなくなる、また変な妥協に走らなければいいが・・・。

民主党のお家騒動は大歓迎の自民党だが、追い詰められていることに変わりはない。暫定税率の衆院再議決を公言して憚らないが、こちらも造反が出る気配で、もし失敗すれば、それこそ命取りになる。

やったところで、どうなるか?民主党は嬉々として参院で内閣問責決議案を出す、多少の造反は出てもこれは可決されるだろうから、そうしたらどうすんの?与党側は衆院で信任決議を可決して対抗、これでチャラという理屈らしいが、そんなのが通るなんて子供でも思わない。参院で野党は当然審議をボイコット、国政は完全にデットロックに陥る。

与党は仕方ないから、次々と2/3攻勢で先に進もうとするだろうが、国民の批判を浴びて早晩立ち往生となる。やむなく福田退陣、でも首相が替わっても参院の構成は変わらないから、同じことの繰り返し、そして解散に追い込まれる。

亀井静香はだから再議決はやれないし、やらないだろうと見ているようだが、今の官邸、そして自民党首脳の判断能力は極めて疑問であり、時の勢いで突っ込んでくる可能性は低くないのではないか、首相や官房長官があれだけ再議決に再三再四、言及しながら、結局できないとなれば、それこそ内閣が追い詰められるとの考えも成り立つ。今の政局は今月末の衆院山口2区の補選の趨勢をかたずを飲んで見守っている形だ、どちらが勝利するかで、完全に流れは決まる。

それにしても、自民党がここまで選挙を恐れる理由がわからない。大阪府知事選以降、自公対民主の図式の首長選は自公側の連戦連勝。福田内閣の支持率は低下の一途をたどっているが、民主党の支持率だってじり貧、全く高くなっていない。未だに候補も出揃っていない。福田内閣が発足直後にズバッと解散していたら、民主党は為す術はなかったのではないか、例の連立騒動で福田が変な期待を持ったとすれば、民主党にとってはケガの功名だったのかもしれない。

トウウマというのは、むずかしい言葉では説明できないが、要は以前に酷い目あったことが、心の傷になって、なかなか立ち直れないということだろう、3年前、とにかくボコボコにされた民主党ではなく、大勝した自民党の方が、明日は我が身と怯えている姿は滑稽である。だが、「国政の停滞」を声高に叫ぶのであれば、状況打開の責は一に政府与党にあるはずなのだが・・・。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年3月22日 (土)

腹を据えろ!

かつて政局には必ず「シナリオライター」なる者が存在し、事態はその人物が書いた筋書き通りに展開していったのだという。その筋が書ける人物こそ当代の「実力者」ということになるらしい。そう呼ばれた人物を列挙すると、田中角栄、金丸信、竹下登、野中広務・・・小沢一郎も一時期そう言われていた、なんのことはない、旧田中派のお歴々である。

だが田中、竹下、金丸はとうに亡く、野中も政界の表舞台から姿を消した。そして小沢も野党に転落して久しい今、どうやらシナリオライターはいないようだ。彼らが本当にシナリオを書いていたか、また書けたのかは定かではないが、できることなら田中や金丸にあの世からお出で願ってなんとかシナリオを書いてもらいたい、そんなことを考えてしまうくらい今の政治状況はひどい。

早いもので、昨年7月の参院選からもう8ヶ月が経とうとしているが、この間の政治状況を一言で言うなら「情けない」という言葉しか浮かんでこない。もう一言キーワードを探せば「不毛」、ただ時間を空費しているだけだ。

この間、一体なにが決まり、なにが変わったのだろう、首相は変わり、テロ特措法は廃案となり、また事実上復活した。国民の多くが唖然とした大連立騒動、そして・・・あとは本当に不毛としか言い様のない国会の機能不全の現実だ。

政府・与党というはよほど自分のやること、考えたことに自信があるらしい。自分達の考えてることが唯一正しくて、他の考え方など話にならないとハナから決めつけているようにしか見えない。自己の信念に生きるのは結構なことだが、その結果、国政が停滞している現実をどう考えているのか?

日銀総裁人事をめぐる一連の動きもひどかった。民主党があれだけ承認できないと公言している候補をなんの工夫もなく出して、あえなく否決。そして時間切れだ、福田首相はベストの人選と信念を持っていたそうだが、国会の承認を得なければどうにもならないという現実がわかっていなかったのだろうか。

そしてまた、年度末が刻々と近づき、「日切れ法案」の失効が現実のものとなりつつある。これに対してももはや打つ手なし、野党が民主党が出している対案を可決したら、それを自分達の法案の否決とみなして、ただちに衆院で2/3を使って再議決しようなどとほとんど正気とは思えないことを口走っている。そんなことをすれば、野党は今度こそ錆びかけている宝刀、問責決議案をぶつけて来る、そこで福田内閣はジ・エンドである。

今の政府・与党にあるのは意地とプライドだけ、今でもわからないのが衆院での予算の強行採決、あれで今後の拠り所のはずの議長斡旋が吹っ飛んでしまった。少なくとも民主にそう言わせるだけの材料を自ら作ってしまった、あれ以降、政局は完全にデットロックに乗り上げてしまった。あの強行は誰が、なんの成算があって指示、実行したことなのか、全く理解できない。自民党は思考停止に陥っているのだろうか?

