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<title>思いつくまま、気の向くままに</title>
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<description>～普通の日記と言いたい放題の現代徒然草～</description>
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<title>武道館へGO!</title>
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<description>去る13日は金曜日で大安、そんな複雑微妙な(?)日を、筆者は指折り数えて待ちわび...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;去る13日は金曜日で大安、そんな複雑微妙な(?)日を、筆者は指折り数えて待ちわびていた。いい年したオッサンが、「コンサートデビュー」を果たすのである、場所は日本武道館、公演アーチストは「アリス」である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;アリス、本当は「ALICE」と表記しなければいけないらしいが、筆者はなんとなくなじめず、まためんどくさいので、「アリス」で押し通させてもらうが、70年代後半のニューミュージック(この響きが既に古い)界を席巻し、80年代に入った途端、あっさりと活動を停止してしまったこのグループは、思春期にアイドルタレントのポスター1枚自分の部屋に貼ったこともなく、特定のタレント、グループというものに応援するということに全く無縁な、ひねくれた青春時代を過ごして来た筆者が、ただ1つ「ファン」であることを自覚していた人達であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼らが活動していた時期には、コンサートに行くなどという年齢ではなかった筆者は、その後も人の歌を生で聞いてみたいという欲求が生じることもなかった。いや、彼らが唐突に再始動を宣言して全国数か所でコンサートを開いた時には、なんとしても行きたいと思ったが、日程的に全く無理であった。NHKで中継されたファイナルステージでベーやんこと堀内孝雄は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「またやらにゃ、しゃぁないな。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と言っていたが、その後その気配もなく、生アリスを見るのは見果てぬ夢だったと、すっかり諦めきっていた筆者が耳を疑うようなニュースが飛び込んで来たのは、昨年の暮れだったろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「2009年アリス復活、全国ツアーを本格的に実施。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのである。日程を見ると本当に「ツアー」、そしてその会場の１つに地元ともいうべき大宮ソニックシティの名を見つけた時には、大袈裟ではなく小躍りした。ついに時来たれり、この千載一遇のチャンスを逃しては一生後悔する。会社をズル休みしてでも絶対行くと固く決意し、チケット発売当日、パソコンの前に陣取ったのはよかったが、筆者の動きの鈍い旧式パソコンでは、全く太刀打ちできず、あっという間のソールドアウト。為す術なしとはこのことであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでも天は我を見離さなかった、あまりの人気に追加公演決定、それもに日本武道館!まさにラストチャンス、祈るような気持ちで先行販売に申し込む。この手の抽選に当たった試しがなく、半分以上は諦めていたら、なんと当選メールが到着。実際にチケットを手にした時の感動は、これからも忘れることはないであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして当日、事件が起こる。万が一にも紛失してはなるまいと、到着した封筒のまま、引き出しにしまいこんでいたチケットを出発1時間程前にいよいよ切り離し、行き帰りの電車で読む本にはさんでおいた。少し経って何気なく見ると、2歳になる次男が件の本をいじくりまわしている。びっくりして取り上げると、なんとないのである、大事な大事なチケットがである。妻だけでなく5歳の長男まで加わっての大捜索、といってもそんな広い部屋でもないのに、どうしても見つからない。ふざけて破ってしまったのなら残骸があろう、しかし本当に跡形もなく消えてしまったのである。最初はすぐに見つかるとタカをくくっていた筆者も、次第に焦りの色が濃くなる、そして時間は無情に過ぎていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とうとう開演には、どう頑張っても間に合わない時間となってしまった。この結末はなんなのだと、へたり込んだ筆者を尻目に、妻はチケット会社に掛け合ってくれ、売上確認がとれたから再発行するとの言質を引き出してくれた。君は三国一の嫁さんだ!!!地獄から生還した思いで家を飛び出した、いざ武道館へ、武道館へ!&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;九段下の駅から走った、初めての武道館は本当に遠かった。遅刻して必死の形相の筆者にダフ屋が声を掛けてくる。あんな時間に、ダフ屋からチケットを買う奴がいるのだろうかと思いつつ、武道館に飛び込んだのは開演から20分ほど過ぎた頃だったろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;既に盛り上がりを見せている会場内を案内されて驚いた。チケットが当たったことに有頂天で、席がどの辺かなんて気にもしていなかったのだが(というより、番号を見てもさっぱりわからなかった)、着いてみればアリスから見て左手の前から5列目。音響装置が邪魔でドラムを叩く矢沢透の姿は残念ながら全く見えないのだが、谷村新司と堀内孝雄、筆者が日本音楽史上最高のツインボーカルと信じる2人の雄姿はバッチリ、これを見逃してたら本当に、一生後悔しなければならないところであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;舞台上ではチンペイさんは座り、ペーやんが立ち、そしてキンちゃんはドラムからコンガへと担当替えでようやく筆者に視界に入って来るという初期のアリスのスタイルで展開。いわゆるフォーク系の静かな歌が続き、正直筆者もあまり知らない曲が続く。合間には初恋談義で会場を沸かせ、うなづかせ、そしてキンちゃんのソロへとつなげていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;アリスのコンサートの名物とも言えるキンちゃんの歌。お世辞にも旨いとは言い難いあの歌声はしかし、1回聞くともう忘れられない、不思議というか妖しい魅力を持っている。アリスは確かに帰って来たのだと改めて実感させてもらった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「秋止符」以外はいわゆるヒット曲はなく、しっとり聞かせることに徹した前半、ここでチンペイさんが意外なことを言い出す。今回の再始動で作られた唯一の新曲「GOING HOME」のバックコーラスを全国ツアーに来場した客全員で務めてもらう為に、これから音取りをするのだという。会場によってはウーだのアーだのというコーラスだけの所もあったらしいが、我々の「担当」はちゃんと歌詞がある。チンペイさん、べーやんの指導の下「リハーサル」を何度か繰り返した我々は、おだてられるまま結構一所懸命に歌ったのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デビュー曲「走っておいで、恋人よ」をトリに前半は終了、15分の休憩が入る。コンサートに休憩が入るものだとは、思ってもみなかったが、暗い中会場入りしたので気づかなかったが、明るくなって納得した。筆者は明らかな「若手」、というのが言い過ぎならしかし平均年齢は明らかに下回っていた(笑)。これじゃ演者含めてもたないや。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして後半、いよいよおなじみのヒット曲のオンパレード。ここはもう年を忘れて盛り上がるしかない!しかし後半のオープニングに「BURAI」を持って来たのは、ちょっと驚いた。この歌は、81年の活動停止後、87年に一時的にアリスを復活させた時の歌。筆者はなかなか好きなのだが、この時の活動再開はどうやらベーやんにはかなり不本意だったらしく、この後、チンペイさんとの距離をかなり露骨に広げていく。そんなこんなのせいか、前回2001年の復活の時は封印されていた形になっていたのだが、やっぱりいい。「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」「今はもう誰も」・・・もう止まらない。筆者の左腕には前列の見知らぬおばさま方から一緒に盛り上がりましょうといただいた蛍光の腕輪がはまっている。盛り上がってるぜぇい!&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;楽しい時間は瞬く間に過ぎて行く。大盛り上がりの会場のテンションを1回冷ますように、チンペイさんが「帰らざる日々」を熱唱し出す。ファンなら先刻ご承知だがこの曲から「遠くで汽笛を聞きながら」そして「チャンピオン」とつなぐのがアリスのコンサートのフィニッシングロード。おいおい、もう終わりかい、まだ物足りないぜと思いながらも曲は進んで行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;頼みはアンコールだが、少々焦らされて再登場したチンペイさんは&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「じゃもう一曲いこか。