将棋順位戦異聞2009
長い歴史の中で、なかなか起こらなかったことも、1度起こってしまうと、もう壁がなくなってしまうのかもしれない。先日決着を見た将棋の王位戦は深浦耕市王位が昨年の竜王戦以来、タイトル戦史上2度目となる3連敗からの大逆転で2度目の防衛を果たした。敗れた木村一基八段にとっては、棋聖戦に続く今期2度目のタイトル挑戦となったが、悲願にはまたしても一歩届かず、立ちはだかる分厚い何かを痛感させられることとなってしまった。
その木村の挫折でタイトルホルター不在が続くことになった第68期A級順位戦は、これまた波乱に満ちた展開となっている。今期のA級が始まる前は、今年は「波乱」はないと思っていた。羽生名人への挑戦者は、誰がなっても不思議はないほど実力伯仲と思っていたが、陥落者2人は失礼ながら、今期カムバックして来た2人のベテラン、高橋道雄九段と井上慶太八段が、そのままB1に送り返されるだけだと思われたからである。とうに盛りを過ぎた40代の2人のA級復帰は快挙には違いないが、それにしてもいかんせん荷が重すぎる・・・はずであった。ところが、なのである。
3回戦が終了した現時点で、唯一の無傷はタイトル戦からすっかり遠ざかり、ここ2年の戦いぶりを見ると、そろそろA級維持も苦しくなったかに見えた谷川浩司九段。2勝1敗で高橋、井上の両名も含む6名が続き、1勝2敗という棋士はおらず、3連敗になんと佐藤康光、丸山忠久、藤井猛各九段という名人、竜王経験者がずらり並ぶという意外な事態となっているのである。
「藤井システム」を引っ提げ、一時は将棋界を席巻するかに見えた藤井も気が付けば、2001年に羽生に竜王位を奪われて以来、もうまる8年間タイトル戦とは無縁の存在となり、「丸山ワクチン」の効なく、丸山も2003年に棋王位を失って以来、タイトル戦への登場がない。今期ここまでの通算勝率も藤井が.384、丸山が.381と、とても差し盛りの九段の成績とは思えない。
そして佐藤である。丸山、藤井より順位が上の佐藤だが、ある意味深刻なのは、戦前「白星配給係」と踏んでいたはずの高橋、井上に立て続けに叩かれてしまっていること。2年前、地獄の淵から辛うじて生還したあの悪夢の再現に、おびえなければならないのか。
その佐藤がうめくようにつぶやいたと言う。
「40を目前にして、我々も羽生さん以外は、なかなか気持ちよく勝てなくなって来ている。」
と。長らく棋界に君臨してきたいわゆる「羽生世代」も来年、佐藤が達人戦への出場資格を得るのを皮切りに、続々と不惑を迎えることとなる。その年齢の壁が迫ってくるのを、佐藤もひしひしと感じているらしい。いや、羽生だって名人戦で郷田真隆を、棋聖戦で木村をうっちゃり、指定席とも言える王座戦では若手の山崎隆之七段の挑戦を軽く一蹴して見せたものの、今期のここまでの勝率.571は通算勝率が7割をゆうに超えている羽生としては、お世辞にもいい成績とは言えない。
ふと気付くと、現在のところ、羽生を含むA級棋士が軒並み苦戦しているのである。丸山、藤井の他、佐藤、高橋、郷田となんと5人が勝率5割を割り込み、谷川、木村、井上も辛うじて1,2の勝ち越し、まぁ合格点と言えるのは渡辺明竜王への挑戦を控えた森内俊之九段の.667と.611の三浦弘之八段の2人くらいなのである。
これが一過性のものなのかどうかは、もう少し推移を見ないとわからないが、対するB1タイトルホルダートリオのうち、渡辺が勝率8割台、久保利明棋王が7割台で突っ走ってリーグ戦をリード。深浦はやや遅れをとったが、それでも6割台後半の勝率で後に続いている。いよいよ待望久しい棋界の世代交代の息吹なのか、今後の展開は要注目である。
中川昭一元財務相の急逝には衝撃を受けた。筆者は中川氏の支持者でもなく、またその政治信条や姿勢に全くシンパシーを感じたこともなかったが、ついこの間まで重要閣僚として、日本の政治をリードしていた人物の突然の訃報には正直、言葉もない。確かにあの「もうろう会見」は失態以外の何物でもなく、その意味では落選までは「身から出たサビ」としか言いようがないのだが、そんな失意の政治家から命まで奪ってしまうというのは、運命というものの残酷さにおののくばかりである。
中川氏とは因縁浅からぬ鈴木宗男新党大地代表の号泣する姿がTVに映っていた。それを見て、空々しいと思う気持ちもなくはなかったが
「こんな別れ方をすることになるなんて・・・、昭一さんにも私に言いたいことがあったかもしれんし、私も昭一さんにわかって欲しいことがあった。」
という言葉には、胸をつかれる思いもした。
父一郎元農水相の急死を受けて、政界入りした中川氏。父も58歳の若さだったが、彼もそれよりまだ若い齢で天に召されてしまった。財務相、農水相、党政調会長など、要職を歴任して来た彼が、本当は政治家向きの性格ではなかったという評まで、聞こえてくる今、政治家の世襲のあり方にもまた、改めて一石を投じたのではないのだろうか。
それにしても中川元大臣といい、クレヨンしんちゃんの作者といい、人の命のはかなさについてつくづく考えさせられる秋である。
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