福田や自民党としてみれば民主党のサボタージュが国政を停滞させている、あいつらこそ悪いんだと言いたい、いや現に言っているが、国政の最終責任は与党である自民党と福田内閣が負っているのであって、停滞を払拭する義務は一に彼らにあるのである。つまり彼らが本気で国政に責任を持とうとするのであれば、民主党への大幅な譲歩をせざるを得ないのは火を見るより明らかなことである。だが、全くそんなそぶりはない。ただあいつが悪いと吠えているだけである。だいたい、暫定税率廃止を言う民主党を無責任、非現実と偉そうに批判しているが、今まで自分達の思い通りにやってきた結果、今の財政状況があるという反省がかけらも見えない。

いつまでこんな状態を続けていくつもりなのだろう。どちらにしても早晩、福田はいけないから、その時はまた首相を替えて、やり直し、とにかく時間を稼ぐというのが自民党の戦略なのだろうが、国民はバカにするのもいい加減にして欲しい。今の状況を打破する方策はただ1つ、衆院を解散し、国民の信を問う、それ以外にないことはたぶん自民党のお歴々もわかっているはずなのである。

(本稿未完)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月25日 (月)

時だけが過ぎて行く・・・

今年に入ってからの時の流れの速さはなんなのだろう、もう2月が終わろうとしている。本当についこの間、新年を迎えたばかりのような気がするのに・・・。

それにしても痛ましい事故が起こってしまったものだ。どんなに最新鋭の設備を積んでいても、それを扱うのは結局人間なのだということを改めて思い知らざるを得ない。国民の安全を守る為の組織が不注意で国民を殺して(まだ行方不明だが)しまったという事実は切なく、そして重い。

防衛省、自衛隊という組織は少し不祥事が多過ぎないか?ただでさえ「軍」というのはアンタッチャブルな存在になり易いというのは古今東西の歴史が証明している。本当に大丈夫なのだろうか。

石破茂防衛相は自らの身をどう処するつもりなのだろうか。今すぐ辞められても困るが、しかるべき時期に辞任をせざるを得ないだろう。参院選の責任をとらずに居座ろうとした安倍晋三を痛烈に批判した彼のことだから、まさか自らの進退を誤ることはない、とは思う、しかし彼の辞任に反対する声は政府、与党内に根強い。

「彼以上に防衛省内部に精通している政治家はいない、だから辞任の必要は全くない。」

とは記者団の問いに答えた福田首相の台詞。だがその石破をして、例のとんでもない次官の就任を阻止できず、今、真実の情報を得るのに四苦八苦しているように見受けられる現状は厳しい。石破辞任の後の後任選定に自信がないなどという言葉も官邸筋から聞こえてくるとの報道もある。更に珍言、迷言をひたすら並べ続ける鳩山邦夫法相の存在も頭痛の種だろう。

あれやこれやで福田内閣の混迷と低迷は続いている。一部調査では内閣支持率がついに30%を割りこんだという。同じ調査の政党支持率では民主党が自民党に10%程の差をつけた、なのに民主党から「時来る」の熱気が全く感じられず、国民の期待感の高まりもまるで感じられないのは一体どうしたことだろうか?

小沢代表は総選挙は今年の9月などと言い出しているらしい。なんで勝負をどんどん先送りにしようとしているのだろう。先の党大会で3月には解散に追い込むと吠えていたがあれは一体なんだったのだろう。要はきっかけをつかめないということか、ガソリン税も年金もこのままでは不発、当面打つ手なしということか。

小沢の真意を改めて疑いたい。この人は本当に政権交代を希求しているのかどうか、どうしても疑問を持たざるを得ない。少なくても「自分は首相にはなりたくない」と思っているとしか思えない。そんな党首を戴いて政権を取ろうというのが、どだい無理な話ということだ。

安倍の退陣を惜しむ声が民主党から上がった時、なにを寝ぼけたことを思ったが、今にして思うと自分達の力量を把握しての言葉だったんだなということがよくわかる。自らに内閣、与党を追い詰める能力などまるでなく、結局は敵失、フォロ-の風を待つしかないということらしい。今の福田を倒せないのだから、政権交代など夢のまた夢ということだ。

かつて小沢一郎は

「参院で与野党逆転を果たし、議長を取る。そうすれば政府提出の法案は軒並み通らなくなり、内閣は解散に追い込まれるしかない。」

との戦略を口にした。それを聞いた時、すさまじい戦略だと感心したことを覚えているが、今それが現実のものとなっているにも関わらず、一向に事態は進まない。衆院で与党が2/3の議席を占めているのが計算違いで、ひたすら数で押すわけにはいかなくなったということなのだろうが、それにしてもあまりに無為無策のように見えてならない。

内閣全体のはともかく、石破と鳩山の問責決議案は出してみたらどうだ。せっかくの伝家の宝刀をあたら竹光にしているとしか見えない現状を打破するにはそれしかないと思うのだが。3月末の年金公約の正式破綻の際には舛添厚労相、もしくは内閣そのものへの問責を出す。とにかく今は攻撃あるのみ、どんなにカッコイイことを言っていても政権を獲らない限りなに1つ実現をできないのだから、遮二無二、泥臭く戦って行くしかないではないか。岐阜1区に代表されるように自民党の候補者調整、選挙準備は着々と整っている。ただ漫然と手をこまねいていて、民主党や小沢はどうするのつもりなのだろう?

それともなにかというと「対案を」と迫られて、すっかりおじけづいてしまったのか、だとしたらそれ以上、なにも言うことはないのだが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年1月17日 (木)

迷走

筆者の知る限り、本人が首を縦にさえふれば、首相になれたのに、それを頑として拒み通した政治家が2人いる。1人はリクルート事件で混乱する自民党内の熱烈なラブコールを一顧だにしなかった伊東正義、もう1人が誰あろう小沢一郎である。

海部俊樹首相が退陣に追い込まれた1991年秋、当時のキングメーカー金丸信は後任に秘蔵っ子として目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた小沢を推す意向を示した。当時の情勢としてはもうそれで決まり、史上初の40代の首相が誕生するのになんの支障もなかったが、金丸の直接の説得にも関わらず、小沢はとうとう受けなかった。当時の小沢の心境や思惑については諸説あるが、あれからもう20年近くの時が経とうとしている。

筆者の熱望する政権交代が近々実現するならば、その政権のトップ、首相の座に就くのは小沢であることは論を待たない。まさに苦節20年、しかし本人にそんな感慨があるかどうかはわからない。