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;エ～一曲ぅ、と思う間もなく流れてきたイントロを聞いて、筆者はまた少し驚いた。それは「さらば青春の時」、かつてアリスの面々は自分達の曲で特に好きなものはと尋ねられると必ず、帰らざる日々、遠くで汽笛を聞きながら、そしてこの曲を挙げていたものである。にも関わらず、なぜか前回やはり披露してくれなかったこの曲をここで持ってくるとは・・・。実はこの曲こそ、ひょっとしたら数あるアリスの曲の中で、筆者が1番好きかもしれない曲。感動したなぁホントに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;アンコールは本当に、この一曲で終了、明日のファイナルに備えて力温存したかな、なんて勝手なことを考えてしまったが、しかし大袈裟ではなく至福の一時であった。牛歩戦術そのままでやっと会場を出ると、外は激しい雨。しかし、まだやることがある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そう、記念すべき我がデビューCD(笑)の予約とお土産グッツの購入、べーやんがテレビで冗談のように言っていた「冬の稲庭」が本当に売っていたのには笑わせてもらった。結局こちらも長蛇の列で小一時間をゆうに震えながら過ごす羽目となり、やっぱりあの辺で止めてくれてよかったと痛感しながら、しかし本当に幸せな気分で家路についたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;アンコール前の最後の2曲、周りは当然ノリノリで、また一緒に口ずさんでいた。しかしあえて筆者は手拍子もせず、じっとチンペイさんとベーやんを見ていた。メンバー全員が還暦を迎えたのを機に、スタートした今回のツアー。ベーやんは我々はまた戻ってくるなどとリップサービスをしていたが、現実としては、今後イベント的な復活はあっても、今回のような本格的なツアー活動など、まず考えられないだろう。また、筆者が見に来られるとも限らない。最初で最後になるであろうアリスの姿をしっかり、自分の目に焼き付けておきたい、そう思ったからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして今日、パソコンを開いて、思わずひっくり返った。なんとなんと&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「来年2月28日、アリス東京ドーム公演決定」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なのだそうである。べーやんの言ったことは本当だったのだ、いやぁまさにサプライズ。このまま、本格的にグループ活動再開とは思わない、本当にそれがファイナルなのかもしれないが、しかしやるもんだねぇ。日曜とあって筆者は絶対に行けないが、でもひょっとしたらまたアリスに会えるのかもしれない、そんな希望が生まれたニュースであった。成功期待してます、それにDVD発売もね!&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-15T03:38:41+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-df5f-1.html">
<title>さらば、名伯楽</title>
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<description>セリーグ三連覇を達成した日、原辰徳監督は1年間、苦労を共にしたコーチングスタッフ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;セリーグ三連覇を達成した日、原辰徳監督は1年間、苦労を共にしたコーチングスタッフをねぎらった後、こう呼びかけたと言う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「来年もこのメンバーで一緒にやりましょう。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その言葉を尾花高夫投手総合コーチは、どんな思いで聞いていたのだろう。尾花コーチは(いやもう前コーチと書かなくてはならなくなってしまったのだが)今年最後の戦いである「日韓チャンピオンシップ」を2日後に控えた今日、原監督以下の戦友達に、最後の別れを告げて、4年間在籍したジャイアンツを去って行った。もう原の横で、常に冷静に戦況を見つめ、自軍のピンチにも、クールな風情でマウンドに足を運ぶ尾花の姿を見ることはない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;尾花を「名投手コーチ」と認めない人は球界に1人もいない。95年に当時の広岡達朗GMに見そめられ、解説者から投手コーチとして千葉ロッテマリーンズに入団して以来、ヤクルトスワローズ、福岡ダイエー・ソフトバンクホークス、読売ジャイアンツと今日まで1度も途切れることなく、4チームを渡り歩き、数々の投手を育て上げ、チームの投手力を向上させ続け、7度の優勝を経験した。最初の「上司」であったボビー・バレンタインとはソリが合わなかったようだが、以降野村克也、王貞治そして原辰徳と個性豊かな監督達に仕え、支えまた絶大な信頼を得て来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現役時代はスワローズ一筋、「ジャイアンツキラー」して名をはせた尾花。その後もジャイアンツとは全く無縁の野球人生を歩んできた彼が、05年オフにひょっこりジャイアンツにやって来た時、筆者は驚くと同時に大歓迎した。尾花とジャイアンツの結びの神は王だった。家庭の事情で自らの下を去る尾花の才能を惜しんだ王は、次の就職先として古巣ジャイアンツを紹介する。当時のジャイアンツは投手陣の崩壊から、先の見えない低迷に陥っており、責任をとって堀内恒夫監督の退任は確実視されていた。その後任人事も固まる前から、尾花の入団は決まっており、当初は彼の事情も考慮され、2軍投手コーチへの就任が予定されていたのだが、遅れて復帰が決まった原が是非、1軍でと要請、投手総合コーチの肩書で、事実上1、2軍の投手を統括するポジションにつくことになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼の手腕は既に、その時点で球界に知れ渡っており、ジャイアンツにとっては、願ってもない人材と言えた。実際、以降ジャイアンツ投手コーチとしての尾花の足跡、実績は今更ここで振り返るまでもない。そして、今年ジャイアンツは12球団唯一のチーム防御率2点台を達成、堂々と日本一の座を7年ぶりに奪回した。投手コーチとしての尾花の名声はもはや揺るようもないまでに高まったと言っていい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;原が、ジャイアンツの球団首脳が、そんな尾花をどう評価していたか、それは彼に対してコーチとしては異例の2年契約を昨年、結んでいたことからもはっきりわかる。なんとしても流失は避けたいという意思が見て取れる。尾花にとって原は、初めての年下の上司だっが、彼らの仲は良好と見られていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だが優秀な人材が他から狙われるのは、いずこの社会でも同じである。横浜ベイスターズは昨年オフも尾花引き抜きを画策したフシがある。尾花の複数年契約は当然、その防御策の側面があったのだが、横浜の次なる一手はジャイアンツの予想を上回っていた。そう監督就任要請である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;尾花が横浜の次期監督候補に挙がっているという報道が最初に出たのは、9月の頭だったと記憶する。そのニュースを見た時の筆者の感想は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やられたな。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というものであった。尾花がジャイアンツと複数年契約を結んでいることは知らなかったが、投手コーチとしての移籍打診ならともかく、監督ということならば、尾花の心が動くのは容易に想像できた。そして、その後、田代監督代行の退任、2軍監督復帰を早々に発表しながら、後任についての言及を一向にしようとしない横浜の態度に、いよいよやばいと感じざるを得なくなった。明らかにジャイアンツの一員として、熱い戦いの只中にある尾花の解放待ちというのがミエミエだったからである。そしてついに、ジャイアンツのCS突破直後に「尾花氏、次期横浜監督就任」のニュースがいっせいにマスコミに流れたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このニュースの直後のジャイアンツは、大袈裟に言えば一種の恐慌状態に陥ったらしい。大事な日本シリーズの前に、ということもあったが、有能な人材がチームの機密事項を手土産に、来季から敵チームの監督になることへの恐怖からであった。原監督に代わって、尾花の本心を問いただそうとして伊原ヘッドコーチは、彼を怒鳴りつけたそうだし、一時は尾花をシリーズのベンチから外すというニュースまで流れた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結局、原に促される形で、尾花は騒動についてナインに謝罪。シリーズ制覇にこれまで同様、全力を尽くすと語って、当面沈静化するのだが、それにしても、そのニュースを見た時、筆者はなんと心ないことを言うのだと思った。仮にも尾花は原復帰以来、苦楽を共にしてきた腹心、今更機密もへったくれもないではないか。原と共に1軍のベンチで4年間戦い抜いたスタッフは尾花の他にはもう、篠塚和典と村田真一しかいなくなっていた。尾花の手腕なくして、堀内でも手の施しようのなかったあのオンボロ投手陣をここまでにすることは、絶対にかなわなかったろう。