小沢という人間、そして政治家を理解することは極めて難しい、少なくとも筆者のような浅学非才な者には不可能に近い。彼には彼なりの高邁な政治哲学、信念そして目標があるらしいが、筆者にはさっぱり理解できない。政権交代可能な二大政党制を実現すると彼は、ことある毎に言い続けているが、彼の実際の政治行動がそれとほとんどリンクしていないように見えるからだ。

参院で多数を失い、防衛省の不祥事、年金問題と泣きっ面に蜂状態だったはずの福田内閣相手に、なんであんなグダグタな国会の幕切れになってしまうのだろう。本気で自民党を追い詰める気があったのだろうか?その上、肝心な時に国会から姿を消してしまう「大胆さ」、政治家にとってなによりも大切なのは選挙だそうだが、国会議員である以上、国会に出席することだと思うのだが・・・。

あの唯我独尊的性格と言動がある意味、政治家小沢一郎の武器であり、魅力なのかもしれないが、正直、筆者は付いていけない気分である。「日本一新」は確か、自由党時代の彼のキャッチフレーズだったが、その方向には諸手を挙げて賛成できるのに、実際彼に政権を託すことに、たまらない不安感を抱いてしまうのはきっと、自らの信ずる方向に暴走した挙句に、自己破壊して果てるのではないかという危うさが、小沢の言動の節々に感じられるからであろう。

それでも自民党を倒せるのは小沢しかいない・・・らしい。少なくとも民主党の多数の人々はそう信じているのだろう、だから必死になって小沢を引き止めたのだ。しかし、この半年の国会の様子を見るにつけ、小沢の戦略なるものが、そんなに優れているものなのか、大いなる疑問を感じざるを得ない。お前らは黙って付いて来いという傲慢さが、社民、国民新党そして共産党の他野党の反発を買って、四面楚歌に近い状態に追い込まれた先国会の結末は、かつて参院議員を軽視して、結局多数を握ることに失敗して敗退した経世会分裂時の顛末を彷彿とさせた。リーダーとしての包容力というものを小沢に期待する方が間違っているということか。

通常国会はもう目の前である。小沢が国会をさぼってまで力を入れている大阪府知事選も刻々と近づいて来ている。福田内閣の支持率は依然低迷している。しかし、決め手のない小沢と民主党、敵失を待つのではなく、堂々たる論陣で与党と福田内閣を追い詰める姿をそろそろ見せてくれないと、国民ももう待てない。問責という最大の切り札を活かすも殺すも、結局は小沢と民主党次第なのだから。

最後に全く関係ない話を1つ。以前、筆者が懸念した通り、16世名人を襲名した中原誠が無様な戦いを続けている。襲名後、なんと5戦全敗。B2やC2クラスの連中にひねられて「永世名人」とは・・・本人の心境を聞きたいものである。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年1月 6日 (日)

やっと書ける

2008年も気がつけばもう6日がたってしまった。年末年始に忙しいのは、サ-ビス業の宿命ではあるが、それにしてもこの年末年始は久しぶりにすさまじかった。それも業績がよくて忙しいのなら、まだ救われるのだが、人減らしの結果、残った人間にしわ寄せが来ているだけで、数字はむしろ下降線というのだからつらい。

やや遅まきながら、2007年という年を自分なりに振り返ると「中途半端」というキ-ワ-ドに辿りつく。個人的には年明け早々、第2子に無事恵まれ、仕事も望んだ担当に復帰できて順風満帆かと思えば、結局また、別の部署を兼務したり、担当替えになったりと、落ちつかない一年になってしまった。ジャイアンツの優勝もなんとも中途半端、念願の政権交代もやっと道筋が見えたと思ったら、水をぶっかける輩が現れ、うやむやのまま年を越してしまった。

それにしてもこの中だるみというか、はっきりしない政治状況はなんなのだろうか。福田政権も自民党ももうチョンと一押しつけば、バッタリ倒れそうなのに、その最後の一押しができない。去年、年を越したら民主党の負けと書いたが、あれだけの大失態を犯しながらも、今尚、状況は民主党に有利と言っていい。千載一遇のチャンスのはずなのに、なにをためらっているのだろう。民主党の躊躇がわからない。

夏から揉めに揉めた給油問題は自民党が伝家の宝刀2/3条項を発動させて、どうやらケリがつく情勢となった。それに対して、民主は宝刀参院での内閣問責決議案をスル-させるらしい。もともとこの問題で政府を追い詰めるのは無理筋だっただけに、その判断はやむを得ないとは思うが、問題はいつそれを使う気なのかが、全く見えてこないことだ。

絶好のタイミングが半月程前にあった。例の年金問題で福田以下の閣僚が立て続けに失言をした時である。あそこで問責を出していれば、国民の支持は民主党に圧倒的に向いていたに違いない。だが、民主党はそのそぶりすら見せなかった、わからない。今日菅直人はテレビでこれから国会の論戦で与党を追い詰め、3月末には解散に追い込むなどと寝言を言っていたらしいが、己を知らないにも程がある。審議拒否はしない、国会論戦で与党を追いこむと事ある毎に民主党は言って来たが実現したためしがないじゃないか。

毎日新聞の調査によると、次期総選挙で勝って欲しい政党はという問いに民主党と答えた人が自民と答えた人の割合を10%以上離したという。どうやら1回、自民党は引きずり降ろして、民主党にやらせてみなきゃしょうがないだろう、このままでは日本はどうにもなるまい、筆者と同じ思いの人が増えてきていることは肌で感じられるようになって来た。だが、よく言われることだが、これは民主党への積極的な支持では決してない。鉄は熱いうちに打てではないが、タイミングを逸すれば、そんな空気はあっという間に雲散霧消してしまうだろう。なにを呑気に構えているのか、筆者には全くわからない。

呑気に構えているのではない、攻勢をかけたくても、選挙準備が整わないのだと言いたいのかもしれないが、それではもうお話しにならないだろう。今解散になっても民主党は過半数はとれず、しかし自民党も2/3を失い、政局はいよいよデットロックに乗り上げ、結局は大連立へ・・・・政治の玄人達はそう読みきっているらしい。しかしあの3年前の郵政選挙の顛末を見れば、そんな「玄人」の小賢しい読みなど吹き飛ばしてしまうような結果を小選挙区制度というものがもたらすことは証明済みのことではないか。発足して半年もたたないうちに内閣改造を口走った福田は自らの不明を天下に宣伝したようなものだったが、結局それすら為し得ず、無為無策のまま泥沼にはまっている。そんなのにとどめもさせないようでは、政権など絶対にとれるわけがない。腹をくくらなければ戦いには絶対に勝てないのだ。

だが・・・最後にある自民党の幹部が語ったとされるこんな言葉を紹介しよう。

「参院で問責されても福田は居座れると思っているらしいが、あまりにも物事を知らなすぎる。そんなことをすれば国民の非難を一身に浴びて、野たれ死にするだけだ、我が党も終わりだ。問責されたら福田は総辞職するしかない。解散など絶対にしないし、させない。してなにかメリットがあるかい?福田を降ろしてまた総裁選だよ、そしたら1ヶ月は稼げる。またリセットしてやり直しだ。とにかく、なんとしても任期満了近くまで粘って粘って、できるだけ選挙を遅らせる。それ以外に我が党の生き残る道はないよ。」

敵はしぶといよ、生半可ことでは倒せない・・・民主党さん、大丈夫?


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月14日 (金)

あまりにもふざけてないか

消えた年金問題で政府は事実上、すべての照合等の確認作業の完了をキブアップした。

「来年の3月までに、すべての照合作業を完了させ、最後のお1人に至るまで、必ず年金を保障いたします。」

と大見得を切った男がいた。見得を切って2ヶ月も経たないうちにどこかへ逃走してしまったが、その理由として健康やテロ特をあげていたが、どうやらこの問題に対する自らの公約の破綻を早々に悟ってのこととの疑惑が極めて濃くなった。もともと、どう見ても無理なことを一国の首相として堂々とぶち上げた挙句、すべてを放り出してしまったあの男の無責任ぶりは今更ながら、改めて追求しないわけにはいかない。辞任直後にも議員を辞するべきと書いたが、早々に公職を去れと声を大にして言いたい。

そして更に腹立たしいのは、政府も自民党もこの無責任男にすべて押し付けて、事を済ませようとしている姿勢がありありとわかることだ。

「誰が大臣をやっても同じこと。」

就任時に必ず解決すると、やはり大見得を切ったはずの舛添要一は一転開き直り

「あれは選挙前だから、つい言ってしまった。」

と町村信孝はある意味、まことに正直に告白。

「さぁ、公約違反に当たりますかねぇ。」

福田康夫に至っては例の人を小ばかにした口調でサラリと言ってのけた。この人達の肩書きは順に厚生労働大臣、内閣官房長官そして内閣総理大臣である。開いた口がふさがらないとはこのことだ。

この人達は「悪いことをしたら、間違ったことをしたらまず謝る」という人間としての基本をまず知らないとしか思えない。誤りを認めたら負けとばかりに、なにがあっても頑迷に言い繕ろう、言い抜けようとする姿勢は特に森内閣以降の自民党の顕著な特徴である。この人達に道徳だの教育だのと偉そうに語って欲しくないといつも思わされる。

舛添なんてあんだけ口汚くあの男をののしりながら、一転その内閣に入って大見得を切ったと思ったら、最後は俺様の言葉を勝手に解釈して踊った国民が悪いと言わんばかりの態度だ。いったい自分を何様のつもりでいるのだろうか、タレントとして傍若無人に振舞うのは勝手だが、今は国民の負託を受けた国会議員であるという自覚がなさ過ぎる。

町村のそれはまさに「それを言っちゃぁおしまいよ」の世界だ。選挙で耳あたりのいいことを言うのは政治家の世の常ではあるが、それで片付けられたら、国民はなにを信じて投票すればいいのか。

福田の言い草は要は「あれは前任者の公約(もっとはっきり言えば寝言)、俺には関係ねぇ、オッハッピー」ということなのだろう。確かに言ったのは自分ではないだろうが、首相として前任者が発した発言は政権の連続性という観点から、後任者たる自分も拘束されるという基本的なことすら理解してないらしい。

今朝、休日にしてはめずらしく早く目が覚め、将棋の竜王戦でも見ようとテレビをつけたら国会中継になっていてがっかりしたのだが、答弁席に座っていたのは福田、町村以下高村正彦、石破茂と二世議員のオンパレード。今更かもしれないが、これでは自民党に国民の視線に立った政治など望むべくもないなと改めて痛感した。

この問題は国家の基幹を揺るがす問題とは思わないのか。国家とはなんなのか、我々国民はなぜ税金を納め、自分の貴重な収入の中から国に積立金を払っているのか。そこが揺るいだ時に、その国はもう国家として存立し得ないだろう。国にすべてを頼るな、自己責任だと、具合が悪くなると政治家や官僚は言い出すが、必要最低限、国家として国民に為すべきことはあるはずである。自分の安全も守ってくれない、自分の将来、老後も託せない国家が国民に納税、納付の義務だけを強いるなんてあまりにふざけすぎていないか。

今回の問題は社会保険庁というどうしようもない組織の引き起こした「犯罪」である。そんな組織の腐った体質を守り、助長していたのが労働組合という存在であり、それに拠っていた旧社会党ら野党の責任はどうなるんだと言いたい気持ちはわかる。しかし、こんな暴挙が自分達の政権下で進行していたという事実はどうにもならない。責任は自民党の方が遥かに大きいのである。