だいたい、一般人の筆者ですら、そう感じたというのに、ジャイアンツの面々は本当に、尾花が横浜に行ってしまうとは、あの報道が出るまで全く考えなかったのだろうか。だとしたら、相当間抜けな話だと思うのだが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シリーズ終了まで、尾花は黙々と職責をこなし、ジャイアンツは日本一になった。そして、彼は去って行った。まもなく尾花の肩書は「前ジャイアンツ投手総合コーチ」から「横浜ベイスターズ監督」に替わる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;尾花の流出は、正直相当な痛手である。彼の存在感の大きさ、能力そして確かに投手陣を中心としたチーム機密は根こそぎ持って行かれたのは間違いない。そんな彼の出処進退を批判することは可能であろうし、特に原以下の現場スタッフや選手達が、彼に大きな不信感や不快の念を抱いたとしても無理はないと思う。しかし、古い言葉ではあるが&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「男子と生まれたからには、1度はやってみたいものは連合艦隊司令長官、オーケストラの指揮者そしてプロ野球の監督。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なのである。投手コーチとして、もう尾花はこれ以上ない名声を手に入れた。そんな彼が次の自らの可能性を求めるとしたら、それはもう「監督」というポジションしかない。まして、チャンスはそんなに転がっているものではないのだとしたら、それにチャレンジしたいという尾花の気持ちを抑えようとするのが無理なことではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いや、そんなことはジャイアンツ側も百も承知なのだろう。契約をタテに尾花を強く慰留いることはできたはずである。一部には監督要請があった場合は、契約解除に応ずるという項目があったとの報道もあったが、その真偽はともかく、無理矢理尾花を引きとめたところで、チーム内のしこりや尾花本人のモチベーションということを考えても、ジャイアンツフロントは「大人の判断」をしたということになる。日本一のチームとして、45ゲーム差の最下位に沈んだチームへのはなむけと、ここは鷹揚に構えるしかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;尾花の後任には2軍の斎藤雅樹コーチが昇格する。尾花の在任4年の内の前半2年コンビを組んだのが斎藤、後半2年が香田勲男、来季はこの2人がコンビを組む。身近にいて尾花のやり方はよく学んだはずである。尾花はジャイアンツの機密を持って行ったかもしれないが、逆に名投手コーチとしてのノーハウを彼らに、そしてチームに残していったはずである。それを生かすも殺すも、彼ら2人の双肩に委ねられた。そして尾花コーチの指導は、多くのジャイアンツの投手達に残されたはずだ、それを生かすも殺すもそれもまた、本人達次第となる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして一方の尾花である。これから明確に敵となる人物に対して、エールを送る度量を筆者は申し訳ないが、持ち合わせてはいない。しかし名投手コーチ、名監督たり得るかという点については興味がある。かつて、投手出身者は監督としては成功しないというのが球界の定説であったが、故藤田元司さんの成功以降、その声も薄らいでは来ている。がその後も、優勝監督となったのは投手出身者は星野仙一、東尾修くらい。鈴木啓示、山田久志といった大投手も見事に失敗している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;横浜にはかつて、尾花と似たような経歴の監督がいた。就任1年目にいきなり、横浜を30年ぶり2度目の日本一に導いた権藤博である。その型破りな言動や采配、指導はスポーツ紙はおろか、ビジネス誌でも取り上げられたほどだったが、それから10年。今、監督権藤の足跡に対しては否定的な評価が定着している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;投手陣の再建、育成に関する尾花の手腕について今更、どうこう言う必要は全くない。横浜のオーナーもその面での尾花の実績を評価しての招聘だとはっきり言明している。それはそれで良い、しかし当たり前だが、「投手コーチ」と「監督」の職責、立場は全く違う。尾花という人は、オフも関係なく、緻密にデータを分析、そこから得た結論はガンとして譲らない厳しい指導だったと聞く。しかし、監督となった以上、今までと同じことは絶対にできない。投手コーチは投手のことだけ見てればいいのだが、監督はそうはいかないからだ。不得手と言うか、未知の分野にどういう人材を配置するかも大事だが、意外な盲点かもしれないが&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「尾花監督の下に尾花投手コーチはいない。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;という事実を尾花本人がどれだけ自覚できるか。さもないと思わぬ落とし穴に陥りかねない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう1つ、余計なお世話ついでに言わせてもらおう、横浜球団に対してである。まず、大事な日本シリーズを前にしたあの時期に、あんな報道が一斉に出てしまうのはなぜなのか。横浜にはジャイアンツは、門倉健投手をFAで獲得した際、人的補償で工藤公康投手を放出することを正式発表の前にもらされて、大迷惑を被った前歴がある。大マスコミTBSを親会社にしているにしては(あるいはだからか)あまりにもお粗末な情報管理ではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;更に、これは岡田彰布監督を担いだオリックスにも言いたいが、少々の不振でチームをガタつかせないこと。とにかく、この両チームに共通するのは、フロント、親会社のこらえ性がなさすぎること。有為な人材の招聘に成功したのだから、せめて契約期間内は、腰を据えて監督に仕事をさせて欲しい。あなた方のチームは所属リーグの断トツの最下位だったのである、それもそれは一過性のものが原因とは思えない。その自覚なしにチームの再建はないと思うのだが、さて・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ソフトバンクを去る時、別れを惜しむ教え子達が、せめて引っ越しの手伝いをと申し出るのを丁重に断った尾花は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「日本シリーズで会おう。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と言い残して福岡を後にした。そして今日、円陣を組んだジャイアンツの面々に対して&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いい思い出と感動をもらった、4年間ありがとうございました。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と感謝の言葉を述べてチームを離れて行った。別れの地となった東京ドームは、現役時代、尾花が死力を尽くしてジャイアンツと戦った場所。4年間の本拠地時代を経て、来年からはまた敵地として乗り込むことになる。それに対して原は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「残念だが有意義な4年間だった、これからは高いレベルで勝負したい。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とエールを送った。感情のもつれはとりあえず胸にしまいこんだ、スポーツマンらしい決別であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;映画もドラマもあまり見ない筆者ではあるが、森繁久弥という俳優が日本の芸能史に記した足跡の大きさ、重さがどんなものであるかくらいは認識しているつもりである。まさに「巨星墜つ」、96歳、稀代の名優の大往生であった。先日の三遊亭円楽師匠といい、決して引き継ぐことのできない1人の人間の芸というものの偉大さ、尊さそしてはかなさ・・・名人、名優に代わりはいない、その厳粛たる事実に改めて、心を虚しくするしかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;森繁久弥さんのご冥福を心からお祈りいたします。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ニュース</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-12T02:33:38+09:00</dc:date>
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<title>「日本一、奪回しました!」</title>
<link>http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-0f32.html</link>