だが、過去の過ちの追求は彼らにはできない。先ほど書いた政権の継続性ということで、自分達の首をしめることになるし、なによりそれに関わったのはみんな自分達の親父や爺さんなのだ。情においても、立場においても彼らにできるはずもないのだ。

「船場吉兆より赤福よりも悪質な偽装、隠蔽。」

今回の騒動をこう評したのは福島瑞穂だった。国民の実感を見事なほどに表した、彼女にしては上出来のこのコメントが身にしみてわかった議員が、世の苦労も知らずに政治の世界に入ったボンボンだらけの今の自民党に何人いるのだろうか。

だからもう政権交代しかない、筆者の結論は結局いつも変わらない。民主党さん、しっかりしておくれよ・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月 7日 (水)

三文芝居の果てに

随分ご無沙汰してしまった、いい歳をして試験勉強などというものに追われてしまう毎日がやっととりあえず終わった。また徐々に更新して行きたいと思うのでよろしくお願いします。

それにしても「壊し屋」とはよく言ったものである、なにかも全部ぶち壊し。政権交代、自民党の政権からの放逐などということは夢の彼方に消え失せた。小沢一郎なんて政治家に期待する方が所詮、愚かだったということなのだろう。2ヵ月前のあの安倍の逃亡劇となにが違うのか、あまりに幼稚な言動ではないか。

とにかく言いたいことは山ほどある。まず、「大連立はあり得ない」「密室での取引はしない、すべてオープンな場で議論する」と参院選後、小沢は事ある毎に言い続けた。それをあっさり無視したこの行動はなんなのか。政治家の言葉とはそんなに軽いものなのだろうか。密室でガチャガチャやった結果、すべて自分と民主党が傷ついただけ、自民党も福田も涼しい顔ではないか。

次にどちらが持ち出したのかはもはや藪の中だが、大連立を持ち帰ったセンスのなさ。野田佳彦は役員会の席で「なぜこんなものを持ち帰ったのか、その場で断って欲しかった。」と言ったそうだが、まさに正論。側近の山岡賢次を含めた幹部全員がその場でノーと言わざるを得ないようなものを嬉々として持ち帰った神経が理解できない。

更にそれを根に持ち、辞意表明と来た。

「私の選任した党幹部に私の考えを否定された。それはすなわち不信任を受けたということだ。」

つまり俺様に逆らうとは何事かという言い分だ。恐るべき独善、まぁこの人はもともとそういう人なのだが、それにしても駄々っ子のような言い草でもある。

そして決定的だったのは

「民主党には政権担当能力がなく、次期衆院選には勝てない。」

とのたまったことだ。古今東西、自党に対して、そんなことを言い放った党首はいないだろう。あいた口がふさがらないとはこのことだ。実は筆者も、民主党政権への道のり、3つの不安という題材で書きたいとは思っていた。ざっというと

①そもそも候補が揃うのか?②政治とカネの問題が政権をとった途端に噴出して立ち往生する恐れはないのか、小沢や渡部恒三と言った元自民党の幹部連ですらあんなスキャンダルが出てくるのに、他の連中なんてもっと金に困ってこすっからいことをしているのではないか?③小沢の健康状態が本当に首相を務めるに耐えるのか?

といったところだが、党首自らに政権担当能力のなさを含めて、あっさり肯定されてしまうと、もう二の句が告げなくなる。

そして哀れを極めたのはこんな敗北主義者を懸命に引き止めなくてはならない民主党の体たらくだ。こんな人物を押し立てて、本当に民主党は改めて政権奪取に邁進しようというのか、それを国民が支持するとでも思っているのか、仲良くしようと思ったけど、うまく行かなかったからまた戦いますなんて論理を信用できますか?

小沢という政治家は基本的になんにも変わっていない。彼には彼の理想があるらしいが、それを実現する為にはとにかく権力に潜り込むしかないという姿勢は一貫している。98年にやはり、参院で与野党が逆転した時も小沢は、結局自民党を延命させる道を選んだ。更に自分の考えの足を引っ張る(であろう)旧社会党勢はいつか切って捨てる、これも94年に羽田内閣を潰した時と同じだ。

タイトルに三文芝居と書いたのは、民主党と決別した小沢一派が自民と組んでそれでおしまいという結末が見えているからだ。次期衆院選、党首自らが勝てないと宣言したのだから、まぁ民主党に勝ち目はないのだろう、また勝とうという努力すら小沢はしないのではないか。そして総選挙の結果、衆参のねじれ現象は解消されず、「政治の停滞を解消する為に憂国の士達」が立ち上がり、めでたしめでたしという図式だ。自民党及びその支持者達にはまさにハッピーエンドだろうが、国民全体にとってそれがそうとは筆者には到底思えない。

今回の行動はアメリカの鋭い視線に耐えかねた小沢の焦りという説がある。テロ特措法が大事と言いながら、のんびりとお盆休みをとって自民党が期限切れに持ち込んだのは結局、そうなれば非難されるのは小沢であり、民主党であるというヨミだったのだという。

あえて言おう、テロ特なんて今の日本にとってそんなに重要な課題なのだろうか。筆者は別にこんなものはその場しのぎでもなんでもいいからとっとと延長しちまえばよかったと今でも思っている。はっきり言って今の日本は「こんなもの」を悠長に論議している場合じゃないのである。

日本の財政は刻一刻と逼迫している、要するに金がなく、潰れかかっているのだ。我々の子や孫の世代にお前達はなにをしていたのだとののしられるような状況に進んでいるのだ、このこと以上に重要課題が他にあるだろうか?