<description>2002年、原辰徳監督率いる読売ジャイアンツは、圧倒的強さで日本一を勝ち取った。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;2002年、原辰徳監督率いる読売ジャイアンツは、圧倒的強さで日本一を勝ち取った。その年のシリーズの相手は、それまでジャイアンツが数々の煮え湯を呑ませてきた西武ライオンズだったが、見事4タテで退けての栄冠だった。当時のライオンズの監督だった現ジャイアンツヘッドコーチ伊原春樹は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「若さにあふれた素晴らしく強いチームだった。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と素直に称賛の言葉を述べている。だが敵将をここまで脱帽させたはずの強いチームが、翌年には崩壊してしまう、たった１人の選手の離脱の為に。その選手とは言うまでもなく、不動の4番、そしてチームの大黒柱であった松井秀喜その人である。以来、7年の間、決別した両者は互いの夢を実現すべく、苦闘の日々を過ごして来た。そして奇しくも今年2009年、松井はニューヨーク・ヤンキースを自身の移籍以来、初めてのワールドチャンピオンに導き、日本人初のシリーズMVPに輝く働きを見せ、それから遅れること数日、彼の古巣ジャイアンツも北の大地札幌で悲願の日本一奪回を果たして見せた。本当に長い7年間であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こんな言い方はかえって失礼になってしまうのかもしれないが、それにしても北海道日本ハムファイターズというチームは強かった。自分のごひいきチームの戦力を過大評価し過ぎていたのだろうが、正直連日このようなしんどい試合を強いられるとは、シリーズ前は考えてもいなかった。ダルビッシュが本調子だったら、全く逆の目もあったかもしれない。ジャイアンツの日蔭者とまで嘲られていたチームが、勇躍北海道に新たなる天地を求めてから早いもので6年が過ぎた。札幌ドームでの3戦、ジャイアンツファンはライトスタンドの一隅に追いやられ、あとは見渡すかぎりファイターズファン一色であった。かつて北海道と言えばジャイアンツの「金城湯池」だったなんて、もう誰も信じないだろう。過去の栄光と人気にあぐらをかいたジャイアンツの怠慢もあるが、様々の企業努力の末、完全に北海道の大地に根付き、なおかつ6年間で3度のリーグ優勝と日本一一度という強靭なチームを作り上げたファイターズの監督、選手そしてスタッフのみなさんに改めて敬意を表したい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、そんな素晴らしいチームを打ち破っての日本一奪回だからこそ、その価値はまた大きいのである。筆者はジャイアンツに1つ謝らなければならない。前回、ジャイアンツは札幌ドームのような広い球場向きのチームではないと書いた。しかし、第5戦は4戦目の流れをそのまま引きずったようなエラーの失点からスタートしたが、以来今日の試合まで、ジャイアンツは粘り強く、辛抱強く戦い、そして接戦を競り勝って見せてくれた。ジャイアンツは確かに大味なゲームにその本領を発揮するチームではあるが、しかし競り合いでも堂々、相手をねじ伏せることのできるチームに進化していたのである。今年のジャイアンツは本当に強かった、完璧な勝利である。ファンとして胸を張って、そう言わせてもらう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シリーズのターニングポイントはどこにあったのか、やはり月並みだが、第5戦の亀井の起死回生とも言うべき同点本塁打か。外せなんて言って、本当に申し訳ありませんでした。でも、8回の大道の執念の同点打も忘れられないし、その前の誰が見ても、見え見えの盗塁を初球からいとも簡単に決めて見せた代走鈴木尚広のプロフェッショナルぶりも見逃すわけにはいかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このシリーズ、ジャイアンツ自慢の強力打線は残念ながら機能したとは言い難い。小笠原とラミレスはそれなりの存在感は示したが、しかし分断されて、シーズン中のような破壊力はついに発揮できず、松本の走攻守に渡る活躍は光ったが坂本、亀井、谷は安定感に欠けた。打線の迫力なら明らかに相手の方が上で、事実今日だってポンハムはジャイアンツをしのぐ毎回の10安打を放っているである。それでもポンハムはとうとう今日の試合では1点もとれなかった。長いシーズンでもチーム防御率2点台を誇った強固な投手陣が立ちはだかった結果である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シリーズ中盤から、ジャイアンツは稲葉、スレッジという相手のキーマンとなる左打者をほぼ沈黙に追い込むことに成功した。2番森本の不振にも助けられ、他の打者が好調でもポンハム打線は分断され、こちらのミスが続いた4戦以外、相手に大量点を与えることはなかった。そしてこの好投を引き出したのはやはり、キャプテン阿部慎之助の好リード。5戦のサヨナラ、そして今日の先制決勝打はもちろんあるが、阿部のMVPは当然の結果であろう。思えば昨年のシリーズは肩の負傷で、阿部は全く捕手として働くことができなかった。2年越しのリベンジとも言えた。そうそう、第2戦の不甲斐ない投球から一変、今日は東野緊急降板というアクシデントからチームを救った内海のナイスピッチングはやればできるじゃんというところである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その内海を自ら、マウンドまで足を運び、6回途中でスパッと替えた原監督の采配には全く驚かされた。絶対早い、テレビの前で思わず絶叫してしまった。後を継いだ豊田が2安打されながらも、なんとか無失点で切り抜けたのはよかったが、問題は越智だよなぁという予感は的中。8回ツーアウトからクルーンを出すことに。更にベンチを見渡すと高橋尚もM中村もおらず、このリードを守り切れなかったらほぼ負けという陣容。9回は正直、心臓が止まるかと思ったが、稲葉、高橋をよく連続三振に切って取ったねぇ。なかなか3人ですんなり終わらせてくれないのが玉にキズだが、それでも今年のクルーンはよくしのいでくれたと思う。シーズン中は無敗を誇りながらも、シリーズに入って痛いサヨナラを食うなど、安定性を欠いてしまった相手のクローザーとの経験の違いを見せつけてくれたと言っていい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして我らが原辰徳である。敵地で10回舞った後の勝利監督インタビューで、まずは戦い終えた敵と相手ファンを称えたあとで、高らかに今日のタイトルの言葉を口にした。WBCからついにここまで、駆け抜けそして上り詰めた我が大将、もうカッコよ過ぎです!もうただ感謝感謝の一言である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思えば、今年はリーグ優勝もCS優勝も、そして今日の日本一もすべてリアルタイムで見ることができた。こんな幸せな年があっただろうか、ジャイアンツファンで、原辰徳を信じていて本当によかった、そう実感し続けた1年であった。サイコー!!!&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最後に意外なニュースが飛び込んで来た。木村拓也選手が今シーズン限りでの現役引退を発表したのである。前回、もう使うななんて書いてしまったが、あれはあくまでこの短期決戦でのこと。当然来シーズンも今まで同様、いぶし銀の活躍をしてくれると信じていただけに本当に驚いた。今年は残念ながら、打撃は不振であったが、それでも06年途中の移籍以来、随所にプロを感じさせるプレーを披露して、チームに貢献してくれた。あのアクシデントで捕手が不在となり、10年ぶりのマスクを自ら買って出て、見事に延長最終回のホームを守り抜いた試合は今年のハイライトシーンの1つであることは間違いない。どう考えても、まだやれるとしか思えないのだが、それでも広島カープで花開いた選手だが、彼のプロ野球選手としての故郷は他でもない日本ハムファイターズ。そのチームと日本シリーズを戦い、そして自身初の日本一を花道に引退するのだから、キムタク本人は悔いはないのだろう。今後はチームに残って、後進の指導に当たってくれるとのこと。まずはお疲れ様でした、そしてこれからもよろしく。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-08T04:00:51+09:00</dc:date>
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<title>負けに不思議の負けなし(怒)!</title>
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<description>4点差ツーアウト1塁ながら3番がヒットを放ち、前の打席ようやくホームランを打った...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;4点差ツーアウト1塁ながら3番がヒットを放ち、前の打席ようやくホームランを打った4番につながり、さぁ最後の楽しみをと思った途端に、バッターランナーがノタノタと不必要な2塁を狙ってタッチアウト。今日の試合を象徴するような間抜けな結末であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;第2戦も酷かったが、今日もそれに輪をかけたポロ試合。勝ちたくないのかとすら思える試合運びで、これで勝とうというのがおこがましい。野球の神様から罰が下されるのが当然の報いである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なにから書いていいかわからないくらい腹立たしい試合だったが、まずは昨年同様、申し訳ないが高橋尚成への攻撃から始めさせてもらおうか。初回は3者三振の素晴らしいスタートだったらしいが、それで力を使い果たしたのか2回からはもうヨタヨタのピッチング。3回に集中打を浴びて4失点は日曜の内海と全くおんなじ。ツーアウトランナーなしから突然4点とられた内海のピッチングにも呆れたが、今日も尚成がせめて2点で踏ん張ってくれれば、試合は当然まだどうとでもなったはずだ。更に許せないのが5回に相手の4番に不用意な投球で浴びせられた一発。あれはいわゆる「東京ドームアーチ」だが、そんなのは言い訳にもならず、あれは今日の事実上のトドメとなる「痛打」であった。内海ともども精神的に弱過ぎる!