だから税金を上げましょうという論理もあるだろう。しかしその前にどうしてもやってもらわないと納得できないのは、この国のシステムというのは本当にどうなっているのかというを検証してもらいたいのだ。税金の無駄遣いを省くなんて理屈は聞き飽きたというムキもあるだろうが、筆者は税金の行き先を精査してもらいたいのだ、相当な額が正規に支出されたことになって裏金に回っていると見る。

それは今権力を握っている連中にやれるわけがないのだ、だから政権交代をして違う目を入れなくてはいけないという主張だ。真面目にやったらパンドラの箱を開けたようなことになって、ぐちゃぐちゃになる危険性はあるし、それに恐れをなして開けた連中がまたふたをしてしまう可能性もある。いやその前に、それを知っていて手をつけようとすらしないかもしれない、あるいは筆者の妄想が過ぎるのかも知れない。

しかし今のまま、一方の側が権力を握り続ける限り、絶対になにもわからない。すべてが解決する保証なんてないが、しかし今よりはよくなる可能性はある、だからやってみましょうよというのが筆者の一貫した主張なのだ。

7月の参院選で安倍が訴えた憲法だの美しい国だのという大上段に構えた主張に国民が関心を寄せなかったのも、同じような思いが国民の間にも高まっているのだと思ったし、政権交代を主張している政党もそう思っているのだと勝手に解釈していた。

政権交代可能な二大政党の実現、小沢はそれを旗印に自民党を離党したはずだ。なのに彼のやって来たこと、やろうとしたことはそれに相反することばかりではないか。

筆者は民主党を応援して来たが、それは別に小沢一派を権力の座に着けたかったからではない、自民党及びその幇助者である公明党をまとめて駆逐する唯一の可能性を持つ政党だったからだ、なのにその思いは見事に裏切られた。小沢はきっと近い将来、不満分子にまたこう言うのだろう。

「いやなら出て行け。」

別に筆者は党員になったわけではないが、言われるまでもなく出て行きますよ。あとはどうぞご勝手に・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月26日 (水)

正体不明

国会の中にはあれだけ二世、三世議員があふれているというのに、福田康夫が史上初の親子首相というのは意外な気もする。東久爾宮、片山哲、芦田均といった終戦直後の宰相を除いた戦後の歴代首相の中で義理も含めた子息が国会議員にならなかったのは石橋湛山、細川護熙、村山富市の3人だけ、他に竹下登は弟が、宮沢喜一は甥が跡を継いだ。海部俊樹と森喜朗、小泉純一郎は本人が現役だが中曽根康弘や羽田孜のように自分が現役議員でありながら息子も議員にするような輩もいる。もっとも前任の安倍は祖父に続く宰相就任だったし麻生太郎も吉田茂の孫であるから、こういったパターンは今後増えて行くのかもしれない。

福田康夫と聞いて筆者が思い出すのが90年の総選挙で彼が父赳夫の跡を継いで初当選して来た直後のインタビューだ。インタビュアーが二世議員が多いことへの批判の声についてコメントを求めると

「あんな年寄りと一緒にしないでよ。」

と例のサラッとした口調で言い放ったのを聞いて、笑ってしまったことがある。当時、確か彼は既に今の安倍くらいの年齢だったはずで、本来なら閣僚をお義理で1回くらい経験できればいい方だったろう。が官房長官を歴代1位の在任記録を作るほど務め、今回ついに首相にまで上り詰めたのはやはり「福田赳夫の息子」だったことが大きい。

父親もそうだったが飄々とした風情である。もともと政治をやる気がなく、弟の病気と死でやむなく父親の跡を継いだというのも割りと有名な話である。戦後最年少で首相になった前任者が見ていて滑稽なくらい力み返っていたのとは対照的に自分がなにをやりたいとかそういった強烈なものも今のところ感じさせない。だがじっと風向きを見て、今回はパッととぴ出して瞬く間に宰相の地位を射止めたあたり、やはり只者ではない。

今回の組閣も横滑りはあったものの、幹事長に転出した文部科学大臣とただ1人前任者に殉じて閣外に去った官房長官の穴埋めをしただけ。「安倍おさがり内閣」という共産党の市田書記局長の指摘はなかなか見事だったが、全く考え方の違う前任者の残した内閣をほぼ居抜きで引き受けるとは、なかなかやる。

山崎拓と麻生以外の派閥領袖が党、内閣にズラリ並ぶ姿に「古い自民党の復活」と声高に批判する向きもあるが、小泉、安倍色のついていない、あるいは薄い人材を起用しようとするとこうなるということなのだろう。これらの人材をほぼオミットして運営された6年間の方が一種異様だったのかもしれない。

とにかく好き嫌いはともかく、この人が施政方針演説でなにを語るのかはちょっと興味はある。意外としたたかそうな新首相ではあるが、しかし彼を迎える国会の状況は前任者が放り出した状況となにも変わりはない。参院で小沢一郎民主党代表が首班指名された事実は今後の政局運営のむずかしさを暗示している。

吉田茂の時のことは古すぎて知らないが、同じような船出だった海部俊樹は公明、民社という当時中道政党と呼ばれたぬえ野党を取り込み、小渕恵三は自由党、更に公明党と連立を組んで危地を逃れた。今日まで続く「自公連立政権」であり、この時いったんは自民と組みながら、体よく捨てられたのが当時自由党党首だった小沢、時はめくりめく。

今回、現時点で組める党が見当たらないのが福田のつらさ、国民新党や参院の片隅でひたすら自民からのお呼びを待つ荒井広幸だけでは足りないのが厳しい。なんとしても民主党の自壊を誘うしかないのである。むろん自らが「背水の陣内閣」と命名したように、逆に自民党最後の内閣になる危険性も十分ある。

対する小沢一郎はガンガン攻め込んでくる、それをいかにかわして相手を疲れさせるか、全く好対照な2人だけに、なにかいい勝負になりそうではないか。もちろん、それは手練手管でなく堂々たる国会での論戦でお願いしたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月25日 (火)