&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、今日の尚成に多少の同情の余地があると思うのは、初回最高の立ち上がりをしながら、味方がその裏と次の回と絶好のチャンスを潰して、水を差されて乗り切れなかったのは間違いない。初回のノーアウト1、2塁のあとのクリーンアップ3人の無為な凡退の仕方、2回のワンアウト3塁からの木村拓也のむずかしいアウトコースに手を出してのセカンドゴロ、相手の投手が粘り強かったのは認めるが、あまりにも策も芸もなさすぎた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;悪いがこのシリーズ、木村はもう使わない方がいいね。初球を打って前進守備のセカンド正面のゴロに倒れた時と、3回に確実にアウトを1つ増やす場面で、判断ミスでセカンドを見てしまってオールセーフにしてしまった場面は、いずれもその直後に原監督の「なにをやってるんだ」と言わんばかりの表情が大写しになったが、5回、ヒットで出塁したのはいいが、次打者大道が懸命に粘ってフルカウントまで粘ってさぁというところで、なんと牽制で誘い出されてタッチアウト。あそこまで絵に描いたドッチラケを演じられてはもはや言葉もない。そして、これはまぁ前打者の阿部チャンがライトフライに倒れた時点でほぼジエンドにはなっていたのだが、8回の帳尻合わせの反撃でも三振チェンジでダメ押しまでしていただいた。敗戦投手が尚成なら「敗戦野手」はまぎれもなくキムタク、短期決戦でこういうドンケツ選手を使うのは、命取りになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;相手を上回るヒット数を放ちながら、このような大敗を喫したのはもちろんペンチワークにも問題がある。とにかく、ずっとノーアウトでランナーを出しながら、ほとんど点にならないんだから、選手のせいにばかりはできないだろう。昨年のシリーズでも、相手の嫌がっているキムタクを途中からなぜか若い寺内に替えた不可解な選手起用があったが、こういうことをやっていると繰り返しになるが、短期決戦では致命傷になる。相手投手の左右なんて気にせず、ここはもうセカンドは守備もよく、打撃も堅実な古城で固定するべきだし、谷と李を相手に合わせて使い分けるなんて「優雅な」ことをしている余裕ももはやない。ポンハムと決定的に違うのはクリーンアップの迫力。敵のクリーンアップはチャンスになればなるほど、存在感を増すというのに、こちらのクリーンアップときたら、勢いに水を差す有様だから嫌になる。不振が長引く傾向のある亀井は、見切り時ではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;形の上ではタイになっただけだが、ジャイアンツは正直苦しくなったのではないか。とにかく負け方が悪過ぎる、明日の第5戦をとるのはもはや必須条件となってしまった。ジャイアンツは残念ながらはっきり言って、広い札幌ドーム向きのチームではない。狭い東京ドームで空中戦で相手を圧倒するのが持ち味であり、それがはまったのが昨日の試合だったわけで、ただ単に札幌でのあの圧倒的なポンハムびいきの敵のアドバンテージだけではない不利がある以上、明日を落とすことは絶対に許されなくなった。今日の試合は東野も外れていたが、明日は中4日でゴンザレスを行かざるを得なくなった。ただ、ゴンちゃんは間が空き過ぎても、詰まり過ぎても良くないタイプだけに、明日も早めの継投が必要になるのかなぁ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まぁ今日の負けの中で、辛うじて光明を見出すとすれば、ホームランが欲しくてバッティングが滅茶苦茶になっていたラミレスに逆方向への一発が出たことで、少しは頭の血が下がってくれたのではないかということと、敵から見れば左うちわになりかねなかった試合で、とにもかくにも敵のクローザーを引っ張り出す展開にまで持ち込んだこと。明日はいよいよ泣いても笑っても、今シーズンの東京ドーム最終戦。ここは打線に奮起してもらって、勢いつけて札幌に乗り込めるよう、期待したい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-11-04T23:10:32+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-f2dd.html">
<title>さぁ、決戦だ!!!</title>
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<description>昨日のドラフト会議で、ジャイアンツは年頭から公言していた通りホンダの長野久義外野...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨日のドラフト会議で、ジャイアンツは年頭から公言していた通りホンダの長野久義外野手を1位指名した、長野選手にとっては、3度目のドラフトでのついに念願成就となった。このご時世に、ここまでジャイアンツ一途に待ち続けてくれた長野選手の一本気な姿勢に、一ジャイアンツファンとしては、心からの祝福と感謝の気持ちを送りたいし、ここまできて変な策をろうすることなく、長野選手の思いに応えたジャイアンツの誠意もよかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;二岡の退団で、1年空きとなっていた背番号7をつけ、ジャイアンツに殴り込みをかけることなった長野選手だが、今のジャイアンツの外野陣は高橋由伸すら居場所を失ってしまうほどの層の厚さ。その道程は決して平たんではないと思うが、自らの意思を貫き通して、飛び込む世界。チームに新風を巻き起こしてくれることを期待したい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今ドラフト注目NO1の菊池雄星投手は西武が指名した。アマ球界に関しては全くの無知、その上ジャイアンツが指名しないとあれば、あまり興味はなかったが、それでも一時は10球団が指名するとか、メジャーが獲得に乗り出したとも伝えられる逸材。本人は随分迷ったそうだが、これには様々な意見があろうが、日本で生まれ育った以上、日本のプロ野球界を粗末にするような真似はやはりすべきではない。こういう選手が加わるとチームは活性化するのだが、それにしてもこういう注目選手は、みんなパが持って行くね。クジだから、いかんともし難いにしても、セは頭が痛いところである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、明日からはいよいよ日本シリーズ。尾花コーチの騒動は恐れ入ったが、しかしちまたはジャイアンツ優勢の御宣託。まぁ筆者も負けることはないとは思っているが、でも正直言えば、去年もそう思っていたし、今年の交流戦にいきなり叩かれたショックも忘れたわけではない。しかし、その後東京ドームでお返しして、タイで終わったのだから、必要以上に恐れを抱くことはない、もちろん油断もできないが。敵の大エースが登板できないのは有利な材料かもしれないが、こちらもグライシンガーがダメなのだから、その点は五分五分。いつも同じようなことを書くが、ポイントはポンハムの豊富なサウスポー陣を我が打線がどのように攻略するか、今まで通りの力を発揮できれば、おのずと結果は出るはずである。さぁ、いざ出陣である!&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ということで、これから仕事に行ってまいります。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:date>2009-10-30T10:44:39+09:00</dc:date>
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<title>「必ず、達成します!」</title>
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<description>河原純一という投手は95年にジャイアンツにドラフト1位で入団しながら、ケガやトレ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;河原純一という投手は95年にジャイアンツにドラフト1位で入団しながら、ケガやトレードなどで波乱の野球人生を送り、一昨年にはライオンズを解雇されながら、1年浪人の末に今年ドラゴンズにテスト入団を果たしたという苦労人だが、今年防御率1点台でセットアッパー役を見事に務めた彼を、6回に中日がまだ諦めるわけにはいかんとばかりに投入して来た時、筆者はある試合を思い出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2002年、新生原ジャイアンツのストッパーに抜擢された河原は、開幕から無失点、防御率0.00の完璧な守護神ぶりを見せていた。だが4月末の神宮でのヤクルト戦、味方が9回にやっととった虎の子の1点を守るべく登場したものの、相手の4番にセンターバックスクリーンに逆転サヨナラツーランを叩き込まれて負けた。神通力を失った河原は、この年こそなんとかクローザーの座を守り抜いたものの、翌年からは出れば打たれの繰り返しとなってしまった。河原の快進撃にストップをかけたのは、今やジャイアンツの不動の4番打者となったアレックス・ラミレスその人であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;恐らく、こんなことを思い出していたのは、本人達を含めても筆者1人だったと思うが、注目の因縁対決(笑)は、ラミレスが初球をボテボテのピッチャーゴロであっさりジャイアンツに8点目が入り、落合監督も苦笑いの結末となった。そしてこの8点目がダメ押しのダメ押しとなり、ジャイアンツが初戦の嫌な負けを見事にはねかえして3連勝。次の土曜からの日本シリーズに駒を進めることとなった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;森野にずっとやられ続け、ひたすら後手に回り続けたこのステージを4戦目にして、初めて先手を取り、3回のビックイニングでほぼ勝負を決定づけた今日の試合。先発東野の気合の入ったピッチングが、流れを大きく引き寄せたことは認めるが、それでもこの試合、結局勝ち投手の権利すら獲得できずに降板する羽目に陥ったのは、バックに足を引っ張られたことはあるにしても、相手の8番打者に2打席連続でクリーンヒットを打たれるような不用意なピッチングがたたったもの。中日にここ2年、全く歯が立たずに、ついにこのステージ出番なしに終わった内海ともども、考えてもらいたいものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それにしても、5回の大ピンチによく越智を投入したね。シーズン終盤から、完全に調子を崩し、短期決戦でこれ以上使うのは危険とすら思われただけに、いろんな意味でM中村の試し時かと思ったら、なんとベンチに入っておらず、まぁ結局越智しかいなかったのだが、ストレートに自信がないのかフォークの連投で、森野、プランコを連続三振でピンチをしのぎ、次の回も無事に抑えたのは光明であった。ただ、今日はフォークが良かったのと、大量点に助けられた感もあり、ストレートがあと1週間でどこまで、戻ってくれるかがポイントになろう。そして、越智が6回までつないでくれたおかげで、あとは豊田、山口、クルーンの盤石リレー。山口は、昨日は打たれたみたいだが、もはや風格すら感じさせるピッチング。豊田も黙々と自分のポジションを守り、クルーンは今年は見事なクローザーぶりだった。シリーズも頼みましたよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;投手がいくら踏ん張っても、点が取れなければ勝てないのが野球というゲーム。今日ぐらい、中日に力の差を見せつけて、楽な試合をみせてくれよという筆者の願いに見事応えてくれた打線もシリーズに向けて、いいムードになって来た。繰り返しになるが、常に中日に先手を許す苦しい展開が続いたが、第2戦、チェンを一気に打ち崩したのは大きかった。チェンという投手は抜群の防御率を誇る好投手だが、大試合に弱いイメージがあり、筆者はそんなに恐れていなかったのだが、それでも相手のエースを叩いたのは大きかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;更に、昨日の逆転劇は当たり前ながら本当に大きかったねぇ。グライシンガー不在となった今ステージ、あそこで負けると残りの先発投手が心もとなかっただけに脇谷はまさに、値千金の一打であった。あの一打でCSのMVPを獲得、全試合通じて、出たのは10分くらいなのにと、お立ち台で照れていたが、しかしそのくらいの価値は十分あった。その他にも大道、古城、主力の他にも層の厚さを見せつけて、終わってみればシーズン同様完勝であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして我らが大将、原辰徳である。手駒を十二分に使いこなして、因縁浅からぬ落合中日を圧倒してのセリーグ完全制覇。その上、聞けば突然のドーピング疑惑に包まれた敵を、清武代表や伊原へッドコーチが批判、牽制する姿勢を見せたのに対して、この件に関して、当該敵投手を一切野次るなと、選手達にぴしゃりと言ったという。今日のお立ち台でもタイトルにさせていただいたセリフをバッチリ決めて、さぁポンハムどんと来いといった構えは、もはやカッコ良すぎ!とにかく、いつまでこだわってるんだと言われようと、今年は意地でも相手チームには勝たれたくなかっただけに、溜飲を下げた思いで、本当に今は晴れ晴れとした気分である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一方、シーズンに続いて力の差を見せつけられる形で敗退した中日落合監督の口からは、今年も勝者を称える言葉が出て来ることはなかった。戦力分析や選手起用といった面では卓越した手腕の持ち主ではあるのだか、それにしてもこの人物の言動の節々から感じさせられる器の小ささは、なんともやりきれないものがある。そして、中日の終戦により、立浪和義、井上一樹という共にドラゴンズで一時代を築いた2人のプレーヤーの現役生活に、幕が下ろされた。落合とソリが合わないとされ、不遇な選手晩年生活を強いられた井上の最終打席は痛烈なファースト正面のゴロ。亀井のエラーを誘って、中日最後の反撃機を作ったのは、気迫の男井上の最後の執念だったろうか。そして引退を惜しむ声に&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「打つことはともかく、走ることと守ることがもうダメになった。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と自らのプライドを主張して去る立浪は最終回、ドラゴンズファンはおろか、ジャイアンツファンからも総立ちで迎えられ、レフトフライに倒れると、ベンチ前でグランドに大きく一礼して、退いて行った。高木守道、谷沢健一そして立浪と受け継がれた「ミスタードラゴンズ」の名称は、この後誰が受け継ぐのであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、もう1人。デーゲームで行われたパリーグCS第2ステージ4戦で北海道日本ハムファイターズの前に屈した東北楽天ゴールデンイーグルス監督野村克也も、長い間のユニフォーム生活に別れを告げることになった。この人については、また改めて。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-25T01:53:19+09:00</dc:date>
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<title>いつか来た道・・・?</title>
<link>http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-dc16-1.html</link>
<description>いやぁしょっばなからひどい試合を見せられたものだ、いくらなんでもいきなり5点とは...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;いやぁしょっばなからひどい試合を見せられたものだ、いくらなんでもいきなり5点とはねぇ・・・。とにかく先発がドンと大量失点、実戦を離れていた打線は焦って大振り、空回りを繰り返し、中継ぎも踏ん張れずに完敗とは実は、事前に恐れていた最悪のパターン。シーズン中、抜群の安定感を誇っていたゴンザレスだから、まさかとは思っていたのだが・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先発小笠原にひねられ、そのまま、あれよあれよという間に3タテくらって、とんだ赤っ恥をかいた2年前の悪夢を思い起こすなという方が、無理なスタートとなってしまったが、あの時と違うのは、とにかくこれでタイになっただけだということだ。。もうこうなったら、今日は厄落としとさっぱり諦め、明日からまた新規蒔き直し。とにかく、レギュラーシーズンで相手に12ゲーム差をつけた自分達の力を信じて戦ってもらうしかない。しっかりして下さいよ、ホントに・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一方同時スタートのパは大量リードされたポンハムが終盤の大反撃、負けるにしても、チャンピオンチームとしてこれくらいの意地はジャイアンツにも見せてもらいたかったものだぜと思っていたら、なんと逆転満塁ホームランが出て、劇的にサヨナラ勝ちしてしまった。終盤2イニングで8点とっての大逆転とは、なんともすさまじいものを見てしまったが、これは逆に楽天のオンボロリリーフ陣の方が問題で、とにかく、出てくるピッチヤーがみんな4点台だの5点台だのといった防御率。こんな陣容でよくシーズン2位になったものだと、不思議に思って見ていたら案の定の結末であった。まぁこちらの方は早々に、先が見えた気配ですな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とにかく未熟、未経験者の集まり、試行錯誤は当たり前のことなのだから、しばらくは様子を見ようと、あえて政治についてはしばしの沈黙を決め込んでいたのだが、さすがに今日のニュースには黙っていられなくなった。日本郵政の西川善文社長を退任に追い込んだのは、まぁ公約通りとしても、後任に斎藤次郎っていうのはどういうことだい?&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;斎藤ってのは、あの悪名高い細川内閣での「福祉目的税」導入を小沢一郎と組んで、強行しようとして、大顰蹙を買った奴だよね?官僚の名前なんかいちいち覚えていない筆者ですら、すぐピンとくるくらい「インパクトの大きい」人物である。そんなのをどこから引っ張りだして来たのかはしらないが、また要職に就けるっていうのはどういう神経なのだろう。小沢の推薦なのかい?&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;天下りに反対と声高に叫んで、いざ政権に就いてみたら、中枢は元財務官僚だらけとは、よく聞く批判だが、この人事はついに極まったとしか言いようがない。だいたい、参院で与野党逆転してから、元官僚特に財務省OBの国会承認人事を徹底的に否認して来たのはどこの政党だったのだろう。あれは政権とる為のタクティックと言われれば、それまでだが、それにしたってこの手のひら返しはあまりにもひど過ぎやしないか?&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;売り物のはずだった「国家戦略局」の設置もいつの間にやらトーンダウン、このまま下手をすると立ち消えの気配もあり、菅直人は早くも棚上げ、封じ込められたとの風説まである。実際に政権に就けば、いろいろな思惑違いがあるのは、仕方ないが、それでも押さえるべきポイントを外すと取り返しのつかないことになる。当面の焦点である2つの参院補選は目前、圧勝に酔ってばかりだと足元をすくわれるよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;鳩山内閣が、何もしていないとは言わない。国民の大きな期待、迫り来る参院選を前に、少しでも早く目に見える実績をと焦る気持ちもわからないではない。が、政権交代の大きな意義の1つが「チェンジ」なら、もう1つの意義は「オープン」であることを忘れてもらって困る。目前の懸案処理に忙殺されるがあまり、そのもう1つの意義が、早くもおざなりになりつつあるのが、筆者にはたまらなく不安でならない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-21T22:35:57+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bd7f.html">