最後の最後まで・・・

基礎票16票(プラス地元福岡のお情け票3)の候補が200票に迫ろうかという得票をしたのだからまぁ健闘だったのだろう。官房長官に横滑りも噂される町村信孝の後の外相という芽も出てきて、麻生としてはそれなりの成果なのかもしれない。

以前から囁かれていたポスト安倍の本命は麻生太郎という説に筆者はずっと違和感を感じていた。あんな弱小派閥の長が本命たりうるわけがないと思ってしまうのは、なんだかんだ言って筆者が派閥万能時代の自民党への見方から脱却できない証左なのだが、それとは別に彼の言動と「総理・総裁」というイメージがどうしても合致しないのだ。むしろぴったりくるのが「野党党首」。今、彼を民主党党首にして、自民党内閣をズバズパ批判させたら、それこそすごい人気を博するのではないか。つまり、福田康夫の下、総選挙に敗れ、野党に転落した自民党総裁に麻生が登場、小沢民主党内閣に敢然と立ち向かうという近未来の図式が見える・・・なんて思っているのは筆者だけか。

そういえば、例のあの人が久しぶりに公の場に姿を現して、なにやら言い訳の会見を開いたようだ。随分やつれ、覇気もなく、なにやら世の同情を買っている向きもあるが、驚くのは政治ウォッチャーのプロたる新聞記者や政治評論家あたりまでそんなコラムを書く輩が目につき始めたことだ。そんなのに限って宰相論などを偉そうに書いたりしているから呆れてしまう。

今日、あの人が本当になにを目的に出てきたのかは筆者にはとんと理解できなかったが、改めて感じたことは「この人は本当にやること、なすことピントがずれている人だなぁ」ということにつきた。

なにを言い訳しても、本人の命があの日尽きてしまったのならまだしも、そうでない限り、あの日辞任表明したことはどうにも取り繕うことは不可能だ。国会を止め、その直前の外遊を台無しにし、長い政治空白をもたらし、そして政治への不信をいたずらに高めただけだからだ。それでももう病気で無理ですと言われたら、あの日辞めたことへのかすかなエクスキューズになったのに今更今日になってゴニョゴニョ言われても・・・、むろん議員を辞めるつもりも毛頭ないらしい。

それに、とにかく筆者が全く同情に値しないと思っているのは、どんなに体調がわるかったのか知らないが、首相を続けるという決断をしたのは本人だということだ。あの時、選挙で国民はあんた辞めてくれと明確に言ったにも関わらず、他ならぬ本人が「どんな選挙結果になろうと私は辞めない」という驚くべき独善ぶりで突っ走ったのだ。体調に不安を抱えながら突っ走ったのだからこれは無責任の一言だろう。今回、なにやらクーデターを仕掛けたとかなにかで麻生が誤解されたとか謀略にはめられたとかいう話があったが、そんなことより参院選直後にあの人に続投を勧めただか支持しただかしたこの一点で、麻生は今回の総裁選に当選するどころか出馬する資格すらなかったと思う。

更に無責任が極まったのは、本人が病院に逃げ込むだか駆け込むだかした後に、今日まで10日以上に渡って首相臨時代理も置かず、国政を放置してしまったことだ。その点について記者に問われて「いざとなれば私が判断できるから」などとわけのわからないことを言っていたが、じゃ病院になんかいないでもらいたい、もっと言えば辞任なんてしないでもらいたい。海外のマスコミに「日本という国は首相がいなくても別に支障がないらしい」と嘲笑われている現実をどう感じているのか、そんな判断すらまともつかない人物が首相だったのだし、その程度の判断もつかない側近連の集まりだったということに慄然としては来ないか。

繰り返しになるが、こんな人物のなにを評価して一年前、あんな多数と熱気で首相に押し上げたのか、誰か説明して欲しい。その総括も反省も説明もなく、彼を押し上げたであろうはずの人々の大多数が口をぬぐって今回、福田を担ぎ上げたという事実を筆者はどうしても許せない。

とにかく多大な犠牲を払った末に福田康夫内閣は明日誕生する、ようやく国会が動き出す。てぐすね引いて待っていた(はずの)民主党さん、いよいよ出番ですよ。これも繰り返しになるが、来春予算成立後に話し合い解散なんていう福田のシナリオに乗ったらもう終わりだよ。勝機は2度ない!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年9月16日 (日)

デジャブ

1972年というからもう35年も前の話になる。佐藤栄作首相の退陣を受けて行われた自民党の総裁選は本命と言われた福田赳夫に対して田中角栄がほとんどの派閥を網羅した福田包囲網を引き、結果として圧勝した。ポスト安倍の本命と言われ続けた麻生太郎を福田康夫陣営が一夜にして孤立させた今の状況とダブらないか。赳夫と康夫が親子であるのは言うまでもなく、なんとなく因縁めいた話でもある。もっとも当時の赳夫は堂々たる党内第1派閥のリーダー、自らを含めても手勢16名の小派閥の長に過ぎない麻生と一緒にしてはさすがに失礼か。

いきなり古い話から始めてしまったが、しかし今展開されていることがなにやら、みんないつか見た、そしてモノの本で読んだ光景ばかりのような気がしてならない。

国連総会に出席しなくてはいけないから、早く首相を決めなくてはならないという理屈が一時囁かれたが、結局あれはつい最近まで外相を務め、国際経験豊富な麻生にしましょうよという呼びかけだったわけで、これも竹下登が退陣した時に、サミットが近いという理由で当時の宇野宗佑外相を後継に担ぎ出したシーンを彷彿とさせた。麻生がもし、今も外相にとどまっていたら、案外すんなりそうなっていたかもしれない。