<title>さぁ、いざ出陣!!</title>
<link>http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bd7f.html</link>
<description>セントラルリーグのCS第1ステージは2勝1敗で中日がヤクルトを下して、第2ステー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;セントラルリーグのCS第1ステージは2勝1敗で中日がヤクルトを下して、第2ステージへ進出。これでCSスタート以来、セの第2ステージは3年連続同カードということになった。ヤクルトが中日のエース、チェンをワンチャンスで打ち崩して、先勝した時には、おいおいと思ったが、続く第2戦を接戦ながら落としたのがすべてだった。まずは順当な結果であろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;水曜からの第2ステージ、油断せず普通に戦えれば、1勝のハンデもあるのだから、ジャイアンツが勝てるだろう。少なくとも今年に関して言えば、対戦成績からみても両チームの戦力差は歴然としている。しかし、「普通に戦う」ことの難しさは一昨年に痛感している。あの苦い思い出はなかなか払拭できるものではない。ましてやプロ同士がぶつかる短気決戦、何が起こっても不思議ではないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先月23日に早々に優勝を決めたからほぼ1ヵ月、実戦勘の維持が課題であったが、雨天中止があって結局ジャイアンツが1番最後まで、公式戦を戦う形になったのはラッキーだったし、その後宮崎に短期キャンプに乗り込み、フェニックスリーグで更に実戦をこなした。正直消化試合や2軍相手の試合では不安がないわけではないが、そんなことを言っていても仕方がない。やるべきことはやったということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;鍵はとにかく打線、点を取れるかどうか、その一点にあると言って差し支えないだろう。特にポイントは第一戦、ここ2年初戦を落としているジャイアンツだが、中日がチェン、吉見の2本柱を使い果たしているだけに今年こそ、ここは確実に勝って優位を広げたいものである。グライシンガー不在を余儀なくされているだけに、決して楽観できる情勢でもない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とは言っても、あまり肩肘張っても仕方がない。繰り返しになるが、普通の力を出せれば、まず勝てるはずである。変な小細工をしたりしないで、堂々中日の挑戦を受けて立てばいい。中日はまずキチンとヤクルトを退けてくれた、今度はジャイアンツがリーグ3連覇の王者たる力を見せる番である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>スポーツ</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-20T01:25:17+09:00</dc:date>
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<title>三度目の秋</title>
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<description>去る10日の土曜日は、我が長男の3度目にして、そして幼稚園最後の運動会であった。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;去る10日の土曜日は、我が長男の3度目にして、そして幼稚園最後の運動会であった。昨年は、雨の中の強行スタートであったが、今年は曇り空ながら雨の心配は全くなく、昼ごろからはむしろ暑い日差しが照りつけるくらいであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2年前、初めて親として参加した時には、全く逆の立場でそう思ったのだが、子供というのは2年でこんなにも大きくなるものなのかと、改めて痛感させられた。「年少さん」というのは、あんなにもちびっちゃかったんだなぁ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;長男の最初の出番は徒競争、我が子の姿を撮るのに忙しく、毎年子供が何着だなんて見えたことがないが、今年は6人中2番目だったらしい、うん成長、成長。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;続いては筆者にとっては「鬼門」の親子競技、今年は我が子を背負っての「騎馬戦」。3クラス対抗で、帽子を取り合うこの競技を昨年は「ご苦労なこって」と眺めていたが、いずれはこちとらにもオハチが回ってくるという当たり前の事実についてはよく考えていなかった。適当に流してと思っていたのだが、いざ号砲が鳴らされてみると、やっぱり闘争本能からか取られまいと必死こいてグランドを駆け回って、どのくらいたったか(無論そんなに長い時間であるはずはないのだが)、終了の合図が鳴って、ふと確認すると我が子の帽子は無事である。クラス順位も2位でやれやれと思っていると&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それでは2回戦を始めます。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;という耳を疑うような声。おい、またもう一回やるのと反問する間もなく、再び号砲。運動不足、運動音痴、運動嫌いと3拍子揃っている身にとっては地獄のような時間。1回目よりかなり時間の長さを感じ、いい加減にしてくれ～と内心悲鳴を上げたところ、ようやくホイッスル。背中の子供を振り落とすように降ろし、ヘナヘナと座り込む様は、我ながら情けなかったが、もう限界を超えていた。2度目も帽子は取られなかったことだけが救い・・・ということにしておこう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;午前最後の出し物は年長児の鼓笛隊。2年前、これを初めて見た時の感動は今でも忘れない。我が子とわずか2歳しか違わない子供達がこんなことができるのかと目を見張り、我が子の出番でもないのに、思わずビデオを回してしまったのを昨日のことのように思い出すが、それをついに目の前で長男がやっている姿に&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「成長したな。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;としばし、感慨深く眺めていた。昼食は昨年に引き続き参上の当方のジジババも交えて、妻が徹夜で作った弁当をつつく。ああいうところで食う弁当というのは、なぜにあんなにおいしいのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;午後は、妻が参加予定だった保護者対抗の大玉ころがしに急きょ参加させられるハプニングはあったものの、それは大過なく終了。息子の出番はあと2つ、まずは組み体操。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;先生の笛、太鼓の合図に合わせて、様々な形、ポーズを見せるのだが、昨年も同じことを思ったが&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「よく仕込まれてるなぁ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と少々不謹慎な感想を持った。そしてオオトリは運動会の花形「クラス対抗リレー」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最初の女の子チームは3クラス中2位、そしていよいよ男子の出番である。我が子は6番目に登場とのことで、期待半分心配半分で眺めていると、2番手でバトンならぬリングを受け取るとトップを懸命に追走、わずかな差まで追いつめ、次に無事リングを渡したのはなかなかの健闘と見えた。その後息子の唯一無二の親友の奮戦もあったものの、トップには少し離れた2位のままレースは終了したのだが、ビデオを撮りながら思わず吹き出しそうになったのは、周りの親のヒートアップぶり。自分の子はもちろんのこと、クラスの子の応援にも絶叫しているのには、普段の気取った様子もどこへやらと笑えたのだが、後でビデオを見直してみると、入っていた自分の声も結構興奮していた・・・。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうして最後の秋の一大イベントは終わった。帰り道、あのリレーの走る順番は先生が決めたのかと、何気なく尋ねた筆者は返って来た息子の返事に驚いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「僕達が決めたんだよ、僕達が話し合って決めたんだ。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうなのか、自分達で決めたのか、2年前、母親から離れられずピーピー泣いていた子供が今、胸を張って「自分達で決めた」と言い切った。なかなか幼稚園になじめず、心配した担任から電話が掛ってきたこともあった。今も残念ながら社交的とはお世辞にも言えない我が子ではあるが、やっぱり彼にとって、この幼稚園での2年半は決して無駄ではなかったのだ。ホッとすると共に、なんとも言えないたくましさまで、感じてしまったのは、さすがに親バカが過ぎるであろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういえば、今年の運動会には来年度入園予定者して、次男も母親と一緒に1つ競技に参加した。兄貴と違って物おじしない性格と見えた次男がここ半年、すっかりママべったりの臆病者になってしまい、心配していたのだが、同時期の兄貴が全く走れず、母親に抱きかかえられるようにゴールしたらしいのに比べ、ちゃんと手をつないで走ってゴールしたのはまぁよかった。この3年、我が家の中では幼稚園の運動会の主役であり続けた長男はいよいよその座を、来年から弟に譲ることになる。どんな社会にも世代交代というものはあるものなんですね、だから仕方ないんですよ、ノムさん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この日はたまたま筆者の母親の誕生日にも当たっており、親子3代楽しく夕食を共にしたのだが、だんだん体調が悪くなって来て、実家に遊びに行くのはキャンセル。家に戻って熱を測るとなんと38.5度。おいおい、こりゃインフルエンザかとそのまま寝込んでしまったが、翌日には平熱に戻ってそのまま何事もなかったかのように出勤出来たのはなんだったのだろう。騎馬戦でどうやら疲れ果ててしまったということになるらしい。それにしても、我ながら情けなくなるほどの体力のなさ、これからまた3年、子供の運動会につきやってやれるのかいな・・・?&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-16T02:32:54+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/cs-5acd.html">
<title>今更ではございますが・・・CSってなに?</title>
<link>http://kitanodaichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/cs-5acd.html</link>
<description>今シーズンの両リーグの公式戦全日程が終了し、パリーグは翌16日、セリーグも17日...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今シーズンの両リーグの公式戦全日程が終了し、パリーグは翌16日、セリーグも17日からリーグ戦2.3位チームによるクライマックスシリーズ第一ステージに突入。21日には第一ステージを勝ち上がって来たチームを両リーグの優勝チームがそれぞれの本拠地で迎え撃っての第二ステージへ、日本のプロ野球はまだまだ熱い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大変遅くなってしまったが、北海道日本ハムファイターズのパリーグ制覇を心から祝福申し上げます。ジャイアンツの３連覇も偉業だと思うが、ファイターズのここ４年の内で３度のリーグ制覇、それも毎年のように主力が抜けながらのそれは、これまた称賛すべき快挙である。このチームの北海道移転以来の歩みには、学ぶべきものは本当に多いと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そしてそのポンハムと優勝を争ったとは残念ながら言い難いものの、誕生５年目にしてついにAクラス・2位に浮上した東北楽天ゴールデンイーグルスの躍進にも、心から拍手を送らないわけにはいかない。ゼロどころかマイナスからスタートしたと言っても過言ではないチームをここまで引き上げたチーム首脳部の熱意と野村克也監督の手腕には、敬意を表するしかないが、それだけにここに来てのドタバタは傍から見ていると不可解なことが多く、残念である。せっかく地元仙台での開催にこぎつけたのだから、悔いのない戦いをしてもらいたいものである。逆にシーズン前からのゴタゴタからついに、力を発揮できないままボビー・バレンタイン監督の退任で幕を閉じた千葉ロッテマリーンズ、昨年うらやましいばかりの多くの若い力で日本一を勝ち取りながら、一転CS進出すら逃してしまった埼玉西武ライオンズ、スポーツの世界というのは、明白に数字の結果が表れる厳しい世界なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2005年、今のCS制度をパリーグが導入して2年目のことである。当時「プレーオフ」と称して、この勝者を「リーグ優勝チーム」と認定していた時代、前年のライオンズ、そしてこの年のマリーンズとシーズン2位だったチームがいずれも第一ステージを勝ち上がった勢いで、そのまま日本シリーズ優勝まで駆け上がっていくのだが、いずれの年も2位に4.5ゲーム差をつけてシーズンを「1位通過」した福岡ソフトバンクホークスの立場はどうなるのだという声は大きくなるばかりであったし、更にこの年のプレーオフはある意味、日本プロ野球の根幹を揺るがしかねない重大な危険をはらんでいたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはオリックスバッファローズとの接戦を制してプレーオフに進出して来た前年の覇者ライオンズのシーズン勝率が5割を切っていたことであった。この年、筆者はごひいきのバレンタイン率いるロッテを応援していたものの、実はライオンズが勝ち上がらねぇかなと底意地の悪い期待もしていた。ライオンズがロッテ、ソフトバンクを連破すれば前代未聞の「シーズン勝率5割を切ったチームのリーグ優勝」という恐るべき怪挙が堂々とパリークのオフィシャルレコードに残ることになる。それだけではない、そのまま西武がその年のセリーグの覇者阪神タイガースをも破って日本シリーズを制すれば、「シーズン勝率5割を切ったチームが日本一」となり、この年にスタートしたアジアシリーズに日本代表として出場することになったのである。これがどんなにバカげたことかは、野球ファンならおわかりいただけるだろう。結果はロッテが西武を一蹴、日本プロ野球界はその歴史に大きな汚点を残すことだけは、無事免れたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2年後にセも同制度を導入、名前も「クライマックスシリーズ」と改められ、その際、リーグ優勝チームはシーズン1位チームと明記され、CSと略称されたこのシステムは日本シリーズ出場権を賭けて争う場とされた。暴挙の1つはこれで回避された、そう勝率5割以下のチームの「リーグ優勝」という暴挙である。しかし、もう1つの暴挙の可能性は依然残されたままである。そして、今年その「残された暴挙」が実現する危険性に、野球界はさらされることになった。阪神との激しい争いを制してセ3位に滑り込んだ東京ヤクルトスワローズがわずか1つながらシーズン負け越しを喫し、勝率5割を切ったからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;セがCSを導入した時、当時4年続けて優勝を逃していたジャイアンツの救済処置と揶揄する向きもあった。しかし皮肉なことに、それからジャイアンツはリーグ3連覇、逆に「敗者復活戦」と、声高に批判していた落合監督率いる中日ドラゴンズの方が、こちらに賭ける形となり、現に導入初年度からいきなりおいしい思いをした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今更CS制度導入の是非を問うても、もう仕方あるまい。3年連続リーグ制覇チームのファンとして、「めんどくせぇな」という気持ちを抱いていないとは言わないが、それでもCS制度がなければ、昨年の大逆転優勝はなかったと思っているし、優勝が決まっても、尚勝敗の行方への興味を失わせず、いわゆる消化試合の激減につながり、野球界の盛り上がりに大いに寄与している事実は今更否定のしようもない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だが、なのである。「プロ野球」である以上、見せること、魅せることを無視することはできないが、しかしスポーツである以上、最終的に称えられるべきは「勝者」のはずなのである。その一線を踏みにじってしまった時、それはもうスポーツとしての根本を踏み外したことになる。CS制度を導入してしまったのだから、そんな理屈はもう意味がないと言われるかもしれない、しかし守るべき最後の一線はある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;正直腹に据えかねる言動を繰り返す監督とチームであるが、それでも中日ドラゴンズには、断固第一ステージでスワローズを粉砕してもらいたい。万一、それが成し遂げられなかった時の我が読売ジャイアンツの責務は重い。「シーズン5割を切ったチームの日本シリーズ進出」、ましてや「優勝」など、断固あってはならないのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年は今更どうしようもない、しかし是非「シーズン勝率5割を割ったチームはCSへの参加資格を失う」という規定を制定してもらいたい。スワローズというチーム自体になんら遺恨があるわけではない。しかし、彼らの躍進は「シーズンのプレーオフ化」というゆゆしき事態の招来の促進に他ならない。それは大袈裟ではなく、野球界そのものの崩壊につながりかねないのではないか。野球界首脳の英断を是非期待したい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>スポーツ</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>kitanodaichi</dc:creator>
<dc:date>2009-10-15T04:18:25+09:00</dc:date>
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