だいたい、この指止まれとばかりにみんながドッとある候補に流れて大勢が決するという光景は1年前に見たばかりではないか。その結果、担ぎ出されたのがとんでもない奴だったという反省はないのだろうか。自民党には現在9つの派閥があるそうだが、そのうち当の麻生派を除く8つの派閥が雪崩をうって福田に流れ、態度表明が最後になってしまった高村派は慌てふためいて、福田の選対本部に駆け込んでいた。大勢は決した、両院議員総会で開かれた総裁選をぶち上げていたパフォーマンス連中にぜひ感想を聞いてみたい、だいたい開かれた総裁選なとどほざいていたが、昨年の総裁選も「開かれた」ものではなかったのか?それであの程度奴しか出て来れなかったんだから、密室談合でもなんでもいいからサッサと後継を決めてもらった方が、政治空白も短くなってよっぽど国民の為だったのではないか。

まぁ、麻生に希望を持たすデジャブも紹介しなければならないだろう。2001年、森喜朗首相の後継を争った総裁選で、当初圧勝と見られた橋本龍太郎元首相は小泉純一郎に完敗を喫する。派閥の色分けで見れば負けるはずがなかったのだが、地方組織の票が圧倒的に小泉に流れて、地滑り的大勝を収めたのはまだ記憶に新しい話だ。今回もあの時と同じく、地方組織は各3票を持つ。これから各種討論番組等で福田をやりこめ、国民の心に響くメッセージを発することができれば決して逆転は不可能ではない。

しかし、現実には時間が足りないだろう、なるべく短時間でケリをつけるのが有利と踏んでいたはずの麻生が時間に泣く皮肉な結末。今日の新聞の緊急調査を見ても、次期首相に誰がふさわしいかの問いに、国民の人気が高いとされた麻生よりも福田が10ポイントくらい高い支持を得ている。それに麻生が頼みとする地方というのは小泉改革とやらで青息吐息の地域、小泉、安倍ラインの後継者と目される麻生の人気が高まるとはとても思えない。

参院選の惨敗から今日に至るまでの経緯を見るにつけ、自民党という政党はもう限界だなという感を新たにする。賛否両論未だにある小選挙区制、筆者は肯定派だが、それでもこの体たらくをみると小選挙区の弊害を痛感せざるを得ない。あの2年前の郵政解散が完全に各議員のトラウマになって、もう勝ち馬にのり、主流派につくこと以外考えられなくなっている。なにかというと批判される「派閥」、諸悪の根源と言ったのは三木武夫だが、尊敬する三木先生に逆らうようで恐縮だが、派閥のダイナニズムが生きていた、つまり三木達の時代の自民党の方がよっぽど活力があって、まともだったような気がしてならない。

ついこの前まで改革、改革と偉そうに言っていたはずなのに、今やそれを否定とまでは言わないが、修正するとわめき騒ぎ、修正されようとしている小泉本人が怒るどころか、どういうつもりかは知らないが「先頭に立って福田を応援する」と言っているそうだから、もう開いた口がふさがらない。第一、昨年、年だと言って立候補しなかった男が、シャラっとなにもなかったように出てくるのだから、政治家の言葉をまともに受け取る方がどうやらアホだということなのだろう・・・。

さて、こうなると途端に影が薄くなるのが野党の悲しみだ。民主党内には早くも福田はやりにくいとの声も出ているそうだが、安倍よりやりやすい相手などいるわけないではないか。小泉が出てきて、政策の多くを取り込まれて、一転窮地に追い込まれた悪夢がよぎっているのかもしれないが、あの時と決定的に違うのはとにかく参院で多数を握っているという事実だ。とにかく、正々堂々たる論戦あるのみ、今はその準備を怠りなくしておけばいい。今日福田はインタビューで解散は早くて来春以降という見方を示した。それは自民党の希望であり、前にも書いたが、年を越したら、もっとはっきり言えば自民党に予算を組ませたら民主党の負けだ。勝負は二度ない、乾坤一擲、福田だろうが麻生だろうがその腹つもりで相手にするしかない、いろいろあったが結局自民党は安泰なんていうデシャブはもうたくさんだぜ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月13日 (木)

唖然、茫然・・・同情の余地なし!

筆者の知る限り、史上最低の首相は森喜朗だと思ってきたが、本日その記録は打ち破られた。この馬鹿げた退陣劇は後世まで物笑いの種として語り継がれていくだろう。

この人の記者会見は、常になにを言いたいのかよくわからなかったが、最後となる辞任記者会見もさっぱりわからなかった。あんだけ辞めないと頑張り、外国の首脳と会って威勢よく「海外公約」とやらを口にし、おととい、国会において所信表明の演説までした挙句に「僕、辞めます。」ときた。その辞意表明が、自分の演説に対する代表質問が行われる直前、本会議出席の為に、待機していた自民党の衆院議員が、テレビの速報を見て慌てふためくさまは完全に漫画の世界だった。

これは、はっきり言って「登校拒否辞職」だろう。もう国会に出るのが嫌になって、ほとんど衝動的に辞めたとしか思えない。何日か前からほのめかしていたとか、体調が実は悪かったなどという話はこの無責任極まりない辞任劇を少しでも取り繕うとする姑息な手段に過ぎない。彼の参院選後以降の言動を見る限り、彼が辞意を抱いて日々を過ごしていたなどということを信じろという方が無理だ。

驚くべき幼稚性、こんな人物がわが国のリーダーだったという事実に改めて、寒気を覚えざるを得ない。そしてこの男を1年足らず前に、圧倒的支持をもって首相・総裁に押し上げた自由民主党なる政党の責任は断固として追求しなくてはならない。

さすがに言い訳もたたずに、マスコミの前に現れた自民党議員は口々に「申し訳ない」だの「責任を感じる」なとどのたまっていたが、その一方で彼らは当たり前のように後継総裁を選出し、それをまた首相にしようとしている。こんな首相不適格者を国民に押し付けておいて、どの面下げてまだ政権与党でいるつもりなのか、図々しいにも程がある。衆院で多数を占めているという現実は変わらないという理屈なのだろうが、ことここに及んだら、潔く下野して、民主党に政権を渡す